メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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episode 12

 

「待て待て。にとりはマジの天才だ。咲夜もさっき見ただろう。にとりが姿を消してるの」

「あの河童の能力じゃないの?」

「あれはあいつが作った機械だよ。それを使えば誰だってできる」

「あれが機械仕掛け…?」

「あいつが使ってた武器もだ。スタンガンって名前で、高電圧を筋肉に流すことで、外傷を残さず敵を無力化できる」

鎮圧用の武装。私を殺すつもりはなかったわけか。だとするとナイフを振りかざしたのは過剰防衛かもしれない。殺意の有無を判別するべきだった。

「一撃で昏倒させるなんて随分便利な武器ね」

ある意味、暗器としては優秀だと言えなくもない。

私の言葉に魔理沙は曖昧な笑顔を浮かべた。

「いや、スタンガンは筋肉を強制的に収縮させるだけで、痛みはあっても気絶しないんだけどな…」

倒れ伏している河童を見下ろす。

「こけて自分の足に使ったから…」

「受け身も取れずに頭を強打した、と」

「多分な」

河童は頭の皿が割れると死亡すると聞いているが、その頭を自分の不注意で強打するなんてやはりこいつは馬鹿じゃなかろうか。とはいえ、魔理沙の言いたいことは分かった。

「技術屋としてはすこぶる優秀というわけね」

「そういうこと。八卦炉の複製とか、天狗用の商品の開発とか色々協力してもらってるんだ」

「それで顧問ね」

なるほど。

「じゃあ、彼女は技術アドバイザーであって経営コンサルタントではないのね」

「にとりに商売やれってのは難しいだろうな」

「私を追い出す案はどうするの?」

魔理沙が驚いたように口を開く。そしてにやけ面をした。

「おー?咲夜ちゃん、もしかして怖かったのか?」

「……当たり前でしょ。友人ができるなんて初めてなのだから」

「お、おぅ」

「距離感の掴み方が分からないのよ。そのくせ、河童があなたにべったりくっついてると妙に腹が立つし…」

主人でも上司でも部下でもない相手と接するってとても難しい。求められていることがよく分からない。雇用主だから一応上司には当たるのかしら?でも形だけで誰かに仕えている感覚じゃないのよね。

「にとりに対して妙にあたりが強いなとは思ったがそういうことか」

それはあの河童が襲ってきたからであって、私の個人的な感情とは関係ない、と思いたい。

「お前は器用だと思うが、自分自身に対しては不器用なやつだったんだな」

「悪かったわね」

「別に攻めちゃいないぜ。案外可愛いとこあるなとは思ったけど」

くっ。魔理沙に可愛がられるなどあってはならない。その逆はあり得ても私が可愛がられるなど、それは瀟洒ではない。

「そういうあなたはどうなのよ?」

「私か?…まあ、私も大して友人が多いとも言えないが」

彼女の視線が宙を浮く。

「そんなに気にしなくていいんじゃないか?友人なんてそんなものだろ」

「気にしないって、具体的にどういうことよ」

私は何を求められていて、何をすることが関係性の向上に寄与するのか。そこをはっきりさせないと行動の芯ができない。

「率直に行動しろよ。咲夜が猫をかぶってたって楽しくないし、自分を抑え込まなきゃ続かない人間関係は友人ではないだろ」

「自分勝手にふるまっても続く人間関係があるとは思えないわ」

彼女が曖昧な表情で頭を掻く。

「率直ってのは軽率とは違うと思うぜ。思うままに振る舞うってのは軽率でただの自己中野郎だけど、相手のことを考えてそれでも相手の気持ちに反する行動になっちまうのは率直ってことなんじゃないか?多分」

「…よく分からないわ」

結局、相手の反感を買うっていう結果は変わらないじゃない。その過程に意味はあるのだろうか。

「私もうまく言えないけど、考えたことが行動になるんだからさ。考えることが大事なんだよ」

“意志が体に影響を与えるのであって、体が意志に影響するのではない” 

お嬢様から聞いたパチュリー様の言葉だ。魔理沙が今言ったことに繋がっているような気がした。

「似たような言葉をパチュリー様も仰っていたわ」

「あいつが言うなら、間違いないだろ」

「意外ね。馬鹿にするかと思った」

「パチュリーが頓珍漢なことを言うのは聞いたことないぜ。何言ってるかは大抵わからんけど」

彼女の言いたいことは分かる。

「伝える気がないのよね。自分の考えを整理するために口に出してるだけなのよ」

「動かないうえに分からない大図書館か」

「愛想もない」

「笑いもしないのかよ」

「体力もない」

「逆に何があるんだ?」

「……奴隷なら持ってるわね」

「あいつ最低かよ」

事実しか述べていないはずが、いつの間にかパチュリー様が嫌われる要素満載のクズになりつつある。おかしい。

 

コンコン。

 

ドアがノックされる音がした。

「早いわね。パチュリー様が私たちを始末しに来たわ」

「早すぎんだろ。悪口言われただけで殺すとか短気が過ぎる」

「魔女とはそういうものよ」

「お前の中の魔女を知りたい」

魔理沙が笑いながら扉まで歩く。

「で、実際のところ誰なの?」

「ワンワンだな」

ワンワン?

「にとりの後に来るのは決まって御守りの狗だ。お手だぜ!ワンワン!」

意味不明な叫び声をあげて扉を勢いよく開けた。

「毟るぞ、クソ人間」

扉の前には大きな盾と軍刀を腰に備え付けた白狼天狗が立っていた。眉間にしわも備えている。

「何を毟るんだ?髪か?眉毛か?それともケツの毛か?」

「貴様の尊厳だ」

「怖いねぇ。出会い頭に罵倒なんて。天狗社会は狗の躾がなっちゃいないな」

「敬意は敬う相手に取るものだ。人間相手にそんなものは必要ない」

「失礼な奴」

「猿が」

初手から陰険な会話が始まった。客というわけではなさそうだがあの天狗は何をしに来たのだろうか?

「それで、河城殿はどこだ」

「奥にいるよ」

「お連れしろ」

「…お前さぁ」

コミュニケーションのこの字も知らぬ態度に、魔理沙が呆れた表情をする。

天狗は素知らぬ顔だ。

「貴様が河城殿をたぶらかすからこうして仕事が増えている。利得を増やさない仕事ばかり作る貴様には相応の態度だ。河城殿は多忙な身の上で、本来こんな場所で油を売っているような時間はないのだ」

魔理沙がため息をついた。

「そうやって自己本位の考え方しかできないから、にとりが逃げ出してくるんだろうが」

「なんだ?何か言ったか?」

「何でもねえよ」

河童を連れてくるためか、魔理沙がこちらに振り返った。そして白狼天狗の視線がこちらに向いた。

「貴様は…」

少し驚いた風だ。

「吸血鬼の傍付きがなぜこんなところにいる?」

私の事を知っているのか。会った覚えはないのだが。

そしてその視線が私の足元の哀れな河童に向いた。よだれを垂れ流し、白目をむいて倒れている河童へ。

天狗は一瞬で軍刀に手をかけて構えを取った。

妖夢の使っていた居合術と構えが似ている。彼女が見せてくれたのは座した状態から目前の相手を処する技術であったが、今の天狗は立った状態だ。踏み込んで距離を詰めてから切るつもりか?だとしてもこの距離で攻撃の意図を相手に悟らせるのは下策としか思えない。よほど速度に自信があるのか。

「十六夜咲夜!河城殿に何をした!」

天狗が踏み込んだタイミングでナイフを投擲しようと考えていたら、天狗が叫んだ。

私があの河童に危害を加えたと思っているようだ。魔理沙との会話からあの河童がそれなりの立場であること、この天狗がその河童の護衛をしていることなどは予想がついた。ならあの構えは警告だろう。というか名前まで知られていた。こいつ誰だ。

「私はまだ貴方の名前も知らないわ。威圧する前に教えてくれないかしら」

「貴様が私の質問に答えるのが先だ」

ふむ。

「別に何もしていないわ」

「ならなぜ倒れている」

「私を見たらあの河童が急に失神したのよ」

私の言葉を聞いて魔理沙が呆れたような顔をした。まっかせなさい。さっさとお帰り頂くわ。

「ふざけたことを…」

「紅魔館のシリアルキラー」

天狗の目に動揺が見えた。いや、これで動揺してほしくはなかったのだけど。

「…」

「たしかそんなことを言ってたわね。そのまま糞尿垂れ流しながら転んで、頭打って気絶したわよ」

「証拠は?」

「その河童のスカートをみれば分かるんじゃない?」

天狗は私に視線を向け、構えをとかないままゆっくりと店の客間へと入ってきた。

「いや、土足はやめろ」

魔理沙が言うと天狗は下駄を素早く脱いだ。

意外にまともだった。

天狗はそうして河童に辿り着くとじろじろと体を見た。外傷がないか探しているのだろう。そしてスカートをみて苦々しい表情をした。

ふふふ。これであの河童の業を消えなくなったのだ。

「貴様らの言い分は分かった。私は速やかに河城殿を連れていく」

苦々しい表情のまま、天狗は河童を肩に抱えた。

「待ちなさい」

天狗は煩わしそうにこちらに振り返る。

「なんだ」

「私達に言うべきことがあるんじゃないかしら」

訝しげに天狗の視線が動く。

「どういう意味だ」

「察するに貴方はその河童の護衛を任されているのよね」

「…そうだが?」

「探しに来たということは、貴方はその河童から目を離して見失ったということでしょう?」

「…」

「千里眼の名が泣くぜ」

魔理沙の言葉に天狗は目じりを上げる。

千里眼?まあいいか。

「なら私たちは貴方の護衛対象を保護していたということよ。憎まれ口をたたかれる謂れはないわ」

「貴様…」

「私が何を言いたいか、分かるわよね?」

これは礼儀の話だ。貴方の価値観がどうであろうと私は今、天狗社会の在り方を問うている。恩には礼を返す教養ある文化なのか、野蛮な妖怪の集まりなのか。さぁ、どうする?睨んでもあなたの価値を下げるだけよ。

しばらく眼の血管がちぎれるのではないかというほどこちらを睨んでいた天狗はぎこちなく頭を下げた。

「……邪魔をした」

勝った。ふふふ。

白狼天狗は去り際に口を開いた。

「霧雨」

「ん?なんだ?」

「姫がお呼びだ。翼が傷んでいるとのこと。近日中に参上しろ」

「言われなくても行くつもりだったよ」

返事を聞くと天狗は不満げに鼻を鳴らした。

「御守りにお使いに、お前も大変だな、椛」

「黙れ」

そして河童を抱えた天狗の姿が消えた。遅れて風圧が顔を薙ぐ。

一瞬、天狗が地面を蹴ったのが見えた。速い。あの構えははったりではなかったようだ。用心しておく必要がある。

「で、今のはなんだったの?」

「御守りだよ、御守り」

魔理沙は開けっ放しの扉を閉めて溜息を吐いた。

「にとりは天狗のお偉いさんお抱えのメカニックなんだよ。勝手に動かれちゃ困るってんで、ああやって御守りが付いてる」

「排他的な天狗が他種族を迎えてるの?」

驚きだ。天狗はプライドが高く、身内以外は迎合しないと聞いている。表面的には歓迎しても腹の中では見下しているとか。そんな彼らが他種族の妖怪に地位を与えるというのは余程の理由がない限り信じがたい。

「あの河童、そんなに優秀なのね」

「…まぁ、そうかな」

歯切れの悪い返事が返ってきた。

「そういうわけじゃないの?」

「いや、それも理由の一つなんだがな…」

魔理沙は腕を組んで唸る。

優秀なだけでは保守的な態度を改善させるに十分ではない。逆に加速させてしまうこともあるだろう。やはり、それなりの理由があるようだ。

「そうだ。ちょうどいいな」

魔理沙が手を打つ。

「咲夜、次は妖怪の山に出張に行く。一緒に来いよ」

 

 

§

 

 

体が揺れるような感覚がする。肌に風が当たる感覚もだ。なんだろ…

ゆっくりと目を開ける。地面が流れているのが見えた。

「お気づきですか、河城殿」

耳元で声がした。友人の声だ。

「あ、あれ…椛…」

どうも私は椛に運ばれているようだった。肩に担がれている。周囲の景色が信じられないような速さで流れていく。凄いというより怖かった。もしこの状態から落ちたらただじゃすまない。

「大丈夫ですよ。しっかり押さえてますから」

私が身を固くしたのを感じたのか、椛が笑って言ってくれた。

凄いなぁ。椛は。こんなに早く走れるのに、他人に気も使えるんだ。羨ましいなぁ。

「あ、ありがとう」

「いえ、これも仕事ですから」

「そ、そう、だよね…」

でも他人行儀だ。前は将棋を指したり、気軽に話しかけてくれたのに最近は敬語でしか話してくれなくなっちゃった。私の相手、疲れちゃったのかなぁ。

「河城殿」

「あ、はい、な、なに…?」

「何度も申し上げていますが、あのような下賤な人間の元へ行くのはおやめください。貴方の身に何かあっては困ります」

「う、うん。でも、ま、魔理沙は、やさしい、よ…?」

「人間は信用できません。笑顔を浮かべて平気で騙すのが奴らのやり口です」

「そ、そう、かな…」

椛はいつもそう言う。そうなのかな。魔理沙のかけてくれる言葉は暖かい。宮で声をかけてくれる天狗たちは親切だけど、冷たい。言ってる言葉が都合よすぎて、本当のことを言ってないことがよく分かる。軽い言葉は私を惨めにさせるんだ。

「一緒に、け、研究の話もしてくれるし、だ、ダメ出しも、お、おもしろいし…」

「それはあの人間があなたに対して責任を持っていないからできるのです。人に対する言葉に責任を持たない輩はなんだって言えるのですよ。人をその気にさせて、自分はなんら請け負わない。人間とはそういう生き物です」

椛は前から人間に対して否定的だ。私の言葉でも全然取り合ってくれない。それとも私の言葉だから取り合ってないのかな…?

「それからお一つお聞きしたいのですが、貴方は奴らに何をされたのです?」

「な、何って…?」

「貴方、奴らの巣の中で気を失っていたのですよ。何か覚えていませんか?」

気を失って…?何だろう?思い返してみるがあんまり思い出せない。でも、何かびっくりすることがあったような気がする。何だっけ…?

「紅魔の懐刀がいたのですが、奴は何か関係が?」

「ふ、ふところ…」

「十六夜咲夜ですよ。あの無表情な殺人ドールです」

銀髪が見えた気がした。

「そ、そうだ、い、いた」

「何かされたんですか?どこか怪我を?」

椛が少し怖い声音で聞いてきた。

あのとき、あの人間の意識を奪おうとしたら逆に痛めつけられて、もう一回何とかしようとしたけどそこから記憶がない。あれだけ痛かった右腕はもう何の痛みもない。右足が少し痺れてるけど、これは多分担がれてるからかな…

「よ、よく、覚えてない…」

「そうですか」

「ご、ごめん」

椛の雰囲気が少し怖くて何も言えなかった。申し訳ないな。

「いえ、何もないならそれでいいんです」

椛の口調がいつものに戻った。少しほっとして息を吐きだす。

でも、そうかぁ。魔理沙のところにも別の人がきちゃったなぁ。もう相手してもらえないかも…。あの人間も噂通り怖かったし、もう行けないなぁ。

また居場所なくなちゃったな…。

「とにかくお山からお出になる際は声をかけていただかないと。貴方の姿隠しは私の目でも追えないのです。よろしいです…か……」

「………う、うん」

あれ?椛が少し慌てだした。何だろう…?

「いえ、別に私は怒っているわけではないんですよ?お山から出たいときは私に仰ってくれればご一緒させていただきますし」

慌てながら椛は包帯を私の顔に押し付けた。なんで?

「すみません。包帯ぐらいしか綺麗な布持っていないので。次回から用意しておきます。お顔を拭いてください」

よく分からないまま受け取って、ようやく気付いた。目から涙がこぼれていた。

また自分が嫌いになった。すぐに泣く。皆悲しいことがあったって泣き言も言わず頑張っているのに。私だけがすぐに弱音を吐いてる。

情けなさで包帯を受け取ることもできなかった。

 

…結局、頼んだものが出来たか、魔理沙に聞くことできなかったな。

 

 




それはそれとして、帰ったら水浴びしてください。

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