第二章初めの注意書きをよくお読みの上。
文屋に付いて行ってたどり着いたのは、半球状の建造物であった。骨組みだけの大きな建物で、遠目からではその用途は皆目見当もつかなかったが近づいてみるとなぜこのような構造になっているのかよく分かった。
「どうだい?安くしとくよ」
「掘り出し物の団扇だよ!」
「無縁塚ライブのチケットだよ〜」
「ヤツメウナギの重箱詰。残り僅か!」
四方八方から売り子の客寄せ声が響く。人里と違うのはその声が左右だけでなく上下からもきこえてくるところだ。露店が横だけではなく、
この建造物の壁面全てが売り場だった。球状の壁に沿って天井まで露店が並んでいる。地に面した円形ではない。半球上の骨組み全てに売り場が設営されているのだ。飛べる妖怪しかいないから、客が空中にいることが前提で売り場が設計されている。売り手と買い手の多くが立体的な市場とでも言うべき空間で翼を動かし、高所に設営された売り場で翼を羽ばたかせながら売買や交渉をしていた。
「…なるほど」
何とも間抜けなセリフだが、そうこぼしてしまうのもしょうがないと思う。角度も高さも関係なく建造物全てを売り場として利用しようなんて発想は、地面に立って生きている人間には厳しいものがある。思いつくのも利用するのも。
「合理的だよな」
空間の使い方に感心していたら、魔理沙が隣で同調した。
「壁一面を天井まで全部使えたら、スペースを有効活用できる」
「思いついてもやろうとは思わないわ。人里でやったら確実に死人が出るもの」
「飛べる事が当たり前のやつらだからな」
「そういうものですかねぇ」
声がした方へ顔を向ける。運営と手続きをしに行った文屋が戻ってきていた。
「私としては地続きで店を並べている人間の方が驚きですがね」
彼女は何やら書類を持っていた。
「そうか?」
「店一つ分の地面の面積に対して、一店舗しか置けないとなると開墾する土地のなんと多いことか。平地とはいえ、里のためにあそこまで土地を開拓した人間たちには尊敬の念を覚えますよ」
呆れた表情で文屋は言った。
「これ、今日の飛び市の営業許可証です。無くしたら私が腹抱えて笑いますよ」
「絶対無くさねえから安心しろ」
乱暴な手つきで魔理沙は書類を受け取る。
「さて今日は何処だ?…また天部かよ!」
書類を見た魔理沙は苦々しい表情で叫んだ。
「天部?」
「この建物の中心から仰角六十度以上の壁面部分の呼称ですよ」
文屋が市場の天井近くを指差す。
「あの夜雀が弁当を売っている辺りから上の部分です」
「上の、って…ほとんど天井じゃない。店の窓口が地面と平行なのだけど」
「翼があるものにはあまり関係ありませんからね」
「いくら飛べるからって、あそこで接客するなら身体も地面と平行にさせないと無理でしょう」
「翼を使っていればそのぐらいの体幹強度は付きますよ。人間だってほとんど一日中立っている個体もいるじゃないですか。それと同じです」
彼らにとって、天井と言っても過言でない売り場は、人間たちで言う所の日差しが強いとか人通りが悪いとか、そのレベルの問題でしかないということなのか。これは驚けばいいのかしら?それとも呆れるべき?
「それが嫌な売り手は床を吊るしたりもしますが、売り手の顔も商品も遠目からは見えないので当然集客率は下がります」
「商品はどう支えるのよ」
「見本だけ固定して在庫は箱か何かにまとめて吊るしておく者が大半ですね。見本品と契約だけ持って来て、商品は後で届けるものも多いです。稀ですが能力で商品をしまっておく者もいます」
つまり、立地の悪い場に配属されるものは皆あたりが付いているということだ。並べられない商品は持ってこないと。当然と言えば当然か。魔理沙も“また”と言っていたし。
「おい、文。毎回クソ高いショバ代払ってるんだから、もう少しまともなところくれよ。垂部の倍は払ってる自信があるぜ」
魔理沙がしかめっ面で苦言を呈す。まあ、あんな所で商売させられたらたまったものじゃない。こちとら二足歩行の人間なのだ。
「無理です。いくら海姫様の推薦があっても彼女の管轄は異種管理ですからね。市場全般を取り仕切っているのは飯綱丸様ですよ」
「その飯綱丸様はお前の上司じゃねえか。進言の一つくらいしてくれよ」
「嫌ですよ。面倒くさい。上司に反抗して私に何の得があるんですか。そんなことするぐらいなら、魔理沙さんが苦労しているところを眺めていた方が百倍楽しいですねぇ」
「趣味が腐ってんな」
「腐りかけが一番おいしいんです」
文屋は肩をすくめる。
「大体、人間が飛び市に参加していること自体が例外中の例外なのですからね。それぐらい我慢してください」
「んなもん知るかよ」
「いつものことじゃないですか。今日に限ってなぜごねるんです?」
「咲夜がいるんだから当然だろ」
「彼女が…なんです?」
「あんな危険な場所で作業させられるかよ」
文屋は不思議そうに首をかしげる。
「危険?なぜ?」
「高いだろ。落ちたら死ぬぜ」
「飛べば良いじゃありませんか。まあ、十六夜さんなら落ちたところでどうとでもなりそうですが」
文屋の発言を聞いて魔理沙も訝しむ。
「何言ってんだ?お前」
「え?」
しばしの沈黙が流れる。そして文屋がハッとしてこちらに顔を向けた。
「十六夜さん」
「何よ」
「貴方もしかして…飛べないんですか⁉」
何言ってんだ、この烏。
「当たり前でしょ」
こいつは馬鹿なのか。
「え、え⁉嘘でしょう⁉」
「こんなしょうもないことで嘘ついてどうするのよ」
「いや!だってあの十六夜咲夜ですよ⁉立てば博麗、座れば稗田、歩く姿は八雲藍とまで言われるあの十六夜さんが⁉」
とうとう本当に妖怪になってしまった。噂はいったいどこまで独り歩きをすれば気が済むのか。
「私に翼があるように見える?」
「いや、貴方は人間でしょう」
「分かってるじゃない。人間は飛べないのよ」
「霊夢さんとか魔理沙さんは飛んでいるじゃありませんか」
「霊夢は種族が巫女なの。あれを人間と呼ぶのは人間に対する冒涜よ。魔理沙は狂人だから問題ないわ」
「おい」
「狂人はいつだってトんでいるのよ」
「なるほど」
「納得すんなや」
文屋は文花帖を開き、メモを始めた。
「十六夜咲夜は人間、霧雨魔理沙は頭がトんでいる…と」
「お前ら二人とも空の果てに飛ばしてやろうか」
空の果て。夢があるわね。
文屋は眉を寄せているが目がらんらんと光っている。
「困りましたね。飛べないのではあそこは危険です」
「なんで目を輝かせてんだ」
「だって貴方たちがもっと困るじゃないですか。人間が右往左往しているのって見ててとても楽しんですよ」
「こいつはクソね」
「クソだぜ」
ゴミ漁りばかりしているから脳が腐るのだ。
「本当にどうにもならんのか?地面の上とは言わないまでも、立てるぐらいの位置に変えてほしんだが」
「だから無理ですって。話聞いてます?耳の穴に鼻くそでも詰め込んでいるんですか?」
「お前はいちいち人を馬鹿にしないと話せないのか?」
魔理沙の唇が引くついている。
文屋はやれやれと首を振った。
「飛び市に人間を入れるってだけで問題になりましたから。それも海姫の推薦付き。その上、売上の良い設営場を使わせたなんてなったら運営が黙っちゃいませんよ」
「タマの小せえ烏どもだぜ」
「人間も同じでしょう。人里で開業を許可された妖怪は郊外や通りのはずれ、条件の悪い立地でしか営業を許されていないと聞いていますが」
「里の馬鹿どもはタマ無しだからな」
魔理沙の暴言に文屋は呆れた表情をする。
「貴方、どういう立ち位置で生きてるんですか」
「私は私だ」
「お気楽ですねぇ」
文屋は肩をすくめた。
「取り敢えず、十六夜さんは下で営業するなり魔理沙さんに括り付けるなりして何とかしてください。私は仕事があるので失礼しますよ」
仕事?
「私たちの監視が仕事じゃないの?」
「監視の目的は問題を起こさせないことです。つまり貴方たちが問題を起こさなければいい。私は貴方たちを信用しているんですよ」
「で?本音は?」
「猿の御守りなんかやってられるか、という話です。私には何の得もありません」
もしかしてこのクソみたいな考え方は烏天狗の標準なのか?
文屋は売り場を見上げて思案していた魔理沙に目を向けた。
「死にたくなければ余計な問題は起こさないでくださいね」
「へいへい」
「それでは~」
大きな翼を広げ、目にもとまらぬ速度で文屋は飛んで行った。
躊躇なく、堂々とサボりを敢行する姿にはある種の敬服を覚えた。
「ふざけた天狗ね」
「言ってるだけだぜ。多分あいつの部下が何人かこの辺りにいる。何かやらかせば即刻斬首の構えだ」
あの文屋ならさもありなん。
魔理沙が溜息を吐いた。
「言ってもしょうがねえ。とりあえず床を吊るすか」
「いらないわよ」
「そうはいってもな」
心配は有難いけど、単純に必要がないと思う。
「接客が出来ればいいのでしょう?幸い在庫は貴方の帽子にすべて入っているのだし」
「そりゃそうだが、どうするんだ?」
「私が帽子に入ればいいじゃない」
§
「シャンプーをボトル二本」
「どうぞ」
「トリートメントをくれ」
「かしこまりました」
「まとめ買いはできるのか?」
「お一人様十本までとなっております」
「ケアセットを三つお願いしますぅ」
「お買い上げありがとうございます」
ぞくぞくと売れていく。よく売れるとは言っていたけれどここまでとは思わなかった。客足が全く途絶えない。
髪のケア用品だから女性客がメインだと考えていたのだけれどこれも違った。客層は男女半々くらいだ。厳つい顔の天狗がシャンプーとコンディショナーを買っていき、オプションの櫛までお買い上げいただくとなると揶揄われているのかと思いたくもなるが、彼らの顔は至って真面目なので全力の営業スマイルを浮かべるぐらいしか心の内を消化する方法がない。
天狗にとって毛並みは重要なのか。
怒涛に押し寄せてくる客を機械のようにさばく。
シャンプー、シャンプー、コンディショナー、セット、櫛、櫛、シャンプー、スマイル、櫛、シャンプー、スマイル。
気分はさながら、溜まった書類に判を押す閻魔だ。
「あれ?咲夜?」
次に来た客が私の顔を見て、声を上げた。
ん?
「あら、ミスティア。久しぶりね」
「久しぶり。何してるの?こんな所で」
何度かレシピを教え合った夜雀がいた。屋台を経営する和装姿だが頭の手ぬぐいだけは脱いでいた。
「魔理沙の手伝いよ」
「手伝い…?」
説明してもいいが、あまり長話していると客が詰まる。
「貴方こそ何でここに?」
「ヤツメウナギの出張店舗。重箱弁当を売りに来たんだ」
そういえばさっき見たな。
「首尾はどう?」
「おかげさまで一時間もしないうちに完売です」
「さすがね」
彼女が作るヤツメウナギの蒲焼きは絶品だ。当然の結果だろう。
私は大抵の料理に関してそれなりの腕があると自負しているが、うなぎの蒲焼に関しては未だに彼女に敵わない。
作る機会がそもそも少ないのもあるが、彼女の屋台で食べる味は妙な郷愁を感じさせる。未だに再現できていない。
「それで、咲夜は何で…上半身だけなの?」
側から聞いたら意味が分からないというか、分かってしまったら危ない人であろう質問が飛んできた。言ってる本人も同感であるのかぎこちない表情だ。
「私、飛べないでしょう?」
「うん」
「だから吊るした帽子に入ったの。これなら飛ばなくても接客できるじゃない?」
「……うん?」
商品を売れれば良いのだから、集客は魔理沙に任せて私は客を捌くことに集中することにした。合理的。
帽子から人間の上半身だけ出ている姿は控えめに言ってもホラーだが、客は魔理沙を見て、何故か納得していく。
おそらく彼女の日頃のおこないが悪いおかげだろう。さすが魔理沙。
彼女の素行の悪さは無条件に信頼がおける。
「それでミスティアは何をお買い上げになるのかしら?」
「あ、うん。シャンプーとコンディショナーを。最近、翼が痛み気味だから」
確かに少しパサついている。
「お客様。傷んだ毛先にお困りならトリートメントをお使いになられては?」
「とりーとめんと?」
「翼や髪の痛みを補修する商品です。あちらで実演販売も行っておりますわ」
彼女の後方に手のひら向ける。つられてミスティアが振り返る。彼女の視線の先には器用に箒の上に立つ魔理沙と彼女を囲む天狗の見物人が五十人ほどいた。
「まずは皆様、霧雨魔法店にお越しいただいてありがとうございます」
彼女はギャラリーに大仰に礼をする。
「さて!堅苦しい口調は抜きにして、ここに来たってことはもちろん皆、ある悩みを抱えているんだよな」
魔理沙はギャラリーを見渡し、ある一人に手を向けた。
「うーむ、そこのお姉さん!」
「私…?」
「そうそう。お姉さん、ちょっとこっち来てもらっていいか?」
「え、ええ」
指名された烏天狗はぎこちなく翼を動かして前へ進む。
「お姉さん、大分疲れてるね」
「そ、そう?」
「疲れが顔に出てるよ」
魔理沙が少し距離を近づける。
「最近何かあった?」
「…勤め先の部署異動があったからそれかも」
「どんなとこ?」
「とにかく湿気が多い場所なのよ。水場だからしょうがないけど」
「じゃあ、髪や翼の痛み具合は…」
「もう最悪よ。おかげで髪も翼も毛先がバサバサ。やになっちゃう」
彼女の話を魔理沙は親身になって聞いている、ように見える。
「そりゃあ大変だ。職場は変えられないからなぁ」
周りの天狗達も同情気味だ。
「じゃあケアしても傷んでいくばかりなんじゃ?」
「そう!その通りなの!」
「それは危ないぜ。このままほっとくとぱっと見で分かるくらいに毛が跳ね返っていくよ。何か対策してる?」
「何も…」
「そうか…」
魔理沙の反応はちょっと大袈裟だがあれくらいじゃないとギャラリーが多い時は伝わらないのだろう。
「もし傷んだ髪を守るんじゃなくて、治す商品があったら使いたくないか?」
「え?」
「あるぜ。お姉さんの悩み、解決するために作っちゃったぜ。毛の痛みを治す薬!名付けてトリートメント!」
「本当に?」
「ほら見てくれ、私の髪。右がこれを使った髪で、左が使ってない方。艶が違うし、毛先も痛んでないだろ?」
ギャラリーから感嘆の声が響く。
「本当だ」
「全然違うなぁ」
反応が素直すぎるので、サクラを雇っている説に一票を投じる。
魔理沙がにんまり笑った。
「そうだろう。どう?お姉さん。これ使ってみたくない?」
「つ、使ってみたい!」
「それなら善は急げだ!新作トリートメントの販売は店舗前のスタッフがやってるぜ!シャンプーと比べて量が少ないからお早めに!髪や翼のケアをしたことないって人もご安心!シャンプー、トリートメント、コンディショナーのセットもあるから今日から是非やってみてくれ!」
魔理沙が指名した天狗を連れて一直線でこちらに飛んでくると、ギャラリーもつられてこちらに寄ってきた。
おうおう、客が止まらない。短蛇の列が恋しい。
「魔理沙って何処にいても生きていけそうだよね」
今までの流れを見ていたミスティアが感心半分、呆れ半分の様相でつぶやいた。
「極めて同意するわ」
割と本気でそう思う。
ゴキブリと比較しても遜色ない生命力を誇っている。
「それじゃあ店員さん、セットを下さいな」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」
売り上げはこちらも上々だ。
もう慣れた手つきで私はセットの商品を包んだ。
空を飛べる人間は、独特の幻想を胸に抱いているのだと思います。
多分、飛べるというよりは幻想郷に飛ばされてる。
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次回はちょっとシリアス。悲しい。
それからもし感想など頂けたら、私が嬉しいです。