Q.みんなイイ性格してるぜ。
A. どいつもこいつも自分勝手なのでキャラが立ちすぎるのです。
魔理沙に連れて来られた場所は河童の拠点であった滝の上だった。自然の権化とも呼べる滝の上に上るとそこには博麗神社の御社殿の数倍はあるであろう大きな社があった。手前には大きな隋神門があり、中には中雀門があったのも見て取れた。拝殿らしき建物はなかったが本殿が非常に大きい。
「社…なのよね?」
「天狗たちは『宮』って呼んでるぜ。誰かを祀っているって意味じゃ社に近いかもしれんが、その対象は神じゃない」
「神社に似ている気がするけど」
「何かを祭り上げようとすりゃあ、似た形になるんだろ」
天狗の里で見てきたどの建物とも違う点が一つある。この宮は地面の上に立っている。この里の中ではどの建物も木の上、崖の横など地面の上に直接建てられていなかった。飛行市場は地の上だったがあれは建物というよりは足場と呼ぶべき骨組みであった。
私と魔理沙は箒から降りて、隋神門へ続く参道?なのだろうか。その舗装された道に立った。
「久しぶりに真面な道に立っているわね」
「気持ちはわかるよ。正直、ずっと箒にまたがってるとお尻が痛くてしょうがない」
「痔?」
「ちげえよ!」
「座薬いるかしら?」
「いらんいらん…何で持ってるんだ」
「お嬢様が痔だったのよ」
「え⁉噓だろ⁉レミリアが⁉」
「噓よ」
「お前な…」
ふふふ。打てば響く。魔理沙は面白いわね。
笑っていると急に強い風が吹いた。力を抜くと転んでしまいそうなほど強い風だ。
「うおっ」
魔理沙も帽子を抑え、前かがみになっている。
強風に目を細めて風が吹く方向を眺めると一人の烏天狗が飛び立つところであった。
あれは…
「海姫?」
紫色を基調とした制服を着た烏天狗が宮から一直線に飛び立つのが見えた。
彼女が遠ざかると同時に風が凪いでいく。
「標高が高いと突風に困るな」
魔理沙は見ていなかったのか、荒れた髪を整えていた。
やはりあの天狗、天魔の血を引いているだけあってそれなりの力を持っているようだ。意図せずしてこの風、そこらの天狗とはレベルが違う。
「取り合えず」
魔理沙は社の正面を向く。
「ここににとりがいる。報告がてら挨拶しに行くか」
「そうね」
社へ近づくと隋神門の前に門番であろう天狗が二人、槍を持って立っていた。
隙だらけだな。二人合わせて十五秒といったところだ。紅魔館の門番を見習った方がいいわね。
「結局この社ってどういう場所なの?」
「ここか?ここは天魔の住処だな」
「へぇ」
天魔。天魔の住処ね。
「…それって案内役の文屋がいなきゃ入るのまずいんじゃないかしら」
「まずいな。なんならいてもまずい」
その場で振り返る。青空が広がっているだけだ。あの天狗、一向に追いついてくる気配がない。まさか逃げられたなんて言っているわけではないだろうけど。
「そもそもアポは取ってあるの?」
「取ってあるわけないだろ」
だと思った。
「貴方ねぇ」
魔理沙は肩をすくめる。
「おいおい。外様の人間が事前に話を通しただけで天狗のボスにお目通りが叶うかよ。そもそも宮に入る許可すら貰えねえよ」
「まさかとは思うけど、忍び込む気?」
「他に入る方法があるか?」
「警備を全員瀕死にするとか?」
「宣戦布告だろ、それ」
忍び込むのも大して変わらない気がするけれど。
「でプランは?」
「お、乗り気だな」
「天狗じゃ何言ったって門前払いというのは同感よ。回り道は嫌いじゃないけれど、無駄は嫌いなの」
「そりゃあいいや」
魔理沙は帽子を脱いで、中から細長い筒を取り出した。
「プランは単純だ。私が陽動する。咲夜は隙を見て忍び込む。以上」
それは行き当たりばったりと言う。プランでも計画でもない。
「何だよ。こんな完璧な作戦、他にないだろ」
「そうね。貴方の残念な計画能力以外完璧ね」
「だろ?咲夜が見つかるはずがない。そして私ほど目立つ人間はいない。完璧すぎるぜ」
そう言われるのは満更でもない。
「計画能力は?」
「馬鹿野郎。計画を立てられるような奴が里を飛び出すかよ」
「それもそうね」
そうは言いながら現実主義なのが彼女だ。多分、結果以外が嫌いなのだ。
「貴方のそういうところ、好きよ」
魔理沙はにやりと笑う。
「奇遇だな。私も私のこういうところが大好きだぜ」
§
ビュレットを使って試薬を滴定する。ぽたりぽたりと垂れていく薬品を眺めてコックを調整していく。しばらくすると当量の理論値に達したため試薬の滴定を弛めていくが指示薬の色は未だに変化しない。
「お、おかしいな…」
しばらく続けると理論値を三割超えたあたりでやっと指示薬は黄色に変化した。
「な、なった…けど」
器具の目盛を改めて見直す。そして机の上に積んであった本から一つ抜き出した。題名はかすれて消えそうだがうっすらと『サルでもわかる化学の基本』と書いてある。
無縁塚で拾った。私が科学を知るきっかけになったバイブルだ。何か分からないことがあればこの本に戻る。そうすれば何かわかることがある、こともある。
「や、やっぱり、この硝子、体積が違う…」
ガラス器具が壊れてしまったので魔理沙に頼もうと思ったのだけど、椛に止められてしまった。しかた無しに椛を通して天狗のガラス職人に頼んだが、届いたものは見た目だけで、仕様が注文内容と全然違う。余計な装飾もついているし…使い物にならない。魔理沙に頼めば誤差百分の一単位に収めてくれるのに。
「い、意味が分かる人に、た、頼まないと」
バイブルを閉じ、溜息を吐く。
もしかしたら私が初歩的な間違いを犯している幸運にかけてみたが、やはりそんなことはなかった。困った。河童が天狗の作品に文句をつけたって相手にしてもらえない。余計な噂をばらまかれるに決まっている。
「て、手詰まり…」
疲労感がどこからともなくあふれ出し、床にぱたりと倒れる。仰向けになり天井を見る。
「…」
結局、居場所はないままだけど、ここに来て、できることは増えた気がする。頼めば色々なものを融通してくれるし、宮には余計なことをしてくる妖怪もほとんどいない。でもなんだか…
「生きづらい」
生きづらい。今まで具体的にそう思うことは少なかった。そもそも妖怪である私たちは生きるということに真剣に向き合っていない。物理的な死が存在しない妖怪は、人間以上に真剣に生きるということが原理上不可能だ。だって只在るだけだから。でもこの山では何となくやらなければならないこと、合わせなければならない空気があって、それを撥ね退けてまで胸を張る自信もなかった。
だから、弱っちい人間のくせに、そういうことが出来る奴がまぶしかった。
「羨ましい…」
「何が?」
声が…?
視線を上にあげると人がいた。
「え…え⁉」
びっくりしてくるくる転がる。そして机にぶつかった。
「いたい…」
「貴方って動き出しは早いのに次が駄目よね」
ぶつけた頭をさすりながら、声のした方に目を向ける。そこには白髪の死神がいた。
「ひ」
十六夜咲夜だ。あの時殺し損ねた私を殺しに来たんだ。
立ち上がろうとするが足に力が入らない。尻を床につけたまま後ずさる。
「ちょっと」
ああ。もう終わりだ。死んだ。
「ねえ」
結局何も出来ていない気がする。まだ何もしてない。でもシリアルキラーに殺されるのはどうしようもない。死んだ言い訳だけはできる。自壊よりはよっぽど妖怪らしい。
あ、ダメだ。死を運ぶナイフが私に手を伸ばしてきた。多分あの手でアイアンクローされるのだ。ミシミシときしむ頭蓋の音を聞きながらこぼれ出る脳漿をなめさせられるのだ。悪魔だ。
「話を聞きなさいよ」
「いたっ」
頭をはたかれた。
これは一体どんな殺し方なのだろう…
「私は取り敢えず、届け物をしに来たのだけど」
届け物…?
「と、届け物は、し、死です、か…?」
「私はどこの殺し屋よ」
十六夜咲夜は左手に持っていた小さな筒をこちらに向けた。
「こ、これ、は…?」
「あなた宛ての荷物」
ゆっくりと受け取る。震える手で筒を開くと中からガラス器具が出てきた。
「あ、び、ビュレット…なんで…」
「“霧雨魔法店はお客様が本当に必要とするものを最速でお届けいたします“店主からの言伝よ」
椛から聞いたのだろうか。有難い。これでやっと実験が再開できる。
「あ、ありが…う、ん?」
包みから一枚の紙が落ちてきた。何か文字が書いてある。
“品物は届けた!はこさん、にとりのこと心配してたぜ。だけど「ありがとう」だとさ”
「あ…」
そっか…届けてくれたのか…。
ありがとう、か。ありがとう………ありがとう………?
そう、そう言うんだ。
「こんなっ!」
気づけば手紙を引きちぎりそうになっていた。でもそれ以上力が入らない。こめられない。ピンと張りつめた紙がどっかのどうしようもない誰かみたいで泣ける。
「う、うぅぅ」
またやってしまった。もう、なんなんだ。
背中に温かな感触を感じた。
「…」
涙目で見上げると十六夜咲夜が私の背中をさすっていた。
「ま、まだいたんだ」
「取り敢えずって言ったでしょう。私個人は貴方と話をしに来たのよ」
「わ、私と…?」
「そうよ」
十六夜咲夜は私の隣に腰を下ろした。
「…」
何も言わない…
「あ、あの、話って」
彼女は大きく息を吐いた。
「悪かったわね。あの時」
「え?」
「魔理沙の店に来たときよ。商品の納入ができるか確認しに来たのでしょう?」
「あ、ああ」
「ごめんなさいね」
「い、いや、別に」
謝った?十六夜咲夜が、妖怪に?
彼女を見ると目線をこちらに向けていた。初めて彼女の目を直視した。底なし沼だと思っていたけど、思ったより透き通っていて他意はなさそうだった。
「な、なんで…?」
「借りと…敬意よ」
「へ?」
彼女はポケットに手を入れて何かを取り出した。
「これ、使わせてもらったわ」
彼女がこちらに差し出したのは失くしたスタンガンだった。
「あ」
「結構便利だったから、今度私にも作ってくれないかしら」
「え」
スタンガンを受け取った手を止める。
「強制してるわけじゃないのよ。ただその気になったら作ってくれっていう依頼」
「う、うん」
依頼か。脅されているのかと思った。
貰ったスタンガンをスカートにくっつけたポッケの一つにしまう。
「一つ、踏み込んだ質問をさせてもらいたいのだけど、いいかしら」
「な、なに…?」
「貴方、仲間を、親を恨んでないの?」
「っ」
十六夜咲夜はこちらの目をのぞき込んできた。
「な、なにを」
「人づてに聞いた話だけど、そういうことなんでしょう?」
「…」
「抵抗できない状況であったとしても、結局のところ貴方は天狗たちに売られたわけよね。それをした仲間達を、親を恨んでいないの?」
恨む…。
あのとき、海姫が河童の沢を訪れたとき、誰だってそんなことを許しはしなかった。
─そんな必要はありません!我々河童は今まで天狗様に従属してきました!大きな反抗もなく従順であったことは今までの歴史が証明しております!
─人質などおとりにならなくても、我々は天狗様を尊敬し、付き従うことには変わりありません!
─我々が積み上げてきた忠誠を信じていただけないのですか⁉
母は誰よりも先にそう言ったし、皆だって同じ事を言った。でも海姫は首を縦に振らなかった。
彼女はただ“お前たちは今まさに反抗しているではないか。忠誠を誓うなら、命令を聞け”とそれだけ言った。
そう言われれば誰も言い返せない。皆、天狗の社会に守られていることは自覚している。いわれたら従うしかない。しょうがない。しょうがないじゃないか。
「う、恨めない、よ」
誰かを悪者にするわけにはいかなかった。行ってくれ、とそういわせるわけにはいかなかった。
だから自分から名乗り出た。幸い、私には必要な立場と有用な知識があったから特に問題もなく、人質として受け入れられた。
「私は貴女のするべき振る舞いじゃなくて、貴女がどう思っているのかを聞いているの」
「わ、私の…?」
「そう。今心の底でどう思っているか」
─い、行くよ。私が。
そう言った時の皆の顔は見なかった。見るのが怖かった。
安堵なのか。罪悪感なのか。恐怖なのか。その顔の上に乗った表情を確かめたくなかった。確かめたら受け止めなきゃいけないから。何も見なければ、何も知らない。私はこの理不尽な状況を呪い、皆を勝手に恨んでいられた。それなのに。
─ごめんなさい。本当にごめんなさい。
私の母はそう言ったのだ。泣きながら。自分の罪悪感を和らげるために、私の逃げ道をふさいだのだ!皆のために犠牲になる私の唯一の逃げ道を!
恨まないはずがない!こんな理不尽な状況を恨まないはずがない!
でも…あんなことを言われちゃ、皆を、母を恨めない。
「ひ、酷いとは、思うよ」
「誰も恨んでいないの?」
「そんなの…」
「怒りが湧いてきたりもしないの?」
「…」
「一寸も?誰に対しても?」
何なのだ、この女。人の事を根掘り葉掘り。
「な、何だよ。お前」
「何とは?」
「な、何も知らないく、くせにさ、そういうの、やめてよ」
殺されるかもしれない。
彼女はあごに手を当てて暫く思案していたがやや間をおいてこちらに頭を下げた。
「ごめんなさい」
あまりに素直に謝られて肩透かしを食らった。
「え、い、いや、分かってくれれば、それで」
「私にも分からないのよ」
「え?」
何の話だ?
「貴女と状況は大分違うけれど、私も紅魔館を追い出されたのよ」
「え」
「要するにクビになったのね。その時途方に暮れてしまって、心配してくれた友人に助けてもらったのだけど」
「え」
「でも貴女は、自分の所属するコミュニティから追い出されても自分の芯を失っていないようだったから。何を考えていたのか気になってしまったの。気を悪くしたのなら謝罪します」
「い、いや。なんか、こっちこそ、ごめん」
信じられない。彼女のような人間が要らないと言われることも。途方に暮れることも。助けられることも。
妖怪に恐れられるほどの人間なのだから、全て独力でこなしてしまうような人間だと思っていた。
「私も捨てられた身であるし、当事者でもないから偉そうなことは言えないけれど、貴女もう少し自分に素直になっていいんじゃないかしら」
自分に素直…?
「そ、それって全部、す、捨てろってこと?」
「そういうことではないわね」
「…」
「貴女がしなければならない事と、貴女が仲間を恨むことは独立した問題ということ」
「え、えっと」
「つまり、助けながら恨んだって別にいいんじゃない?」
助けながら…恨む…?
「う、恨んでる人を、た、助けるの?」
なんか変だ。
「恨んでるから助けちゃいけないなんて決まりもないでしょう。嫌いな人を助けられるなら…いや、嫌いだからこそ助けられるなら上等な人格者ね」
確かに。そんな決まりはない。でも嫌いだから助けるって、この人間はやっぱり少し可笑しい。
「へ、へへ。お、面白いね、あんた」
「ユーモアに富んでいるって言ってちょうだい」
何だか友人みたいな会話だと思った。殺人ドールを相手にこんなことをしている自分に少し驚く。
そんな発見をした直後、大きな音とともに床が揺れた。机に固定してた試験管立てが倒れ、試薬がこぼれる。
「ああ」
直後、爆発音が聞こえた。
爆発音?変だ。ここは天魔様のおわす宮である。そんな物騒な物音など立つはずがない。
「あの馬鹿…」
十六夜咲夜が溜息を吐いた。そして立ち上がる。
「そろそろ時間だから行くわ。貴女と話せて楽しかった」
彼女は懐から懐中時計を取り出した。すぐに行ってしまいそうな彼女に何か言葉をかけなければと何故か思った。
「あ、あの!」
彼女が不思議そうに振り返った。
ええっと。こういう時って何て言えばいいんだっけ……あ、そうだ。
「あ、ありがとう!わ、私も、た、楽しかった…よ。えっと…その…」
彼女は少し驚いたような顔をした。そして妖艶な笑みを浮かべた。
「咲夜、でいいわよ」
いつのまにかいなくなっていた。急に目の前から消えた。
どんな境遇に身を置いているのであれ、彼女がただものではないことは相変わらずの事実だった。
実験室の外からドタバタと足音が響いてきた。
「河城殿!ご無事ですか!」
「え、えと、は、はい。特に何も」
見回りの天狗が汗を額に浮かべながら部屋に入ってきた。
ご無事って、どういう?
「な、なにか、あったん、ですか?」
「何者かの襲撃です!天空の間が爆破されました!」
え。
私が身を固めた直後、後ろで大きな音がした。何かに吹き飛ばされて、視界が真っ暗になった。
前話でも感想を下さった方がいて、嬉しさが溢れました。
この話の世界観を理解して、その上楽しんでくれていたので、すごいなぁと心の底から感動です。
ありがとうございました。