およそ小屋と形容するには歪にすぎる建造物の前に私は立った。原木から後付けでキノコが生えてくるように、一畳の倉庫から部屋を好き勝手に付け足しましたと言われて納得する景観だった。ただでさえ捻くれた性根をしているのに家まで捻れてしまったら一体どこに直線というものが存在しうるのだろうか?無闇矢鱈の後付けは己の愚かしさを露呈させるだけである。涙が止まらない。
「悲しいわね」
「何がだよ」
魔理沙の家を見ての第一声は客人としては失敬にすぎたが、友人としてはまともだと思う。
霧雨魔法店。彼女が経営している何でも屋。妖怪退治から水道工事まで幅広く仕事を受け付けている。受ける気があるのかはともかくとして、この建造美では頼む者はごく僅かに違いない。河童とか。
彼女に自宅へ誘われるのは初めてである。いつも招待する側であった身として、ある種の興奮があった。わくわく。
「大したおもてなしは出来ないし、する気もないが」
「期待もしてないわ」
「...体を休めるくらいには十分だ。まぁ突っ立てるのも冷えるしな、入れよ」
「お邪魔します」
家の敷居を跨いですぐ違和感に気づく。いや違和感ではなく既視感だ。遠近法は廃止しましたと言わんばかりの錯覚。距離感に真正面から喧嘩を売っている部屋の広さ。
「大したものね」
「早すぎないか?気付くの」
「私の十八番よ。気付かないと思う?」
「そりゃそうか」
「そりゃそうよ」
自信満々の表情である。
「で?本家様から見てどうよ?この家の空間拡張魔法は」
彼女の家も紅魔館と同様に屋内の空間を人工的に拡大していた。
「そうね.......これ、この場の時間を薄く伸ばしてるわけじゃないわね」
私と似たようなやり方ではあるけれど。
「不自然な流れを作っている...いや、どちらかと言うと他の場の時間を強引に消費してる、ってところかしら」
「そこまで分かるのかよ。マジかー。分かっちゃいたけど自信無くすわー」
魔理沙はさっきの表情から打って変わって落胆していたが、驚いているのは私の方だった。私は魔法に造詣が深くない。お嬢様の恩情でパチュリー様に何度か教鞭を奮って頂いた程度である。「センスは悪くないけど道理に対する好奇心が薄いわね。あと私に対する敬意」と言われて冷や汗をかいた後ろ姿をお嬢様に爆笑される程度には浅い。しかし表面的でも分かることがある。魔法もまた他の分野と同じく基本的なものを扱おうとする程、高度な技術が必要とされるということだ。人が重力や太陽、天候などを意図的に操れないように、あって当然で、具体的に言語化するまで認識すらしていないものを操るということは非常に難しい。時間は正しくそれに当てはまる。
「自信を無くすことかしら?もっと自慢してもおかしくないことだと思うわ」
魔理沙の性格を考えるに、しないのは道理に沿っていない。
「あぁ?当たり前にできる奴が目の前にいて、なんの自慢になるんだよ」
ここに直線があったか。やっぱりこの世を作った物好きはバランス感覚が非常に良いらしい。彼女のまっすぐなところはこの向上心に全て飲み込まれたのだろう。
「なるほどね」
プライドは想像以上に高いので藪蛇はつつかない。しかし気になることはある。
「貴方はこれをどうやったの?」
「どう?」
「他の魔法使いに解析を頼んだとか、神様に意見をもらったとか」
「ああ、そういう。そりゃあ、咲夜。お前の技術は紅魔館にいれば見放題だからな」
「見てやったの?」
「ああ。紅魔館の空間を色々解析して分かったんだが...っと」
?
「咲夜の手札を少し見せてもらうことになるんだがいいか?良ければ丁度いいから聞いておきたいんだが...」
「いいわ」
「食い気味」
「途中で止められる方が気になるもの。態々聞いてくるのも律儀だけど」
「それが節度だろ」
死ぬまで借りるは節度を守っているのか。図々しいが服を着て歩いている奴の節度が気になる。
「いいってんなら遠慮なく。お前が空間を拡張するときには、まず特定の空間の時間の流れを遅くするだろ?それで流れを遅くして詰まった....いや、違うな。入り切らずに溢れ出たっていう方が近いか。その溢れ出た時間を本来存在しない位置に固定して空間を逆証明するってイメージであってるよな?」
「概ね、その通りよ」
「最初はそれを真似しようとしたんだが、時間の流れを意図して鈍くするってのは負荷が強すぎた。それに加えて、時間の流れを無理矢理配分するってのはどうも時間の積み重ねが浅くなる。行動をしてもいつもより地に足ついてないっていうか...ふわふわしてるんだよな。私はこれを時間の密度と勝手に名付けたわけだが、その密度が小さい。そのせいで空間を増やしても結局、使える体積は増やす前と変わらない。見掛け倒しで魔力の無駄遣い。しかも時間が過ぎるのが早い。紅魔館はお前か、パチュリー辺りが館にいる人間の感覚を速くしているんだろうが、そこまでは私の手に負えない。で次に考えたんだが、そもそもこの空間拡張の本質は時間を移動可能な資源と捉えて、意図的に動かすことにある。だったら、広げたい空間の時間を薄く伸ばしていくより、もっと不安定な場所からぶんどってきた方がどう考えても効率がいい。魔法の森は瘴気のせいで環境が不安定だからな。魔力が散逸してる。それはこの家の周りも同じで、だったらそこを密閉した空間にして、そこの時間を奪って私のいるこの部屋に持ってくれば完了だ。それだったら自分の魔力を必要以上に使うことはないし、魔法陣だけで機械的にできる。といってもこれはまあ、パチュリーの図書館をパクっただけで、家も外観は子供の積み木みたいになっちまったけどな」
私の交友関係なんてものはこの郷の平均と比べても、些細で矮小なものでしかないが、個人でここまで体系化して物事を考える人間が居ただろうか?長命な妖怪や神ならまだしも彼女は10代半ばの人間。学習も模倣も推測も立派な人間の武器だが、しかしここまで意図して上手く扱える人間はまあいない。
「これをどう思う?」
魔法の批評は動かない知識人か、都会派に任せるとして。
「精神的向上心がないものは馬鹿だ、なんて聞いたけどこれに照らしてみれば貴方は確実に馬鹿ではないわね」
不満げな顔。素人から見た魔法への意見が欲しかったのか。あるいは馬鹿を自称したいか。
「私が馬鹿なら人里の大半はカタツムリだな」
「ノロマ?」
「それもある。加えて長いものに巻かれるが、すぐに引っ込む。塩を撒けば溶ける」
「塩」
「博麗だよ。お上さまを見りゃ、全員口を揃えて御用だなんだって蜘蛛の子をちらすみたいだろ?」
随分乱暴なお上である。民を金づると思っているに違いない。
「あと頭がないな」
ああ。昔読んだっけ。
「でんでんむしむしカタツムリ〜」
「おまえの“あたま”はどこにある〜」
ふふふ。
「ようやく笑ったな」
笑った?
「気づいていないようだが、出会ってからこっち顔色が悪いままだぞ」
「そうかしら?」
「お前は確かに飄々とした奴だが、そこまで人形でもない」
まさか魔理沙に気遣われる日が来ようとは、驚天動地ね。遺憾も遺憾。
「遺憾ね」
「いかんからもう寝ろ」
「それはいかんよ。私も考えておくことがいっぱいだわ。」
「だったら尚更早く寝ろよ。」
?
「そんな顔じゃあ、考えたってろくなことも思いつかねえよ。三日三晩寝ないで考えましたぁ、なんてのは馬鹿の言うことだぜ。大事なことほど腹一杯飯食って、ぐっすり寝て、お天道様の真下で青空眺めながら考えるもんだ」
「いかんね」
「はいはい。いかんいかん。とにかくお風呂入って飯食って寝ろ。はいこれ着替え。少し小さいかもしれんが我慢してくれ。胸がきついとか抜かしたらぶっ飛ばすからな。お風呂は廊下を右に進んで突き当たり左の扉。沸かしてあるから。昨日の残り物だが飯もあるから食ったらすぐ寝ろ。ほれ、いったいった」
いかんいかん。
§
パチリと目が覚める。肌感覚で分かる。今は丁度午前四時半だろう。やる事は多い。今日もテキパキ動かなくては。
「…そうだったわね」
習慣というのは解雇通知如きでは消え去ることが難しいらしい。見慣れぬベッドを眺めながら始業前三十分に起床した変わらぬ自分に安堵と一抹の不安を感じた。
人様の家を勝手に歩き回るのもどうかと思ったが喉の渇きが深刻だったので外に足を運んだ。井戸水なのか、雨水なのかわからないが外の桶に貯めてある水は自由に使っていいと言われたのでそれで喉を潤して、ついでに顔を洗いたい。玄関から出たところで魔理沙と出会った。
「おぅ。早いな。あんまし眠れなかったか?」
自分より早く起きているものが居なかった紅魔館では暇つぶしに歩いていた妹様に出会った時ぐらいにしか朝の会話が発生しない。ただ朝方に会話しているだけなのに異世界に迷い込んでしまったファンタジーを感じた。
「十分寝れたわ。ありがとう。この時間に起きるのが習慣になっててね」
「仕事か?」
「ええ」
「怖。早過ぎるだろ」
「メイドは激務よ」
「普通逆じゃないか?主人は吸血鬼だろ?」
「昨今は早寝早起きが吸血鬼のブームなのよ」
「さいで」
昼に活動した方が都合がいい、というのがお嬢様談だ。紅魔館の経済的、名声的維持に途轍もない労力を割いているお嬢様であるが処女の尻を追っかける都合と言うのはどちらに属するのだろうか。それはさておき。
「貴方、地毛は黒なのね」
「ん?ああ、切れてたか」
魔理沙の黒髪は朝日を反射して艶やかに光っていた。
「初めて見たわ」
「出かける時はある程度計算して飲んでるからな」
「友人が更生したようで私は嬉しいですわ」
「威嚇で染めてねえよ」
「じゃあ、存在証明?」
「夜の証明。月夜の方が魔法は強力だ。髪は触媒としても上々だしな。強化魔法の一種と考えてもいい」
「貴方の黒髪、綺麗よ。勿体無いわね」
「....そう言ったのはお前で二人目だよ」
「......」
「.......」
「.....とりあえず朝ごはん食べましょうか」
「そうだな。適当に作るか...」
「それはやめて」
「な、なんだよ」
昨日の夜は自覚がないのかとも思ったが、この狼狽えようは案外分かっていそうだ。安心した。
「これは決して文句ではなく、事実の表明であるのだけど」
「おぅ」
「きのこを焼いただけのものは料理とは言わないのよ」
味覚の発達は文明人の重要な要素であると思う。食を楽しむのは生きる上で必要不可欠ではない。寧ろ不要な動作。美味しくいただくのが犠牲にした生物に対する礼儀というが、生物の死骸を切り刻んで鍋で煮て、鉄板の上で焼いて、他の死骸と混ぜ合わせるというのは逆の立場から見たら地獄に違いない。
例えば私が見知らぬ妖怪に殺されたとして、その妖怪が私の四肢をもいで、鼻を削ぎ落として焼いて食べ、骨と共に煮て出汁をとり、眼球を噛み砕き、骨髄をすすり、余す事なく食べたとして、ここまで余す事なく食べればこの人間も本望であろうと言ったとする。人間も似たようなことを言うが、私なら私を食べた妖怪に地獄に堕ちろと言うと思う。生涯を全うしたあと両者合意の上で食べられたなら(そんな状況があり得るなど可能性の上でもあまり考えられないが)亡霊となって出て本望ではないと一言添えてから輪廻に戻るに違いない。
すなわち食を楽しむ礼儀とは明らかに人間本位の考えで、弱肉強食を生き残った強いものの考えであるが、それとともに、生物を殺害した罪悪感を打ち消そうとする弱者の考えでもある。自身を殺したものへの怨念を無くそうと必死になって考えた末路。そこに獣と教養を持つ人との明確な差異がある。生者こそ業を背負い続け、苦しみを自ら重くしていく。賢さと愚かさの中庸こそ人の本質である。
だからつまり何が言いたいかと言うと、昨日食べた夕飯は愚かさが足りない。もっと具体的に言うと味付けが全く不足している。
「ややこしいわ!」
§
私が用意した朝餉は、これは愚かな文明だと魔理沙に言わしめたので満足した。
「お前はこれからどうする?」
「決まったわけでもないけれど、考えて決まるものでもないし、ここで雇ってくれないかしら?」
「霧雨魔法店で?」
「ええ」
「福利厚生、基本給なしだぜ」
「大丈夫」
「歩合給でか?」
「来客の宿泊部屋も客間もあって、部屋の中もあそこまで整理整頓されてるって事はそれなりに客がいるんでしょ?」
「ちゃっかりしてんなぁ」
「私がいれば炊事洗濯清掃事務処理から営業トークまで全てお任せ頂いて大丈夫ですわ」
「採用」
「決まりね」
「じゃあ、早速仕事だな」
「お客様はこちらに?」
「私たちが先方に向かう」
「場所は?」
「人里はずれの鍛冶屋」
とある朝
「メイドは幽霊?」
「人です」
「冥土だから寝ないんじゃないの?」
「冥土は明度が暗いです」
「じゃあ、あなたは半メイド」
「人ですよ」
「だって白すぎるもの、赤みが足りないわ」
「妹様は赤すぎますね。今日は白血球多めの血に致しましょう」