おかしい。咲夜の様子がどうもおかしい。
青い空が見える。天井がなくなってしまい、洞窟でもなくなってしまった河童たちの拠点のなかでそんなことを思った。
いや、まあ、あんなことやった後だからおかしくないほうがおかしいのだが、あいつはこんな事で怯むタマでもないし、また痛い所でもついてくるのかと思ったんだけど…
箒に乗って、マスタースパークでぶっ壊したパイプの応急処置をしながら、下の方で河童と話している咲夜を見る。
咲夜は彼女と相対してびくびくしている河童の指示を聞いて、頷いている。
なんか表情が硬い、ような気がする。多分。
話しかけても生返事しか返ってこないし。カッとなって、天井吹き飛ばしちまったのがよくなかったか…?待ってくれ。あれは暴力じゃない。どいつもこいつも正気じゃなかったから、猫だまし的な意味で使ったんだぜ。
「霧雨さん、大方の応急処置は終わりました。そちらの作業が終わったら降りてきてください」
パイプの横に取り付けられた伝声管からはこさんの声が響いてきた。
「こっちもちょうど今終わったぜ」
溶接したパイプを見て、不備がないことを確認する。
「よし」
吹き抜けになってしまった洞窟を下り、湖に架けてあるアーチに降りる。
「よっと」
ちょうど向かいから資材を運び終わった咲夜がこちらに向かってきた。
「お、咲夜。こっちも作業終わったから、はこさんとこに行こうぜ」
「…そう」
覇気のない答えがまた帰ってきた。
取り合えず隣に並び、河童たちが集まっているところへ向かう。
「…いやぁ、ついカッとなっちまったぜ」
「みたいね」
「ちょっと脅かすだけのつもりだったんだけどな、天井を吹き飛ばしちまうとは。魔力のコントロール、サボりすぎたかな?」
「かもしれないわね」
「…」
「…」
うー。
「なぁ、何怒ってんだ?」
「はぁ?」
咲夜が訝しげに私を見る。
「私、なんか気に障るようなこと言ったことか?」
「怒ってないわ」
「噓つけ。さっきから滅茶苦茶ぶっきらぼうじゃねえか」
「いつもこうでしょ」
「全然ちげーだろ。いつもはこう、斜め上なツッコミ入れてくるじゃん」
「…斜め上で悪かったわね」
自覚なかったのか。
「いや、あれはあれで…ってそうじゃなくて」
睨むなって。
「私が何かしちゃったなら謝るからさ」
「何に謝っているかもわからない謝罪なんていらないわよ」
「う」
確かに適当な謝罪は受け取る方からしたら、腹が立つだけなんだろうが。
「本当にどうしたんだよ。もしかして文になんか言われたのか?」
文が開いた天井から去っていく前に、何か咲夜と話しているのが見えた。もしかしたら何かまたクソみたいな嫌味を言われたのかもしれない。
そんなことを思っていたら咲夜の眉間にしわが寄った。
「…別に。貴女には関係ないわ」
なんだよ、その言い方。つうかやっぱ何か言われたんじゃん。
「関係ないってことはないだろ。友達を心配して何が悪いんだ」
友達といった直後、咲夜の目尻がキッと上がった。
「ちょっと黙ってて頂戴」
はあ?
「お前さ、さっきから感じ悪いぞ。何に怒ってんのか知らねえけど、そういうの良くねえぜ」
「だから、黙っててと言ってるんでしょ」
「心配してる人間に対してそんな言い方は…」
「誰が、心配してくれなんて頼んだかしら」
咲夜が馬鹿にしたようにハッと息を吐いた。
「やっぱし怒ってるじゃねえか。不満があるなら言えよ。言ってくれなきゃ、分かんねえっつの」
「…貴女には分からないわよ」
先ほどから突き放す言動ばかりであったが、この言葉にはカチンときた。
「お前が何に怒ろうがそれは自由だけどな、お前が私を決めつけんじゃねえ!」
私はこの手の問答が大嫌いだ。勝手に決めつけて、自己完結するクソは他人の可能性を狭めることに忙しい。
うちのお袋やスキマ妖怪がそうだ。それがそいつの中だけで終わってるなら構いやしないが、人を巻き込んでそういう事をする奴にはマジで腹が立つ。
「会話しなきゃ分かるもくそもねえ。いいから話せ」
その言葉に咲夜は初めてイラついたような顔をした。腹を立てているではなく、癪に障ったような感じだった。
「そういう…そういう同情が要らないって言ってるのよ!」
咲夜が何かを振り払うような口調で叫んだ。
「同情?同情だ⁉ふざけんな!私がいつお前に同情なんてしたんだよ!」
お前のどこに同情する要素があるってんだ。私と違ってお前は何でも持ってんだろうが。
「そこが分からないから、貴女には分からないと言っているのよ!」
咲夜が私の襟首をつかみ、顔を目と鼻の先まで寄せる。
「自分から捨てた
捨てられたって…お前。
口を開こうとしたら視界の端からはこさんが歩いてくるのが見えた。咲夜も彼女の姿をとらえたようで、すぐさま手を離した。
「お二人ともお疲れ様でした」
彼女がこちらまで来て、そう言ったので笑みを浮かべて言葉を返す。
「い、いや、そもそも壊したの私だし、謝るのは私の方っつーか」
「いえ、霧雨さんがああしてくれなければ収拾のつけられない事態になっていました」
「そう言ってくれると有難いけどよ」
後から考えると壊さなくても光魔法を使えばそれで良かったと反省している。
「十六夜さんも、ありがとうございました」
「……私は何もしてないわ。見ていただけ」
はこさんにまでその態度は辞めろ。
そう言おうとしたが、はこさんは気にせず微笑んだ。
「そんな事はありません。十六夜さんが私に事情を話せと仰られなかったら、私は恐らく何も打ち明けることが出来ませんでした。元をただせば、霧雨さんの行動だって十六夜さんのおかげなんですよ」
「……」
咲夜はそれを聞いて黙り込んでしまった。
ったく。
「はこさん、そろそろ話し合いを始めよう。あまり時間もない」
「はい」
不可抗力とは言え、事態がこうも動いてしまった以上、私達も河童達も運命共同体である。何とかして光明を見出さなければどちらもお尋ね者として幻想郷から追われる身となってしまう。そんなのは御免だ。
はこさんは頷いた後、私の耳元でささやいた。
「でもご友人は大切にしてください」
「え」
聞かれてた…。恥ずかし。
「お説教臭くなってしまいますが、本音をぶつけあえる知己は何百年と生きていても、中々得られるものではありません。すれ違ったとしても相手を理解しようとする心を無くしていけませんよ」
「…ああ。その通りだぜ」
「魔理沙さんには要らぬ心配でしたね」
「どうかな。わかんね」
どんなに人間に会おうが、多くの妖怪と話そうが、相手を理解するのはいつだって難しい。つーか全然理解できねえ。
§
「それでまあ、どうするかだけど」
河童数人と私と咲夜で机を囲み、話し合いを始める。
「取り合えず現状、私達は冤罪で追いかけられて、ヤバい。にとりは冤罪で裁判になりそうでヤバい。はこさんたちにとりの冤罪で山を追われそうでヤバい。ってことだな」
つーか全部冤罪じゃねえか。一番ヤバいのは罪を犯していない者にしか疑いをかけない天狗社会だろ、これ。
「なんか質問あったら挙手な」
河童の一人がおずおずと手を挙げた。
「なんだ?」
「霧雨さん達は、宮を壊した犯人じゃないのか?」
おいおい。
「さっきも言った通り、私達はやってない。にとりに会いに行っただけだ。次言ったらケツの穴にマスタースパークぶち込むぜ」
「す、すまない」
さっきのこともあるのか、河童は申し訳なさそうに謝罪した。
本気にすんなよ。冗談だよ。
「私達もお前たちも、一言でいえば絶体絶命ってやつだな」
何人かの顔色が目に見えて悪くなる。
馬鹿野郎。お前らなんもわかってねえな。
「おいおい。ここ俯くとこじゃないぜ。希望に目を輝かせるところだ」
はこさんが律儀に手を挙げた。
「どういう意味でしょう?」
良い質問だぜ。
「絶体絶命。あと一手で負けるとき、相手は勝ちを確信してる。相手と自分の力量が離れているときほどこの傾向は顕著だ。天狗の奴らは生まれつき優れた身体能力を持っている分、特にそうだろう」
力が強い奴はとにかく油断が多い。
「これはアドバンテージだ。油断は隙を生む。その隙をついて五分五分にさえ持ち込めれば優位性を失った分、相手のダメージの方が大きい。流れをつかみ取れる」
強いとは、状況に適応する力のことであって、単なる能力を意味しない。格上だろうが工夫次第でいくらでも倒すことが出来る。
力が強い奴は力が強いだけ。強い奴とはまた別だ。
「この見せしめの裁判は天狗が山を支配していることを妖怪の山に、もしかしたら幻想郷中に知らしめるためなのかもしれないが、それは私たちにとってもチャンスってことだ」
誰もが見ているのなら、負けられないのはどちらも同じだ。
「この裁判で私達が勝てば、河童の独立をアピールできる。お山の大将気取ってる天狗時代はもう終わったと宣伝してやるまたとない機会だ」
ピンチはチャンスとか言っている奴は阿呆だが、賢い奴はピンチだって利用する。
「それは、そうだけど。それが難しいから俺たちはあいつらに従ってきたんじゃないか」
さっきの奴が手を挙げて言った。
「難しい?なんで難しいんだ?」
「天狗たちのほうが強いだろう」
「強いってのはどう強い?」
「…力が強いし、空を飛べるし」
「膂力が強くて、空を飛べる奴には絶対勝てないのか?」
「それは、そうだろう」
「んなわけねえだろ。だったらなんで天狗が幻想郷を支配していない?あいつらが博愛精神にでも目覚めたか?」
「…それは」
「妖怪の山ですらここまで好き勝手やってる連中がそんな高尚な志なんか抱くはずもない。いいか?為政者ってのは噓と脅しが大好きなんだ。あいつらの飯のタネの半分はこけおどしで出来ている」
下に舐められちゃ支配も統治もおぼつかん。
「最強の存在なんてもんはいない。強大に見えているだけだ」
「…」
「何が言いたいか分かるか?」
周りを見渡す。
「要するに私たちに足りないのは情報だ。敵を知れば、戦い方は自ずと見えてくる」
敵を知り、己を知れば百選危うからず。
「敵は何だ?本当に天狗すべてなのか?弱点は何だ?天狗社会は戦力を常に全力で展開できるほど柔軟な組織なのか?私達をつぶそうとする勢力は本当に優勢か?奴らは一枚岩か?…この中の一つでも、お前らは調べたか?」
「…いや」
「調べてもいないのになぜ無理だと分かるんだ。やってみなきゃ分からんぜ」
先入観ってやつは意外と多くの場所に潜んでいる。
「とはいえ、今まではやってみることが出来なかったのもわかる。河童の命全てを背負っているもんな」
はこさんが負っているものは私には分からないぐらい重いものだろう。
「だけど今は逆だ。やらなきゃ死ぬ。ならやってみるしかねえだろ」
こんなもんかな。
席についている河童達の目にはいい輝きが根付き始めていた。私はこの輝きを闘志と呼んでいる。
いいぜ。格下が格上に勝つためまず必要なのはこの『闘志』だ。次に頭。次に工夫。後は根性。
「そうですね。その通りです」
はこさんは繰り返すように呟いた。仲間を鼓舞しているようにも、自分を鼓舞しているようにも聞こえる。
「霧雨さん。私達に教えて頂けますでしょうか。戦い方を」
「もちろんだぜ」
天狗の伸び切った鼻っ面をへし折ってやる。
「それで、具体的には私達はどう動けばよいのでしょうか?」
「…」
ん。んー。
「霧雨さん?」
あー。
「それなんだが…………私にも分からん」
「「「え」」」
席に着いている者は一名を除き、同じ言葉を発した。
「あの、霧雨さん?分からん、というのはどういう……」
はこさんが戸惑いながら訪ねてきた。
「いやさ、言うて私もそこまで天狗の内部に詳しくないし、こんなことになった後じゃ調べようもないしな…しょうがなくね?」
一瞬だけしんと静まり返る。
「いや、あんた!あれだけ偉そうに語っておいて肝心の所が空っぽじゃないか⁉」
「だって宮が爆破されるなんて思わないだろ⁉」
「それはそうだが、だからって分からんはないだろう⁉」
「分からないんだから分からんしかねえだろ!」
「逆ギレするな!」
「無理!」
天魔の住処が襲われるなんて誰が予想できるんだよ。想定しないよ、フツー。ムリムリのムリ。ムリ寄りのムリ。できない。不可能。インポッシブル。
「…ええっと、それを調べるのも、戦いということでしょうか」
はこさんのフォローが入る。
「そうだぜ!さすがはこさん!」
偉い人は違うね。
「族長!こんな奴に助け舟なんていりませんよ!」
「こいつに必要なのは責任感です!」
上手いこと言ったつもりかこの野郎。
「うるせえ!何でもかんでもおんぶにだっこで生きていけると思うなよ!死にたくなきゃ、てめえの頭使え!」
苦し紛れの言い訳だったが、事実でもあった。
騒いでいた河童達が黙り込む。
静かになった席で一人が挙手した。
「あるわよ。この状況で敵の内情を調べる方法」
咲夜がすました顔で口を開いた。
河童どもが”さすが十六夜咲夜”とでも言っているような期待の顔をする。
「十六夜さん、その方法とはなんでしょう?」
はこさんも声に希望が籠っている。
「ある天狗を一匹捉えればいいだけよ」
聞いた全員が首を傾げる。
ある天狗?
「河城にとりの護衛をしていて彼女の周りに詳しくて、軍刀を帯刀しているから立場が高く、敵の内部にも詳しい。そして千里眼を持っているから現状の敵の情報をリアルタイムで得られる、と推測される、都合のいい白狼天狗が一匹」
「あ」
─千里眼の名が泣くぜ
椛が私の店にきたとき、そう嫌味を言った覚えがある。咲夜のやつ覚えてたのか。
「その天狗なら私達がここに隠れていることもお見通しでしょう。お仕事熱心な真面目ちゃんみたいだったから、私がこの洞窟から出たら真っ先に捕えに来るはずよ」
確実に来る。あいつはにとりの友人だ。それに義理堅い。
上からの命令以前に、友人の無実を晴らすためなら何が何でも私達を捕えようとするはずだ。
「その天狗をひっ捕まえて情報を吐かせればいい」
咲夜はそう言うと立ち上がった。
「十六夜さん?」
「時間はないのでしょう。私がさっさと捕まえてくるから、貴方たちは情報を得た後の準備をしておいて」
そのまま歩き出しやがった。
あいつ一人でやる気か。なめやがって。
「おい。待て!咲夜!」
私の叫びに咲夜は立ち止まり、顔をこちらにのぞかせた。
「貴女は暴力を使わない。それは尊重する」
「あ?」
「でも私には私のやり方がある。付いてこないで」
そして姿が消えた。
クソ!能力使いやがったな!
「あのバカ!なんで…」
なんで力があるやつはどいつもこいつも一人で突っ走るんだ!馬鹿が!
急いで後を追おうとした私の肩に、誰かが手を置いた。
「霧雨さん」
「はこさん」
彼女は私の肩に手をおいて頭を振った。
「あいつ、あんな状態じゃ何しでかすかわかったもんじゃない。急いで追いかけないと…」
「霧雨さん」
はこさんが肩に置いた手の力を強めた。
「近すぎては見えないものもあります。出来るというのなら、任せることも必要なのではないでしょうか?」
「いや、でも」
「十六夜さんは霧雨さんのご友人なのでしょう?なら信じてあげてください。彼女は何か言ってませんでしたか?」
何かって…あ。
─そういう…そういう同情が要らないって言ってるのよ!
同情……
「いや…違う。これは同情なんかじゃない。私は本気で」
「魔理沙さん」
はこさんが私の両肩を掴む。
「言葉の中身は受け取る人間が決めるものです。例え貴女がどのような意図で言ったとしても、彼女の受け止め方を見なければ」
「そんなの…」
そんなのってねえよ。それじゃ、怖くて何一つ言えやしないだろ。
「ええ。理不尽だと思います。でもそれがあなた方、”人間”という者でしょう。言葉一つで我々のような妖怪を作ってしまえる」
「…」
「言葉の重さを認識するべきです。言の葉を交わすとはそういう事だと思います」
─私は人としての咲夜と一緒に戦いたい。
それはあいつが初めて笑った時、あいつに伝えたことだったはずだ。その癖に。
向き合い、受け入れ、信じる。
私が言ったことだ。
「…待つよ」
それくらい守ってやらなくちゃ、噓だろ。
言葉は重いのです。