メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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episode 21

 

 

 

 

むしゃくしゃした。もうこれ以上ないくらいにむしゃくしゃした。

烏に言われただけで動揺してしまう自分の軽さ。それを外に出してしまう浅はかさ。あまつさえ友人の歩み寄りを根本から拒否するその弱さ。

腹を明かすことに慣れていないのは分かっていた。他人に自分を明かすことは弱みをさらけ出すということだ。私はそれをスムーズにできるほど友好関係というものに慣れていない。

どれだけ近しい存在でも刃は常に立てておく。握手をした直後に切りかかられても相手の首を切って捨てることが出来るよう、最後の一線は保っておく。私の体にはその動きが叩き込まれている。

無表情で私を見るお嬢様。血の付いた刀身を払いながら、私を笑う妹様。彼女の眼前で膝をつき、わき腹を抑え、荒い息が止まらなかった。あの光景だ。

脳裏に刻まれたもの。

 

良くない。とても良くない。

過去に引きずられる思考は良くない。ろくなことが起きない。払拭するきっかけが必要だ。

だから河童の沢を抜けてすぐ、私の目の前に刀を携えた白狼天狗が現れたのは歓迎すべき出来事だった。

「早かったわね。ずっとこっちを見ていたのでしょう」

犬走椛にそうしゃべりかける。

天狗は一人の私を睨み、あたりに視線を走らせた。

「もう一人はどうした?」

まず人数の確認とは。捕縛の命令が出ているからだろうが、なめられている。

「知ってどうするのよ」

「下手人は全員捕えなければならない。抵抗するな。投降しろ」

天狗の発言に思わず笑ってしまう。天狗の視線が一段と厳しくなる。

「ごめんなさい。貴方の発言、私とは随分と視点が違ったものだから。思い上がりも甚だしいというべきかしら」

「…どういう意味だ?」

「そうね。貴方の言葉には二つ、訂正するべき点があるわ」

彼女の目から敵意と少量の殺意を感じる。分かりやすくて、心地が良い。

これだ。こういう方が良い。目の前に集中できる分、余計なことを考えなくていい。

「まず一つ目、”下手人は私達”という間違い」

「…下種め。貴様も罪を河城殿に押し付ける気か」

殺意が少し増した。

暇な天狗どもと一緒にしないでほしいわね。

「あの子は違うでしょう」

天狗が意外そうに眉を上げる。殺意が少し緩まった。弛めるなよ。

「そんな度胸はないでしょうし。なにより爆発が起きた時、私とあの子一緒にいたもの」

「やはりっ、貴様らか!」

「短絡的ね。どうでもいいけど」

一緒に話したのだから、爆発なんてしている暇ないわ。

「それから二つ目、捕らわれるのは貴女よ」

私は刀の柄を握った。

天狗の目が僅かに開く。

恐らく私の手の中に急に刀が現れたようにみえただろう。魔理沙が使っていた空間魔法の元祖である。

時間の流れとは空間の変位であり、位相の変化の結果に過ぎない。すなわち空間に干渉することこそが時間に干渉するということなのだ。

魔理沙は逆に捉えていたようだが、この力の本質は時間ではなく、空間を把握することにこそある。

最も、魔理沙のような自動化をしているわけではないから使うたびに負担がかかる。無理のない範囲でいえば、体積も質量も小さな刀ぐらいが限界であるけれど。

「暗殺者風情が、刀を使うのか」

天狗は既に構えを整えていた。左半身を引き、左手を鞘に、右手を柄に当てている。最初に出会ったときに店で見た、居合の構えだ。

私は右腕の肘を軽く曲げ、ポイントと呼ばれる非常に細いブレードの切っ先を相手の喉に向けた。

私の扱っている刀はスモールソードと呼ばれる。レイピアから派生した武器で、非常に細い刀身と貝殻のような柄が特徴的だ。日本刀と同じぐらいの重量があるレイピアより軽量小型化されている。膂力に乏しい私にはこれが向いていると、妹様に投げてよこされたものだ。

背筋を伸ばし、右足を前に出す。

「暗殺者になった覚えはないわ。暗殺も、できるのよ」

私の師は優秀である。近、中、遠距離、全てのレンジに対応した戦いが出来る人材だった。青龍刀を構えた彼女に打ち込んだ時、いつのまにか掌底を決められていてムカついた。

「ならば…」

天狗との距離は約三メートル。私のスモールソードは刀身の長さが約九十センチ。刺突の場合、間合いは百三十センチほどだ。

一方で天狗の刀は恐らく打刀と言われる類のもの。鞘から分かる刃渡りは七十から八十センチといったところであろう。間合いは一メートルと少し、扇形に広がるはず。

つまり距離がある内は私の方が有利だ。

私は天狗が何かを言い終える前に、前方に踏み出した。

サムライとの実戦経験は無い。刀を使う者と打ち合った経験も二度しかない。一度は妹様、二度目は妖夢だ。

そのどちらも当てにならない。妹様曰く、「東洋の剣術は口伝が多すぎるのよ。指南書は“以下口伝”ばかりだし、なんちゃってサムライが限度ね」らしい。

妖夢とは御前試合で軽く打ち合っただけだ。それから頻りに白玉楼に来て下さいと誘われるが、気軽に冥界に寄れるわけもなし。

つまり私は日本剣術を詳しく知らない。どんな技を使うかわからない相手に対して受け手に回るのは避けたかった。

ステップで一気に距離を詰め、刀の軌道にかぶらないであろう右脇を刺突で狙う。

カウンター狙いか知らないが、天狗は未だ刀を抜かなかった。

そして私の突きが天狗の脇腹を貫く瞬間、悪寒がした。

悪寒に突き動かされて私は意識的に()()()()()()()()()()。コマ送りにされる視界の中で、一瞬だけ天狗の手元がぶれた。

次に見えた視界には、天狗が首をひねって私の突きを首の皮一枚でよけ、刀の引き抜きざまに私の手首を切り落とそうとしていた。

こいつ!どんな速度で動いてるのよ!

「くっ!」

私は踏み出した右足で地面を強く踏み付け、右半身を引いた反動で、左手を前に出した。そして半身に隠す形で持っていたマンゴーシュで天狗の刀を受け流す姿勢をとる。

マンゴーシュは防御用の短刀で部類としてはパリーイングダガーなどと呼ばれる。

鍔が長く、相手の斬撃を逸らしやすい。

その短刀で防御姿勢を整え、能力の反動が強くなりすぎる前に体感時間を元に戻した。

刃と刃がぶつかり合う甲高い音が響き、少し鈍い音が鳴る。

私は引き戻した右足で強く地面をけり、すれ違う形で天狗と距離をとる。

すれ違いざま、天狗が下段から切り上げてきたのでスモールソードのポイントを刀の切っ先に叩き付けて軌道を逸らした。

視線をすぐに戻し、先ほどとは逆に左手のマンゴーシュを相手に向ける形で構える。

天狗はすでに刀を両手で構え、切っ先をこちらに向けていた。中段で構えている。

水の構えなどとも呼ばれるらしいが妖夢は中段の構えと呼んでいた覚えがある。分かりやすいが安直だ。

「二刀か……驚いたぞ」

天狗は体感を一切ずらすことなく口を開いた。

「私の居合を初見で対応したのは貴様が初めてだ。天狗、人間問わずな」

私はマンゴーシュを構える左手をちらりと見る。

親指と中指の間、そこにはぽたぽた流れる血だけが見えており、あるはずの人差し指は少し先、天狗の足元に落ちていた。

「先の反応速度。貴様、本当に人間か」

「どいつもこいつもうるさいわね。私ほど人間を満喫している奴がいるかってのよ」

左手の痛みを誤魔化すため、吐き捨てるように話した。

普通じゃない、この天狗。

私の能力は応用しやすいが魔理沙が思っているほど融通が利くものではない。

空間の位相に干渉するというのはかなりの精密さを要求されるもので、一歩間違えれば体がねじ切れる。その上、視覚で確認できるものではない。

私が能力とともに懐中時計を使う理由はそこにある。

自分が干渉した位相を記しておかなければ、どこに戻ればよいか分からなくなる。そして適当に戻ればほぼ間違いなく体が四散する。時計なしで使えるのは三秒が限度。

だから余裕がない戦闘中は、空間の時間に干渉するのでなく、自分の体感時間を加速し、相手を観察し行動を読み切ることに能力を使う。

言ってみれば地味だが、これは近接戦闘や奇襲に対して強力な力を発揮する。美鈴曰く、戦いはよく考えた方が勝つ。私はその時間を人より長く持てる。

それにも関わらず、あの天狗はマンゴーシュで受けようとしていた軌道をねじり、刃を私の指に当てた。時間を切り刻んでも攻撃を避けきれないなど尋常ではない。

攻撃の軌道を見切れないほど洗練されているか、相手の性格が悪すぎるか、いずれかである。

「反応速度がイかれてるのはどっちよ」

天狗は構えていた刀を下ろし、右足を引いた。刀を右わきに取り、剣先を後ろに下げた。

あれは、右脇の構えと聞いた。無防備な左半身に敵の攻撃を誘導し、自らの刀を隠すことで間合いを測り難くする。体術、飛び道具、後ろからの奇襲なども対応するための構え、だったはず。

初手を優勢に制して、相手の力量を理解したにもかかわらず、警戒は怠らない。実戦経験に裏打ちされた臆病さ。私の知っている天狗とは随分違う。

「天狗が刀を持つ意味は知っているか?」

天狗は警戒を怠ることなく問いを投げかけてきた。

「…天魔に貸与された天狗だけが持っている、とは聞いたけれど」

魔理沙や河城さんが言っていた。

「そうだ。それからな、私は河城殿の護衛を志願したんだよ」

「…?」

「人質の安全は絶対に守らなければならない。そうでなければ人質は意味をなさない。故にその護衛は天魔様からの勅命で決まる」

「ああ、そういうこと」

つまり天魔から剣を貸与され、統領の人事決定に口を挟めるほど自分は強いと、そう言いたいわけね。

「最後通告だ。投降しろ。次は指一本ですまさん」

「そうね、私からも一つ忠告してあげるわ」

息を整える。位相をみる。

「あまり強い言葉を使わないほうが良いわよ。弱く見える」

軌道は見た。動きも知った。力量を得た。

つまり、やり方はもう出来ている。

 

 

§

 

 

正直に言って、目の前の人間はおかしい。

これは今までの経験であって、純然たるただの事実だが、私は剣で負けたことがない。

剣での戦いは天魔様にも、大天狗様にも、射命丸にも負けなかった。いずれの剣客も切って捨ててきた。

それ故に私は、私の剣の速度に付いてこられるものを見たことがない。付いてこられるとしたら天性の才か、よほどの修羅場をくぐった者だけ。可能性があるとすれば、剣豪として名高い魂魄の侍ぐらいなものだ。

確実に決まったはずだった。今頃、剣は拳ごと取り落としているはずだった。

だというのになんだあの反応速度は。

もしや、何かの能力か?例えば未来予知や読心。そういった系統の能力者は稀にいる。

奴の元主、スカーレット卿は運命を操ることが出来ると専らの噂である。流石に操ることはできまいが、それが未来の遠視なのだとしたら奴も似た能力を持っていることは十分あり得る。

もしそうで有れば、細心の注意を払わねばなるまい。

「…」

非常に細い刀と両刃の短剣を構える十六夜咲夜を刀越しに見据える。

見たことのない刀。あれも厄介だ。刀身が非常に細く、恐らくは刺殺に特化したもの。あのリーチの長さに反して片手で扱えるほどの軽さ。

加えて妙なステップ。鍔が異様に広い短刀。

私が今まで見てきた戦術とは体系が丸ごと違うのだろう。

二刀もそうだ。宮本武蔵を代表として一部の者しか扱ってこなかった剣術。やるものは少ない。

なぜなら二本振るより一本に集中した方が手っ取り早く、有効に扱えるからだ。

剣の仕様からして難度も違うだろうが、奴のあの防御を見るに付け焼刃ではないことは確かだ。

迂闊に飛び込めばあの細い刀でリーチ外から刺殺が飛んでくる。警戒してぎりぎりの射程で戦えばあの短剣で払われる。しかし懐に入り込むと短剣で切り捨てられる。

合理的だな。

「シッ」

変則的な呼吸が聞こえた。それと同時に奴が再度踏み込んできた。

奴の動きを冷静に見据える。

それしかあるまい。

先程の攻防で速度は私の方が勝っていると証明された。速度で叶わない相手にカウンターは悪手だ。先手を取り、相手を翻弄するほかない。

私の勝機は中距離だ。

あの刺突剣はリーチが長い分、近距離での取り回しが難しい。短刀は言うまでもなく防御と近接戦闘のため。

であるならば刀の有効射程外に潜り込み、短刀の有効射程外部であの短刀を払う。

私は流れる動作で刀を中段に戻す。

奴は私の刀を流すため、短刀を少し前に構えた。

「甘い」

それを狙った。

奴の短刀と私の刀が触れ合う瞬間、私は刀を動かさず、体幹を使い、奴の短刀に私の刀を強くあてた。

甲高い音が響き、衝撃が腕を伝う。

そのまま、剣先を僅かに下した。

先程衝撃で緩んだ拳に、刀身を用いた”てこ”の力が加わり、奴の柄は独りでに離れたかのように回転した。

そして短刀は奴の左手から落ち、十六夜咲夜は半身を無防備に晒す。

これは“紅葉の打ち”という。どこの流派にでもある相手の武器を落とす技だ。私の得意技でもある。

奴は防御の短刀を失った。この間合いでは右脇に構えた刺突剣を使うには近い。

だが私の刀は有効射程。そして中段の構えである。

詰みだ。

懐に入り込みつつ、奴の喉元に突きを放つ。

「ふっ」

右足を前に踏み出し、奴が刀を振る間もなく、突きを繰り出した。そして…

 

「そう来ると思ったわ」

 

()()()()()()()()私の眼球を貫いた。

「な⁉」

奴は左足を右足の後方へ移動させ、体の軸を中心からはずし私の突きを避けていた。そしてその中心に、自らの刺突剣をただ置くように構えていた。

「初手で互角。追撃で優位に立ち、相手の力量も理解した。自分の剣技には勝らず、まともに打ち合えば必ず勝てる。そう考えれば奇襲を警戒して、真正面からの打ち合いに持ち込もうとするでしょう。当然ね」

奴は柄頭を蹴り上げ、そのまま刺突剣を私の頭に押し込んだ。

強烈な痛みが走る。

「ぐっ⁉」

「その打ち合いで短刀を捨てて中距離に入れば、予備動作の少ない突きを繰り出すと思ったわ。でも突きの応酬ならこちらの十八番なのよね」

いきなり体の力が抜ける。

なんだ⁉

体勢を保てず、あおむけに倒れる。

「速さで勝てないのなら、敵の速さを利用すればいい。さっきの技はヴォルテと言ってね、攻防一体の技と言えばいいのかしら」

なぜ動けない⁉

「自分の軸をずらして相手の突きをかわす。その軸に剣を残しておくことで突きを放った相手が自分から刺さりに来てくれるというわけ。とろい剣士にはあまり有効ではないけれど、速すぎる貴女には驚くほどうまく決まったわね」

視界には、血に慕った無骨なナイフが見えた。

「これは妹様の受け売りだけど、こちらの剣術には”受けの剣”があまり見られないのよね。攻撃に繋げる受けはあるけれど、受けそのものが攻撃になる技がない。そもそもの発想がないのかもと思ったけど、案の定」

十六夜は表情を変えず、ただ私を見下ろした。

「貴女の負けよ」

 

 

§

 

血だらけで、顔にスモールソードが突き刺さり、関節が切られ、無様に倒れている白狼天狗を見下ろす。

「そういえば貴女、自分は強いってさっき言っていたけど」

このざまになっても天狗が無理矢理体を動かそうとしていたので、私はある可能性に思い至った。

「幻想郷において妖怪が強くなることは、諸刃の剣でもあるって知っているかしら?」

天狗はこちらをにらみながも少し戸惑ったようだった。

やはり知らなかったか。

まあ、強ければ強いほど知る機会も減るものであるから、そういうこともあるだろう。

「この郷において力が増すということは、存在の力が増すということ。つまり物質的な存在に近づくということよ。貴女が使っている貴女の体。筋肉、健、神経、血管。そういうものがより具体的に創造されていくのよ」

これはこの郷に来てすぐのころパチュリー様にご教授して頂いたものだ。

曰く、

────この幻想郷の結界は、幻想をより強固なものにしていく()()が込められている。かつての妖怪のようにその力が強大であればあるほど畏怖を呼び、その畏怖が彼らの妖力を強めるというごく自然な原理とは真逆のものよ。そも、幻想が否定されるのはそれがどこであっても同じ。この幻想郷も例外ではない。ただこの郷が外と違う点は、その否定の力を物質への肯定と捉えて、妖怪に作用させてしまう。この一点に尽きるわ。それは幻想が大きければ大きいほど加速度的に進み、強大な妖怪を生物として固定させる。…呆れ果てるわね。楽園なんて宣っておきながら、妖怪の存在そのものを強烈に否定しているわ。

「強くなるほど人間に近づくなんて皮肉ね。もしかしたらそういうつもりで作ったのかしら。」

「なんだ、それは…」

「貴女が不思議そうな顔をしていたから教えてあげただけ。体が動かないでしょう?貴女、気づかない内に弱点が人間に似てきてしまったのよ。だから大事なところを切ってしまえばそうなるわけ」

それゆえ私としては強い妖怪のほうが対処しやすい。

「脳幹貫いて、三半規管ぐちゃぐちゃにして、膝と肩の健を切ったから身動き一つできないと思うわ。それでもまだ喋れるっていうのは妖怪らしいけど」

頭の整理をさせるのはこれぐらいでいいだろう。

私は倒れている天狗の首元を掴んだ。

「さて、敗北者らしく勝者の命令に従って貰いましょうか」

天狗は僅かに動く右足で地面をけって、首元を掴む私の右腕に噛みついた。

天狗の頭に刺さった剣の柄が私の腕に当たり、鈍痛が響く。

投降する様子が全く見られなかったので溜息を吐いた。

「はぁ。……あなた、潔い部類じゃなかったの?」

天狗はかみ切らんとばかりに力を込めている。

「顎の筋肉を切ったらあなたから何も聞き出せなくなってしまうじゃない。治るのを待ってる時間なんてないの。放してくれない?」

聞き入れるつもりはないらしい。

奴の犬歯が私の右腕に食い込んでいる。痛みからして骨にまで届いているかもしれない。

この瀕死状態でどこからそんな力が湧くのか不思議でならない。

ムカついたから、嚙みついている天狗の側頭部を左手で思いっきりぶん殴る。

私の右腕の肉ごと犬が吹っ飛んだ。

地面にぶつかった時、柄がぶつかって天狗の頭にさらに深く突き刺さったが、天狗はそれでもこちらに振り向いた。

無事な左眼だけでこちらを睨んでいた。

隙あらばまた嚙みつくという感じだ。その諦めの悪さを理解できてしまってため息をつく。

「なぜそこまでするの?そんなに命令が大事?」

そんな疑問を口にした。

ただ返ってきた答えは予想外のものだった。

「違う。河城殿のためだ」

河城にとりのため?

「…護衛対象のため?もう護衛をする必要もなくなるのに?」

「護衛対象じゃない。河城殿は私の友人だ」

友人?益々疑問だ。

「人質として扱っているのに友人?貴方たちはあの子を殺そうとしているのよね?」

でなければ冤罪裁判などするまいて。

「ふざけるな!貴様らが来なければこんなことにはならなかった!」

「そうかしら?」

「当然だ!あの人質は形だけで、海姫様はただ意見を聞くために集めただけだ!」

天狗に噓をついている様子はなかった。

それに真顔で噓をつけるような性格でもないだろう。戦い方でわかる。

「本気でそう思っているの?」

「……そのはずだ」

「その人質と海姫の命令で河童は一族の危機にさらされているわよ」

「……」

天狗が視線を下し、歯を食いしばる。

それと共に血が垂れる。

「……こんなはずじゃなかったさ。異種管理というのは名だけで、本当は山を統合するために集められたんだ」

「統合?」

「天狗の天下をアピールしたいわけじゃない。この山の妖怪を天狗の社会に入れたいと海姫様はそう仰っていたから」

天狗の目が僅かにうつろだ。

「私はそれが嬉しかった。友人が認められると思った。堂々とにとりと将棋がさせると…」

「…」

「異種管理なんてのは上に案を通すための方便だ。人手が必要なだけだった。そのはずだったのに…」

「だから私達を捕えようって?それってただの責任転嫁よ。貴女たちの上司が、あの子に対してやっていることと変わらないじゃない」

天狗の上層部が河童に罪を擦り付けようとしているのと同じで、こいつらは私達に罪を擦り付けようとしているだけだ。

「ではどうすればよかったのだ⁉私はどうすれば友人に報いることが出来た⁉」

友人に報いること。

「そんなこと私が知るわけないでしょ」

友人に仇ばかり返している私に報い方なんて聞くな。そんなことを知っていたら、私は魔理沙にあんなことを言っていない。

段々と天狗の顔色が悪くなってきた。失血させすぎたか。

「私はもう、にとりの冤罪を晴らすぐらいしか、できることがない。振り返ってみれば結局、私のしたことは、友人の居場所を壊しただけだ。もう友人を名乗ることすらおこがましい…」

天狗の傍まで歩き、最早意識が朦朧としている天狗に声をかける。

「貴方、あの子を助けることが出来るのなら、何でもするの?」

天狗は焦点の合っていない目でこちらを見た。

「…当然、だ。それが責任だ…」

責任、ね。

「貴女も私も考えすぎなのかしら」

信念とか、責任とか、友人ってそういうものを共有しあう仲なのだろうか。

それが必然だと考えていたが、この天狗を見ているとどうにもそう思えない。なにかもっと下らない関係でよい気がする。

この天狗も私も、全力でこじらせている気がしてならない。

「…言ったからには協力してもらうわよ」

返答はない。完全に意識を失ったようだ。

「全く、返事くらいしなさいよね」

取り合えず、協力者は得た。当初の目的は達成したと言っていいだろう。

しかし…

「このまま連れて行くわけにはいかないかしら…」

目玉ごと頭を突き刺し、膝と肩の健を切り、出血大サービス。血濡れの白狼天狗など抱えていこうものなら、またよからぬ噂が飛び交ってしまう。

「面倒ね」

 

 

 

 

 

 






いや、弾幕ごっこしろよ。お前ら。
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