メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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episode 23

 

 

お嬢と呼ばれた。にとりと呼ばれた。みんなが笑顔で私を受け入れてくれた。

でも私は何をやったわけでもなく、何ができるわけでもなかった。

ただ、立場が私を受け入れられる存在にしてくれた。

私はそのことに罪悪感を抱いていた。

皆、自分の力で歩み寄って、時にぶつかって、居場所を作っている。

横柄な天狗に頭を下げ、納得のできない命令にも従って、そうやって居場所を守っている。

だから何もしていないのに、受け入れられていることが怖かった。

いつか見捨てられてしまうのではないか、そう思った。

そしてそれは現実になった。

誰も私のために声を上げてくれない。

親しげにお嬢と声をかけてくれた皆も。

にとり、そう言っていつも手を握ってくれた肉親も。

海姫の前では誰も口を閉じていた。

当然だと思った。

今まで立場に甘えていたツケを払うときが来たのだ。

でも捨てられた事実が受け止められなくて、認めたくなかったから私はあの時振り返らなかった。皆の顔を見るのが怖かった。海姫の顔だけを見て、足を踏み出した。

その一歩を踏み出したとき、海姫の笑顔を初めて見て、背筋が凍った。

 

「ねえ」

誰かに声をかけられた気がした。

ぼんやりと目を開け、あたりを見渡す。

床が冷たく、窓もない。倉庫のような趣であったが違うものが一つだけ。

目の前には太い木の格子が詰められていた。

座敷牢というやつに似ている気がする。

「え⁉」

慌てて立ち上がる。

どういうこと⁉ここどこ⁉

「ねえ」

また声をかけられた。そういえば先ほども何か言われたような気がする。恐る恐る声のする方へ顔を向ける。牢の外に一人の天狗が立っていた。

「う、海姫、様」

私が最も出会いたくない天狗が立っていた。

紫色っぽい制服を身にまとい、長いツインテールをぶら下げて、キツイ視線で私を見ていた。

「え、えと…」

この天狗の里に連れていかれてから、何度も話しかけられる。私の育ってきた環境のこととか、河童の皆のこととか、私の知識とか。何のためかよく分からなかったけど、何を聞いても余り表情を変えないので怖かった。というより今も怖い。

「貴女、私の事をどう思う?」

そしていつも唐突だ。こういうところも意図が分からないから怖い。

「ど、どう、って……え、偉いひとだと、お、思います…」

私の返答を聞いて、海姫様はなにも答えない。こちらをずっと見つめてくるだけだった。

何かまずいことを言ってしまっただろうか。

「そうじゃなくて」

そうじゃなくて?

「私と貴女、仲いいと思う?」

仲?

そんなもの、いいわけないじゃんか。私を人質にしたの誰だよ。

なんて言えるわけなく。

「そ、そんな、仲とか、お、恐れ多い、です」

海姫様は眉をひそめた。

「良いの?悪いの?」

なぜそんな事を聞くのか?なんて言えばいいの。

「え、えっと………い、良いのでは、ない、でしょうか…」

悪いというより良いと言った方がましだと思った。

この言いようは不敬だろうか?怒らないといいけど。

「そう」

彼女はそれだけ言った。

え。なに。何だったの。

「じゃあ、話すわ」

彼女の中で何が結論付けられたのだろう。

「河城にとり。貴女は今、死の間際にいる」

「え」

死の間際?

「貴女は宮襲撃の嫌疑がかけられている。このまま何もしなければ明日の天宮裁判で封印刑が決まる」

「え、ま、待って」

待ってほしい。

宮襲撃?天宮裁判?封印刑?どういうこと?

「あ、あの、か、確認を、したいのですが…」

「なに」

「起きたら、大罪人で、し、死刑囚になってた、って認識で、あ、あってますか?」

「だいたい合ってる」

「えぇ」

まじで。

知らない間に人生が終わった。そんなことってある?

「今のは何もしなければ、の話」

海姫様は相変わらずの無表情。

「助かる方法は私が用意してある。条件つきで」

「条件…」

怖い。

「貴女がもし条件をのんでくれるなら、私は貴女を助ける。でものまなければ見捨てる」

「……そ、その条件って、なんですか」

何を言い渡されるのか。私、高価なものなんて持ってないし…

彼女の表情が崩れた。顔が引きつっている。

「私の友達になりなさい。そうしたら助けてあげる」

え。

「えと…と、友達ってどういう…?」

彼女は何か、友達という概念を間違えて認識している可能性があると思った。

「貴女知らないの?友達っていうのは上下関係がなくて、信用があって、楽しさが共有できる存在のことを言うの」

それは知ってる。

というか一般的な概念で理解していた。

だとしたらますます謎が深まる。

「あ、あの…状況が、わ、分からないので、説明、してもらっても、いいですか…?」

「…してあげる」

割とすぐに了承してくれた。

そして彼女の口から聞いた話は私の腸を煮えくり返らせた。

宮襲撃の爆発に巻き込まれて私が昏倒したこと。その嫌疑が私に掛けられたこと。ここまではよかった。問題はこの後だ。

魔理沙と、さ、さくやが共謀犯として指名手配されていること。私の嫌疑で河童の皆の立場が危なくなっていること。私の有罪が決まれば河童は山から追放されてしまうだろうこと。

おかしい。おかしいでしょ。

「や、約束が、ち、違うじゃないですか」

私が人質になる代わりに河童の忠誠は認める。そういう話だった。

「な、なんで、皆が」

「それは私がやったから」

や、やった?

「宮の爆破を私がやったからよ。私なら天魔の娘だから宮の出入り自由だし」

「ど、どうして…」

「貴女のため。お礼を言ってくれてもいいよ」

この天狗は、何を、言っているのだろう。

「あいつら、貴女を見捨てたじゃん。そーいうやつらムカつくでしょ」

何を言えばいいか分からない。

「友達が酷い事されたら、やり返すんだって。報復?仇討ち?そういうの、やるらしい」

なにか、そう。彼女の表情はこう、悪意がないのだ。だからおかしい。

「まあ、いいや。それで、どうする?」

彼女は表情を少しだけ、ほんの少しだけ笑顔にした。あの時だ。私が一歩踏み出した時に見た、背筋の凍る笑顔だ。

「私の友達に、なる?」

「っ」

咄嗟に声を出そうとして、のどが詰まる。何を見ているか分からない目に、私は映っているのか。

少し息を吐いて、やっとのことでかすれた声を出した。

「と、友達に、な、なったら、皆を、助けてくれます、か?」

彼女の黒い目は私を見ている、と思う。

「みんなって?」

「か、河童の、みんな、です」

「なんで?」

何でって……

「だ、だって、忠誠を、み、認めてくれたんじゃ…」

彼女がきょとんとした。

「認めてるじゃん」

「え…」

「認めてるから捨てる」

は?

「博麗大結界の呪いは止められない。もうじき妖怪の人間化は歯止めが利かなくなる。そうなったら山は食糧難。畑は命令したけど間に合いそうにないし、だったら口を減らすしかないでしょ」

「な、なに、それ…」

「ああ。その辺りは分からなくていいよ。ただ忠誠を誓ってくれたなら、私達の都合のいいように動いてくれないと」

「ふ、ふざけんな」

思わず、怒りの言葉が口を出る。

皆がどれだけの思いでお前たちに頭を下げてると思ってる。

「誤解しないで。貴女が友達になってくれるなら、あんなところから連れ出してあげる」

「は?」

「ちゃんと天狗の社会の一員として、迎え入れさせる。大丈夫。貴女の持っている技術は天狗に必要だから絶対に認められる。私の友達だし、河童のはぐれものなんかにしないから」

分かった。こいつは私達を、河童を、同じ妖怪として見ていないんだ。道具か何かだと思ってる。

「だから安心して」

こんな奴に、今まで言い様にされてきたのか。

「…らない」

「なに?」

「お前の友達になんて絶対にならない」

海姫はきょとんとした。

何が友達だ。私は愛玩動物じゃない。友達っていうのは魔理沙とかさくやみたいな、人のことを考えてくれるような、そんな奴だ。

「いいの?そしたら貴女、明日死んじゃうけど」

「お前と友達になるなんて死んでも御免だ」

「……ふうん」

海姫は無表情に戻った。

「じゃあ、貴女もいらない」

そうして海姫は踵を返した。

あの視線から抜けた途端に力が抜けた。ぺたんと床に座り込む。

そんな貧弱さとたんたんと離れていく海姫にむかっ腹が立った。

「お、お前に、と、友達なんて、できるもんか」

小声で言った。

そのつもりだったが、海姫はこちらを振り返っていた。

初めてあいつの目に敵意を見た。

 

 

§

 

 

天狗の制服を着た警備の後を付いて行く。長い廊下だった。磨かれた大理石が光を反射して、廊下を照らしている。ただ、温かみはない。

手には封魔のお札が張られている。妙な身動きをすれば即座に意識を奪われる。そんなことをするつもりは微塵もなかったが、それでも背中を冷や汗が垂れる。

しばらく歩くと、物々しい扉の前に着いた。私の身長の四倍はあるであろう、とても大きな木製の扉だ。

警備はその扉についたノッカーを握り、大きく二回たたいた。

「被告人を連れてまいりました!」

すぐに返事が返ってきた。

「入れ」

聞いただけで、背筋が伸びてしまう。いつか聞いた声だ。

木の軋む音を立てて、両扉が開く。

見えた光景に唾をのむ。

まず見えたのは、多くの天狗たち。

部屋の手前側には数多くの席が並べられており、陰険な目をした烏天狗たちが数多く座っていた。白狼天狗をちらほら見かけるが、多くが烏天狗であり、翼をたたんでいるにもかかわらず、視界が黒一色だ。床が見えない。

彼らは入ってきた私を一斉に睨み、何かを話し始めた。

いつものことだ。気にしない。

それでも緊張は止められない。部屋の奥に座っている天狗たちが問題だった。

部屋の中央に一人が立てる程の弁論台があり、その手前の席には海姫が座っている。

そしてその奥、部屋の入り口に向かい合う形で並べられた席が四つ。そこには紺色の衣装を身にまとった天狗、つまり大天狗が四人座っていた。そして一段高くなった席には、紫色を基調とした仰々しい衣装と圧倒的な風格を身にまとった天狗の統領、天魔様が座っている。

彼らの視線が私に向き、肺から浅い息が出てくる。

海姫を含めて大天狗が五名に、天魔。この山の重鎮の多くが一堂に会するのを私は初めて見た。

今から行われる裁判はそれだけこの天狗社会にとって重要な意味を持つということだ。

お腹がねじ切れるような緊張が到来する。

警備は無言で弁論台の前まで私を連れていき、海姫の隣の席に座らせた。

私の着席を確認した天魔様はゆっくりと口を開いた。

「それでは天宮裁判を開始する」

大きな音を立て、入り口の扉はしまった。

 

 

 

 

「被告人、名前を述べなさい」

大天狗様の前方に座っていた司法官が裁判を進行するようだった。

彼は手に持った書類を見ながら、厳かに言った、と思う。声が上ずっているような気がしないでもない。

「か、河城、にとり、です」

人のことを言えなかった。

「よろしい。では貴女にかけられている嫌疑を述べます。天魔宮、以下宮と略します。貴女は宮を爆破、襲撃し、天狗社会に著しい危険をもたらした内乱罪、及び危険因子を山に入れた共謀罪を疑われています。海姫様、公訴内容に間違いはありますか」

「ない」

隣の海姫は即答した。

司法官は頷く。

「被告人。貴方には自身に不利な証言はしない権利、黙秘権が存在します。裁判内での行使はいつでも可能ですので留意してください」

「は、はい」

司法官は天魔様を見る。天魔様は頷いた。

「それでは公訴事実に付いて両者意見述べてください」

司法官が海姫を見る。彼女が立ち上がる。

「被告人が天狗社会の安寧を揺るがしたことは疑いようのない事実。よって公訴内容に基づき封印刑に処することが妥当です」

無表情でそれだけ言って着席した。

司法官が顔をこちらに向けたので、私もおずおずと立ち上がる。

「そ、その、私は、天狗様に手を出す、ような、こ、ことはしませんし、動機も、ありません。や、やっていません。む、無罪を主張、します…」

睨むような視線を背に感じながら着席する。

司法官が頷き、口を開く。

「では両者の主張に基づき、第一弁論の議題は被告人が罪の有無とします。有罪か無罪であるかに立脚して両者ともに論を述べるように」

頷く。

「では原告。どうぞ」

司法官の進行に応じ、海姫が弁論台にあがった。

後ろの席でひそひそと何かを話している声が聞こえる。

「私が被告に重罪を所望する理由。それは被告のみならず河童という種族に失望したからにほかなりません」

海姫が主張を述べてすぐ、部屋が静まり返る。まるで行政官である大天狗の演説のようであった。いや、彼女は大天狗だった。

「私はこの天狗社会の現在のありように心を痛めておりました。この山の方針を決めるのが我々天狗だけでよいのか。専制ではなく、この山に住んでいる妖怪全ての意見を含めるべきではないかと常々思わずにはいられなかったのです」

いつもの無愛想がなんだったのかと思うほど身振り手振り。彼女も大天狗であって、政治家何だなと思った。

「ですから河童を代表して、彼女に来てもらったのです」

私の方へ手のひらを向けた。

「いきなりは難しくとも、彼女の優秀さを知っていただければ皆、いずれ河童を受け入れてくれるものと確信しておりました。事実、彼女の技術は我々天狗の生活を豊かにしてくれました。飛行市場の建設、印刷技術の向上、電球。これらは彼女と河童たちの協力なしでは得ることが出来なかったでしょう。私は彼女や彼らの協力を得て、胸を躍らせました。彼女を連れてきたのは間違いではなかったんだと」

海姫が私を睨んだ。凍り付くような目つきだ。

「それ故に失望はあまりにも大きかった。宮が襲撃されたとき、宮には使用人と被告である彼女。それから彼女の知己である人間が来ていたそうです」

魔理沙たちのことだ。

「この状況で天魔様さまに仇をなそうとするものなど異種族である彼らをおいておりますまい!」

弁論台を強くたたいた。

そんな訳ない。私も魔理沙たちもそんなことしても何も得がない。

「私は思いました。彼らが我々に今まで協力してきたのは我々に従うふりをして、隙を伺うためだったのではないかと。そこですぐさま探りを入れてみると、出てくるではありませんか。いろいろなものが!」

弁論台の後ろから来た司法官の一人が台車を押してきた。その台車には古臭い軍刀がいくつも並んでいた。

「これは河童たちが巣の中に隠し持っていたものです。密偵に探らせて持ってこさせました」

後ろ天狗たちがざわつき始める。

「我々が天魔様に賜るはずの軍刀です!は河童どもは我々天狗が天魔様から頂く信頼の証をいつの間にか盗み!あまつさえ隠し持っていた!これは奴らが我々に謀反を起こそうとしていた証拠にほかなりません!」

「そ、そんなはずない!皆がそんなこと…」

「被告人」

反論しようとして司法官に止められる。

「貴女が弁舌を説くのは彼女の後です」

「す、すみません」

海姫が笑った。

「被告も同様です!犯行時にいたという人間は、私が入界許可を出しました。彼女の知り合いであることを聞いて、信頼してしまったのです。これも間違いだった」

なにが信頼だ。魔理沙が来るたび監視をつけさせるよう圧力をかけてたくせに。

「彼女は我々に技術を供与しているように見せかけ、信頼を得て、危険な薬品を作り出しました。いつでも爆破できるように。そしてそのための人手である人間を、堂々と我々の内部に入れられるように!」

海姫は振り返り、天狗たちに訴えかけた。

「そうでないというのなら、正々堂々と出てくればよいのです!やっていないのならやっていないと、ここに来て述べればよいのです!ですが人間は見つかりません。指名手配が回っているのに見つからないとなれば、山のいずこかに隠れているということ。隠れるということは後ろ暗いことがある。つまり彼女の計画に加担していたから出てこれないのです!」

本当にふざけてる。

「どうですか⁉皆さん!面従腹背で我々を騙し続けて、天魔様に弓を引いた不届き物をこのままにしておいてよいのでしょうか⁉いいえ!よいはずがありません!それ故に私は彼女に封印刑を処し、しかるのち、河童を山から追放すべきだと申し上げます!」

海姫が宣言するとまばらな拍手が起こった。

そしてその拍手はだんだんと大きくなっていき、後ろの席に座っている五百名の天狗全員がしているのかというほど大きな音へ変わった。

そうだ!とか追っ払ってしまえ!とか。そんなヤジまで聞こえる。

罪の有無という点に立脚して議論をかわすのではなかったのか。

彼女の主張はなぜ重罪を課すべきか、その理由を述べているだけで、私が有罪であるという点は曖昧な状況証拠だけだった。

まるで私の有罪が決定事項であるかのようだ。

いや、実際もう決まってることなんだろうな。本当に天狗は理不尽だ。

「静粛に!」

司法官が木槌で机を叩く。その音が何度も響くと拍手が止んでいった。

「次、被告人、前へ」

私はのそのそ立ち上がって、弁論台に立った。

「論を説きなさい」

何だか力が入らなかった。

自己弁護しろって言ったって、何か意味があるのか?流れの決まった茶番で私が死ぬだけじゃないか。

無気力ながら何とか口を開く。

「わ、私は、やって、ません」

言えたのはそれだけだった。

何だかもう疲れた。天狗の理不尽に振り回されるのも。自分の無力を痛感させられるも。

もういいかもしれない。ここで消えるというのも一つの選択肢だ。

「……以上ですか?」

最初の一言以外口を開かなかった私に司法官が尋ねた。

「以上でしたら投票判決に移りますが、よろしいですか?」

…………もう、いいか。

私はよくやった。

皆を守り切ることは叶わなかったけど、封印刑になるのは私だけらしい。

山から追い出されてもみんななら、やっていけるよ。

大丈夫だ。よく頑張ったよ。

「はい。もう大丈夫で…」

最後の一歩を踏み出そうとした瞬間だった。入り口の扉が開く音がした。

「待ちなさい!」

聞き覚えのある声がした。

「弁護人がここにいるわ!河城にとりの弁護のため、私が論を説く!」

振り返ると綺麗な銀髪を携えた美人が入り口に立っていた。

さくやだ。

 

 

 

 




刑事罰を課そうとしてるのに、原告なんですね。
天狗社会はいい感じに権力が振るわれていると思いますよ。
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