「被告への執行刑は決闘裁判を求めます」
海姫はその一言だけで主張を終えた。
もはや論議の形にもこだわらないようだ。私たちにとっては救いだけどな。
後ろの天狗たちはあからさまに海姫を笑うような話をしている奴らもいる。
いい感じに二分してんなー。
咲夜の奴、先導者になれるんじゃないか。
「では次、弁護人」
司法官に呼ばれ、咲夜が弁論台に立つのかと思いきや。
あれ?マジか?
にとりが弁論台に立った。
そして陪審員の天狗たちの方へ向く。
うわ。顔がガチガチに固まってやがる。大丈夫かあいつ。
ここで煽り切れなかったら全ておじゃんだぜ。
「だ、第一審の、け、結果は二百八十、とに、二百二十。こ、この結果を、み、見て、私は…」
天狗たちは“皆様がご賢明であられることを確信いたしました”みたいな答弁を期待してんだろうな。
あいつらがどんな反応するのか楽しみだ。
っておい。カチンコチンだが、にとりの奴マジで大丈夫か?
「お、お前たちがが救いようのない愚か者だってよく分かった!」
やりやがった。
てか隣の咲夜、滅茶苦茶笑顔じゃねえか。もはや輝きを放ってるぜ。
それに引き換え天狗の奴らときたら、二人以外、全員目を見開いている。大天狗の一部もだ。虚を突かれたって感じ。
ご愁傷様だぜ。
「に、人間に唆されて、票を移すなんてお前たちにの頭には何が入ってるんだよ。必要な養分が全部、翼と自尊心に行っちゃったんじゃないの?そうでもないとお尋ね者に票を入れるなんてやらないだろ。天狗のお前らって前から思ってたけど全然一枚岩じゃないよな」
マジか。めちゃんこ言うやん。
やばい。腹痛い。
「た、例えるなら黒雲母だよ。黒雲母って知ってる?お前たちじゃ分からないかな。薄い層が重なった岩だよ。誰かさんたちの腹の色のみたいに真っ黒で、一枚一枚は簡単に剝がれて割れるんだ。まるでお前らみたいだな。でも頭が空っぽだと何言われても分かんないよね。大変だ。どうすればいい?言葉じゃダメなら身振りかな?私、翼がないから阿呆みたいなボディランゲージとかできないよ」
うわー。なんか途中からにとりもめっちゃいい笑顔になった。すっごい楽しそう。
あんな噴き出すように他人の悪口言う奴初めて見たぜ。
悪口の間欠泉かよ。
天狗の奴ら顔真っ赤だけどな。
「無礼な!」
「そいつをつまみ出せ!」
「我々の敷居をまたいでおいて何を言うか!」
「恥知らずめ!」
「河童臭くてかなわん!」
言わんこっちゃない。
裁判所には怒号が飛び交い始めた。
言いたい放題だなこりゃ。
椛は口を抑えて震えている。こんな怒号なら笑っても気づかれないと思うぜ。
ってか文。お前までいんのかよ。光輝く笑顔で写真をとるな。
カオス顔負けの収拾のつかない事態になりかけたが、天魔がいるとやはり違った。
「口を閉じろ」
あいつの一言でこの場の全員が動きを止めた。
あいつは少しばかりレベルが違う。
「これは裁判である。弁えよ」
この場の空気そのものが張り詰める。
「その方、弁論はもうよいな」
天魔がにとりに向けていった。
にとりはその一にらみで固まってしまったが、咲夜が隣で支えた。
咲夜はその天魔の視線を物ともせず、にっこりと笑った。
「もちろんですわ」
天魔は咲夜の目を数秒見ていたが、やがて溜息を吐いた。
「続けろ」
司法官が慌てて返事をする。
こんな状態では言うまでもなく、第二審は四百九十九対一で敗北。決闘裁判が決定した。
さて、そろそろ私の出番だぜ。
§
「第二審の投票採決の結果を言い渡す」
天魔が口を開く。
「原告側四百九十九票。被告側一票。ゆえに被告への執行刑は決闘裁判とする」
にとりの素晴らしい健闘によって、私たちは裁判でほぼ完璧な敗北を迎えた。
「よかったわよ、さっきの」
特に養分が自尊心と翼に行っちゃったという辺り。天狗をよく表現している。
「え、あ、ありがとう」
にとりが照れたように笑った。
…なんか、純粋な娘を汚してしまった罪悪感と背徳感を感じる。
まぁ、あとは決闘裁判だけだ。
司法官が分厚い辞書のようなものを開いて読み上げた。
「では決闘法法規に基づきまして、決闘は宮前で行います。時間は一刻後。代理人を指定する場合、この場での申請のみ認めます」
この文言が読み上げられて始めて海姫が笑った。
飛べない私しか代理人がいないから、どちらにしてもサンドバック同然だと思っているのね。
「さ、さくや。い、行かなくても、いいよ。わ、私なら、やられたって、よ、妖怪だから、す、すぐ回復、するし」
にとりがいじらしいことを言ってくれる。
なんかこの子、庇護欲が湧くのよね。
笑って彼女の頭に手を置く。
「大丈夫よ。貴方の友達が来てるわ」
「え?」
にとりがあたりを見渡す。いるのは天狗だけだ。
まあ、分からないわよね。
魔理沙がいたら、空中戦の決闘裁判は躊躇される可能性があると思った。だからちょっとカモフラージュした。
「この裁判所に入るときから、ずっと貴方の傍にいたのよ」
「え」
にとりが少し顔を赤らめる。
あら、嫉妬しちゃうわね。
「私が行くぜ」
手を挙げたのは、にとりの後ろにいた警備だった。
にとりが驚いて振り返る。
そして俯いていた警備の顔を覗いて、顔を輝かせた。
「ま、魔理沙!」
警備が帽子を脱ぐと、輝かしい金髪が広がった。
「おう!臨機応変に対応できる魔理沙さんだぜ」
まだ言ってたのかそれ。
海姫が目を見開く。
「霧雨!」
「職業体験は結構面白かったぜ。おっと言いがかりはよせよ。私もこの通り許可状を持ってるんだからな」
魔理沙が天魔の印が入った許可状を掲げる。
「司法官さんよ。この場にいるものなら代理人になれるんだろ?私を指定してくれ」
司法官がうろたえる。
「おいおい。代理人の資格は許可状を持ってることだろう?ルールぐらい守ってくれよ。な?」
魔理沙が天魔を見上げた。
「……」
天魔は無言で立ち上がり、裁判所を後にした。大天狗たちもそれに続いた。
「ほらよ。お咎めなしだ。な?」
「わ、わかりました…」
「うし!」
控えめに言って脅迫。
天狗のメンツを守るための裁判のはずが、私達がそのメンツをズタズタに引き裂いている気がしてならない。まあ、自業自得でしょうけど。
やる気満々の顔をしてる魔理沙がこちらに歩いてきたので手のひらを掲げた。
魔理沙も私の意図を理解して手のひらを掲げる。
「あとは任せたわよ」
「任せろ」
乾いた音が一回なった。
§
所々壊れた宮の表には多くの天狗たちが集まり輪をなしていた。
憤懣やるかたないといった表情のものが大半だが、一部わくわくした目で見ている者もいる。
数少ないわくわくした目の所持者で、数少ない終わった人格を持つ天狗が私の隣にいた。
「いやぁ、魔理沙さんと海姫様の決闘裁判が見れるなんて素晴らしい」
すでに上空に上がっている二人を何度も写真に収めていた。まだ決闘は始まっていない。
「私も頑張った甲斐があるというものです。そう思いませんか?」
そうは思わないし、一刻も早く私の傍から消えて欲しい。
「つれないですねぇ。そんなんじゃ友達なんてできやしませんよ?海姫様みたいに」
含みのある言い方に気がそがれる。
大天狗の刀、海姫の写真、天魔の許可状。それを手配した射命丸文。
こいつは…今回の件にいったいどこまでかかわっているのだ?
「射命丸。貴女、どういうつもりであんな物を送ってきたの?許可状に、海姫の写真なんて、まるでこうなるのが分かっていたみたいね」
ニヤリと射命丸が笑う。
「十六夜さんに初めて名前を呼んで頂けた気がします。私の株、爆上がりですか?」
「爆下がりの一歩手前よ」
「つまり既に爆上がったんですね。景気が下がる前には上がらなくてはなりませんから」
口調はいつも通りふざけたクソガラスであるが、彼女たちをフレームに収める射命丸の姿勢はいつもより真剣に見えた。
「傷の舐めあいは続けるんですか?」
脈絡がないような質問だった。
ただ彼女に言われたことはよく覚えている。犬走と切りあう直前のことだ。
───そういうのは親愛とか友愛ではなくて、共依存っていうんですよ。傷の舐めあいでもいいですけど。
正直、図星だった。
魔理沙に寄りかかっていなかったと言えば噓になる。私は“幻想郷を救う”という彼女の用意したお題目に同調したように見せて、孤独を紛らわせたかった。
その気持ちは確かに美しい友情ではなくて、依存であった。
だがそれがどうした。
「私が言えた義理じゃないけど、貴方って友達いないでしょ」
「はい?」
予想外の言葉だったのかカメラを覗く射命丸の視線がこちらに向いた。
「友情が綺麗なわけないじゃない」
犬走と切り結んで、あの馬鹿正直わんこが友人に対する責任とやらで押しつぶされそうなのを見て、思ったのだ。
友人関係とは下らないものだと。
思想を共有しているから友人?互いに切磋琢磨しているから友愛?お互いを思いあっているから親愛?
そんなものはクソだ。
「友情なんてものは泥臭くて、面倒くさくて、うざったいものなのよ」
友人が自分にないものを持っていれば嫉妬する。
友人が自分じゃない誰かを優先すれば噴気する。
友人が自分にばかり構うのであれば嫌煙する。
納得いかないことがあれば罵り合いもするし、理不尽に怒鳴りつけることもある。
そういうクソみたいで、どうでもよくて、傷つけあうようなくだらない関係なの。
「ただ、そういう糞と泥で練り固まった山の中にちょっとだけ楽しいと思えることがある」
誰かと一緒に箒で空を飛んだり、肉親の愚痴をきいたり。下らないことだ。
「それが楽しければそれで良いのよ」
射命丸はポカンとしている。
「それを共依存が駄目とか、傷の舐めあいが駄目とか、堅苦しい。全然現実が見えてない」
そんな美しい理想的な友人などいるものか。
「貴方って思ったよりロマンチストなのね。笑えるわ」
射命丸は呆けたまま、こちらにカメラを向けてシャッターを切った。
そしてくつくつと笑った。
「貴女、クソとかうざいとか、誰かさんの野蛮な口調がうつったんじゃあないですか」
…まぁ、その可能性は否めない。
射命丸はまたカメラを空中にいる魔理沙たちに向けた。
「まあ、確かに私はロマンチストかもしれませんね。友達もいませんし」
「……」
「そういう綺麗な友情があるって信じたくて、こんな事をやっているってのもあるかもしれません」
「こんな事?」
「追い込まれた者ほど本性がむき出しになるのですよ。それが綺麗なら、本物でしょう?」
「だとしたら貴女は破滅的ロマンチストね」
汚いから本性なのだ。存在しないものを追い求めて、他者を死の直前まで追い込むなど破滅的と呼ばずにいられようか。
射命丸が噴きだした。汚っ。
「ぶふっ!冗談ですよ!友情なんてものは、がんじがらめになって互いを沈めていく過程が面白いのであって、綺麗な友情なんて身の毛がよだちます」
お腹を押さえて笑いやがる。流石クソガラス。
「ですが、いい表現ですね!破滅的ロマンチスト!ぜひ使わせていただきます」
そしてまたカメラを覗いた。
「もういいわ。貴女に人間の言語で話しかけたことが間違いだった」
「私は天狗ですからねぇ。虫の鳴き声なんて区別がつきませんよ」
「そうね。鳥頭さん」
上を見上げる。司法官が降りてきた。もうそろそろ、始まるかもしれない。
「今回は別に魔理沙さんが何かやらかしてくれればよかったんです」
「え?」
隣の射命丸が独り言のように呟いた。
「彼女が天狗の里をぶち壊すもよし。天狗に殺されるもよし。盛大にやらかす絵が欲しかったんですよ。今回はこちらに転びそうだったので、そうなりやすいよう手配したまでです」
フレームを覗く目は真剣であったが、同時に非常に冷たく見えた。
「十六夜さん。貴方が友情の摩擦ですり減ってくれることを願っていますよ。その絵面はおそらく綺麗です」
「言ってなさい」
ムカついたので中指を立てた。
もう終盤です。