メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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episode 26

 

 

「どちらかがどちらかを地に落とすまでが決闘裁判です。勝者の主張する罪状が適用されます。何かご質問は?」

「ない」

「ないぜ」

「開始は30秒後、太鼓の合図です。」

司法官は逃げるように離れていった。司法官が向かう先には天狗たちが大勢固まっており、天魔や大天狗たちもいた。肘をつけて暇そうに見てやがる。ムカつくな。決闘のどさくさに紛れてあそこに魔法落としてやろうか。

「よそ見をしている暇があるの?」

目前の海姫が黒い翼を羽ばたかせながら聞いてきた。

「よそ見も何も、まだ始まってねえだろ」

「そう。貴女、天狗をなめてるの」

海姫がそう言った瞬間、消えた。

マジで消えた。

「今まではあんたが分かりやすいように飛んでたけど、そんな必要ないし」

見えない。どこを向いても海姫がいない。

まさか私の死角に回り込み続けてんのか?…冗談きついぜ。

「少しずつ痛めつけてあげる」

ヤバい。もう始まる。

私は急いで魔法陣を広げた。

ドンッ!

太鼓の音が聞こえた。

すぐにジャイロスコープのように回転する魔法陣の軸が私の後方を指した。

後ろか!

八卦炉を上に向け、魔力を放つ。

重力と衝撃が加わって、体が急降下し、箒がたゆむ。

「っと!」

体制を整え、魔法陣を見る。軸は左を差していた。

箒を軸にして体を180度回転させる。強い風がそばを横切り、体が飛ばされる。

「うおっ⁉」

慌てて左手で箒を掴むと、視界の端で私の後方を魔法陣の軸がさしているのが見えた。ついでに陣が赤みを帯びている。

「やべ!」

正面にミニ八卦炉で魔力を放つ。

衝撃が左手を貫くが痛みを我慢して握る。私の体は箒を軸にプロペラのように回転し、箒の真上に来たところで体を寄せて箒にまたがった。

すかさず魔法陣を見ると前を指していた。

海姫が余裕綽々に目の前で笑っていやがる。

「意外とやる。全部避けるとは思わなかった。猿みたいでダサかったけど」

「こ、この野郎」

海姫は私の前方でくるくる回転する魔法陣を見つめる。

「その陣が私の方向を指すんだ。小賢しいことを考える」

昨日河童たちに協力してもらって急遽作った光魔法がうまく言ってほっとする。

この魔法は特定の波長の光を反射している物体を指し示すものだ。魔法陣を出したとき軸が指し示す方向に特徴的な光の吸収体を持つ物質があるとそれを追尾しだす。

あいつは紫なんて雅な衣装を着ているから助かる。

「どうせ勝てないのに、無駄なことをすんのは暇だから?」

「誰が勝てないなんて決めたよ」

「わかるでしょ。ふつー」

「お前のそういう自分の基準が絶対なとこ、マジで嫌い」

「は?」

海姫の表情が目に見えるぐらい歪む。

調度良い。こいつには色々言ってやりたいことがあった。

「お前さ、そういうところ治さねえと友達なんて絶対できないぜ」

海姫が消えたと思ったら、真っ暗になった。

あ?

次に見えたのは近づいてくる地面だった。

「うえ⁉」

情けない声を出して、自分と一緒に落ちる箒を掴み、急上昇する。

「危ね…てか、ああ、くそ」

顔に何か打撃を受けて、気を失ったらしい。鼻が滅茶苦茶痛い。血も流れてるし。

「痛ってえな」

追撃もせず、わざわざ待っていた海姫と同じ高さに上昇する。腹が立つし、鼻の奥がつんとするから挑発的な声でごまかす。

「なんだ?どうしたよ?少しずつ痛めつけるんじゃなかったのか?」

「一発入れただけ気絶するとかダサすぎ」

っるせえな。

「図星だったか?お友達ができないの」

海姫がまた表情をゆがめたので、また食らう前に慌てて言葉を紡ぐ。

あの攻撃は早すぎて避けられない。魔法陣を見る暇すらなかった。

「よく考えろよ。統領の娘なんてただでさえ扱いづらい立場を抱えてるんだ。友達が欲しいなら他人に歩み寄るぐらいしろよ」

「友達がどうなんて一言も言ってねーっつの」

海姫は吐き捨てるように言うが、覇気がない。

「お前と接してれば分かる。本当は理解してくれる奴が欲しかったんだろ?」

人に理解を求めていなければ、自分の身なりになんて気を遣うか?髪や翼の為にわざわざ私みたいな人間を呼んだりしねえよ。

何より自己完結しているやつはお前のような目はしない。もっと宙に浮いた目をする。どこかの巫女様みたいにな。

「山の妖怪たちから人質を取ったのだって、境遇が似たような奴を探し出すのが本来の目的だったんじゃないか?」

自分を少しでも分かってくれる人が欲しかったからだろ。

「は?馬鹿?あの政策を勧めたのは山の食糧対策を解決するためだし。あんたみたいな猿には理解できない…」

「そこだよ」

このアホ姫が食い違う点を作ってしまった決定的な点はおそらくここだろう。

「お前さ、天魔の血を引いてるから無駄に有能過ぎる。下手に周りが見えてる分、他人聞くこととかしてこなかったんだろ」

ほとんどの妖怪が気付くことのできなかった問題点を見つけ、それを解決する為の政策を実行しうる手腕と立場。この二つがそろってしまうから、単純な欲求が意味不明方向に飛んで行っちまうんだ。

少し咲夜に似ている。

下を見る。天狗たちは遠い。この距離なら聞こえまい。

「妖怪の人間化。分かるよ。博麗大結界の呪いの作用はもう無視できない領域に突っ込んでる。いずれ、妖怪たちも観念のためじゃなく、自分の体を維持するために食事を必要とするようになるだろう。それこそ人間みたいにな」

海姫が目を見開く。

幻想の固定。この郷の結界はそもそも根本の思想からして無理があるものだったんだ。でも賢者たちや博麗が意味わからないぐらいに色んなことが出来る奴だから、その無理を通せてしまった。

その無理の歪みは大きくなりつつある。

「お前が河童たちに木の葉畑を作らせたのは、その時の為の食糧を貯蔵するためだろう。河童たちに協力を敷いたのは、天狗たちだけでは食糧生産なんてやったこともない代物は技術的に無理だと悟ったからだ」

「あんた…」

「だがそれを頭の固い上に説明したところで、受け入れられる訳がない。上の天狗のくだらねえプライドを満足させなきゃいけない。だから支配は強調するという名目で人質を取って、必要以上に厳しい計画で河童を動かした」

問題を汲み取り、有効な手段で対処できる。それ自体は問題がない。単純に優秀な奴ってだけだ。ただ、そのスタンスに問題があった。

「ここまで出来ちまうから、お前は“友達を作りたい”っていう本来の目的の隠れ蓑をいくらでも作っちまう」

保険と言い換えてもいい。

「自分を傷つけない為に何個も保険をかけて、穴倉に引きこもる。相手と向き合うだけでいいのによ」

「黙れッ!」

海姫が叫ぶと同時に風が吹き荒れる。

「うおっ⁉」

飛ばされないように体を前倒しにするが、姿勢が安定しない。

周囲を見ると、向こうが透ける程度の白い壁のようなものが出来ている。

風の結界か。

おそらく翼の羽ばたきを調整して、風を球状に流動させている。不用意に結界に飛び込めばたちまちバランス崩してしまう。飛んでいる者を閉じ込める風の檻。

強力な天狗は風を意のままに操るとは聞いたことがる。これはその類だろう。

ようやく使ってくれたか。

「この結界の中じゃ、あんたは籠の鳥。私を侮辱したことを死ぬほど後悔しろ」

才能の塊め。風の操作してんのに、飛ぶことに支障ないのかよ。

私は帽子からいくらかの瓶を取り出す。

「侮辱?事実だろ」

水と火の魔法陣を起動する。

「口を閉じろ」

「笑いかけるだけだ。それをお前、こんなややこしくしやがって。外面なんか気にしてねえで、“友達になろうぜ”って話しかけりゃそれで良かったんだよ。」

抱えた瓶を海姫に投げつける。

海姫は素早く回避し、風の結界にぶつかった瓶が割れる。

瓶のなかの液対が結界の風と共に流動し始める。

海姫の目じりが上がった。

「話を聞かなかったんじゃない!聞いてもらえなかった!」

彼女は大きく翼を動かした。その瞬間、顔や腕に鋭い切り傷のようなものが出来た。

「うお⁉」

かまいたち。

…ったくよ。

風の結界だけでも、高度な翼の操作が必要なはずなのに。それを維持しながら、こんな芸当までやってのけるのか。

血筋って奴だろうが、くそ。理不尽だろ。

「利益を生まない奴の話は聞かない!皆そうじゃんか!話しかけたって鼻で笑うでしょ!だったら認められることをしなきゃ話もできない!」

体の周りに魔法で水の壁を張る。

風の刃が見えないのなら貫かれて生じる水の波紋を見て避ける。

回避に徹するが、どんどん切り傷が増えていく。

くそ。これじゃ致命傷を負うのも時間の問題だ。

「うるせぇ!馬鹿!そうやって言い訳して、本当は傷つくのが怖かっただけだろうが!」

どうせ避けられるなら、全部焼いちまえ。

魔法陣に魔力を流し込み、全方位に炎を吹き出す。

結界を抜けられないのはあいつだって同じだ。

水の壁が炎を遮ってくれたが、私の周囲以外の結界内を炎が焼き払った。

そして先ほど投げた瓶のなかの石油に引火して、風に炎をまとわせる。

風の檻でなく、炎の檻になっちまったぜ。

「なにこれ。大道芸?ほんと猿みたい」

海姫は私の後ろに回り込んでいた。

ちっ。私の陰に隠れて、炎をやり過ごしやがった。

「燃える水だよ。河童たちの間じゃ常識だが、お前らみたいな鳥には非常識だろ」

燃え盛る炎の檻を見て、海姫は馬鹿にしたように口を開く。

「こんなちょろちょろした火が天狗に聞くと思ってんの?」

「焼き鳥は弱火で焼くのがベストなんだよ」

「出来るのは火だるまのあんただけ」

「私にゃ水の壁がある」

「じゃあ、あんたの魔力が尽きるまでお話したあげる」

にやりと意地の悪い笑みを浮かべる海姫。

馬鹿が。

「私は怖がってなんかいない」

「どこがだよ。一回でも誰かと面と向き合って話したことがあんのか?」

「あるし」

「そんでフられたのか?」

「……」

キレんなよ。おしゃべりに付き合ってくれるんだろ?

「お前が時間と労力をかけたからって相手が忖度してくれるなんて思うなよ」

「……」

「お前がどれだけ苦労したなんて、相手にとっちゃどうでもいい。道端の石ころ同じ程度の些細な問題だ」

他人の苦労なんて誰も興味ねえんだよ。

「重要なのはそいつといて、楽しいか。そんだけだ。下らないやり取りができるか」

「だから?」

「気の置けないお前なんか、一緒にいても楽しくねえってことだよ」

海姫の目じりが吊り上がる。

もうお前殺すと目が言ってる。

「もうお前は死ねよ」

言っちまったよ。

急いで周りを見る。

炎は弱くなっている。もうそろそろだ。頼む。間に合え。

祈りが通じたのか、海姫の翼が動き出す直前、彼女の体勢が崩れた。

ふらっと急に力が抜け、頭から落ちるような動きをする。

「え………?」

本人が戸惑うような声を出した。

来た!

すかさず箒の後ろに八卦炉をぶち込み、魔力を流して衝撃波を生み出す。八卦炉を推進力にして力任せに海姫に突撃した。

力が抜けている海姫は私の突撃に対処できず、無防備に腹に受けた。

「う⁉」

海姫が間抜けな悲鳴を上げた。それでも突貫から抜け出そうとしたので、推進力を全開にして抜け出せないようにした。

そして地面に対して垂直降下を開始した。

このままお前ごと地面に突撃してやる。

私の目論見が分かったのだろう。海姫がこちらを睨む。

「あんた!」

睨まれるだけなら痛くもかゆくもねえ。

「動けないだろ?」

「なにを…」

「お前はおしゃべりしている間に毒を吸い続けていたんだ」

「毒…⁉」

炭素を含むものが燃えると二酸化炭素が発生する。だが燃え続けて酸素が不足すると不完全燃焼になる。一酸化炭素は血液が酸素運ぶ能力を極端に下げ、体のあちこちで酸素不足を引き起こす。

中毒症状なんて妖怪している間は気にも留めなかっただろうけどな。

お前が見下していた河童たちの知識だ。この野郎。

「風の結界は空気をその場に留める。使ってくれりゃあその毒はあの結界にとどまり続け、いずれお前が吸うことになる」

「それはあんただって同じ…」

「その毒、一酸化炭素は水に溶けにくいんだよ」

「…⁉」

お前には火を避けて、かまいたちを予測する防壁にしか見えなかっただろうけど、それだけなら単なる魔力壁を作ったほうがよっぽど楽で早い。

あれだけのために水魔法なんて面倒なものは使わない。

「自分の優位を信じ切ってるから、足元を掬われるんだよ」

「この…!」

地面がだんだんと近づいてくる。時間はない。

もう我慢しねぇ。この箱入り娘には言ってやりたいことが山ほどある。

「自分が上だって無意識に考えてんのが丸わかりなんだよ」

「なにが…」

「お願い事があるなら、てめえの足でこっちに来て頭下げんのが筋だろうが」

椛を使ってこっちを呼ぶ癖に、最初から偉そうにふんぞり返ってるのが気に入らなかったんだ。

「それをお前、自分の穴倉に呼びつけて、あれやれ、これやれって、ええ?何様だよ」

「人間ごときが、偉そうに…」

この馬鹿が!

「そんなんだから友達の一人もできねえんだって、まだ分かんねえのか!」

「っ!」

もう地面が近い。ぶつかる。

「会いに来もしねえ奴を誰が信頼なんかするか!呼び出して自分の穴倉で友達を探す⁉馬鹿も休み休み言いやがれ!」

無理やり引きずって連れてきたやつが気の置ける友人になんかなる訳ないだろうが。

「お前が動くんだよ!お前の足で!話しかけにいくんだよ!分かったか!この箱入り自己中鳥頭のアホ娘が!」

目を見開いた海姫が何かを言う前に地面に激突した。

 

 

 





根は優しかったんだと思います。
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