メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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episode 27

 

上空で海姫に突撃した魔理沙がそのまま地面に突貫した。

轟音が響き、土煙が舞いあがる。

「ま、魔理沙!」

にとりが叫んだ。

予想だにしない光景だったのだろう。天狗たちも目を見開き、固唾をのんで状況を見守る。

「……」

土煙が晴れていき、二つの人影が見えてきた。

誰もがその人影を凝視していた。

そして、視界が通った時、見えたのは箒に捕まってふよふよ浮かんでいる魔理沙と地に倒れ伏している海姫だった。

その光景に多くの天狗が息をのんだ。

カシャッ!

静寂を破ったのは一つのシャッター音だった。

「おお。天狗の次期統領が人間に敗北!明日の一面はこれに決定ですね」

その一言で全員が動き出した。喧騒が一気に湧き出す。

「馬鹿な」

「海姫様が人間に負けるなど」

隣のにとりが目を輝かせている。

「ま、魔理沙!」

そして駆け寄った。

私も歩いてあとを追う。

「お疲れ様」

傷だらけの魔理沙がぼろぼろの手を上げた。

「おう。結構手こずっちまったぜ。世間知らずの子供に道理を教えるのは骨が折れる」

「上白沢先生には頭が上がらない?」

「まったくだ」

「あ、ちょっと待ちなさい」

魔理沙が箒を降りようとしたので制止する。

「ん?どうした?」

結果は明らかだが、変ないちゃもんをつけられても堪らない。この衆人環視の状況で明らかにさせておく必要がある。

「ねえ、司法官」

固まっていた黒ローブの天狗に話しかける。

「これは私たちの勝利でいいのよね?決闘裁判は最初に地に落ちたほうの負けなんでしょ?」

司法官は困惑したように目をあちこちに走らせ、結局天魔を見た。

天魔は用意された貴賓席で肘をついて状況を見ていた。

「天魔様。あなたからはっきりと結果を言い渡していただけないかしら。この場で」

大天狗の一人がにやついて天魔を見ていた。

それを知ってか知らぬかは分からないが、天魔は立ち上がり口を開いた。

「結を宣言する。原告が先行して地に着いたものとして、被告側の勝訴とする」

私たちは互いに顔を見あう。

「被告の罪状には追放刑を適用し、河童族の追放は見合わせるものとする」

そう言い切った。

勝った。

天狗たちから悲鳴のような声が上がった。

大天狗の一人がお腹を抱えて笑っているのを見て、天魔が顔をしかめた。

「うっっっっしゃあ!」

魔理沙が大きくガッツポーズを取った。

「やったぜ!にとり!私たちの、河童たちの勝利だ!」

「う、うん!」

にとりが魔理沙に抱きつく。反動で魔理沙が尻もちをついた。

私もやっと一息付けた。

なんとか、なったかしらね。

「まさか本当に勝つとはな」

そんな私たちに声をかけてきたのは犬走だった。

天狗たちが周りにいるこの状況で、針の筵の私たちに話しかけてきてよいのか。

「いいの?貴女」

私の言葉の意味を理解した犬走は苦笑した。

「いずれ露見する。そもそも隠れるというのは性に合わないからな。名乗り出るさ。やったことの責任くらいは自分でとる」

「貴女…」

「”自分の責任は自分でしか負えない”、なんだろう?」

犬走は肩をすくめた。

「私のことは私で何とかする。今は友人に賞賛をかけさせてくれ」

「…ええ」

犬走はにとりのもとに歩いていき、声を掛けた。

「にとり」

にとりが犬走に気付いて、顔を上げる。

「あ、も、椛」

ちょっと顔が強張っている。

犬走はまた苦笑した。

「もう護衛の任はない。気楽に接してくれ」

「う、うん」

にとりの緊張が少し和らいだ。

そして犬走が頭を下げた。

「すまなかった」

「え、えと…」

「多くの苦労と心労を君に掛けた。私は護衛として君を守り切ることが出来なかったから。不甲斐なさを謝罪させてくれ」

「そ、そんな」

「そして君が君のままでいられる居場所を得たことを祝わせてくれ。私には友人を名乗る資格はないが、知己が喜ばしい出来事を迎えたことを称賛させてほしい」

犬走が笑った。

あの犬も笑うのか。

にとりはおずおずと口を開いた。

「あ、ありがとう。椛。で、でも」

「でも?」

「と、友達は、や、やめてほしく、ない、かも…」

犬走が眉を上げる。そして困ったように笑った。

「にとりが言うなら」

犬走はそれだけ言って、背を向けた。

そして海姫の元まで歩いた。

「海姫様」

犬走が彼女の肩を揺する。

海姫はゆっくり目を開ける。

「……」

顔を上げ、自分が地に倒れているのを見て状況を把握したようだ。ぱたりと頭を落とした。

「海姫様」

「……ん」

犬走の声に頷いて、体を起こす。

二人はそろって天魔のほうまで歩いた。

恥知らずとか、裏切り者とか、周りの天狗から割と言いたい放題のヤジが飛んでいたが、二人ともどちらかというとすっきりしたような顔をしていた。

そして天魔の前でひざまずいた。

二人は無言で頭を下げ続ける。

「なんだ?」

天魔がしばらくそれを見、て口を開いた。

「申し訳ありません。此度の決闘の敗戦、全ては私、この犬走の不徳の致すところであります。私が敵に情報を送り、勝機を与えてしまいました」

海姫が驚いたように犬走を見る。

「それがどうした」

「ゆえに此度の責任は全てわたくしが担うべきだと具申致します」

そう言って犬走は腰につけた刀を返上した。

あの犬、なんで負う必要のない責任ばかり負ってるんだ。

馬鹿正直にも程がある。

「そうか」

天魔はしかめっ面で肘をつく。

()()()()()()

「っ」

そう呼ばれて、海姫がびくりと体を震わせた。

はたて、それが海姫の名前なのだろか。

「は」

「貴様は降格だ。大天狗の任から下ろす」

「……はっ」

「お待ちください!それは…」

犬走が顔を上げた瞬間、その頭にかかと落としが入った。

大天狗だ。刀の所持者だった飯綱丸。その天狗が彼女の頭に足を置いていた。

「天魔様のお言葉の最中だ。不敬だろう」

「し、失礼、いたしました」

椛が地面に顔を押し付けられながら喋る。

「んのやろっ」

魔理沙が飛び出しそうだったので引き留める。

「待ちなさい」

「なんだよ⁉黙って見てろってのか⁉」

「犬走は自分で責任を取るといったのよ。わかるでしょ」

手出しはあの天狗の覚悟に泥をかける行為だ。

魔理沙が悔しそうに歯噛みする。

「それに、いざというときは一緒によ」

あの天狗には借りがある。返せなくなるのは困る。

でもまだだ。あの天狗の覚悟を汚すときじゃない。

天魔は顔をしかめた。

「よい」

「よろしいのですか」

「下らぬことはいらん」

「承りました。姫海棠様」

名を呼ばれて、天魔が眉にしわを寄せる。大天狗がにやついて下がった。

「……犬走椛。責任を取るといったな」

「はっ」

「どう負う?」

「この命でもって」

天魔はさらに顔をしかめた。

「貴様を殺して、何か得があるのか」

「皆様の溜飲が多少下がるかと」

「……」

そして溜息を吐いた。

「犬走。『責任』を負え」

「はっ…?」

「はたてが空けたポストを貴様が何とかして見せろ」

「そ、それは…」

「異種管理。河童への釈明と技術供与について、貴様の管轄とする」

合理的だ。確かに犬走は唯一この件で河童に協力した天狗だ。これからも河童の技術を必要とする天狗にとっては橋渡し役として最適だ。

力強い返事をする犬走に天魔は指示を出す。

「最初の命令だ。この場には未だに指名手配されている人間が二匹おる。その者ども捕えろ」

そうして刀を犬走に渡した。

「はっ!」

犬走は跪き、うやうやしく刀を受け取る。

「は?」

「は?」

「え」

そして私と魔理沙とにとりは阿呆みたいな声を出した。

固まった私達に射命丸が笑いながら近づいて来る。

「裁判で河童の皆さんの無罪とにとりさんの追放は決まりました。ですがお二方の無罪が証明されたわけではないんですよね」

「いやいやいや、あの裁判でわかるだろ⁉」

「決闘裁判の勝訴の条件は?」

「にとりの追放刑と河童族追放の棄却…」

「ほら。貴女たちの無罪放免なんてどこにも書いてありませんよ」

ニヤニヤ笑う文屋。

「天宮裁判も終わりましたし、荒事は再開できるんですよねぇ。精々頑張って逃げ出してください」

私達の呆けた表情にカメラを向けて、間抜けな写真を撮った射命丸はそのまま離れていった。

「ということだ。十六夜、霧雨。悪く思うな」

犬走はこちらに向いた。敵対心を乗せた表情で。

「噓だろ⁉こんなことあるか⁉」

「あるんじゃない?」

「わ、分かんない」

魔理沙が叫びながら箒にまたがり、私が背中に張り付く。

一人足りないので振り返った。

にとりが逡巡している。

「何してるの?」

「え、いや、わ、私、つ、追放になった、だけで、行く場所が…まだ…」

…?

「早く帰るわよ」

「え、え?」

「ねえ?魔理沙」

魔理沙が焦ったように叫び返す。

「あ⁉今、三人用に魔力込めてるから、集中させてくれ!」

三人用。ほらね?

「行くわよ」

にとりが顔を輝かせた。

「う、うん!」

にとりも魔理沙の背中に張り付く。

「よし!逃げるぞ…って重っ⁉」

「三人も乗ればね」

「いや、冷静に言ってる場合か⁉」

「こ、こんなことも、あろうかと…」

にとりが魔理沙のミニ八卦炉をなぜか取り出した。

「ひ、飛行用に、か、改造した」

いつの間に。

「おお!でかしたぞ!にとり!」

「これ、どういう仕様なの?」

「う、後ろに、つければ、さ、最大、か、火力のご、五倍でブーストす、する」

「操作性は大丈夫?」

「に、任意の方向にき、強化、か、可能」

「それなら安心ね」

「…なあ?それって八卦炉は大丈夫なのか?」

「い、一回こっきり、で、ば、爆発する…」

「マジかよ⁉」

「ロマンがあるわね」

「ねえよ!まだ複製できてないんだぞ⁉」

「ほら、もう天狗が来てる。言ってる場合じゃないわ」

「くそ。他人事だと思って、お前ら」

「他人事じゃないわ。そうよね?」

「う、うん」

「じゃあ、何なんだよ」

「友達事」

「と、友達、ごと」

「はー!そういうこと言うんだよな!お前ら!」

「ほら、速くしなさい!にとり!」

「う、うん!」

にとりが箒の後ろにつけた八卦炉の表面を回転させた。

火を噴いた。

「うおおおおおおおおおおおおおお⁉ちょ、はや、速すぎだろ⁉」

「ぷふふふふ。魔理沙っ、貴女、顔が、風で」

「笑ってる場合か!お前もだからな!」

「お、面白い」

「お、お前らあああああ!」

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

裁判の結果はどうなったのか。皆が不安そうに、穴の開いた洞窟の天井を見つめていた。

私もただ祈るだけだ。

「ぅぉぉぉぉぉぉ」

ん?今、なにか?

空に黒い点が…

「うおおおおおおおおおおおおおお⁉止まれええええええ!」

流星が飛んできて、洞窟の地面に衝突した。

「な、なんだ⁉」

「なに⁉天狗⁉」

河童たちがざわめく。

衝突した地点には霧雨さんと十六夜さん、そして私の愛娘がぐったりした様子で寝そべっていた。

「た、助かった…どうやったんだ…?」

「空間を一瞬だけ延長したの…減速できるぐらいに…」

「ナイス…アシスト…」

「皆さま!」

私の声に霧雨さんが反応した。

「おう」

「御無事で…」

「ああ」

三人が服を払って立ち上がる。

これは、どっちでしょうか?彼女たちは負けて逃げてきたのか、それとも勝ってきたのか?

河童全員の視線を受けて、霧雨さんが居住まいを正した。

「おほん。あー。皆、聞いてくれ」

全員が静まる。

固唾をのんで見守る。

「裁判の結果…」

お願い…

「私達の勝利だ!皆は無罪!追放なし!にとりの命も助かったぜ!」

か、かった…

全員の顔に歓喜が躍る。

「でかしたぞ!霧雨の嬢ちゃん!」

「やったね!姉御!」

「お嬢!無事でよかった!」

「流石十六夜さんだ!」

皆の喧騒が洞窟内を響く。

そうか。ほっとしたら膝の力が抜けた。

「ちょっと、大丈夫?」

倒れそうになった私の体を十六夜さんが支えてくれた。

「十六夜さん」

「大丈夫…じゃないわね。ただもう少しだけ踏ん張って頂戴。その後にいくらでも休んでくれていいから」

「えっと?」

「あまり時間がないのよ。話さなきゃいけないでしょ、この子と」

そう言って、彼女は後ろに隠れていた私の娘の背中を押した。

「にとり…」

「あ、あの…」

何を言うべきか。

色々な言葉が出てきては、喉元で引き返す。今更何を言えるというのだ。

自分の娘を売った母親に言えることなど…

「ほら」

十六夜さんに促されて、にとりが恐る恐る口を開いた。

「そ、その…ただいま」

「っ!」

この子の、その、言葉を聞いて、目頭が熱くなる。

貴女はあんなことをした私に、まだ、そう言ってくれるのね。

ここが帰る場所だと、思ってくれているのね。

「……お帰り、にとり」

頬を伝う涙を無視して、笑顔を浮かべた。

そして我が子を抱きしめた。

「本当に、良かった…!」

おずおずと私の背中に手が回された。

「ご、ごめん。い、色々心配、か、かけたよ、ね」

「貴女が無事でいてくれれば、それだけでいいのよ」

「…あ、ありがとう」

本当にそれだけでいいの。

「いたぞ!逃がすな!」

洞窟内に叫び声が響いた。

咄嗟に見上げると烏天狗が天井のなくなった洞窟を見下ろしていた。

「ちっ。空気の読めない奴らね。にとり」

十六夜さんが上空を睨みつけていた。

にとりがぱっと私から離れる。

「え、えとね、わ、私、追放刑に、な、なっちゃったから、もう、この山には、い、いられない」

「……そうね」

私たちの計画は封印刑を避けて追放刑に落とし込むことだった。勝ったとしても、すべてが今までのままではいられない。

「で、でも!私にも!と、友達が出来たんだ!あ、あいつらのところで、やってみたいこと、あるんだ!」

娘の表情に悲壮感はない。目の輝きと芯がある。

この子は強くなったのだ。

「だ、だからね!こ、今度は、ちゃんと…『行ってきます』」

あの時は叶わなかった。

でも娘が自分の意志で歩を進めるのなら、言ってあげられる。本心から。

「『いってらっしゃい』」

やっと言えた。

にとりが笑った。

十六夜さんがにとりの肩に手をまわす。

「行くわよ」

「う、うん。あ、そ、そだ」

にとりはポッケから何かを取り出した。

「お、お母さん。こ、これ、椛に会ったら、渡して」

「え、ええ」

「う、海姫様にって」

手のひら大の小さな黄色の箱を渡された。

それだけ言うと二人は霧雨さんの方へと走っていった。

「逃がすな!」

「囲め!」

上空の方が騒がしくなってきた。

それにも増して、河童たちも騒がしかった。

「お嬢!元気で!」

「あんまり危ないことしないでくださいよ!」

「霧雨の姉御!お嬢を頼むよ!」

霧雨さんがにとりのことを話してくれたのかもしれない。

集まった河童たちが涙声で叫んでいた。

「み、みんな!げ、元気でね!」

にとりが手を振り、十六夜さんと一緒に魔理沙さんの背中につかまった。

「よし、行くぞ!」

来た時と同じく、流星のように彼女たちは飛んで行った。

 

さて、私も彼女たちに出来た大きな借りを返さないと。

まずは天狗の足止めからですね。

 

 

§

 

 

「よかったのですか?」

人間の逃走で多くの天狗が去り、宮の表には大天狗一人と天狗の統領しか立っていなかった。

「……何がだ?」

「はたてちゃんですよ。彼女、大天狗から降ろしちゃってよかったんです?」

天魔は腕を組んで、顔をしかめる。

「あのバカ娘には良い薬だ」

苦言を吐いた天魔に対し、大天狗は笑みを返した。

「またまた、思ってもいらっしゃらない事を。もし彼女がうまく事を運んでいたら、河童を追い出すつもりだったのではありませんか?」

「……」

「妖怪の人間化はすべての妖怪に進んでいる。我々、妖怪の山も例外ではない。食糧生産の技術に乏しい我々としては、食う口を減らすというのはさして悪い選択肢ではない」

「飯綱丸、その慇懃無礼な口調をやめろ」

「はいはい」

天魔は溜息を吐く。

「可能性の一つとして、その選択肢はあった。だが、こと自然の知識においては河童の方が優秀である。農業への寄与も次第に大きくなっていくだろう。奴らを追い出すことは返って我々の食糧難を深刻化する可能性がある。それでは本末転倒だ」

娘の異種管理を通して、河童の技術発展を目の当たりにした天魔としては、あまりに極端すぎる娘の政策に頷き切ることはできなかった。

下手に優秀なのも考えものだ。

「それに、奴らは敵に回すには惜しい」

「霧雨魔理沙と十六夜咲夜?」

「河城にとりもだ。河城の技術は言うまでもない。霧雨魔理沙の手腕はここしばらくの市場と決闘裁判を見れば明らかであろう。報告によれば、十六夜咲夜は犬走椛を単独で切り伏せたとある。お前は犬走ほどの刀の使い手が他にこの山にいると思うか?」

「一人もいないね」

天狗一の刀の使い手が人間に敗北した。それは対等な条件での真っ向勝負において、天狗が十六夜咲夜に勝てないことを意味していた。

「個々の力が抜きんでている。あの者どもはいずれ台風の目になるぞ」

天魔の言葉を聞いて、口を開いて大天狗は笑った。

「私の星詠みとも一致しているよ。奴らは近いうちに幻想郷を揺るがす何かを起こす。今回はその前兆だね」

天魔は眉を寄せた。

大天狗である飯綱丸龍は、占星術に長けていた。彼女の星詠みは能力も相まって、未来予知に近い精度で近未来の出来事を語る。その先見の明こそが彼女を大天狗の地位にまでのし上げ、更にはその地位を盤石なものとし続けている。

そして天魔はその『占星術』()()相応の信頼を置いていた。

「はた迷惑な話だ」

「感謝してほしいね。天魔に借りができるように部下を采配した、この私に」

飯綱丸の刀の修繕、天魔の許可状、射命丸の写真。全ては河童とあの人間たちに天魔への恩を売る目的で仕組んだものだった。

天狗に悪感情を持っていても、天魔へ頭を下げさせれば山の秩序は保たれる。飯綱丸はそう考えている。

天魔は顔をしかめる。

「それだ。貴様の部下は何とかならんのか」

「部下?」

「射命丸と言い、あの狐と言い、奴らは真性の悪だぞ。事態をややこしくしよって」

「あいつらはあれでいい。放し飼いの方が利益をもたらすお手頃なペットだよ」

眉をしかめつつも天魔は反論出来なかった。

食糧生産の農業を起こすために、河童を天狗社会に入れる必要があったのは事実だ。しかし天狗の排他的なプライドのため手をこまねいていた天魔にとっては、今回の事件は思わぬ幸運だった。実質的な天狗の敗北。これを機に議会も河童を受け入れざるを得なくなるだろう。

「油断していると嚙みつかれるぞ」

「他人のことをいう前に、姫海棠、君は娘のこじらせ具合をどうにかしたほうが良い」

「………むう」

「何百年生きていても、父親はできないか?」

意地の悪い尋ね方をしつつも、仕様がないとも飯綱丸は思っていた。

「無理もない話だけどね。妖怪が子を持つなんて考えられなかった話だ」

妖怪とは本来、人間の恐怖や信仰により発生するものだ。繫殖するものではない。

しかし博麗大結界の呪いによって、妖怪は物質化し、発生することが困難になりつつある。“寿命で死ぬ”妖怪まで出てくる始末だ。

故に妖怪もまた生物として、生殖を必要とされた。

生殖能力が妖怪にも付き始めたのはここ百年前後。まさか人間の繫殖行動すら真似をしなければならないとは。これには流石の飯綱丸も、“妖怪も進退窮まったな”とこぼさざるを得なかった。

「言っても仕方のないことだ。適応しなければ滅びる。それだけだ」

「勇ましいね」

 

 

§

 

 

“怒涛の進撃!霧雨一派、天狗の次期統領を食い破り、少女を救う!”

この号外は幻想郷を震撼させた。

人間の小娘が天狗との決闘で、次期統領と目される実力者を下したというのだ。さらにその目的が攫われた少女を救うためだという。

この号外が今朝ばらまかれ、人里は専らこの噂で持ちきりとなった。

問題児、どころか忌み嫌われてすらいた霧雨の娘が、命をかけて少女を救ったという事実は人里の人間を驚くほどに揺さぶっていた。

 

ある場所を目指して、自慢の翼をはためかせて一直線に飛ぶ。

今朝人里で、朝っぱらから隣人どもと他人の話に忙しい人間たちを空の上から眺めて、こいつらはよっぽど暇なのだなと思った。

「まあ、当然ですけどねぇ」

私の書いた記事なのだ。清く正しい射命丸が書いた文々。新聞ともあれば食いつかずにはいられないだろう。

たとえ、少女の身元が意図的に伏せられており、まるで霧雨魔理沙が天狗にさらわれた人間の少女を救って見せたかのように読めてしまっても、それは読者の読解力が足りないだけで、私の新聞のせいではない。

この記事を書くため、多大な労力を必要とした。霧雨魔理沙が大天狗を破り、少女を救った、この事実を作るために面倒な上司の命令を引き受けて、刀を運び、人間の商売の手伝いをし、海姫に張り込み、河童をあおったのだ。

どいつもこいつも中々私の思い通りに動かないので、切り刻んでやろうかと百万回は思ったが、遂に成った。

漸く私の見たいものが見れる。

目的地に辿り着き、着地して翼をたたむ。立派な鳥居と少しくたびれた本殿が見えた。

私が来たのは幻想郷の要の地、博麗神社であった。

鳥居をくぐり、本殿の裏にある社務所へと歩を進める。

とくに声もかけず社務所の裏手に回り、そこで目当ての人物を見つけた。

日の当たる縁側で静かに座っている巫女。

脇ががら空きの意味の分からない紅白衣装を飽きもせずに毎日着こなしている、当代博麗の巫女、博麗霊夢だ。

「どうも。霊夢さん」

私が声を掛けると博麗霊夢はこちらを一瞥した。

「そんな面倒くさそうな顔をしないで下さい。今日は霊夢さんに、とっておきの情報を持ってきたのですよ。驚くこと間違いなしです」

相変わらず表情変化に乏しい。この巫女が面倒くさい以外の表情を作ったところを見たことがない。

博麗の巫女はいつの時代もイカれている。妖怪を滅するためだけにあるとでも言いたげな態度で生きて、そのまま死ぬ。機械のような不気味な人間ばかりだ。

当代の巫女も全く変わらない。より一層不気味さに磨きがかかっているとさえいえるかもしれない。

この原因を、私はこいつらが妖怪に作られた人間だからだと考えている。

妖怪の都合で用意された人間なのだ。人間でない者に育てられたのなら、人間味がなくなるのも当然だろう。

博麗霊夢はその才能故、歴代の巫女たちよりもさらに人間味がない。妖怪を前にした彼女の表情はもういっそ神に近かった。

だが彼女が歴代の巫女と大きく異なる点がもう一つ。

「魔理沙さんが妖怪の山で一旗揚げましたよ」

彼女ははじかれるように私の方へ、顔を向けた。

これだ。

博麗霊夢はある一人の人間にだけ、執着を抱いている。

()()()博麗が私を見た。すべての博麗が誰をもその目に捉えなかった。その博麗が真正面から私を捉えた。

その事実に胸がぞくぞくした。

「よこしなさい」

霊夢さんがこちらに手を出した。

「もちろんです」

期待に胸を躍らせて、朝刊を渡す。

彼女は新聞を開き、一面を読んだ。読み進めるつれ、彼女の表情が変化していく。

ああ。いい。素晴らしい。

彼女は今、読んだはずだ。霧雨魔理沙が妖怪の山で好き勝手暴れたことを。十六夜咲夜という“人間と”共に。

これだ!これが見たかった!

霧雨魔理沙という人間が、博麗霊夢以外の“人間”を侍らせたとき、その時にしか見せてくれないだろうこの表情が!博麗の巫女の人間らしさが見たかった!

「礼を言うわ。面白い情報だった」

「いえいえ。お礼を言いたいのは、むしろこちらの方です」

新聞を私に手渡した彼女の表情は、激情に燃えていた。

動くぞ。これは幻想郷が動く。

 

「異変が起きるかもしれないわね」

 

博麗の巫女はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 





※以下本編と関係のない挨拶です。





という事で、第二章完結です。
読了してくださった方に心から感謝いたします。

いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけましたでしょうか。
今回は妖怪の山を舞台に、魔理沙と咲夜に暴れてもらいました。
体の構造や生き方が違うので、天狗や河童の文化は人間と根本的に違うと思います。それ出来るだけ伝えたかったので、少し説明調の文章が多かったかもしれません。
読んでくださる皆さまは彼女たちのテンポのよい掛け合いを期待されていたと思うのでごめんなさい。
今後はそれを上回るにとりのぶっ飛び(重要)が炸裂するので許してください。

ここまで読んでくださった皆様の中で海姫が姫海棠はたてだと気付いた方はいらっしゃったでしょうか。
多分いませんね。いたら嬉しいなあ。
今回のテーマも結局、友達でした。というよりこの作品のテーマが『友達』ですので、次章からもどんどんこじらせて参ります。

さて第三章は人里へと舞台が戻ります。命蓮寺からお使いがいらっしゃり、「博麗が」とか云々。
そして咲夜をクビにしたレミリアがついに動き出し…
なんて感じです。
公開予定は未明です。
完成次第投稿しますので、興味がある方は読んでいただけたら幸いです。
それから、第二章が面白かったと思っていただけた方は是非、感想や評価をいただけると私がとっても嬉しいので、投稿が早まります。
それでは。
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