メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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第一章‐霧雨魔理沙は嫌われる‐
episode 3(前編)


 

 

 

「何でわざわざ遠回りするのよ」

 

「節度があるんだ。何事も一直線に行くことが正解じゃないぜ。ほれ、ここだ」

 

鍛冶屋。鍛冶屋、鍛冶屋。

 

「ここの鍛冶屋はやる気があるのかしら?」

 

納得の発言と自負する。工房だとしてもここで接客も行うわけなのだから、看板に“鍛冶屋”とだけ書くのはいかがなものか。客に覚えてもらおうとする心意気が地に伏している。

 

「あるぜ。見せる気がないだけだ」

 

「それはそれでどうなの?」

 

工房は工房でまた見せる気がなかった。よく言えば質素で無駄がない。悪く言えば飾り気がない。ついでに言うと機能美も見て取れない。デザインを気にしなくても機能性が追求された職人の環境というのはある種の美しさが感じられるものだが、ここにはそれがまるでない。そもそも存在感がない。何と言うか、もやっとした感覚だけがある。これは、そう。あれだ。取り壊されて空き地になったあと、そこに何があったか思い出せない感覚に似ている。自然な違和感とでも表現すべき。建物があるのに何もないと感じることを強いられている。里のはずれで職人だけが利用する場だからといって、通りに面する工房がこれで良いのか。初めて訪れた私でこれなのだから、魔理沙にはこの工房が空気に見えている可能性がある。いや、それはない。

 

「怖がりなんだよ。おーい!入るぜー!」

 

あった。でなければ許可なく入るなど。おい、節度はどうした。

 

「失礼します」

 

図々しさの体現者の後に続く。

工房に入った瞬間に鼻をつく鉄の匂いと埃が鼻腔に充満した。物々しい室内には大槌や小槌が金床に立てかけてあり、その上には数種類の火箸が乱雑に倒れている。火床には火が入っていない。どうやら目的の鍛冶屋は鍛造の最中というわけでは無いらしい。ありがたいというべきか、息つく暇を得られなかったと嘆くべきか迷う。

しかし埃っぽい。工房とは誰が主人でもこうなのだろうか。我が家であったところの館の大図書館、その主も「これが叡智の薫香よ」とかび臭さに誇らしげであった。叡智で喘息が治るなら世話ない。危うく叡智とは咳を止まらなくする薫物であるのかと新たな知見を得てしまうところであった。許すまじ。またお茶をお出しする機会があればもやし湯を差し上げよう。

視線を横にずらすと目当ての鍛冶屋らしき人物がむき出しになった短刀の茎を前にして、小さな楔と金槌を手に固まっていた。

 

「…」

 

全く動かない。

魔理沙が呆れたように息を吐く。

 

「またか」

 

剥き出しの刀身を前にして固まるスミスの姿はさながら人形であった。分厚い前掛けとのっぺりとした作業着を着用しているにも関わらず、水色の髪と色違いの瞳が観賞用に作られた蝋細工の様相を呈している。傍に立っている唐傘も……あら?

 

「多々良先生?」

 

時が止まっていた蝋細工はピクリと動き、こちらに顔を向けた。まさか魔理沙の客が多々良先生であったとは。おぉ。一つ目の唐傘までこちらに顔を向けた。本人には口が裂けても言えないがあの唐傘は妖怪というよりはゆるキャラと表現した方がしっくりくる。恐怖より滑稽さがにじみ出ている。トムとジェリー。完全にギャグだ。

 

「あれ?咲夜ちゃん?」

 

咲夜ちゃんです。

 

「あん?なんだ?お前ら知り合いか?」

 

「知り合いよ。」

 

「魔理沙までいる。どうしたの?」

 

「どうしたのってお前な………。アポは毎回とってあるだろ」

 

魔理沙は右手につかんでいた厚手の袋を掲げた。こちらに向かう途中、ガツンガツンとうるさい音を立てていたが商品だったのか。

 

「あ⁉もう時間⁉ごめん。気が付かなかった~」

 

「毎度のことだからもう慣れたよ」

 

「ごめーん。」

 

目の前のことだけにしか集中できないのは相変わらず。相も変わらず。一つ目の本領発揮である。職人としては一種の才能なのかもしれないけれど。

 

「………ん?なんで咲夜ちゃんまで一緒に?」

 

「ああ、それは…」

 

「ああ!もしかしてこの前の受注した金物になにかあっ、ありましたでしょうか」

 

とってつけた敬語感。

 

「やっぱり銀器?真鍮の扱いは慣れてるんだけど、銀は柔らかくて…。燭台の装飾やっぱりつぶれてしまっていたでしょうか……」

 

「いえいえ。多々良先生のお仕事はおよそ完璧でしたわ。お嬢様もそれはもうご満悦で。次回はお嬢様お気に入りのアンティーク、その修繕も多々良先生にお願いしたいと申しておりました」

 

「そっか~。よかった~。てっきり何かダメにしちゃったのかと…」

 

「むしろ本来の輝きを取り戻して、家具が心なしか生き生きしておりました。流石は“驚天動地の一つ目鍛冶師”ですわ」

 

「えへへ~。ありがとう~」

 

素直。可愛い。

 

「じゃあ、咲夜ちゃんはまた新しい依頼をしに来てくれたの?」

 

「その通りです、と言えたら良かったのですが…」

 

「違うの?」

 

「私は今、紅魔館の人間として仕事を発注する立場にないのです」

 

「…?」

 

言い回しが迂遠すぎた。先生の目がパチクリと何度か瞬きを繰り返している。隣の唐傘がとても申し訳なさそうにしているのはどういう表現なのか。保護者に見えるぞ。

 

「要するに私は解…」

 

「ヘッドハンティングだぜ」

 

私が解雇された事を告げようとした直前、魔理沙は少し大きな声で私の言葉を覆った。

引き抜き?一体何を言っているのか。魔法使いであるのはいいが言葉の魔法を使い出したらそれは詐欺師とか煽動者とか、そういう類だ。ほら、見なさい。多々良先生が眉を顰めている。唐傘はもはや胡散臭いものを見る目を向けている。

 

「へっどばん…?」

 

「引き抜きとも言う」

 

「…つまり…拉致?」

 

「ちげえよ!」

 

「違うの?」

 

「当たり前だろ。どう言う解釈したらそうなるんだよ。」

 

「だって魔理沙いつも言ってるじゃん」

 

「何を?」

 

「“死ぬまで借りてくぜ”って」

 

「……」

 

ぐうの音も出ないとはこの事だろう。人殺しが包丁を持てば怖がられる。スリが老人の荷物を持ってあげれば警吏を呼ばれる。料理を作ろうとしていたとか、人助けをしていたとか、事実はどうでもいいのだ。当事者以外の人間は見たいようにしか物を見ない。だからある特定の瞬間に何をしたかではない。日頃の行いが周囲の人々の中に個人の像を作る。教養と品位が尊ばれる理由はそこにあるのだと思う。

 

「大体さ、レミリアさんが咲夜ちゃんを手放すわけないじゃん。」

 

「それは分かんないぜ?紅魔館はメイドがする仕事が多すぎる。そのくせメイドの大半は役立たずだろ?咲夜だって人間だ。ほっぽりだしたくなっても不思議じゃない。そんな時にスカウトが来たら?待遇が良ければ?ほら、引き抜き完了だぜ」

 

本人抜きにして勝手に会話を進めないでほしい。まず紅魔館のメイドの数名はある程度動けるようになっている。私がそう教育した。だから今も安心して…いや、ある程度信頼して紅魔館を任しておける。それに私は仕事が嫌で紅魔館をほっぽりだしたくなったことはない。やっていられないと愚痴を言ったことはある。十四回ほど。ちなみにこれは二千進数で数えている。

 

「前提がおかしいんだよ。レミリアさんはさ、道具だろうと人だろうと、たとえ妖怪であっても自分のモノ(・・・・・)なら大事に扱うヒトでしょ?」

 

「お、おう」

 

「そんなヒトがそう扱うってことはさ、その状態がそのモノにとって一番自分らしさを表現できるってことじゃないのかな?」

 

「何言ってんだ?お前」

 

「だから!一番人の役に立てる状態にしてるってこと!」

 

「それ、こき使うのと何が違うんだ?」

 

「全然違うよ!こき使うときは使われる側に忖度しないよ。でもレミリアさんはその子が一番役に立てる環境を整えてあげるヒトだもん。」

 

お嬢様はすごいんだもん。

それにしても輝けるとか能力が際立つとかでなく、役に立てると言うあたりが元道具である付喪神の多々良先生らしい。

 

「随分と乳臭い吸血鬼の肩を持つじゃないか。」

 

「魔理沙の肩を持ってないだけだよ」

 

「生意気な。こいつの値段あげるぞ」

 

魔理沙は右手に持っていた袋を台の上に荒々しく置いた。

随分と鈍い音がした。岩とか石を詰めたような音だ。

 

「魔理沙ってすごいと思う!色んな道具を使えるし!」

 

「いいぞ、もっとヨイショしろ」

 

「自己研鑽に余念がない!」

 

「ほかには?」

 

「行動力あるし!可愛い!」

 

「うむ。くるしゅうない。」

 

茶番。ここは工房のはずだけど。持つのは太鼓でなく金槌でお願いします。

 

「それでこれは一体何なの?」

 

話が全く進まないので軌道修正をば。So much for small talk.

 

「ああ。そういや言ってなかったか。」

 

「ええ。」

 

「こいつは玉鋼だ」

 

「たまはがね?」

 

「ん?聞いたことないか?」

 

「ないわね。鋼と言うからには鉱石を製鉄したものなんでしょうけど」

 

「そうか。どっから説明したもんかな…」

 

魔理沙は麻袋の中に手を突っ込むと無造作に何かを取り出した。右手に握られていたのは真っ黒い石だ。ただ表面が粗く、気泡の様な穴がいっぱい開いている。まるで石で作られたスポンジだ。

 

「そうだな…。一般に私達が鉄っていうものはまあ、あれみたいな銀色で艶があって重たくて丈夫な物を想像するわけだが」

 

魔理沙は金床の火箸を指さした。

 

「自然の中にはああいう鋼は単体で存在しない。鉄を取る時は鉱石みたいに鉄を含んだ何かから他の不純物を取り除くのが一般的だ。イメージとしては彫刻像を彫る時いらない部分を削っていくのに近い」

 

茶こしでお茶を入れるみたいに必要な部分を抽出するのではなくて、いらない部分を少しずつ削っていくということか。

 

「まず鉄を含んだ鉱石を高炉にいれてコークス、石灰石と一緒に高温で燃焼させる。そうするとコークスから発生した一酸化炭素が鉱石に含まれる酸化鉄を還元して銑鉄が得られる」

 

……。

 

「ちょっと待って。わかる様に言ってくれないかしら」

 

日本語か英語か仏語か独語でお願い。

 

「あー。簡単に言うとだな。石の中にはちっちゃな鉄がいっぱい入ってるんだ。食材にビタミンとかミネラルとか入ってるけど見えないだろ?あれと同じ感じだ」

 

料理は馴染み深いので分かりやすい。

 

「で、そのちっちゃな鉄をまとめて取り出したいんだが、そいつには余計なものがいっぱいくっついててそれができない。魚に鱗がついてたり、熊に皮がついてたり、食べたいのは肉だけだけど、邪魔なものが多いって感じ」

 

鉄もお肉。お肉は鉄分豊富である。

 

「そこで製鉄を行う。用は下処理だな。魚の鱗を剥ぐ様に、ある素材と一緒に石を燃やすと鉄にくっついてた他の成分が取れるんだ」

 

「鉄のお料理?」

 

「そうだな。製鉄、製鋼はそう言って差し支えない」

 

「じゃあ、“せんてつ”っていうのはなに?」

 

「鋼になる前の脆い鉄だ。こいつは炭素の含有量が高いから叩いたり、曲げたりするとすぐに割れる。型に流し込むようないわゆる鋳物にはこいつが使われるが鍛造には向かない。」

 

「つまり?」

 

「生肉だけ取り出しても食べれない。まだアク抜きと調理、味付けが必要ってことだな」

 

「なるほど」

 

「そこでその銑鉄もう一度炉に入れて酸素ガスを吹き付けて加熱させる。すると含まれている炭素や不純物が燃焼してより純粋な鉄を取り出すことができる。そうやって取り出されたのが延ばしたり曲げたりすることができる鋼鉄ってわけだ。これでアク抜き完了」

 

「調理と味付けは?」

 

「それは専門の料理家に聞いたほうが早いぜ」

 

魔理沙は私の隣でしきりに「ほー」とか「へー」とこぼして感心していた鍛治師に目を向けた。

 

「…ん⁉︎私⁉︎」

 

「当たり前だろ。鉄を料理するのは鍛治師の仕事だ」

 

「えー。私、魔理沙みたいに上手く喋れないよ」

 

「上手く喋る必要ないだろ。大体私の話も大して上手くない」

 

「そんなことないよ!ね?咲夜ちゃん」

 

「そうですね…妙に板についていると言うか何というか……まるで門番みたいですね」

 

「も、門番?」

 

「なんだそりゃ」

 

二人とも首を傾げている。はて?私は何かおかしな事を言ったか。門番と言うのは教えることに優れた見識ある人物がなるものだと思うのだけど。

 

「ああ。そう言うことか」

 

やっと理解したか、この魔理沙めが。

 

「なに、どう言うこと?」

 

多々良先生は可愛いから許す。

 

「ほら、美鈴だよ。紅魔館で門番やってる。あいつ色んなこと知ってるし、教えるのが妙に上手いんだよ」

 

「ああ!紅さん!」

 

多々良先生が両手を打った。それに合わせて唐傘が開いた。だからお前の立ち位置はなんなのか。

 

「そうなんだ。私、挨拶ぐらいでしか話すことなかった」

 

「今度話してみろよ。あいつ気前もいいから聞けば色々教えてくれると思うぜ」

 

「そんなフランクなヒトだったかなー」

 

魔理沙は紅魔館では少しばかり特別な扱いを受けている。本人に自覚があるかは知らないが同じ様な反応は期待できないと思う。

 

「それで?何で魔理沙が門番みたいな人なの?」

 

「咲夜は美鈴に色々と教えてもらったことが多かったから、教師とか先生とかより門番の方が教えるヒトっていうイメージが近いんじゃないか?推測だけど」

 

「あー、そういうことか」

 

なるほど。こういう場合は教師、先生と呼称するのが適切なのか。近しい存在にそう呼ぶヒトがいなかったから先生と言うのは馴染みがない。違和感がすごい。

 

「ん?でも私は先生って呼ばれてる様な…」

 

多々良先生はゆるキャラ。尊称と敬称は別なのである。

 

「そうね。そう言うことなら魔理沙は先生みたいだったわ。分かりやすかったし」

 

「すごいよねー。でも実はね、みたい、じゃないんだよ」

 

「はい?」

 

「魔理沙ってね、魔法しか興味ありません!みたいな顔して実はせ、うわっ⁉︎ちょ⁉︎」

 

「余計なことは言わなくていいんだよ」

 

「わかった!わかったから!下ろして!ここ工房!」

 

せ…?

多々良先生が何を仰りたかったのか気になる。それはそれとしてミニ八卦炉を構えるのはやり過ぎだ。他人の職場で破壊行為をしようなどと、節度は何処へ行った。

 

 





「よ。門番は相変わらず暇そうだな」
「門番が暇なのは平和な証拠」
「平和は猫をも殺すってな。さあ、今日も元気に開門してくれ」
「殺すのは好奇心。今日は静かに開門するよ」
「お?やらないのか?」
「パチュリー様に言われてるんだ。白黒が来ても音を立てるなって」
「珍しいな。秘事の匂いがプンプンするぜ。暴かなきゃな」
「あーあ。行っちゃった。パチュリー様、今日は機嫌が悪かったんだけど。好奇心は魔法使いも殺すね」
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