メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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感想欄で告知していた第二章閑話です。全3話。
私の性癖詰めまくり。


第二章閑話-月の欠けた紅魔の主-
episode28


 

 

 

「それ、やめて」

場所は紅魔館地下の書庫。

幾億の書が並ぶ知識の聖域。

その聖域には聖域の守主であるパチュリー・ノーレッジと館の主たるレミリア・スカーレットが並んで読書していた。

ついに我慢が限界に達した私の主は、友人であり寄宿先の家主でもあるところの吸血鬼に対して不満を口にしたのだった。

「ん?」

書庫の机に両足を乗せて本を眺めていたお嬢様はその言葉に疑問符を浮かべた。

「それ?」

パチュリー様は本から目を離さずにお嬢様の口元を指さした。

指の先には赤い光とそこから這い出る灰色の煙があった。

「ああ、煙草か」

お嬢様が煙草の煙を吐くたびにパチュリー様の眉間にしわが増えていく様子を観察している私は冷や汗が止まらなかった。かと言ってお嬢様に上奏するのも躊躇われる。果たしていつ爆発するかと思ったが、不満の発露が穏便な滑り出しで心底安心した。

「やめて」

パチュリー様の不満には同意したい。煙草の煙は紙に臭いが付くし、色も黒ずむ。そして何より本が傷む。ここの本の所有権はあくまでもお嬢様にあるのだから書庫の管理を任されている者として、苦言を呈する意味でも館内での喫煙は推奨できない。

「んー」

思案気なお嬢様は幾分か目線を宙にさまよわせていたが、しばらくするとにやりと笑った。

嫌な予感が……

「やだ」

ああ。やっぱり。

お嬢様はこういうところがある。

予想通りというべきか、パチュリー様がぴくりと眉を動かした。

「なぜ?」

一見無表情に見える。が、私には分かる。あれはもの凄い怒っている。パチュリー様はキレ度合いがある一定ライン超えるとなぜか表情が消える。こわ。

「パチェが嫌がっているだろ」

それはやめる理由にはなっても続ける理由にはならないのではないでしょうか…

「理由になってないわ」

「なってるさ」

「説明を」

「私は悪魔だ」

「……一理あるわね」

はい出ました。謎の高速会話。旧知の間柄だって見せつけていやがるのでしょうか。

なにが一理あるのか私にも分かるように説明してください。配点は十点でーす。

「だろう?」

「でも本が傷むわ」

「かまわんさ」

「貴方のよ?」

「重要なのは知識であって、本そのものではない」

「同意ね」

同意ね、じゃありませんよ!何さっきから納得しているんですか!本の修繕をするのは結局わたしなんですよ!

「でも本の用途は知識の普及よ」

「ふむ…つまり?」

「貴方ひとりが本の知識を得ていても、それは本をないがしろにする理由にはならない」

「…なるほど」

そうだそうだ!本を教育の道具だぞ!自分が知っているからっていい気になるなよ!

もっと言ってやってください!パチュリー様!

「知識の保存と普及に作成者の意図があることは確かだな」

「でしょう」

「だがその意図に沿うことが唯一の正解なのか?」

「…」

「道具は所詮道具であって、動機はその使用者にある。制作者の意図を知ることが無駄だとは言わないが、それに固執して道具に振り回されるようでは滑稽だ」

「私が愚者だと?」

「多面的視野に欠けている。些かな」

なに説教されてんですか!説教してんのはこっちなんですよぉ!

というかお嬢様!いい加減にタバコの火を消してください!

消さないと泣くことになりますよ!主に私が!

「なら視座を変えましょうか」

「よろしい」

「人道的見地から不満を言うわ」

「ほう」

「喘息持ちの前で煙草を吹かすのは配慮がなってない」

「配慮!」

なぜかお嬢様が笑い出した。お腹を抱えて笑っている。

珍しい。あんな笑い方をするお嬢様は見たことがない。お嬢様は人前で相貌を崩すことをしない。品があるというか気取っているというか。共感というものを他人に持たれることを嫌っている節がある。

「これは十分な優しさだろう?」

「常識もなってないようね」

「おいおい、悪魔にそんなものを求めるな」

「貴方の性癖が度し難いことは承知しているけれど、それに巻き込まないで欲しいわ」

「冗談はよせ」

あの人たちは何を言っているんでしょう?

十分な優しさ?パチュリー様の前で煙草吸うことが?どういう事なんです?

「これは愛だ」

「愛?」

「ああ」

「暇でもないのに態々時間を作って書庫に来て、喘息を患っている魔女の読書を煙草で妨害することが…愛だと?」

「そうだろ」

お嬢様は少し椅子を傾け、天井を仰いだ。

体の力を抜き、垂れた四肢と厭世観の漂う彼女の表情にいつもの威圧感は見てとれなかった。

「パチェ、お前以外の誰の前で私はこんなことが出来る?」

「…」

初めてパチュリー様が顔を上げた。

文字を追っていたその目線が、友人の顔に向いた。

「レミィ、貴方は弱くなったわね」

「…そうかもな」

パチュリー様がお嬢様の目を見て呟くと、お嬢様は嘲るように笑った。

()を嗜むのもほどほどにしろと私は言ったわ」

「煙草も酒も溺れているつもりはないが」

「本気で言っているのなら重病ね」

「…」

「自覚がないわけでもないでしょう?」

「よせ」

お嬢様の視線が鋭くなった。他者を威圧するいつものそれだ。

私を含め、大した力のないものは頭を上げる気すら失わせる瞳。この距離ですら手の震えが止まらない。

でも私の主は一切ひるまずにその瞳をむしろ凝視した。

「だから()()()()()()()()()()()()()()()()()

咲夜さん…メイド長を拾った?反対?

一体何を…

「落雷が大樹を折ることはない。大樹を折るのは虫よ。小さな虫がこぞって幹をむしり、少しずつ、気づかぬうちに中を腐らせていく」

「大樹とは。パチェにしては随分と高い評価だな。配慮か?」

「事実よ、レミィ。貴女の力も能力もカリスマも、全て貴女の比類なき強大な誇りに基づいている」

パチュリー様が本を閉じた。そしてお嬢様と正面から向き合う。

私の主が、本を、閉じた。

「人間を前提にしたこの世界で、妖怪としての誇りを維持してきた貴女は誰よりも強い」

「そうだな」

「だからこそ人間と関わるべきじゃなかった」

 

「人間は敵であり、餌。その根底を崩すべきじゃなかった」

 

「人という虫は、貴方の誇りという幹を分別なく食い荒らした」

 

「そうなる前に捨てるべきだったわね」

 

バンッ‼

大きな音に私の体がびくりと震える。

お嬢様が読んでいた本を机に叩きつけたようだった。

「捨てたさ」

「…捨てた?」

「あいつはクビにした。もう紅魔館にはいない」

パチュリー様が目を見開く。

止まっているパチュリー様を尻目にお嬢様は短くなった煙草を指でつまみ、右手で握りつぶした。

「悪かったな。下らない愚痴に付き合わせた」

そう言ってお嬢様が立ち上がった。

その姿は私たちがいつも見慣れている紅魔館の主であった。

お嬢様の威風を確認したパチュリー様は、大きなため息をついて視線を本に戻した。

「嫌とは言ってないわ」

「そうか」

「書庫は来るもの拒まず、去る者は追わずよ」

「ふふ。愛を感じるよ」

そしてお嬢様がこちらを見据えた。

ん?あれ?もしかして、もしかしなくても私がいたことバレてる感じですか?

「パチェ、貴様の奴隷を借りるぞ。上はいま人手が足りてなくてな」

え。

「自分の尻拭いぐらい自分でしなさい」

パチュリー様!信じてました!

「と、言いたいところだけど、盗み聞きしていた罰は必要ね」

パチュリー様…信じてたのに…

「いいわ。使いなさい。終わったら返して」

「無論だ」

お嬢様が大きな翼を羽ばたかせて本棚の上に来ると、そこに隠れていた私の首根っこを掴んだ。

「仕事をサボって主の会話を聞いているとは、手が随分空いているようだな」

「い、い、いえ!そんなことはないですよ!ほら見てください!まだ整理しないといけない開架書庫の本がこんなにあります!」

私が抱えていた本たちをここぞとばかりに見せびらかす。

その反応を見て、パチュリー様はため息を吐いた。

「仕事してなかったのね」

「ち、違うんです!パチュリー様!これは私が自主的に選んだ仕事で…」

「その自主性を買って、貴様に庭園の管理をやらせてやる。間違った枝を剪定したら、貴様の腕がなくなると思え」

え、なにそれ、怖い。

主に助けを求める。

「パチュリーさまぁ」

こちらを一瞥すらしなかった。悲しい。

お嬢様が嗜虐心に満ちた表情で私を見下ろしてくる。

「グズグズしていないで上に上がれ。美鈴が待っている」

「承知しましたぁ」

結局私は自分の軽率な行動を呪って、書庫を後にするのだった。

それはそれとして美鈴さんは教え方が上手かったので生け花が好きになりました。

 

 

 

 

 

§

 

 

パタパタと背中の翼を動かして書庫を出ていく部下とそれを笑って見ている親友を見据える。

 

「レミィ。約束、覚えてる?」

 

私が問うと、親友は振り返って笑った。

 

「ああ。私は死なんさ」

 

“そう願いたいわね”

そう言おうとして開いた口は、結局何も声を発さず閉じた。

親友はそんな私の表情を少し不思議そうに見ていたが、視線を正面に戻して書庫を後にした。

 

しばらくすると自然にため息が出てきた。

そうもなる。

「レミィ。それは悪手よ」

今の彼女は咲夜を手放すべきではなかった。

自らを食べさせたのなら、その虫を逃がすべきではない。

中身をなくしてしまったのなら樹は立つこともままならなくなってしまう。

 

「駄目そうね」

 

吸血鬼には寿命があるのか。その疑問の答えはまたしても人間の手で隠されてしまったようだ。

人間という毒は、長命な妖怪にはあまりに甘く、そして強い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「貴様、面白いな。よし!もやし魔女。私のところに来い」
「興味ないわ」
「なんだと」
「分かったら帰りなさい。教養のない蝙蝠と話す暇はないの」
「…」
「…」
「………ふむ。知識人として、だったか」
「………?」
「ではお前のメリットを示してやろう」
「…」
「私のところに来たら、吸血鬼の寿命を知れるぞ!なんせ私は強いからな!どうだ?貴様がいくら文献をあさろうと吸血鬼の寿命までは分かるまい。文献に載っているのはすべて人間が屠った弱小な同胞ばかりであるからな!………ん?どうした?」
「早くしなさい。どこへ行けばいいの?」
「話の早い奴は好きだぞ」

という出会いがあったとかなかったとか。


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