「で何だっけ…そうだ、玉鋼だ」
そう。まだ肝心のそれが何かを聞いていない。
「今言った鉄の作り方は主に鉄鉱石を使った方法だ。これで作られた鋼には粘性に乏しいって言う特性があってな」
「粘性?ネバつきがないってこと?」
「そういうことだ」
「でもさっき不純物を除いたから展性延性ができるって言ってたじゃない」
「おお。やっぱ飲み込み早いな、お前は」
完全で瀟洒な従業員ですから。
「その通りだ。製鋼すればある程度の不純物は取り除ける。だけどどうしても取り除けないものもあってな。野菜の灰汁だって全部覗こうとすると野菜そのものがダメになっちまうだろ?それと同じで鋼もある程度のところで妥協しないと使った鉄鉱石の量に比べて、取れる鋼がほんのちょっとになっちまう。」
「それもそうね」
「基本的に鉄はねっとりしたものなんだ。そこに炭素、鉛筆の芯とかダイヤモンドとかの素材だな。こいつを含ませる分量で鋼の硬さと柔らかさを調整する。まあ、何事もそんな都合良くいかないものでな。リンとか硫黄つって硬さと柔らかさ両方を損なう邪魔なやつがいるんだ。食材にもあるだろ?そういうの」
「魚のくさみとか野菜の苦味とかかしら」
あとは人間の不摂生。太ってても脂肪のつき方が悪いとお嬢様も妹様も不満げなのよね。妹様はストレートに「まずい」って仰ってくださるから良いのだけど、お嬢様はそういうとき試す様な目つきをされる。「お前の本分なんだ?」と言わんばかりの視線は自身の未熟さを痛感させられる。
「そういうやつだ。あの方法だとそれを十分以上には取り除けない。すると柔らかさがない分、打たれ弱い鋼になっちまうってわけだ」
「じゃあ、魔理沙が言った方法はあまり良い方法ではないのね」
「鋼の質に関して言えばそうだな。ただ一概に悪いとも言えない。粘性がないってことは溶解した鉄が流れやすいってことだから大量生産には向いてるんだ」
「どういうこと?」
「あー、そうだな。余ったスープを流しに捨てるとすぐに流れるけど、片栗粉でとろみをつけた餡とかは流しに捨てても詰まっちまうだろ?そんな感じで粘性が高いと溶かしてドロドロになった鉄を運ぶ時パイプで詰まっちまうんだ。だから大量に鉄を作る時はさっき言ったやり方が向いている。河童の奴らは機械で鋼を作っちまうから、あいつらはこの製鋼法でやってるな」
河童たちは機械でそんな複雑な事をやっているのか。
「そういうわけでこの製法で作られた鉄は打たれ弱い。言っても鉄だから他の素材に比べりゃ頑丈だが、ある程度頑丈なだけじゃ不安なものがあるだろ?その存在が人間の命を左右する様なやつ。咲夜はすぐわかると思うが…」
頑丈でないと私が死ぬもの。
「武器ね。私ならナイフ」
「その通り」
魔理沙は我が意を得たりとばかりに指を鳴らした。こういう仕草が妙に様になっている。腹立たしいからお尻を叩いてしまおうかしら。
「武器。特に刃物なんかは薄い割に何度も敵と接触するものだから、ちょっと頑丈なだけじゃすぐに折れちまったり、刃こぼれを起こしてなまくらになっちまう。そんな時に役立つのがこの“玉鋼”さ」
「この玉鋼は打たれ強いの?」
「ああ。こいつはたたら製鉄っていうちょっと特殊な方法で作った鋼でな。しかも鉱石からじゃなく砂鉄から製鉄した物だ」
「砂鉄から?」
「たたら!あちきだね!」
「ああ。こいつはその方法のおかげで不純物が限りなく少ない鋼なんだ。だから粘性が高い。つまり鍛冶をするとき叩いてくっつけやすい。それに不純物がごく少量だと鍛造の時に分散、無害化されて鋼がより粘り強くなる。つまりほぼほぼさっきの方法で作られた鋼の上位互換って事だ。」
「たたら!あちき!」
「そんな都合のいいことがあるの?」
「もちろん欠点もあるぜ。まず全然取れない。使った砂鉄の量に比べて取れる玉鋼の量がとても少ない。それから時間がかかる。鉱石から製鉄する作業は一時間もかからないが、こいつは三日かかる」
「三日も?」
「三日もだ。それとさっき言った様に粘性が高いから機械で扱うのには向いてない。河童んとこで試した時には機械が詰まっちまってな…。あいつらも賛同して始めたくせに私だけ大目玉を食らった」
「たたら…あちき…」
げんなりとは今の魔理沙の表情だろう。しかし河童のところにも行ってるのか。魔理沙は私が思っている以上に幻想郷の多くに伝手あるのかもしれない。そうでなければここまで専門的な知識を身につけることはできないはずだ。
「まぁ、いいや。そんなわけで鍛治師ならだれでも喉から手が出るほど欲しいスーパー優秀で激レアな素材。博麗、魂魄ついでに守屋、お偉方々御用達。神事に対魔、祈祷、結界、何でもござれな玉鋼。そいつを霧雨魔法店の魔理沙様が卸しに来たと。それがここに来た理由だ」
「最後で急に陳腐になったわね」
「……ぐすん」
いい加減触れてあげなさい、魔理沙。
「……あのな、小傘よ。何処から突っ込めばいいかわからん様な適当なフリはやめろ」
「だって私の名前がやっと出たんだよ!自分の存在アピールしたかったんだもん!」
「ウザすぎて言及する気をなくしたんだよ」
「ひどい⁉︎」
多々良先生は半ベソで私の胸に飛び込んできた。あらま。
「咲夜ちゃ〜ん」
よしよし。真心を込めて先生の頭を撫でる。作業着で抱きついてくるのはやめて頂きたい。数少ない私服が汚れてしまう。鉄分を含んだ汚れはなかなか落ちないのだ。鉄粉とか血とか。
「聞いてよ!魔理沙ね!あんな偉そうに言ってるけど、たたら製鉄は私が教えてあげたんだよ!」
「おまっ⁉︎」
「あら、そうなんですか?」
「そうなんだよ!魔理沙がねミニ八卦炉?のパプリカ?を作ろうとして、失敗してでっかいのしか作れなかったからね、こういうのに使えそうじゃない?って私が教えてあげたんだよ!」
ミニ八卦炉は畑に成りませんわ。
「じゃあ、先程の知識も多々良先生が魔理沙にご教授されたのですか?」
涙目の先生は首を横に振った。
「ううん。それは魔理沙」
「はぁ。鉄を使った研究をした時があってな。そん時に少しな」
魔理沙は大きくため息をついて、玉鋼の入った麻袋を二つ近くの机の上にのせた。
「とりあえず頼まれた分の和鋼はここに置いとくぞ、小傘」
「あ、うん。今回もありがとう」
先程のべそかきが嘘の様。多々良先生は朗らかに魔理沙にお礼を言った。
「はい。これ。」
「おう」
魔理沙は先生から少々厚みのある封筒を受け取った。
中身が想像通りなら、玉鋼の元値は想像の三倍は高い様だ。
「それで今回はどうだった?特に魔灯籠」
「単価が高いからそんなに数は出てないけど、やっぱりお偉いさんは買ってくね。特に稗田のお使いさんが三丁も買ってくれたよ」
お金渡れば商売はじまりき。本題に入ったようだ。
「屋敷は事務仕事が多いしな。人里はこれから書物も読物も増えるだろから、もっと品数が出る様になる」
「あ、それとゼンマイは続けて出てるからまた入れてね」
「おう。次来た時に持ってくる。それとゼンマイじゃなくて携帯魔力庫な」
「分かりにくいよー、その呼び方」
どうやら多々良先生の工房と霧雨魔法店は継続した取引を行っているらしい。二人の会話は慣れたやりとりであることが伝わってきた。多々良工房(仮)はお客さんが多いのか。こんな里の外れにあるのに。
私はふと思ってブーツに取り付けた鞘から一振りのナイフを取り出した。鈍い銀色に輝く刀身。ハンドルもヒルト無骨で一切の飾り気がない。このナイフは多々良先生に作って頂いた物だ。キッチン周りの備品を入れ替えるため多々良先生に発注した時、あまりに数が多かったので一度紅魔館に住み込みで仕事をして頂いたのだ。その時、先生がお作りになった刃物に惚れ込んで先生に無理を言って作って頂いた。彼女が作る刃物には色がない。この色とは刀身や柄の色というわけではなくて、刀匠の気配という意味だ。誇りある職人は独特の特徴を作品に醸し出すものだが、このナイフにはそれがない。銘すら彫られていないのだ。周到なほど作り手の気配を消して機能性だけを保持している。私はこの“無色”がとても好ましい。自分の色がなくても切ることができる。むしろ色がないほど切れ味が増すのだ。その事実を確認して安心できる。このナイフは私なのだ。
美しさと機能性が共に備わっている。これだけの作品を作り出すことができる。たしかに目利きが効くものなら里の外れであっても確実に足を運ぶだろう。
「あ、咲夜ちゃん。どう?そのナイフ?」
商談は終わったようだ。意外と早い。それともナイフに見惚れすぎていたか。
「素晴らしいですわ」
「そっか。よかった。女の子が持つには無骨過ぎるかもって思ったけど、咲夜ちゃんが持つと似合うんだよね」
「ありがとうございます。私、このナイフの透明さが好きなんです。機能性だけに目を向けた、道具に徹した道具みたいな……先生?」
先生は虚をつかれたかのように呆然としていた。何か失礼な事を言っただろうか?
「多々良先生?」
「……」
「小傘」
ぼっーっとしていた先生の背中を魔理沙が軽く叩いた。
「あ、ん、え⁉︎あ、なに⁉︎」
魔理沙呆れたようにため息を吐いた。
「終わったから私たちは帰るぞ」
「あ、うん。お疲れ様」
魔理沙は少し眉を顰めていたが息を吐いて、少し強めに言った。
「たまには彫ってやれよ。怖くてもそれがお前なんだから」
「………」
返事を期待してなかったのか、答えを聞く前に魔理沙は言った。
「行くぞ、咲夜」
言うだけ言って魔理沙は工房を出た。
「では多々良先生、今日はありがとうございました」
私が一礼すると先生は笑った。
「あ、うん、こっちこそ。咲夜ちゃんも大変だと思うけど何かあったらいつでも言ってね。私にできる事なら何でもするから。」
笑顔で手を振る先生にもう一度礼をして私も工房を出た。
……どうやら気を遣って頂いたみたいだ。魔理沙が引き抜きなどと言ったのも、先生がお嬢様の事に言及していたのも彼女たちなりの励ましだったのかもしれない。相変わらず距離感に聡いヒトだ。今度会う時はお礼の品を持っていかないと。
でもそれだけに気になった。去り際の先生の笑顔は今まで見た中で最も暗かった。
「……誰だって、みんな悩んでるのね」
彼女があえてその話題を避けるのならそれは触れられたくないことで、私が立ち入るべきことではないと思う。魔理沙は今までの積み重ねがあるからこそあえて触れたのだろう。
三歩先で歩く魔法使いの背中は妙に大きく見えた。それが少し悔しかった。
基本誰にでもフラットに接することが出来る多々良小傘。
コミュ力お化けかよ。