メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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episode 5

 

 

私は間違っているだろうか?

人里の表通りを歩きながらぼうっと正面を見て考える。あのまま帰ってしまってもただ悶々とするだけでストレスがたまる一方であるからとりあえず里の中央通りまで戻った。魔理沙がいなくなった途端に私は里の一部と化したようだった。不躾な目線で見られることも少ない。出で立ちが洋風だから奇異の目線で見られることはあるが最近は洋風の店が流行っているらしいのでハイカラさんになっているだけだろう。ただ周りから見て私が里の一部に見えていようとも、私から見ると私自身は異物だった。私は大いに疎外感を感じていた。根無し草になって活気ある人通りを見れば、余計に孤独が増すだけだと随分前に学んでいたのだけれど。孤独は一人の時よりも、周りに他人がいる時にこそ押し寄せてくるものだ。

こんなくだらないことを考えてしまう時点で自分が弱っているのを感じた。孤独を感じるのは人に頼ろうとしている証だ。嘆かわしい。私が間違っているかどうかなど誰が分かるというのか。少なくとも人間は相手が下手に出てればつけあがるし、痛い目を見れば分をわきまえる。獣と大して変わりはしないのだ。そんなことを考えているとふと、以前にお嬢様がおっしゃっていたことを思い出した。

 

「運命ってやつはどうしようもないじゃじゃ馬でね。こいつは我々の状況なぞ知らんとばかりにやりたい放題する問題児だがね。だからと言って周りの人間がお前の運命ってわけじゃあない。運命に逆らうのは愚か者のすることだが、意思を手放すのはただの阿呆だ。」

いつだったかお嬢様は紅魔館に乗り込んできた退魔士の集団を皆殺しにした後そんなことを言った。私は人の言うことを聞くことと運命に従うことの違いが判らなかった。その時、私はお嬢様が自らの運命と信じて疑わなかったしお嬢様の命令を遂行することが運命に従うことだと思っていた。だから一体何が違うのですかと伺った。

「パチェがいるだろう。ああ、お前はあまり会話したことなかったかな。うちの図書館に年がら年中こもってばかりの紫もやしだよ。そうそう。あいつは暗いところで本を読んでばっかりだから視力は悪いし、息も続かない。魔力も知識もずば抜けているのに詠唱ができない。宝の持ち腐れとはまさにあいつのことだと私は常々思うが、まあそんなことはいい。パチェはね、私が“お前の首と胴が泣き別れするか、視線を上げて私と会話をするか選べ”といったときにな、“私の首が飛ぶことが私の意志にどう影響を与えるのかしら。順序が逆よ。意志が体に影響を与えるのであって、体が意志に影響するのではない。その問答はナンセンスね。到底知識人とは言えないわ”って本から一切目を離さないで言ったんだよ。面白いだろ?こいつ初対面でこんなこと言ったんだよ……。ふむ、しかし例えとしてはあまり分かりやすくないな。パチェ、お前はたとえ話としても役に立たないのか。使えんやつめ。つまりだな、意志だけはお前の唯一無二の所有物なんだよ。お前の体も財産も世界に貸与されたものにすぎないが、意志だけはお前が自由に扱っていいものだ。それを他人に預けちゃ何も残らないだろう?お前が自分の意志で運命に従うことを決めたときお前は面白い人間になると、私は思うよ」

 

 

とそんなことを仰っていた。なぜ今思い出したのだろうか。相変わらずよく分からないままだ。お嬢様の哲学の一端でも私に垣間見えるようになったとき、私はこんな無様な姿を晒さなくてよくなるのだろうか。

「おっと」

ぼーっとしていたからか、前から来た人と肩がぶつかってしまった。ぶつかった人物の荷物がいくつか、音を立てて落ちた。

「ごめんなさい。よそ見してたわ」

「いや、すまないね。私もあまり前を見ていなかった」

ぶつかった人物に謝罪し、落ちた荷物を拾う。落ちたのは筆と硯が二十組ほど。二十組も買うなんて余程普段書き物をするのだろうか。紐でまとめてあった筆を拾う。渡そうとしたがぶつかった人は顔が隠れる程の荷物の山を両手で抱えていたので荷物の上にそっと乗せた。

「落ちてしまった筆と硯、上にのせておくわね」

「ありがとう。…ん?君は…」

その人物は首を軽く曲げ荷物の陰から顔をのぞかせた。綺麗な薄い青色の長髪を流した女性だった。

「…確か紅魔館のメイドさんだったかな。なんだ、君も買い出しかい?」

この顔、見た記憶がある。いつだったかの異変のときか。すこし記憶を探ったが思い出せなかったのでやめた。というより紅魔館のメイドと言われることが今は無性に頭にきた。別に彼女に罪はない。というよりほとんど八つ当たりだ。自分が紅魔館を追い出されているのに黙っていることへの罪悪感と自身の友人が人里で出歩けないのに自分だけ歩いているえも知れぬ後ろめたさが処理しきれずに怒りとなって出力しているだけだった。

「ええ。といっても紅魔館はクビになったので今は霧雨魔法店所属ですが」

妙にとげのある言い方をしてしまった。ごめんなさい、いつかどこかで会った誰か。名前も覚えてないのに八つ当たりまでして。私は今虫の居所が悪いからさっさと目の前から消えて頂戴。

「そ、そうか。それは大変だったな。まあ、でも霧雨の道具屋なら店主も気がいいし、すぐに慣れるさ。」

怒ったのに同情までされてしまった。やり場のない怒りでむなしさが増した。

「しかし君みたいな若い年頃の子を雇うってことは彼も思うところが………」

なんか一人でつぶやきだしたので私がどっか行くことにした。

「それでは失礼いたします」

軽く一礼して彼女を越した。

「霧雨マホウ店か…ん?まほう店?まほう…………………魔法⁉魔理沙のか⁉」

さてどうしたものか。段々とこのやり場のない怒りを発散することが優先事項な気がしてきた。八つ当たりにチルノでカーリングでもしようかしら。

「ちょっと!君!待ってくれ!」

私がチルノを投擲する最適のフォームを考えていると何やら大声で呼ばれた。振り返るとさっきぶつかった女性が追ってきていた。

「どうかしましたか?」

「君さっき霧雨魔法店っていったよな⁉」

「ええ、それが何か?」

「霧雨魔理沙が経営してる魔法の森の店で間違いないか⁉」

「そうですけど…」

他に魔法店などという胡散臭いお店があるのならぜひ教えていただきたい。と言うよりもなんなのだ。彼女もその口か。だからと言って態々追いかける程なのだろうか?ぶつかったことに文句を言いに来たのだろうか?と邪推をしていたが次に彼女の口から出てきた言葉は私の予想の斜め上を言った。

「君!もし時間あるのならうちに来ないか⁉」

……ナンパ?

 

 

§

 

 

「どこか好きなところに座っていてくれ。荷物を片付けたらすぐにこちらに戻る。」

名前を憶えてもいない誰かにナンパされ、むしゃくしゃしすぎて「いいですよ」と言ってしまった私は今、寺子屋の教室に通されていた。なぜ寺子屋?寺子屋が自宅兼職場ということか。もしかして彼女は先生なのか。しかし私が朧げに覚えているのは何時ぞやの夜に異変で出会った記憶。教師が異変に出張ってくることがあるのか?幻想郷では常識にとらわれてはいけないと誰かが言っていた気がする。

というか今は昼の真っただ中なのだが、寺子屋の授業はいいのだろうか?生徒はだれもいないみたいだけれど今日は休日?

「申し訳ない。お客をお待たせしてしまって」

対して回らない頭で思考し続けていると、先ほどの大量の荷物をもう片付けたのか彼女が急須と茶飲みをのせたお盆片手に現れた。

「ああ。いえ。お構いなく」

「そういうわけにもいかんさ」

彼女は前の座布団を移動させ、私の向かいに座り静かにお茶を入れた。

「どうぞ。粗茶ですが…って本職に言うと本当に粗茶になってしまうかな?」

彼女は苦笑いでそう言った。

「元、本職ですよ。メイドはお茶くみだけが仕事というわけではありませんが」

「ああ。すまない。皮肉で言ったわけじゃないんだ」

彼女が申し訳なさそうに謝るので、血が上っていた頭が急速に冷えた。そもそも私は何をやっているのだろうか。他人に八つ当たりして、お茶を出してもらったにもかかわらず憎まれ口を返すとは。瀟洒やメイド云々以前に人として失格である。

「ごめんなさい。余計なことを言ったわ」

「気にしていないよ」

彼女は自分の分もお茶を入れると一息ついた。

「ふう」

其の仕草が妙にこなれたものだったので見ていたら、彼女は顔を赤らめて笑った。

「いや、いけないね。年を取ると仕草がそれにつられてしまう。生徒のこと言えないかな」

生徒というのは高齢の生徒ということか?それとも過去に寺子屋を修了した現在の大人なのか。後者だとしたら彼女は幾つなのだろうか。見た目は二十から三十ほどに見える。

「さて、どうしようか。そうだな、まずは互いに自己紹介をしようか」

彼女は佇まいを正して柔らかに言った。

「お互い、まともに話すのは初めてだしね」

ありがたかった。一方的に知られていて私は名前も知りませんだとなんとも気まずい。

「私の名前は上白沢慧音。上下の上に、黒白の白、光沢の沢で上白沢。慧眼の慧に音楽の音で慧音だ。人里で寺子屋を経営している。といってもこっちは副業で本職は歴史の編纂なんだけどね」

「歴史の編纂?」

「ああ。わかりやすく言うと中国の史官だな。この幻想郷で起こった出来事をなるべく正確に、偽りなく纏める仕事だよ」

例えが全く分かりやすくないと思うけれどそれはそれとして。恣意的、主観的な解釈を避けて、事実を記載するということか。確かにそれは重要だし、なんならこの郷でたまに発行している主観的解釈の入り乱れた新聞屋にぜひともご高説願いたいところだが…。

これは妖怪の側からしたら問題ではないのだろうか?事実を記載するということは不明な現象を解き明かすことであり、それは未知への恐怖を失うこと、ひいては妖怪の消滅につながる恐れのある行いである。そもそもそんなことを妖怪の賢者たちがみすみす見逃すはずがない。不安の芽は徹底的につぶしていくのが彼らの大多数の発想であることは、現状のこの郷の在り方が証明している。そもそもそんな食い扶持が稼げなさそうな職が本職でやっていけることが不思議だ。長期的に見れば人間側には多大なメリットがあるが、百年単位でこの郷を生きる人間はいない。そんな長期投資をする余裕と先見の明がある人間がこの里にいるとも思えないけれど。だとすれば投資しているのは妖怪側?妖怪が投資する意味は?利益になるから、そのはずだ。歴史を記載してもらうことが妖怪側の利益になるとするならばそれは………。

「君の自己紹介を聞いてもいいかな」

深く考え込んでいたところで彼女に催促されてハッとする。今の情報を踏まえて彼女にどこまで私の情報を渡していいかある程度計算する。

「私は十六夜咲夜。さっき言った通り前職は紅魔館のメイド、現職は霧雨魔法店の従業員ってところかしら」

無難にまとめた。やはり頭に血が上って必要もないことをベラベラとしゃべっていたことが気に病まれる。

「字面で言うと十六夜は…」

「十六夜の月の十六夜に、夜が咲くと書いて咲夜だったね。十六夜に咲く夜、慎ましい月という意味かな。それとも昨夜とかけて十五夜なのか。どちらにしてもいい名前だ」

「え、ええ、ありがとう」

ほとんど話したこともないのに、そんな人間の名前のスペルまで覚えているのか。

私の驚きが表情に出ていたのか、彼女は苦笑いした。

「職業柄、一度見たことは中々忘れられなくてね。意味を考えてしまうのも同じだ。気を悪くしたなら謝るよ」

「そんなことはないけれど…」

「そうか。ありがとう。これからよろしく、十六夜さん」

「ええ、よろしくお願いします…?」

これからよろしく?普通のあいさつと受け取るにはややこちらに踏み込んできている気がしなくもない。

「おほん」

………?

「十六夜さん、君は霧雨魔法店に勤めているってことでいいんだよね?」

「そうです」

「それはいつから?」

「今日からですね」

「そうか、今日からか」

上白沢慧音と名乗った女性は感慨深くうなずいている。他人を呼んできて、いきなり経歴を聞きたてるのは少しばかり失礼な気もする。なぜ私がそんなことを聞かれなければならないのだろうか。私も律儀に答える必要はないのだが、先ほど八つ当たりをしていた気まずさがあった。それに教師ということは周りの人間に信頼されていることが予想できるので、この人物に不信感を抱かせることは避けるのがベターな選択、という打算もある。

「それで…これはあまり聞きやすいことではないが、聞かないわけにもいかないから申し訳ないけど聞くよ」

「なんでしょう?」

「君は何で霧雨魔法店に勤めることを決めたんだい?」

妙に真剣な顔をして聞くことだろうか?まあ、いい。なんで?なんでというと…

「紅魔館をクビになって丘で野宿していたら魔理沙に拾われた、ってだけですね」

まとめたら一文で終わってしまった。我ながら動機が浅い。上白沢さんも拍子抜けした顔をしている。

「え?それだけかい?」

「ええ、これだけですね」

他にどういいようもない。彼女は目が死んでいた。完全に期待外れみたいな顔をしている。何に期待していたかはわからないけど、まあ期待に添える動機ではないわね。

「………そうか…なるほど…」

彼女は死んだ目で少し考えていたがすぐに姿勢を正した。

「もしかしたら君は今日初めて魔理沙と人里を回ったんじゃないか?」

「ええ。そうです。よく分かりましたね」

「顔に出ていたからね。あった時の様子じゃ、まあ予想通りの結果みたいだけど」

予想通り、ね。彼女はどの立ち位置にいるのだろう。

()()を受けたんだろう」

「ええ」

「君はどう思った?」

なぜこんなことを聞く?彼女は私に何を吹き込みたい?

…考えてもしょうがないか。私は人里の情報も彼女の情報もあまりに乏しい。適当な嘘を取り繕ってあとでメッキがはがれるよりも正直に思っていることを言ったほうが面倒もないだろう。

「…正直に言ってこの里に失望しています。何か理由があることはお察ししますが、ここで生まれた十代半ばの子供に大人全員が揃いも揃ってあんな対応をして、恥を知れと」

これが今の私の正直な気持ちだ。彼らの事情など知る由もないが、私は()()を受けた側だった。

「そうか」

「ええ。そうです。なぜああなるんです?魔理沙が魔導の道に入ったことがこの里の禁忌だからですか?人が知識を求めて何が悪いんです。人が人外のものの技術を学ぼうとして何が悪いんです。人はそうやって外部の者から知識を得て進化してきたことは歴史の編纂している貴方が一番ご存じのはずでしょう。大体人外と接触するのが駄目というのなら、命蓮寺の聖人や霊廟の仙人に群がっている彼らも弾劾されてしかるべきではないですか。博麗神社や守矢の神々を祀る人々と何が違うんですか。皆やってればよくて、彼女一人だとだめなのですか?いったいどんな価値観に基づけばそんな正義が執行されうるのですか?」

魔法は駄目で、神や仏、仙術はいいのか。何をもってそんな判断をしているのか。どの道にも何かしらの危険はあり、倫理にもとる人間が力を行使すれば悲惨極まりない結果につながる。彼女だけがああも目の敵にされるに足る根拠にならない。

「君の主張は最もだ」

「なら……」

「だが君は一つ思い違いをしている」

「思い違い?」

「ああ。魔理沙が里から冷遇を受けていることは誠に遺憾だが、彼女はそれに足るだけの行いをしたんだ」

「あんなことをされるに足る理由とはなんです?」

あの排斥に足るだけの行い?余程のことでない限り、あれは確実に悪だ。

「彼女は魔道に組したために針のむしろになっているわけではない。彼女は()()()をしたんだよ」

 

 

 




「ほれ、どうしたパチェ。体は意思に影響を与えないのだろう?そんなに体を震わせて、知識人ではなかったのかね?ん?」
「っ」
「悪魔に笑われているのだぞ?お前には魔女としての矜持がないのか」
「…ぅ」
「ほれほれほれ!」
「パチュリーさま。仰せつかった書庫の整理は終わりま……なにしてるんです?」
「おお、パチェの奴隷。ちょうどいいところに。ほらお前の主人を快感で染め上げるチャンスだぞ」
「えっと…」
「哀れな悪魔の代償行為よ。人を襲えないからこうやって襲った気になって自分を慰めてるの。乳臭い吸血鬼のマスターベーションに巻き込まれたくなかったら後ろの魔術書をまとめて書庫に運んでおきなさい」
「そんなこと言って、私の吸血能力を生かした肩もみをしなければ貴様の岩盤のような肩はダイヤモンドになるんじゃないのかね」
「血を抜くのは前時代的な対処法よ。血行を良くするだけなら門番のほうが負担が少ない分優秀ね」
「あいつは私の部下だ。つまり優秀なのは私だ」
「古来から他人の能力で威圧を行う主君が有能だった例はないわ」
「つまり私は前例のないほど優秀というわけだな」
「レミィのそのどうしようもない…」

「ほんとに仲いいなぁ」
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