メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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episode 6

 

 

「は?」

今目の前の人物は何と言った?人殺し?魔理沙が?

「掟とか禁忌とか、そんなことの前にもっと根本的な話をしよう。君は君の言った命蓮寺の聖人や神霊廟の仙人がなぜ皆から敬意を集めているかわかるか?」

「突然何を…」

「聞けばわかる。どうだい?何か考えつくかな?」

「…」

「分かりにくかったら君の元主人である紅魔館の主でもいい。スカーレット卿もあの館の住人からひどく慕われているんだろう?」

「もちろんよ」

「彼女はなぜ君たちから慕われるんだ?その原因は何だと思う?」

お嬢様がなぜ私たちから尊敬、忠誠、友情を得ているのか?当たり前すぎて考えたことなかった。なぜだろうか?カリスマ?威厳?それは結果論的な気がする。そういうのは人に慕われているヒトが段々とその環境の中で身に着けていくものであって、そのおかげで慕われるというには説得力が弱い。純粋に力だろうか?私はお嬢様に力がなかったら忠誠をささげなかったか?そうではない。力ある者たちはこの郷にだってたくさんいる。だけれども慕われているものは数えるほどしかいない。知識だろうか?いや知識ばかりの頭でっかちはずっと図書館に籠っていたではないか。私たちになくて、お嬢様にしかないものはなんだ?

難しい顔で考え込んでいたからか、上白沢さんは口を開いた。

「難しいならヒントを上げよう」

「ヒント?」

「人に慕われるというのはあくまで結果だ。受け身で得られるものではなくて、誰かがそれをしなくてはならない。注目すべきは君たちだ」

「私たち?」

「なぜ君たちはスカーレット卿を慕うんだい?」

なぜ私がお嬢様を慕うのか。そんなことは一目瞭然だ。お嬢様は私に恩情を与えてくださった。住処を与えてくださった。服を、知識を、技術を、教養を、そして居場所を与えてくださった。そんなお嬢様に恩をお返して、忠誠を献じて、喜んでくださるのが私はとても…

「幸せだったから」

上白沢さんは私の返答に満足いったのかにっこりと笑った。

「花丸百点だ」

花丸?

「彼らが人に慕われるのは、彼らの行動が人を幸せにしているからだ。君がもし見たことがあるのなら思い出してほしい。彼らのもとにいる人や妖怪は笑っていなかったか?何かに励んでいなかったか?」

前に人里を通った時に命蓮寺から出てきた人々は確かに何か満足そうな顔をしていたように思う。あそこの妖怪たちはいつも騒がしいが確かに笑顔だ。神霊廟では多くの人間があの仙人の下で修業に励んでいると聞く。

「命蓮寺の聖人も、神霊廟の仙人も、紅魔館のスカーレット卿も、神々も同じだ。彼らは君たちに衣食住、居場所、目標、夢、安心、技術、人が求めるものを与えて君たちを幸せにしている。だから彼らは慕われるんだ」

私たちがいつも貰っていて、いつもしていたことなのに全く考えもしなかった。言われるまで疑問にすら思わなかった。

「これが分かってしまえばあとは分かるだろう。逆もまたしかりだ」

逆。つまり嫌われることであり、魔理沙の今の境遇でもある。

「人が求めるものを与えず、嫌がるものを与えれば当然その人間は嫌われる」

「それが今の魔理沙だと?」

「ああ、彼女は人が嫌がるものの中で最も忌み嫌われるもの、“裏切り”を周りの人間に与えたんだ」

裏切り。そしてそれが…

「人殺し」

上白沢さんはゆっくりと頷いた。

「実際には彼女が人を殺したわけじゃないし、誰が死んだってわけでもない」

「それじゃあ、人殺しじゃないじゃない」

「結果的には、だ。彼女は誰に相談することなく、ある実験を行った。その実験は失敗すれば彼女の家族が一族郎党無残な死を遂げる危険を孕むものだった。だが彼女はそれを行った。結果、成功し誰も死ぬことなく彼女の目論見は達成したわけだが、それに彼女の父親は気付いた」

上白沢さんは少し悲しそうに俯いた。

「それで父親は悟った。魔理沙は周りの人間を見捨てることができる人外だと。そして家から追い出した。その悪評が巡り巡って今こうなっている」

なによそれ。

「その、ある実験っていうのは?」

「言えない。それは本人か彼女の父から聞くのが筋だ」

なんなのよ、それ。

「魔理沙は誰も傷つけてないじゃない!今の話が、里全体で大人たちがつるんで魔理沙を排斥していい理由にはならないわ!」

「本当に?」

「当たり前でしょ!」

「じゃあ聞くが」

彼女はまるで妖怪のような気配を漂わせて目を見開いた。

「君はスカーレット卿を殺そうとした人間を紅魔館に住まわせることができたのか?」

「どういう意味よ」

「文献によると吸血鬼は昼間のうちに心臓部に杭を打たれると死するらしい。それが真実かどうかは定かではないがそれをもとに考えてみたまえ」

「………」

「ある夜、君の敬愛していた主人のもとにある男がやってきた。その男は紅魔館に宿泊したいといい、君の主人はそれを承諾した。さて、夜が明けると貸し出していた客室に男の姿がない。不審に思った君が探すとその男は主人の部屋で今まさに主人の心臓に杭を打ち込んだところだった。さて君はどうする?」

「殺すわ」

「ふむ。ではその伝承は事実ではなく、君の主人は死亡していなかったとしよう。そのとき君は男を責めるか?」

「当たり前でしょ」

「男は言った。“私はただ伝承が正しいか知りたかっただけで、殺意はなかった。それに結局誰も死んでいないじゃないか”。君はこの男を責めるか?主人を殺す可能性のあった人間を責めずにいられるか?」

「っ」

「この男がまた紅魔館に宿泊したいといったとき黙ってみていられるか?」

「それは……」

「無理だろう?」

無理だ。できない。もしそれが本当なら私はこの男を確実に殺してしまう。

「それと同じだ。人里の人間にだって大切な家族がいる。そんな里の中で人を殺していたかもしれない人間がいたら、彼らだって自分の妻や子供の安全が脅かされていると考える。なら君が目の当たりにした光景は決して理不尽とはいいきれないのではないか?」

魔理沙を見た途端に態度を変えたあの肉屋の夫婦にも小さな赤子がいた。あの可愛げな子供が害されると思ってしまったら?八百屋も、雑貨屋も、油屋もみな自分の手の中にある大切なものを守ろうと必死だったのだ。今さっき主人を害した男を殺すと言ってのけた人間にどうして理不尽を説くことができようか。

「これでも人里が悪いと思うか?よってたかって子供を排斥する彼らは恥知らずだと言うか?」

言えない。あんなに偉そうに魔理沙に叫んでおいて、私は立場が違えば人里の彼らと同じことをしてしまう。

「もう一度聞こう。君はなぜ霧雨魔法店に勤める?もし君が答えに窮するのだとしたら悪いことは言わない。人里で別の職を探せ。魔理沙には私が言っておく」

私は魔理沙を責める人々を責めることはできない。私も同じであったから。いまそれを自分で証明してしまった。それは誤魔化すことのできない事実だ。

「……私が浅慮だったわ。人の立場になっていなかった。彼らを責める権利はなかった」

上白沢さんの表情はわずかに影を落とした。

「そうか。わかった。じゃあ、私から…」

「でも」

そうだ。私は彼らを責められない。だけどそれは私が魔理沙を責める理由にも、横に立たない理由にもなっていないのだ。

「私が彼らを知らなかったように、彼らもまた私たちの中での魔理沙を知らないわ」

私は知っているのだ。弾幕はパワーだなんだと言いながら陰では隠れて努力する魔理沙。妹様の誕生日を知って、お祝いの花火を打つためにパチュリー様に頭を下げる魔理沙。妖精のいたずらを一緒に謝る魔理沙。霊夢を一人にしたくないと異変に参加する魔理沙。お嬢様の思い付きに手を貸す魔理沙。人間のいない中で力強く生きて、笑って、誰かを笑顔にする魔理沙を人里の人間たちは知らない。

「私には人を糾弾する資格はなかったけど、それでも魔理沙を責めたいとは思わない。なぜなら貴方が言ったように魔理沙もまた多くの妖怪を幸せにしているから。人はそれを裏切りというかもしれないけれどそれは狭いものの見方よ」

上白沢さんの瞳が大きく開く。

「確かにあなたたちは里にいたころの彼女をよく知っているのかもしれないけど、私は里から身一つで飛び出して、成長したたくましい彼女を知っている。魔理沙の努力も魔法も大して知らないくせに知った風な口をたたかないでもらえるかしら。不愉快よ」

彼女の口が引くついている。怒っただろうか。別にいいわ。怒るなら怒れ。

「君は自分の言ってることが無茶苦茶と気付いているのか?」

「論理が何よ。貴方が私になにを言わせたいか知らないけど、白黒つけたいなら閻魔様にでも頼みなさい。私は魔理沙を友達と決めた。彼女の下で働くと私が決めた。何か文句あるかしら」

周りが何を言おうと結局は自分で見て考えて決めるしかないのだ。だったら私は今まで私自身の眼で見た光景と自分の直感を信じたい。文句があるやつは捻りつぶす。

上白沢の口の痙攣はみるみる大きくなり、突如爆発した。

「そうか!そうか!あっはっはっは!」

「………」

彼女目に涙を浮かべ嬉しそうに笑った。

「そう言ってくれる奴を待ってたんだ!いやぁ良かったなぁ、魔理沙!今日は良い日だ!ははは!」

………………は?

「ふぅ。いやなに、意地の悪い質問をしたのは謝るからそんな怖い顔をするな」

「説明ぐらいはしてくれるんでしょうね」

「もちろんだとも。だが……」

彼女は寺子屋の窓を見て、にやっと笑った。

「私が説明するより、聞いたほうが早いだろう。咲夜、君は少し裏に居なさい」

彼女は言うなり私の手を取って寺子屋の裏手にある事務所のような場所に私を引きずり込んだ。

「ちょっと少しくらい説明を…」

彼女は口元に人差し指を立てた。

「まあ、いいから。ここなら表の声が聞こえるから少し聞いていなさい。声は出しちゃだめだぞ」

「話はまだっ」

彼女はそのまま襖を閉めて表のほうへ出て行った。

どういうことよ。

困惑していると扉をたたく音が聞こえた。

コンコンコン。ココンコン。コン。

コンコンコン。ココンコン。コン。

一定のリズムで規則正しく。まるで符丁だ。

「ああ、今開けるよ」

引き戸をガラガラと引く音がした。

「よく来たな、魔理沙」

「センセイも元気そうで何よりだぜ」

 

 

 




神出鬼没のお嬢様や妹様への不満は愚痴りにくいので、溜まった使用人のフラストレーションが図書館からでないパチュリーに向けられている説。
館の主はそれを笑ってみていると思います。
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