メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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episode 7(前編)

 

 

いつもの符丁で恩師の家の扉をたたく。ここは表の寺子屋と隣接した平屋で、裏手から寺子屋に入ることもできる。

こんこんこん。ここん。こん。

こんこんこん。ここん。こん。

これは昔、私が寺子屋に通っていた時センセイと決めた内緒の合図だった。私は小さい頃からいうことを聞かないクソガキで、大暴れをしてよく親父を怒らせた。そういう時はたいてい家を放り出され、行く当てのない私は決まって寺子屋に来た。そしてこの合図をたたくとセンセイは困ったように笑って私を中に入れるのだった。実際は、センセイは親父に連絡をしていたんだけど。一夜明けて寺子屋に訪れた親父にカンカンに怒られギャン泣きする私を先生が慰めるまでが一連の流れだ。うーん。今思ったんだが私ガキの頃と大して変わっていない気がするぞ。

「ああ、今開けるよ」

奥から声が聞こえてすぐセンセイは顔を出した。

「よく来たな、魔理沙」

「センセイも元気そうで何よりだぜ」

いいや、センセイの笑顔が嬉しそうだから少しは成長しているかもしれない。

「今日は帽子かぶってないんだな」

「あー、まあね。そういう気分」

「ふふ。そうか。さあ、入ってくれ」

「お邪魔します」

ん?

「センセイ」

「なんだ?」

「誰か来てるのか?」

「ああ、さっきまで生徒を教えていてね」

「私、入って大丈夫か?」

人が来ているなら私はいないほうがいい。今日はアリスの変装もしていないから生徒たちに見つかるのも困る。

「いや、大丈夫だ。その子はさっき授業が終わったところだからな」

「うひゃあ。センセイ今日、夜間授業の日だろ?頑張りすぎだよ」

「なに。迷っている生徒の背を押してやるのが教師の仕事だ。あの子たちの助けになれるのは今しかないからな。できることはやっておきたい」

そういう真っ直ぐなところは今も昔も変わらない。あと見た目も全く変わらない。センセイ年幾つだよ。

「真面目過ぎだぜ。こりゃあ今日もお手伝いしないと私の気が休まらんね」

「いや、それは困る。魔理沙にはただでさえ色々な苦労を掛けているのにこれ以上頼るのは…」

「私は若いからいいんだっつーの。可愛い教え子が先生の力になりたいって言ってるんだからそこは有難く頂戴するのがマナーだぜ」

「…ふふ。まったく、お前は昔から可愛げのある生徒だったよ」

「お、やっぱり?」

「ああ。ダメな子ほど可愛いというからな」

「ひっでえ」

軽口をたたきながら奥の居間に通される。

おっとこれは忘れないうちに渡しとかないとな。

「センセイ。はいこれ。」

私は懐からそれなりの厚みのある封筒を取り出しセンセイに差し出した。そしてセンセイの顔色が曇る。これも毎回だ。毎度律儀だねえ。まあ、そんなセンセイだからやってるってのもあるけど。

「魔理沙。貰っている私が言えたことではないが毎回持ってこなくてもいいんだぞ」

「いいんだって。寺子屋で朝昼晩構わず、人にもの教えるなんて私じゃ絶対無理だからな。私は私にできることをしたいんだ」

「そうはいってもな。これ、そこらの大人の月給の三倍はあるぞ」

「私は商家の娘だぜ?商売のノウハウはちっちゃいころから叩き込まれてるって」

技術があるし、里に限らず幻想郷の其処いら中で商機を見ては物を売り込むのはとても楽しい。性に合っている。努力していないわけではないが嫌なことをやっているわけではないのでいろいろはかどる。

「それに教育には金がかかる。金が要るところにはしっかり使ってもらわないと私が困るぜ」

人にものを教えるには人に施設に道具に時間。多くのものを必要とする。そしてそれには莫大な金がかかる。だが若い人間は希望だ。あのちびっ子たちがちゃんと物が考えられるようになるためなら安い出費だぜ。

「む、それはそうだが…」

といってもセンセイの顔は晴れない。うーむ。これは本格的に説明しないと納得しないか。

「なあ。センセイ。私は今一番すべきなのは後進の育成だと思ってる」

「急にどうした?」

「先生はいろいろ言っても納得しないだろ?でもこれは今の私の後ろめたさから生まれた行為じゃなくて、本当にやりたいことなんだ」

私の雰囲気を悟ったのか先生は姿勢を正した。いやあ、そんなに真面目に聞かなくてもいいんだが。

「私は馬鹿なことをして里を追い出された身ではあるけど、あれは里と決別するつもりでやったわけじゃない。あれはいつか確実に災禍を引き起こす呪いだった。誰かがやらなきゃいつか霧雨の関係者は全員そろってお陀仏してた。」

実際はお陀仏で済めばマシなほうだ。霊夢の話じゃ、体だけじゃなく魂までばらばらに引き裂かれる可能性もあるらしかった。だからと言ってあいつは私のやろうとしていたことに対しては全面的に反対していたけど。

「誰かがやらなきゃいけない。その危険性に気付いた誰かがやらなきゃいけなかったんだ。でもそれは私の家の中の話だけじゃない。この幻想郷にも同じことが言える。この郷の構造はいびつだ。こんなこと、私よりセンセイのほうがよく分かってるかもしれないけど」

「そんなことはない。文字通り飛び回ってこの郷を見たお前にしか見えない景色もあるだろう」

センセイは首を横に振った。さすがだぜ。私がセンセイを尊敬する理由の一つはこれだ。センセイは話をするとき常に私たちと対等な目線であろうとしてくれる。自分は私たちみたいなガキより多くのことを知っているはずなのに、そんな私たちからも何かを得ようと同じ目線で話してくれるのだ。ただの大人じゃこうはいかない。彼らは“私は人生の先輩だからお前に教えてやろう”という態度がどこかにじみ出ている。プライドなのかもしれないが、あの空気を醸し出すようになったら成長は止まると思う。

「そうかな?まあ、実際飛んでみてわかったことは、人里は鳥かごの中ってことだぜ」

「ふむ。鳥かごか」

「人里は妖怪たちが不干渉を決めた地帯と体面上は言ってるけどあれはそんなに生優しいもんじゃない。博麗も稗田も恐怖と信仰を養殖するために使われてるシステムの一部に過ぎなかった」

「…言ってみろ」

「恐怖にはまず未知が必要だ。人間が対象に恐怖を覚えるのはその対象に何か得体のしれないものを感じるから。具体的に何かを知っていれば対処法も確立できるし、対策も打てる。分からないから怖い。怖いから怯えるし、平伏して崇め奉る。つまり妖怪が存在するためには大なり小なり人間の“分からない”が必要だ」

「………」

「でも人間だって怯えてばかりじゃない。こいつらの中には一定数、危険を顧みず未知を暴いてやろうってバカがいる。そういう馬鹿によってつまびらかにされた結果、妖怪は自分の本質を暴かれて消失に至る。妖怪と人間のやり取りはそれの繰り返しだ」

つまるところ奴らの本質は“自分が本当はなんであるか知られていない”ということなのだ。

「だけど妖怪の中にも頭の回るやつらはいて、賢い奴らこう考えた。この馬鹿をなんとかできれば私たちは自分の存在を暴かれることがなくなり、より強くより安定させることができるって。それで次にこう考えた。未知だと考えるから彼らは動くのだ。なら我々の手で既知にしてやろうじゃないかって。そうして出来上がったのが博麗で、選ばれたのが稗田だった。賢い奴らは稗田を使い、あえて自分たちの情報の一部を公開した。人間たちに妖怪は対策が確立された既知の存在と思い込ませるために。そして博麗を使い、あえて自分たちを退治させる技術を徹底的に仕込んだ。人間たちに妖怪は対処できる存在と教え込ませるために。」

これをやれば人間の恐怖は薄れていくが、それは最初だけだ。肉を切らせて骨を断つ。目先の利益ではない。損して得取れだ。

「そうして安心した人間は段々と妖怪に対して具体的な対応を取らなくなる。頼めば稗田が教えてくれるし、博麗が退治してくれるから、動く必要がないんだ。でもこれは彼らを守る壁になると同時に彼らの視界をふさぐ目隠しの役割も果たしてしまった。妖怪はよく分からないけどお偉いさんは知ってるし対処もできる。妖怪を直視しなくなった彼らの考え方はだんだんと変遷して行って最後には、壁の中なら安全だけど壁の外に出ると危険だ、という図式に固まった。ここで話は戻るけど、人間が恐怖を感じるのに必要だったものは?」

「未知だな」

「そう。この図式はまさに妖怪が未知であることを強調する図式だ。だけどそいつを暴いてやろうって馬鹿がほとんど出てこなくなった。なぜならすでにその未知を暴き、脅威から身を守ってくれる稗田、博麗という存在がいるから。こうして人間の身を守る壁と恐怖を生むための目隠し、その両方を人間に持たせることができた妖怪はより強くよりたくましくなりました。…というのがこの幻想郷のシステムにたいして私なりにまとめたことだぜ」

さて、どうかな…?

「六十五点、だな。及第点には届いてる」

まじかよ。

「厳しいな⁉これでも結構信頼のおける文献見つけ出して、片っ端から漁ったんだけどなあ」

センセイは瞼を閉じ、あごに手を当てて何かを吟味するように頷いた。

「ああ。幻想郷の生い立ちの実利的な面、その問題点はよくまとまっていると言えるな。お前のフィールドワークの賜物だろう」

「じゃあ、残りの三十五点は?」

「話にお前の主観と態度が入り混じりすぎている。創作物ならそれでもいいが歴史を伝えるならより客観的な立場で事実を話す必要がある」

「うーん、なるほど」

「それと私の心配だ。あまりそういう態度は表に出さないほうがいい。一人間が何を言ったところで相手にされないとは思うが、余計なリスクは負うべきじゃない。」

「あー」

「あまり心配させるな」

「…すんません」

センセイの困り顔が出てしまった。やっぱり私はまだまだ未熟だ。

「それで?お前はこの郷の問題点を見て、何を考えた?どうしたい?」

「………私はこの幻想郷を変えたいと考えてる。今の大人たちは妖怪と博麗に依存しきったこの状態にあまりにも無自覚だ。偏った均衡はいつか必ず崩れる。そうなったときこの郷の多くは消えてなくなると思う」

こんな歪な形でないと保てないのが今の幻想郷なのだ。それが全て壊れたら妖怪たちはほとんど消えてなくなるだろう。この郷の多くの人間も生きていけるか怪しい。生き残る数より野垂れ死にする数のほうが圧倒的に多くなるはずだ。それに何より博麗だ。博麗は壁であり、目隠しであるがそれと同時に不満のはけ口でもあった。里の人間の不満が高まった時、生じた不安を解消させるためにも博麗はいる。妖怪の行動で誰かが倒れれば罵倒され、誰かが死ねば石を投げられる。あいつは「これも仕事よ」と冷静に言っていたがそれがどういうことなのか私は今知っている。あいつだって人間なのだ。いつまでも耐えられるわけじゃない。このいびつな均衡があいつのパンクで崩れるなんて未来は見たくない。

「それが嫌だから私はあんな馬鹿なことをした。家族を命の危険に晒したし、多くの人からの信頼を裏切った。でも誰かがやらなきゃいけない。誰かがやらなきゃ私の周りの人間がほとんど死ぬんだ。なら私がやるべきことは家督を受け継いで、結婚して、周りの人間だけを笑顔にすることじゃない」

「お前以外にも動く人はいるだろう?ただの商家の娘だったお前が動く必要はあるのか?動くにふさわしい奴がいるんじゃないのか?」

「そう言いつづけて誰も何もしなかった結果が今の幻想郷だ。それじゃダメなんだ。何も変わらない。確かに私には霊力はないし、神々の血筋ってわけでもない。才能がてんでないから、理論体系のしっかりした魔法に頼るしかなかった。でも変わりがいる私みたいな凡人が動くことに意味があるんだ。そうじゃなきゃ誰も後に続かないだろ?」

再現性がないとダメなんだ。あいつにできたんだから俺にも、私にもって思わせないと意味がない。

「だから私はそのために動く。人里には誰に依存することなく妖怪たちと対等に渡り合っていく力をつけてほしい。チビたちにも周りを見て自分で考えることのできる人間になってほしいと思う」

それに今しかない。郷を変えるには今この時が絶好の機会なんだ。人間のくせに人里を離れ、寿命の短いちっぽけな人間風情が妖怪たちの間を渡り歩いて一つだけ気付いた事がある。変化に疎い妖怪には気づけないであろうこと。おそらくほとんどの妖怪が気づいておらず、妖怪の賢者ども、あいつらのような知性か、半端なく鋭敏な感覚でもない限り決して気づかないだろう大きなターニングポイントが迫っている。この事実を知っていることが私の唯一のアドバンテージだ。

「だから!センセイは胸を張ってこのお金を受け取ればいいんだよ!」

私はセンセイの胸に封筒をたたきつけた。

「む、それとこれとは話が別だ。大体お前に寺子屋の講師までしてもらっている以上、お金を払うのはむしろ私の立場で」

「だぁー!もう!今のは“そうか、ありがとう”とか“成長したな、魔理沙”とか言って教え子の成長をしみじみと感じながら優しい眼差しで封筒を受け取るところだろうが!」

「理科や高等数学はお前じゃないと教えられん。できないことをやってもらっているのだからそれなりの対価をだな」

「この堅物が!」

真面目ちゃんか!と思ってたら私の頭の上にセンセイは手を乗せた。

「成長したな、魔理沙」

「あ、え、うす」

「あの暴れん坊の女の子がそんな考えをできるようになったなんてな、先生は誇らしいぞ」

急には反則だぜ。照れちまう。

「だが?人を誑し込む能力も成長したようだな?」

誑し込む?

「なんのことだよ?」

センセイはニヤニヤ笑みを浮かべていた。

「話によると、どうやらお前は昼間っから綺麗なメイドさんを連れてデートをしていたらしいじゃないか」

「げ」

「そういうのは先生誇らしくないぞ」

耳が早すぎる。今日のことだぞ。里の連中どんだけ暇なんだよ。私は追い返しておいて私の噂はたらい回しか!クズどもめ!。

「そういうんじゃないって。あいつはただの従業員。今日のは仕事の研修がてら連れてきただけ」

「従業員?雇ったのか?」

センセイが妙にうれしそうなので非常に訝しい。

「雇ったつーか拾ったつーか」

「その子も寺子屋で講師をするのか?」

「いや、しない。あいつ辞めたし」

「そうか…辞めた⁉」

うおっ。びっくりした。急に大声を出さないでほしい。

「いや、そんなに驚くことか?」

「す、すまん。だけどお前、本当にやめたのか?」

「まぁ、退職届は懐に入れとくって言われちゃったしなぁ」

そういや貰ってないな。いや、私が気づいてないだけでもう入ってるのか?

「言われちゃったって、いつだ?」

「今日。ここに来る前。」

「今日⁉お前ここに来てる場合か!」

「だから急に大声出さないでほしいぜ」

「ちゃんと話せばまだ引き留められるかもしれんぞ!」

「うーん…」

それはそうかもしれないけどなぁ。

うだうだ悩んでいたらセンセイの目が急にすわった。あ、これやばいわ。デジャヴ。小さいころ怒られる前にこの目何度も拝んだわ。

「魔理沙。お前がそうぐだぐだと話を逸らすのは何か隠しているときの癖だ。何があったか話せ。さもないと………」

「喧嘩しました!言い合って気まずいのが原因です!」

センセイは腕を組んで眉間にしわを寄せた。やべえ。角が見える。下手なことすると私の頭が真っ二つに割れる。マジで。

 

 




慧音の進路指導教室。
進路指導って生徒の希望を引き出しつつ、現実の厳しさも教えて、最後は歩みだせるように背中を押してあげなきゃいけないんですね。相当なバランス間隔がないとできることじゃないと思います。先生って凄いな。
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