話すって言っても何から話すべきか。うーん。
「おい…」
先生が幽鬼のようにゆらゆらと。怖っ。
「いや!話す!話しますから!」
「じゃあ早くしろ…」
「…ただあいつとは雇った時が初対面ってわけでもないので何から話すべきか…」
まじでどっから話せばうまく伝わるかわからん。
「はぁ。とりあえず、私の質問に答えてみろ。そこから話も広がるだろう」
センセイは溜息を吐いた。おなしゃす。
「そうだな。君とその子はどこで知り合ったんだ?」
どこで知り合ったかって言うと…
「紅霧異変の時に。私が異変解決に紅魔館に向かって、パチュリーの図書館で会った」
「つまりその子は」
「紅魔館で唯一の人間である十六夜咲夜」
センセイはあまり驚かなかった。いくら私が人里との親交が浅いとはいえ、紅魔館から引き抜いたっていえば少しは驚くと思ったんだけど。
「お前から見てその子はどんな人間だ?」
どんなかぁ。
「一言で言うと瀟洒。とにかく何でもスマートで。流れるようにこなしちまうすごい奴」
「天才的ってことか?」
「天才…とは少し違うかな。天才は霊夢みたいに自然体で何でもかんでもやっちまう奴だと思うけど咲夜は、こう、洗練されてるイメージだ」
鍛造を重ねて無駄をそぎ落としたナイフ、みたいな。
「ふむ。じゃあ、瀟洒だから雇おうと思ったのか?」
「そりゃあ」
頷きかけて私は動きを止めた。
………本当にそうか?私は今まであいつをどう思ってた?そりゃ、すごいとは思っていたが特別つるもうと思うほど身近に感じていたかと言われれば首をかしげざるを得ない。なのになぜあの時、触媒を探していた夜に偶々丘に上がって、偶々焚火してる阿呆なやつを見つけて、偶々咲夜だったときなぜ私は家に招いたのか。ほっとけばいいだろ。あいつは私が助けなくても自分で何とかするだろうし、できる実力もある。それなのになぜ?
多分、焚火の前で柄にもなく落ち込んでる姿が人間臭かったからだ。咲夜はすごい奴だったが所作が完璧すぎて近寄りがたかった。間違いも失敗も一つも許してはならない。そんな空気を醸し出していた。張りつめていたと言い換えてもいい。だから遠巻きに見て凄いなとは思ったが話しかけることはあまりなかったと思う。あいつに話しかけられることは何回かあったが。だけどあの夜、主人に捨てられた完璧人形は心細そうにぼんやりしていて少し投げやりで、勘当されたばかりの私みたいだった。それでああ、こいつも人間なんだなって腑に落ちたんだ。そしたら今まで話しかけられたことだったり、たまにこっちを見ていたことにもあいつなりの意思表示だったのかも、とか妙に分かった気がして、こいつといたら面白いんじゃないか?って私は思ったんだ。多分。
「あいつが不完全で、人間臭かったからだ。こいつといたら何か変えられるんじゃないかって」
センセイがふっと笑った。
「じゃあ、最後に、君とその子は何で喧嘩したんだ」
何で喧嘩って。私の現状をみて、あいつがキレて、委員会に殴り込もうとして、私が止めて、
それで………
──何が大丈夫よ!あんなこと言われて大丈夫な人間なんか要るもんですか!
──少なくとも!私は大丈夫じゃなかった!
──それで今、私の友達が、目の前で理不尽な暴力にさらされていて!それを助けようとして何が悪いのよ!
………そうか。私は知らず知らずのうちに咲夜を傷つけていたんだな。私はあいつの過去を知らないけど、あいつも似たような境遇を経ていてあいつなりに私に手を差し伸べていたんだ。それを私がばっさり切り捨てたもんだから………
そっか。あいつのイメージを固めていたのは私か。人間臭いからって手を伸ばしたのに私自身があいつに完璧人形を押し付けていたのか。
「こりゃあ、私も里の大人たちを笑えないな」
私は勢いをつけて立ち上がった。
「センセイ!やることができた!申し訳ないけど今日は手伝いなしでいいかな!」
「ああ、構わないとも。お前はお前のやるべきことをしなさい。ほら」
私は先生が差し出してくれたいつもの三角帽子を受け取った。
「ありがとう!次の講義は盛大な実験を用意しとくから待ってろってちびっ子たちに言っといてくれ!」
「ああ。楽しみに待ってるよ」
センセイが微笑んでみているのが少し恥ずかしかったが顔のほてりも、今は気持ちがよかった。
ん?そういえば私、帽子持ってきてたっけか?
§
魔理沙が駆け出していく音が裏手の部屋にも響いた。
「そういうことだ」
上白沢さんはゆっくりと襖をあけて部屋に戻ってきた。
「魔理沙も十分に人を幸せにしようとしている。ただ規模が大きすぎて誰も実感できないだけなんだ」
「幻想郷の崩壊を止めたいなんて、馬鹿げた話ね」
この幻想郷がどれだけの頭脳によって保たれていると思っているのか。高々十年ちょっと生きただけの私たちに何ができるのか。
「本当にそう思うか?」
だけど魔理沙ならやってしまえる気もする。鳥かごの中からでもこの郷の全体を見渡そうとした彼女なら。
私の表情を見た後、彼女は笑った。
「君も魔法にかけられたみたいだな」
「遺憾ね」
他人を動かす魔法か。多分どんな高名な魔法使いでもこの魔法においては彼女には及ばないだろう。そしてどんな力もこの力を持つ者にはかなうまい。もしかしたら魔理沙は本当に偉大な魔法使いになるのかも。
「もし君が魔理沙の現状に憤りを感じているのなら、彼女を支えてやってくれないか?善悪も論理も飛び越えて魔理沙を信じるといった君だからこそ頼みたい」
今、口から出ようとしている言葉。これは私の意志だ。運命に翻弄されて、良いように弄ばれてきたけれども、それでも守り抜いたもの。でも同時に裏切りになるかもしれない。私の人生の中で唯一居場所を作ってくれたあの赤い館。これは彼らに背を向けることではないのか。
何が私の運命か。それを見定めるために必要なものは反骨心ではない。諦念でもない。おそらく、覚悟だ。
§
妙に胸が高鳴っていた。こんなに興奮するのは私が初めて魔法を使ったとき以来だ。初めて人と向き合えるかもしれない。周りのしがらみも押し付けもなく、私は私のままで、あいつはあいつのままで話し合えば、私が一番最初に諦めた“仲間”が得られるかもしれない。そう思うといてもたってもいられず、私は飛ぶ速度をさらに上げた。箒に前かがみでまたがりさらに速度を上げる。自分で制御できる速度を超えていたが構いやしない。こちとらそんなことを言っている場合ではないのだ。
「見えた!」
私の家だ。今はいち早くあいつと話したい。ものすごい速度で家が近づいてくる。今までこんな速度で飛んだことがないから距離感が全くつかめねえ。
「って!やば!これ止まんねえ!」
咄嗟に魔法で結界を張る。その直後、轟音と共に私は家にぶつかった。壁を貫き、家具をぶち壊し、いじくった空間が元に戻り、元に戻った余波で更に飛んだ家具が私の真上に落ちたところでやっと音が静まった。
「痛ってぇ…」
感情の赴くままに魔法は使ってはいけない。改めて認識する。
「って、咲夜は⁉あいつまさかこの家具の山の下敷きになってたりしないよな」
とっさに振り返り天井以外が無事だった青空玄関を見るとそこに彼女が使っていた靴はなかった。
「はぁ」
安堵のため息をつく。よかった。…いや、待て。良くない。全然よくない。そうだよ。私ばっかりはやってたけど、そもそも咲夜が帰ってくる保証なんてどこにもないじゃないか。あんだけ好き勝手言い合って、それであいつの家でもないここに帰ってくるなんて考える方がどうかしている。紅魔館に行ったと考えるほうがまだまともだ。
「馬鹿か私は。とにかくすぐ探さないと…。って抜けねえ!このタンスこんな重かったか⁉」
倒れてきた箪笥同士が私のおなかの上で三角アーチを作っている。おかげで腹はつぶれてないがこれでは動けない。
「仕方ねえ。マスパで消し炭にしてや…」
「どうしたのよ、これ」
私の頭上で声がした。
「んぁ?」
間抜けな声で見上げると件のメイド様が紙袋を両手に抱えて立ち尽くしていた。
「襲撃でもあったの?」
「あ、ああ…いや、魔法の実験?的な?」
なんて言っていいかわからず、取り繕った言葉がとっさに口を出る。
「…店を半壊させるような実験はもっと適した場所でやるべきだと思うけど?」
「…まったくその通りだぜ」
「はぁ」
彼女は倒れた机を片足で器用に立てて、その上に紙袋を乗せた。
「それは?」
「食料とか雑貨とか、これからしばらく必要になりそうなものよ」
「そ、そうか。結局買ったんだな」
「ええ。取り急ぎ他にも必要そうなものが今できたけど」
呆れたように咲夜は周りを見渡した。
待て待て。私はこんなどうでもいいことを話したいんじゃない!いや、どうでもよくはないが今はどうでもいい!なんだ、さっきまで話すべきことが山のように溢れていたのにいざ目の前にすると全部逃げやがる。どうなってんだ。ん?ちょっと待て。咲夜はいま“これからしばらく”と言ったか。それはつまりこれから短期間この店では、という意味ではないのか?
彼女はこの店で働き続けると言っているのではないか?
「なんで…?」
私のつぶやきに咲夜は溜息を吐いた。
「……私は、私がやろうとしたことが間違っていたとは思わない」
「…」
「ただ貴方がやろうとしていることも間違っているとは思えない」
「…」
「どちらかが正しくてどちらかが間違っている、二者択一で考えることが間違いだったのね。誰かを幸せにするのに選択肢が一つなんて、何もかも足りてないわ」
咲夜はこちらに視線を向けていた。その目は力強かったけど里で平手をした時より淡い色をしている気がした。
「私は今までいつもだれか一人のために生きてきたけど、それじゃダメなのよ。それは意志の放棄で、私の運命じゃないんだわ。選択肢を絞るのは後なのよ」
「…」
「だから魔理沙、貴方がやろうとしていることを私はサポートしたい。誰かのためじゃなく、みんなのために戦うことを、私にもやらせてくれないかしら」
咲夜の眼の光が少し揺れる。
そうだ。私も私の思い込みじゃなくて、咲夜自身に向き合うと決めたのだ。なら今の咲夜の迷いとも向き合うべきだ。
「いいさ!咲夜!私はお前が最後まで私の隣で戦うことなんて要求しない。もしお前が紅魔館の連中のところに戻りたいなら、途中で放り捨てていい。人里の連中を認められないなら守らなくてもいい。私に愛想が尽きたなら尻を蹴り上げたっていい」
そうだ、要求するんじゃなく受け入れろ。世界を変えたいなら、まずは自分が変われ。話はそれからだ。
「それでもいいからさ!取り合えず幻想郷、ひっくり返してみないか?」
その問いかけで初めて咲夜の顔にはっきりと迷いが生まれた。ああ。それでいいさ。私はお前が迷うことを否定しない。
「いつか私は貴方と対峙するかもしれない。貴方がやろうとしていることを止めようとするかもしれないのよ?それを認めていいの?」
「ああ。いいさ。お前が完璧人形じゃつまらないだろ?私は人としての咲夜と一緒に戦いたい」
咲夜瞳を大きく見開いた後ゆっくり笑った。
「……そう。ありがと」
おお。
なんだよ。
「こりゃあ役得かな」
素の咲夜と今初めて出会った気がする。そんなことに気付けたことも少しうれしかった。
自然と口角が上がった私の肩に、咲夜は優しく手を置いた。
「それじゃあ、お言葉に甘えるわね」
「おう…?」
甘える?
咲夜はにっこり笑った状態から大きく上体をひねった。そして捻った力をすべて腕に乗せ私のおなかにボディブローをかました。
「ふんっ!」
「んぼっ⁉」
まったく予想していなかったためマジにおなかにめり込んだ咲夜の拳は肺の空気を外に掃き出し、胃の中のすべてをかき回した。
く、苦しい…腹が…
私はおなかを抑えて無様に這いつくばった。
「な、に、すん…だ…」
見上げた彼女の笑顔は今までで一番笑顔が輝いているように見えた。
「人里で貴女から貰った平手の一撃、まだ返してなかったでしょう?それなりに痛かったから一発は返しておきたかったのよ」
「いや…あれ、ひらてだろ…」
明らかに威力が違う…
「女の子の顔に傷をつけるわけにはいかないじゃない?」
「おなかだってな…だいじなものが…つまってんだぞ…」
「大丈夫よ。傷を残すようなへまはしないわ。安心して苦しみなさい。」
人としてのお前ってこういうことなの?なんか違くない?というかなんだよ、その技術。それなら苦しませる必要なくね?ねえ?おこなの?おこ?
「これからよろしくね、魔理沙」
「お、おう。よろしく、咲夜」
なんでも受け入れるのは良くないかもしれない。すべてを受け入れるって残酷だ。
「そういえばお前に私のしたいことなんて話したっけ?」
「それ」
「帽子?帽子がなんだよ」
「ありがとね」
「おう…?」
「そういうことよ」
「?」
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※以下本編に関係しない挨拶です。
というわけで第1章終了です。ここまで付き合ってくださった方、ありがとうございます。少しでも私の中の幻想郷を楽しんでいただけたのなら幸いです。また評価や感想を下さった方、ありがとうございます。とても嬉しいです。
最終回みたいな空気ですが特に終わりません。
序章なのに慧音回になってしまった気がしてならない。
(勝手な個人的解釈なんですけど、魔理沙と咲夜って、家族を捨てた/捨てられた、だったり、能力を持っている/持っていない、だったりで対称的なのに霊夢やレミリアみたいな才能の塊がいるせいで置いていかれる恐怖から努力せざるを得ないみたいな境遇が似てる気がします。そのせいか妙にそりが合うとかだったら嬉しいな。)
もっとこの二人の斜め上を行ってしまう、ずれた友情を伝えたかった。次回こそは…
次は彼女たちに妖怪の山でひと暴れしてもらいたいと考えています。
やりたい放題にするんだろうなぁ、この二人。
次の話を書いてて思ったんですけど私の中の幻想郷では、射命丸が滅茶苦茶に性格悪いですね。精神が腐りすぎて逆に新鮮まである。
多分5〜6月くらいに投稿するのでもし興味がある方はお読みいただけるなら幸いです。またその間に小話が一つぐらい追加出来れば、と思っているので今回の話で琴線に触れた部分があれば感想などで書いていただけると参考になるので嬉しいです。
ではありがとうございました。