僕は仕事が嫌いだ。
別に働いたら負けとかそんな駄目人間みたいな事を言ってるのではなく、その間、母さんと離れているのが嫌なんだと子供ながら憤った。
「いつもありがとうございます、風谷さん。」
顔馴染みの保育士の言葉にお母さんは親指を上げると一気に跳躍してはすぐに見えなくなる。
僕のお母さん、風谷 寧香《 ねいか》はヒーローをしていて、いつも日が落ちてから迎えに来る。
ヒーロー名は疾風ヒーロー トルネイカ。
個性は風を操って、相手を切りつけたり、風の浮力で空を舞ったりと何度か見せてもらったが、その姿はとてもサマになっていた。
ヒーロー界隈でも2桁台のnumberを持っていたりと人気も実力もあるのよと母が自慢げに言ってたが、半信半疑だったので、周りに聞いてみたら、似たような事を言ってたので凄い事なんだろうけど、だから忙しいのかと納得してしまい、ずっと一緒にいたい僕としては少し複雑だった。
「凄いよね、終那君《 ついな》のお母さん。
昨日もヴィランを二人捕まえたって聞いたよ!」
「あ...うん。そうだね。」
緑髪の少年、緑谷君は捲し立てるように話かけてくるので、頷くだけで手一杯だ。
緑谷君は友達で無個性仲間だ。
物心も付いて、周りが発現している中、自分と同じように何も変化が無かった。
一応、僕も病院に行ったけど、厳密には無個性では無いとの事らしいので少し遅れているだけ、との答えをお医者さんから貰った。
正直、ヒーローになりたいとは思って無かったので、別に無個性でも特に問題は無いけど。
「僕もいつかヒーローになって、オールマイトみたいに悪い奴を捕まえるんだ。」
「……」
緑谷君の言葉に僕は黙り込んでしまう。
それが無理難題と理解していたから。
検査した日の帰りに母さんと無個性について話した。
母が柄にもなくとても驚いてたから気になったし、聞きたい事もあった。
「お母さんは僕が無個性だったら、駄目かな?」
「駄目じゃないわよ。ただ無個性だったら、ヒーローになるのはとても難しくなっちゃうの。
ママもパパもヒーローだからちょっと残念。」
母の声色は変わらずだったが、表情は沈んでいた。
...けど、緑谷君にそんな事、言う訳も無く、何より彼の勇気と優しさは本物だから。
「なれるよ、きっと...緑谷君なら。
ヒーローにも詳しいし、爆豪君から助けてくれたしね。」
「ボコボコにされたけどね......ありがとう、終那君。」
緑谷君はそう言って、小さく笑った。
今日も変わらずお母さんは僕を幼稚園に預けるとすぐに仕事に向かう。
その日も何ら変わらない平凡の日だと思った。
思ったけど。
「な、何!?」
突然、地面が揺れたと思うと遠くから破砕音が響いた。
その方向に目を向けるとビルが丸く削り取られたように欠けていて、炎が爆発と共に噴き出している。
「避難勧告が出てるわ!先生方は園児達を集めて下さい!」
園長先生の指示で先生が園児達の手を引くと送迎用バスに乗せていく。
「終那君、早く行こう!
さっき、ニュースを見たらとても悪いヴィランが出たみたいでヒーローが戦ってるみたいだけど、苦戦してるみたい。早く逃げないと!」
手を伸ばす緑谷君に僕は彼を見据える。
「緑谷君、この近くを守っているヒーローって僕のお母さんもいたりするかな?」
「え?...トルネイカの所属事務所は近いし、多分...あ、待ってよ!」
僕は駆け出していた。
テレビにはヒーロー負傷の文字が大きく表示されていた。