お母さんはそこにいた。
だけど、僕のお母さんは確かにそこに倒れて、今も虚ろな目を空へ向けていて、その胸には鮮やかな鮮血で彩られている。では、このお母さんは何なのか?
僕は嬉しさと困惑で声が出ず、唸っていると黒服の男は埃を払いつつ立ち上がる。
「いや、オカルトなんて信じてないが、これは存外考えを改める必要がありそうだね。」
「オカルトって?」
「君のお母さんのようなモノのことだよ。
幽霊だろう?ベタだが、足も無いしね。」
男の言葉に足を見ると確かに足は無い。
母の顔を見上げるといつもと同じように笑みを浮かべていて、僕は目頭が熱くなり、顔を伏せた。
「母さん、僕....あっ。」
僕が何か言う前にお母さんは優しく抱きしめられた。
『大丈夫、終無は何も悪くない。怒ってないよ。』
感覚は無いけど。
でも、この心を満たす暖かい物は、声は本物だ。
例え、触れなくても、お母さんはここにいて、心は繋がっている。
もう離れない、ずっと一緒だよ。
「もういいかな?」
男の声に顔を上げると炎が視界いっぱいに広がり、僕を包みこもうとするもその合間を縫うように空中へ避けるとお返しに風の刃を飛ばす。
「無駄だよ。」
刃は男に届く前に火の玉と相殺される。
黒服の男はこちらを見上げながら、興味深げに呟いた。
「特異な個性だ。
私のように個性を奪うだけじゃない.....こういうと陳腐だが、さながら思いと個性を受け継ぐと言った所かな?」
「僕の個性...?幽霊じゃないの?」
「あまり真に受けて貰っても困るよ。
まだ小さいから仕方ないかもしれないが、勘違いしたままだと話が進まないから説明するよ....まず、さっきの反応を見て分かった事だが、あまりに動きが拙い。仮にプロヒーロートルネイカが戦ってるとして、これは杜撰としか言えない。
そして私が加減せずに本気で個性を使ってたら、最初の一撃で終わっていた事を考えるに君へ個性が譲渡されたと考えたよ。君の個性は発現したばかりで上手く扱えてないのが何よりの証拠さ。」
「じゃあ、このお母さんは一体何?」
「君の記憶を元に構成された残留思念体とでも言えばいいのか、私に聞かれても困ると言うのが本音だよ。」
それもそうだ。
自分ですら分からないのに、他の人に分かる筈無い。
でも、この男の考えは間違って無い気がする。
確かに攻撃も回避もお母さんがやったと思ったけど、改めて考えてみると自分が動かしてた気がする。
「じゃあ、お母さんは偽物...?」
『それでもいいじゃない。』
お母さんが頭を撫でてくる。
『終無の気持ちはどう?もしお母さんが本物じゃないならその気持ちは無くなった?』
「ううん、あるよ。」
『なら、それで良いの。あなたの気持ちは本当、私が終無とずっと一緒にいるのも本当、大切なのはそこじゃない?』
お母さんの言葉に大きく頷く。
そうだよ、例え男の言っていたように偽物だとしても関係ない。お母さんはここにいる、それで僕は満足しているならそれで良いんだ。
「話はまとまったかな?私には聞こえないみたいだが、受け入れられたみたいだね。」
男がこちらに近付いてくる。
「分析はこれくらいにして、そろそろ行こうか?」
君は見逃すには惜しい。
呟きとともにおとが消えたと思ったその刹那、背後から大きな影が伸びていた。
「させんッ!」
ドガンと大きな衝撃音が響き、僕に目の前にもう一つ大きな影ができたと思うと彼は黒服の男の変形した拳を拳で受けていた。
「私が来たッ!」