市場の賑わいは王子の心を躍らせました。民衆の活気は光り輝 く原動力に満ち溢れ、宮中では味わう事のない自分が一個人の 光にすぎない事に実感せざるおえない事に、奇妙な共同使命と 安心感をそこに感じておりました。 ふと振り向くとなにやら一際人が集まっていました。王子は屋 台から出るとその人混みに混じり、人々が目をやる先を覗き込 むと、なにやら女が箱を三つ使い曲芸を披露しておりました。 箱を箱で挟み次々に入れ替えていくその鮮やかな手捌きに王子 は一喜一憂、他の民衆同様手を取って喜びました。
「大道芸ですか」
後ろから退屈そうに鴻飛(フェイフォン)はお腹をさすり眺め ていました。 女が芸を終えると民衆はこぞって女に詰め寄ります。王子も詰 め寄り声をかけました。 「実に素晴らしい芸であった、今度是非父上にも見て頂きたい と思う」 そうは言うものの人だかりに声は届かず、握手を求めるも女は 目を丸くし苦笑いを浮かべ相手にしませんでした。
「駄目ですよ王子、ちゃんとお金払わないと」
後ろから肩に手をかけられ王子は振り返ります。
「かね?」
王子は首を傾げました。
「そうですよ、こいつ芸やって飯食ってんだから」
「そ、そうか・・・鴻飛金を出せ」
「はーん、金払うの?」
「そうだ、宮中で父上にも見てもらう」
「ふーん、でも王子自ら話つけなくっっても俺がやりますよそ んな事」
「まて鴻飛、お前興味ないだろう」
「え?あー」
「興味のないお前が金の力を引き出せるとは思えん。お前の適 当な交渉術で適当な芸を父上に見せるわけにはいかん」
「うーんなるほど・・・でも王子はあの人だかりの中、ちゃんとお 金の使い方ができますか?」
鴻飛の言う通り、女を取り囲む人の群は尋常ではありませんで した。
「・・・そうだなここはく宮中ではなかったな、鴻飛あの女とはな し・・いや食事がしたいと呼んでまいれ」
「えー食事?あんな目がつり上がった茶色い女やめといたほー がいいって、女は色白でおしとやかでなんにも出来ねーのが一 番だって。私は一人でも立派に生きていけますよって気が強い 女はやめといたほうがいいよ」
「うるさい!いいから早く呼んでこい」
「はいはい、バカだねーまったっく」
「なんか言ったか!」
「別に」
そういうと鴻飛は手前の男の肩に両手を置き飛び上がると、男 の上に逆立ちした状態から更に宙返りし女の前にあぐらをかい てお金を見せました。 女ははじめ驚きましたが、にっこりと微笑むと鴻飛のお金に手 を伸ばしました。 すると鴻飛は女の差し出した手を引き寄せ立ち上がり、その反 動で女は両膝をつきました。
「飯が食いたい」
鴻飛は左人差し指を女の額に押しつけ言いました。 女は目をつり上げ立ち上がろうとしますが、鴻飛の人差し指の せいで立ち上がれません。
「駄目だよ先生その娘さんいじめちゃー」
聞き覚えのある声に鴻飛は振り向きました。 女は鴻飛が振り向いた瞬間足払いをかけますが、鴻黄かるく ジャンプしてかわします。
「あっ惇(トン)さんじゃねーか。こないだの人参効いたっ て、陽(ヨウ)の婆ちゃん喜んでったけよ」
鴻飛は鳥篭をもったオジサンに歩き出しました。 女は立ち上がり背中、足、頭を抜き手、前蹴り、肘と攻撃しま すが紙一重で鴻飛に届きません。
「そうでしょうそうでしょう、谿嘩(ケイカ)の人参は有名で すからね」 「あれ谿嘩のやつだったけ」
「そう言ったじゃないですか」
「谿嘩の人参っていやあそこ今大変なんだてな・・・」
女は攻撃を続けますが鴻飛は足を組み替え体裁きでことごとく かわしながら話を続けました。
「牛かー牛はやっぱり肉だろう。馬力いや牛力かな、ってさっ きからあぶねー女だなオメーはよー」
鴻飛はそう言うと女の足刀を掴みました。かわすことも出来ま したが、オジサンの喉元に入りそうだったのです。 女は体を捻らせ逆の足で鴻飛の頭をねらいます。鴻飛は掴んだ 足をほおって攻撃をかわしました。
「あたったら痛いでしょう」
女はうつ伏せで着地し、前転すると立ち上がりざま両足を大き く開き蛇型長手の構えをとりました。
「蛇使いか、あの曲芸も蛇拳っぽかったな」
女は右に左に鴻飛の目や咽に抜き手を放ちます。鴻飛は足を引 いてかわしていきます。 女は抜き手から肘に攻撃を変えスピードを上げます。鴻飛は斜 に構え女の右側を回りながら下がり左の人差し指と中指を揃え 女の肘に指を置いてゆき、間合いを詰めると手首と肘をクロス に掴み更に間合いを詰めて、逆に女の腕をクロスにして腕の自 由を奪いました。
「散打しか取り得のない蛇型長手は、捕まれたりこう密着した 状態じゃ手が出ない」
女は後ろに下がり両腕を大きく回しふりほどきました。 「右に左に間合いを取れば当たらない、間合いを詰めれば手が 出ない」 鴻飛は女に詰め寄りました。
「先生」
「うん?」
オジサンの声に振り向いた瞬間女は両腕か掌底を鴻飛の胸に放 つと、鴻黄は吹き飛びました。
「いってーなコノヤロ」
「先生、おやめくださいあの子は耳が聞こえないのです」 オジサンは二人の間に入り鴻飛を止めました。 「あん、俺はなにもやってねーよ。あの女が勝手に手出しして きたんじゃねーか」
「ですから漣華(レンファ)ちゃんは耳が聞こえなくて・・」
「耳がどうした馬鹿野郎、障害者は無条件で何してもいい何て ことねーだろ。惇さん見て見ろあの悪そうな面構えきっと悪い ことをしに来たに違いねー。オイ女お前耳が聞こえねーって本 当か?」
鴻飛はオジサンを言いくるめると手話を交えて漣華に語りかけ ました。
『だからどうした』
漣華は鴻飛の問に顎を上げ手話で返しました。
「だからどうしただと。なんかむしょーに腹たってきた。いい か蛇女、女のくせに拳法家気取りしてんじゃねーなんだ女だて らに大股開いて恥じらいってものがねーのか?恥じらいっても のがよー耳が悪けりゃ顔も悪いおまけに頭も悪いそんな可哀想 なお前に同情してやってるだけだ、ついでに俺様もお情けで金 払って飯食わしてやろーっていう慈悲深い仏の鴻飛さまに拳を あげるとはどういう了見だい。なぁそうだろうみんな」
と最後に民衆に問いかけましたが、みんな冷たい視線で鴻飛を 見つめていました。
「鴻飛いい加減にしろ!」
「誰だ!」
「俺だ」
「おう・・!・お・お・あんたか」
王子の登場に鴻飛は言葉がつまりました。 王子は身分を隠していましたので、鴻飛はおおっぴろげに王子 と人前で言えないのです。
「耳も聞こえない娘さん相手に拳法をふるって情けない」
「ふるってねーって、ふるってるのはあの女ほら今も構えたま まで臨戦態勢やる気満々って顔に出てるじゃねーか」
漣華は以前蛇型長手の構えをとかず鴻飛をつり上がった目で睨 んでいました。
「うん、しかし女だ」
「ああ女だ」
「しかも耳が聞こえぬということだ」
「そうみたいですね」
「お前はなんだ」
「はー?」
「お前は女子供など弱いもの虐めをするただのチンピラか?」
「はー?」
「鴻飛お前は医者だろう女の耳を治せ」
「はー?」
王子の言葉に鴻黄ならずとも周りにいる人々全員が王子の顔と 鴻飛の顔を見比べました。
「拳法がうまいのは充分自慢できただろう、本業の医術を見せ て見ろ」
「えー?」
「出来ぬのか?」
「いや・・・診てみないとわかんないけど・・・」 「出来ぬのか?」
「だから・・・う・うーん・・・」
「はーよい、硅胤(ケイイン)に診てもらう」
「親父に?!」
鴻飛は眉を細め王子の顔を見つめました。
「それはいい。硅胤様の鍼灸術なら間違いない」
「硅胤様の鍼灸術でうちの爺様のリュウマチも治ったしな」
「小僧の怪我も二日で綺麗に治った」
「俺なんか長年の腰痛が一回で消えただ」
人々は口々に硅胤の鍼灸術の話で盛り上がりました。
「針なんかその場しのぎの痛み止めであんまり役にたたねーつ うの。しかも怪我なんかぜってー治んねーし」
鴻飛口を尖らせうつむきました。
「そう言うことだ鴻飛話をつけてこい」
「え?俺が?」
「そうだ、出来るんだろ?手話」
「出来るけど・・・」
「じゃ行ってこい」