5年後の春と2分の1の君   作:クルスロット

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 出店で買った野菜とベーコンを挟んだパンを片手に、レインは、王都を散策していた。隅々まで舐め尽くしたスクラップブックの文字と地図を頭の中に浮かべて、事件現場を見て回る。体力はある。これでも剣で名を立ててきた。魔物を殺してきた。地図や情報の暗記もその過程で身につけた。

 

 「……美味い」

 

 それに、このパンも美味い。ベーコンと野菜のボリュミーさが堪らない。咀嚼する度、空っぽだった体力が充填されていく。レインは、包み紙をくしゃっと丸めて、おかわりを抱えた紙袋から取り出す。こっちは、トマトとチーズに薄切りハム。甘酸っぱくてしょっぱい。美味しい。

 靴底で、石畳を鳴らしながらレインは、既にいくつかの犯行現場を見回っていた。殺人事件から誘拐未遂。人通りが多いとは言えない路地裏からこんなところで? と驚くほど人通りのある通り。事件からかなり時間が経っているのもあって、別段、何も見つかってはいない。

 一度、どころか何度も調べられているであろう場所ばかりだ。元々レインも期待はしていない。

 それでも何か無いかと調べずには、居られなかった。元々、手がかりなど無いのだから。

 

 「食べ歩き、か」

 

 リリーは、食べ歩きは、行儀が悪いって、よく怒られたな。レインは、齧った拍子に出てきたトマトの果肉を落ちないようちゅるっと吸い取る。ああ、そうだ。トマトといえば……。

 

 『リリー、またか?』

 

 『……いいじゃない。トマトあんまり好きじゃないの』

 

 『大きくなれないぞー』

 

 『ぐ……! べ、別にトマト一つでそんな変わるものじゃないもん!』

 

 『食事の最中に、大声は行儀悪いぞ』

 

 『こ、こんなときに限って……!!』

 

 「ふふ……」

 

 思い出し笑いをしていると鐘が鳴った。そろそろ昼も過ぎて、夕方に差し掛かってくる。日もかなり傾いてきた。もう少し回っておこうと強姦事件のあった薄汚れた路地も背中を向け、人の声の方、表の通りの方へ。

 嫌いなもの、か。リリー、あの子。ああ見えて多かったからなそういうの。ピクルスとかも駄目だったなぁ……。

 

 「っと……!」

 

 路地から出ると共に、右からきた衝撃に、レインはたたらを踏んだ。どすんと近くで、何か重いものがいくつか落ちて、散らばる音をレインは聞いた。音の方に目をやると尻餅をついた少女が一人。黒地に、金糸の幾何学模様をあしらったローブをまとい、中には、ワイシャツと膝丈のスカート。ウェーブした長い栗毛がローブを覆っている。長めの前髪が瞳を隠しているのもあって、幼く見えた。 一瞬、コートの下の腰に手を伸ばす。そこには、リリーがいる。緩衝材を詰めた箱をさらに柔らかな布と羽毛で包んでいる。外から優しく触る。問題なさそうだ。

 

 「ごめん。大丈夫?」

 

 「大丈夫、です。ごめん……なさい、急いでて……。け、怪我とかしていませんか……!?」

 

 「ああ、大丈夫。これくらいで怪我するほどやわじゃないし……そっちこそ大丈夫?」

 

 つまりつまり話す彼女へ落ちた本を集めて、レインは、手渡した。

 

 「あ、あ、すみません。ありがとうございまっ……!」

 

 本を受け取って、お辞儀をしたかったのか勢いよく立ち上がった少女は、バランスを崩したのをレインが受け止めた。理由は、すぐにわかった。

 

 「捻ってるね。痛い?」

 

 「は、はい……とっても……い、いやそんなこともないです……!」

 

 「無理しなくていい。送るよ。魔導学院の学生でいいよね?」

 

 「あ、え? そ、そうです、けど……」

 

 「本もそうだけどそのローブ確か、魔導学院の生徒のでしょ。見覚えがある」

 

 リリーが引っ越す前、彼女の部屋で見せてくれた。本と女の子らしさが同居する部屋の真ん中で、くるっと回って、嬉しそうに笑う彼女の姿をレインは、くっきり思い出せる。

 

 「歩ける?」

 

 「あ、歩けなくは……いつ………」

 

 「無理そうだな。おぶるよ」

 

 「え!? で、でも、そんな……だ、大丈夫で、きゃ……!!」

 

 「遠慮しなくていいよ。あたしが前方不注意だったのもあるしさ。助けさせてよ」

 

 面倒くさくなったレインは、ぐっと腰を掴んで、両腕で持ち上げた。いわゆるお姫様だっこだ。普段から鍛えているレインからしたらこの少女は、あまりにも軽かった。ちゃんと食べてるんだろうか。

 

 「えーっと、学院の方でいい?」

 

 「え!? あ、あ、あー…………はい、大丈夫です、です……」

 

 「了解。どっち行ったらいいんかな。案内してよ」

 

 王都自体は、何度か来たことがある。だけど約束もあるし、何より観光じゃなくて仕事。広い王都を回る暇は無かった。学院に足を運ぶこともなかった。

 そんなこんなで、右と左、真っ直ぐと少女の指示に従いつつ、レインは、一つ重要なことに気づいた。

 

 「そういえば名前、聞いてなかったよな。あたしは、レイン。君は?」

 

 「ソフィア、です。」

 

 「……レインさんは、冒険者、ですよね? お仕事は、いいんです……?」

 

 「あー今、休職中なんだよ。王都で、友達を探してるんだ」

 

 「お友達、ですか……」

 

 「そっ」こくりとレインは、頷いた。「あたしの一番大切な友達。今どこにいるのか分からないんだけどね」

 

 「行方不明、なんですね……。大変です……」

 

 ソフィアの前髪の隙間から見えた髪色と同じ栗色の瞳がやや曇った。どうやら本心からのようだ。いい子だね。レインの中で、ソフィアへの好感度が上がった。

 

 「なんて、お名前なんです……?」

 

 「ああ、魔導学院の生徒なら知ってるかもしれないな。リリー・エーデルワイス。あたしの親友なんだ」

 

 「リリー……リリーさん……ごめん、なさい……。僕、あんまり……詳しくなくて……」

 

 「ああ、いいよ。気にしていない」

 

 ちょっと嘘。いや、かなり。一つでもいいから情報があればいいなと少しばかり期待していた。自分の学校に詳しくないってなんだ? レインは、疑問が浮かんだがとりあえず置いておくことにした。

 

 「あ、そこの通り出たら目の前です……。王都広いですよね。僕も中々、慣れないです。だから、その……」

 

 もごもごと口を動かしてから意を決したように、ソフィアは、口を開いた。

 

 「僕も、その手伝いたいです。僕もお友達が一人いるんですけどいなくなったらとっても悲しいです……」

 

 「気持ちは、ありがたいが……危険なことになるかもしれない。そんなことに、今の今、知り合った君を巻き込むわけには行かない。だから気持ちだけ受け取っておく」

 

 「……分かり、ました」

 

 ソフィアは、しょぼんと目に見えて、意気消沈してしまった。悪い事しちゃったな……。どうしよう。とレインがうーんと言葉に悩んでいると。

 

 「あ、す、すみません。レインさん。通り、過ぎてます」

 

 「へ? ああ! ごめんごめん」

 

 言われて気づいたレインは、足を止めて、目的地のまどう学院の方を見ると「おおー」と感嘆の声を上げた。

 女としては、身長の高いレインよりもかなり背の高い鉄柵の向こう側には、よく手入れされた庭園があった。丁寧に刈られた芝生に、花壇に咲き誇る季節の花々は、鮮やか。入り口の門から続く煉瓦が敷かれた道の先には、大小の円を重ねた噴水が水を上げ、その奥に、校舎であろう建物が見える。

 白を基調とした四階建ての立派な館を正直、レインは、校舎だとは、思えなかった。どこの金持ちの館だよと思って、

 

 「魔法使いは、金持ちだったな……」

 

 「? どうかしましたか?」

 

 「あ、いや、なんでもないよ。門から入ればいいか? 確か寮があるんだよな。そこまで送るよ」

 

 「え、えっと、その……そこまでしてもらうのは、悪い、ですし……」

 

 「いいよ。ここまで来たんだから最後までエスコートさせてよ」

 

 「……そ、それなら、よろしく、お願いします……」

 

 ふっと笑って、Uターン。門へと向かいながらレインは、また魔導学院の校舎へと横目を向けた。

 リリーの居た場所。五年の歳月をかけて、学んできた場所。彼女は、ここから街に消えた――というのがサイロの話だ。

 レインも彼に、確認はしていないが渡された資料などからも魔導学院内についての話が一つとしてなかった。元々の報告が魔導学院からなのだから疑わないのは、おかしい。……魔導学院自体は、国営であるし生徒一人の失踪に絡んでいるとは考えがたいが。

 その辺り含めて、サイロ本人に、聞きたいところではあるがこの際だ。

 

 ――自分の目で、確かめてみよう。

 

 レインは、そう内心呟いた。

 

 

 

 +++ 

 

 

 

 「……凄い部屋だな」

 

 「あ、はは……ご、ごめんなさい……」

 

 本が一面積まれていた。ドアから出入り口のベッドまで真っ直ぐ道があって、その両脇を高い本の柱が所狭しと並んでいて、部屋を埋め尽くしていて、床が見えているのは、生活に必要なエリアで、最小限だ。

 控えめに言って、人が生活するには、ちょっと厳しい空間だ。レインには、かなり厳しい。本の圧迫感に耐えられる気がしない。いつ崩れるか気が気でない。

 

 「と、ごめん。一冊蹴った」

 

 「だ、大丈夫です……」

 

 レインの踵に当たった赤い革23-+9*表紙の本がしゃっと床を擦って、彼女の視界の端を滑っていく。足元が見にくいから中々かわせない。思わず渋い顔になる。

 魔導学院の寮にあるソフィアの部屋へとレインは、やってきていた。正面から見えていた校舎の裏手に、校舎に負けずと劣らない寮があった。四階建で、校舎と似たデザインをしている。建築家が同じなのだろう。

 

 「とりあえず、医療セットとかあるか? もしくは、治療系の魔法使いは?」

 

 「い、いえ……。あんまりお友達とかいなくて……。一階に、寮長室があって、そこなら医療セットがあると思います……」

 

 「なるほど。あたし、行ってくるから待っていてくれ」

 

 「み、右の階段を下って、い、一階左手の隅にありま、す……!」

 

 ベッドの上から背中を叩くリリーの声に、手を振った後、レインは、白い壁と等間隔の窓のある廊下を木張りの床をかつかつブーツで鳴らして行く。静かな廊下だ。他の生徒はいないのだろうか。レインは、そう思いながら廊下を歩いていて、理由に気づいた。

 

 「春季休暇。通りで人気がない」

 

 掲示板の張り紙には、休暇期間が記載されていた。ちょっと大胆にしても見咎められる事は少なそうだ。

 

 「さて、どこから手を付けたもの……って、決まっているか」

 

 そう最初は、リリーの部屋だ。ソフィアの部屋を見るに、この寮は、基本一人部屋だろう。春季休暇で、人も少ない。探し回っているところを見つかったとしても迷ったという言い訳も通じなくも無いはずだ。

 外観からして相当に広い。寮長室に、医療セットを探しに行っているという後押しもある。

 ……推測や希望的観測が入り混じっているがこんな機会早々無い。行くぞ。ふんすとレインは、覚悟を決めた。

 ドアには、部屋番号、入室者名の刻まれたプレートがある。すべてを回れば見つけられなくも無いだろう。

 

 「流石に、そんな時間は、なさそうだけどさ」

 

 広いというのが分かっている以上、悠長にも出来ない。さくっと行くべきだ。意を決したレインは、階段を下る……。

 

 「あった」

 

 一つ下の階にあった。さっきまでの下りはなんだったのかと肩透かしを食らったが見つからないよりマシだと済ますことにした。階段を下って、踊り場から二つ隣。プレートには、〈リリー・エーデルワイス〉。

 周囲を見回す。人気はない。ドアノブに手を伸ばした。鍵は、かかっているだろうと思うが念の為。

 

 「……開いてるな」

 

 少し開けたドアをゆっくり押して、慣性に任せて開けた。

 部屋の中は、やけに暗い。昼間とは思えないほどに、暗い。暗闇に、目が慣れるのを待とうかとも考えたが開けたまま棒立ちで、部屋を覗き込んでいる部外者は、百パーセント怪しい。

 後手で、ドアを静かに閉じてからレインは、暗闇に目を慣らしながら部屋の奥へと踏み込んで、何かが彼女の爪先にあたった。

 

 「これって……」 

 

 手に取ったのは、見覚えのある本。赤い革表紙の本。

 

 「ソフィアの部屋で、蹴ったやつだな」

 

 何故これがここに? 別の本と勘違いしている? 共通の教科書? ぺらりと開いて、それが何かをレインが理解した時、腹の底がすっと冷たくなった。まさかこれは。

 

 「嵌められた」

 

 レインの視界に広がる闇が一気に拡大した。逃げる前に、足が床に広がっていた暗闇の中に沈み込む。残った体も端から瞬く間に、塗りつぶされた。眼球や鼻、口にも天井から降り注ぐ闇が流れ込み、全身内外が黒く染まる。

 

 

 

 ――意識が落ちる(ブラックアウト)

 

 

 

 数秒かそれ以上か落下し続けていた意識がようやく着地した。暗闇が引いていく。しかし、手足は、自由にならない。喉奥から這い出ていくおぞましい感覚に、レインは、吐くような咳が強く出る。どうにか落ち着かせて、呟く。

 

 「……やられたな」

 

 罠だった。どこで仕掛けられたのか誰が仕掛けたのか。レインが考えを巡らせる必要はなかった。

 

 「え、へへ……」

 

 眼前、闇に慣れた瞳は、ここがどこで、誰が居るのかを理解した。レインは、椅子に縛り付けられていた。闇が手足を椅子の肘置きと足に固定している。周りには、天井まで届く本の山がある。天井は見えない。おそらくそれが窓を隠して、光を届かせていない。

 いや、それだけでは、ありえないほどに深い闇が濃く降りていた。

 ベッドには、少女――ソフィアが腰をかけて、嗤っている。無明の中、彼女だけが嫌にくっきりと視認が出来た。

 

 「起き、た」

 

 「どういうつもりだ。ソフィア」

 

 「ふへ、へへ……。どういう、つもりもないよ。だって、僕に会いに、来てくれ、たんだよね?」

 

 「は? 何を意味分かんないこと……」

 

 「意味わかんなくないよ?」

 

 どうしてレインが分からないのか不思議そうに首を傾げたソフィアに、レインは、苛立ちを募らせる。肘掛けがみちりと鳴った。青筋が額に浮かぶ。細い眉の間に、皺が寄る。

 

 「ね?」

 

 「それっ……!?」

 

 銀色の液体が詰まった小瓶に、ソフィアは、愛おしげに頬擦りをしていた。視線を下ろす腰からリリーがいなくなっていた。

 

 「返せ……!! 今返せば、何もしないから……!!」

 

 「ふふ……。先輩、ちゃんと、連れて、きてくれたんですね。嬉しいです……へへ……」

 

 「……嘘ついたのか」

 

 「嘘じゃ、無いです。ドッキリです。先輩、が驚かせたいって、言ったから」

 

 「さっきから意味が分からないことを言ってッ! 早く返せ!」

 

 必死なレインの様子がやはり理解できていないソフィアは、しょぼんと残念そうな表情を浮かべた。

 

 「……先輩。レイン、さんなんだかとっても怒って、るので、ドッキリ、終わりにしま、しょうか」

 

 とぼとぼと振り返って、ベッドの方へ歩いていく――とベッドがソフィアの足に触れるか触れないかで、霧散した。まるで最初から無かったかのようだ。ローブの裾を床すれすれで揺らしながら、小さな背中がレインから遠ざかっていく。

 

 「どこに――「どこにも、行って無い、です」――ッ!!」

 

 レインの背後から声が聞こえた。どうにか後ろへ首を向けるとソフィアが居た。もう一つ、視界の端に人影が見える。目を凝らしてもよく見えない。闇と角度が悪い。かつりかつり。二人分の足音がして、姿が顕になる。

 

 「え……?」

 

 文字通り、息が止まった。

 

 「はい、ドッキリ大、成功ー……で、いいん、ですよね? 先輩」

 

 ソフィアが伺うように見上げる。視線の先には、金髪のロングヘアに、真っ白な肌と整った顔立ちの青空みたいな瞳の少女。ソフィアと同じ魔導学院の制服とローブを身に着けている。背は、ソフィアより高く、レインより低い。

 

 「ふへ、そ、そうですよね? レインさん、とっても驚いて、います、しね」

 

 「リ、リー……?」

 

 カラッカラに乾いた口を動かしてやっと出た言葉は、自分のものと思えないほど掠れていた。

 

 「はい。リリー、先輩です、よ」

 

 ソフィアが肯定する。けれどレインの瞳は、そちらに向かない。リリーを凝視している。久しぶりに見るけれど変わらない青を湛えた瞳。

 

 「リリー……!!」

 

 ――……いいや、違う。空っぽだ。涙ぐんだレインは、彼女を呼ぶ。虚ろの空がぼんやりと焦点が合わないまま、虚空を見つめる。声は、届かない。

 

 「久しぶ、りって、先輩、言ってます」

 

 「少し、黙れ」

 

 温度の消えた声がソフィアの笑顔に、叩きつけられた。同時に、鉤爪のように広げた左手がその笑顔を浮かべた頭を床に叩きつけた。遅れて、闇をかき混ぜるように、疾風が吹く。

 レインだ。恐ろしい形相を浮かべた彼女は、闇の縛めを力づくで引きちぎっていた。痛々しい傷跡が両手両足にある。構わない。痛みを遥か彼方に置き去りにした彼女は、右手を振り上げ、ハンマーのように後頭部へと叩きつけた。

 嫌な音がした。その間、リリーは、微動だとしない。見向きもしない。虚ろな空は、ただそこに在る。

 

 「へ、はは……酷い、です」

 

 元の形を失って、動かなくなったソフィアが先程のベッドのように、霧散した。レインの背後で、闇が蠢き、ソフィアを形作る。

 

 「でも、僕、そういうの、効か、ないです」

 

 「……知ったこっちゃない」

 

 ゆらりと振り返ったレインは、絶対零度の声を吐き出す。 

 殺意が走る。レインの体が限りなく低く、地を這うように疾駆した。目標は、無論、ソフィア。呼応するように、ずるずると闇がソフィアの周囲を蠢き、回転する。関係ない。レインは、一足一刀の間合いを零にした。

 ――レイン・エインヘーリアは、偉大なる魔法使いになると約束した親友(リリー)と胸を張って、並び立てるように強くなった。何よりも強く、誰よりも強くなるべく走り続けた。晴れの日も、雨の日も。嵐の日も、雪の日も。来る日も来る日も今まで走り続けてきた。

 そして、ようやく道が交わり、隣り合うはず……だった。

 

 「死ぬまで、殺す」

 

 夢見た未来を汚され、憤怒に駆られる(レイン)は、きっと誰よりも何よりも恐ろしいだろう。

 

 「ふふ、大丈、夫です。先輩」

 

 にたぁと三日月型に、ソフィアは、唇を歪めた。

 

 「ちゃぁあんと、レインさんも仲間に入れてあげますから」

 

 

 

 +++

 

 

 

 「ひひ、ふへ「黙れ」――――ひっ」

 

 何度目かの踏みつけだった。数えるのも止め、飽きるほど骨を砕く感触を味わった頃だ。強く踏みつけると共に、ソフィアの体がびくんと床の上で、跳ねた後、動かなくなった。ソフィアの顔面は、もうまともな形をしていない。中身どころかその下の床まで見えていた。

 

 「……! ……!」

 

 肩で息をするレインは、傷だらけだ。鎧に、コートに、身に纏っているものは、ズタズタ。それらに守られていた彼女の肌にも大小の切り傷、打撲痕が見え、鎧の破片などが肌に食い込んでいる。ソフィアの纏う闇の攻撃が強烈だったのが見て取れた。

 常人ならこれだけですまないだろうが、相手が悪い――レイン・エインヘーリアは、ドラゴンを堕とす程の強者だ。

 

 「これは……」

 

 丁度、その時、ソフィアが死んだ為か部屋を覆い尽くしていた闇が急速に晴れていく。ぱっと差し込んだ光に、レインは、目を細め――愕然とした。

 無数の人形が壁と天井に、ぶら下がっている。デザインに統一性がなく、どれも人間と嫌に似通った造形をしていた。さっきまで無かったはずだ。しかし、今はある。部屋の隅々まであった本の山も見当たらない。それらもソフィアの闇が生み出したものだったのだ。偽物をレインは、見せられていた。

 不気味で、異様な空間だがレインには、それよりもずっと重要な事がある。部屋のテーブルに、レインが持っていた小瓶があった。手に取り、腰の容れ物にしまう。

 窓から差し込む日差しに、リリーは、照らされていた。立ち竦んで、動きはない。

 

 「リリー……」

 

 伸ばした指から逃げていくほどさらりと手入れの行き届いた髪に、心地よさを覚えながら頬に手を添える。冷たい。死人と見間違うほど白い肌。柔らかさとその奥に感じる硬さ。虚ろの青空、作り物の空。あれは、彼女の目ではない。

 ああ、これは、あの子そのものではない。レインは、確信した。膝から崩れ落ちそうなのをどうにか堪えて、泣きそうな顔で、笑いながらそれでも言う。

 

 「帰ろう、リリー。あたしたちの街に」

 

 

 

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