5年後の春と2分の1の君   作:クルスロット

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 「冒険者とは珍しい。この先に、行くのかい?」

 

 「ああ、そうだよ。北端の山脈に、用があるんだ」

 

 市場の出店で、店主から大鹿の串焼きを受け取りながらレインは、頷いた。店主は、怪訝と首を捻った。

 

 「用ねえ……。この先、山と雪くらいしかないぞ? 居ても魔物くらいだ。後は……伝説の白の魔女、くらいだな」

 

 「伝説ね。有名なの?」

 

 「まあ程々にな。俺は、地元の人間だからさ。寝話に聞いたことがある。自然や動物を守り、癒やし、迷い込んだ善い人を手助け、悪い人に罰を下す白の魔女が居るってな。悪い人間なら山に入らないほうが良いぞ」

 

 おどける店主に、レインは、肩を竦めた。

 

 「あたしは、ただの魔物の動向調査だよ。北の方は、魔王の影響が薄いにしても様子を探っておく必要があるからさ」

 

 建前ではあるが、実際その依頼も受けている。南の方の戦乱で、こっちのギルドは、すっかり閑古鳥が鳴いていたため、すんなりと受けられた。この依頼もギルドで定期的に発注しているらしい。

 稀なことだが大型の魔物が現れることもあるし、時勢が時勢。魔族の軍団が身を潜めていてもおかしくないからだ。

 

 「なるほどね。そりゃご苦労さんなこって。今んとこ、王都の方みたいに酷い話は、こっちで聞いてないから何も無いといいんだけどねえ……。俺は、ここで生まれて育った。死ぬ時もどうせならここがいいと思ってるからさ。

 とりあえず幸運を祈ってるよ」

 

 と、もう一本、串焼きが差し出された。焼きたての香ばしい匂いが鼻をつく。

  

 「一本しか頼んでなかったと思うけど」

 

 「オマケだよ。幸運祈願ってのとそっちのお嬢さんにね」

 

 「あ、いや……この子は……」

 

 レインの後ろに立っているリリーのことだ。リリーは、食べない。この体になったリリーを助けてから、彼女は、一向に食事を取ろうとしなかった。餓死を望んでいるのかそもそも食べる必要がないのか。異常は見られなかったからレインは、今の所、静観することにしている。

 食べないから頼まなかったんだけどな……。とレインは、思いつつ受け取らないのも不自然で、言い訳を重ねるのも面倒だった。

 

 「じゃあ、遠慮なく」

 

 「はい、まいどあり! 頑張れよ」

 

 片手の指で、串を二本挟み、もう片手でリリーの手を引く。ここ最近、ずっとやってきたことだから慣れた。出店の立ち並ぶ市場の人混みもなんなく躱して歩いていける。

 さて、買い物も大体済んだ。これですぐに、街から出れる。すぐにでも出たいがどうしたものか。

 サイロから受け取った手記は、遭難者のものだった。この先、レインが向かおうとしている山脈地帯に、ギルドの依頼で向かったパーティのリーダーのもの。磨り減っていく心と体の様子。意識を途切れさせないようひたすら綴られた雪と血に濡れた文字の先にあったのは、

 

 『白の魔女様にお救い頂いた』

 

 その一行で、手記は、途切れていた。どこでこんな手記を見つけてきたのやら……。サイロという魔法使いの底知れなさをレインは、感じていた。なによりこの手記は、不気味だった。最後の一行だけがやたらに、綺麗な文字で書かれていた。それまでの必死さとかけ離れた正常さをレインは、見た。

 どちらにせよ信じてみるしか無い。むしろ異常さこそ信じるに値するのではないだろうか。レインは、串肉をおもむろに、口元に運び、一つ噛みちぎった。

 

 「……旨いな、これ」

 

 適度な歯ごたえと噛めば噛むほど溢れ出る肉汁、旨味。舌がめちゃくちゃ喜んでる。レインは、早々に、次の肉を口に運んだ。

 

 「うおっ……!!」

 

 いや、運ぼうとして串から口がずれた。手が引っ張られた――思い至るともに、素早くレインは、振り返った。

 

 「え、なに? どうかしたか?」

 

 リリーが地面を見ながらレインの手を引っ張っていた。結構強い。反射? いや、待って。もしかして……。

 

 「…………うお!」

 

 黙って、串を食べようとしたらまた手を引っ張られた。さっきよりも強い。多分怒ってる? ……多分じゃない。絶対そうだ。レインは、確信した。

 

 「……はは、食べ歩きは、駄目ってことね」

 

 困ったな。どうしようかな。レインは、立ち止まったまま周囲をキョロキョロ見回し、「おっ」と丁度いいものを見つけた。

 

 「じゃあ、えーっとあれだ。あそこの噴水で食べよう」

 

 それならいいでしょ? と言外に訊く。手の拘束が緩くなった。良いらしい。よしとレインは、市場の先、中央にある広場目掛けて歩いていく。その足取りは、軽かった。

 

 「っ!?」

 

 ――その時だった。レインの視界の隅から何かが飛び出してきた。串肉を取り落し、レインは、リリーを引き寄せた。

 とっさの判断だった。それが功を奏したのは、間違いなかった。

 レインの爪先は、ボロ布を纏い、突進してきた小男が握ったナイフをどこかへ蹴り飛ばし、その直線上の顎を砕いて、ひっくり返した。周りの誰もがレインのやったことを認識しておらず、ただ、二人がぶつかったようにしか見えなかっただろう。

 

 「……おっと、お兄さん大丈夫かよ」

 

 ひっくり返ったままの小男の傍にしゃがみこんで、肩を揺すってから意識の有無を確かめる。呻き声。なるほど。レインは、頷くと小男を体で隠し、その首をぎゅっと締めた。朦朧としたていた小男の意識は、ここで完全に落ちた。

 

 「はは、強くぶつかりすぎたな。気絶してる。病院かな」

 

 「人呼ぼうか、姉ちゃん」

 

 「いや、大丈夫だよ」

 

 「?」

 

 親切に話しかけてきた男の怪訝な顔に、レインは、にやっと笑ってみせると小男を肩に担ぎ上げた。おおーっと親切な男や周りの驚愕に、レインは、笑顔と手を振って応えるとリリーの手を取って歩き出す。

 

 「さて、どうするかな」

 

 すっとレインの表情が消えた。担いだままではいられない。どこかでおろして、相応の処置をおこわなければ。

 雑踏でも流石に目立つ。兵に見つかってからの言い訳も面倒だ。リリーがいる。リリーと離れ離れは嫌だ。一度、宿に戻るわけにもいかない。レインは、治療院のある方に向かいつつ、近道とばかりに入った横道で、更に横の暗い路地へ足早に踏み込む。昼間でも暗い道は、よくないものが潜む。故に、普通の人間は、近づかない。

 

 「あの中で一直線に、リリーを狙ってきた。どうして? なんで?」

 

 ぽつりと呟く。推測を組み立てていく。いまいち狙われる理由が分からない。そうこうしているとひときわ人気のない袋小路に、レインは、たどり着いた。現状を鑑みるとあまりよろしくない立地だがやりたいことに対しては、丁度いい。

 乱暴に、担いだ男を煉瓦の壁に叩きつけた。ごろんと転がったその無防備な腹に、爪先を突き入れる。

 

 「――ごっ!?!?! が、ぐ……!!」

 

 意識を取り戻すとともに、小男は、悲鳴を上げて、積もった雪に嘔吐した。暴力の臭いが立ち込めつつあった。

 

 「何故、リリーを狙った」

 

 小男の短い髪を強く握り、レインは、詰問する。雪より冷たいレインの視線と混濁した小男の視線がぶつかる。

 

 「答えて」

 

 「…………」

 

 「答えろ」

 

 「…………ヒヒ」

 

 静かに言葉を重ねるレインを見て、小男は、濡れた口元に、にたぁと笑みを浮かべた。バカ正直に話すとは思っていなかったけど。溜息を零し、指の関節を鳴らした。どうする? 拷問? 口、割るかな。厳しいか。

 

 「……ヒヒ、ヒヒヒ。いいぃぜ。話じでやるぅぅ」

 

 レインは、眉を顰めた。どうして口を割る? 何故目的を洩らす? 何より奇妙なイントネーション。困惑するレインは、直後、小男に起きた変化を見て、察した。 

 

 「魔族……!?」

 

 小男の顔面が内側からめくれ上がった。さながら花開く蕾のように。ぺらんと花弁が如く人の皮を垂らし、現れたのは、群青色の顔面。赤い瞳が4つ、上下左右に。鼻はない。乱杭歯が上下に鋭い先端を向けた口が人なら耳に相当する場所まで、大きく裂けて、嗤っていた。

 

 「ヒヒ、姫様の、仇、見つけた。殺さずしておくぅぅべぎか! ヒヒヒ、ヒ」

 

 品性のない笑い声を盛大に上げる。口より足が動いた。鉄板入りのブーツの底が小男の顔面に、叩きつけられる。ぱっと紫が散って、雪と闇を彩る。不愉快そうなレインは、舌打ちした。

 

 「まともなことを話せ」

 

 「ヒ、ヒヒ、ヒ……来る、ぞ。く、るぞ。魔王様の軍が来、る……」

 

 「ちょっと待って。なんでそこで魔王が出てくる!」

 

 「魔王軍が、全てを均して、オマエ、を殺す。仇を、とる。姫の仇を、とる。ヒヒ」

 

 「魔王の姫の仇……?」

 

 そこで、レインは、思い至った。さっきリリーを抱き寄せたせいかリリーが狙われていると思い込んでしまったが魔王の姫の仇……リリーが人を殺すなんてありえない。優しい子。誰かの恨みを買うなんてありえない。

 

 「最初から狙われてなかった……? 狙われたのは、あたし?」

 

 だとしても姫なんて、殺した覚えはない。そんな大物、殺せば忘れない――。

 

 「ソフィア姫の、仇ィィィイイ……!!」

 

 「は?」

 

 思考の海に、半身を沈めていたレインは、一気に浮上した――忘れない。忘れられるはずがない。何故、その名がここに来て出てくる。ぎょっと目を見開いたレインが見つめる中、

 

 「魔王、様、姫に、慈悲を」

 

 レインならよく聞けば思い出せただろう。短くとも記憶に染み込んだイントネーション。小男のそれは、ソフィアによく似ていた。

 「魔王様、に栄光、あれ」

 

 ばすんと内側から炸裂音を響かせた小男は、びたんともんどり打って、二度と動かなくなった。雪と土が小音から流れ出るものに、汚れていく。

 

 「……じゃあ、なんだ」

 

 その死骸を見下ろしながら、レインは、呟いた。

 

 「この戦争を起こしたきっかけは、あたしだってことか?」

 

 笑い声が聞こえた。港街、故郷を離れ、旅立った頃から聞こえだした笑い声――ソフィアの声。

 

 「五月蝿い……!」

 

 呟いたレインは、小男の死骸から踵を返すとリリーの手を握って、道を急いだ。

 さっきのは、恐らくなんらかの自害法だ。呪いか魔法かは、分からない。ただあのタイミングからして間違いなく、小男に、術を掛けた者に、情報が伝わっている。

 例えば、死亡。例えば、位置の情報。例えば、目標の発見。色々だ。

 

 「急いで、街を出なくちゃ……」

 

 認識が間違っていなければ、来る。魔王軍がこの街を滅ぼし、レインの元に現れる。

 もし見つかれば、もし囚われれば――レインは、身震いした。想像を絶する恐怖に、体も心も逃げることだけを望んでいた。

 逃げるわけにはいかない。やることがあるのだとリリーの手を握り、心を鎮めようとする。それでも青ざめた顔色は、元に戻らない。

 きっとリリーの声が聞ければこんな鼓動も腹の底の痛みも消えるのに。リリーの声が聞きたい。懐しいあの声を。鈴を転がしたような声を。懐しい笑顔が脳裏に蘇る。

 が、すぐに、首を振って、消し去る。そんな都合のいい妄想をしている場合ではない。

 

 「逃げなきゃ、今すぐに……!」

 

 それでも浮かんできたのは、悪い予感。レインには、何もかもが悪い方に進んでいるように、思えて、しょうがなかった。

 

 

 ――それから数日後。

 

 

 どうやら杞憂ではなかったらしい。レインは、人里を離れた山中、吹雪の中を進んでいた。体中を雪に叩かれながら背負ったリリーだけは、絶対に離さないよう固く誓い、斜面を登る。雪を踏み締める。雪を掻き分ける。

 

 「くっそ……」

 

 迂闊だった。レインは、白く染まる視界を睨みながら後悔を洩らす。

 逃げ出したのはよかった。あの後すぐ、買い貯めた食料や防寒具などを宿から回収して、同じく買った馬を街の外へと走らせた。そこから数日、馬をできる限り急がせ、街道を走った。王国を出、山脈に広がる雪と森に紛れてしまえば早々見つからない。そう踏んだ。

 それが間違いだった。甘く見すぎていたのかそれとも想像以上に、魔王軍の索敵能力が優秀なのか。兎も角、街から出て、一週間が経つ頃、レインは、追いつかれていた。

 斥候を斬り捨て、北へ、北へ逃げ。迫る追手を更に斬り捨て、北へ、北へ……。

 馬が無事なうちは、それでよかった。だが現状の通り、魔王軍の追手により、馬も殺されてしまった。荷物の大部分を失ってからまた三日と経ち、今に至る。

 

 「相変わらず、酷い吹雪だ」

 

 防寒着の襟元に、顔を沈め、顔に張り付き溶ける雪に顔を顰めた。時間がない。……いや、最初からずっと時間が足りない。後先考えずに始まり、後先を考える余裕が無く逃げ続けている。そろそろ年貢の納め時か? レインは、苦く口元を歪め、

 

 「諦めたくは、ない」

 

 レインは、寒さに麻痺しつつある腕に力を入れて、リリーを背負い直した。諦めたくない。リリーを取り戻す。それだけが彼女の足を進ませる。朦朧とする頭を無理矢理働かせる。

 件の手記の内容は、頭に入れてあった。ただ道程や目印などが記されているわけではなかった。どちらかといえばパーティメンバーの状況や自分の心境が多かった。後は、妄言めいた言葉の羅列。

 ……ただ、一つだけ手がかりと呼べるものがあった。

 

 「青白い光、か……」

 

 そういうものが吹雪に垣間見えるらしい。レインは、目を凝らす。しかし、轟々と吹き荒ぶ雪が真っ白な壁のように立ちふさがる。吹雪は、酷くなる一方だった。彼女の呟きもまとめて、飛ばされてしまった。

 

 「前に、あたしは、進んま、なきゃっ……!」

 

 足を絡ませ、バランスを崩したレインがぼすんと雪の中に、沈んだ。限界が近い。レインは、自信の状況を理解しつつも雪を掴み、ぐっと体を持ち上げた。冷たさも遠のいた。痺れる指は、実のところ雪を軽くえぐるだけ。持ち上げる腕も言うことを聞かず、力も上手く入らない。

 

 「進む、んだ」

 

 白の魔女など居るかも分からず、向かう先も分からない。意思だけがレインを進ませる。ぎゅっと雪を踏み、歩き出す――ことは、出来なかった。また雪に、倒れ込む。

 

 「リリー、待って、て」

 

 霞む視界に、手を伸ばす――。

 

 「幼子よ。善なるか、悪なるか」

 

 青白い光がぼやけたレインの視界に差し込んだ。人型をしている。見上げる気力すらないレインには、その顔が見えない。足らしきものだけが見えた。それもレインは、認識できていないだろう。

 

 「返事は、期待しとらんさ。善も悪も俺が決める。何よりこのままならお前は、死ぬ」

 

 青白い光が肩を竦めた。

 

 「何かを成す為に、来たのだろう?」

 

 問いかける青白い光の前で、レインは、雪に埋もれていく。冷たくなっていく。

 

 「答えよ」

 

 答えよ、答えよ、答えよ、答えよ――さして声を張り上げたわけではないのに、吹雪に掻き消されず、不思議とレインに届いた。

 

 「助けて、くれ」

 

 レインが動いた。ゆっくりと手が持ち上がる。青白い光へと伸ばされる……いいや、違う。

 

 「誰を?」

 

 小さな箱が手の中にあった。それを差し出して。

 

 「リリーを、救けてくれ」

 

 その時、世界が一際白く染まった。青白い光も、レインもリリーもまとめて、白に呑まれていく――。

 

 

 

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