5年後の春と2分の1の君   作:クルスロット

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 その名の持ち主は、もうこの世にいない。レインが殺した。殺すべきだった。あんなものを生かしておくべきではないと思ったから。つまり、リリーの魂の半分は、行方知れずだ。問い詰める相手は、もう居ないのだから。

 

 「22gとは、魔族の魂の質量だ。実際に、見れば理解も追いつくだろう」

 

 「……実際に見る?」

 

 「ついてくればわかる」

 

 溜息を吐くと白の魔女は、ぱんと手を叩く。すると世界が揺れて、切り替わる。湯気も夜空も幻のように消え、レインは、等間隔に並べられたランプが青白く照らす部屋に立っていた。背後には、壁。前方には、丸テーブルが一つとその向こうには、大きな棚が無数に並んでいた。棚には、レインには、何に使うか見当も付かない物が保管されている。

 いつの間にか服まで着ていた。見覚えのない簡素なシャツとズボン。白の魔女といえば、肩を大きく出した白のドレスを纏っている。肌があまりに白くて、ドレスとの境が分からないほどだ。

 

 「俺の言葉は、信用できないだろうがそれを見ればお前も信用できるだろう」 

 

 信用できないのは、確かにだ。自由自在に奇っ怪な術を操る白の魔女を心底信じ切るのは、難しい。

 だが願いを叶えるため、レインを迎え入れてくれ、殺さず生かしてくれている。その上で、嘘をついて、混乱させるのは、道理にかなわない。

 

 「そこまで信用していないわけじゃない。……先程は、大変失礼なことをした。謝罪させてくれ」

 

 「俺が胡散臭いのは、分かりきったことだ。別にいい。俺が叶えたいと思う願いを持ってるやつの願いの欠陥を突けば大なり小なりああなる」

 

 「前にもそんなことをしたのか?」

 

 よくあることだ。こともなげに白の魔女は、言った。

 

 「死物狂いで、叶えたい願いを叶えるチャンスが目の前まで来たというのに、致命的な欠陥があるなら人は、失意か激昂するくらいしか残らない……それはそれで見ていて面白いんだがね」

 

 「性格が悪すぎる……」

 

 苦々しげなレインに、はっはっはと白の魔女は、声を上げて笑った。

 

 「で、どうすればいい?」

 

 「見る気があるならテーブルの上にある天秤に乗せろ。それだけでいい」

 

 「分かった」

 

 「赤の他人だと分かった瞬間から扱いが雑だな」

 

 「あんたに、言われたくはないな。まあ、赤の他人だからな。それに、魔族なんだろう」

 

 魔族がしつこかったのは、もしかしてこれのせいか……? 投げ渡された魂入りの小瓶をしげしげと見つめたレインは、丸テーブルにいつのまにか天秤が置かれていた。古めかしく、金で出来ているようだが古い血汚れがこびりついていた。レインが小瓶を置くと当然、小瓶の方が大きく沈んだ

 

 「これでいいのか?」

 

 「ああ、片方に置くだけでいい。置いたら離れろ。できる限り急いでな」

 

 耳を疑って、鸚鵡返ししてきたレインを白の魔女は、何故か急かす。そのレインの背後で、天秤が小瓶の反対側、何も乗ってない方が大きく勢いよく沈んだ。結果、小瓶は、跳ね上がり――。

 

 「そろそろ出てくる」

 

 何が出るとレインが聞く前の瞬間だった。

 強烈な衝撃が小瓶の内側から現れ、部屋を蹂躙せんと爪牙を振りかざした。至近距離から浴びたレインの体は、大きく跳ね跳び、ごろごろと床を転がった後、壁にぶつかり、大きなクレーターを作ってようやく止まった。

 

 「っ!」レインは、苦悶に顔を歪め、「……痛くないな」と不思議そうに呟きながら立ち上がった。

 

 「俺が居るからな」

 

 説得力がある一言に、渋々納得したレインは、何事かと衝撃波の襲ってきた方、あの丸テーブルの方を向いた。

 

 「あの天秤、砕け散ってないか?」

 

 「問題ない。テーブルより頑丈だ」

 

 よく見れば吹っ飛んではいたが天秤は、見た限り壊れていなかった。どんだけだよ。レインは、驚愕通り越して呆れてしまう。

 

 「それで、あれなんだ」

 

 「魔族なのは、間違いない。後は知らん。そもそもお前の知り合いだろう」

 

 は? と眉を顰めたレインは、白の魔女に説明を求めようとする。レインは、こんな知り合い居た覚えはなかった。

 黒い靄。ぎゅるぎゅると渦を巻き、力そのもののように振る舞う不定形な存在。居たら忘れられるはずがない。

 

 「ヘヘ、ヘヘヘ、ヘヘヒヒヒ。バレる、なん、て思わなかった」

 

 そう、忘れられるはずがない。レインは、この声を忘れられるはずがなかった。

 

 「ソフィア……!?」

 

 「正、解」

 

 黒の靄がソフィアを形作る。殺したはずのソフィアが殺した時と変わらない容姿で、現れた。魔導学院の制服を纏い、長い栗色の髪の内側に狂気的な笑みが形作られた。

 

 「殺した。あたしは、確かに殺したぞ」

 

 「死に、ましたよ。死んでしまいま、した。死んで、いました」

 

 「なら大人しく死んでろ! そもそもどうしてその瓶に、入っていた!」

 

 「元々、レインさんを、仲間にする、予定だった。だけど僕の分身負けて、予定が狂った。びっくり仰天」

 

 ソフィアの声が上ずる。相当に驚いたらしい。絶対に殺せる確信があったのに、殺されたのだからさもあり。

 

 「それ、で、計画を変更した。先輩が、大切な貴女が、どんな風に、狂っていくのか、近くで見る、ことにした。僕を大切に持っているレイン、さんの姿は、結構、面白かった、です。

 それに、こんなところまで来て、くれました。白の魔女、手に入れれば大手を振って、帰れる。へ、へへ、そしたら僕、が魔王だ」 

 嬉しげに話してから、「ああ」と腹を両手で押さえ、ソフィアは、舌舐めずりした。熱い息を零し頬を上気させ、瞳がとろける。

 

 「ああ、お腹、減り、ました。先輩が、恋しい、です」

 

 「……どういう、ことだ」

 

 「先輩、の魂、とぉっても、甘、かったんです」

 

 「どういうことだって、聞いてるんだよ!!」

 

 「リリー先輩、の魂、僕が、食べちゃい、ました。とっても、美味しかった、です。ってこと、です」

 

 言葉を失ったレインの前で、ソフィアは、小さく腹を鳴らした。恥ずかしそうに、両手を腹に当てると。

 

 「そう、だ。まだ、先輩、残ってます、よね? どうせ、もう元に戻らないんです、から返して、下さいよ」

 

 ざざざとソフィアの体を構成する黒靄が乱れ、双眸が爛々と光る。剣呑な視線だった。

 

 「とってもお腹、空いちゃったん、です」

 

 「殺す」

 

 この世のあらゆる苦痛を与えてやる――飛び出したレインに、白の魔女は、冷淡に言った。

 

 「無駄だ。あれは、殺せん」

 

 「一回殺した」

 

 「それは、容れ物だ。死体か生きた人間か、魔法で作った分身か。その辺だろう。素人め」

 

 白の魔女への評価が大きく下がる音がレインの頭の中で鳴った。まあ、白の魔女にとって、どうでもいいことだろう。ゴブリンの区別を人がしないように、白の魔女にとって、人間なんてどれも一緒だ。

 

 「くそ、何が復讐だ。魔族の姫は、死んでないじゃないか! イチャモンで戦争を吹っかけてくるなんてどうかしてるっ……!」

 

 頭がおかしくなりそうだった。怒りと焦燥と衝撃がレインの情緒を掻き乱す。髪を掻き乱す。歯ぎしりが止まない。声を出さねばやっていられなかった。

 

 「魔族の姫……? あれがか? あれが? 本当に?」

 

 目を丸くして、レインを見た白の魔女に、怪訝と頷いてやる。それからソフィアを凝視した。なんだこいつ。レインが内心そう思っていると、腹を抱えて笑い出した。抱腹絶倒と今にも床に転がりそうなくらいに、反り返ったり腹を抱えたりとクールな雰囲気台無しだった。

 

 「ふーよく笑った……」

 

 「なにが面白いのか説明してもらえるか?」

 

 「はは、何、簡単な事だ」

 

 あからさまに苛立ったレインに、白の魔女は、眦に浮かんだ涙を人差し指で拭って、口を開いた。

 

 「あれは、魂魄寄生種(ソウルパラサイター)。精神を乗っ取る忌むべき邪法の――」

 

 それはもう大きく口端を持ち上げて、白の魔女は、嘲笑う。

 

 「――失敗作(・・・)だ。くくく、魔族も落ちぶれたものだなぁ。失敗作を姫にしなければならないほど追い詰められているのか! ははははは!! いやいやこれは、傑作(・・)だ!」

 

 「――――さい」

 

 「はははは……。ああ? なにか言ったか?」

 

 レインではない。勿論、白の魔女でもない。ソフィアだ。肩を震わせ、拳を握りしめた彼女は叫ぶ。

 

 「うる、さいって、言ってるんです、よ!! 僕、が、どんな気持ちで、邪法を使って、失敗して、人間に、埋もれて、生きてきたと――ッ!!!!」

 

 先ほどまでと打って変わって、怒りがソフィアを支配していた。眼を見開き、ツバが飛び散ることも構わず大口を開ける。瞬間、ソフィアの体が霞む程の速度で、レインと白の魔女へと迫った。

 そんな時、レインは、意外そうな表情を浮かべてしまった。ソフィアの変わりようにではあるが、何より純粋に、思ったことがあった。

 ――なんだ怒れたんだ、と。

 

 「五月蝿えよ」

 

 しかし、レインは、不快感に大きく顔を歪めた。

 

 「お前には、怒る権利なんてない」

 

 レインの振るう拳は、正確に、ソフィアの頬を捉えた――腰を回し、振り抜く。確かな手応えをレインは、感じていた。

 

 「……なあ。どうして、リリーなんだ。どうして、リリーを選んだんだ」

 

 何度もバウンドして、あげく床に転がったソフィアを見下ろし、レインは、ずっと気になっていたことを問いかけた。他の教師や学生は、殺し尽くして、何故、リリーだけは、あんな遠回しなことをしたのか。何かあの子になければ辻褄が合わない。

 虚ろな瞳がその奥に、黒靄を渦巻かせながらリリーは、レインを見た。

 

 「…………お人形、を選ぶ、のに、気に入った、以外、必要、です?」

 

 「ああ、それは――」ぐしゃり「いらないな」レインは、靴底を振り下ろした。

 

 あの声、幻聴じゃなかったんだな。レインは、時折頭に響いたソフィアの声のことを思い出した。もっと早く気づくべきだった。いや、どうだろう。気づいたところでどうしようもない。

 

 「……これで、殺せないんだよな」

 

 「ちょっと形が崩れたくらいだ。すぐに蘇る」

 

 最初と同じ殺し方をしたソフィアの体からは、何も零れないし、ぽっかりと顔に開いた穴からは、床しか見えない。黒靄だけがうねっている。ひたすらの闇。無明。そこには、何も見えない。

 まるで、今のレインの未来のようだった。一寸先は、闇。

 

 「あたしは、どうすればいい?」

 

 「さあな」素っ気なく白の魔女の返答。「ただ、面白いものを見せてもらった。願いとは別に、待遇くらいは良くしてやろう」

 

 部屋が崩れる。レインの視界に転がっていたソフィアの体は、どこかに消えていく。レインもパズルのピースを一個ずつ外していくように、またどこかへと消えていく。

 悪いようにはされないだろう。しかし、レインは、漠然と一つのことを思っていて、そこには、思考が回っていなかった。

 

 「リリーに、会いたいなぁ……」

 

 

 

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