5年後の春と2分の1の君   作:クルスロット

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 一年が経とうとしている。あの雨の日から一年。忌まわしい雨の日。自分の名前が忌々しく感じるようになったのは、あの日以来だ。レインは、指先にどうにか力を込めようとしながら考えていた。

 冬の日を思い出す。かじかんだ手で握るスコップは、あまりにも冷たくて。動かしづらい指に、やきもきしたものだった。

 どうして指がこんなにも動かないのだろう。もどかしさが募る――そこでやっと気づいたのだが部屋の火が落ちていた。暗い部屋には、外からの冷気が忍び寄っている。壁一枚隔てた向こうで、轟々と唸る吹雪は、近年でも最大級だと白の魔女は、言っていた。、

 

 白の魔女の城は、広い。半年ほど過ごしているが未だにこの城を把握できていない。普通の城ではないのは、間違いなかった。白の魔女は、城の全てを把握しているし、どこにでも居る。だからこの様子も見られているだろう。

 

 暖炉の火が落ちたのは、演出のつもりだろうか? この寒さも演出の一つか。演出過多だ。芝居じゃない。怒りよりくだらないと思ってしまった。失笑が出てしまう。

 

 「リリー……」

 

 何度と呼んだ。返答はない。リリーは、ただ宙に視線を投げたまま。血色の良い頬に、レインの流した涙が浮かんでいる。映り込んだレインがレイン自身を見つめ返してくる。酷い顔だ。今朝もこんな顔だったか? どうだろう。鏡を見た記憶がない。いつからこの状況だったのだろう。

 

 「……ごめんなさい」

 

 力なくレインは、呟くとリリーの首から手を離して、床に腰を下ろすと膝を抱え込んだ。溜息が出る。

 

 「また失敗した」

 

 転がったまま起き上がろうとせず寝転がったままのリリーに、視線を向ける。ぎゅっと膝に額を押し付ける。周囲が明るくなる。部屋の明かり、暖炉の炎が再び灯る。鬱陶しい演出だ。後で、苦情を入れてやろう。予定を一つ決めた。

 

 「あたしは……どうしたらいいのかな」

 

 白の魔女は、いつまでも居ていいと言った。部屋を持て余しているだろうなとは、レインも思った。この城は、一人で住むには、あまりに広すぎる。レインは、端まで辿り着いたことも最上階まで登ったこともない。どれだけ広いのか把握できる日が来るんだろうか。窓の外には、雪原と白く染まった山々が広がっている。最北端の景色は、いつも銀色だ。

 長い時間を白の魔女は、ここで過ごしてきた。……あの白の魔女は、寂しいなんて思うのだろうか。

 

 「……まあ、いいか」

 

 立ち上がったレインは、尻をはたいて、倒した椅子を直してからリリーの体を持ち上げる。軽い。いつも感じていた重さを両腕に感じながらリリーを椅子に座らせる。

 

 「ごめん」

 

 リリーの目を見ようとして見れず、レインは、下に視線を逸した。スカートから出たスラリとした白い足が見えた。

 今のリリーは、白の女王が用意した服を着ている。白のシャツと青チェックのワンピース。足元には、白い靴下とレザーのシューズ。なめしが美しい。

 生地自体がとても精巧にできている。素材も軽くて丈夫。白の魔女は、魔法というにも不可思議な術を使うが持っている物も不可思議だ。簒奪とかをするようなタイプには見えない。作らせているのか作っているのか。見当も付かなかった。

 

 「……どこで手に入れてるのやら」

 

 そういうレインも白の魔女から衣類を借りている。もう貰っているに近いか。大きな胸に押し上げられる簡素なワイシャツと細身のスラックス。着心地がいい。

 

 「髪、崩れちゃったな。ごめん」

  

 不器用なりに編んでいた髪もくしゃりと潰れて、崩れてしまっていた。そっと頭を優しく撫で、埃やゴミを払った。髪を整えるのも少しは慣れてきた。絡んだ髪をほどいて、スラックスのポケットから小さな櫛を取り出すとリリーの髪を梳いた。

 

 「どう? 昔より上手になっただろ?」

 

 昔は、髪引っ掛けたり、引っ張ったりして怒られたなぁ……。昔日に思いを馳せながらレインは、すっすと髪を梳く。

 

 「気持ちいいでしょ」 

 

 声をかけるのも習慣だった。只々、この時間を空白にしたくないの既に、空いてしまった五年の月日を埋めるためだった。自分を慰めるための行為だ。こんなことでは、何も埋まらない。

 ……また泣きそうになってしまう。髪に添えてた片手の袖で、目元を拭う。後で、顔を洗おう。そう決めて、レインは、櫛をポケットに戻し、手早く元の形に結い直す。

 

 「よし、できた」

 

 レインは、満足げに頷いた。左右で作った三編みを頭の根本でお団子にした髪型。昔、レインが所属していたパーティの魔法使いがこういうセットをしていて、可愛くてリリーにも似合うと思い、再現した。結っている姿を思い返しつつ、手元で再現するのは、かなり手間取ったがなんとかなった。とレインは、思っている。

 「まだまだだな」

 

 ちょっと不格好なのに、苦笑した。なんとかなってないなこりゃ。要練習だ。これじゃあ、リリーに怒られてしまう。

 

 「ごめんな。練習するよ」

 

 リリーの向かいに座って、テーブルに置いたままの飲みかけのマグカップを口に運んだ。コーヒーは、冷めていた。呑み干して、レインは、おかわりをしようと立ち上がった。部屋には、キッチンも小さいがある。残りのコーヒーも冷めているだろうから温め直さないと。

 

 「――――えっ?」

 

 その手を掴まれなければ立ち上がっていただろう。

 

 「……リリー?」

 

 掴まれたというより手の上に、手が添えられていた。戸惑いに揺れる視線をその手の持ち主に、リリーに向ける。リリーは、そこにいる。変わらずぼんやりと視線を空に投げている。

 

 「大丈夫。大丈夫だよ。どこにも行かないよ、リリー」

 

 添えられた手を覆うように、ぎゅっと握りしめて。

 

 「ずっと一緒だよ、リリー」

 

 大粒の涙が頬を伝った。もうだめと俯いて、それでもレインは、言った。

 

 「大好きだよ、リリー」

 

 「――私も好きだよ、レイン」

 

 「……へ?」

 

 間抜けな声を漏らして、鼻水と涙に塗れたレインが顔を上げると微笑むリリーがいた。

 

 「ひどい顔。拭くもの無いの?」

 

 「リリー? リリー、どうして? 嘘、夢? 夢なのがっ……!?」

 

 「夢と現実の区別がこれでつくだろう? ん?」

 

 「て、てめえ……!!」

 

 後頭部からじんわり広がる痛みは、確かにレインに、夢ではないと教えてくれたがそれとこれは別だった。頭部に良い一撃を見舞ってきた白の魔女へ向けて、噛み付くように、勢いよく立ち上がった。

 

 「何勝手に人の頭殴ってんだよ、阿呆魔女!」 

 

 「阿呆は、お前だ。阿呆阿呆」

 

 「ガキじゃないんだぞ……!?」

 

 「ほら、もう喧嘩しない」

 

 至近距離で睨み合う二人をリリーは、苦笑して、諌める。やはりというべきかレインは、渋々としつつも大人しく従った。その様子に、くっくっくと白の魔女は、意地悪に嘲笑う。

 

 「嫁には形無しだな」

 

 「嫁じゃねえよ。女同士だぞ」

 

 「なんだ。案外遅れてるな。まだ思春期か」

 

 「五月蝿えよ。とりあえず説明しろ。お前の仕業だろう」

 

 「毎度説明ばかり振って、自分で考えたらどうだ。まったく……」

 

 レインの目元がひきつる。今のレインは、噴火寸前の火山だった。

 

 「簡単な話だ。お前の連れてきた魔族の腹を開いたら中に、消化されずに残っていた魂があってな」

 

 「色々突っ込みたいが、つまりそれが?」

 

 「そこで笑っとる子の魂だったというわけだ。あれが失敗作で、幸運だったな」

 

 以上だ。俺は寝る。そう言うと白の魔女は、最初から居なかったかの様に、部屋から消え去っていた。

 

 「……なんなんだよ、ほんと」

 

 嵐のようだ。いや、吹雪のような女だ。レインは、あまりの急展開に頭を抱え込んだ。

 

 「ね、レイン」

 

 「……何、リリー」

 

 「雪だるま、作ろうよ」

 

 「雪だるま?」

 

 これまた急な提案に、顔を持ち上げたレインの頭上には、クエッションマークが大量に浮かんでいた。リリーといえば楽しそうに外を見ている。レインが見慣れた銀世界がそこにある。だけどリリーにとっては、そうではないのだろう。きらきらした目で、外を見ている。今日は、珍しい晴天。雪原は、日の光で輝いている。

 

 「約束したでしょ? また雪が積もったら雪だるま作ろうって」

 

 「ああ、そうだな。したな。してた。うん」

 

 そうだ。何を忘れてるんだ。約束だ。約束した。五年間ずっと塩漬けだったレインは、勢いよく立ち上がった。

 

 「作ろう、雪だるま」

 

 「そうこなくちゃっとっと……」

 

 「大丈夫? リリー」

 

 椅子から立ち上がって、蹌踉めいたリリーをレインは、体で優しく受け止めた。体の硬さ柔らかさは、やはり変わらない。戻ってきたのは、まだ魂だけだ。それでもレインは、こうして話せるだけで幸せだった。

 

 「大丈夫大丈夫。なんだか上手く歩けないだけだから。……あれ、どうしてだっけ。そういえばここってどこ?」

 

 レインは、言葉に詰まってしまう。どうしたらいい。どこから話せばいい。そもそもリリーは、どこまで覚えている?

 

 「あ、レイン、おっきくなったね。身長もすっごく伸びたし、体も固くて鍛えてる――きゃっ」

 

 「ごめん」

 

 堪えきれなかったレインは、リリーを強く抱きしめていた。ぎゅっと抱きしめるとぽんぽんとリリーの手がレインの背中を叩く。

 

 「レイン、ありがとう」

 

 「あたしは、何も……」

 

 「レインが頑張ってくれた事は、分かるよ。約束、守ってくれたんだよね。私は、守れなかったんだ」

 

 胸元から嗚咽が聞こえる。聞いているだけでレインは、胸が張り裂けそうだった。

 

 「はは、涙でない……。どうしてだろう。ねえ、レイン。私ね、なんにも覚えてないの。あの日、約束した後、王都に行って、学校に入って、そこからなんにも覚えてないの。気づいたらレインは、こんなに大きくなっていて、私は、何にも無いの。今の私、何にも覚えてない。魔法のこと、覚えて無くて……ごめんなさい。約束、全然守れなかった」

 

 「いいんだよ。いいんだ。あたしは、リリーが居てくれるだけでいい。それだけでいいんだ」

 

 「でもっ……!」

 

 「それでもだ」

 

 レインは、腕を解いて、リリーの小さな両肩を掴んで、視線を合わせた。

 

 「あたしは、リリーが居るだけでいい」

 

 「でも! 私、何にもないの。五年間どころかもっと前から、覚えてたことも交わした約束も何にも……! 虫食いみたいで、思い出せないことがいっぱいで!」

 

 「あたしが覚えてる。あたしが一緒に思い出す。何もかも、欠け落ちたことも、抜け落ちたことも、失ったものも、全部あたしが埋めてみせる」

 

 「でも、そんなの……」

 

 「でもじゃない。無理じゃない。あたしは、絶対にやる」

 

 にっと笑って、レインは、自信満々と言う。

 

 「あたしは、リリーを守る剣士なんだ。それくらいしなきゃな」

 

 「……そっか」

 

 「そうだ」

 

 「じゃあ……何からしてくれるの? レイン」

 

 「雪だるまだよ。決まってるじゃん」

 

 「はは、そうだね。そうでした」

 

 ぷっと吹き出して、互いに声を上げた。失った時間を埋めるため、二人は、まず笑うことにした。楽しい思い出で、満たしたいから。

 

 「じゃあ、行こう。まずは、服だ。この城、馬鹿みたいに色んな服があるんだ。あたしに選んでよ、リリー」

 

 「それはそれは、楽しいことになりそうですね、レイン」

 

 「……お手柔らかに頼むよ」

 

 肩を竦め、戯けるリリーの手を取りエスコートするレインの言葉に、リリーは、ぱっと咲き誇る華のように笑った。

 

 「嫌よ! 私の剣士様ならかっこよくなくちゃ」

 

 「剣士様って……」

 

 「好きなんでしょ? 私のこと」

 

 「ああ、大好きだよ」

 

 「私も、好き。レインのことが大好き」

 

 

 

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