fortissimo EXA Diejenigen, die den Kampf fortsetzen(戦い続ける者) 作:鴉鍵
灼が去った後でも紗雪は零二に神速の連撃を続けていた。
「……くっ」
予想を遥かに上回る零二のタフさに余裕のない表情を浮かべる紗雪。
「紗雪……クソっ」
対する零二もまた反撃に移せずにいた。いや、正確には移せなかった。
「なんで……なんでこうなるんだよ!」
常にマイペースな零二が始めて見せる弱音……それ程、紗雪の喪失と、敵対は応える物だったのだろう……
さらに、零二は過去に一度、紗雪を失っている。
かつて、創世ことオーディンの開幕したラグナロクに巻き込まれた際、紗雪は紅葉に敗れ去り、兄の手の中で消滅した。
そして、また紗雪を失い、灼の手足となった紗雪ではない黒羽 紗雪が敵として立ち塞がっている。
一度ならず二度までも、最愛の妹を護れなかった零二には最早戦意らしきものはない。辛うじて今目の前にいる敵にやられないよう、意思を滾(たぎ)らせる事しか出来ない。
「マス……ター……」
頼りのサクラもまだ紗雪の蹴りによる意識の朦朧が治まっておらず、立ち上がろうとしては何度も崩れる。
零二が倒れるか、紗雪が疲れるかまでは続くであろう終わりなき持久戦……
その場にいる者誰しもが苦い顔で、意思が途切れぬよう心を震わせる。
だが、長らくの時を費やし、ついに紗雪が意思を折り、零二から距離をとる。
「はぁ……はぁ……」
「しぶとい……」
紗雪の猛攻をその身に受け、痣だらけになる腕を垂れ、荒い息遣いで紗雪を見張る。
持久戦では零二の勝ち……だが、それで何が変わったわけでもなく、戦況が元に戻っただけに過ぎない。
「マスター……」
まだ頼りない足取りで、零二の側に寄るサクラ……そこには愛をも超えたパートナーとしての美しい関係が目に見える。
そんな二人を見て、変わり果てた紗雪はなにを思ったのだろうか……
「………………」
されど、その思いは口に出さず、漆黒の双銃に魔力をこめる。
「マスター!」
「駄目だ!」
大技がくると踏んで、サクラは『穢れなき桜光の聖剣(レーヴァテイン)』の使用許可を求めるが、零二はそれを蹴る。
サクラの『穢れなき桜光の聖剣』は強力すぎる……紗雪の大技ごと紗雪そのものを滅ぼしかねない……
「『堕ちた福音の魔弾(ヴァイスシュヴァルツ・フォルン)』」
だが、そんな躊躇する二人に紗雪は何の迷いもなく、堕ちた神話魔術を放つ。
その二つの漆黒の魔弾は音を追跡し、必ず対象者に当てる。
明らかに出遅れた二人にそれを防ぐ術は無い。迫り来る漆黒の魔弾を前に、零二は歯噛みし、その魔弾を眺めることしか出来なかった。
だが……
「心配しなくても……大丈夫なんだよ、マスター……」
「なっ……」
諦めかけていた零二の目の前に両手を広げ、まるで零二を守るように立つサクラ……
「マスターは私の命に代えても……守るんだよ」
と、絶望的な状況を吹き飛ばしてくれる優しい笑顔を向ける。
「馬鹿だな、サクラは……」
しかし、零二も男だ。恋人が迫り来る漆黒の魔弾を前に庇ってくれるのを黙って見てられるはずがなく、サクラの隣に立つ。
「てめぇが死んじまったら、俺も死ぬだろうが……このへっぽこ」
「あ、そうだったんだよ」
しまったと言わんばかりに声を漏らすサクラ。そんなサクラに零二は軽く微笑む。
「だから、てめぇだけにいい格好させねぇよ」
「うん! マス……ううん、レージ!」
二人は自然と手を繋ぎ、互いに身体を寄せ合い、当然のように口を交わす。
女の子独特の甘い香りがし、心地よい安堵感を覚える。
「これで……お別れね、兄さん」
ほんの少しだけ、悲しそうな顔を見せ、生前、愛していた零二に別れを告げる……
「サクラ……」
「レージ……」
近づいてくる死……されど、零二とサクラは互いにもう触れ合えないであろう恋人を抱きしめ続ける。
「あらあら、見せつけてくれるわねぇ」
だが、死は訪れなかった。
突如、響いたよく知る声色と同時に、紅い旋律が零二とサクラを滅ぼさんとした漆黒の魔弾を言葉通り停める。
「いっけぇーーーーっ!」
そして、先ほどの声とはまた別のよく知る声が聞こえた後、七色の閃光が紗雪を襲う。
「っ!」
しかし、『瞬間魔力換装(フリューゲル・ブリッツ)』を発動している紗雪には難なくそれを避ける。
「っ……里村! それに雨宮も」
そこに現れたのは七色の『戦略破壊魔術兵器(マホウ)』を宙に浮かべている里村 紅葉と学園で見た姿とは異なる美しいブロンド髪に漆黒のウェンディングドレス姿の雨宮 綾音。
「ふふ、零二君にGPSを仕掛けといて正解だったわ」
「おい……」
聞いてはならない事を聞いてしまったような気がしたが、そのおかげでこうして命を救われたのである。今だけは見逃してやろうと思う零二。
「それよりさ、どーして、あんたがれーじに攻撃してるわけ?」
「里村 紅葉……あなたには関係ない」
「はん、散々、れーじに心配かけて、殺そうとするなんて……サイッテーねあんたは!」
七色の閃光が再び放たれるが、やはり、難なく躱す紗雪。それも当然だろう……何の考えもなく放たれた直線の閃光など、光速を超える紗雪の前では通用しない。
「紗雪ちゃん、これはどういうつもりなのかしら?」
「あなた達には関係ない……物分りの悪い人達ね」
「あら、将来の義姉さんに酷いこと言ってくれるじゃない?」
「おい、雨宮……」
零二のツッコミをよそに、雨宮は紗雪を見据える。
「どうしても、理由を教えてくれないのなら、その身体に聞いてあげるわ」
雨宮もまた、己の『戦略破壊魔術兵器』を振るい、紅き旋律が紗雪を襲う。
やはり……と言うべきか、最小限の動きで紅き旋律を躱し、徐々に雨宮へ近づき始める。
「もらったぁーー!」
息を潜めて、紗雪の死角に潜り込み、雨宮が注意をそらしている隙に、紗雪へ六色の光線を放つが、それも避けられてしまう。
しかし……
「『invidia(レヴィアタン)』!」
雨宮の紅い旋律を避け、意表を突く六色の光線による奇襲すらもデコイであった。
「っ!」
雨宮の『戦略破壊魔術兵器』であるストリングロードにより防がれた四方向への逃げ道に、デコイである六色の光線は紗雪を宙へと回避させる……
その紗雪の着地の瞬間を狙った一撃に、光速を超えた神速であろうとも、躱すことは不可能に近い……が
「くっ、かすった程度だなんて、やっぱりあんたは化け物ね」
躱せるはずのない一撃を紗雪はかすった程度に抑える。
「っ……」
しかし、かすったとは言え、紅葉の攻撃は確かに当たった……
紅葉の『戦略破壊魔術兵器』である『七つの大罪(グリモワール)』の真の強みは当たった時にある。
それが、『七人の断罪者(アルカンシエル)』である。
『七人の断罪者(アルカンシエル)』
七つある小型魔導砲の光線に当たった物は、それぞれの小型魔導砲の『罪』を対象に与える。赤色の『superbia(ルシファー)』は嗅覚を奪い、黄色の『ira(サタン)』は視覚を奪い、緑色の『acedia(ベルフェゴール)』は聴覚を奪い、青色の『avaritia(マンモン)』は触覚を奪い、藍色の『gula(ベルゼブブ)』は味覚を奪い、紫色の『luxuria(アスモデウス)』は痛覚を奪う……
そして、紗雪に当てた橙色の『invidia(レヴィアタン)』は固有感覚を奪う……
「ふふ、どう? 自分がそこにいないみたいでしょ?」
「くっ……」
固有感覚……それは自分がここにいる……動いていると感じるもの。平たく言えば、重力を感じる感覚のようなものだ。
それを失った紗雪はまるで宇宙空間に漂っているような感覚に陥っている。
「不利ね……」
「なっ!」
確かに掠ったとはいえ、確かに当たり、固有感覚を奪ったはずなのだが、それでも紗雪は何事もなかったかのように振る舞う。そこにハッタリは見えず、紅葉はただ困惑するばかり……
「固有感覚の喪失なんて、もう慣れたわ」
「なっ……何言ってんのよあんた!」
それはまさにあり得ない出来事だった。目が見えないのに、周りの光景が見えると言っているようなものだ。
「三回もなってしまえば、慣れるわ」
「そうだとしても、慣れるなんて……あり得ない!」
確かに紗雪はラグナロクの時、二回も固有感覚を失っている。だからと言って、慣れるわけでもない。もし、それが出来るとしたら、紗雪は人間を超えた感性の持ち主となる。
「四対一……圧倒的に不利ね」
固有感覚を失っているはずだが、そのそぶりさえ見せず、辺りを見回し、今ある現状を呟く。
「なら、尻尾巻いいて逃げちゃえば?」
と、紅葉が紗雪に皮肉るが
「そうね、ここは逃げるわ」
「はぁ?」
紗雪の素直な反応に紅葉は若干違和感を覚える。
なぜなら、紅葉の知る紗雪であれば、素直に肯定することなく、反論をかけてくるはず……だが、紗雪は反論せず、逃げる素振りを見せる。
「このっ……ふざけんなぁ!」
「………………」
「なっ!」
新手の嫌味として受け取った紅葉は怒りの眼差しを向けるが、紗雪はそれを受け流し、冷たい視線を返す。
そこにいる者に対して興味など全く無いように……
「黒羽 紗雪……」
そんな紗雪の様子に紅葉は先ほどまでの意気を失い、得体の知れない何かを感じていた。
「束の間の平和を楽しむといいわ、どうせあなた達は最終的に灼さんに滅ぼされる運命だもの……」
紗雪はそれだけ言うと、神速の速さで去って行った……
「紗雪……」
零二の呟いた妹の名前だけが、その場に虚しく響き渡った。