ファイナルファンタジー14 異譚 獅子の子タジムニウス 作:オラニエ公ジャン・バルジャン
胞子は引き、空気上に霧散した。
火を振り回しながらタジムニウス達はソルランドに帰還した。
だが…最早惨劇の帰還であり、誰一人としてソルランドの城や町には入れなかった。
彼等を襲ったのは毒キノコの胞子などでは無かったのだ。
いや、それはあくまで含まれていると言ったほうが良い。
他にも疱瘡や黒死病、更には天然痘の症状まで出て来た兵士が現れた。
未知の化学兵器だった。
ありとあらゆる疫病のカクテル…それが正体としてもあまりにも常軌を逸していた。
自然界の法則すら曲げているであろうそれは対処の仕様が無いのだ。
救いがあるとすればオットーによる対処策を早々に行った事でこれに感染した人間は全体で見れば然程多くは無かった。
だがそれでも数千単位に及んでいるのは事実であり、黒死病や天然痘は伝染病、何時他者に感染してもなんら不思議では無いのだ。
そして何より…
タジムニウス
『キアラ………。』
血を吐き、巫女装束は血塗られ、息は辛うじてしているが、疱瘡の症状が現れ、更に毒に侵された最愛の女性が今、タジムニウスの前に横たわっていた。
そしてユイコに手を握られ必死に呼び掛けられながら、トウカの決死の治療を受けるアイリス。
彼もまたキアラと同じ様な状況になっていた。
アリゼーは俯き、セレーネは重たい口を開いた。
セレーネ
『あの時、巨人から噴き出した毒霧が襲う直前迄私達はあの者と戦っていました。
私達が夢中になっている間に霧は迫り、もう間に合わないと思った瞬間キアラさんは私とアリゼーさんを結界の中に引き込み、その外で自分は背を向け、袖で口を覆いながら結界を維持してくれたのです。』
トウカ
『私達も一緒。
私が結界を張るまでの間、アイリスは最後まで…時間を稼いでくれた…自分を犠牲にして。』
タジムニウス
『オットー…どうにか出来ないか?』
オットー
『幸い白魔法によって症状は抑えられる様ですが…焼け石に水、完全に完治となると恐らく作り出した敵側に保険として存在しているであろうと思われるワクチンが必要です。
疱瘡や天然痘、解毒などは個別に薬を出せますが、ありとあらゆる症状が出ていて、どれを処方すれば良いのか…。
兎も角ヤ・シュトラ嬢が私の代わりに魔法学院に行って必要な錬金薬を取りに行って貰っています。
彼女も幸いにも後方にいた事で霧を吸っていないそうで、後、魔法薬学に覚えが有るそうですので
そのまま残り解熱剤や疱瘡用の生薬等の薬を処方するとのこと。』
タジムニウス
『兎に角可能な限りの処置はしろ‼︎
残して来た死骸に火を放っておけ‼︎
荒っぽくても敵わん‼︎』
するとキアラが弱った手でタジムニウスの手に触れる。
キアラ
『旦那…様…タジム…。』
キアラの手を握り返しその場に跪くタジムニウス、その目に涙を見せまいと気丈に振る舞おうとしているが既に潤み出していた。
キアラ
『私…マモッタヨ…ヤクソク…マモッタヨ…。』
と微かな声で話すと彼女は目を閉じ…手は力無く擦り落ちてしまった…。
タジムニウスは慌てて手を受け止め、名を呼び続ける、オットーとセレーネは駆け寄る。
そして二人は溜め息をついた…。
安堵の。
オットー
『良かった…気絶しただけの様です。』
セレーネ
『解熱薬が来るまでの間、体力を消耗しない様に私がエーテルを送りましょう。』
アリゼー
『私も‼︎
効くか分からないけど、来なさい、アンジェロ‼︎』
アリゼーはそう言って第一世界で作り上げた豚の使い魔を呼び寄せる。
使い魔を通してエーテルを送り込み始めた。
すると天幕に伝令が入ってきた。
伝令
『元帥、ゲルト卿。
帝都より映像通信です。
シド技師より供与された映像通信機が使えるようになりましたので元帥の本陣に設置して、試運転をしていた所に入って参りました。
レマー卿は既に着いておられます。』
オットー
『閣下…。』
タジムニウス
『分かってるさ…ここは頼む。』
本陣の天幕に入ったタジムニウスとオットーをレマーと画面越しでカムイとジャンが敬礼して出迎えた。
タジムニウスとオットーも敬礼を返す。
ジャン
『戦の事は…聞きました。』
タジムニウス
『敵の力を見誤ったのだ…私の責任だな。』
ジャン
『そうですね…『私達』の責です。』
ジャンの言葉にタジムニウスは顔を上げる。
カムイ
『陛下が仮に敵の力を見誤り、それで慢心したとする、本来そうなれば我らがお諌めせねばならぬ所を、我らもまた力に溺れ、注意を怠りました。
戦の失敗は将帥が将の全員が負うもの。
今ここで陛下が全ての責を担えば、先の戦でリヨネース卿に申した事が無駄になりますぞ。』
タジムニウス
『…すまぬ。』
ジャン
『さて…問題は敵の化学兵器ですな。
あれの対抗策を講じなければ同じことの繰り返しですぞ。』
オットー
『治療法が全く皆無では正直処置もどうしたら良いか…兎も角、幸い毒霧を吸っていない者、吸っていなくても近くに居て、尚且つ結界等で難を逃れた者、吸ってしまった者で隔離しております。
無事な者にはガレマール帝国製の兜から流用したマスクをつけさせておりますが、ちゃんと機能するか…。』
カムイ
『こちらからも医療物資は送ります。
現在我が弟シリュウが必要な薬品の搬出準備とラザハンからの輸入を検討しております。
どうやらラザハンにも例の塔が現れ、諸外国は交易船の出帆を取りやめているそうです。
そのお陰で医薬品の輸入品は我らが買い占める事も可能です。』
タジムニウス
『買い占めは感心せぬ。
節度を持って取引を進めよ。
彼の地の民草がそれで困窮する様な事にでもなれば後味も悪かろう。』
タジムニウスは画面越しの二人を一瞥すると問い掛ける。
タジムニウス
『卿らから報告する事もあるのではないか?
二人とも何故、煤だらけなのだ?
……言わなくて良い。
敵が攻勢を掛けてきたな。』
カムイ
『ハッ…幸いにも帝都には砲火や銃弾の類が飛んでくる事は有りませぬが、何故か帝都を挟み込む様に運河を挟み込む様に激しい戦闘が行われております。』
レマー
『ボリス・ドートブリンガーは帝都など気にも留めていないのでは無かったのか?
帝都も砲火に晒して仕舞えば、我らに与える傷は大きくなる筈なのに。』
ジャン
『陛下…恐らくですが』
とジャンは言い掛けたが、タジムニウスは先に答えを言ってしまった。
タジムニウス
『帝都の民の厭戦気分を引き出す為だ。
帝都に直接攻勢を仕掛ければ、先の勝ち戦もあって民達は士気も高く、自らの生活を守るために遮二無二戦う…だが自身のすぐ目の前で戦闘が始まり、それが長期的に進めば、民達の心に恐怖を植え付けることが出来るし、肝心の我らがソルランドで全く身動きが取れなくなってしまった事は何れ知れてしまう…そうなれば。』
レマー
『民草の心は女帝陛下から、我々から離れる…。』
ジャン
『言いたくございませんが、ドートブリンガーの治世で重税で苦しめられて居たとしても民草達は他のガレマールの占領地よりも遥かに良い暮らしが出来て居たのは事実。
それが二十数年も続けば…。』
レマー
『死ぬよりマシという事か‼︎』
レマーは机に拳を叩きつけた。
タジムニウスは決意を目に秘めて諸将に告げた。
タジムニウス
『どちらにしても我らが足踏みをする時間はもう残されて居ない、行動に移るべきだ。
諸君、私は敵方に潜伏する。』
諸将は耳を疑った。
互いなりにも帝国の総大将が、敵方に潜入するなんて正気の沙汰では無かった。
カムイ
『なりませぬ‼︎
陛下お一人で敵方に潜入するなど‼︎』
レマー
『敵方に大将首を差し出すような物にございますぞ‼︎‼︎』
タジムニウス
『だからこそ、やる価値がある。
それにこれ以外で敵の手を調べる手段があるのか?
羽達は吸血鬼を闇討ちしてきてくれるのか…?
それが唯一出来るのは私だけだ。
何故、この父上から与えられた短剣だけがフェイ・エンチャントレスの加護もなしに奴らを滅せられたのかは見当がつかないが、何にしても好都合だ。
もう決めた事だ、口を挟む事はならん‼︎
元帥として命令する、私が敵方に潜入したのは他言無用とする事、我が軍の現状を一切外に漏らさぬ事、そして五日、五日間今息のある者を決して て死なせるな、私はそれまでに戻って参る。』
諸将はもはや、やむなしと思ったのか承知した。
そしてタジムニウスは人知れず、闇に紛れて敵地に侵入するのだった…。
______________________
明朝 野営地
タジムニウス不在をあれよこれよと言い訳をつけて隠し、影武者を用意したりなんだりはオットーやレマーに任せておくにしても問題は如何に敵に紛れ込むかであった。
もうほぼ全ての信徒、及び領民が北バットランドのドラッケンホフ城に集まって居るのは既に承知の事実である。
斥候や食糧調達の為の一団でも居れば良いのだがと思いながら、平地ばかりのバットランドには数少ない森の中で小休止しながら思案を巡らせていた。
一応もしもの時は城壁を越える為にシドが前持って作ってくれたアンカーランチャーを持ってきては居るが見つからないと言う確証が無い以上紛れ込んで侵入するのが一番だった。
すると話し声が聞こえたので息を殺し、木の幹に隠れた。
この為にサプレッサーを付けたリボルバーと吸血鬼を刺し殺した件の短剣を構え、聞き耳を立てる。
どうやら男の信徒達が狩りにきたようだ。
信徒
『死霊術士様達が今夜お召しになる肉は何が良いだろう?』
信徒
『この辺は鹿が多い、鹿なんてどうだろう?』
信徒
『それが良い、熊なんて弓だけで狩るのは少々骨が折れるし、わしらも無事に帰れる保証は無い。』
信徒
『そう言えば貴方は先日娘を吸血鬼様に供物として捧げたとか。』
信徒
『ええ、12になる娘でしたが、妻に似て美しい娘でしてね、妻を差し出した翌日に私は天啓を授かりましてな、すると娘も12になったら供物として捧げよと。
そしたら私は近々司祭になれると死霊術士様が仰いまして、供物に吸血鬼様は大変お喜びであると。』
信徒
『おおそれはなんとありがたいことか!』
信徒
『本当は直ぐにでもしてやりたいが其方の娘は直前になって泣いて命を惜しみだした故その不徳を償ってから改めて司祭にしてやると言うことなのですが我が娘ながら何と情けないことか。』
悍ましい…なんて悍ましい会話だろう。
タジムニウスは今あの場にいる者達を全員四肢を斬り落として熊の餌にしてやりたい気持ちになったが、今は堪えねばならない。
数万の兵の命が、何よりキアラの命が掛かっているのだ。
どうやら信徒達は分かれて獲物を探すらしい。
タジムニウスは、妻と娘を供物に捧げた一番どうしようもない信徒の後をこっそりつけた。
そして他の信徒達から離れた所で組み倒すと猿轡をつけて声が漏れないようにすると、手足を折り、身包みを剥ぎ、熊の巣穴の前に放り投げた。
背後から声にならない悲鳴と肉と骨を貪り食べる音が聞こえたが今の彼にとっては小気味良い音にしか聞こえなかった。
そして道中で見つけた立派な鹿を弓矢で射殺すとそれを抱えて先程信徒達が話し合っていた場所まで戻ってきた。
獲物も有るし、幸いにも信徒が身に付けてる装束は顔を覆うほどのフードと口元の覆いが有ったので素顔を十分に隠せた。
他の信徒達もまさか中身が入れ替わって居るとは思わず、狩りの一団はドラッケンホフ城に帰っていった。
______________________
ミドンランド公爵宮城
数本の燭台に灯る気味の悪い青い炎が暗闇を照らす。
火傷の跡も消え、仮面を外した黒仮面卿が跪く、その素顔は黒髪に白い肌、歳の頃は30程の青色の目をした美青年である。
ボリス
『貴様の怨敵がドラッケンホフ城を攻めた。』
黒仮面卿を肩が微かに震える…怒りに震えていた。
ボリス
『その怒りを御し得なかった故に貴様は負けたのだ。』
黒仮面卿
『負けてなどおりませぬ‼︎
あの場で義父上がお止めにならなければ‼︎』
そう言った瞬間黒仮面卿の体は宙に浮かび天井に叩きつけられたかと思いきや、今度は床に叩きつけられた。
ボリス
『あの男を確実に殺さねば、我が宿願も貴様の敵討ちも何もかも果たせぬ事を忘れるな‼︎
我が宿願は成就寸前、だがあの忌々しい女狐に誑かされた男共の子孫が居ては大事に触るのだ‼︎
ましてや貴様の今の体たらくでは到底奴には敵わぬ‼︎』
黒仮面卿は更にボリスの手に引き寄せられ首を掴まれ、苦悶の表情と堪える声を上げる。
ボリス
『怒りをコントロールせよ黒仮面卿。
怒りとは解き放つべき時のみ解き放ちそれ以外は身の内に秘め力とするのだ。』
黒仮面卿
『はい…義父上…。』
ボリスが手を離すと黒仮面卿は床に落ち、咳をしながら息を整えた。
ボリス
『貴様は一万騎連れドラッケンホフへ向かえ。
もはや彼の地の役目は終わったが、今暫く女狐の軍勢を留めねば為らぬ。
そしてその場でレオンクール王朝の跡取りを殺せ‼︎』
黒仮面卿
『ハハァ…‼︎』
ボリス
『それと、選帝公達の事は他の将軍や子らには決して伝える事はならぬぞ。
手駒はまだ多い方が良い、そして忘れるなあの者らは我らの宿願の為の贄だ。
それ以上は当然だがそれ以下でも無い忘れるな。』
黒仮面卿はその場から立ち去ると、ボリスはただ一人暗闇の中に立ち笑っていた…。
______________________
ドラッケンホフ城城下町。
クーロンヌやアルトドルフ、そしてミドンランドよりも小さいとはいえそこそこ巨大な城塞都市であるドラッケンホフ城の城壁を超え、町に入ったタジムニウスの次なる問題は本丸に入る事で有った。
件の化学兵器が製作されているのは間違いなく城だがそこに入る為には一般の信徒では困難だし入れても恐らく併設されてるであろう礼拝堂ぐらいが良いとこで有る。
そしてその存在も隠されているだろう。
タジムニウスが聞いた話では末端の信徒達には彼らの信じる吸血鬼、よりも更に上の存在として教えられている混沌の神々なる存在が引き起こした奇跡という事になっているようだった。
吸血鬼教の教えでは吸血鬼はあくまで使徒であり、彼らはヴォイドの門を開け妖異達を呼び寄せる。
混沌の神々とはヴォイドの妖異達の事を指すのだろう。
タジムニウス
『あの連中を信奉するとは…エオルゼアもここも大して変わらんな。』
兎も角過去の文献の通りの大規模なヴォイド門が開かれれば霊災に匹敵、もしくは本当に終末の再来を引き起こしかねない。
阻止する為にも城に入らねばならない。
さぁ、どうするか…一人思案を重ねていると目にある人物のやり取りが飛び込んできた。
その男は娼館より出てきた。
見たところ他の信徒達よりも豪華な装束を着ている、恐らく司祭か何かだろう。
全く聖職者…邪教だが神に仕える者が俗世の底ともいえる娼館から出てくるとは何事だろう。
いやそもそも狂信的に教えを唱える人間程、口程にも神罰という物を全く信じていなかったりその内面はどうしようも無い奴らが多いのは世の常だが、周りにいる信徒達は恭しく礼をするだけなので恐らく都合の良い事になっているのだろう。
兎も角タジムニウスにとっては好機でしか無い。
幸い相手はベロンベロンに性と酒に酔っているもはや正常な判断など出来やしない。
タジムニウスは咳払いをすると先回りして暗い路地で件の男を待った。
そして通りかかった瞬間女の様な声で呼んだ。
タジムニウス
『もし、そこの方。
どうか私にもご寵愛を。』
男
『んあぁ?
誰だ、姿を見せよ。』
タジムニウス
『お見せしたいのはやまやまなのですが、私生まれたままの姿でして、立派な司祭様のご寵愛をいただきたいのです。』
男
『おお、そうかそうかならば寒かろう我輩が温めてやろうグヘヘへ。』
哀れその男が路地に消えた瞬間、男に抱きついてきたのは美しくも醜くも晒した女の肢体ではなく他の信徒達と同じ様な水ぼらしい装束を見に纏ったタジムニウスだ。
しかもタジムニウスはあっという間に男を組み伏せると物陰に隠れて短剣で男を尋問する。
タジムニウス
『動くな。
妙な真似をするなよ、声を上げた瞬間俺が手首を少し動かしただけで貴様の首は掻き切れるぞ。』
男
『ヒッ‼︎
頼む、殺さないでくれ。
俺は雇われただけの錬金術師なんだあいつらの仲間じゃねぇ‼︎』
タジムニウス
『錬金術師?
なら都合がいい、ソルランドの境で起きた戦いで使われた化学兵器の事を知っているな?
どうやって作った、解毒薬は有るのか?』
錬金術師
『つ、作り方は知らない‼︎
あんな出鱈目な物普通なら出来るもんか。
連中材料と水を鍋に突っ込んだ後、炉にできた窪みに宝石を差し込んだ後、俺に火加減と煮方を教えたら出てちまって仕方なくその通りに掻き混ぜてたら材料が何故か溶け出してて、俺も何が何だか分からないんだ。』
タジムニウス
『解毒薬は?』
錬金術師
『抽出する時に出る上澄み液がそれだ。
血清と原理は一緒だ!
確かに奴らの幹部がそう言っていたのを聞いた。
だが連中これには用がないし、奪われでもしたら面倒だって上澄み液を何処かに隠した。
恐らく処分したかもしれないが、それが欲しいなら連中また新しい薬を作ってる、上澄み液もある筈だ頼む離してくれ!』
タジムニウス
『まだだ、どこで作ってる?
城の中か、どうなんだ‼︎』
錬金術師
『城の二番目に高い塔だ。
煙突が有るだろう?
あそこから出てる煙が薬を作る時に出る湯気だ。』
タジムニウスは望んだ答えを手に入れた瞬間この男を締め落とした。
そして身包みを剥ぎ、今度は錬金術師の服に着替える。
タジムニウス
『材料というよりもその宝石が肝の様だな、兎も角上澄み液が解毒剤なんだな、問題はそれを増産できるかだが…。』
______________________
ドラッケンホフ城城内
なんて気味の悪いところだろう。
漆黒の城は中も漆黒、むしろ湿気や陰湿な空気のせいで外観よりもドス黒く感じた。
城中から黒魔法を唱える声が聞こえてきた。
アシエンやその手先となってしまった人間や獣人達が唱えていたそれに似通った何かは光の世界の住人であるタジムニウスを蝕もうとしている。
だがそうならないのは彼が光の加護を受けた人間だからに他ならない。
幸いこの格好をしている限り怪しまれる事はないだろうが、もし先日の戦場に居た吸血鬼や死霊術士に鉢合わせすれば流石に分からない。
タジムニウスは物陰に隠れ一瓶の薬を取り出す。
幻想薬
一時的とはいえ自身に幻想魔法を掛け、魔法使いで無くても別人に変身することの出来る優れ物である。
タジムニウスはそれを飲み干すと身を震わせる。
そして先程脅した錬金術師に姿を変えた。
タジムニウス
『よし、行くか。』
ついでに変わった声のテストを兼ねてそう呟くと件の化学兵器の製作所まで歩く。
蠢く亡者達の気配が無い…。
そもそもここに至るまで生者以外見ていないのだが、一つの不安要素になっていた。
タジムニウス
『もしここの見張りにでも使われてたらゾッとしないな…。
アイツらを見ててわかるが生者の様に視覚や音では無く、獣の様に気配や匂いで察知してくる。
揉め事を起こしたら逃げきれないぞ。』
暫く歩くと話し声が聞こえてきたのでまた物陰に隠れる。
死霊術士
『あの件の化学兵器のお陰で我らの勝利は決まったも同然だな。』
死霊術士
『左様、あれこそ我らが使徒たる吸血鬼様のお力に他ならぬ。
我らが賜りし宝珠無くばあれは作り得ぬし、その逆も然り。』
死霊術士
『何より敵が奪いにくる心配も無いからな。
あれだけモロに喰らえば生き永らえることが精々。
しかも解毒の薬になる製造の過程で出る上澄み液は全て処分している。
奴らは死に絶える。』
死霊術士
『そして我らの兵力に…フハハハ。』
死霊術士達は笑いながら去っていった。
タジムニウス
『決してそんな事にはしない。
吠え面をかかせてやる。』
そして遂にタジムニウスは件の部屋に辿り着く。
そこでは忙しく死霊術士や錬金術師達が動いていた。
効果の程が分かったことから大量に生産しようとしている様だ。
自分達で使うためか、それとも売るためなのか…。
タジムニウスは薬の確認をする様に見せかけて机に置いてあった本に目を通す。
そこには薬の使い方が書いてあった。
どうやらこの薬は時が経つと液体から気体になる様でその気体を吸うと先の症状が出るようだ。
そして気体に気化した分だけその範囲は広がる様だ。
そして液体で使えば、ほぼ即死に近い効果を発揮する事も書いてあった。
つまり先の戦闘で巨人の体に入れられていたのは大量の薬を入れておき、そして中で気化させて溜めておく為だったのだ…。
タジムニウスは薬を煮込んでいる鍋に近づき、上澄み液を瓶に掬うとしっかり栓をし、煙突の裏に何かを仕掛けた。
彼は件の宝珠を探しながら有りとあらゆるところに何かを仕掛けた。
そして遂に彼は宝珠を見つけた。
それは一際で大きい炉に嵌め込まれていた。
丁度そこに人が立っていたから遮られて見えなかったが、なんともまぁ、さも重要な物ですよと目立つ場所に嵌め込まれていた物だ。
タジムニウス
『流石に今頂戴するのは危険過ぎるな…真夜中を狙うとしよう。』
夕食を告げる不気味な鐘が鳴り、いそいそと死霊術士達と錬金術師達が部屋から出ていくのでタジムニウスも後に続いた。
今部屋に残るのは明らかに不自然で疑われたくないのが一つとあの宝石を奪ってから暫くは悟られない様にしないと脱出の時に面倒になるから偽物を調達したかったからだ。
タジムニウスは食堂に着くと大勢の高級幹部達が既に揃って椅子に座っており、なんと上座には件の吸血鬼が座っているでは無いか。
タジムニウス
『勘弁してくれ…』
そう心の中で呟いたが、もう逃れられない。
席に着くと、混沌の神々、つまりヴォイド十二階位とそれの使徒たる吸血鬼を讃える祈を唱え始めた。
どうやらどこの信仰も食事や寝る前に祈るのは変わらない様だ。
そして幸いな事にタジムニウスが居る食卓は錬金術師達の卓で死霊術士や司祭が居ないのと少なくとも自分の周りは雇われ錬金術師達ばっかりだったのかあぼだらな祈りを唱えていたのでタジムニウスも同じ様にアボダラ経を唱えた。
さて出された食事だが、ライ麦パンにトマトと豚肉とキャベツのスープ、ソーセージにザワークラウトとそれなりに豪勢であった。
城下で見た食事は芋粥に薄い芋のポタージュとかそれくらいだったのにえらい違いである。
タジムニウス
『聖職者なんてそんなもんだよなぁ…まさかカルカソンヌ公も…。』
ジャンにすら疑いの目を向けたくなったタジムニウスだが、この場で言わせてもらうとジャンにとってそれは濡れ衣であった。
彼は少なくとも自身の領民が酷い食事をしている様なら自身は断食してしまう様な聖職者の鏡のような人物である。
……いや訂正しよう決してその様な殊勝な理由では無く、彼の前職魔法研究者時代から彼は食事など栄養さえ取れれば良くそれよりも魔導書を読み漁りたいタチなので関心が無かったので皆領民や家臣に与えてしまい、自身は干し肉とクラッカーを齧ってお終いにしてしまうのだが…。
話が脇道に逸れてしまった。
兎も角もタジムニウスはどこか後ろめたくなりながらもその食事にありついた。
味は悪く無い…だがブレトニアの城やカタリナが作った料理の方が何倍も美味と思った。
そう思わせたのはどこかに感じる妙な味だった。
どこか薬ぽく、普通ならこんな味がしない筈だった。
それを顕著にしたのは汁物だった。
そして何と水や食後のシェリー酒にまで似た様な味がしたのだ。
シェリー酒はとんでもない安物だったのでまだ仕方ないとすら思ったが水までこんな味がするとは思わなかった。
怪しまれてはまずいので全て食べたが大食漢たるタジムニウスの食欲を減退させるには充分だった。
タジムニウス
『戻ったらゲルト卿とヤ・シュトラに診てもらおう…何かとんでもないものを食わされた気がする。』
食事が終わったものから退出する事が許されるらしく、タジムニウスはそそくさと食堂を出た。
そして吸血鬼が一瞬だけ自分の背中を突き刺す様な視線で見たのを感じとった。
風に当たるために城壁を散策する事にしたタジムニウスは城の城壁までやってきた。
外は次から次へと家の灯りが消え始めどうやらそろそろ城塞都市全体が眠りにつく頃合いの様だ。
タジムニウス
『さっきの事と言い、長居はもう出来ない。
…逃げるなら今のうちだな。
この時間だからなのか見張りが多くなってきた。
兎も角宝珠を盗んでとっとと逃げるとするか。』
とは言うものの宝珠を取るだけ取って見張りに盗られたことが知れれば抜け出すのも至難の業…。
先も述べた通り時間稼ぎが必要なのだ。
さてどうすると歩き回っていると、防衛用の投石機を見つけた。
もう既に対歩兵用ということで無数の岩の礫が装填されている。
タジムニウスはその一つを頂戴すると鍛冶場に向かった。
鍛冶場では信徒達のためか亡者達の為から多数の武器や鎧が並べられ、鍛治職人達がせっせと武器を作っていた
鍛治職人には錬金術で使う道具が壊れたので修理すると言った。
鍛治士が自分でやろうかと言ったが拘りがあるので自分でやらせてくれと断った。
一応、彫金師としての技能があるタジムニウスにとって宝石を加工するぐらいの事は彫金師にとっては基本であり、ましてや石をそれっぽく加工するなんて朝飯前だった。
宝珠そっくりの形に石を打つと、調達してきた塗料で塗って、鑢で光沢を出す。
遠目で見れば宝珠そのものと見間違える位の代物にはなった。
さぁ、後は行動するだけだ。
急いで件の部屋まで取って返し、扉をそっと開け誰もいない事を確かめた。
居ないと分かると忍び込み、宝珠に手をかけようとしたがタジムニウスは一回炉の周りを調べた。
タジムニウス
『ガレマール製の警報装置でもあったら大変だからな…。』
調べたところその類のものは無い様だったので、宝珠を抜き取り、偽宝珠を代わりに嵌め込んだ。
タジムニウス
『よし…。
後は逃げるだけだ。
そういえば鍛冶場で見たあの大量の武器や鎧は何処から来たんだろう…この城や城下だけではあれだけ揃えるのは困難だ。
ミドンランドからだろうか…だがあの作りは…。』
と一人ぶつぶつ言っていると扉の外から複数の話し声や足音が聞こえたので慌てて隠れた。
なんと死霊術士と錬金術師達が入ってきて、作業を始めたのだ。
そうまさかの三交代シフト制二十四時間ぶっ続けで件の化学兵器を作っていたのだ。
タジムニウス
『夜くらい仕事すんじゃねぇよ、こいつら宗教結社なのか製薬会社なのか分からなくなったぞ。』
と呟いたは良いものの今度は出るに出にくい状況になってしまった。
何事もなかったように立ち去れるか…皆忙しなく働いてるから上手くやればいけそうだが…。
ええい、ままよ!
と何食わぬ顔で隠れていた物陰から何か探し物をしているかの様に出てきて、何食わぬ顔で出口まで歩き出した。
だがあともう少しと言うところで呼び止められた。
錬金術師
『おい、何処へいくんだ?
交代まではこの部屋から出られないぞ。』
タジムニウス
『ちょっともよおして来たから厠にでもと。』
錬金術師
『ならそっちじゃなくて向こうのドアから一直線だろう。
お前…なんか怪しいな、よく顔を見せろ。』
一番言われたくない事を言われてしまった。
実はもう既にタジムニウスの幻想薬の効果が切れかかっていて、今直ぐにでも変身が解けそうになっていた。
最早止むなし…扉は開いている。
走り出した!
その場にいた錬金術師と死霊術士は敵だと気づく。
侵入者だ‼︎と呼ぶ声が後ろから響く。
タジムニウスは懐から魔導機械を取り出す。
そして機械のボタンを押すと、件の部屋が爆炎に消えた。
中に居た人間の形跡すら飲み込み、部屋を跡形もなく消しとばした。
城に大穴が空くような事態となれば、城中全員叩き起こされ、敵襲及び侵入者有りと忙しくなる。
タジムニウス
『やり過ぎた…あんなに景気良く仕掛けるんじゃ無かったな…城門はもう閉ざされてるだろうし、城下もえらい騒ぎだろう。
兎も角城からでないと話にならない。』
誰とも鉢合わせないようにしなければならない。
この事態に城の出口の方に向かう者がいたら、それこそ怪しい。
城の中、出てから外からも人目を気にしなければならないのだ。
さてそう考えているうちに武器を持った兵…生者か亡者かはもうこの際関係無いが、やり過ごせるか怪しい。
タジムニウス
『さぁ、困ったぞ…ん?』
タジムニウスの目に飛び込んできたのは空の木箱だった。
最早迷う事なく被る。
どうやら生者であった衛兵達は木箱になど目もくれず走っていた。
兵たちが去るとタジムニウスは木箱をかぶりながら走り、人の気配を感じるとしゃがみ、途中で被るものを変えるなど、おおよそ普通の人間が見たら正気を疑う行動の数々を繰り返しながら順調に逃走してきた。
タジムニウス
『なんで上手く行っているんだ…?』
こちらが聞きたい。
当事者が理解出来ない奇跡を起こしながら城門まで辿り着いたが案の定門は閉じ、兵達が武装して固めていた。
然も城の外と内側をクロスボウを持った兵が警戒していた。
タジムニウス
『あれはちょっと無理だな…。
隙を見て城壁に登って…ロープで降りるとするか。』
と言った矢先であった。
衛兵
『居たぞ、こっちだ‼︎』
矢やボルトがタジムニウスの顔を掠め飛んできた。
見つかってしまった。
タジムニウス
『しまった‼︎
クソしぶといな…。』
もうこうなったら囲まれたら命は無い。
タジムニウスは城壁を目指して一目散に走る。
もはやこの騒ぎでは街の中に降りるのも危険だ。
だが城の中には居られない。
すると前からも敵が走ってくるでは無いか。
一か八かそれなりの高さがあるが、冒険者だった時のように魔力で身体を強化して高所から飛び降りるかと思ったがタジムニウスが居た場所の丁度真下は用水路だった。
生活用水を汲み上げる水路で然もそれなりに深さがある。
意を決してタジムニウスは用水路に飛び込んだ。
敵兵も慌てて城壁から顔を覗かせる。
衛兵
『水路に飛び込んだぞ‼︎』
衛兵
『この高さだ無事ではすむまい、生きていたとしても、息が保たず顔を出すはずだ。』
だが一向に顔を出さないので、衛兵達はくせ者は、着水の衝撃で気絶し溺死したと判断し、用水路各地に張り巡らされた濾過用の溜め石にでも引っ掛かるに違いないとそれらを見張る為に城壁から離れていった。
さてタジムニウスはと言うと東方にてコウジン族と呼ばれる亀の姿をした獣人達のお陰で得た加護によって水中でも息ができる為無事だった。
水の中から様子を伺っていたタジムニウスは人の目を避ける為に用水路を少し下り、下水道の方に入った。
用水路の水を下水道にも流しているのだ。だから用水路の所々に下水道に繋がる入り口があるのだ。
タジムニウス
『明日、というより今日の夕暮れになったら、また水路を泳いで街中に入ってそこで出会った敵兵をまた倒して装備を奪うしかないな。』
タジムニウスが外を伺っていると、後ろから撃鉄を起こす音が聞こえ、銃口をピッタリと頭に向けられているという殺意を感じ取った。
?
『両手を上げろ。』
タジムニウスは言う通りにする。
声の主は続ける。
?
『武器を川に捨てろ。』
タジムニウス
『この二つは私にとって最後に残った財産だ。
出来ねば捨てたくない、そちらに蹴って寄越す事にしてもらえないか?』
タジムニウスの問いに声の主は少し悩んだが、ゆっくりとやるなら良いと言う事でタジムニウスはゆっくりとガンベルトを外し、リボルバーと父から遺された短剣が入ったベルトを足で後ろに蹴った。
すると声の主がおい、と声を掛けたのでどうやら複数人に背後を取られたようだとタジムニウスは悟った。
?
『武器は預かった。
次はゆっくりとこちらに向け。』
言う通りにゆっくりと振り返る。
銃を向けて尋問していたのは女だった。
アウラ族の肌の浅黒い女だった。
その後ろにルガディン族の男とララフェル族の少年だ。
アウラ族の女
『…この騒ぎは貴様が引き起こしたことだな。
彼奴等の仲間ではないな、何者だ。
素顔を見せて名乗れ。』
まずい…既に幻想薬は無い、タジムニウスの素顔は敵地に居る者が知っている可能性は低いが、彼の翡翠色の眼の意味を知らぬ者はこの国には居ない。
タジムニウス
(正体がバレたらまずい事になる…。
こいつらの正体が吸血鬼教の連中じゃなくてこちらの味方でも無いのなら…。
もはやこの辺りの勢力で考えられるのはもう奴ら(民主主義革命勢力)しか考えられん‼︎)
だがこの場を切り抜けることは不可能。
タジムニウス
(こうなれば一瞬の隙に賭けるしかない。)
タジムニウスはフードに手を掛け脱ごうとした。
その時、彼は少しだけ顔を下に向けた。
フード等を脱ぐ時に人が良くやる仕草だが、彼はその一瞬口の中でちょっとした魔法を詠唱していた。
それは彼が冒険者タジムンティス・フェデリウス時代の時に正体を隠す為片目を別の色に変える幻想魔法であり、今回は片目ではなく両眼にそれを使ったのだ。
両目とも蒼い瞳になるのは一瞬、フードを脱ぎ終わる頃には翡翠色はすっかり隠れていた。
アウラ族の女
『惚けた三枚目と言ったところか、まぁ悪くない。
肝も据わってそうだ。
さぁ、名乗んな。』
タジムニウス
『俺はしがない泥棒さ。
この城にはでっかい宝石が有るって聞いて奪いにきたんだが、この始末さ。』
アウラ族の女
『あの城や街を抜けてここまで来るとはあんた相当やるね…どうだい、逃してやる代わりに私らのところに働かないかい?』
ルガディン族の男
『良いのか?
こんな得体の知れない奴を引き入れて。』
ララフェル族の少年
『良いんじゃねぇか?
腕は悪くなさそうだし、味方は幾ら居てもボスも困らねぇよ。
それにコイツはこの話を受け入れない限りここから逃げられない。』
どうやらこの話に乗った方が良さそうなのは間違いない様だ。
あまり時間は無いが、敵情を知るにはもってこいだった。
少なくとも民主革命運動の本拠地を知っておけば先手が取れるのは間違いないのだから。
タジムニウス
『分かった…俺もここから出たい。
その為ならなんでもする。』
アウラ族の女
『決まった、だが手は縛らせて貰うよ。
あんたが選帝諸侯かブレトニア王国の間者かも知れないからね。』
こうして縛られたタジムニウスはルガディン族の男に縛られ歩かされた。
どうやらこの下水道の中に入っていく様だった。
タジムニウス
(まさか帝都の様に隠し通路があるのか…?
かつてこの地を治めていたバットランド公用の脱出路か、なら宮城の近くに作るもんだが…。)
暫く薄暗く異臭を放つ水路を歩くと行き止まりに差し当たった。
そしてララフェル族の少年が杖を構える。
ララフェル族の少年
『岩戸よ開け、秘められし役目を果たせ。』
どうやら合言葉に合わせて魔法が発動する仕組みだったらしい、少年がそう唱えるとレンガから鍵穴の様な物が現れ、少年が杖を差し込み時計回りに回すとレンガは扉の様に開いた。
そして一行は星明かりに照らされた。
兎も角脱出出来てタジムニウスは安堵の息を吐く。
だがまだ苦難は終わっていない、仕方なかったとはいえ虜囚の身になっている、この状況を脱しない限り決して状況は好転しない。
するとアウラ族の女が手に持っていたのは黒い布、襷であった。
アウラ族の女
『悪いがここからは目隠しだ。』
タジムニウスは目を覆われ、今度はルガディン族の男に抱えられる事になった。
もはやこうなっては致し方なし。
大人しく抱えられる任せる事にしたタジムニウスは頭の中で逃げ出す算段を打ち立てる事にした。
さて暫く夜の闇の中を歩いていた一行は森の中に入った。
タジムニウス
『梟の鳴き声…森の中でも入ったか?』
するとアウラ族の女が声を掛けた。
するとどうやら自分達の前から今度は別の声が聞こえてきた。
ララフェルの少年
『ここからは馬車だってよ泥棒野郎。』
タジムニウス
『馬車か、あんたらこの辺を根城にしてる同業者だと思ってたけど、どうも違うらしいな。』
アウラ族の女
『悪いがあたしらはそんなちゃちな存在じゃないんだよ、乗せな。』
ルガディン族の男はタジムニウスを馬車の荷台に放り投げた。
タジムニウス
『手荒いな、腰が砕けたらどうしてくれるんだ。』
アウラ族の女
『振る相手が居るのかい?』
タジムニウス
『試してみるか?
そっちが立てなくなるぜ?』
アウラ族の女
『益々気に入った。
ボスに会わせてやるから大人しくしな。』
敵を知り、己を知る、さすれば百戦危からずという諺がある様に敵を知れば有利に動ける。
そのチャンスが自ずと転がり込んでくるとはなんとも奇妙な事だがこの際はもはやどうでも良い良いとタジムニウスは思った。
タジムニウス
(相手が如何程か見定めさせてもらおう。
馬車といい、うまく隠しているつもりだろうが連中の装備は官給品並みにしっかりしてる。
大方何処かの小都市でも抑えたな。)
精査するには情報が足りない。
元よりタジムニウスにとって帝国の地は未踏の地、土地の特徴やなんやらで何処に居るのかという見立ては立てれないのだ、なら最早為す術無し、と言わんばかりにタジムニウスはなんと眠り始めた。
しかも寝息を立てるときたもんだからこの連中も驚きを隠せなかった。
呑気というか、剛毅というか…兎も角一角の人物なのかそれともただのど阿呆なのか益々タジムニウスの正体が何なのか分からなくなっていた。
暫く直走って馬車はとある場所に着いた。
タジムニウスは音から得られる情報でどうやら人の集落に入ったことまでは分かった。
そして馬車が入る前と入った後の音で彼は城塞都市クラスの街に入ったことを理解した。
城門を開ける音、馬の蹄の音と馬車の車輪の音が舗装道を走るそれだったからである。
タジムニウス
(この連中城塞集落を支配下に置いてるのか…?
結構やるじゃないか。)
暫く馬車に揺られているとどうやら目的地に着いたらしい。
タジムニウスは抱えられまた暫くおぶられたままだった。
そして暫く経って椅子に座らせられると手を後ろに縛られた代わりに目隠しは外してもらえた。
タジムニウス
『一体どこに連れてきたんだ?
そしてあんたは一体誰だ?』
タジムニウスは、久し振りに見る外の世界で先ず1番に映り込んだ人物に問うた。
その男は浅黒い肌のアウラ族で見た目は流浪の傭兵といった見た目をしていたが、腰にリボルバーを二挺腰に挿している。
アウラ族の男
『俺は、ジョン、ジョン・モーガン。
ここ、ハーフランドを根城にさせてもらった革命家だ。』
タジムニウス
『モーガン…?
あんたダッチ・モーガンの身内か⁉︎
三十年くらい前にこの国で起きた民主革命蜂起の指導者。
蜂起の鎮圧と逮捕した人間とその一族郎党罪の重さに問わず皆殺しにあったから諸外国でもすごい噂になったってガキの頃に聞いた事があるが。』
ジョンはタジムニウスに顔を近づけた。
ジョン
『疑わないのか?
俺がダッチ・モーガンの後継者の振りをしてるって?』
タジムニウスは直ぐに答えた。
タジムニウス
『ああ、腰に挿した拳銃の位置、肖像画で見たダッチまんまだ。
それにこの国でモーガンを名乗って派手にやるなんてマトモならそんな事はしない。
コソコソやる小悪党ならまず避ける。
だがアンタは隠さず名前を明かした。
大きな事をやろうとする奴の覚悟を感じる。』
ジョン
『お前の名前も教えてくれ大泥棒さんよ?』
タジムニウス
『盗みは失敗した。
大泥棒なんてとてもじゃないが名乗れないよ。
…エドモン、エドモン・ダンテスだ。』
ジョンにそう名乗ったタジムニウス…いや、エドモンは買い被らないでくれと身振りをしながら答えた。
ジョン
『ダンテス、俺たちが何者か分かってるか?』
エドモン
『同業者って訳ではなさそうだな。
あんたの周りにいる奴らを見させてもらったが一端の軍隊みたいに武装してるみたいじゃないか。
選帝諸侯か、ブレトニア王国に味方するつもりか?』
アウラ族の女
『ふざけるな‼︎
なんであんな奴らと戦わなきゃならねぇんだ‼︎
あんな人でなし共と‼︎』
先程タジムニウスを連れてきたアウラ族の女が急に態度を荒げた。
この嫌われようは取り付く島がなさそうだなとタジムニウスは心の中で思った。
エドモン
『じゃあ、あんたらはなんだ?
ハーフランドはライクランド帝国の選帝諸侯の一翼、小さいがちゃんとした城塞都市だ。
あんたらを見る限りハーフランドの守備兵にも見えない。
どさくさに紛れて山賊が支配したとも考えられない。
見当がつかん降参だ。』
ジョン
『今、自分で答えを言っていたろ?
俺達はダッチ・モーガンの一党の残党とその子供達、そして賛同者達の集合体、まぁ、便宜上『ダッチの子供達』とでも名乗っておこうか。』
エドモン
『だったら尚更解せぬな。
ハーフランドの守備兵は当然だが、ハーフランド公は手勢を率いて此処に戻ってきていなかったのか?
あんたらの装備と数が如何程いるか知らんがそう易々と領地を差し出すような連中では無いだろう?』
ジョン
『奴さんらはミドンランドに立て篭って出てこなくなったのさ。
領地そのものが要塞となっているあの地にいる方が安全だと言わんばかりに兵達を一切ここに戻さなかった。
結果、盗賊は徒党を組んで農村を襲う、吸血鬼教の連中が略奪しに来る、まさに地獄だ。
そこを俺達が救い出したのさ。
自身の安全と保身以外に興味の無い無い貴族共と名誉だの誇りだのと謳いながら肝心の民衆には何一つ救いの手を差し伸べないブレトニア人のタジムニウス・レオンクールとか言う余所者よりも、ダッチが掲げた自由の理想と俺たち民衆が立ち上がって俺たちの国を作る!
もう誰も苦しまなくて良い、そう言ったらここのみんなは大いに賛同してくれたよ。』
タジムニウスはジョンの話を聞きながら内心は穏やかでは無かった。
先ず、タジムニウスは決して民草を疎かにした事は無かった。
その愚かさを恨み、軽蔑した事あれど、見捨てたことは無かったのだ。
戦の功績に隠れてしまいがちだが、彼は民衆の苦境から目を逸らさず、それに必要な対処をしてきた(尤も知見が足らぬ故それが出来る人間に一部丸投げしてしまっているが)。
帝都の戦いにおいての重要施設確保を優先したことが帝国領内の民衆の反感を買った事は知っていたが、まさかこれ程とは思わなかったのだ。
民衆への物資配給もまだ完全ではなく、物資を軍に優先せざるを得ない状況ではあるが、民衆からしてみればそんな事はお構いなしだ。
民よりも自分達を優先した。
そう一度思われてしまえばもはやどうにもならないのだ。
この戦いは国防戦争では無く内戦であり、言ってしまえば支配階級の権力争奪でしかないのだ。
最初はガレマール帝国からの独立、だが次第にそれに組みして最後は全てを握ったボリス・ドートブリンガー以下選帝諸侯との内戦に変わっていった、ブレトニアの民草は兎も角ライクランド帝国に住まう民草からしてみれば自分達は巻き込まれているに過ぎないのだ。
タジムニウス
(民草を顧みない貴族や皇室よりも自身達の手で政治を掴む方がマシという事か。
愚かな、むしろその道の方が遥かに不利益を被るだろう。
彼らの子孫を待たずして彼ら自身が腐敗するに決まっている。
虐げられ続けた者が力を持ったら何をするかわからないと言うのに。)
だが今はそれを考えている時ではない、タジムニウスはダンテスに戻った。
エドモン
『あんたの言う通りだ、戦争ではいつも弱い民衆が割を食う、勝っても負けても民衆には何一つ顧みない。
おれはそんな奴らに一泡吹かせたくて盗賊になったんだ、頼む、俺を仲間に入れてくれ‼︎』
急に仲間に入れろと言う嘆願にジョン達が驚いたのは無理もなかった。
ジョン
『おいおい、そんな軽くで良いのか?
俺達は客観的に見ればテロリストだぞ?』
エドモン
『構うもんか、俺はどっちにしても貴族どもに捕まったら縛り首だ、それならいっそここで革命とやらに乗っかりてぇ‼︎』
ジョン
『まぁ、いいだろう気に入った。
カレン、離してやってくれ。』
カレン
『兄貴、良いのか?』
ジョン
『どっちにしてもここからは出られん。
腕の立つ奴は一人でも欲しい。』
カレンはエドモンの後ろに立つと縄を切った。
ジョン
『民衆の為に力を貸してくれダンテス。』
エドモン
『おう、任せてくれ。』
ジョン
『カレン、案内してやれ。』
カレンはエドモンの前に立つと釘を刺した。
カレン
『変な真似したら直ぐに頭を吹っ飛ばしてやるからね。』
エドモン
『気をつけるさ。』
カレンに連れられてエドモンは城下に出た。
ハーフランドの民達は革命機運に酔わされてはいるにしても変わらず生活していた。
ここを守る筈だった守備兵より、あり合わせの雑多な小火器や剣や槍で武装した彼らの方が遥かに頼りになるのだろう。
エドモン
『街の人達は普通に暮らしてんだな、もう少しピリピリした感じかと思ったが。』
カレン
『あたしらはこの人達を戦士にしたり、食べ物や金目の物を調達するようなことは一切してないからね。
あくまで貰ってるのは…』
すると偶々通りかかった八百屋の大将が二人分のリンゴをカレンに投げ寄越した。
カレン
『こう言う寄付だけさ。』
そう言いながらカレンはリンゴを齧りながらエドモンにもう一つのリンゴを渡した。
エドモンも会釈を八百屋の大将にしながらリンゴを齧り、後に続く。
カレン
『だがみんなが穏やかに暮らしてるわけじゃない、見なよ。』
カレンが指差すと三階建ての家を建てようとしている大工達が居たが、よく見るとまだ若い未熟そうな大工やあろう事か大工では間違いなく無さそうな女子供も手伝っていた。
カレン
『ここの領主だったハーフランド公が見栄を張る為に腕の立つ大工や男達を無理くり徴兵して、何処もかしこも人が足りなくなっちまったんだと、結果大工仕事なんて全く知らない女、子供達の手を借りねぇと家すら立てらねぇ始末さ。』
すると木材を吊り上げていた紐がはち切れた。
木材は真下に落ちようとしていた、そしてその下には子供がいた。
その子供を庇うように母親が覆いかぶさる。
カレン
『危ない‼︎』
カレンが叫ぶのと一緒にエドモンが飛び出す、近くにあった木の棒を巧みに操ってその木材を全部跳ね飛ばした。
エドモン
『棒術はあまり得意じゃないんだが、上手くやれたみたいだ。』
未だ震えてる母子にエドモンは声を掛ける。
エドモン
『もう大丈夫、怪我は無いか?』
母親
『は、はいありがとうございます!』
子供はスッカリ心が抜けてしまっているらしく、完全に呆けてしまっていたが母親に抱かれながらその場を後にしたがその目は確実にエドモンを見ていた。
タジムニウス
(英雄に憧れる人間をまた一人作ってしまった…後に災いにならないことを祈らなばなるまい。)
カレン
『ダンテス、よくあの場に飛び出せたな感心したよ。』
エドモン
『咄嗟の事だよ、俺は両親を早くに亡くした物心つく前にな。
その所為かも知れないな。』
エドモン、いやタジムニウスは何処か後ろめたく答えた。
タジムニウス
(戦後の復興…俺の手腕はここに至るまでどれほど被害を抑えられるかに掛かってくるだろう。
急がねばなるまい。)
カレンに街を案内してもらったタジムニウスは内心感心していた。
彼ら革命勢力は装備こそ貧弱なれど士気十分、傭兵を雇用して訓練させ、元軍人や技術者を巻き込んでいるおかげでハーフランドの戦争機械すら備えていたのだ。
もはやちょっとした国の軍隊である。
タジムニウス
(舐めて掛かるとそれこそ飛空艦艇を失いかねないな。)
組織については分かった。
だが組織の幹部については全く知らない。
タジムニウスは、カレンに探りを入れるべく話を振った。
エドモン
『そう言えば、あんたと大将は兄妹なのか?』
カレン
『ああ、ウチらは昔はもっと東方に住んでたんだ。
だがアルトドルフ帝国の東方侵略が始まって、帝国の近くに住んでた私らの両親は奴隷として囚われた。
あたしらを捉えた貴族は不当に略奪を働いた事がバレてお取り潰しになったが、自由の身になってもあたしらの両親は故郷に帰れず異国人として苦しい毎日を送って、兄貴が生まれて暫くして私が産まれたもんだから余計生活が苦しくなって二人とも死んじまった。
兄貴が六歳、私が四歳の時さ。
そん時住んでた所の領主が重税を課して、アルトドルフがガレマールに負けた後でも、そいつはガレマール側に付いたから領地はそのままめちゃくちゃな重税もそのまま残された。
目の前で同じ境遇のやつが苦しんで死んでいく。
あいつらは自身の特権を守る為ならいくらでも私らを食い物にした。
酷い時は…。』
とカレンは口籠もり腕を抱いた。
これ以上は思い出したく無いのだろう。
自身の父と主君を失う原因となった祖国の腐敗と怨恨、タジムニウスも1日たりとて忘れたことはない、だからこそ同じ境遇にあるカレンやジョンとは何処か親近感のようなものを抱いていた。
だが、その怨嗟の矛先は自分にも向けられている事もよく分かっていた。
遅かれ早かれ彼らとは矛を合わせなければならない、理想や正義は常にぶつかる。
タジムニウスの理想とジョンやカレンの理想、それは共存し得ない物。
権力とはただ一つの場所に合ってこそ輝く物、皇帝による親政を信じるタジムニウスにとって彼らの理想は相容れない物であった。
立憲君主制を夢見ているのは事実ではあるが、それは少なくとも今では無いのだ。
決して今では無い。
何よりこれ以上帝国の分断を招く訳にはいかないのだ、自身の特権やら何やら等どうでも良い。
帝国が分たれる理由をこれ以上増やしたく無いだけなのだ。
それにここに長居は出来ない、約束の日まで後2日しか無いのだ。
カレン
『あたしらはそんな貴族から自由になりたかった、あたし達が人として当たり前に暮らせるようになりたかった。
誰によって与えられた平和でも自由でもなく、自ら勝ち取った自由が。
最初は幼馴染やその辺の飲み友達や学生の集まりだったのがどんどん人が増えて、今や私達は二万人、ここの人たちを加えても良いのならもう十数万人の大所帯になった。
あたしらはもう貴族共のおもちゃなんかじゃ無い、ボリス・ドートブリンガーのクソ狸はもちろんだけど、この前囚われていた皇帝の娘を解放して女帝に据えたタジムニウスとかいう奴も外国じゃあ英雄だなんだと持て囃されて居たけど、どうせ自分の権力が欲しいだけに違いないんだ。
もう私達は仲間以外誰一人信用しない‼︎』
エドモン
『そうか…。
俺もその仲間に入れて貰えると嬉しいんだがなぁ?』
カレン
『それは今後次第だね、素質あるよあんた?』
カレンは笑って答えた。
エドモンとカレンが暫くして旧ハーフランド公爵の館に帰って来ると、鞭打ちの音が聞こえ、エドモンは気になったのかそこに足を向けた。
カレンが説明するにエドモンがここにくる数日前に捕らえた捕虜だという。
カレン
『何か吐いたかい?』
獄吏
『ダメだ、何しても吐かねぇ。
一時間近く鞭で打ってもなんの効き目もありゃしねぇ。
こっちが叩く前まで鼻歌歌い出しやがってさも余裕って言わんばかりでな。
おいカレン、ジョンに行ってくれ無いか、薬を使わしてくれって。』
カレン
『ダメだ、それじゃあ貴族どもと一緒になっちまうだろう。
何より兄貴が嫌がる。
明日兄貴が話してみるって言ってたからそれまで待ちな。』
エドモンは扉越しにその捕虜を見た。
身体中傷だらけなのにも関わらず、どうやら悲鳴も嗚咽も上げなかったのか、獄吏たちは疲れ切っていた。
まさに力ずくは無駄だと言う事だ。
カレン
『あんたから見てあいつはどう思う。』
タジムニウスは下手に答えをはぐらかすのは返って不自然と思ったのか正直に答える事にした。
エドモン
『よく訓練されてる。
痛みに耐える為に日常的な鍛錬と精神力、そして何より意志だ。
この状況を何としても打破しようとする意思、決して只者では無いな。』
カレン
『なるほどね、案外本当の事かも知れないね?』
エドモン
『どう言う事だ?』
カレン
『アイツの装備を見た奴らがウイッチハンター(魔女狩り)なんじゃ無いかって騒ぐんだよ。
そんな訳ないのにね、皇帝に対してのみ忠誠を誓うあいつらはボリス・ドートブリンガーに悉く粛清されたってのにな。』
エドモン
『ウイッチハンター…。』
帝国における異教徒、敵対勢力のスパイ、果てはヴォイドの妖異達を狩る専門家として名高い彼らは厳しい試練を経て皇帝によって任命される第一級の戦士である。
故に皇帝に対しての忠誠は厚く、皇帝が命令すれば、これら国内の敵は勿論、国外に赴いて様々な任務をこなすこの連中は、キスレヴでの戦いによってジギスムント帝が敗れた後、ボリス・ドートブリンガーへの恭順を拒否し、粛清されてしまったのだと言う。
元々彼らのルーツはシグマーに使える隠密一族であり、やがて一家でこの家業を賄いきれなくなり、素質のある外部の者を迎え入れた結果今に至ると言うが過去の話は今はいいだろう。
兎も角、その生き残りが今目の前にいる。
真偽は兎も角只者では無い。
タジムニウスはその捕虜を見つめた。
どうやら同い年ぐらいの男のようだ。
だがそれ以外全くわからないが得体の知れない何かを感じ取った。
カレンと共にその場を離れたタジムニウスはジョンと面会し、改めて組織に入る事を決意した事を伝えた。
ジョンはタジムニウスに部屋をあてがって置いたのでそこでひとまず休むといいと奨めてくれた。
タジムニウスは部屋に入ると一応見張りを立たせるとカレンから言われ、素直に了承した。
部屋の近くにどうやら一人見張りがついたらしい事を感じとったタジムニウスは心の中で声を出しながら考え出した。
タジムニウス
(約束の日までもうあまり時間は無い以上、ここには居られない。
直ぐに出なければ…見た所軍馬もある、奪えばあっという間にソルランドに辿り着ける。
だが問題は上手く逃げられるかだな。)
何よりこの辺りの土地勘が無い。
彼らが周辺の村々や街から集まった血気盛んな若者達なら追われたら厄介だ。
タジムニウス
(あの捕虜も気になる。
逃してやろう、役に立つはずだ。)
タジムニウスは夜が更に深まるのを待った。
そして深夜…。
件の新入りが居る部屋の扉が内側から叩く音がして微睡みから覚めた若い兵が扉に近づく。
エドモン
『すまない、厠に行きたいから部屋を開けてくれ。』
兵士が開けてやった瞬間、扉から手が飛び出て若い兵はそのまま締め落とされてしまった。
タジムニウス
『すまんがそこで眠っててくれ。』
タジムニウスは兵を自分が寝っ転がっていたベットに乗せてやると毛布を掛けてやり、直ぐに扉の影から辺りを見回した。
どうやら殆ど見張りはいないらしい。
少し妙な気はしたが、気にしてはいられない。
罠ならば
タジムニウス
『食い破るまで、獅子の顎を舐めるなよ。』
さて、武器を取り戻さねばと部屋を出たがそれは直ぐに見つかった。
ガンベルトは見張りの兵が座っていた椅子と机に置いてあった。
明朝には返してくれるつもりだった様だ。
タジムニウスはガンベルトを着けるとナイフとリボルバーを確認した。
取り上げられた時と変わらず、万全な状態だ。
ただしサイレンサーは無い様だ。
タジムニウス
『まぁ、返す訳ないな。
余計逃げやすくなる。』
発砲は出来ない。
尤も血を流さずに去るつもりなのでそれで構わないのだが。
タジムニウスは物陰に隠れながら捕虜のいた部屋に向かった。
道中で何人かの見張りと遭遇するが、悉くやり過ごすか、気絶させて難を逃れた。
さて件の部屋が近づいてきたが、どうやら物音がするので角から様子を見ると何と件の捕虜がボロボロの体にも関わらず見張りの兵と獄吏含め数名の大の男を一人で倒してしまっていた。
タジムニウスは短剣とリボルバーを構えて角から出た。
タジムニウス
『両手を上げろ。』
捕虜は素直に従った。
タジムニウス
『殺した…訳ではなさそうだな。』
捕虜
『殺せば余計バレた時に面倒だ。』
タジムニウスはフッと笑うと短剣とリボルバーをしまった。
タジムニウス
『逃げるのを手伝ってほしい。
俺は訳あってソルランドに行かねばならない。』
捕虜
『ソルランド…目的地はタジムニウス王の詰所か?』
タジムニウス
『よく分かったな。』
捕虜
『あの邪教の巣窟から身一つで逃げてきて、ここの連中に拾われるなんて先ず普通の人間じゃない、いくらお尋ね者だろうとな。
大方、権謀術数に長けたブレトニア公爵の一翼カルカソンヌ公…いや大司教と言った方がいいか?
兎に角ご自慢の間者だろうってのが私の見立てだ。』
タジムニウス
『まぁ、大方正解だ。』
捕虜
『私も王に会いたい、きっと難儀されている筈だ。
だがそれを取り払うためには一旦私の里に行かねばならない、それでも構わないか?』
タジムニウス
『国王陛下の御為とあらば断る道理は無い。
さっさとここから逃げるとしよう。』
二人は牢から離れて武器庫に向かった。
そこにはこの捕虜の武器と衣服が置いてあり、取り戻しにきたのだ。
装備を見つけた捕虜はそれを装備した。
皮のダスターコートに皮の長靴、厚手のベストに頭の高いテンガロンハット、更に銀のガントレットにレイピアと拳銃。
そして長剣ときた、正しく音に聞くウィッチハンターの見てくれだ。
タジムニウス
『ウィッチハンターなのか?』
ウィッチハンター
『ああ、尤もここの連中は信じなかったがな。』
タジムニウス
『厩舎はこの先だ、早く逃げるとし』
と言いかけた瞬間、館いや城塞都市中の鐘が鳴り響いた。
そして人々の怒号が聞こえる、どうやらバレたらしい。
タジムニウス&ウィッチハンター
『まぁ、バレるよなぁ?』
ウィッチハンター
『さて、準備は?』
タジムニウス
『いつでも、と言いたいがちょっと待ってくれ、これを拝借しよう。』
とタジムニウスは一振りの剣を取った。
タジムニウス
『真正面からのナイフファイトは苦手なんだ。
剣だったら幾らでも受けて立つんだが。』
ウィッチハンター
『兎に角ここから逃れられれば何でもいい。』
幸い武器庫から出た直ぐのところに厩舎は有ったがもう既に兵達が出てきていた。
そして直ぐに見つかった。
反乱兵
『居たぞ、例の二人だ‼︎』
タジムニウス
『血は流したく無いが贅沢も言ってられんな。』
ウィッチハンター
『同感だ。』
反乱兵達が襲い掛かるが二人は拳銃を引き抜いて数人を撃ち倒すと、剣を抜刀し、更に数人切り伏せる。
二人は互いに並の戦士では無いと戦いぶりを見て改めて思った。
そもそもにわか仕込みの農民町民崩れに負けていたら洒落にもならないのだが。
二人はあらかた倒し終わると繋げてあった馬を盗んで館から飛び出した。
城塞都市中の鐘が鳴り、怒号が響く。
そして、何よりあっという間に追手が現れた。
カレンが、子分のルガディン族とララフェル族を引き連れてきた。
カレン
『逃げられると思うな裏切り者‼︎』
カレンは馬に跨り、早駆けを促しながら矢を引き絞りながら叫ぶ。
タジムニウス
『仲間になる気なんてさらさら無い、だからカウントしないで貰いたいな。』
カレンから放たれた矢がタジムニウスに迫るもタジムニウスは剣で斬り払う。
今度はウィッチハンターが拳銃でカレンを狙い撃ちするも、ララフェルの少年が唱えた防御呪文で弾丸は消えてしまった。
ウィッチハンター
『逃げるが勝ちか、こっちだついて来い‼︎』
ウィッチハンターに先導してもらいながら一行は街中を駆ける。
矢弾と怒号を交わしながら。
すると暫くしてララフェル族の少年が叫ぶ。
ララフェル族の少年
『しめた!
姉貴、伝令達が門を閉めろって伝え終わった、もう奴らはこれで袋の鼠だ‼︎』
カレン
『油断するんじゃ無いよ、落馬するまで追い続けな‼︎』
タジムニウス
『ちと、不味いか?』
ウィッチハンター
『良いや、大丈夫。
このまま走るぞ。』
そして少し走ると何と開いている門に辿り着いた。
なぜ開いているのか、タジムニウスも分からないのならカレン達も分からなかった。
カレン
『馬鹿、何で閉めないんだい‼︎』
反乱兵
『ダメです‼︎
門の開閉装置が壊されてて閉まりません‼︎』
カレン
『なっ⁉︎』
二人は門を出てしまった。
流石にこれ以上追えないカレン達は門の真下で停まらざる得なくなり、タジムニウス達は暫く離れた所で止まり振り返った。
ウィッチハンター
『な、大丈夫って言っただろう?』
タジムニウス
『後で是非詳しい話を聞かせてくれ。
カレン、あんたの兄貴殿には宜しく伝えておいてくれ。
捕え損なったな、ブレトニア王というデカい魚をな‼︎』
カレン
『ブレトニア王だと⁉︎』
ウィッチハンター
『⁉︎
あんた、その眼…?』
タジムニウスは咄嗟に幻影魔法を解いていた。
両の眼は元の翡翠色に戻っていた。
ブレトニア王家の象徴とも言える遺伝されし証。
その意味を知らぬ者はこの国にはいない。
ウィッチハンターはタジムニウスの前に庇うように馬を立てた。
カレン
『ッ、クソォォォォォォ‼︎‼︎』
カレンはタジムニウスの眼に目掛けて矢を放つ。
然しタジムニウスは矢が飛ぶのをただ見ているだけだった。
あわや刺さるかと思ったその時矢は斬り払われた。
ウィッチハンターが剣で斬り払ったのだ。
そしてそのまま馬上にて刀剣礼を恭しくしてみせた。
ウィッチハンター
『国王陛下。』
タジムニウス
『ここを離れるぞ、案内せよ。』
ウィッチハンター
『は。』
二人は風の様に去っていった。
門に残されたカレンはワナワナと震えていた。
カレン
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す‼︎
よくも散々コケにしてくれたな‼︎
あいつがタジムニウス・レオンクール…次に会ったら決して逃がさない‼︎‼︎)
______________________
ソルランド バットランド平定軍野営地
その頃ソルランドの野営地は正に混沌としていた。
多くの疫病が複数同時に襲い掛かるこの症状の打開策が全く見出せず、死なずに止めるが精々であった。
兵士
『ウ…アア……。』
兵士
『イタイ…イタイ…コロシテ…コロシテ…オネガイ…。』
騎士
『モウ…オワリダ…。』
件の病に罹った者達の体も精神も限界だった。
そして当事者以外も例外では無い。
幸い発症してない者達もいつ罹るか分からず日々を過ごす事に耐えられなくなっていた。
何より目の前で戦友が、家族が、恋人が、今この瞬間に息絶えそうになっている…むしろ今自分の手で楽にしてやった方が幸せでは無いかと感じるようになっている始末であった。
ユイコ
『…………アイリス……。』
そう呼ばれた青毛のミコッテの青年は苦悶の表情を浮かべながら目を覚まさず眠り続けている。
だがこれでも二時間ほど前迄は苦痛で叫んでいた。
そして死すら懇願していたのだ。
ユイコ
『タジムニウス……ッ‼︎‼︎』
彼女の表情は不安と恐怖から憎悪に変わった。
愛する人が死に掛けている…そしてその理由は大なり小なりタジムニウスにある…。
もはや彼女は冷静を失ってしまっていた…。
トウカ
『大丈夫…決して死なせない‼︎』
別の天幕ではトウカが病に冒された兵を助けようと懸命に治療を試みていた。
幸い疱瘡が治まったと思ったその瞬間であった。
治療魔道士
『トウカ様、患者のエーテル残量が危険位置です‼︎
危険度極めて大‼︎』
患者のエーテル残量を教えてくれる魔導機器から甲高い警告音が鳴り響く。
トウカ
『エリクサー投与‼︎
二瓶、希釈無しで投与して‼︎』
治療魔道士
『はい‼︎』
混沌の極みと化していた野営地を一人歩く少年騎士が居る。
ナイトハルト・フォン・マリエンブルク
マリエンブルク公カタリナとマリエンブルク公爵領の将軍ボーアン・フーセネガーとの間に生まれた一人息子で有る。
実直かつ清廉な人物で有り、将来を有望されている。
ナイトハルト
『こんな…こんな事になろうとは…皇帝陛下も今は表立って皆の前には立てぬし、元帥もあれから姿を現しにならない…。
誰かがこの混乱を正さないと瓦解してしまう…。
脱走を図ろうとする兵も出始めている…もう精神面ではもう限界だ。』
ナイトハルトはまだ十代の子供なりにこの野営地に漂う空気を感じ取っていた。
そして彼は先日自身の天幕で聞いた話が頭の中から離れなかった。
______________________
先日…
ナイトハルト
『真か爺⁉︎
元帥閣下がこの野営地に居られぬだと⁉︎』
爺
『あくまで噂ですが、それらしい会話を聞いた者や元帥閣下らしき人影を見たと言う者が後を絶たんのです。』
ナイトハルト
『元帥お一人で帝都か御領地に戻られたとでも言うのか?』
爺
『もっと始末が悪い話でございます。
単身敵地に向かわれ、この疫病を晴らす術を見つける為に敵中に潜入されたと。』
ナイトハルト
『馬鹿な…。
もしそれが本当なら何故レマー将軍や、ゲルト公はお止めにならなかったのか‼︎』
爺
『なんでも兵達曰く元帥命令で他言無用との事…。
以降はお二人が約束の期日まで隠し通そうとしているのですが…。』
______________________
ナイトハルト
(噂は噂、されどもし真なら由々しき事態だ。
理由がなんであれ元帥閣下抜きでここは維持出来ん。)
ナイトハルトは単身レマーの天幕の前に立った。
ナイトハルト
『レマー将軍、ナイトハルト・フォン・マリエンブルクです。』
レマー
『どうぞ。』
ナイトハルトはレマーの返事をもらうと直ぐに天幕に入った。
レマー
『こんな時間に如何されたナイトハルト殿。
飲み物は如何か?
貴方はまだ二十歳を超えておられぬから紅茶かコーヒーになりますが…。』
ナイトハルト
『将軍。』
ナイトハルトの真剣な表情や声音でレマーの手は止まった。
そしてナイトハルトの表情からこれから言い出そうとした言葉を読み取った。
レマー
『元帥閣下の事か?』
ナイトハルト
『本当に敵地に単身で向かわれたのですか?』
レマー
『……左様。』
レマーは耳をピクピクさせながら答えた。
ナイトハルト
『そんな…幾ら冒険者としての知見があるからって元帥閣下をお一人で向かわせるなど。』
レマー
『我らもそう申したとも。
だが元帥は頑なにそれを拒否された。
そのかわり我ら二人にここを任せたのだ。
疫病の可能性もある、つまりあの時前線で戦っておられた皇帝陛下も皆の前にお出ましになるのは危険だ。
我ら二人で約束の日、つまり明後日のこの時間、夜明け前まで元帥の代わりを務めようとしたが…そうか兵達にはかなりの速さで広まってしまったか…かなり動揺しているのか?』
ナイトハルト
『いえ、ですが時間の問題です。
将軍、むしろ元帥閣下が居ない事を公表なさっては?
元帥は敵前逃亡ではなく、我らの為に敵地に踏み込まれたと皆に明かし、明日に希望を持たせては?』
レマー
『それは私も考えた…だが…。
考えたくもないが、この病を治す術が無かったり、それこそ元帥閣下がお戻りにならなかったらどうする?
事の詳細を知れば、皆まさに地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴むが如く僅かな希望に縋り付くだろう。
だがそれが切れれば、その分絶望は大きくなる。』
レマーはハッとした表情を浮かべた。
タジムニウスがちゃんと解決手段を見つけてくると云う保証はどこにもないのだ。
なのに兵達に無駄な期待を抱かせて裏切る様な真似をすれば…。
兵達は云うことなど聞かず、諸侯も命惜しさにボリス側に寝返りかねず、民衆も恐怖心故に敵方に降り出せば祖国再興など叶わぬ夢となるのだ。
レマー
『君の言うことも分かる。
だが今は元帥閣下を信じる他無いのだ…分かってくれ。』
ナイトハルト
『…畏まりました。
出過ぎた事を申しました。』
レマー
『いや、良いんだ。
今日はもう遅い休みたまえ。』
______________________
オットー・フォン・ゲルトの天幕
その頃オットーはマスクを取り、整えられた黒色の短髪の髪を掻きながら顕微鏡を覗き込んでいた。
覗き込んでいるのは患者の血液だ。
オットーはソルランド公爵と兼任でライクランド帝国魔法学院学院長の称号を持っているのは既に述べたが、その彼すら適切な処置が出来ないこの化学兵器の毒性を何としても判明させようと寝ずに調べていた。
オットー
『もしや…だが…いや、もはやそれしかあり得ない。』
オットーは顕微鏡から目を離したが、一喜一憂おは正にこのことであろうか?
オットー
『だが、一体どうやってこんな事を…?
こんなメチャクチャな奴がそもそも成立するはずが…。』
そう考えているとヤ・シュトラが入ってきた。
手には銀の盆に紅茶の入ったティーカップが二つ。
ヤ・シュトラ
『ゲルト卿、少し休憩されては如何かしら?
そう根を詰めてるいると分かる物も分からなくなるわ。』
オットー
『ヤ・シュトラ殿、かたじけない。』
二人は紅茶を啜ると、オットーは切り出した。
オットー
『ヤ・シュトラ殿、此度の疫病が病の類ではなく、呪いの一種であったとしたらどうする?』
ヤ・シュトラはティーカップを置いて、少し考え込むと、険しい顔をした。
有り得ないと言いたいが、そうとしか考えられないと言った表情であった。
ヤ・シュトラ
『確かに患者のエーテルは、呪いを受けたそれと同じくらい乱れ切っている。
まるで、そうヴォイド(闇の氾濫にて崩壊した第十三世界)に長時間入った様な乱れ方をしている。
枯渇、膨張を繰り返し、様々な症状を誘発させている。
外や他の生き物から齎される筈の疫病の発生源が患者の身体からなのも、未だ感染者が増えないのもそれなら説明がつく。
でも、』
二人はそこで声を合わせた。
オットー&ヤ・シュトラ
『あり得ない。』
ヤ・シュトラ
『もし呪いなら普通こんなメチャクチャな事が起こせる筈がないもの。
でも、現実に起きてしまっている以上あり得ないと言う事は無いのでしょうね。
問題はどうやってやっているのか。
考えられるとしたら古代のそれこそ文献すら残っていないような過去の強力な魔法。
そしてその術式は現代に於いても最高レベルに難解な術式が構成されている。』
オットー
『解除しようとしても複雑に構成された魔法故に手探りでやればやる程危険性が増す。
それこそ一つでも間違えれば、患者が死にかねない。』
ヤ・シュトラ
『頼りになるのはあの人、タジムニウスだけ。』
オットーは内心驚いた。
本当ならここでシラを切るべきだろう、だが彼女は自身をまっすぐ見据えている。
これでは隠し通しても無駄だとオットーには分かっただから素直にどうして分かったのかを聞くことにした。
オットー
『何故それを…。』
ヤ・シュトラ
『ごめんなさいね、あの日、彼が旅立つ所を見てしまったの。
私はエーテルで世界を見ている、だから素顔を隠してこの野営地から出たとしても体に流れるエーテルを見れば誰だか分かってしまうの。』
オットーは参ったなと言わんばかりに椅子に沈み込んだ。
鍵を握るのはタジムニウスただ一人、微かな希望、潰えてしまいそうな希望だが人々は掴まずには居られなかった。
______________________
ライクランド帝国領の何処か
タジムニウス
『呪い⁉︎
あの疫病が呪い、呪術だと言うのか!』
ウィッチハンター
『はい、第五星暦に同じ様な症状を引き起こす呪術を開発した吸血鬼教系のグループ摘発したと記録がございます。
陛下から聞いた話と私の記憶の中にある記録の内容とあの戦の顛末を鑑みると間違い無いかと。』
タジムニウス
『卿もあの場にいたのか?』
ウィッチハンター
『遠くから眺めるだけでございますが。
しかし、記録ではその術を心得た術者は全員処刑、記録、媒体の類も全て破壊され、歴史の闇に葬られたと有ったのですがまさか我らの手を逃れ、術を再生させているとは…。』
タジムニウス
『呪術なら解けるか?』
ウィッチハンター
『恐らく。
これより向かいます我らの隠れ里に居られる長老に話を聞きましょう。
我らウィッチハンターの秘術を以てして必ずや我が帝国を。』
二人は話しながら馬を走らせた。
そして森の中に入って大きく開けた場所に出た。
そしてウィッチハンターが口の中で何かを詠唱すると、森の広場の中心が大きく開け、地下に続く階段が現れた。
二人は馬から降りて、手綱を弾きながら階段を降りると何とそこには構築途中で放棄されたのかドワーフの小都市が有り、ヒューラン、ドワーフ、といったありとあらゆる種族が生活しており、そして住人の半数近くがウィッチハンターの格好をしていた。
住人達は二人を出迎えた。
長老
『おお、ディーター。
よく帰ってきた。』
ディーターと言われたウィッチハンターは帽子を脱ぎながら一礼した。
ディーター
『長老、ブレトニア国王、タジムニウス陛下をお連れしました。』
それを聞くや否や住人達は一斉に膝を折り伏した。
長老
『我らウィッチハンター残余二百余名とその一族郎党、御帰還心よりお待ちしておりました。
陛下とは御生まれになられた際に目通りさせておりまする。』
タジムニウス
『顔を上げてくれ、私は…これから…諸君らに…』
なんとタジムニウスが地面に倒れ、泡を噴き出し、苦しみ出したではないか。
慌ててディーターと長老が駆け寄る。
ディーター
『ま、まさか⁉︎
陛下、ドラッケンホフ城に潜入したと仰いましたな、その中で食べ物を口にしましたか?
していなくても中の水も口にしているのならお教えください‼︎』
タジムニウスは言葉を発する余裕はなかったが小さく頷いた。
ディーター
『なんて事を…長老‼︎』
長老
『早く薬湯を‼︎
それと水を持て‼︎』
女達が慌てて湯を沸かす、薬の入った瓶を沸いた湯に傾ける、瓶から水色の水飴のような薬が溢れだす、急いでかき混ぜるの大忙しである。
ディーターはタジムニウスの腹に拳を当てると
ディーター
『御無礼を!』
ディーターはタジムニウスの腹に拳を殴りつける。
殴られたタジムニウスは吐き戻した。
口から多量の吐瀉物が嘔吐される。
長老
『さぁ、陛下これを。』
タジムニウスは件の薬湯を飲んだ。
少し甘いが何処か清々しさを感じるこの不思議な薬のおかげでタジムニウスは少しづつ楽になった。
なんとか動けるようになったタジムニウスは水で顔を洗って、どうにか落ち着きを取り戻した。
タジムニウス
『…助かった…。
アレはなんだ。』
ディーター
『陛下。
レイザ・エフィート麻薬なる物に聞き覚えは?』
タジムニウス
『傭兵時代に聞いた事がある。
東方で作られてる薬だ、麻薬として取引がされているが製造元が分からなくて長年摘発出来てないとか。』
ディーター
『これがレイザ・エフィート麻薬です。
原産は東方ではなく我が国、吸血鬼教の者達が金を稼ぐために作り上げた合成麻薬で古くは第六星暦初頭より有ると言われております。
彼らは信者の口にする水や食べ物にこれを混入させ、古い信者は勿論、新しく入った信者達を麻薬漬けにして、正常な判断力を失わせ、自らの手駒にするのです。』
長老
『陛下を襲ったのはその禁断症状ですじゃ。
とても強い薬故、少しでも薬を飲まない時間が続くとすぐにあの様な事になるのです。』
タジムニウス
『なんて事…と言う事はバットランドの領民達があっという間に信徒化したのは…。』
ディーター
『薬物によるもの、そして25年も薬漬けにされてはもう…。』
タジムニウス
『救いは死のみ…。
クソ‼︎』
タジムニウスは土を叩いたが意味のない事をしても仕方がない。
タジムニウスはすぐに本題を切り出した。
タジムニウス
『長老殿、現在我が軍は吸血鬼の呪術に苦しめられているがどうにかこれを打ち破りたい、知恵を貸してほしい。』
ディーターは事の次第を説明すると、長老はここではなんだから拙宅へどうぞと言うのでタジムニウスは上がらせて貰うことにした。
長老曰くこういう事だ。
ブレトニア軍を襲った件の化学兵器の正体はヴォイドの魔力で練られた呪術なのだという、そしてヴォイドの妖異達がヴォイドゲート(第十三世界と原初世界を繋ぐ魔力のゲート)抜きでこの世界に顕現する為に仮初めの身体が必要である様に、魔力にも仮初めの身体が必要なのだ。
そこでクリスタルに魔力を込め、それを媒体として仮初めの身体として件の薬品を用意し、術式を構築するのだという。
かの城で作られた薬品そのものが呪術の媒体なのだ。
そしてそれらは錬金術師に言う通り、普通なら成立し得ない摩訶不思議な兵器を生み出したのだ。
タジムニウス
『つまり、あの薬で出来る上澄み液自体はなんの意味も無くて、必要なのはその媒体になっていた結晶だと言う事か。』
長老
『左様、幸い陛下はそれも盗み出してくれたので事なきを得ましたな。
然し、その上澄み液とやらを見せて頂けますかな?』
タジムニウスは上澄み液を長老に渡すと、長老はまじまじと眺め、それを少しだけ口にした。
長老はそれを吐き出すと水で口を濯いだ。
長老
『無用の長物とは申しましたが、多少なりの解毒の作用は御座いますな。
これだけでは足りませぬがな。』
タジムニウス
『して、どうやって我が将兵達を救えば良い?』
長老
『理論は簡単に御座います。
幾らヴォイドの魔法と云えど術式を書き換えてしまえば無害化出来ます。
ただその前にこの魔力を浄化せねばなりませぬ。』
タジムニウス
『浄化、今この場にいる我らだけでは無理なのか。』
長老
『魔力が足りませぬ、それこそ陛下のお国の守り神たる泉の聖女様の代理人たる淑女様程で無ければ、それが無理なら大勢の魔道士が必要です。』
タジムニウス
『その問題は既に解消済みだ。
女帝陛下、セレーネ陛下はその泉の淑女であらせられる。』
長老
『なんと…‼︎
これはまさにシグマーと泉の聖女様のお導きですな。』
タジムニウス
『よし、それでは早速行こう…』
タジムニウスは立ち上がったがよろめいて倒れた。
ディーターに助け起され、元の椅子に腰掛けた。
長老
『ご無理をなさいますな。
先程まで麻薬の禁断症状で苦しんでおった事をお忘れか?
ディーター、陛下に床を。
陛下、お約束の日は明後日でしたな、今はお休みになられた方が良いかと。
出発の前にお会いして欲しいお方もおられますので、尚の事頭を冴えわたらせた方が宜しいかと。』
タジムニウス
『…お言葉に甘えさせてもらおうか…。
この体たらくで戻れば、兵達が動揺するだろう。
どっちにしてももう野営地もかなり追い詰められているからパニックを引き起こしかねない。
少しでも安心させてやらねば。』
ディーター
『それでは陛下、こちらへ。』
長老
『ディーターもそれが済んだら、休め。
任務の為とはいえ敵に委ねた傷を癒さねば今後陛下に奉公する時に差し当たっては大事じゃ。』
ディーター
『はい、長老。
秘薬を使えば明日までには。』
こうして二人は長老の家を後にした。
夜が明け、有る程度睡眠をとったタジムニウスとボロボロの体が嘘のように治っているディーターがまた長老の家の前で立っていた。
程なくして長老が家から出てきて、タジムニウスを古い教会に連れて行った。
するとシグマー教のウォーリアー・プリーストが二名戦鎚を手に腕を組んで佇んでいた。
長老が二人に自分らの身の上を話すと二人の武僧は恭しく頭を下げ、教会の扉を開けた。
中に入ると明かりを最低限しかつけていないのかとても薄暗かった。
そして暗がりから黒衣に身を包んだシスターが現れた。
歳の頃はタジムニウスと同じくらいであろうか。
青い瞳に白い肌の美女である。
シスター
『長老様。』
長老
『お嬢様、ブレトニア国王タジムニウス・レオンクール陛下をお父君に面会して頂きたくお連れしました。』
シスター
『あぁ、主よ貴方様の導きなのですね。』
シスターは深々と頭を下げて自身の名を名乗った。
コーデリア
『お初にお目に掛かります。
コーデリア・ヴォルクマールと申します。』
タジムニウス
『ヴォルクマール…ヴォルクマール大司教の縁者か⁉︎』
コーデリア
『ヴォルクマール3世は我が父になります。
父と共にガレマール帝国の名を受けて東方の遠征を敢行しておりましたが、任地にて信徒達で編成された遠征軍は壊滅し、帝国からの、当然我が祖国からの増援補給の類も無く、僅かな供回りと重傷を負った父を連れこの里へと逃げ込んだ次第に御座います。』
タジムニウス
『無事に帰って来てくれた事を心より感謝するぞコーデリア殿。
貴女方はシグマー教の守人だ、必ず諸君らの信仰の自由を貴族より取り返す事を約束しよう。』
コーデリアはまた深々と頭を下げ、父の元へと案内するのだった。
朽ちた教会の一室にはちゃんとした病室が設けられていた。
そこに置かれたベットに重傷の大司教が眠っていた。
コーデリア
『父はここに着いて以降一度たりとも目を開けておりません。』
長い間、そして今も昏睡している大司教の傍には古めかしい本が一冊置かれていた。
コーデリア
『長老様が私共をお引き合わせたのはきっとこの本の為でしょう。』
タジムニウス
『これは?』
タジムニウスはコーデリアより本を受け取って問うた。
だが、その瞬間恐ろしい程の邪悪な魔力が自身に襲い掛かるのを感じた。
正気を保っていられたのは越える力によるものに他ならなかった。
コーデリア
『その本は、吸血鬼教の秘術とここ数星歴にも及んで練り上げた隠謀の数々が書かれた物です。
彼らは預言書と読んでおりました。』
その後のコーデリアの話を掻い摘むとこうだ。
長い歴史の中アシエンが世界再統合を目指して活動するなかその手足として動いていた集団から事を発した吸血鬼教はある時を境にアシエンの術を盗み出し、彼らと袂を分ったのだ。
そしてその時の最高指導者が書き残した計画書がこの本だという。
そして吸血鬼教の信徒はこの計画書に基づき、ヴォイドによる騒動を引き起こし、遂に作り上げた最初の吸血鬼を崇め、長い歴史の中暗躍したのだ。
彼らを打倒する為、コーデリアの父、ヴォルクマール3世は遠征の合間にこの本を探し出し、遂に奪い去る事に成功したのだという。
然し、吸血鬼教の手先とそれによって懐柔された帝国軍の容赦ない追撃を受け、ヴォルクマール3世は重傷を負い、解読の術を失ってしまった。
コーデリア達は藁に縋る思いで自身達よりも吸血鬼狩りの専門家であるウイッチハンター達を頼る為この里に逃げ込んだが、誰一人この本の解読と魔力を祓い去ることは出来なかった。
タジムニウス
『ん?
では貴女は何故この本を手に持てたのだ。
貴女もハイデリンの意志を、越える力の持ち主なのか?』
コーデリア
『…はい。
目覚めたのは5年前、以降私は女神ハイデリンの意志を聞くことができました。
されど、私の力がとても弱いのか、昨今ハイデリンの声をはっきりと聞けなくなったのです。』
タジムニウス
『いや、それは私も同様だ。
ハイデリンは確実に弱っている。』
タジムニウスの当面の敵はこの本の通りに数星歴以来の野望を果たさんとしている吸血鬼教であるが、もし今この場でこの禍々しい本を解読しその計画を知れれば、後の未来は変わっていたであろう。
タジムニウスは今現在置かれた状況をコーデリアに話した。
コーデリアは、父を他の武僧に任せて、自身も同行すると申し出た。
かくして三人の旅の一行が出来上がった。
長老からの助言と件の本を携え、三人は一路ソルランドを目指す。
長老
『陛下が再び軍を進めしその時に我らも小勢なれど打って出ますぞ。』
タジムニウス
『辱い。
必ずやその時まで壮健でいよう。』
三人は里にて飼育されていたペガサスに跨り一気にソルランドへ向かった。
______________________
ソルランド野営地
その頃、野営地は阿鼻叫喚の嵐である。
感染者達がパニックを引き起こし、完全に暴動状態になりつつあった。
事ここに至ってはもはや致し方なしと各諸侯が混乱を諫めに向かうももはや混乱状態で手も足も出なかった。
おまけに先日帰還した空中戦隊の陸戦隊を急遽動員して混乱を鎮めなければならない事態に発展してしまう始末であった。
そもそも何故こうなってしまったのか…?
それは数刻前、感染者達の一部が幻覚を診始めたのだ。
それらは幻、熱や毒に侵されて出来たものだった。
だが、もはや命を削られていた彼らにそんな区別が出来るわけもなく、他の患者も不安になり、遂には恐怖は最高潮に発達した。
そして健常者、患者巻き込んだ暴動にまでなった。
オットー
『なんと言う事…約束の時までもう少しという時に‼︎』
アルフィノ
『ゲルト卿‼︎
皆の混乱が収まらない!
完全に聞く耳をもたず、動転している。
このままでは、いやもう既に同士討ちだ‼︎』
オットー
『レマー…致し方ないが、実弾、真剣による鎮圧を許可、鎮圧して来てくれ。』
レマー
『な、本当に同士討ちをなさるおつもりか⁉︎』
だがもはや為す術なし…。
レマーはなにか言いかけたがオットーも何も言わず覚悟を決めてしまった事を感じ取ったのか自身も剣を抜いて指揮を取るべく天幕を出ようとした。
だが、その前に天幕にセレーネが入ってきた。
セレーネ
『ゲルト公お待ちなさい。』
オットー
『カイザーリン(女帝陛下)、なりませんここは危険ですぞ。』
セレーネ
『私の民草達が恐怖で混乱しているのに何故私が隠れていられると思うのです‼︎』
オットー
『我らの声すら響か無かったのですぞ‼︎
もしこれも敵の策なら間違いなく狙いは貴女です‼︎
どうかここは臣らにお任せ頂きたい!』
セレーネ
『それは兵達の命を奪う事ですか‼︎
彼らは誰一人悪くない。
なのに我らが処罰すれば、どこに我らの大義があると‼︎』
オットー
『然し、』
と言い掛けた所で暁の面々が入ってきた。
アリゼー
『セレーネ様を守れば、文句はないでしょ?』
オットー
『卿ら。』
アリゼー
『私と、ラハ、そしてそこにいるレマー卿が三人で固めればそう簡単には手出しできないんじゃないかしら?』
オットー
『確かに…それはそうだが、もはや兵達は正気を失っている。
何が起こっても不思議は…』
グ・ラハ
『策はある。
一番錯乱していて混乱の渦中にある兵士達を無力化すれば、後の兵達は動揺している連中だけだ。
彼らを落ち着かせれば後の兵達はセレーネ様の声に耳を傾けるはずだ。
だから、俺の魔法と、トウカが突貫で作った鎮静薬をユイコの生え抜きの格闘士達が投与すれば電撃的に鎮圧出来る。』
アリゼー
『本当はユイコ本人の手を借りたかったのだけれど、アイリスがアレじゃあ多分本調子出ないし、何より天幕に居ないのよ、探してる暇もない。』
アルフィノ
『それにここは敵との最前線、それこそ今この瞬間』
と正にアルフィノが言い掛けた瞬間だった。
伝令1
『報告‼︎
吸血鬼教勢数万が我が方に向かって進軍せり‼︎
敵は信者と亡者の連合軍と見られる‼︎』
オットー
『こんな時に‼︎
距離は敵将は吸血鬼なのか?』
伝令1
『距離はまだ在りますが、敵将については不明とのこと‼︎』
伝令2
『更に報告‼︎
ハーフランドにて、民主共和主義者蜂起‼︎
ハーフランド及びハーフランド領内全ての町や村、支城が全て勢力下に落ちた模様‼︎
更に同時に帝国全土にて小規模な民主主義派閥の集会や、決起が乱立しております‼︎』
レマー
『クソッ‼︎
あそこは吸血鬼になったハーフランド公を討ち取った事で今あそこは空白地帯だ‼︎
領土は小さいとはいえ、全域が肥沃な土地で我が帝国の食物生産に大きく寄与している地域です‼︎
ここを叛徒の好きにさせてしまえば、みるみる連中は力をつけるでしょう。』
伝令2
『そして…もう一つ。』
レマー&オットー
『なんだ⁉︎』
伝令2
『選帝諸侯軍、全面攻勢に出た由‼︎
現在、タナトス卿、カルカソンヌ卿両名を中心に防衛戦を展開しております‼︎』
全て山津波の如く…一気に押し出された。
オットー
(まさかと思うが全てここまでタイミング良く同時に起こったのは全て示し合わされた事なのか?
狂信者の進撃、叛徒の蜂起、選帝諸侯軍の攻勢、偶然にしては出来過ぎている…。)
兎も角先ず何をしなければいけないかが分からなくなるオットー・フォン・ゲルトでは無かった。
オットー
『セレーネ様どうか兵達を宜しくお願いします。
彼らには酷ですが、戦ってもらわねばなりません。』
セレーネは頷くとアリゼー達を連れ天幕を出た。
アルフィノは再度帝都と通信し、詳しい状況を聞いてくると言って同じ様に後にした。
一人残されたオットーは伝令に民主主義革命派の動向を逐一調べて報告する様指図するのだった。
恐怖と混乱に怯え、発狂する兵たちを抑える兵達がぶつかり合う中、宝杖を鳴らしながら歩く女帝が現れた。鎮圧のために戦列を組む兵たちの間に割って入り、その傍らをアリゼーとグ・ラハが固める、そしてグ・ラハは杖を構え詠唱した。
グ・ラハ
『レビデト(万物よ重力の底より上がれ)‼︎』
すると混乱の中心になってしまった最も症状と錯乱の強い兵たちが浮かび出し、そこにエオルゼア格闘士ギルド生え抜きの戦士達が一斉に飛び掛かると手に持った注射器で薬品を打ち込み、セレーネ達の元へ抱えて連れ帰ってきた。
エオルゼア兵
『旅団長、鎮圧致しました。』
トウカ
『ん、ありがとうそのまま医務室に寝かして。』
(ユイコが居ればもっと簡単だったのに何処行ったの?
アイリスもそのままほったらかして。)
女帝の到来に兵達は静まり返った。
セレーネ
『我が忠勇なる帝国兵の皆さん、私はセレーネ・フォン・アルトドルフです。
どうか皆さん、耳を傾け、落ち着いて下さい。
この病は決して不治では有りません。
必ず治るのです、だからどうか私を信じて皆、それぞれの場所に戻って下さい。
現在、我が方に向かって吸血鬼の手先が進軍中です、でも皆さんが不安になる事はありません。
今、レオンクール元帥は敵中に忍び込みこの病を治す術を探しており、明日の夜明けが約束の時なのです。
明日の太陽こそ、我らの復活の象徴、我らは不死鳥の如く蘇るでしょう!』
兵
『そうなる確証はどこにある‼︎』
兵
『どうせ死ぬなら家族に合わせてくれ‼︎』
兵
『もうあんな化け物と戦うのはごめんだ‼︎』
兵達の心は完全に打ち砕かれてしまっていた…。
セレーネといえど彼らを奮い立たせることは出来ない。
そして勿論、他の公爵や、タジムニウスがこの場に居たとしても不可能に近いだろう。
セレーネ
『分かりました、なら私はたった一人でここに残り、敵を食い止めましょう。
我が兵達が、能無しの臆病者の役立たずだとは知りませんでしたわ。
亡者にすら尻尾を巻いて逃げで帰ってきた貴方達を家族が果たして迎え入れるのかしら?
女一人残して逃げて帰ってきたなんて死んでも言えないのじゃないかしら??』
まさかの怒りを煽る言動に驚いた兵達である(ついでにアリゼーらも)。
セレーネ
『良いわ、なら私が覚悟を見せてあげる。』
セレーネがそう言って取り出したのは紫色の液体の入った薬だ。
何とそれを一気飲みしたではないか、その瞬間セレーネは血反吐を吐き出した。
慌ててトウカが駆け寄り介抱する。
兵達は騒然である。
セレーネはトウカを押し退け立ち上がる。
セレーネ
『今ここで敵を食い止められねばどのみち帝国は終わる。
ここで毒に侵され死ぬのも敵に倒され辱めを受けながら死ぬのも、帝都にて怯えながら死ぬのも大して変わらない‼︎
どちらか選びなさい‼︎
希望を信じて待ち、来るべき敵の到来を俄然立ち向かい家族と祖国を守るか、自分勝手な絶望に周りの人間全て巻き込み畜生の様に死ぬか‼︎‼︎
勝利か死か‼︎‼︎』
セレーネは確実に毒に侵されて居る、血反吐を吐きながらも宝杖を握りしめ立っている。
セレーネは目を閉じて耳を澄ます。
静まり返ったこの場に音など無い、だが微かに羽ばたく音が聞こえた。
その数は三つ、大きく羽ばたくそれは天馬の羽音であった。
馬の、いや天馬の嗎声が聞こえ、皆が一斉に天を見る……。
元帥の帰還である…。
約束の時間より早く到着させようとしたのかペガサス達は息を切らしていた。
タジムニウス
『みんな、待たせたな。』
アリゼー
『タジムニウス‼︎』
セレーネはホッとした表情を浮かべるとそのまま倒れるがトウカと近衛騎士が支える。
トウカ
『直ぐに解毒を‼︎
医務室へ。』
と必死こいて居るが、実はこれはトウカとヤ・シュトラが仕組んだ茶番劇なのだ。
本当に毒を飲ませれば大事になると考えた二人は食紅で着色したただの痺れ薬を毒と偽ってセレーネに渡したのだ。
そしてセレーネから吐き出された血反吐はあまりの不味さに彼女が戻した薬であり、痺れ薬で正常な判断ができない彼女はこれが自らの血と錯覚し、おなじようにまわりの人間は錯覚したのだ。
そしてタジムニウス達は天馬で地上に降り立った。
タジムニウス
『これは一体どういう事だ…?』
レマーが直ぐにタジムニウスの前に現れた事の次第を説明した。
タジムニウス
『そうか、女帝陛下の準備が整ったら直ぐに…』
と言いかけた瞬間だった。
恐ろしい程の憎悪、殺意がタジムニウスに向けられた。
ユイコ
『タジムニウス‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』
タジムニウスは謂れのない悪意の矛先になった事に驚愕したが、事の次第を考えればある意味当然である事を理解したが…
タジムニウス
『謂れのない憎悪を他人に向けるとは堕ちたなユイコ。』
ユイコはジャダマハル(拳を突き出すように使う刺突剣)を握り締め飛び掛かる、タジムニウスは近くにいた兵から盾と警棒を引ったくると立ち向かった。
ディーターとコーデリアがそれぞれレイピアと杖を抜いたがタジムニウスが静止する。
タジムニウス
『双方手を出すな、これは俺たちの喧嘩だ‼︎』
ユイコ
『お前のせいで…お前のせいで…アイリスは死んだ‼︎‼︎
お前のせいで‼︎
お前のせいで‼︎‼︎』
アリゼー
『タジム‼︎』
アリゼーはタジムニウスにクーロンヌの剣を投げ渡す。
ユイコは激昂した。
ユイコ
『邪魔をするな小娘‼︎‼︎』
アリゼー
『格闘家たるものが、ほぼ丸腰の相手に突然殴り殺しに掛かる方が言語道断よ‼︎
私がこの人に剣を渡す理由には十分過ぎる‼︎』
タジムニウス
『もはや、貴様に味方はいないようだな。
私に襲いかかった事、そしてこの混乱の煽動者として然るべき罰を与える‼︎』
煽動者…?
この場にいる全員、取り分け、『解毒』を終えて戻ってきたトウカが一番驚いた‼︎
トウカ
『ユイコ…あんたら何やってるの⁉︎
今直ぐやめなさい‼︎』
アルフィノ
『無駄だ、トウカ。
もうあの二人に言葉は届かない。』
帝都への通信を終えて騒ぎを聞きつけ駆けつけたアルフィノはそう言った。
アルフィノ曰く、ユイコはありもしない絶望をタジムニウスにぶつけているだけだという。
先ずアイリスは死んでおらず、ずっと直ぐそばで見ていたユイコはやがて勝手に悪い方向への妄想を始め、被害妄想を抱き、その矛先をタジムニウスに向けただけなのだ。
タジムニウスは分かっていて、相手をしている。
彼にとっては謂れのない事、それ自体が彼にとって名誉を傷つけた事に等しいのだ。
そして命より名誉を重んじるタジムニウスにとってそれは最高の着火剤になる。
アルフィノ
『そしてこの後、君達を含め私達は拘束されるだろう。』
トウカ
『拘束…?
どうして、意味がわからない?』
アルフィノ
『さっき帝都から通信が入って、帝国内の機密が如何やら東方連合に流れ出たようだ、それもエオルゼアを経由して。
現在帝都は自分達に向けて進軍しようとしている東方連合に対してエオルゼア同盟がアルトドルフ帝国に不利益になる情報を売り渡したと考えている、そしてその容疑者は我々だという事さ。
今頃帝都から憲兵隊が出てきているだろう。』
アルフィノがトウカに話をしているのを他所に二人はもう既に十数合ぶつかって居る。
そして決着の時は訪れた。
タジムニウスは距離を取ると剣を下ろし、右手で自身の首を指差した。
殺してみろと挑発したのだ。
もう既に怒りで正気を失ったユイコは大きく踏み出して突きを繰り出す。
だがそれはタジムニウスに避けられ、タジムニウスはそのままユイコの首を掴み地面に叩きつけた。
そして起き上がる前に首に剣を当てた。
タジムニウス
『然るべき罰を与える。
殺す訳にはいかん。』
そう言い終わった所であった。
複数騎の竜騎兵が現れた。
紋章はカルカソンヌ、ジャンが送り出した憲兵だった。
タジムニウスは一瞥すると
タジムニウス
『卿らの任務を果たせ。』
と一言伝えると憲兵隊がユイコを縛り上げて連れて行くのを見届けてから剣を収めて天幕に戻っていった。
暁の面々もエオルゼア同盟軍の援軍部隊の中心人物達も全員憲兵隊によって捕縛された。
タジムニウスと『毒』の効果が切れて委細を知ったセレーネは憲兵隊長より事の次第を聞いていた。
タジムニウス
『エオルゼア同盟が我らに邪な野心を向けるとはな…。
とても許しておく訳にはいきませぬ。』
セレーネ
『それについては異議はありません。
しかし、我らには先ずやらねばならぬ事がある筈だし、少なくとも暁の皆様は除外しても良いでしょう。
この騒ぎを収める立役者でも有りますから。』
タジムニウス
『御意。』
セレーネはディーターとコーデリアに近くに来いと合図をすると二人は女帝の前に跪いた。
セレーネ
『名乗りなさい、おおよその素性は分かっているつもりですが。』
ディーター
『ウィッチハンターのディーター・バルツァーで御座います女帝陛下。』
コーデリア
『シグマー正教会バトルシスター、コーデリア・ヴォルクマールと申します女帝陛下。』
セレーネ
『ウィッチハンターにシグマー正教会大司教の娘、今の我々に頃程心強い味方は居ませんね元帥。』
タジムニウス
『はっ。』
セレーネ
『して元帥、現在我が軍を襲っている病魔の正体を掴んだのですか?』
タジムニウスは説明した。
この化学兵器の正体はヴォイドの魔力で作られた古代の呪術で有り、兵達に出ている症状はその依代に過ぎないという事。
つまり病ではない為、その方向からの処置は無いが呪術である以上解呪の方法があり、そのための媒体になっていた宝玉をタジムニウスは奪ってきており、その中に秘められた魔力を浄化し、術式を書き換え、その魔力を込めた媒体となるべき薬を作れば解決するのだという事を。
セレーネ
『直ぐにゲルト卿を。
時間はありません、直ぐに取り掛かりましょう。
元帥、貴方達は少し休みなさい、大義でした。』
天幕を後にした三人はタジムニウスの天幕に向かって歩き出した。
その道中コーデリアは問うた。
ユイコが本当にこの騒ぎを扇動したのかと言う事を。
タジムニウス
『知らん。』
あっけらかんに答えたので面を食らったのはディーターとコーデリアである。
タジムニウス
『実はそこ自体は重要ではなかった。
私に対しての殺意と憎悪を抱いた、そして私の全てをメチャクチャにしてやりたかったと他の者が信じ込めばそれで良かったのだ。
狂乱した兵達を全員処分するより奴一人に全て押し付けた方が何かと都合が良かった。
ただそれだけだ。
幸いにもこの問題も解決する、更に暴れた兵達全員の罪を問わないとなれば皆更に女帝陛下に忠誠を誓い、この先の戦いにも赴いてくれるだろう。』
二人はタジムニウスの恐ろしさを今目の当たりにした気持ちになった。
側から見たらただの温厚な青年に見えるかもしれない、だがその裏は陰謀も詐術も是とするマキャベリズム(権謀術数)主義者だったからだ。
そしてかつての仲間を、仲間だったと言うべきか、そんな人物を平気でスケープゴートに吊し上げる苛烈さすら持ち合わせている事に。
タジムニウスの天幕に着くと二人は首を下げ、それぞれの当てがわれた天幕に向かった。
タジムニウスは二人を見送ると口笛で従卒を呼び寄せた。
タジムニウス
『ここで待っててくれ、届けて欲しいものがある。』
従卒
『畏まりました。』
暫くするとタジムニウスは二通の手紙を持ってきた。
タジムニウス
『この金の印が押されている奴は伝書鳩に託してくれ、宛先はカルカソンヌ公だ、赤の印は収容所に、暁の血盟のメンバー、アルフィノ・ルヴェユール、その妹アリゼー、グ・ラハ・ティア、ヤ・シュトラ・ルルの四名を解放し我が元に連れて来いという命令書だ。
確実に届けてくれ。』
従卒
『畏まりました陛下。』
程なくして四人は牢から出された。
四人は衛兵に天幕に連れて来られると天幕に設けられた暖炉を眺め背を向けるタジムニウスが居た。
タジムニウス
『外せ。』
衛兵は指図に従って天幕を出た。
タジムニウス
『女帝陛下のご温情に感謝せよ。
本来なら卿らも容疑者だが、暁は国家の理念や思惑には左右されぬ秘密結社である、よって今回の件には無関係であると判断した。
カルカソンヌ公にも取り成した、正式に釈放状が出るだろう。』
ヤ・シュトラ
『あら妙ね。
セレーネ陛下に感謝しろと言っておきながら、今の話を聞く限り、全て貴方の独断でやっている様に聞こえるわね?
私たちに感謝して欲しいのは貴方自身ではなくて?』
タジムニウス
『女帝陛下は困惑しておられる、それに軍事面で起きた問題に関しては私にその全権がある。』
暫く沈黙が流れた…。
タジムニウスはゆっくりと口を開いた。
タジムニウス
『先の戦いで、君達こそが真にエオルゼアを救済する存在だと言ったのは覚えてるか?』
アルフィノ
『ああ。』
タジムニウス
『俺はウルダハでサンクレッドやアルフィノ達に、そしてルイゾワ殿に会わなければ暁には入ってはいなかったろう。
俺はあの時もそして五年前もただ時が来るのを待つだけの根無草に過ぎなかったが君達にはエオルゼアを救済するという崇高な目的があった。
俺はその手足になっただけに過ぎない。
俺には信念など持ち合わせて居なかった。
だが君らはそれを今に至るまで持ち続けている、そう言う人間が世界には必要なんだ。
エオルゼア人に寄り添える君たちが。
とりわけ混沌の渦中にあるエオルゼアには。
私はもう光の戦士でもなんでもない、遥か西南の侵略国家の王だ。
エオルゼア人にとってもはや英雄とは言えぬ。
だが君達は違う、常にエオルゼアの為に身を賭してきた。
それは万人が知る所だ。
それこそ真にエオルゼアを救済する存在となり得るのだ。
だから頼む、死ぬなよ。
俺は少なくとも君達とは違う方法で世界を正す、そして互いの信念は必ずぶつかる。
いずれ君達とも戦う事になるだろう。』
タジムニウスは四人に下がって良しと合図を出した。
四人が天幕を出て少し経った頃だろうか、タジムニウスが指を鳴らすとタンスからディーターとレマーが姿を表す。
タジムニウス
『キスレヴとの親善は続けさせろ、そしてアルトワ公には前線を離れ、クーロンヌに駐屯する準備をさせろ。』
ディーター
『エオルゼア同盟と戦端を開くつもりですか?』
レマー
『いえ、あくまで防衛の為の兵を集める準備かと、西側諸国は未だ各地で軍閥化したガレマール帝国軍残党に支配された地域も多くあります。
それらをすっ飛ばして我が領域には攻め込ませぬ。』
ディーター
『あくまで態度を示すという事ですな、空中艦隊の準備もなされた方が宜しいかと。』
タジムニウス
『勿論そのつもりだ、恙無く頼む。』
ディーター
『ハッ‼︎』
レマー
『ハッ‼︎』
国家の主義思想、思惑でその日の敵が変わる様にタジムニウスもまた、次の相手を変えていかねばならないのだろう…遅かれ早かれ縁深き者達と矛を交えるのはいつの日か…。
タジムニウスの独立宣言より一ヶ月、もうこの時点で夥しい命が失われ、そしてその幾分かが自我を失ったただの歩く肉塊として存在している。