ファイナルファンタジー14 異譚 獅子の子タジムニウス 作:オラニエ公ジャン・バルジャン
女帝セレーネの天幕が光り輝いていた…。
セレーネとオットー、そしてヤ・シュトラが件の宝珠に込められたヴォイドの魔法を書き換えていた。
3人の顔には凄まじい汗が噴き出て、如何に困難な事か他者が見れば一目瞭然であった。
だが遂に3人はその場で座り込んでしまった。
オットー
『ハァ…ハァ…』
ヤ・シュトラ
『これは…堪えるわね。』
セレーネ
『………。』
近衛兵
『陛下‼︎‼︎』
女性近衛兵達がセレーネの元に集まり助け起こす、そしてセレーネは息を切らせながら微かな声で言った。
セレーネ
『…った。』
近衛兵
『えっ?』
セレーネ
『魔法術式は裏返った‼︎
これで皆救われる‼︎‼︎』
近衛兵達がそれ聞いて歓喜の表情を浮かべ、何人かが外に出て叫んだ‼︎
女帝陛下は遂に我らを救う術を見つけられたり‼︎
野営地は鬨の声に包まれた‼︎
だがまだ終わったわけではない、肝心な魔力を通す媒体が必要だ。
然も数千から数万人に統べからず与えねばならない…。
ドワーフの長アイアンロック・グリムハンマーは閃いた。
アイアンロック
『それなら某に名案が…あぁ、でも女帝陛下さえ良ければですが…?』
セレーネ
『名案とあらばそれを拒む理由は有りません、聞かせなさいグリムハンマー卿。』
アイアンロックから伝えられた術は泉の淑女フェイ・エンチャントレスが祭事の際に作る口噛み酒で有った。
聖女の口で混ぜ合わされた薬草や香草を加護によって清められた清水、つまるところ聖水と混ぜ合わされて作られる酒で有る。
古くはかつてブレトニアに疫病が流行った時、時の聖女が信頼できる騎士達を連れ、その疫病に効く薬を追い求め自ら遍歴に出かけ、その先で手に入れた薬草類を口噛み酒にして振る舞った結果ブレトニアは救われたという謂わば聖遺物で有る。
だが聖女、然も女帝として君臨する以前に淑女たるセレーネが驚くのは無理がない事だった。
実際彼女は赤面した。
だが、いまこの瞬間に迫る戦の前の気付け酒としてももってこいだろうし、割と男世帯の軍勢でこれ程励みになる物は無い。
アイアンロックも縁起を担ごうなどと考えたは良いが、思い返せばなんて提案をしてしまったのだと少し後悔し始めた頃彼女は了承した。
セレーネ
『それで皆が救われるのであれば私が身を粉にする価値はあります。
準備を…。』
アイアンロック
『は…ははぁ‼︎』
ヤ・シュトラ
(女の子には少し刺激が強い提案だったわね…)
直ぐに蒸留窯が用意され、宝珠も嵌め込まれた。
そして聖水がたっぷり入った大鍋にセレーネや召集されたシスターや淑女の侍女達と云われる聖女の元で魔法使いとして修行する娘達が薬草や香草を口で噛み、それを大鍋に吐き入れた。
それをドワーフ族秘伝の酒を早く作る為発酵を促す秘薬と一緒に煮込まれた。
さてその頃タジムニウスはと云うと…。
諸将を集め、軍議を開いていた。
死者と死者の信奉者が軍勢を率いてくる。
その数10万以上。
然も、先の疫病をもたらした怪物のゾンビまで従えている…。
これはソルランド、いや帝国の自軍支配圏を完全に死の国にせんと出陣してきたのだと察したタジムニウスは現地指揮官全員を召集し、疫病に侵されながらも症状が許す限り軍議に参加しようとする将もいた。
皆が集まっているが、軍議は始まらない。
皆が今か今かと待ち構えていると、ディーターが最後に入ってきた。
その姿はウィッチハンターそのものの格好だが、一つ違うのは扇で自身を仰ぎながら天幕に入り、タジムニウスの隣に立ったのだ。
タジムニウス
『では軍議を始める。』
将軍
『お、お待ちください元帥、そこなる御人は何者です?
ウィッチハンターとはお見受けいたしますが。』
将軍達が驚くのは無理はない。
全滅したと思われたウィッチハンターが生きていて、然も全軍の総司令官の隣に立つなど普通理解出来ないからだ。
タジムニウス
『この者はディーター・バルツァー。
ウィッチハンターにして、私の軍師を務めてもらう。
彼の軍師としての実力は私が保証しよう。
諸君思う事はあるだろうが私を信じて貰いたい。』
ブレトニア王として、そしてアルトドルフ帝国元帥の信用付きとあらば無碍に拒否する訳にはいかない。
諸将は一度口を閉ざした。
タジムニウス
『知っての通り、現在我が軍に向けて敵が進行中だ、これを防がねばならぬがその前に空中艦隊には帝都に帰還してもらう。
西側と東側が臭くなってきた、艦隊は一度体制を整えておくほうがいい、諸君らの今回の遠征に於いての対地支援、攻城支援、そして退却時に敵への妨害を行った事への功績は実に大で有る、帰ってノルドランド公に礼を伝えてくれ、大義であった。』
艦長達は皆敬礼し、それぞれの艦を出航させる為天幕を出ていった。
タジムニウス
『敵には件の呪いを喰らわせるための魔獣のゾンビが複数体紛れ込んでいる。
これは確実に、少なくともソルランドを崩壊させる為の出陣として間違い無いだろう。
我らがこれらを如何に打ち破るか、そこが今回の鍵、そこはバルツァー卿に説明してもらう。』
ディーター
『はっ。
此度の戦いは我らは守備側、然も相手は大半が死者の軍勢です。
普通の迎撃戦より我らが意識しなければならぬのは野戦築城、ここに尽きます。』
諸将は怪訝そうな顔をした。
ディーター
『だが、皆様も思っているでしょうが今から土嚢や堀を作っても間に合いません。
かつて東方には人は城、人は石垣と申した王がいたそうです。
今回は彼の故事に習います。
いくら蘇ったとしても相手は人、力には限りがございます。
ならば我らは人の身をして城となり、彼奴等を跳ね除けるのです。
八卦の陣を敷きます。』
八卦の陣。
それはあまりにも古い東方由来の陣。
そんな物が効くのか、そもそも古すぎて使い物になるのかと疑う声が上がった。
だがディーターは古いからこそ効果が有るのだと推した。
何よりディーターは生ける死者の立ち向かい方を知り尽くした専門家だ。
その知識もあってか、この陣を採用したのだろう。
タジムニウスもこの策に賛同している以上これ以上口を出す者もそうは居らず時置かずしてこの策に決まった。
そこに一人の将が問うた。
将軍
『エオルゼア同盟軍の兵達は如何いたします?
彼らの将を拘禁している以上戦力としては扱えませぬが?』
タジムニウス
『分かっている。
彼らの身柄は暁の血盟に託した、彼ら一万は今回先頭には不参加、本陣にて待機してもらう、此度の戦は我らのみだ。
他に無ければ以上だ、解散‼︎』
諸将
『ハッ‼︎‼︎』
天幕にはタジムニウスとディーターのみが残された。
ディーターはタジムニウスに苦言を呈した。
ディーター
『何も御身自ら陣に加わらんでも良いでしょう、何かあればどうなさるおつもりか?』
タジムニウス
『それは君も同じであろう?
軍師たる君が敵と白刃を交わすなど本来なら負けだぞ。』
フッと二人は笑うとそれぞれ別れを告げた。
出陣準備の報を聞いた兵達は何の冗談だと耳を疑った…多くの兵が死の淵を彷徨っているのに出陣せよと云うのだ。
ふざけるなとまた怒りに任せて暴れかねない状況下になったが、同時に振る舞われた白濁色の何やら良い香りのする飲み物にも興味が行っていた。
そしてそれらを運んでいたのは全員女帝の近衛兵や近衛騎士達だったのだ。
彼らは一瞬躊躇ったがその中身を教えた。
女帝自ら作った口噛み酒と聞いた瞬間、その存在を知るものは殺到した。
恐らく劣情を抱いた者が居ただろうが兎も角病に冒されていようと居なかろうと、皆が殺到しそれを飲んだ…。
その結果全員それなりに酔った。
一杯だけとは言え、ドワーフの秘薬で本来なら絶対あり得ない速度で発酵した酒である。
その代償は凄まじく、酒が強くなるのだ。
千鳥足や呂律が回らないという事態だけにはならなかったが全員酔っ払い…数万人の酔っ払いの完成で有る。
そして病、いや呪いに侵されていた者達は嘘のように元通りになっていた。
そして皆が野営地の中央に設けられた演説台に誰かが登っているのでそちらに目を向けると、盃を持って立つタジムニウスが居た。
タジムニウス
『今迄の戦いに散った者と、これより命を散らす我らに‼︎』
そう乾杯すると、おおよそ尋常じゃない高度の酒を一気に飲み干した。
そして杯はタジムニウスの手から滑り落ち、地面に砕け散った。
そして一気に酔いが回ってタジムニウスが倒れそうになり、皆が声を上げるがタジムニウスは倒れる事はなく、そのまま踏み留まり、大剣ライオン・ハートを掴み、その場で振り回した。
荒々しく振り回したタジムニウスは大剣を肩に背負い、右手の拳を高々と掲げる。
タジムニウス
『セレーネの為に‼︎‼︎‼︎‼︎』
全軍
『『セレーネの為に‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』』
鬨の声は天高く登り、ソルランド首都まで聞こえたという。
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死者と死の狂信者が軍勢を為して、生者の国を目指していた。
その数もはや十数万に膨れ上がっていた。
先頭を見事な鎧を身につけた骸骨や死体となった騎士達が同じようになった馬に跨り、その後をそれより幾分か劣る鎧、ないしは平服のみ着て、武器を持って歩く骸骨や死体の歩兵、そして似たような装備の吸血鬼教の信者達が続き、その最後に吸血鬼が輿に乗り、生前は相当立派な騎士だったであろう死者達に守られていた。
その一軍の目の前に一騎の騎馬が現れた。
乗っていたのはコーデリアだった。
コーデリアは弓を引き絞り先頭の騎士の頭蓋を射抜いた。
死者は二度死ぬ。
騎士は落馬し砕け散り元の骨の山に戻った。
骸骨達は甲高い声を上げた。
吸血鬼
『アノ小娘ヲ殺セェェ‼︎‼︎』
主人の下知を聞いた骸骨騎士達が一斉にコーデリアの元に殺到せんと馬を駆けさせる。
だがコーデリアは颯爽と馬を返して逃げ出した。
やがて少し先で待っていたシスター達と十数騎の一団になり、逃げながら矢を放った。
騎士達は次々と射抜かれたが元が数万騎の大群だ、焼け石に水。
やがてこの十数騎の集団は何故か起きていた砂埃の中に消えていった。
そして砂埃を抜けた先に待っていたのは大楯で壁を作った生きた兵士達とその間に等間隔で横向きに停車して砲塔を自分達に向けたスチームタンクであった。
そして大楯の間からは銃弾が、大楯の後ろからは矢の雨が、そしてスチームタンクからは砲弾が飛んできた。凄まじい勢いで数万騎の死者の騎兵に鉄と火薬の雨が襲い掛かる。
騎兵達はこのままではただ砕かれるのを待つだけだと理解し、この人と鉄で作られた長城には先の囮を避難させるための抜け道が幾つかあるのを発見し、そこに最大でも千騎の集団に分かれその抜け道に走り出していった。
中からこの長城を食い破る為に…。
集団の群れが小さく無数に分裂した。
まさにこの瞬間彼らは術中に嵌った。
騎馬達がみんな入って行ったのを確認した兵達がその抜け道を塞いでしまった。
そう全ての抜け道を…。
それはまさに甲羅の中に身を隠す亀が如く。
彼らは亀の甲羅に閉じ込められたのだ。
普通ならこんなに上手く引っ掛かる訳がない。
だが彼らは死者、考えるべき脳は既に腐り落ちており、碌な判断など出来やしない。
そして彼らを操る吸血鬼は今や遥か自分達の後背に居る。
吸血鬼の特性を全て知り尽くしているディーターの策に嵌るべくして嵌ってしまったのだ。
分断された一つの一団の前の壁に急に穴が空いた。
そこから出て来たのはオリオン公だった。
立派な角を生やした雄鹿に跨ったオリオン公は騎馬の一団に突撃する。
それに対抗すべく骸骨騎士達も三騎オリオン公に迫る。
オリオン公は大矛を振るい、先ず一騎を斬り伏せる。
二騎目も剣戟を交わした刹那のすれ違い様に斬る、そして三騎目は矛を投げつけ串刺しにしてしまった。
そしてそのまま雄鹿から飛び上がったと思ったら、オリオン公は弓を構え、魔法の矢を引き絞っていた。
それは放たれた瞬間無数の矢に増え、騎士の一団に襲い掛かる。
矢は悉く死者に刺さり、幸いにも落馬して生き残った騎士達は下馬したままオリオン公に襲い掛かる。
だがオリオン公は腰に刺した剣を引き抜きこの生き残り達も全員切り伏せた。
オリオン公はここまで一言も声を発さず、そして息も切らさず、終わった後は自身の金髪の髪を触り、周りで見ていた自軍の兵達にまるでショーを見せていたか如く恭しく礼をしてみせた。
その瞬間兵達の鬨の声が上がった‼︎
鬨の声を上がるのを聞いたコーデリアは馬から陣の中心に建てられた櫓に立った。
そして策のために自ら槍働きに出るディーターに視線を向けた。
ディーターが頷くのを見たコーデリアは頷き返し、合図を送った。
するとラッパ手がラッパを高らかに鳴らした。
すると今度はまた別の一団に迫る一騎当千の英雄が現れた。
レマーである。
槍を振るい、敵を三体突き殺し、更に人馬一体と云うべきか乗騎は蹴りをいれ、骸骨の敵と馬を砕いてしまった。
そして槍を振り回したかと思うと魔力を貯めた。
そして一気に放たれた魔力は槍の形状をし、敵に向かって放たれた。
それは巨大な大砲が全てを貫く砲弾を放つが如く…敵の一団は惨たらしい四肢の残骸を残し消え失せた。
そして鬨の声が上がり、今度は角笛が鳴る。
アイアンロック
『ようやく出番か…。』
アイアンロックは椅子から立ち上がり、入場口に向かう。
その脇を固めるは彼の息子と娘。
姉、アメジスト・グリムハンマーとその弟タンザナイト・グリムハンマーである。
長女アメジスト・グリムハンマーはアイアンロックの長女であり、次期ドワーフ族族長になる紫色の髪をした長身(ドワーフ族の平均身長がヒューランの胸程であり、彼女は肩まで背が届く)のドワーフ族の女性である、得物は自身の丈ほど有る大斧である。
その弟長男タンザナイト・グリムハンマーは、ドワーフ族の男性であり、ドワーフ族の中でも指折りの技師で有る。
得物は散弾銃と金槌で有る。
アメジスト
『父上、我らドワーフ族の怨恨を今こそ果たしましょうぞ‼︎』
タンザナイト
『我ら戦士達を侮った事を後悔させてやりましょうぞ‼︎』
アイアンロック
『応‼︎
ではワシらの咆哮を聞かせてやろう‼︎‼︎』
そう言い終わった瞬間、彼らの前を遮っていたドワーフ兵達が道を開ける。
3人のドワーフの雄叫びが戦場一帯に轟き響く。
それは巨大な怪物の如く。
なんと三人は雄叫びを上げながら獲物を構えず素手で走り出した‼︎
アイアンロックに骸骨騎士達の槍が迫る、だがアイアンロックは自身を止めようとした槍衾を拳で叩き折ってしまった。
更にその後ろからドワーフの姉弟が斧と散弾銃で襲い掛かった。
アメジストは大斧を振り回し、自身の体躯ごと敵にぶつかっていた。
タンザナイトは散弾銃を撃ちまくって敵をバラバラにしていき、近づく敵は金槌でペシャンコにしてしまったのだ。
拳で叩き割られ、斧で切断され、散弾銃で蜂の巣にされ、三人のドワーフに襲い掛かられた骸骨の一団は粉微塵になってしまった。
また鬨の声が上がり、角笛とラッパが鳴る。
次の一団は惑わされるまま行き止まりにぶち当たった。
兵と槍で築かれた袋小路に導かれてしまったのだ。
すると彼らは自身が身動きが取れなくなっている事に気がついた。
馬の足から黄金が昇ってくる。
彼らは抗った…だが既に時は遅い。
この一団はグロテスクな亡霊騎士の金の像に成り果てた。
兵達の後ろで詠唱を終えたオットーが立っていた。
オットー
『この黄金は卿らの好きにせよ、家族や故郷の者達に女帝陛下の名で分け与えてやれ。』
そしてまた鬨の声が上がり、次の一団の最後の刻が訪れた。
次の出番はディーターであった。
ディーターは一団に向かってヴァイオリンを奏でた。
それは鎮魂歌、死にながら使役される彼らへの慰めの歌だった。
死者の騎士達はただじっとそれを聴いていた。
演奏が終わると彼らは次から次へと崩れ落ちた。
その一団はもう二度と起き上がることはなかった。
ディーター
『死者には正しき眠りと安息を…Einladung Requiem(誘いのレクイエム)。』
ディーターの演奏を聴き終わったコーデリアは拍手を送った。
コーデリア
『見事な演奏でしたバルツァー卿、皆、戦太鼓と鬨の声を上げなさい‼︎
獅子心王の出陣です‼︎‼︎』
ドラムが独特なリズムを奏でる。
太鼓の演奏が終わったか否かであろうか。
兵達が道を開けるとそこには大剣ライオン・ハートを肩に担いだタジムニウスが現れた。
一団の前に立つとタジムニウスはライオン・ハートを地面に突き刺す。
タジムニウス
『地脈よ、我に応えよ、我は其方らの王なるぞ、獅子心王が命じる。
敵を喰らい、顎門で噛み砕け…。
獅子王剣・烈‼︎‼︎』
するとタジムニウスの前に立った敵の足元の地面が隆起し、それは全てスパイク状に突き出て、敵を跳ね飛ばし、跳ね飛ばした先で貫いた。
タジムニウス
『歴代獅子心王が使いし二大魔剣技この身に確かに…‼︎』
タジムニウスは自身が担当していた敵が全て朽ちたのを確認するや否や下知を飛ばした。
タジムニウス
『戦いはまだ終わっていない、残りの敵を始末せよ‼︎‼︎』
全軍
『『ハッ‼︎‼︎‼︎』』
そこから兵達の仕事であった。
大楯から飛び出てきた槍とハルバードは骸骨の騎馬に襲い掛かり下馬した者には容赦なく剣を見舞い、逃げようとするものには鉛玉が飛ばされた。
陣の中に引き込まれた数万騎悉く討ち取られた。
そして吸血鬼の軍勢は、自身が足を失った事を理解したのだった。
騎兵が全滅したが、歩兵の数は圧倒、力押ししたところで足りなくなった兵は死者を蘇らせば良い、吸血鬼の歩兵軍は足を進めた。
さて忙しいのは生者の方である。
まだ仕事は終わりじゃ無い、急ぎ陣を崩し、横陣を組み直していた。
兵達は忙しなく動き、工兵たちが野戦砲を汗水垂らしながら引っ張っていた。
タジムニウス
『新兵達はは上手くやってくれるだろうか…。
ナイトハルトは上手くやるだろうか?』
ディーター
『ナイトハルト殿を始めとした若手の騎士や新兵総勢一万、この一万の働きが我が方の未来を分けますな。』
タジムニウスは何処か不安げであった。
ナイトハルトを弟の様に思っていたからこそ心配であった。
だがその一方でマリエンブルクの血を引き、後を継ぐ者として強く成長してほしいと思っていたからこそ、獅子が子を崖から突き落として登らせんが如く、此度の戦でタジムニウスはナイトハルトに苦難を与えようとしていた。
カタリナやボーアンから預かっている以上あまり手荒な事は出来ない、だが間違いなく将器があるナイトハルトを燻らせて置くわけにはいかなかった…。
タジムニウス
『すまぬがディーター、私と卿の陣立てを交換してくれ。』
ディーター
『陛下自ら第二線を…?
成る程、ナイトハルト殿に喝を入れるおつもりですな?』
タジムニウス
『必要であればだ。』
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ライクランド(アルトドルフ)帝国帝都アルトドルフ皇宮…
その頃皇宮は阿鼻叫喚の嵐であった。
エオルゼアの東方連合に向けての情報の横流しや、ブレトニア国王暗殺未遂…そして、加盟国会議に於いて賛成多数により、東方連合が帝国への侵攻することが決まる等、目まぐるしく起こる事件の対応に追われていた。
本来東方の国境を守るキスレヴ大公国が今回の内戦においてずっと中立の立場を取り続け、寧ろ完全な独立国が如く振る舞ってしまっている以上、頼りには出来ず、外交にてキスレヴの機嫌を取ろうとしてもうんともすんとも言わないかの氷の国にやきもきするばかりであった。
女帝セレーネは出陣の前に皇宮に自身の意向を伝えていた。
『もし、キスレヴが、ツァーリナ(女王)・カタリンがかつての様に帝国の一諸侯としてではなく対等の関係を望むならそれで構わない、ゴーク(この地域の人間もガレアン人への対抗意識故か自分達こそゴーク人の末裔と名乗っている)の血が相争うのはカタリンも決して望まないだろう。』
現にキスレヴはガレマール帝国の混乱に乗じて傀儡から脱却、全領土の奪還を果たし、選帝諸侯にも皇帝派にも属さずただじっと静観し、東方とも独自に交流を続けている。
そんなキスレヴを自軍側につければ勝利は確実である。
然しもし彼らの勘に触る様なことをすればカタリンは使者を氷漬けにして、遊牧民族でもある彼らは大挙して騎馬にて襲い掛かり、全てを破壊し、奪っていってしまう。
彼らの誇り高さを決して侮ってはいけないのだ。
それ故にこの国に対しての親善はカタリナが行っていた。
然し、先程も言った通り大商人の血を引くマリエンブルクの交渉術と財を持っても彼らは簡単には靡かず、そして時は待たず東方連合は遂に動き出してしまった。
既に北にほぼ全ての力を裂いてしまっているアルトドルフ帝国に東西北全てに武威を示す力は無い。
西側は潜在的な敵にはなったが直接力を行使する事は出来ない、東さえどうにかすれば命が繋がるのだ。
そんな時であった…。
使者
『ご報告申し上げます‼︎
キスレヴが…キスレヴが会談を申し入れて参りました‼︎』
カタリナ&ジャン
『⁉︎』
永らくキスレヴは中立であった事は今述べたが、そのキスレヴが遂に動き出したのだ。
東方連合の侵攻に伴ったものなのか、そうでは無いのか定かでは無いが兎も角キスレヴが門戸を開いてくれるならどちらでも良い、二人は早速会談の準備に取り掛かろうとしただが使者はまだ伝えるべき事が有ると二人を留めた。
キスレヴはなんと女帝と女王の女同士の会談を望んでおり、それが聞き入れられなければ、キスレヴは東方連合に加わり真っ先に帝国領の切り取りに掛かるというのだ。
まさかの事態になってしまった。
ライクランド帝国建国以来キスレヴとは同盟、そして主従の関係であった。
そのキスレヴがなんと遂に牙を剥きかねないと言うのだ。
そしてそれは決して誇張では無いことを二人は理解した。
程なくしてディッターズ・ランドからキスレヴ首都キスレヴにて軍の集結を確認したと通信が入ったのだ。
事態は深刻であった。
だが、セレーネは吸血鬼討伐の為出ている、然もキスレヴまで行ける安全なルートが無いのだ。
だが東西バットランドの平定、そしてアヴァーランド、オスターマークの三公爵領の内一つでも占領すれば話は別で有る。
勿論後顧の憂いを断つべく革命軍に占領されたハーフランドも取り返さねばならない。
幸いオスターマークは兵力をミドンランドに割いている為、碌な抵抗もせず直ぐに降伏するだろう。
まさに今や帝国の命運は吸血鬼を下せるか否かで有る。
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ソルランド国境
タジムニウスの兵達は横陣を組み終わっていた。
強力な火砲も、銃器も揃えた。
だが死者の軍は生者とは違って幾らでも変えが効く、恐らく幾ら疾風雷火の如く食らわせても突き進んでくる事間違いない。
しかも絶対数では負けているし、直前の偵察でどうやらバットランド内に残されていたカノン砲やトレビュジェットを持ち込んでいるらしく、そうでなくても吸血鬼の魔法は一撃で数十から数百は削っていく…。
たが魔法という面だけ見ればタジムニウス側は決して負けていない。
泉の淑女にして女帝セレーネ、帝国魔法院院長オットー、彼らを支える魔法使い数名、皆優秀な魔法使いで有る。
タジムニウス
『如何に我らの魔法で削り、如何に敵の魔法で削り取られる前に勝利出来るかに掛かっている。』
ディーター
『この戦況を逆転させる手立て、それは敵将で有る吸血鬼を討つ事。
その為には将を打てる可能性のある者を敵本陣に辿り着かせる事、即ち、陛下と私、そしてバトルシスターで有るコーデリア殿。(セレーネ様は今回は本陣で留守番ですよ流石に)』
タジムニウス
『まずは新兵達の活躍如何だな、緒戦のおいたを働きで返してもらうぞ、行けェェ‼︎‼︎』
獅子心王の下知が飛ぶ。
ナイトハルト
『畏まった‼︎
一万前進せよぉ‼︎』
若き公子の下知で鬨の声を上げ若き兵達が一歩ずつ前進する。
その後ろをタジムニウスたち第二線が付いてくる。
もう既にこちらの大砲は敵に砲火を送っている。
相手側が旧式の火砲であることが幸いした形である。
だが距離を詰めてきた敵もいつかは砲火を開くし更に近くで放てる彼らはその分当てやすいし、幾ら誤射しても元は死人なので気にする必要はない。
射程に入ったそれら火砲は乱戦中の軍勢に向かって砲弾を放つ。
敵味方共に被害甚大である。
だが敵は崩れ去ればまた新しい亡者で戦列を作るが、生者は辺りに散らばった死者や負傷者が居て戦列を組むのに時間が掛かる。
そもそも彼らは新兵が多く迅速な行動は難しい。
熟練の将を何人か割いていても手足がこれでは意味が無かった。
一万の総大将として指揮を取るナイトハルト・フォン・マリエンブルクは次から次へと届く、味方劣勢の報に追われていた。
危機という報告を聞く為に予備隊を割いたが、援軍が来る前に各部隊は壊乱しており、予備隊がなんとか踏みとどまっているが、恐慌状態の味方を回収しながら戦うのは彼らでは荷が重かった。
ナイトハルトはこれまでと判断し、老従者を呼び寄せる。
ナイトハルト
『爺ぃ‼︎』
爺
『ハハッ‼︎』
ナイトハルト
『ここを離れ、第二線にいるバルツァー卿に援軍を要請し、その裁可を元帥に頂くのだ。
ここは乱戦故にリンクパールは繋がらん、だが第二線まで行けば繋がるだろう。』
爺
『ハハッ‼︎
行って参りまする‼︎』
老騎士は馬を駆けさせ、第二線のディーターの本陣に向かった。
幕僚達がしばし待てと天幕の外に爺を待たせた。
当然この天幕の中にいるのはディーターではなく、タジムニウスだ。
幕僚が事の次第を知らせると、タジムニウスは幕僚達に耳打ちする。
タジムニウス
『第二陣の軍旗を我が麒麟の軍旗に変えよ、さすれば本陣のディーターが本陣旗を下ろす、下ろしたのを確認したら卿らはここに本陣旗を立てよ。』
将軍
『して、返事は?』
タジムニウス
『今する。』
天幕から軍師ではなく総大将が出てきたとあっては爺は腰を抜かした。
タジムニウス
『貴殿の主君の要請は分かった。』
爺
『おお、では援軍に?』
タジムニウスは何も言わずに第二線の最前列に立つ。
そして軽く手で合図をすると弓兵達が一斉に最前列まで走り出てくると一斉に矢を放った。
だがなんとその矢は敵では無く目の前で戦っているナイトハルト達に向かっていた。
幸い矢は彼らに降り注ぐ事なく彼らのすぐ後ろに落ちた。
味方全て騒然である。
まさかの味方撃ちである。
爺
『なにを‼︎何をなさる‼︎‼︎』
だがタジムニウスは腕を組み仁王立ちのまま一言も喋らず険しい表情を浮かべたまま動かない。
すると味方撃ちをした弓兵達は何事も無かったように下がると今度は銃兵達が全員銃剣付きのライフルを構え同じように微動だにしなくなった。
その頃ナイトハルトはこの一連の出来事の意味を理解出来ていなかった。
利発な彼でも理解できなければ、最前列の若者などもう想像すらしなくても分かる事だ。
大混乱である。
だが今は敵に集中しないと自分達が死んでしまう。
幸い後ろの味方に殺す気は無いようだ…。
ナイトハルトはそこに気がついた。
ナイトハルト
『偵察兵、矢の落ちた場所を確認しろ大至急だ‼︎』
偵察兵が言われた通りの仕事をしてきて報告してきた。
それらの矢は自分達のすぐ後ろに落ち、それはまるで一本の線が引かれた様だと。
ナイトハルトはそれを聞くや否や、馬で第二線の見える最後尾に走った。
矢は正に線の様に刺さり、そしてやはり仁王立ちするタジムニウスが自身をジッと見ている。
ナイトハルトはタジムニウスの意を理解したのだ、彼は剣を引き抜き刀剣礼をタジムニウスにすると馬を取って返し号令を掛ける‼︎
ナイトハルト
『ナイトハルト隊、これより我らは最前列に立つ‼︎
これより我らが一万を、いや、全軍を牽引する‼︎‼︎』
ナイトハルト隊は味方を掻き分けるが如く最前列に走る。
彼は片手に剣、反対の手に軍旗の付いた槍を持ち、馬上にて叫んだ。
ナイトハルト
『皆、聞け、聞くのだ‼︎』
ナイトハルトは兜を脱ぎ捨て、彼はメイルも脱ぎ捨てると胴体はシャツのみになるが、なんとシャツも左側を破り捨て、16なれど鍛えられた少年の身体を晒した。
心臓を曝け出したも同然である。
ナイトハルト
『これより、我らの後ろに刺さりし矢より後ろに下がる事罷りならぬ‼︎
皆前へ、前だけに向かえ‼︎
そして忘れるな、我らの後ろには友や家族がいる事を‼︎
女帝陛下が座す事を、鷲獅子の軍旗を地に塗れさせるな‼︎
勝機は常に我らにあり、臆すな、進め‼︎‼︎』
切り掛かってきた骸骨騎士を剣で叩き切り、槍で頭蓋を貫いた。
大将自らが前線に出て、そして将が最も敵に身を晒しながら自身らを鼓舞しながら戦う姿を見た彼らは士気を取り戻し、今度は勇気のみを振りかざし敵にぶつかっていた。
このメチャクチャな突貫は敵を跳ね除ける事に成功した。
タジムニウス
『若い連中が息を吹き返したぞ‼︎
この隙を逃すな第二陣出陣だ、このまま敵本陣に迫るぞ‼︎』
本陣にて待機していたディーターもこの好機を逃さなかった。
ディーター
『第二陣が行くぞ、両翼の騎兵も出撃だ。
コーデリア殿の力を見る良い機会だ。
私も出るぞ馬を引け。』
兵
『はっ。』
______________________
右翼騎兵軍団四千騎
コーデリア
『行きますよ皆様、我らには主シグマーの加護がありますよ‼︎』
騎士達
『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』
騎士達は鬨の声を上げる、そして同じように左翼側の騎兵達も鬨の声を上げた、馬を立てて同じ様に鼓舞したディーターが先頭にいた。
八千騎の騎兵が銃火器と弓矢の支援射撃を受けながら駆け出す‼︎
八千騎、悉く軽騎兵だろうと重騎兵だろうとランスとガンランスを持ち猛烈な砲撃を加えながら迫る。
その頃第一陣は乱戦にあった。
兵達の怒号と悲鳴と断末魔が鳴り止まぬ地獄の釜と言って良い。
ナイトハルトはその中で落馬していた。
乗っていた馬がやられたのだ。
ナイトハルトは短槍を振り回して亡者達を屠ったがいかんせん勝負にならない。
側近達も敵が多くて近づけない。
そして悪い事に乱戦を抜けてきた骸骨騎士が三騎馬上より槍を突き出してきた。
ナイトハルトの側近
『若様ぁぁぁぁ‼︎‼︎』
ナイトハルトは死を覚悟した。
だがその瞬間‼︎
骸骨騎士達は紅蓮の炎で燃え朽ちた。
タジムニウス
『危ないところだったなナイトハルト。』
ナイトハルト
『元帥‼︎』
タジムニウス
『少し下がれ、その格好でこの乱戦の中は流石に危険すぎる。
命令したぞ良いな?』
ナイトハルト
『は…はい、では!』
ナイトハルトが引くのに合わせてタジムニウスの後ろに下馬騎士の集団が現れた。
トロワヴィル親衛隊。
前クーロンヌ公爵トロワヴィルが組織した両手剣を使う精鋭騎士団であり、甥タジムニウスに残した遺産でもある。
下馬、騎乗双方に置いて高い白兵戦能力を持つこの老練な騎士団が帝都防衛に付いている獅子心騎士団(まだ完全では無いが近日再興した)の代わりにブレトニア国王タジムニウスの護衛を務めていた。
先の撤退に於いては王たっての願いで先に撤退したが、今回は彼等の職責を全うすべく全員が王と共に下馬し彼の後に続いた。
タジムニウス
『皆行くぞ、俺を含めた全員に一人五十殺を課す、それまで決して死ぬな。
敵本陣まで我を届けるまで誰一人欠くことを許さぬ!』
トロワヴィル親衛隊
『御意‼︎‼︎』
四百人近い両手剣騎士が敵に向かって突進を始めた、剣技は当然、更に高い魔力を持った彼等の一振りはクレイモアから魔力で出来た鎌鼬が出る程である。
味方はただ、この集団が死体の山を築き上げるのを黙って見てしまう程である。
まさにタジムニウスの下馬騎士団、両翼のディーター、コーデリアの騎兵団は三本の矢として敵将、元オスターマーク公であった吸血鬼に向かって一直線であった。
だがやはり他の二人が騎馬団ではスピードに差が出てしまう。
こちらも片っ端から切り刻んでいるが、次から次へと敵が立ち向かってくるのに対し、向こうは全て跳ね除け踏み潰し猛進していく。
タジムニウス
『これじゃあ先越されるな…。
おい、通信をオットーに繋げ。』
通信兵役の騎士が機械を調整してゴーサインを出した、この機械はナルンの大兵器工場で製作された新型通信機器の試作品でありこれで乱戦の中でもリンクパールが使える。
タジムニウス
『オットーか?
こちらタジムニウス。』
オットー
『こちらゲルト、良好です。
何用ですかな?』
タジムニウス
『このままじゃ、他の二人に敵の首取られちまう、魔法による支援攻撃と例の二人をこっちまで来させてくれ忙しくて堪らん。』
オットー
『かしこまりました、では直ちに。』
オットーは天幕を出ると口笛を一つ吹いた。
すると白金色の天馬がパカパカ歩いて擦り寄ってきた。
この白金色の天馬はゲルト家に伝わる白金種クイックシルバーである。
珍しい品種であり、ゲルト家とそれに連なる一族しか飼育する事を許されていない幻の天馬であり、普通の天馬より遥かに強い魔力を持っている上に飛行速度も群を抜く。
オットーはクイックシルバーに跨ると一族伝来の黄金のマスクを被り宝杖を持ち、下知を飛ばす。
オットー
『白魔道士と火魔法が得意な魔道士はペガサスに乗ってついてこい。』
すると彼に続いて十頭のペガサスにそれぞれ白魔道士と炎魔法の得意な魔道士がそれぞれ二人で跨り十一頭のペガサスが本陣から飛び立った。
11頭は戦場の上空まで昇るとその場で滞空し、それぞれ魔法を詠唱する。
白魔道士達
『大いなる大地よ怒りを今、解き放て、ストンラ‼︎‼︎』
彼らの頭上に巨大な岩の塊が顕現した。
だがそれで終わらない。
黒魔道士達
『炎よ、今こそ我らに力を貸したまえ、エンチャント・ファイラ‼︎』
先ほどの大岩が燃え盛る大岩に進化した。
この大岩は死者の軍勢に真っ直ぐ落ちていった。
着弾と同時に起きる大爆発。
あっという間にタジムニウス達の前に大きな空間が現れた。
だが相手も腐っても生き返らせられた死者達である。まだ立ち上がるしぶといのが少々、そしてむしろ待ってたとばかりにその空白に他の死者が殺到する。
オットーはこの状況を見兼ね、自身も詠唱する。
オットー
『鉄の礫を食らっても立っていられるかな?
シーリング・オブ・ドゥーム‼︎‼︎』
空から高温に熱せられた鉄の礫が降り注ぐ。
流石にかなり効いたのか食らった死者達は二度と起き上がる事は無かった。
だが、またしてもタジムニウスの前に立ち塞がるもの達が現れた。
鎧甲冑で身を包んだ下馬骸骨騎士達でおる。
様々な文化圏から連れて来られた死者達は皆手練れ、時間を割くわけには行かないが、そう簡単にはいかない。
その時、タジムニウスの横から敵に向かって走り去る二つの集団、それぞれ一千の兵達が敵とぶつかった。
一方は大剣、もう一方はハルバードで武装したエレゼン族の歩兵団である。
とても豪華な鎧で身を包んだ彼らはエレゼン族特有の身のこなしで敵をいなしていく。
タジムニウス
『来たか…アスール(この地方でエレゼン族を指す古代語)の子孫達。』
タジムニウスの前にエレゼン族の二人の男が立つ。
この兄弟はオリオン公の息子達である。
長男は金髪の長髪に白銀の鎧と燃え盛るまるで不死鳥の様な炎を纏った大剣を持っていた。
弟は白地に青の模様が入ったローブを纏い、黒髪の長髪を持ち、金で出来た杖を持ったいかにも魔法使いという出立ちであった。
ティリオン
『アセル・ローレンのエルフ王オリオンが子、ティリオン。』
テクリス
『同じくテクリス。』
兄弟
『我ら父に代わり最前線を賜り、参上いたしました。』
タジムニウスは二人をそれぞれ見つめると
タジムニウス
『私は敵陣目掛けて駆ける、両名は私の両翼を守ってくれ、期待しているぞ。』
兄弟
『御意‼︎』
二人は一度騎馬で体制を整えるタジムニウスを見送ると敵に向かって歩き出した。
テクリス
『兄者は左翼を、私が右翼を担おう。』
ティリオン
『テクリス、あまり根を詰めるなよ。
その為に父上はお前にソード・マスター・ホエス(アセル・ローレンのエルフ王国に使える魔道院ホエスの塔に所属する魔力を力に変える事に長けた剣豪達)一千名を任せたのだぞ。』
テクリス
『私は我らアスールの王国の再建の為と帝国に忠節を示す為に魔の道を極めた、今ここで無理をせずして何とする。
兄者こそ、ゆくゆくは全エレゼン族の王として不死鳥王となってもらわねば困る。
その為にフェニックス・ガード(かつて南東に存在し、第六霊災の際に水没した島大陸ウルサーン島全土にあったエレゼン族の帝国ウルサーンを治める不死鳥王の親衛隊、全員がハルバードと火魔法の使い手)を供につける様に進言したのだ。
……兎も角共に生き残ろう兄弟、女帝陛下は我らの旧領とマリエンブルクとノルドランドの間に位置する海岸沿いの領土も我らに切り取りを許してくださった。
共に白き都を築きあげよう‼︎』
ティリオン
『当然だ、我らアスールこそ、全てのエレゼン族、そしてこの世に存在する全ての民族より優れた種族ハイエルフの末裔である事を今再び示してやろう、アスールと我らが盟友にして主君シグマーの血族の為に‼︎』
ティリオン・テクリス隊
『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』
この二隊の活躍は凄まじかった。
先ずティリオンは父すら超える武勇の持ち主で有った。
燃え盛る大剣を振るい、亡者共を斬り伏せ、それに付き従う燃え盛る斧槍の使い手達は落伍する者おらずエレゼン族特有の身のこなしと、その外見から信じられない大力で敵を突き潰していった。
次にテクリスはもはやこの帝国内で彼と対等にやり合える魔法使いはオットー、ジャン位しか居ないと言われる程の魔法の天才である。
彼は光り輝く剣と杖を使い、魔法の光弾を放ち、剣を振るい、亡者達を打ち破った。
彼はこの世に存在する全ての体系の魔法を全て極めた人物であった。
彼はまさに生きる肉体を持った魔法そのものなのだ。
そして彼の脇を固める両手剣を振るう魔法にも長けた剣豪達もまた、亡者達の返り血を浴びる事あれど自らの血を流すことなく死者を切り刻んだ。
アルトドルフ帝国に存在するエレゼン族の軍隊に於いて最強部隊とされる二隊を率いるこの二名は後世にすら伝えられた忠勇と理想を叶えた英雄の兄弟として名を馳せる事になるが、彼らの原点はまさにこの戦いで有ったという。
タジムニウスは天馬に跨り、天馬一千騎、騎士一千騎を引き連れて戻ってきた時にはこの二人に率いられたエレゼン族の戦士達で出来た敵を抑えるバリケードが出来ていたのだ。
そしてそれは真っ直ぐ敵本陣に向いていた。
タジムニウス
『見事‼︎
流石アスールの古王国を継ぐ者達よ‼
盟友アスールの若者達が開いてくれた道を進むぞブレトニアの騎士達よ、遅れを取るな‼︎︎』
ブレトニア騎士
『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』
鬨の声を上げ、中央に陣取ったタジムニウスはやっと前進出来たのだ。
その頃両翼のディーター、コーネリアが難題にぶち当たっていた。
件の呪いを全軍に掛けた巨人族の亡者ならぬ生物兵器が自分達の前に陣取っているのだ。
彼らに剣や槍で挑めば忽ち中に充満されていた呪いが疫病となって皆に襲い掛かる、同じ失態を冒せないが、彼らをなんとかしないと敵陣に辿り着けず、ひいては全軍の危機を招きかねない。
先に手を打ったのはディーターだった。
ディーター
『グレネードランチャー持ちの竜騎兵を呼んでこい、弾は焼夷弾だ。』
アルトドルフ帝国の誇る重竜騎兵部隊通称アウトライダー達の出番である。
彼らの装備は六連装リボルビングライフルとグレネードランチャーである。
この連中が巨人の亡骸を横切りながら榴弾を放つ。
その榴弾は悉く敵に刺さるが一方の敵の攻撃は全て当たることなく、騎兵達は悠々と立ち去ってしまった。
そして遂に榴弾が爆発し、巨人の亡者は炎に包まれた。
苦しみ悶える声上げながら燃え盛る死体に容赦なく追加の焼夷弾を浴びせる。
この呪いが胞子に似た様な存在で顕現しているのは既に述べた。
そして胞子を媒体にしているなら当然火にも弱いのだ。
巨人とその周りにいた亡者を悉く吹き飛ばしたディーター達はまた敵陣に向かって駆け出す。
その頃、コーデリアは杖を振り上げ詠唱していた。
コーデリアは燃やすのでは無く、存在そのものを消し去ってしまおうとしていた。
コーデリア
『主は今顕現し、我らの敵に裁きを喰らわせん‼︎
アーケイオン・テンペスト‼︎‼︎』
雷は今や天より降り注ぎ、それは一条の光の嚆矢となり、呪いを秘めた怪物を飲み込み、それがいた場所には巨大な穴が出来上がっていた。
コーデリア
『主よ…この者らを貴方の御許まで導きたまえ。』
三将敵陣に向かって一直線に進むその様、正に矢の如し。
立ち塞がらんとする者達を貫いていく。
何よりこの3人が進めば其れに付いてくる騎士団がおり、その後ろから士気に任せるまま一気呵成に攻め込んでくる歩兵団とそれらを率いる将と魔法使い達が貫かれた敵の戦列を粉砕していくのだ。
そして3人は同時、そう同時に敵の総大将たる吸血鬼の元に辿り着いたのだ。
元オスターマーク公、今や吸血鬼となった男は、タジムニウス達を闇討ちした時と変わらず片手斧と盾を持ち佇んでいる。
その後ろに控える五人の死霊術士。
タジムニウス達の姿を見るや、五人のうち四人は転移魔法テレポで逃げ去ってしまった。
そして残った一人は吸血鬼に短剣を突き刺した。
突然の出来事に3人は驚いたのは言うまでもない。
死霊術士
『お前達はもう終わりだ…アーッハッハッハッハッ‼︎‼︎』
高笑いを響かせながら最後の一人も転移する。
さて残された吸血鬼であるが様子がおかしい。
体が膨張し、みるみる大きくなっていく。
それと同時にドス黒い瘴気の様に魔力を吹かし、残っていた死者、そして生き残っていた信者達を触手のように実態を持たせた瘴気で掴み取り、飲み込み始め、肉と骨を砕く音と老若男女の苦痛の断末魔が響き渡る。
やがて黒い巨大な三面犬の様な姿になり、その背に跨る…いや上半身だけが生えてる様な様となって吸血鬼が現れた。
人面犬と人の融合した化物である。
タジムニウス
『流石にこれは3人では無理だな。』
ディーター
『流石にこれは有史以来、初めて見る事象かと。』
コーデリア
『なんて…悍ましいの。
どこまで人の命を愚弄すれば気が済むのです。』
タジムニウス
『兵達は下がれ、決して近寄るな。』
タジムニウスは将達を召集しようとしたが、それよりも先に。
セレーネ
『兵達よ集結せよ‼︎』
セレーネがいつの間にかここまで来ていたのだ。
そしてその声に合わせて、オットー、レマー、ナイトハルト、アイアンロック、アメジスト、タンザナイト、オリオン、ティリオン、テクリスの9人の名だたる将が集結したのだ。
14人の英雄対吸血鬼の化け物との戦いが今始まろうとしていた。
______________________
アイアンロック
『いやー、然しこれではもう御伽噺ですな。』
アメジスト
『良いではありませんか父上。
悪臣を討つついでにこの様な怪物を打ち倒す、小気味良い事ですし、必ずや吟遊詩人達が我らを褒め称えるでしょう。』
ティリオン
『アメリー(アメジストの愛称)の言う通りですぞ伯父上。
我らアスールとドワーフに打ち倒せぬ敵などおりませぬ、この程度鍛練のうちにも入りませぬな。』
テクリス
『意気込みは結構に御座るが足元を掬われぬ様にはして頂きたい。
先も兄上が突っ走るせいで兵達は大変だったのですぞ。』
ディーター
『左様、我らウィッチハンターの歴史においてもこの様な存在に当たった事は一度たりとて有りませぬ。』
タンザナイト
『そもそもアレは生物や魔物なのか?』
コーデリア
『何でも宜しい、神と人類を愚弄する化け物には変わりありませぬ。』
オットー
『皆気をつけられよ、ここのエーテルは乱れ切っているどんな天変地異が起こるか分からぬぞ。』
ナイトハルト
『だが懐に入り込まねば殺せるものも殺せませぬ。』
レマー
『意気込みは結構だが、無理はしてくれるなよ。
これは骨が折れそうだ。』
オリオン
『皆の者、女帝陛下の御前であらせられる、無駄話はそろそろ終わりにしよう。』
タジムニウス
『陛下にはお下がりいただきたいがそうもいきますまいな。
我らに加護を賜りたく。』
セレーネ
『それでは、皆でかの者を討ち取りましょう。』
セレーネは杖で魔紋を描く、そして自身を含む十三人の得物に加護を付与したのだ。
これで十四人の武器は吸血鬼を死傷させられる様になった。
そして加護が付与されたや否や、タジムニウスとティリオンがこの巨大な化け物に向かって歩き出した。
二人はそれぞれの大剣を担いでどこか退屈そうな表情を浮かべながらゆっくり歩いていた。
だが次の瞬間二人の姿は消えた。
そして直後に怪物から二条の血飛沫が噴き出る。
そしてその真下には大剣を振り下ろした二人がいる。
だが怪物は悲鳴を上げながら前足で踏み潰してきた。
2人は身を躱す。
この怪物の横をコーデリアとアメジストが襲い掛かる。
両者の戦鎚で横腹を叩かれた怪物は怯む。
身動きの取れない所をディーターとタンザナイトから放たれた弾丸が襲い掛かる。
オリオンが身動きが取れない三頭犬の眼に矢を打ち込み、視界を奪う。
アイアンロックが中央の頭に斧を振り下ろす。
唐竹割りに入れられた斧を喰らった怪物は犬特有の悲鳴をあげる。
更に追い討つ様にレマーとナイトハルトが残りの頭の脳天に剣を突き刺す。
そしてオットーとテクリスがそれぞれ熱せられた鉄で作られた巨大な剣と光で出来た巨大な剣を天から呼び寄せそれを怪物に向かって叩き落とした。
最後にセレーネが天より隕石を落とし、着弾の衝撃で大爆発を引き起こした。
兵達は離れていて本当に良かったと心から思った。
あの近くにいれば巻き添えを喰らうか、最後の大爆発で吹き飛ばされると思ったからだ。
むしろ何故あの十四人はあの衝撃と爆風の中、立っていられるのか。
兎も角も常人では理解出来ない戦いが繰り広げられたのだと理解した。
だが彼らの前に理解不能な事象が起こった。
なんとあれだけの攻撃を喰らったはずの化け物が未だ立っているのだ。
しかもあろう事か攻撃によって受けた傷が全て再生している。
そう殺せないのだ!
まさに絶望。
彼らは遂に終わりが来たと思った。
だが相変わらず十四人は眉一つ動かさず立っている。
タジムニウス
『手応えがないと思ったよ。』
レマー
『まさにシフォンケーキを斬ってるかと思いました。』
アイアンロック
『本当にシフォンケーキだったらよかったんじゃがのう。』
ティリオン
『魔女狩り(ウィッチハンター)殿、何か良い策は無いかな?』
ディーター
『使い魔や召喚獣の類と思っていたのですが、どうも違う様子、こうなると過去の文献に則り奴の心の臓を貫くしかございません。』
オットー
『あれの心臓を抉るのか。
骨が折れる通り越して砕けそうだ。』
テクリス
『徹底的に攻撃して隙を生み出す他あるまい。
兄者、私と合わせてくれ。』
ティリオン
『テクリス、猛ったな?
よし行くぞ‼︎』
ティリオンが駆け出す。
テクリスが魔法を詠唱すると天から光の網が怪物の上に覆い被さるように落ちてきた。
怪物は網に掛かり、身動きが取れない。
ティリオンは走りながら口の中で何かを詠唱する。
するとどうだ、ティリオンの身体は燃え出し、その炎は不死鳥の姿になった。
その不死鳥は怪物の周りを飛ぶと一鳴きした途端、先の光の網も燃え出したでは無いか。
火だるまになった怪物はのたうち回る。
タンザナイト
『鉄は熱いうちに打たないとな‼︎』
タンザナイトは両手にハンマーを持ち怪物をガムシャラに叩きのめす。
セレーネ
『なら次は冷やさねば。』
そう言うとセレーネは、雨乞いで雨を降らしてしまった。
タネはセレーネが作り出した氷の塊をオットーが魔法の鉄の礫で溶かして降らせたものだ。
とても冷たい雨が怪物に降り注ぎ、熱せられた鉄が急に冷やされ、硬くなるように、怪物の体も硬くなる。
四肢は完全に鉄の塊のようになった怪物はもがく、そこにアイアンロック、アメジストの親子がこの怪物をひっくり返そうと持ち上げ始めた。
アイアンロック
『さぁ、おねんねしてもらおうかい‼︎』
アメジスト
『アンタの相手は飽きたんだよ犬っころ‼︎』
アイアンロック&アメジスト
『ドッセェェェェイィィ‼︎‼︎』
怪物は横倒しに倒れる。
オリオン、レマー、ナイトハルトがこの隙を見逃さず三つ首に矢と槍を突き入れる。
身動きが取れなくなった犬の体を再生しようとする吸血鬼本体に迫る二つの影、タジムニウスとディーターは本体の腕を斬り飛ばす。
タジムニウス
『行けぇ、コーデリア‼︎‼︎』
シスターの手にはガール・マラッツを模して作られた歴代大司教に伝わる金色の戦鎚と銀の杭が握られていた。
銀の杭は吸血鬼の心臓に刺さる。
コーデリア
『神の裁きを受けなさい‼︎‼︎』
戦鎚は杭を叩き、杭は体を貫く。
吸血鬼の悲鳴が戦場一帯に響き渡り、やがてこの怪物の体は砂となって潰えた。
ソルランド国境沿いの戦いはこうして幕を下ろした。
帝国兵
『勝ったぞ‼︎
勝鬨を上げるぞ‼︎‼︎』
全軍
『エイ‼︎エイ‼︎‼︎オオォォォォォォ‼︎‼︎』
戦場一帯に勝鬨が高らかに上がり続ける様をドラッケンホフ城の一室にある水晶体で見ていた死霊術士達は狼狽していた。
死霊術士
『馬鹿な⁉︎
先の戦いといい、作り物とはいえ、我らの御神に最も近き完成品ぞそれが負けるなど‼︎』
死霊術士
『施術もヴォイドからの魔力も完璧に引き出した筈だ。
こんなのありえん‼︎‼︎』
すると死霊術士達を掻き分けて水晶体を覗く老人が現れた。
死霊術士達
『総死霊術士(グランドネクロマンサー)。』
その老人は水晶体に映るタジムニウスを見て恐れ慄いた。
総死霊術士
『何という…何ということじゃ。
戻ってきた…シグマーの血筋が…‼︎
もはや血も薄まり、完全に力を失ったと思われた、退魔の血筋が‼︎』
死霊術士
『な、何と‼︎』
死霊術士
『しかしかの者はブレトニア人、シグマーとは何ら関わりは。』
死霊術士
『だが総死霊術士様がお間違えになる筈があるか⁉︎』
総死霊術士
『兎も角、我らは悲願の為の贄責務を果たすのみ。
あのお方にお伝えせよ、決して彼奴に忌まわしき戦鎚ガール・マラッツを渡してはならぬと。
尤も…。』
タジムニウスの方を見直した総死霊術士は今度は打って変わって老人にしてはあまりにも不気味な笑みを浮かべた。
総死霊術士
『もう一方も順調に事が進んでいるので手を下さずともブレトンの子は堕ちるだろうと。』
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戦いが終わって数日後 テンプルホフ城…
ブレトニア一行はテンプルホフ城を再制圧していた。
というのも吸血鬼はこの城には一切興味を示さず(ソルランドとバットランドの間にあるスタールランドにも興味を示さなかった)通過したのだという。
然し、流石に亡者の軍勢が迫ってるとなるとわずかに残った城の住民で移動に耐えれるものは選帝諸侯の領土に逃げ、動けない老人達だけがこの城に残った。
この地が邪教に支配される前から年寄りのこの連中は自分よりも若い連中が薬漬けにされていく様を見ている事しか出来ず、挙げ句自身の子や孫がタジムニウス達に八つ裂きにされたか吸血鬼の贄にされてしまっているのだから彼らの苦痛は計り知れぬものだろう。
こう言った連中をセレーネやコーデリアは深く慈悲を示し思いやったがタジムニウスは眉ひとつ動かすことは無かった。
そして着くや否や、エオルゼア側から送り込まれた反ブレトニア・アルトドルフ帝国主義の冒険者、軍人の裁判無しの処刑を実行すると言い出したのだ。
これには流石に現地、帝都、そして王都から諫める声が上がった。
だが、これは半数である。
残り半数は断固強行すべしと声を上げたのだ。
もはや帝国内に於いてもタジムニウスは最高権力者である。
セレーネは君主として申し分ない資質を持っているかもしれないが、その性格上の弱さや本来帝位を継げない筈の身である事から権威としては今ひとつでもあった。
そういう意味ではタジムニウスも同じだが、彼は帝国の構成国たるブレトニア王国の王でもあり、帝国の軍事を一切を取り仕切っている。
そして内政を取り仕切るカルカソンヌ公ジャンは彼の家臣。
マリエンブルク公カタリナもセレーネ救出の際に一時的にタジムニウスに忠誠を誓っている。
君主とは行かずとも彼を事実上の摂政と見る者は多く、後の歴史ではそうで有ったと記されるのである。
話が脇道に逸れたが、結局のところ国の最高権力者を襲った者に慈悲をかける奴が何処にいるのかという事である。
そして何より本人が首を切れと言っている、これに尽きる。
だがここで問題はタジムニウスは摂政でもない、内政も全て彼が取り仕切っているわけではない、何より彼自身が誓いを立てたがセレーネの意思にのみ彼は従わねばならないのだ。
そしてセレーネの判断は
セレーネ
『そのような事は赦しません‼︎
先の戦いまで共に戦った仲間ではありませんか‼︎
それも帝都の戦いでの勝利は彼らによる所が多いのは貴方も分かっているでしょう。』
タジムニウス
『お言葉ですが、彼奴等一万の介入無くとも我らは勝利しておりました。
何より我が国に邪な思いを抱く者を元帥としてこの地を生きて踏ませることは出来ませぬ。』
セレーネ
『貴方の友も手に掛けるのですよ?』
タジムニウス
『……王に友などおりませぬ。』
タジムニウスは素気なく答え、セレーネの前から姿を消した。
セレーネは椅子に沈み込み涙を流した。
彼女に関わった二人の男は皆変わってしまった。
恋焦がれ愛し合った男は今や全身を黒ずくめに身を包み復讐に囚われ、弟の様に思っていたら自身を救ってくれた男は権力とその重責に耐える為、心を捨て、冷酷な国家の歯車になってしまった。
彼女は泣き声を上げて泣いた。
そして彼女は涙を流しながら自身を責め立てた、少なくとも後者は自身を守るために変わったのだから。
そしてテンプルホフ城の一室でも悶着が起こっていた。
アリゼー
『タジムニウスに会わせなさいよ!
話をするだけよ‼︎』
ディーター
『いくら暁の血盟の皆様といえど出来ませぬ!
元帥は先程から部屋に誰も入れるなと申しており…。』
アリゼー
『ならせめて医療用天幕に顔出すように伝えなさいよ!
キアラもアイリスも目を覚ましたのにまだ顔を見せてないし、アイリスに至っては見張りまでつけてあんまりよ。』
ディーター
『…かの御仁は嫌疑が掛かっております。
おいそれと目を離すわけには参りませぬ。
お話は以上か?』
アリゼー
『ええ、もう良いわよご苦労様‼︎』
アリゼーはぶっきらぼうに返事をすると去っていった。
ディーターは溜息を一つ吐き、
ディーター
『美人だが気の強い娘さんだなぁ…。』
と言葉を漏らした。
因みに今回の件に関してディーター・バルツァーの意見はどっちつかずで有った。
国の威信と面子を守る為なら容赦なく処断するのは良い事だろう。
他国の軍人を此方の判断で処罰するなど外交問題だが今回に限れば身内の不始末で迷惑を被ったのは自分達であり、エオルゼア側が強くいう事はできない。
では何故彼がやらない方が良いと考えているのか。
それはタジムニウスの心情に悪影響を及ぼす、ひいては彼のいずれ産まれ出る子孫や後継者の心配からである。
タジムニウスは言ってしまえば感情に蓋をして事に当たっている。
だがそれは確実に自身を蝕み、やがては身を滅ぼすのだ。
身を滅ぼす前に天寿を全うし国を運営し切ったとしても悪名は残り続ける。
そして必ずこうはなるまいとその行いを見てきた子がそう思えば確執となるは必定。
打って変わって仁政を持って子が国を纏めようとしても、親の評価は付き纏い、悪ければ纏まらないかも知れない。
纏まれば良い、だがそうでないのであれば子は親と同じ道を辿るしかなくなり連鎖は続く。
子の治世が上手くいったとしても孫や曾孫の代となればどうなるか分からない。
世界情勢がそれを許さなければ彼らは必然に『残酷な道を突き進んだ偉大な祖父』を頼るようになり、同じ道を突き進む。
そして待っているのは避け様の無い滅びの道である。
ウィッチハンターとして国の暗部に関わった一族の生まれである彼はそう言った王や皇帝、政治家の最後を先人達から聞く事ができた。
ディーターはタジムニウスにそうなって欲しくは無いと思っていた。
だが毅然とした君主として有って欲しいと思う自分もいる。
ディーター
『俺は、なんとまぁ勝手な奴じゃ無いか。』
ディーターはそう呟くとパイプを咥え、煙草を飲むのであった。
その頃暁の一室では…。
アリゼー
『本当何なのよ‼︎
ユイコへの面談、弁護の一切の禁止、アイリスへの監視幾ら何でもやり過ぎよ‼︎』
アルフィノ
『トウカは?
彼女にも多少の監視がついてるって話しだが?』
グ・ラハ
『軍の運営する酒保で飲んでるよ。
酔っ払って自身が無害であるって監視に見せるために勢いに気をつけながら飲むって言ってるけど実際どうかな。』
ヤ・シュトラ
『今はお酒に逃げさせてやりましょう。
無理もないわ。』
暁は暗い表情を浮かべた。
そんな折にシドが訪ねてきた。
彼もドラッケンホフ城攻略のための新兵器の調整と修理増産したAK部隊を届に来たのだという。
シドはここまでの経緯をある程度は把握していた。
それぞれの情報を交換したエオルゼア一行は事の次第がより鮮明になった。
シドの話によると帝都でも今回の件で割れているのだという。
だが現場に比べ、帝都の方はタジムニウス派が圧倒的なのだ。
レパンや一部の騎士や諸侯達は処刑に反対しているが、ジャンやカタリナが事を淡々と進めてしまっている事や、何よりカムイが沈黙している事が大きく起因していた。
カムイはそういう意味ではレパンや若手達に比べれば何倍騎士然とした男だが今回に関しては一切口を閉ざしているのだという。
もう既に外交断絶や強く姿勢を見せる準備を進めている事や東方連合の侵攻に対して俄然立ち向かう用意もしているのだという。
だがキスレヴがここに至って会談を申し入れてきたので帝都は一旦、西側に対しての行動を一旦中止しているのだという。
シド
『奴さんの要求は、女大公と女帝との一対一の話し合い。
それが呑めなければ自分達は東方連合に加入して率先して帝国領を切り取るって来たもんだ。』
ヤ・シュトラ
『帝国としては東方の守りを固められれば意識を向けるのは北と西だけになる。
そして西から東を仲裁してもらえるかもしれない…と考えるのが妥当かしらね。』
シド
『かもな。
エオルゼアはこっちに攻め込めないがそれはこっちも同じ。
だが全部終わった後、残るのはこの二勢力の確執、心置きなく戦えるとなったら今の『アイツ』が躊躇するとは思えないし、それはエオルゼアも一緒だ。』
グ・ラハ
『終焉を回避してもその先に待っているのが戦争なんてみんなそれで良いはずは無いと分かってはいるんだな…そこが救いだな。』
______________________
テンプルホフ城執務室
セレーネ
『ではキスレヴに関しては私に一任して頂けますね。』
タジムニウス
『はっ。
しかし、念のため護衛はギリギリまでつけさせます。
護衛はコーデリア殿とナイトハルト卿にお願いする事になります。』
セレーネ
『よしなに。』
タジムニウス
『はっ。』
セレーネ
『囚人41名の処断は決して許しませんよ。』
タジムニウス
『(まだ何も言ってないが…)…陛下、先程も申した通り』
セレーネ
『血によって国の権威と威信を守れないのであれば私はそんな物望まない‼︎』
タジムニウス
『貴女が望む望まないでは無い‼︎
民草達の名誉に関わる事‼︎』
セレーネ
『名誉よりも命を守ることにその力を使うべきです‼︎
何故終末が迫ろうとしているのに、自ら、それも終末がなんたるかを知ってその矢面に立った貴方が世界中の国々と手と手を携える機会を潰してしまうのです‼︎』
タジムニウス
『終末差し迫ったとはいえ、生きとし生けるもの明後日来ることより明日の方が心配なのです。
何より人と人、国と国との諍いは容易に晴らせるものに有らず、何故かと問うか?
如何に我らがそれでよしといえど民草が納得しなければ簡単に戦になるからです。
何より明確な敵意を持った物を野放しにすれば今の帝国には禍になります。
帝国は生き残らねばなりません、いや蘇ら無ければならないのです。
それが流れる血で無ければ成せぬのなら私を含めてこの世の生きとし生けるもの全ての血すら私は流させてみせる‼︎』
アイアンロック
『双方それまでじゃ‼︎』
扉が大きく開き老ドワーフの喝が飛ぶ。
それに合わせて主だった将と兵達の代表者達合わせて数十名が入ってきた。
アイアンロック
『獅子と鷲獅子は互い相争うことあらず。
カール・フランツ大帝とルーエン・レオンクール大王の誓いを、他ならぬ末裔とあらせられる御二方が破ったと有っては御先祖が草葉の影から泣きますぞ。
御二方で話がまとまらないのであれば我らの話を聞いていただこうか。』
結果家臣達の意見を聞いたところやはり二手に分かれ、わずか一票の差でタジムニウスが優勢で有った。
専制君主の彼らが家臣達の意見を聞いて結果、多数決で決を取ろうとしているのだから滑稽なことでは無いか。
因みにこの会話はアイアンロックの計らいで隣の別室で暁の血盟達も聞いていた。
このままではタジムニウスの事だ、四十一名悉く惨殺されかねない。
流石にそれだけは回避しなければならない、暁の皆は部屋を出てタジムニウスに直談判しようとしたがシドが止めた。
シド
『どうやら話はまだ終わってなさそうだ。』
ディーター
『皆さま、このタイミングでは何ですが第三の意見を私とカルカソンヌ公より提示させていただきたく存じます。』
ディーターの話はこうだ。
エオルゼア側の面子を立てるならこの粗相をやった者達をエオルゼアの法度で処罰するべきだが、帝国、とりわけブレトニアの面子を立てるならこの四十一名悉く生きながら火炙りにするなり車裂きにするなり極刑を行う必要がある。
だが双方の妥協無ければ、これからの事で不安要素を抱えることになる。
双方の納得の行く妥協案、それはエオルゼア側に返還する捕虜は実行犯のユイコを除く四十名のみとし、実行犯となったユイコはこちらで処罰するというものだ。
当然エオルゼアに通達しなければならない。
だが双方、手打ちを望んでいるのは事実。
不始末の落とし前をつけれるし、タジムニウスも気が済んで悪い話ではない。
タジムニウスは同意、セレーネも若干不満では有ったが同意した。
暁は引き続き残留してもらい、それ以外のエオルゼア派遣軍は直ちに撤退、捕虜四十名の連行も併せて行なってもらうことで話はまとまった。
これが現実的な妥協点なのは暁の面々も承知した。
だが、それでも自分達の仲間が惨たらしく殺されるのを見なければならないのか…。
彼らはやるせなくなった。
アリゼー
『こんな事、良い筈がない。』
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後日、エオルゼア側はブレトニア側の提案を呑んだ。
和解の印として東方連合に対し停戦の提案を行ってもらえる事になったが、あくまで仲介や要請ではなく提案に留まったのが、本来東方連合の音頭をとるドマ国が今回の件に関しては少数派であり、東方連合加盟国の賛成多数で決まった侵攻である以上、その意志は尊重しなければならないし内政干渉が出来る程エオルゼア同盟にそんな発言力は無い。
双方の落とし所を見つけたところでタジムニウスは満を辞して、下手人ユイコ・フォックスの処刑を命じた。
判決は断頭。
然も、それに合わせてタジムニウスが用意したのは、錆びついた斧である。
斧の刃が錆び付いていれば、一撃で首を飛ばす事はできない。
つまり苦しみながら死ねという意志の現れで有った。
歴史上裏切り者を生まれてこの方許した事の無い男が権力を握った先によく見る光景である。
直前までトウカ、回復したアイリスがタジムニウスに談判を掛けたが一切取り合わず、遂にはこの二人まで投獄してしまった。
テンプルホフ城前広場は重々しい雰囲気に包まれていた。
重々しく武装した兵達が列を組み、皆死んだ目で鎖に繋がれたユイコを見つめる。
その目は正しくこれから屠殺される豚を見るような目であった。
広場の真正面に特設の鑑賞台が用意され、そこに置かれた二つの席の一つにタジムニウスが座り、もう一方にはセレーネが座るはずだったが彼女はこんな物見ていられないと参加を拒否したのだ。
そしてその鑑賞台の前にはディーターやティリオンといった主だった将が護衛についていた。
処刑台に獄吏がユイコを引き摺り上げた。
ユイコは自身と一直線にして座るタジムニウスに憎しみの目を剥く。
ユイコ
『ノロイコロシテヤル‼︎
アイリスガユルシテモワタシハユルサナイ‼︎
シネ‼︎
シンデシマエタジムニウス・レオンクール‼︎‼︎』
タジムニウスはただ無表情にユイコを見ると軽く手を払った。
タジムニウスからの合図を確認した判事は頷くとユイコの罪を並べたてた。
判事が自身の仕事を終えると最期の審判の時である、皇帝陛下に代わりブレトニア国王タジムニウス・レオンクール陛下より御沙汰が下る、神妙にせよと高らかに叫んだ。
タジムニウスが左手の親指を立てた。
その親指が下を向くことがあれば罪人はこの世から消え去り、上を向いたままであれば慈悲が下される。
皇帝や高位の貴族に対して罪を働いた罪人への最終的な判決はその被害者になった人間の判断に委ねられるのがこの国の習わしである。
タジムニウスの意志は…。
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判事
『神聖なるシグマーの名の下にこの罪人には慈悲が賜られた。
これより何人たりともこの者を咎人として蔑む事有らず。』
意外にも無罪であった。
これには絡繰があった。
話はこの一時間程前に遡る。
アルフィノ
『本当に彼女を処刑なさるおつもりですか?』
タジムニウス
『くどい、下賤な傭兵風情がブレトニア国王に刃を向け、殺しかけた。
これだけでなぜ命が許されると思う?』
アリゼー
『良く言うわよ、全軍の統率を取るためにスケープゴートに利用した癖に。』
タジムニウス
『やったことは事実。
それを利用してはならぬ理由は無い。』
アルフィノ、アリゼーが談判する中、ヤ・シュトラ、グ・ラハ、シドは後ろから見ていた。
彼らにも言い分はあるだろう。
だが彼らは大人であった。
現実の残酷さを知っている。
理想より現実を取るタジムニウスの言い分もまた然りと思うからこそ沈黙を保っていた。
タジムニウス
『今や我が帝国は世界情勢上最も弱い立場にいる。
強大な領地が二分、正確には三分しているこの状況、いつ何処の誰かが邪な邪念を抱いて我が国に攻め掛からんとするか分からない、現に東方連合はこれを機にと過去の怨念を返さんと進撃して来ている。
ならばこそ、我が帝国は強い意志を持って立っている事を内外に知らしめ、権威と武威を示さねばならん。
今回の件も皇帝陛下の権威を高める為に過ぎん。』
アルフィノ
『もう武威は十分お示しになったでしょう!
東方連合が仕掛けて来たのも帝国の武威を恐れたからこそ。
彼らにこちらが攻めるつもりが無いことを示せば、彼の地の民草が戦を望む筈が有りません!
ガレマール帝国によって戦災した彼の国々に長期戦をやる力はありません。
それでも強行しようとすれば、それこそドマを始めとした反対派が黙っている筈がありません。
ならば今こそ、両者の血が流れない様にするのが賢明な指導者では無いのですか‼︎』
一理ある…。
そう認めざるを得ないのはタジムニウスも重々承知である。
然し、もはやかつての様に理想を追いかける事はできない。
背負っている物の重さを思えばこそなのだ。
誰も好きでこんなことしているんじゃ無い…。
誰にも聞かれない本当に小さな声でつぶやいたタジムニウスはタバコを一つ取り出して火をつけた。
君主としての仕事をし始めてから吸う様になったがこれはなんとも良い物だ。
お陰でタジムニウスも少し硬化した頭が解れていくのを感じた。
タジムニウスは少し目を閉じ考えた。
そして考えが纏まると彼らを退室させたのだった。
タジムニウス
『少しだけ考える時間をくれ。』
アルフィノとアリゼーは心配になったがヤ・シュトラは彼らにこう言った。
ヤ・シュトラ
『頭を冷やす時間をくれって言っているだけよ。
心配要らなくてよ。』
タジムニウスは小一時間ほど煙を燻らせて女帝の元に参内した。
タジムニウス
『最後の慈悲です。
かの者の処刑は取りやめます。
但し、狂った吸血鬼教徒は当然、ハーフランド全土で決起した民主主義革命に於いては徹底した対処を取ること、女帝陛下に置かれましてはこれをお認め下さい。
彼らは明確に玉座に刃を向けた者、全てを投げ打って自らの理想を掲げた者です。
成し得なかった者の末路に我らが介入する余地が無い事はお分かりのはずですね?』
セレーネは目を閉じた。
複雑な心境では有る。
だがタジムニウスの言う事は尤もだ。
そして何より彼女が安堵したのは袂を分かったとは云え、タジムニウスが過去の友を自ら斬らずに済むと言う事だった。
彼女だけは見抜いていた。
もし無事であったならキアラも見抜いたかも知れない。
彼は徹底的な手段を唱える一方でその眼は実に悲痛に満ちた物であったことを。
セレーネ
『必ず五体満足で助けると騎士の誇りに懸けて誓いますか?』
タジムニウス
『騎士の誇りに懸けて。』
セレーネ
『ならばこれ以上はいいません。
但しもう一つだけ言わせて下さい。
暁の今後です。
私に少し考えが有るのです。
一個人としても、全軍を担う元帥としても聞いて下さい。』
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こうしてユイコは解放された。
当の本人は何が起きたか分からなかった。
憎悪に満ちた彼女も流石にこれには虚を突かれた。
無理も無い、本来ならば死は免れない。
衛兵に追い立てられよろめきながら歩いた。
そしてタジムニウスの隣まで歩かされた。
タジムニウスはユイコには一瞥もしなかったがただ一言口を聞いた。
タジムニウス
『全ては女帝陛下の御慈悲だ。
精々、生き永らえるが良い。』
その後トウカ、アイリスも釈放された。
釈放に至ってはレマーが二人を待機していたエオルゼア義勇軍の駐屯地まで送り、指示を伝えた。
レマー
『エオルゼア同盟に関しては今回の事も全て伝えてあります。
これより国際法に則り、貴方方を領海外まで護送します。
貴方方は三方に別れ、一隊は帝都に、一隊はマリエンブルクに、一隊ランギーユに向かい輸送艦に乗船して下さい。
全艦出帆を確認次第、ランギーユ湾にて合流、ブレトニア領海を抜けて、エオルゼアに向かいますが但し、外に出る迄は護衛艦全艦の全武装が輸送艦に向ける事を了承して頂く。
本来であれば貴方方のお国は我が帝国にとって倒すべき敵となっているところであった。
こちらも示さねばならないものが有りますので。』
アイリス
『女帝陛下にお伝え下さい。
我々の事、そしてユイコ・フォックスの事、寛大な処置を賜り恐悦至極と。』
レマー
『一つ訂正させていただきたい。
女帝陛下が直接お沙汰を下された訳ではござらん。
此度の件で最終的に罪人をどうするかを決めたのはレオンクール元帥閣下で有ります。
女帝陛下が助命せよと命令するのでは今回は違うのです。
全軍の半数が罪人ユイコ・フォックスの処刑を望みました。
半数、当然中には貴族や騎士といった領地を持つ支配層がおります。
特に王国側の貴族たちは自身の王が殺されかけたと有っては黙ってはいられません。
だからこそ女帝陛下は当事者たるレオンクール元帥に此度の権を譲った。
為政者として分裂の危機を回避する為に、そして元帥は、元帥として、何よりブレトニア国王として、未来の為に何を成すべきかを考えた。
礼儀上とそして同じ同族のよしみ、お伝えはしますが、礼を言われる筋合いはこちらにはありません。』
レマーはそう言ったが、その直後、黒毛の耳を掻きながらこう言った。
レマー
『短い間ではあったが…共に靴輪を並べて戦えた事を誇りに思います。
願わくば次も戦場で敵同士ではなく味方としてまた相見えたいものです。
私はここで別れますが航海の無事を祈ります。』
トウカとアイリスは深々と礼をすると義勇軍を率いてそれぞれの場所に向かった。
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エオルゼア同盟軍駐屯地
エマネラン
『またな相棒(タジムニウス)、次会う時はもう少し素直になってる事を祈ってるぜ…馬鹿野郎。』
オロノワ
『エマネランさま…。』
エマネラン
『帰ろう、イシュガルドに。』
______________________
ライクランド帝国軍駐屯地医療テント
キアラ
『そうですか…。
ではエオルゼアの皆様は帰還されると。』
アリゼー
『そう言う事、私達は残るけど貴女はどうするの?』
キアラの見舞いに暁の面々が訪れていた。
キアラ
『私も残ります。
今あの人は指導者たるもの孤独であるべしと思って非情になろうとしているんだろうけど、その実寂しがり屋だもの。
私くらいは居てあげないと。』
ヤ・シュトラ
『タジムニウスは幸せ者ね
ブレトニア王国の次期王妃様はとても亭主想いだものね。』
キアラ
『茶化さないで下さい。
大事な時にそばに居てあげられなかった。
あの人は何処か孤独を求めてしまうようになってしまったのは私にも責任がある。』
キアラは何処か思い詰めた表情をしたが、直ぐに明るく振る舞った。
キアラ
『ところで皆はどうするのですか?』
アルフィノ
『私達はセレーネ陛下の要請でアイアンロック卿と共にかつて存在したドワーフの王国を復興させる為にバットランドを抜けた先の霜降り山脈に向かうよ。
カルカソンヌ公によると第四霊災の時に起きた地震で王国は分断、崩壊した筈だったのだが、都となった霜降り山脈、彼らの言葉でカラク・エイド・ピークには逃げ遅れた多くのドワーフが残されていて、彼らは吸血鬼教徒によって征服、そして長い間劣悪な環境で大量の武器の製造や宝石を掘らされ続け教団に富をもたらす為の奴隷にされていた事が密偵の調査で分かったんだ。
これを解放する事で長い時を経てドワーフの王国の復興と吸血鬼教の大事な収入源を断つ事が出来る。
とても重要な役目を頂いたよ。』
グ・ラハ
『正直なところ、前者は半分、残り半分は、俺達とあの人が今気まずい関係になっているからお互い素直になれるまで少し離しておこうって云う気遣いってところかな。』
キアラ
『そう、少しの間とはいえ淋しくなりますね。
どうか武運を。』
アリゼー
『ありがとうキアラ、無理しないでね。』
______________________
翌日、テンプルホフ城から出ていく二つの軍勢が有った。
一つはセレーネ、タジムニウス率いるバットランド征服軍、もう一つはアイアンロック親子、オリオン公に率いられたドワーフ・エレゼン軍で編成されたカラク・エイド・ピーク奪還軍である。
暁の血盟は後者について行っている。
バットランド征服軍はナルンからの援軍と新兵器の増強でその陣容は最初より若干異なって居る。
先ず人型魔導アーマーAK(アーマーナイト)30機、同塹壕、バンカー攻略戦仕様火炎放射器搭載型AK10機、そして64センチ超重カノン砲二門である。
一方的な殲滅戦をやると云う意志の表れである。
タジムニウス一向が再びドラッケンホフ城の前に立ったのそれから三日後である。
流石に先の戦いの二の舞をするまいと敵は城門から出てくる事は無かったが、有象無象の死者と信者が武装して城壁に殺到していた。
普通に攻めれば犠牲は計り知れない。
だがタジムニウスはウサギを狩るために全力を出す獅子ではなかった。
タジムニウスがセレーネを一瞥すると、セレーネもまた力強く頷き、祈った。
それを終わるのを待つとタジムニウスは天に向けて手を振り上げ、そして振り下ろした。
その瞬間多数の火砲が一斉に火を噴いた。
カノン砲、臼砲、そしてロケット発射台が一斉に放たれ、城壁上は炎と鉄の破片で地獄絵図になる。
そう元よりタジムニウスは城塞都市ドラッケンホフ城を占領しようなどと、はなから思っていないのだ。
タジムニウスは最初からこの地を廃墟にしてしまうつもりで攻めかかったのだ。
城壁中が血飛沫で赤く染められ老若男女と死者の悲鳴と呻き声が戦場一帯に響き渡る。
一方的な虐殺である。
最後の吸血鬼が指揮を取っているのか、それとも死霊術士が指揮を取っているのかは定かでは無いが全部隊に城壁上から退避するように指令が飛ぶ。
タジムニウス
『まぁ、妥当な判断だろうな、だが遅かった。』
ディーター・バルツァーが重カノン砲の準備が出来た事を元帥に伝えに来たのはその直後である。
タジムニウス
『それでは先ず第一射を打ち込め。』
ディーター
『宜しいのですね?』
タジムニウス
『これよりももっと大勢殺すことになる。』
ディーター
『…本部より伝令‼︎
重カノン砲第一号敵城を砲撃せよ‼︎』
このいやに馬鹿でかい大砲はゆっくり、実にゆっくりと首をもたげる。
そしてドラッケンホフ城に向けて巨大な鉄の塊、いや鉄球を叩き込んだ。
その鉄球は城壁を貫き、市街地に落ちた。
これだけでも射線状に居た人間は理不尽に叩き潰された。
辛うじて着弾点付近で生きていた人間はまさに急死に一生を得たと思った。
だが無情。
その砲弾は青白く光ったかと思うと大爆発を引き起こした。
爆発の光は城壁を越え、陣を張る兵達にも見えた。
着弾点半径百数十メートル近くの構造物、人、そして舗装されて隠れた大地すらも消滅した。
そう、この砲弾はガレマール帝国が人工的に(そして遥かに威力は下回ってはいるが)究極魔法アルテマを引き起こす為に作った試作兵器をブレトニア王国が残っていたサンプルを回収して改造した物だったのだ。
タジムニウス
『総員、抜刀、着剣‼︎
城壁を越え、抵抗する者は一人残らず始末しろ‼︎
我らの前に立ち塞がる者皆尸に変えよ‼︎』
レマー
『着剣‼︎』
オットー
『着剣‼︎』
指揮官達の号令に兵達は剣を引き抜き、銃兵達は銃剣を抜きライフルに装着する。
もはや城壁上にも敵は居らず、門は不要。
大穴の空いた城壁に砲弾が打ち込まれる。
敵は大穴に槍衾を組み立てる事すらできず、体制を立て直せない彼らに追い打つ様に…。
ナイトハルト
『行くぞ帝国の騎士達よ‼︎
AK部隊に遅れを取るなよ‼︎』
騎馬数千騎がなだれ込む。
それを助ける様にAKが弾幕を貼りながら両翼から疾走する。
そして歩兵達も怒号を上げながら白刃と林と身間違う程の槍と銃剣を煌めかせながら駆け迫る。
タジムニウス
『それでは陛下、我らも行きます。』
セレーネ
『皆の健闘を祈ります。』
一礼するとタジムニウスとディーターは本陣を出た。
タジムニウス
『例の件は頼むぞ。』
ディーター
『はっ、合流した里の者達の中で選りすぐりの者達を連れて行きます。
必ずや御期待に応えて見せましょう。』
タジムニウス
『…大神シグマーの名に於いて武運を祈る‼︎』
ディーター
『ありがたく‼︎』
本陣つき軽騎兵それぞれ500騎率いてタジムニウスとディーターは城壁を潜る。
中は惨劇である。
逃げ惑う信者を容赦無く撃ち殺し、斬り殺す帝国軍、薬物依存で狂乱しナイフ片手に襲い掛かり騎士や兵士達の目を抉り首を掻き切る信者。
路地に追い込まれた女子供を容赦無く火炎放射で焼き殺す鉄の巨人。
青い王国軍戦列歩兵の軍服は、返り血で紫に、白いズボンが赤に、黒い長靴はドス黒くなり、そしてシャコー帽の金細工が汚れた。
騎士の鎧は血で真っ赤に染まり鈍く光った。
敵味方双方の阿鼻叫喚の叫びが城塞都市中に響いた。
殺戮の饗宴は続く。
信者達の一団が裏門から出ようと集まっていた。
門を開けるのに手間取っているようだった。
そしてそこに一人の騎士が現れた。
その騎士は黒ずくめの鎧に大剣、そして羽織るマントには金獅子紋章…。
ヘルムを被らないその騎士の両の眼は翡翠から金色に光った。
一行の男衆は理解した。
この騎士を殺さないと自分達の背後にいる同胞と家族が惨たらしく殺されると。
雑多な小火器と農具や僅かに残ったまともな武器で武装した男達は一斉に襲い掛かる。
だが騎士に向かって放たれた矢や銃弾は弾き落とされ、近づいた者は大剣で切り裂かれた。
暗黒騎士の魔法に撃ち抜かれ、放り上げられた次の瞬間、腹を掻っ捌かれ、長大な大剣を片手で振り回すこの騎士は正に彼らにとって終末である。
そしてこれは大剣の持ち主がこの時は知らなかった事だがこの大剣は戦場では常に金色に光っていた、だがこの時を境に恐ろしいほど純粋な血のような赤色の光を放つようになるのだ。
立ち向かった男どもは全て肉塊と変わった。
騎士の目の前に身を寄せ合い悲鳴と震えを放つだけになった女子供老人の集団が有った。
そしていつの間にか騎士の後ろには数十名の銃兵が整列している。
騎士は彼らに踵を返し整列した兵達の間を割って去っていった。
彼らは見逃されたと安堵がしたが…それは間違いだった。
彼らは恐怖にやられ自身の選択を誤った。
彼らは降伏を示さなかった……。
血に塗れた獅子心王の背後で銃声と悲鳴の二重奏が奏でられた。
そして獅子心王の足元には血の花束が現れていた。
______________________
この凄惨な殺戮劇でドラッケンホフ城に居た者(内訳六割が生者、四割が蘇った死者である)の七割が殺されたという。
後世からも血に塗れた王、女帝を私物化し、自らの覇道の障害となるもの悉く血に塗れさせんと非難されることになるタジムニウスは生涯この事を否定せず一切の謝意や後悔を述べることはなかったという。
そんな屠殺場に紛れ込んだ獣が一匹居た。
吸血鬼…元スタールランド公である。
吸血鬼を討ち取ろうと群がった兵達を返り討ちにしながらめちゃくちゃに暴れていた。
そしてこれ以上を犠牲を出す訳に行かぬとオットー、レマー、ナイトハルトが獣と相対していた。
ディーター
『御三方、後は私どもにお任せ頂こう。』
ディーターとウィッチハンター達の隠れ里の長老(里長)以下六名のウィッチハンターが現れた。
だがそのうち幾つかは異様な武装であった。
錘のついた鎖に投げ縄、とても巨大な盾であった。
長老が杖を地面に立てて詠唱する。
二名のウィッチハンターが盾を構え長老を守る。
それぞれ投げ縄と鎖を持ったウィッチハンターがそれぞれ左右に二名ずつ広がる。
ディーターがレイピアを二振構え吸血鬼の前に立つ。
ディーター
『お前の身柄を貰うぞ。』
吸血鬼
『隠者風情ガ我ヲ虜ニ出来ルト思ウナ。』
ディーター
『ほぉ、口が利けるのか、碌でも無い外法で吸血鬼になると大概自我を無くした獣の様になるが。
どうやら偽物の割にはだいぶ出来の良い奴みたいだな。
この前の戦いで屠ってやった奴と同じくらいか少し下か。』
吸血鬼が飛び出す。
ディーターも跳ぶ。
両者の得物が鉄の音を響かせる。
数十合打ち合う。
ディーターは咄嗟にレイピアを投げつけた。
窮したと思った吸血鬼はレイピアを弾く。
だがディーターはもう拳銃を引き抜いていた。
拳銃から放たれた銃弾は右肩を射抜く。
吸血鬼
『フフフフフ…私ニ銃ガ効クト…ヌ?』
そう普通の銃弾なら吸血鬼にとって蚊に刺された程度でしか無い。
だがディーターが放ったのは銀の弾丸、それも祝福を受けた水銀を使った物だ。
吸血鬼にとってそれは致命傷。
普通の人間と同じく肩を射抜かれ手に力が入らなくなった吸血鬼は血と吸血鬼の邪気で穢れたルーンファングを落とす。
その瞬間鎖と投げ縄が飛ぶ。
鎖と投げ縄が絡まった瞬間。
ディーター
『長老‼︎』
長老
『相分かった‼︎』
長老がもう一度杖を使って地面を鳴らすと鎖と縄が金色に光り出した。
吸血鬼の怪力を以っても、縄と鎖は引き千切れない。
これはウィッチハンターが吸血鬼やその眷属を捕らえる為に作られた特注の鎖と縄で、専用の魔法を唱えると黒魔術に反応してその力を吸い取り、吸い取った分硬化して、術者が術を解かないと決して外れない代物になるのだ。
ディーター
『貴様には聞きたい事が山程ある。
皆、こいつを縛り上げて城の中に連れて行こう。』
ウィッチハンター
『おう。』
______________________
本陣
通信兵
『鷲ワ蝙蝠ニ鉤爪ヲ深ク突キ刺シタリ。
ドラッケンホフ城陥落、ドラッケンホフ城陥落です!』
将達
『『オオオッ‼︎‼︎』』
セレーネ
『大勢を殺し、殺させる事になってしまった…。
シグマー、女神様、ハイデリン様…これが貴方達が望んだ世界へ至る道と云うのですか?』
通信兵
『ご、ご報告致します‼︎
敵領より敵勢が接近中との事、その数一万‼︎
まっすぐ本陣に突き進んでいます‼︎』
将軍
『一万だと⁉︎
だが大方相手は武装した信者だろう?
なら少しの間、持ち堪えれば直ぐに…』
通信兵
『敵勢は選帝諸侯軍、軍旗はミドンランド軍!
敵勢の様相は全身黒色の騎士団と思われます‼︎
重装騎兵を先頭に突進中です‼︎』
将軍
『なっ…黒色の騎士団だと?』
セレーネ
『彼が…来てしまった。』
将軍
『急ぎ防御の陣形を‼︎
一万の騎士団とあっては本陣は保たん!
中の元帥閣下達を呼び戻せ‼︎‼︎』
通信兵
『はっ‼︎』
通信兵達は必死に方々に通信を繋いだ。
戦闘の影響でこちらは受信出来ても向こうにちゃんと発信出来るかは五分五分である。
下手をすれば繋がらないかもしれない。
だが何としても兵を集めなければ女帝の首が槍の穂先で晒され陵辱されてしまう。
それだけは避けねばならない。
将軍
『陛下、今ならまだ間に合います。
ドラッケンホフ城内にお入り下さい。
敵に攻城出来る戦力は有りませんので城内で有れば多少は安心かと‼︎』
近衛騎士
『陛下‼︎』
近衛騎士
『姫様‼︎(ひいさま)』
セレーネ
『いいえ、総大将たるものが本陣を抜け出すなどあってはならぬ事‼︎
私が結界を張ります、皆は守りを固めなさい。』
近衛騎士
『陛下⁉︎』
セレーネは周りの制止を聞かず結界を張った。
本陣周りに青白いドーム型の結界が出来る。
その中で兵達は本陣を守るように円陣を組んだ。
そして彼らは現れた!
先頭を四千騎の騎兵を立て、その後ろに六千の多種多様な歩兵がついてくる。
そして騎兵の先頭はかの黒仮面卿が大剣を構え馬を疾駆させる。
鬨の声を上げながら騎士達は迫る。
だがいよいよ突撃開始という距離で黒仮面卿は制止する。
すると一万の騎兵はまるでネジが外れたブリキの玩具の様にピタッと静止した。
本陣と騎士団の間は弓や銃弾すら当てるのが難しい程離れている。
すると黒仮面卿のみが前に出た。
黒仮面卿
『暗黒の波動(ダークネス・ウェーブ)‼︎‼︎』
黒仮面卿が大剣を振り下ろした刹那、強力なエーテルの波動、ドス黒い波動が地面を割り、空を引き裂きながら真っ直ぐ飛んできた。
そしてそれはいとも簡単に結界打ち破ってしまった。
本陣にいる者皆が驚愕した。
そして黒仮面卿が再び大剣を振り上げ、そして振り下ろした。
すると何事もなかったように再び騎士団が雄叫びを上げて突撃してきた。
兵
『く、来るぞぉぉぉ‼︎‼︎
矢をつがえろ、槍襖を敷けぇ‼︎』
将兵
『フン・ハー・フン‼︎‼︎』
兵達は掛け声を合わせ槍衾を作る。
だが、この一万騎は黒仮面卿の生え抜き、そして本陣は数が少なく、その数多くても五千強。
帝都アルトドルフ、王都クーロンヌ、州都ミドンランドに次ぐ巨大城塞都市であるドラッケンホフ城を制圧する為に全力投入してしまったのだ。
本陣守護を賜っている兵達だ、練度はそこそこだろうがそも数が違いすぎる。
何よりその先頭を走る黒仮面卿が凄まじい。
黒仮面卿が大剣を振るう。
それは兵達の槍と心を斬り飛ばした。
槍衾はいとも簡単に突破されてしまう。
一万の精鋭騎士団を食い止める力は本陣には無い。
近衛騎士達も覚悟を決めてしまう程であった。
女近衛騎士
『陛下、お逃げ下さい‼︎
ここはもう保ちません‼︎』
近衛騎士
『馬をご用意致しました、城内に逃げ込めば助かります‼︎』
セレーネ
『総大将たる私がここから逃げて何になると言うのです!
シグマーの血族が戦場から逃げるなど有ってはならぬこと。』
女近衛騎士
『されど貴女は帝国の皇帝としての責務を果たしきっておりません!
どうかこの国に住まう数億の民の為、お命を大事にして下さい‼︎』
セレーネ
『…分かりました。
必ずや生きて相見えましょう、決してシグマーの御許では無く!』
女近衛騎士
『…はい!』
近衛騎士達は涙ぐみながら皇帝と別れを告げる。
そこに現れたのはキアラだった。
まだ傷が癒え切っていないが押してここまで来たのだ。
キアラ
『馬では間に合わないかも、私が城内にテレポでお送りします。』
セレーネ
『キアラさん。』
キアラ
『私から離れないで。』
だが一歩遅かった。
何と黒仮面卿だけ、そう、たった一騎だが、本陣の目の前に抜けてきたのだ。
そしてキアラの詠唱は終わっていない。
黒仮面卿はセレーネを見て、何を思ったのか。
その仮面の下を覗くことは叶わない。
だが迷いなく大剣を振り上げ馬を走らせた。
女近衛騎士
『そんな、間に合わない‼︎』
だが敵の横から突撃してくる騎士団が現れた。
トロワヴィル親衛隊とソルランド、ディッターズ・ランドの両騎士団である。
その数もまた一万。
そして黒仮面卿にはタジムニウスが斬り掛かった。
大剣同士が鉄の音を響かせる。
大剣を扱う騎士の戦いは数合打ち合っても互いに技が届く事は無かった。
タジムニウス
『黒仮面卿‼︎』
黒仮面卿
『ブレトニア国王タジムニウス殿‼︎』
タジムニウス&黒仮面卿
『卿に決闘を申し込む‼︎‼︎』
ブレトニアの作法に基づいた決闘の申込みである。
直ぐに戦場一帯に行き渡った。
ブレトニア兵
『陛下が決闘されるぞ‼︎
総大将同士の決闘だ‼︎』
黒騎士団
『総長が決闘されるぞ‼︎
誰も動くんじゃない‼︎』
この国の文化は総大将同士の決闘が宣言された時、如何なる戦いも止めなければならない。
その時からまさに両軍の総大将にその戦場にいる全将兵の命が握られるのだ。
決闘の勝者が敗者全員の生殺与奪を決める権限があるのだ。
そしてそれは遵守されねばならない掟なのだ。
(尤も逆上して勝者に襲い掛かった例も少なくないが)
全軍が殺戮を止め、決闘を挑まんとする二人の騎士を見守る。
すると黒仮面卿は大剣を近くにいた黒騎士に託した。
そして背中に背負っていた盾を構え、腰に佩た剣を引き抜く。
タジムニウスも大剣を地面に突き刺すとそこから王家の剣だけを引き抜き、盾を構えた。
そして見守る騎士達によって組まれた円系の決闘場を二人は相対しながら歩いた。
タジムニウス
『お前の矛盾に気がついたそうだな。
そうだ、お前は片手剣はブレトニア式を学んだが、大剣はライクランド式で学んだ。
いくら文化圏が似ていても剣の使い方は大違いだ。
だからそこで身のこなしにズレが生じる。
どんな剣を使うにしても片手剣の体捌きが基本だ。
基本と応用系が合っていなければ簡単に隙が出来る。
今迄はセンスとパワーで誤魔化して居たみたいだがな。』
黒仮面卿
『貴様は他人の未熟を声高に言うが、貴様自体の矛盾には気がつかんようだな。
貴様、この戦いでいくら殺した?
己が自らの快楽の為にこうしている事を知らずに、権力と殺戮欲に呑み込まれて居るとは知らずに。』
タジムニウス
『俺が殺しを楽しんでいるだと?
とんだ冗談だ。』
黒仮面卿
『そうかな?
お前を見る周りの目を見てみるが良い。
それは決して尊敬と畏敬では無い。』
タジムニウスはハッとした。
兵達が、騎士達が、セレーネやキアラでさえも、自分を見る眼は恐怖の眼差しであった。
黒仮面卿
『貴様は、忠義心篤い男のように振る舞うがその実自らの権力と欲望を乱す獣になっている事に気がついていない。
お前は、只の偽善者でしかない!』
タジムニウス
『だから、どうした?
そんな物矛盾でも何でも無い!
国の為、民の為、自らを殺せない君主に何が守れる‼︎』
黒仮面卿
『お前の驕り高ぶったその傲慢で身を滅ぼすが良い‼︎』
剣が打ち合う!
その瞬間に放たれた凄まじいエーテルはまさに邪悪そのもの‼︎
それを黒仮面卿とあろう事かタジムニウスから出ている‼︎
セレーネは理解した‼︎
恐ろしい事実を‼︎
それは長い間囚われの身になって何度も味わった恐怖‼︎
タジムニウスのエーテルが…魂が‼︎
侵されるはずのないハイデリンの加護を受けた黄金の魂がボリス・ドートブリンガーのものに似通りつつある事実を‼︎
有り得ない‼︎
ハイデリンの加護を受けた者の特徴はエーテルの汚染を受けない‼︎
だからこそ数多く存在する蛮神の影響、テンパードになる事がない‼︎‼︎
だが現にタジムニウスはそれに近い物に知らず知らず変貌しつつある‼︎‼︎‼︎
黒仮面卿の憎悪に呼応してより強くなっている‼︎‼︎‼︎‼︎
黒仮面卿
『そうだ、自分を解放しろ‼︎
お前は俺と同じだ‼︎
お前も生まれの境遇で理不尽な人生を送った。
お前の奥底にあるのは破壊衝動と怒り‼︎
その復讐心だ‼︎』
タジムニウス
『ほざけ‼︎
俺が、ダレを怨んでいると言うのダ‼︎』
黒仮面卿
『お前の父親を死に追いやった者ども、母を死に追いやった者ども、そしてお前を裏切った者ども、数え切れぬな。
お前のエーテルはそれらに対する復讐に煮えたぎっている‼︎
お前の奥底を俺に見せろ‼︎』
タジムニウス
『ダマレ‼︎
オレハ国ノタメニ…‼︎』
2人の剣技はもはや常人の及ぶものでは無い。
彼らが剣を振り回す動きを目で捉えられるものは僅かだろう。
側から見えるのは黒いエーテルを放つ黒仮面卿と赤いエーテルを放つタジムニウスが戦っている姿だけだろう。
先刻黒仮面卿が言ったようにタジムニウスを見る他の者の目は恐怖の眼差しで有った。
だがこれは無意識だったのだ‼︎
本能が、彼を恐れさせたのだ‼︎‼︎
人間が道ゆく最中にカラスや犬を観てほんの僅かでも身構えるのは自信を害せると理解しているからだ。
タジムニウスと他の者の間に起こった事はまさにコレなのだ‼︎
彼の内面の恐ろしさが秘めたる狂気が何か得体の知れない方法で実体化、いや顕現されたと言っても良い‼︎‼︎
そして黒仮面卿が言った事は全て事実。
ほとんど語られないが、タジムニウスの幼少期は実に悲惨で有った。
母と父親代わりの騎士と共にイシュガルドに亡命して決して孤独では無かったが、幼少期に母を亡くし、貧しい暮らしは庇護してくれた貴族家の不運が重なり改善するどころか貧しさは加速した‼︎
そして異邦人という苦しい立場で彼は幼少期少なからずいじめを受けた。
その少し後に彼は騎士になる事を決意するが、その裏には幼少期に受けた理不尽を見返すという子供ながらの感性が確かに働いていたのだ。
そして成長するに至って彼は幸運にもそういった感情や思いを忘れ去り真っ直ぐ育った。
だが不運は自身がそう言った感情を一度でも抱き、そしてそこが原動力であった事を忘れてしまった事だ‼︎
それは彼の知らぬところで成長していたのだ。
それ自体の認識は彼の冒険の最中であった。
そしてそれが間違った物であることも理解していた。
だが結果として彼の心に蓋をし、そして彼に降り注いだ重責は急激な負荷を掛けた!
そもそもタジムニウスはそこまで感情を表に出す人間では無かった。
怒りをコントロールする訓練を積んでいるからだ。
だが彼はそれらに敏感に反応する性質であったから割と直ぐに乱れやすかった。
良くも悪くも、正義感の強さが災いして彼の心の闇は成長し、そして何かしらの得体の知れない方法で顕著になった。
そして、なんて事だ‼︎
タジムニウス・レオンクールは怪物になろうとしていた‼︎
先の戦いでは黒仮面卿の方が怒りに囚われた怪物であった。
だが今回はタジムニウスがそれになってしまった、いやまだかろうじてなろうとしているか?
経緯はともかく、本質は同じ物。
黒仮面卿
『俺の復讐は完遂する‼︎
俺を抹殺しようとしたブレトニア王国が俺の手によって、国王の死で滅び去るのだ‼︎』
タジムニウス
『オオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』
タジムニウスの一撃は黒仮面卿を吹き飛ばした。
体勢を何とか崩さずにすんだ黒仮面卿はタジムニウスを見る。
信じられない、あれだけの憎悪を身に纏いながら、まだ正気を保とうとしていたのだ。
タジムニウス
『カッテナ事、言ってんじゃあネェヨ…。
俺はオマエミタク、無思慮に、怒鳴り散らすわけにゃあ、イカンノヨォー。』
タジムニウスの姿はまさに異様…。
彼の血塗れの鎧姿もそうだが、可視化された赤黒いエーテルが彼の周りに集まり、それは一種の怪物のような姿になっていた。
キアラはその姿を見て、本能で理解した。
止めなければと。
だが足がすくんで前に踏み出せない。
タジムニウスはそんなキアラを見て…微笑を浮かべる程の余裕は無いが、首を少し、ほんの少し横に振った。
来るなという事だった。
タジムニウス
『ヤハリ…貴様ハ生かしてはおけん…。
陛下と何か関係があると思ったから、キサマを生かしておきたかったが…。』
黒仮面卿
『貴様に心配されずとも俺は死なん‼︎
死ぬのはお前だけだ。
そして抜け殻となったお前の肉体は必ず持ち帰り、我が師父の意のままに動く人形としてやろう!』
丁度その時に城内の制圧を終えた、ディーターら諸将が到着した。
ディーター
『陛下‼︎』
タジムニウスは皆の顔を見ると、
タジムニウス
『………。』
タジムニウスは何か言いたげだったが叶わず、意識を失いその場に倒れた。
黒仮面卿はトドメを刺そうと飛び掛かる。
だが次の瞬間とても強い闇の魔力が黒仮面卿に襲い掛かり、彼を吹き飛ばした。
そして同時にタジムニウスの周りから衝撃波が走りその場にいた者たち全員を吹き倒してしまった。
コーデリア
『こ、これは一体…?』
セレーネ
『呑まれてしまった…。
とても強い憎悪に…。』
タジムニウスは怪物と成り果てた。
倒れていた彼は倒れたままの状態で、そうまるで紐で引っ張り上げられるように起き上がった。
すると地面に突き刺さっていたライオン・ハートが抜け、タジムニウスに向かっていった。
そしてタジムニウスが剣を持った手を横に向けるとライオン・ハートは1人で、そう、まるで透明な人間が持っているように宙に浮きながらクーロンヌの剣と合体する。
そして何とライオン・ハートの姿が変わっていくでは無いか。
それは悍ましい形をした大剣に変わっていった。
その禍々しさに皆は恐怖した。
そしてタジムニウスを覆っている憎悪の根源は、闇のエーテルの出所がその大剣からだと言うことをセレーネは突き止めた。
全てのカラクリが解けた。
確かに外部からのエーテル汚染を受けつけないかもしれない。
だがエーテルを内部から、そう循環させていれば如何だろうか?
ライオン・ハートが、いやもはやこの悪き大剣は使用者のエーテルを纏わせてより強い力を発揮するように、大剣からもエーテルが流れ出て、大剣に流したエーテルが体に戻る時に合わせて汚染されたエーテルを紛れ込ませていたとしたら…?
元が自分のエーテルなら外的汚染も関係ない。
ただ1人立つタジムニウスは意識を失っていた。
だが、眼を閉じていても立っていた。
立ち上がった黒仮面卿は改めてトドメを刺そうとする。
黒仮面卿
『何が起きたか知らぬが貴様の心臓を貫いた時、我が復讐は成就される‼︎
ブレトニアは滅びる‼︎』
そう言った瞬間黒仮面卿は斬りつけられた。
あっという間だった。
斬られた胸板から血が勢い良く噴き出す。
上等な鉱石と魔法で縫われた革を使用したブリガンダインを切り裂くという常軌を逸した事態が起きる。
黒仮面卿
『な、何故だ…?
貴様は、その大剣は、なんだ、まさか、師父…?
俺が治めるべき国をくれるのでは無かったのか…?
俺は捨てられたのか、二度も?』
黒騎士
『総長⁉︎
総長を守るのだ‼︎』
タジムニウスと黒仮面卿の間に割って入ろうと何騎かの黒騎士達が居たが、次の瞬間彼らは馬ごと両断されてしまった。
タジムニウスの目は真っ赤に光り、激しい憎悪がエーテルに影響を与え、挙句空を曇らせ、稲光を光らせ、そして雨を降らせた。
何とか主人を守ろうと黒騎士達が奮戦するが大剣で埃を振り払うが如く斬られていく様を見て恐怖しない者は居ない。
だがこのままにして良いはずがない。
?
『元帥を止めるのだ!
今やブレトニア王は敵の術中、力づくで止めろ‼︎』
そう叫ぶ声に振り返ると、皆が驚愕した。
そこに居るのは緑の騎士その人だった。
緑の騎士
『全ての原因はあの大剣にある‼︎
アレを破壊するか、手放させれば王は救える‼︎』
そう緑の騎士が叫ぶ。
皆がタジムニウスの手に握られた大剣を見つめる。
それはまさに意志を持った生き物の様になっていた。
アレを破壊するか、奪えるのか?
皆がそう思っていた。
それは緑の騎士すら思っていた。
緑の騎士
(何という…何という事だ。
希望を託したと思ったらその希望そのものが罠だったとは…。
モルジアナ様、敵は我らよりも遥かに先を行っていたのですね。
ならば奴は、ボリス・ドートブリンガーとは一体何者なのですか?)
緑の騎士は伝家の宝刀と謳われる翡翠剣ルドロスの剣を引き抜く。
セレーネ
『そうするしか無いのですね…。
ルーエン王よ、お許し下さい。
諸将達は前へ、兵達は下がりなさい。』
だが、兵達は退かずむしろ前へ踏み出した。
コーデリア
『なっ、何を⁉︎』
ディーター
『みんな今のを見てなかったのか‼︎
精鋭騎士団のあいつら(黒騎士団)ですら赤子の様に斬られたんだぞ‼︎』
兵士
『だとしてもオラ達は引けねぇ‼︎』
兵士
『元帥閣下は自らを犠牲にする覚悟で呪いに掛かった俺達を救ってくれた。』
兵士
『なのに私達がここで逃げたら、私達は恩知らずと罵られ、一生後悔する事になる‼︎』
兵士
『オラ達の大事な王様なんじゃ‼︎
頼むセレーネ様、オラ達に逃げろなんて言わねぇでくんろ‼︎
王様がこれで死んだら、いくらワシらが家や畑に帰ってこれても、死んだも同然なんじゃ‼︎』
騎士
『タジムニウス陛下は誠の騎士道を志すお方。
そんな方をここで死なせるなど騎士の名が廃るという物!』
騎士
『この命と剣は国王陛下に捧げたもの‼︎
我らは陛下と共に生き、陛下と共に死ぬ‼︎』
そう言って兵と騎士達が鬨の声を上げながら集まってきた。
セレーネ
『みんな…。』
緑の騎士
(良かったな、我が子孫よ。
良き王たらんとする姿勢と行動が皆の勇気と気高さを味方につけたのだ。)
セレーネ
『ならばこれ以上言うまい‼︎
皆聞きなさい、ブレトニア王は敵の術中。
緑の騎士様が仰った様に正体を現したライオン・ハートを破壊するか手放させれば王は救われる‼︎
皆、王を殺すつもりで掛かりなさい。
そして誰でも良い、王を救うのです‼︎』
タジムニウス
『オオオオオォォォォォ……。』
セレーネ
『全軍、掛かれぇ‼︎』
全軍
『オオオオオォォォォォ‼︎‼︎』
______________________
ここは何処だろうか…?
決闘をしていた筈だが妙に記憶がない。
そしてここは何処だ、真っ暗な、闇の中?
微かに自分が、と言うより周りが白く光っている。
辺りに漂う血と煙の匂い。
アテもなく歩き出したが進んでいるのかどうかも怪しい。
タジムニウス…と言うよりタジムニウスの精神か、それは暗闇の中を歩き続けた。
すると視線の先に横たわる2人の人影が有るではないか。
1人は黒い鎧をつけた騎士ともう1人は血濡れた斧を手に握ったまま倒れている戦士だ。
タジムニウスには2人が誰か分かっていた。
タジムニウス
『アルバート、フレイ‼︎』
タジムニウスはアルバートと呼ばれたかつてこの原初世界に現れた闇の戦士、そして分たれた第一世界に於いての光の英雄を抱き起こした。
アルバート
『お前がここにいると言う事は…やっぱり奴らそういう事か。』
タジムニウス
『どうしてお前ら2人がこんな…。』
フレイ
『ここは貴方の精神の世界、私達は貴方の中にいる存在言ってしまえばエーテルの様なもの。
私達は貴方がさっきまで振り回していた大剣から流れ出ていたエーテルに紛れていた得体の知れない物に襲われたのです。』
アルバート
『敵意を持って掛かってきたからにはぶっ倒して良いと思ったんだが、予想以上に強くてな、俺もこいつもボロボロだ。』
タジムニウス
『俺は、えっと、つまり?』
アルバート
『あの化け物みたいな剣に乗っ取られちまったんだ。
体をな。』
タジムニウス
『何とか体を取り戻したり、外の様子だけでも窺えないか?』
フレイ
『体は貴方のもの、意識を研ぎ澄ませればひょっとすれば見えるでしょうが、見ない方が良い。』
アルバート
『今のお前はおまえで有ってお前で無い。
見ればかなり堪えるぞ?』
タジムニウスは忠告も効かず意識を集中させた。
すると少しずつだが肉体の外の世界を覗くことが出来た。
だが映し出された光景は目を覆いたくなるものだった。
自身の腕は、鋼鉄の、返り血まみれの籠手で掴むのは自分と同じ歳ぐらいの女兵士だ目から下の部分を掴み碧眼の眼には涙を流していた。
くぐもった声で彼女は命乞いをしていた。
兵
『へい…、か、やめ…。』
すると自身の意思では無いのに自身の手が凄まじい力が入るのを感じた。
タジムニウス
『やめろぉぉぉぉぉ‼︎‼︎』
精神の世界で叫んでも現実には届かない。
兵
『ヒッ、イギャアアアアアアアアアア‼︎‼︎
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイタイ‼︎‼︎‼︎
ヤメ…。』
娘の顔はタジムニウスの籠手の中で破裂した。
首から上が飛び散り、頭を無くした首から血と血管が流れ落ちる。
タジムニウスはその死体を恐ろしい笑みで無造作に放り投げる。
怒りに駆られた同郷の兵士だろうか?
はたまた戦友、恋人だろうか?
若い兵士が慟哭を上げ、切り掛かる。
だがその兵士は次の瞬間に胴を真っ二つに斬られ、上半身と下半身が分たれた死体となっていた。
そして足元には無惨に殺された老若男女の兵士と騎士達の死体が無数に転がっていた。
皆…皆…皆、皆、皆皆、皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆。
信じていた者に裏切られた悲憤と絶望の表情を浮かべて死んでいた。
タジムニウス
『ハァ…ハァ…
あああ…ああああ…
ウオオオオオオアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎‼︎』
精神世界に逃げたタジムニウスの慟哭が薄暗い世界に木霊する。
タジムニウスは目を覆い、手足をバタつかせ、まるで幼児の様な有様になりながら現実を直視できなくなっていた。
戦争で、大勢の人間が死ぬのは当たり前。
タジムニウスとて今この場で死体になっている連中の何倍も殺し、死なせてきた。
だが、タジムニウスは常に何処かで自身が大量虐殺者であると言う自責の意識を持ち続けており、そしてそれを責めていた事はキアラと再会した時に明かした。
そんな彼が自分の意思関係なく、共にあるべき領民、騎士達、同胞を惨たらしく無差別に殺している。
彼にとってそれは心に大きく傷を与える物になった。
自分がやったんじゃ無いと否定したい、だが肉体はまごう事なき自分なのだ。
そしてその原動力とされてしまったのは自身の中で押し殺した負の感情…。
全て自分が巻いた種。
今この場で事態を把握している者たち、死んだ者…は兎も角、殺されそうになっている者、今この瞬間戦って生きている者は彼を擁護する事あれど後世は全員が彼を非難するだろう。
そして何より自身が自身を責めているのだから。
フレイ
『…人の話を聞いてなかったのですか?
見ないほうがいいって。』
タジムニウス
『…俺はこの数倍の人間を殺し、死なせてきた。
だがな、全く自分の意思に関係なく惨たらしく殺した覚えはないぞ‼︎
どうして…どうしてこんな…!』
______________________
さて現実の世界はまさに阿鼻叫喚の世界であった。
血溜まりの中に立つ化け物と化した暴君。
そしたその周りに転がるかつては人間だった肉塊達…。
そして周りにいるのは何としても主君を救おうと取り囲む家臣達。
だが皆恐慌状態と言っても過言では無い。
戦力の要たるディーターを始めとした諸将達ですら事の元凶となった大剣を破壊出来ずにいる。
そして事を引き起こし結局利用された哀れな黒騎士は斬られ、無数の部下達の死と引き換えに何とか化け物から離れ、生き残った部下達に介抱されていた。
オットー
『ダメだ…近づけない‼︎
近づこうにもあの大剣の威力が桁違いすぎる。』
レマー
『下手に近づけば一刀両断…。
全く我らが元帥の強さと敵の得体の知れない呪物が相手とは飛んだ貧乏くじだ!』
ナイトハルト
『ゲルト卿、何か魔法で動きを止めたりとかは出来ないのですか?』
オットー
『さっきからやってる!
だがどうやら元帥、というよりあの大剣から半径少なくとも1メートル圏内には魔法が届かんらしい。
何度詠唱しても弾かれる。』
コーデリア
『そして、私達にはもう時間がない。
元帥閣下のエーテルが尽きようとしています。
尽きた時、それはそのまま…』
キアラ
『死なせない、絶対に‼︎』
キアラは天球儀を掲げて詠唱する。
キアラ
『最悪腕を斬り飛ばしてでも‼︎』
風属性の魔法で出来た鎌鼬はタジムニウスの左手に迫るがやはり魔法は打ち消されてしまう。
物理攻撃しかないのだ…。
緑の騎士も良いとこまで行っているが、いかんせんとどめを差しきれないのだ。
あと1人彼らに匹敵するものが居れば…。
だが、ここにタジムニウスに勝てる人間は居ない。
希望がありそうなカムイは帝都アルトドルフにいる。
ゼノス・イェー・ガルヴァスはガレマール帝国帝都ガレマレドに居る。
もし強いて言うなら…。
セレーネは決意した。
コーデリア
『セレーネ様?』
セレーネ
『退きなさい、貴方達の総長に用があります。』
黒騎士
『来るな‼︎
総長には誰1人近付けさせん‼︎』
セレーネ
『それは貴方達の総長を死に追いやると同じ事、その傷は普通の方法では癒せない。』
横たわる黒仮面卿。
意識はない、気絶しているようだ。
セレーネは古代語で詠唱する。
それは泉の聖女に伝わる古代の回復魔法、エンシェント・テトラグマトンである。
今世に伝わるテトラグマトンよりも遥かに高い回復力は切断された肉体同士すらくっつけると云う。
黒仮面卿は程なくして目を覚ます。
黒仮面卿
『これは…?
一体どう言うつもりだ?』
セレーネ
『もはや貴方は誰でもなくなった。
生まれ故郷ブレトニアの貴族でも無ければ、ミドンランドに座す悪魔の手先でも無い。
今貴方は何者でもなくなった。
なら私が貴方に名と場所を与えてあげましょう。』
黒仮面卿
『はいそうですかと従うと思うのか?』
セレーネ
『貴方がこうして居られるのは、貴方の同胞が命を賭したから。
見てみなさい、貴方を守った者達の亡骸を。
そしてあれはもっと死者を増やす、まず私達を皆殺しにした後、貴方達を血の果てまで追いかけて殺すでしょう。
もはや貴方に選択の余地と、残された財産は無いはず。』
黒仮面卿は痛い所を突かれたと思った。
生まれた地からは追われ、自身を拾った養父には道具として捨てられた。
もはや彼に残っているのは彼に従う剽悍の騎士団のみ。
彼にとって、とりわけセレーネに言われたのは癪でしか無かったが、彼にとって真に復讐しなければならない相手が出来た以上乗るしか無いのだ。
黒仮面卿
『全てが終わったら、俺を含めた騎士団全員の命は保証してもらおう。
それも捕虜としてではなく客人としてだ。』
セレーネ
『良いでしょう、一つ言っておきますが必ず生かして下さいね?
今貴方が最も手に掛けたい相手を倒すならあの子は必要ですよ。』
黒仮面卿
『……。』
黒仮面卿は大剣を持ち、歩いていく。
そしてセレーネの横を通り過ぎる。
彼女はこんな事を言いたかったんじゃ無いと苦い表情を浮かべ、唇を噛み締める。
だが、彼女には我慢出来なかった。
セレーネ
『アルフォンス‼︎』
黒仮面卿は一瞬立ち止まる。
だが再び歩き出した。
黒仮面卿→アルフォンス・ド・????
『その男は死んだ。』
その頃緑の騎士は有力な諸将以外は流石に下がらせた。
兵達は引き退らせたがそれまでに払った犠牲があまりにも大きい。
後々の災いになる事はもはや疑いようが無かった。
緑の騎士
『もはや王を王と呼ぶ者が居なくなってしまうかも知れん。
そもそも王があの得体の知れない大剣の一部と化しつつある。
肉体は主人となった剣を振るうための道具にしか過ぎん。』
そう言った刹那、緑の騎士を横切るように黒い影が飛び過ぎる。
復活した黒仮面卿がタジムニウスに切り掛かった。
レマー
『あいつ…‼︎』
レマーが拳銃を引き抜き黒仮面卿に銃口を向けるが、セレーネが銃を押さえた。
セレーネ
『大丈夫、今の彼は味方です。
今は思うところは有るでしょうが彼と一緒にタジムニウスを。』
レマー
『は…ハッ!』
黒仮面卿とタジムニウスが打ち合う、やはり互いに勝負はつかない。
いやそもそもこの魔剣に操られたタジムニウスはもはや手の付けようのない獣になったが、逆に言ってしまえば遮二無二振り回してるだけとも取れるので黒仮面卿の方が優勢とも言えた。
黒仮面卿
『そんなものか、そんなものなのか王国筆頭騎士。
いや、貴様は何のためにその男の肉体を手に入れたのだ?
寧ろ弱くなっているじゃ無いか。』
だがタジムニウスは、いやこのかつて聖剣と言われた化け物は地面を抉るほどの一撃を放つだけで何も言わない。
黒仮面卿も、その一撃を躱し、
黒仮面卿
『鉄屑に口がきける訳ないか。』
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現実では穢された決闘が繰り広げられている中、タジムニウスの精神世界では己の肉体を取り戻そうと踠く精神体が暴れていた。
フレイ
『無駄ですよ、完全に取り込まれているんだ。
外から元を叩いてくれないと出れはしない。』
タジムニウス
『それを待っていたら何人死ぬかわからない‼︎
それを分かっていて待つ事なんて出来ない‼︎』
フレイ
『それは、あなたの大事な人達のためですか?
それともご自身の地位の為?』
アルバート
『おい‼︎』
アルバートは咎めるが、フレイはお構いなしだ。
そしてタジムニウスは後者を否定出来ない。
前者は当然だが、後者も今の彼にとっては大事だった。
この状態を打開できたとしても領民殺し、味方殺しの王という汚名は付いて回る。
事情を知っていたとしても手を掛けられた兵達が納得するわけがない。
彼の王位が揺らぐのは今の帝国に置いてとてもまずいのだ。
彼を信じてくれているブレトニア人達の信を失えば、タジムニウスを支えている屋台骨が崩れ、それを機に彼に権力を与えている事に不満を持つ者達が暗躍するかも知れない。
タジムニウスはどこまで行ってもライクランド帝国にとっては外国人に過ぎない。
帝国の構成国といえど本体となっている国の出身でも無ければかつて文化的に遅れていた、もっと言えば植民地の田舎と思われていたブレトニアの王が今や皇帝の次の権力を持っている。
帝国に本来請求権を持てない女が女帝になっていることを良いことに実質的な権力者の地位に着いている。
本来なら自分達が付くべきであろう地位に、面白い訳がない。
タジムニウスが東方領土征伐を進めたのもその背景があったのだ。
内なる敵を叩く為にまず比類なき武功を打ち立てて明確に帝国弱体化の原因と後々原因となる者達の綱紀粛正に乗り出す為に…。
その為にはタジムニウスがブレトニア国王としての立場を不動にしなければならない。
それが揺らげば…。
タジムニウスはすぐに否定はしなかった。
だがこう答えた。
タジムニウス
『俺が王の地位に居なければこの国は、いや世界は終末を迎える前に滅びてしまう。
その為に俺は王であり続けなければならないんだ。
権力は所詮道具、道具は結局個人の意志で使われる。
俺が失いたくないものの為に王という権力が必要なんだ。』
フレイ
『それが欲に塗れた私信でしか無いと云われても?』
タジムニウス
『欲無き王の方が何倍も有害とは思わないか?
欲深過ぎても困るがな。』
笑みを返して答えた。
するとアルバートは何かに気がついた。
アルバート
『おい、お前の腰に下げた短剣、なんか光ってないか?』
タジムニウスは見下ろすと、確かに短剣が光っている。
先に加護なしで吸血鬼を殺した謎の短剣。
継承され続けている以外謎に包まれた短剣は白い光を放っている。
タジムニウスは短剣を抜く。
その短剣はどこか懐かしさを感じる光を放ち辺りを照らし出した。
タジムニウスはそれを握りしめるとなぜそうしたのかはわからなかったが、暗闇に突き刺した。
するとピシッという音をたて、暗闇の中に光が刺した。
その瞬間タジムニウスは光の中に引き込まれた。
するとどうだ、彼の意識が、彼の右半身のみだが戻って来たのだ。
そのせいで暴れ狂った怪物の動きが止まり、その違和感はその場にいた者達全員が感じ取った。
そして突如怪物は右手で件の短剣を引き抜くとそれを左腕と一体化しつつある大剣に向かって突き刺そうとした。
だが、突き刺そうとした瞬間、まだ体の支配権は大剣が握っているのか彼の体は止まってしまった。
だが、誰の目からも明らかな異常、そして突如意に反して動く右半身、そしてそれが握る短剣。
これらが意味する意味をいち早く理解したのは緑の騎士だった。
緑の騎士
『そうか‼︎
あの短剣があったか‼︎
王よ、その短剣は全ての魔を退ける対魔の短剣だ、それを大剣に突き刺せばこの惨劇は終わる‼︎
負けるな、自分を取り戻せ‼︎』
セレーネ
『タジムニウス‼︎』
オットー・レマー・ナイトハルト
『閣下‼︎‼︎‼︎』
ディーター・コーデリア
『陛下‼︎‼︎』
タジムニウス
『オオオオオオ‼︎‼︎』
短剣は大剣に突き刺さった。
その瞬間眩い光が溢れて大剣からは出るはずのない甲高い生物のような苦しみ悶える声が出てきた。
そして大剣はタジムニウスが手放す前に自ら離れた。
タジムニウスの左手を覆っていた生物状の物体が人のような形になった。
大剣そのものというより大剣に寄生していた何かが事の原因だったのだ。
おおよそ普通の生物では無い。
その人間に近い見た目をした気色の悪い生物は自我を取り戻したが、直ぐに昏倒したタジムニウスにトドメを刺そうとする。
兵達がそれを止めるべく襲い掛かる。
だがこの生物の手と云うべき触手に斬り裂かれて無惨に死体を晒した。
だが少なくともこの怪物がターゲットをタジムニウスからそれ以外に変更しただけでもこの連中の死は意義が有ったであろう。
まるで野蛮な神を具現化したらこうなると言わんばかりの風体をした化け物は踊り狂い、まるで人間を見下すかのようであった。
黒仮面卿はそんな化け物相手に一人で立ち向かった。
大剣に持ち換え、化け物に言い放つ。
黒仮面卿
『タダでさえ今機嫌が悪いんだ、その勘に触る声と踊りを今やめなければ存在した事を後悔させてやるぞ。』
だが化け物はやめない、まるでおちょくっている様だった。
いやそうなのだろう。
だが次の瞬間黒仮面卿の大剣は化け物を切断した。
更に斬り飛ばした体に更に追い打ちをかけ、細切れにしてしまった。
怪物は塵となって消え失せた。
終わりは呆気なかった、だがそれでも被害は甚大であった。
ディーター
『陛下は?
タジムニウス陛下はご無事か??』
タジムニウスは未だ意識を失っている。
キアラの膝に頭を乗せたまま眠っている。
無理もない意識を乗っ取られる以前に満身創痍だったのだから、命があるだけ幸運と言っても差し支えがないのは事実だった。
セレーネ
『兎も角全軍入場しましょう。
死者を弔い、負傷者の手当を…。
貴方も同行して下さいね、但し』
黒仮面卿
『分かっている、我々に戦意はない。
投降する。』
かくしてバットランド平定は終わった。
黒仮面卿以下彼の麾下黒色騎士団は投降、吸血鬼教徒はその大半が死亡する惨たらしい結末になった。
ドラッケンホフ城に入城した帝国軍は先ず件の麻薬製造施設を探し出し、これを徹底的に破壊した。
吸血鬼崇拝になる祠や聖堂、書物も徹底的に破壊した。
その際、中に立て籠った信者達も容赦なく瓦礫の中に埋もれさせた。
更に暴行、強制淫行、強盗が相次いだ。
秩序を保ち続けた軍が破裂したのだ。
無理もない…彼らは大いに戦友を失い、自らも多くを失った。
しかもそのうちの何割かは敬愛すべき自らの君主の手によって(もちろん故意でも無ければ操られてだが)失った。
怒りの矛先を彼らに悲しみを与えた張本人達に向けられたのは自明の理だ。
諸将が軍の引き締めや、事の次第を受けて急遽派遣された憲兵団による取り締まりや、罪の重い将兵の身分問わず公開の絞首刑に処した事によってなんとか落ち着きを取り戻したが、更に犠牲者は増えてしまう結末になった。
戦いから二日後タジムニウスは目を覚まし、事の次第を病床にて聞いた。
タジムニウスは喋れなかった…言葉を失って何も話せなかったのだ。
本日中に布告を出すと女帝陛下に伝えてくれと諸将に部屋から退出を促すと、彼以外誰もいない部屋で静かに慟哭するのだった。
彼の宣言通り、その日の夕刻には布告が発せられた。
『如何なる理由あれど敵対勢力の捕虜、民衆に悪虐の類いを振るう事なかれ。
従わぬ者悉く帝国の朝敵とする。』
この布告は当初タジムニウスの名では無く女帝セレーネの名で布告されていたが自身の職責を全うする様に女帝に叱咤されタジムニウスによって書かれた。
重罪犯の公開処刑を実行し全軍の規律を引き締めたが、タジムニウス復帰の報せはまだ全軍に発せれてはいない。
と言うのも敵の奸計、と言って良いのかもあやふやではあるが、敵の術中に有ったとはいえ味方殺しの王をこれ以上全軍の大元帥として置いては居られないという声が上がっていた。
ブレトニア出身の将兵は兎も角、ライクランド出身の将兵たちの反発が高まっていた。
元より彼らにとって、田舎、僻地、二等臣民(そんな物は存在しないがライクランド人の潜在的な意識の中には存在する)出身の王が軍、果ては国政を操っている事に不満が前々からあり此度で表面化してきたのだ。
選帝諸侯達が抑えに掛かるも、彼らも大勢の貴族達に封じられている身、自身の足場がぐらつけばそれどころでは無くなる。
その為、状況を見据えつつ、まだ当人の体調が回復するまで消極的な対応をとっていたのだ
だが、彼らの努力をよそに遂にそれは対立へと発展した。
ドラッケンホフ城の管理区画の問題でどちらかが先に縄張りを荒らしたと言い合い、遂には殴り合い、刀剣沙汰寸前にまで発展したのだ。
ごく一部の小隊クラスの話が次第に中隊、大隊規模になるのはそう時間は掛からなかった。
しかも始末が悪い事にライクランド側には上級将校としてオットーらが居るが、ブレトニア側には居ない、然も中級将校達では鎮圧、いやそれどころか次から次へと加担し出したのだ。
彼らからしてみれば絶対の忠誠を誓う王の名誉を傷つけられ、下手をすれば獄に下されるなど黙ってみては居られなかった。
彼らも大勢敵に操られたタジムニウスに仲間を大勢殺された筈だった。
だが、それ以上に自分達を救うために一人危険を冒した男である事を知っていたのだ。
恨むべき相手も知っていた。
それはライクランド側も承知だが、過去の対立等も起因している今回の場合もはや無理からぬ事なのかも知れなかった。
既に同地にはトロワヴィル親衛隊隊長アダラール伯爵以下トロワヴィル親衛隊の騎士達がいたが、彼らもまたライクランド側の将兵の王に対する罵倒に血が昇りなんとのその場にいたブレトニア軍の将兵の指揮を取り出したのだ。
反乱鎮圧…聞こえは良いが、両成敗で終わらさなければならないこの場に一方を加担すれば始末がつかない事を彼らは考えられなかったのだ。
そしてこれにはライクランド側も遂に怒髪天となった。
同じ様に場を収めに来たライクランド側の中級指揮官達も同じ様な状態になり同胞側に加担しだした。
双方抜刀、城塞都市の真ん中で怒号を挙げ斬り合うか否かのところで砲声が響く。
空砲であったが、それはスチームタンクから放たれた。
荒れ狂う連中の間に入ったのはスチームタンクに乗ったレマーだった。
そしてその両脇には武装した女帝の近衛騎士団。
レマーは砲塔天板のハッチから出てきてそこに腰掛けた。
片手にはリボルバーを握り、時折双方を威圧した。
荒れ狂う感情に身を任せれば、選帝諸侯たるレマー(今回の戦功で正式にデイッターズ・ランド公に叙された)と近衛騎士達に手を挙げる事になる。
それ即ち女帝に対して兵を起した事になる。
その時点で自分達は賊軍、自分達が死んでも、一族郎党地の果てまで追いかけられて悉く皆殺しの運命である。
彼らはやがて平静を取り戻し、暫くしてレマーが両者の代表者に出頭を言い渡し、両者の言い分を改めて聞き、沙汰は女帝陛下が下される、それまで待機する様言い渡し、事は治った。
レマー
『強大な指導者を失った事で割れた勢力や国は珍しくない。
この場合は女帝陛下より元帥閣下の方が強大となるのか…おかしな話だ。
だが、我々軍人からしてみれば、やはり元帥閣下の光にあてられてしまうのかも知れない。
女帝陛下は象徴として、元帥閣下は偉大な指揮官として…。
誰が国主なのか…少なくとも元帥閣下は女帝陛下以外の君主など居らぬという態度だが…。』
吸血鬼教は壊滅した…。
これほどの犠牲を出してもこの戦争はまだ終わらない…。
寧ろ始まったばかりと言っても良い。
そして時を少し遡り、古ドワーフ王国の再興の為別れたドワーフ・エレゼンの軍勢、そして暁の血盟もまた時代の濁流に立ち向かおうとしていた。
山の下の王は今再び玉座に着くか否か、少なくともその資格がある者は血に塗れた刃を持つであろう…。