ファイナルファンタジー14 異譚 獅子の子タジムニウス    作:オラニエ公ジャン・バルジャン

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14話 カテイの話と氷の女王の選択

戦の終わったカラク=エイト=ピークでは死者を弔う儀式が執り行われていた。

 

オリオン、そして首級と身体を見つけ出して縫い合わせたアイアンロックを始めとした大勢の兵達を弔っていた。

 

喪主として新たにドワーフの女王となったアメジストと、エルフ王、不死鳥王になったティリオンの二人が務め、その補佐に互いに摂政になったタンザナイト、テクリスがついた。

 

暁からはアルフィノのみが参加していた。

 

アリゼー、グ・ラハ、ヤ・シュトラは病床にあった。

 

アリゼーも、グ・ラハも、ヤ・シュトラも生きているのが不思議な程の大怪我であった。

 

だがこの3人はアルフィノ、そしてテクリスという治癒魔法の使い手のお陰で大事に至らず、少なくともそう遠く無い時間に目を覚ますだろう。

 

葬儀が終わって翌日、夕刻になった頃一通のリンクパール通信が送られてきた。

 

それはドラッケンホフ城の陥落とタジムニウスの暴走を伝えてきたのだ。

 

アメジスト

『こ、皇帝陛下は⁉︎国王陛下はどうなされた⁉︎

 

お二人ともご無事なのか⁉︎︎』

 

タンザナイト

『姉上、落ち着かれませ。

 

幸いにもセレーネ陛下もタジムニウス陛下もご無事です。

 

ただ…タジムニウス陛下は御倒れになられ…敵の手に堕ちていた聖剣ライオンハートは破壊。

 

我が軍の損失も多大とのこと。』

 

ティリオン

『ライクランド皇帝とブレトニア王が纏めて身罷られる…という最悪の事態を回避出来ただけでも良しとすべきなのかもな。』

 

テクリス

『されど、これは一大事。

 

敵によってブレトニア王国の宝剣そのものが国王陛下を蔑める策と成り果ててしまっていた事、自らの意思では無いとはいえタジムニウス陛下によって多くの兵が手に掛かり、中には貴族出身の者も大勢いる事でしょう。

 

貴族…特にライクランド帝国出身の者達が黙っているとは思えません。

 

これを機にタジムニウス陛下の失脚を図るやも。』

 

アルフィノ

『そんな‼︎』

 

テクリス

『だが、それはもはや確定したと言っても差し支えのない話。

 

ブレトニア貴族、それが例え王であったとしてもライクランド出身の貴族達が元帥という要職、果ては事実上宰相の様に振る舞う現状を歓迎する筈が無い。

 

ましてや今回の件で彼によって家族や身内を殺されていたとしたら。』

 

アルフィノ

『断固としてタジムニウス王の指図を受けまいと離反することも厭わない…と。』

 

ティリオン

『ゲルト公、ディッターズ・ランド公・ノルドランド公・マリエンブルク公親子は兎も角、その下の連中は言ってしまえば日和見主義の貴族連中も多い。

 

アルトドルフの戦いで味方したライクランド側の貴族といえば、味方についた選帝諸侯とその家臣位で、帝国本領であるライクランド侯爵領内の貴族、領主、その他諸々の領主や貴族達は何をしていたと思えば領内に引っ込むか戦いに参加こそしていないもののボリス・ドートブリンガー支持を掲げていた連中ばかり…信を置けるとは到底言えん連中ばかりだ。』

 

アメジスト

『旗色が悪いと見れば鞍替え、そして生き残る。

 

賢い選択だし、家族を守る為の行動だ。

 

仕方のない事、だが負の連鎖は止まる事を知らず伝播する。

 

そしてやがては…。』

 

タンザナイト

『皆で殺し合い、乱世の到来だ。』

 

テクリス

『そして、帝都ではかの御仁がもう既に手を打っているでしょう。』

 

ティリオン

『カルカソンヌ公ジャン…あのお方の恐ろしさはまさに天井知らずよ。』

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帝都アルトドルフは正に血に塗れていた。

 

ドワーフ、エルフの兄弟達が言ったとおりにドラッケンホフの事件で敵愾心を剥き出しにしてきた貴族達は安然な帝都で息巻いていた。

 

正に内部崩壊寸前といった具合であった。

 

だがそれに対し迅速かつ苛烈、そして惨たらしく対処した男がいた。

 

ジャン・ド・カルカソンヌ…。

 

カルカソンヌ公に封じられた元魔法研究者兼聖杯教大司教である。

 

この男の真価は、研究者でも、聖職者でも、ましてや軍司令官でも無い…正に権謀術数の政治家である。

 

ジャンは事前に放っていた『羽』と言われる間者達を放ち、これら貴族を調べ上げた。

 

実際に謀反を計画した者、賛同した者、怒りを露わにしたものの行動にこそ出ていない者に分類した。

 

ジャンは直ちにこれら罪状を用意、ないしは偽造した罪状、つまり冤罪でこれら全ての貴族を捕えてしまったのだ。

 

計画者、賛同者は罪状によってはその場で処刑、一族悉く皆殺しの憂き目にあった家も多く名を連ねた。

 

徹底的な粛清とこれによって遺恨を残さぬよう未成年者や子供、生まれたばかりの赤子、妊婦も処刑の対象になり、私生児にまでそれは及んだ。

 

政治権力に影響を及ぼしようの無い娼婦や農奴出身の母子に限り、帝国に後に忠誠を誓う事を条件に助命されたがそれは極一部にしか過ぎなかった。

 

この凄惨な出来事に多くの人間が批判の声を上げたが、ジャンは全く意に介さず淡々と処理していった。

 

ジャン

『今、必要な事はいくら強権的であったとしても分裂を阻止する事、上級指揮官も、中級指揮官も貴族が必ずやらねばならぬ法則など無いし、それらの代わりも、穀潰しどもも我が帝国には事欠かぬ。

 

少しは綺麗にしないとな。

 

必要なのは兵だけで良い、全軍を統率する大元帥として皇帝陛下が、元帥として将軍らを率いる役目を担う代行として我らがタジムニウス王が居られる。

 

そして中級指揮官として我ら公爵や、将軍が居る、下級指揮官等、これより遥かに成り手が居るのに何故言うことを素直に聞かぬ指揮官が必要なのだ?』

 

然し若手の将達はこのやり口に怒りを露わにしていた。

 

レパン

『何と惨たらしい事を…‼︎

 

当人達は罰せられて当然とは思いますが罪なき子供や赤子まで手に掛けるとは…‼︎

 

聖女様を信奉する第一人者と聞いて呆れる‼︎』

 

アルベルト

『確かに此度はやり過ぎだ。

 

だが、これは必要な事だよレパン。

 

遅かれ早かれこう言う連中は粛清されていたし、これが出来る人間は今はあのお方しか居ない。

 

信義だけで国は成り立たないんだよ。』

 

レパン

『じゃあ、貴方はカルカソンヌ卿の肩を持つのね‼︎

 

国の為なら赤子殺しも赦されると‼︎』

 

アルベルト

『命に幼いだの何だので価値が付与される事は無い。

 

帝国の分断こそ遥かに命が無駄になりかねないんだよ。』

 

レパン

『ッ‼︎‼︎』

 

レパンは完全に怒りに満ちた顔で部屋を出ていった、ぶっきらぼうに扉を閉めて…。

 

アルベルト

『あっ、おいレパン‼︎

 

~〜〜…。』

 

カムイはこのやりとりをただ見守っていた。

 

だがレパンが部屋を出て暫くして口を開いた。

 

カムイ

『恐らく、カルカソンヌ卿に直訴しに行ったな。』

 

アルベルト

『相手になりますか?』

 

カムイ

『ならぬよ。

 

一切の私情を挟まぬ男だから何を言っても正論で、それも他者に一切理解されず、より感情的にさせる事、疑いようのないくらい完璧な正論で返されるが落ちだ。

 

刀剣沙汰にならぬ前に我らも抑えとして向かおう。』

 

アルベルト

『はい。』

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レパン

『確かに彼らの親は許し難い反逆行為をした事は事実です、ですがその子らには何ら罪が無いではありませんか‼︎』

 

ジャン

『確かに罪はないかもしれません。

 

だが後々起こす可能性は高い。

 

逆恨みした近親者や家臣領民が叛逆の意思を植え付けるかもしれません。

 

この際はそう言った連中の方が何倍も厄介ですよ。

 

まず第一にその数を把握する事はできぬ、不特定多数という言葉がピッタリな位にね。

 

次に、ある意味同じ理由だが、検挙しきれません。

 

これら全員を検挙するだけの人員も施設も無い、そしてそれによって起こる弊害も想像出来ません。

 

ならば完全に遺恨を残さぬ、作らぬようにこれらを完全に排除し、その上で功績を立て、従順な者にその領地を与え、少しずつ密告なり自力で裁かせた方が何倍も負担も軽く、帝国に対しての忠誠を誓う事がどれだけ自身のためになるかを改めて顕現する方が為になるでしょう。』

 

レパン

『ならば大司教殿は、論功行賞で与える領地を確保する為にここまでの事をしたと言うのだな‼︎』

 

ジャン

『どう捉えられようと結構です。

 

レパン、卿もブレトニア王国、ひいてはアルトドルフ帝国の貴族、それも公爵なら帝国の為に何が良いか、功績を上げた家臣を如何に労うか、そして何が最も効率的かよく考える事ですな。』

 

レパンはこの言葉で怒髪天となった。

 

レパンは軍服、ロングスカート、ヒール姿のままであるにも関わらず剣を引き抜いた。

 

それを見たジャンも坊主装束のどこに隠し持っていたのか拳銃を引き抜いて構えていた。

 

然も完全に撃鉄を起こし、狙いもつけていた。

 

その時、ジャンの執務室の扉が開き、カムイとアルベルト、そしてブレトニア式、ライクランド式様々な形の鎧だが皆金色に染められた鎧を身につけた騎士数名が入ってきた。

 

カムイ

『双方待て!

 

カルカソンヌ公、リヨネース公。

 

帝都、ましてや宮廷内で殿中に及ぶは不忠の極みなるぞ‼︎

 

皇帝陛下、並びに国王陛下の定めし法に対しその様な態度を取るならば、国王陛下より賜りし特権を行使し、両名を牢に繋ぐ事も厭わぬぞ!』

 

そう言った瞬間、金色の鎧をつけた者たち、ブレトニア王国国王近衛騎士団、獅子心騎士団(通称キングス・ガード)の団員たちが同時に抜刀した。

 

カムイ

『但し双方、直ちに武器を納め、この場を抑えるなら今回の事は不問とする。

 

レパン、其方の意見は最もだ。

 

とても真っ直ぐだ、師として嬉しく思う。

 

だが国はそう単純ではない、そして今は戦争だ、それを忘れるな。

 

我らは決闘をしているのではない。

 

カルカソンヌ卿、卿の意見もまた最もだ。

 

寧ろ帝国のためになる事は遅かれ早かれ万人が理解するところだろう。

 

だが卿はあまりにも情けが無い、それどころか感情を逆撫でしすぎているな、若い者たちはそれだけでは理解せぬよ。

 

皆、卿程賢く無いのだ。』

 

双方武器を納めた。

 

レパンが退出しようとすると、

 

カムイ

『今すぐに謝罪せよとは言わぬ、だが頭を冷やし、その上でカルカソンヌ卿には謝罪せよ、先に抜いたのは其方だ。』

 

レパンは無言で退室していった。

 

カムイは頭を掻きながらジャンについていてやれと合図するとジャンはレパンの後を追った。

 

その後、キングス・ガードの団員達を労うと解散させた。

 

結果この部屋には部屋の主であるジャンとカムイのみが残った。

 

カムイ

『レパンは真っ直ぐだ。

 

ブレトニアの若い連中、いや帝国の若い連中達の中でもずば抜けだな。

 

騎士としてはアレで正しいのだろう。』

 

ジャン

『卿は何が言いたいのか私には分からぬぞ?』

 

カムイ

『私はな、ジャン。

 

先も言った通り人は正論では動かぬ。

 

感情を優先する生き物なんだって事を留意して貰いたいだけさ。

 

確かに卿のお陰でこう言った連中が軽挙に出る事は当面無かろう、だが遂に卿はライクランドだけで無く、ブレトニアの貴族達をも敵に回した。

 

卿は正に国王陛下より委任された権限で仕事をしているが、やがて国王を誑かしている奸臣と思われ、そしてゆくゆくは国王陛下そのものへの不満と怨みに繋がる。』

 

ジャン

『私の行いに対して怨みを持つのは勝手だが、確かに卿の言う通りだな。

 

なら卿ならどうしていた?』

 

カムイ

『ム、そうだな。

 

取り急ぎ兵権だけ確保出来ればこの際良いからな、拘束するだけ拘束して、国王陛下なり皇帝陛下なりに御裁可を頂くだろうな。

 

尤も国王陛下なら処断せよと言うだろうし、皇帝陛下なら財産も地位も全て返す、いやそこまで寛大には流石になれぬだろうから、これは没収するがその代わり助命せよと申されるだろう。』

 

ジャン

『私には、皇帝陛下の裁可が未熟に思えるな。』

 

カムイ

『私は国王陛下の裁可が未熟に思える…いや違うな。

 

2人とも未熟さ、何せ2人とも我らの半分しか生きちゃいない。

 

未熟な君主さ、2人とも、そして俺達も。』

 

ジャン

『フッ。』

 

ジャンは鼻で笑うと、息を吐いた。

 

ジャン

『カムイ、助かった礼を言う。』

 

カムイ

『礼なら今日の夜の九時、空けておけよ?

 

久し振りに飲もうや、アイアンロックとオリオンを偲んでな。』

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帝宮内で悶着があったその頃、マリエンブルク公カタリナとカムイの弟シリュウ、そしてカタリナの夫であるフーセネガー将軍がここ数日の戦闘での違和感について話し合っていた。

 

カタリナ

『どうも、妙なのよ。

 

ここ最近の敵軍の戦い方が余りにも場当たりというか、無駄が多いと言うか。』

 

フーセネガー

『選帝侯はおろか、その子息達も戦場に出ない。

 

代理指揮官を立てて無駄に兵の命を散らす戦い方をしているな。

 

尤もこっちもその迎撃の為に戦ってるが、連中が無理くり乱戦に持ち込むものだからこちらの犠牲も凄まじい。』

 

シリュウ

『我が軍の疲弊も凄まじい、ここ数日で物資の損耗もねずみ算式に増えています。

 

特に武器弾薬が。』

 

カタリナ

『両軍の疲弊を誘うかの如く戦っている。

 

これではどっちが勝っても国としては致命症、まるで帝国そのものの存続なんて考えていないと言う態度ね。』

 

3人は唸りながら、味方の帳簿に目を通した。

 

敵の妙な戦い方に付き合う必要がないが、そもそも帝都やミドンランドを始めとした帝国領中央を分断するように流れる大運河を挟んで長大な戦線を構築し、対岸に渡るための幾つかの大橋や浅瀬を舞台に戦闘を行うと言う限定的な環境故に回避する手段が無く、自然と白兵戦の体を成してしまうからだった。

 

カタリナ

『ボリス・ドートブリンガーの言を何度か聞いた事があるけど、その度に思う事があったの。

 

奴は帝国そのものでは無く、何か目的があってこの蛮行に及んでいるのでは無いかって。』

 

シリュウ

『目的が帝国簒奪では無いと?』

 

カタリナ

『あくまで仮定の話で話させて貰うけど。

 

奴のガレマール帝国の傀儡政権の時と言い、今回の戦争といい、帝国が疲弊する事を大前提に行動していたように感じるの。

 

もし彼が時期を見て我が帝国を簒奪し、玉座に座ろうと思ったならその時のために力が振るえなくなるような事態にはしない筈だし、抵抗勢力が出た時に長期化しないためだったとしても、彼が選帝諸侯をほとんど味方につけている以上、その必要なんて全く無い筈、圧倒的な力で一方的に制圧できる筈だもの。』

 

フーセネガー

『帝国そのものには興味が無い…。

 

じゃあ奴はここで何をしようとしているのだ?

 

帝国をメチャクチャにしてなんの益が有るのだ?』

 

カタリナ

『それは…分からないけど。

 

でもタジムニウス王の事も有るし、未だ私達は奴の手のひらから脱せていないと言う事だけは確かね。

 

帝国を…そう、疲弊させる事で何かが達せられる。

 

帝国全土を血に染めなければならない理由…一体なんなのかしら?』

 

もし彼らの手に、コーデリアとその父が手に入れた件の吸血鬼教の書物が有ったなら、そしてそれを解読する方法を知っていたなら、歴史は大きく変わったかもしれない。

 

彼らはこの戦争の裏に隠された真実の扉に近づけた今この時を生きる唯一の生者だったのだ。

 

無理もない誰もそもそもの原因を考える暇など無いのだ。

 

だがそのような事を言っても詮無い事である。

 

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その頃…

 

ドラッケンホフ城ではタジムニウスがクーロンヌの剣を見つめていた。

 

刀身からは赤い魔力のオーラが出てまるで赤く光る剣となっていた。

 

かつて存在した聖杯騎士達は皆、金色の光を剣に纏わせていたと言うがタジムニウスはその金色の輝きを失い、この赤色になってしまった。

 

赤く…まさに血のような赤であった…。

 

そして彼は部屋の隅を見た。

 

そこには机があり、その上には完全に刀身が砕けた聖大剣ライオンハートが置いてあった。

 

かの怪物が大剣から離れた後、ライオンハートは人知れずバラバラになっていたと云う。

 

従軍した鍛治士達はこの大剣を見て皆同じ結論を出した。

 

現時点では修復不可能と。

 

そもそも如何に作り上げたかも分からない上に完全に剣としては存在する事が出来ないほど損耗していたのだ。

 

もはや、やる事と言ったら、これを溶かして新たな剣にするしか無いという。

 

ドワーフ族ならなんとか治せるかも知れないと思うがそれでも以前のようには行かないだろうと言う者が居たが、帝国建国以来の聖遺物と言っても過言でもなかった物がいつからか、そして如何にしたのか敵の呪術に汚され、あろう事か災いまで引き起こした。

 

もはや誰一人その剣に触ろうとしなかった。

 

更に使い手たるタジムニウスの精神的な傷が大きい。

 

アレから二、三日経ったが未だ自らが殺めて者たちの悲鳴や感触が離れなかった。

 

だが彼にはそれと向き合う時間は無い。

 

事態は進んでいる。

 

贖罪も逃避も全て後回しだ。

 

タジムニウスはクーロンヌの剣をしまうと呼び鈴を鳴らした。

 

従卒が入ってくると、ナイトハルトとコーデリアを呼ぶように伝えた。

 

直ぐに二人は来た。

 

二人は深々と頭を下げ、タジムニウスは病床から二人に近くの椅子に腰掛けるよう促した。

 

ナイトハルト

『閣下、御加減は?』

 

タジムニウス

『腹立たしい事に元気でな。

 

だが亡者に取り憑かれてしまったようだ。

 

自業自得だがな。』

 

コーデリア

『まさかあの様なことになるとは…聖遺物が、よもや敵の呪術媒体と化すなど!』

 

ナイトハルト

『然し、敵とは何でしょうか?

 

緑の騎士様は敵の術と申しましたが…ドートブリンガー公でしょうか?

 

それとも吸血鬼教でしょうか?』

 

コーデリア

『後者とは思いますが、門外不出のかの大剣に如何にして呪術を掛けたのでしょう?

 

かの大剣はこの戦いに至るまで封印されていた物。

 

ハッキリ言って不可能です、それこそ最初から呪術を掛けてあったのでなければ。』

 

タジムニウス

『兎も角…もはや詮無いことだ、かの魔術書は解読が出来ない、手掛かりなりそうな吸血鬼教徒の文献は悉く灰だ。

 

…本題に入ろう、諸君らはキスレフに向かう女帝陛下を護衛して貰いたい。

 

最小限の護衛しか許されなかったが、量よりも質だ。

 

二人が適任なんだ。』

 

コーデリア

『畏まりました。

 

キスレフには我々シグマー正教会の支援者がおります。

 

もしもの時は頼れるかと。』

 

ナイトハルト

『命に変えましても女帝陛下のお命をお守り致します。』

 

タジムニウス

『ナイトハルト卿、君にはもう一つ頼みたい事がある。

 

君が不在の間、兵を貸して貰いたい。

 

スタールランド、アヴァーランド、この二つの公爵領を完全に掌握したい。

 

バットランドからソルランドまでの軍勢の進軍路になった箇所は凄まじい被害を被ったそうなのだが、この際確保してしまいたい。

 

治安維持が主目的なので五千ずつ派遣したい。

 

将軍の人選は君に委ねる。』

 

ナイトハルト

『直ぐに手配を。』

 

タジムニウス

『敵が今更これら領地の確保に出たと報告は無いが、いつ取り戻しに来るか分からないからな。

 

正直これ以上は帝国領の維持は人的の問題で難しい。

 

キスレフとの外交次第だが…不利は承知の上で一大決戦に挑まざるを得ないだろう。』

 

二人は沈黙した。

 

自分達は確実に勝利を積み重ねている。

 

だがそれは戦略面での不利を抱え込む行為でもあったのだ。

 

タジムニウス

『道中レマーと一万の兵を随行させる。

 

オスターマーク公爵領確保のためにな。あそこはキスレフの玄関口だからな。』

 

コーデリア

『して、元帥殿は如何なさるのです?』

 

タジムニウスは少し黙ってしまったがゆっくり口を開いた。

 

タジムニウス

『ハーフランドの民主革命勢力を撃破しに行く。』

 

コーデリア

『ほ、本当に行かれるのですか?』

 

タジムニウス

『誰かがやらなければならないんだ。

 

それに連中が勢いづいてスタールランドやアヴァーランドに根付かれる方が厄介だ。』

 

尤も今の俺についてきてくれる兵士が居るかどうかだがと言い掛けたがタジムニウスはそこは口を噤んだ。

 

勿論一人では行かず、ディーターを連れて行く事にした。

 

オットーがこのバットランド(占領時に新たに地名が改められ、ズィルバニアとなる)の治安維持の為動けないので動かせる兵も二万が良いとこであった。

 

二万…これだけ見れば圧倒的に兵が足らないが、そもそもハーフランドの実情は多少なりの武装と訓練を施した民兵が二万、残りは同調したハーフランドの住人十数万で有り、彼らは更に武器もお粗末、そもそも武装すらしていないかも知れないので実質は同数、然も質の面では何倍も凌駕していた。

 

尤もタジムニウスは当初一万五千程で出陣しようとしていたが流石にそれは危険が大きいとしてオットーが五千の兵をつけてくれたのだ。

 

正直二人はまだタジムニウスには戦場に出てもらいたく無かった。

 

あの惨劇の後という事もあったが、彼を恨む兵達は大勢いる筈だ、もはやこれはしょうがない事だが、今の帝国には彼が必要だと理解出来るのはそれなりの立場に着く人間しか居ない。

 

それ以外の者達は理屈ではなく感情で動くだろう。

 

そしてその先は…。

 

兎も角、少なくともほとぼりが冷めるまでは大人しくして貰いたかったのだ。

 

だが彼自身が行くと言った以上止める事は出来ない、彼を止められるのは女帝セレーネしか居らず、そしてセレーネもまた彼の出征を認めたのだ。

 

タジムニウスは二人に退出して良しと合図すると二人は頭を下げそのまま退出した。

 

翌朝、ドラッケンホフ城より二つの集団が出ていった。

 

一つは女帝セレーネのキスレヴへの交渉団兼オスターマーク制圧軍である。

 

そして一つはレオンクール元帥麾下二万のハーフランド征伐軍である。

 

女帝セレーネが城より出て来た時は兵達は歓呼の声を上げたが、タジムニウスが出て来た時は静まり返った。

 

無理もない、まさかもう復帰するとは思われなかっただろうし、あの惨劇の後だ。

 

近衛兵達が鬨の声すら上げない兵達を威圧しようと武器を構えようとしたが、タジムニウスは制止した。

 

だがいざ戦場で指示を聞かなかったり、反抗されては厄介なので、ディーターは仲間のウィッチハンター達を四十名参加させ、この連中は反抗的な態度を取った兵や将校を最悪の場合裁判なしに処刑する事の出来る特殊な憲兵として存在させる事を女帝に懇願していた。

 

女帝セレーネはこれを赦し、タジムニウスは渋面をしたが、今必要なのは恐怖を以てしてでも権力を確立させる事だったのだ。

 

タジムニウスは城門の前でセレーネの前に跪き、必ずや叛徒を壊滅させると誓いを立てた。

 

セレーネは大神シグマーと泉の女神の加護が有るようにと元帥を祈った。

______________________

さてこの連中(ハーフランド征伐軍)の道中は実に殺伐とした物だった。

 

誰もが無言であった。

 

兵が将を信じず、総大将は兵を信じたくとも自らの過ち故に犯した罪で信じて貰えるわけがないと諦めており、そして将達は正に二分である。

 

総大将を信じる者、信じない者。

 

こんな状況でよく戦が出来るものである。

 

もしこれがボリス・ドートブリンガーとの決戦やもしガレマール帝国が現在で、皇帝ヴァリス・ゾス・ガルヴァスとの戦にでもなっていたら、圧倒的大惨敗の憂き目に遭っていた事は疑いようが無い。

 

だが幸いにも質は圧倒的格下、量も…実質的な数は同数の身の程を弁えぬ下賤の民である。

 

負ける方が難しい。

 

だが完封とはいかない。

 

そもそもハーフランドには城塞都市ムートの他にももう一つ砦がある。

 

この砦の名を『トゥックの砦』という。

 

それはかつてこの地に住むホビット(ララフェル族の事)の中で初めて爵位を持ったトゥック将軍を讃えて、そして自身も設計に携わった歴史的な建造物であり、小型ながら、一万の兵員の収容能力、地下に張り巡らされた各水道網に備蓄倉庫群によって見かけ以上の時間を持ち堪える事が出来る傑作であった。

 

そして更に砦の周りには塹壕が張り巡らされており、コレらもこの砦を堅牢にした要因である。

 

反乱軍がこの砦を使わない理由はない。

 

そしてコレはタジムニウス達の進行方向に建てられている。

 

つまりほぼ確実にこの要塞と戦わねばならなかった。

 

タジムニウス

『落とせるだろう。

 

それは間違いない、だが塹壕を無力化するだけでも大分時間を食うな。

 

兵も消耗が激しくなるだろう。』

 

ディーター

『物見の報告ですと、砦に一万、塹壕に一万。

 

内訳は其々に教育と武装が施された傭兵混成の兵一万が五千ずつに別れ、残り一万の雑多な武器で武装した民衆が同じように分かれています。』

 

タジムニウス

『あの砦の事は出立前にタナトス卿から聞いてはいたが…何とかこちらの犠牲を最小限にしないとな。

 

我々には多数の暴徒を抱えたムート攻略も控えている。』

 

兎に角諸将全員で唸りあっても良い手が出るはずも無い。

 

その場の軍議は解散した。

 

ディーター

『陛下、具申したき事がございます。』

(ディーターはタジムニウスの軍師として主従の誓いを立てたので彼を王陛下と呼ぶのは正しい)

 

タジムニウス

『我らが軍師の一計を聞こう。』

 

ディーター

『一計と言う程では有りません。

 

敵の砦に使者を送りたいのです。

 

私が思いますに、彼らは指導者としてジョン・モーガンを置いておりますが、その下に立つ中級指揮官の成り手がおらぬ筈、居たとしても。』

 

タジムニウス

『その妹。

 

あの血気盛んな女が砦の指揮官である可能性が高い。

 

そして俺達はあの女をこっ酷くコケにした…読めたぞ。

 

性格悪いなぁ〜、コレは余計恨み買うなぁ。』

 

ディーター

『敵の恨み辛みなど知ったこっちゃ御座いませぬ。

 

我が全軍が楽に勝つためにございます、まぁ仮にかのお嬢さんじゃなかったら無かったらで策を考えるだけですが。』

 

タジムニウス

『取り敢えず俺の仕事は文書を書く事だな。』

 

ディーター

『左様、二通御用意して頂きたい。

 

一つは男性向け、もう一つは女性用に、そして出来れば逆撫でするような文章でお願いします。』

 

タジムニウスは男女四人の小姓を呼び寄せた。

 

タジムニウス

『これから人の感情を逆撫でする文章を書く。

男性女性別に書くから君達の率直にどう思ったか教えてくれ、卿ら四人の怒りを買えればこの文章は完成する。』

 

何とも風変わりな事をしているが、少なくともタジムニウスは本気だった。

 

小一時間程で書き終え、四名は解放された。

 

これは余談だが、この四名は戦乱終結と同時に家に帰ったが、家族にこの出来事を話したところ、そんな冗談みたいな事が有るかと中々信じて貰えなかったと云う…。

 

翌日、1人の騎士が使者として立てられた。

 

その使者は王と軍師に詰め寄られていた。

 

タジムニウス

『良いか、君。

 

間違えるなよ…青い方のリボンが総大将が男だった時の手紙だぞ、赤い方のリボンが女だった時に渡す手紙だからな?』

 

ディーター

『くれぐれもお間違い無きようお願いしますよ?』

 

謎の圧を喰らいながら騎士は1人トゥックの砦に向かった。

 

流石に反乱軍であろうと使者を死者にする事がこの上なく不名誉で有る事は知っていたらしくこの騎士は通された。

 

総大将にのみ手渡す様にと言われていると一点張りを決め込み、待たされると出て来たのは1人の女だった。

 

褐色のアウラ族の女、ジョン・モーガンの妹、カレン・モーガンで間違いなかった。

 

使者はそんな事は知らんが、どうやらこの砦の責任者という事は理解した。

 

そして彼はちゃんと赤色のリボンがされた手紙を渡した。

 

内容を掻い摘むとこうだ。

 

(諸君らは雑多な小火器やら農具やら古ぼけた剣や槍で武装した暴徒にすぎない。

 

その付け焼き刃の訓練は如何程も役に立たない。

 

このまま戦えば、そしてこの後も戦えば、君たちの行く末は男は悉く殺されるか奴隷に身を落とし、女子供はまず我らに犯され、その後は娼館に安値で売り払われ、股を開き、腰を振るだけの一生が待ち構えてるだけだろう。

 

だが今降伏すればそうならずに済む。

 

所詮信条など生きるための方便なのだから捨てた所で誰も文句など言わん。)

 

と言った内容だ。

 

特に女子供の末路を徹底的に事細やかに書き示した物だからおそらくこれは決定事項なのだろう。

 

ともかく破廉恥極まりない文章であった。

 

カレンは激昂した。

 

カレン

『よくもこんな紙切れを寄越してくれたね‼︎

 

あんたらの王にこう伝えな、アタシの股はお前のそのチンケなナニを入れる程安く無いってな‼︎‼︎』

 

使者は追い出され、タジムニウスの元に帰って来た。

 

そっくりそのまま様子を伝えるとタジムニウスとディーターは肩を震わせ、少しずつ笑みが溢れ、最後は関が切れた様に大笑いし出した、そしてそれぞれのグラスにワインを注ぎ、使者にも注いでやると、乾杯し出した。

 

全く訳の分からない使者はポカンとしていた。

 

更に追い討ちをかける様に褒美の金だ、ワインだ、軍馬だと、手渡され、こんな簡単な仕事でどうしてこんなに褒美が貰えるのか全く訳の分からない使者はそのまま帰っていた。

 

さて大笑いして上機嫌の2人で有る。

 

上機嫌な理由はこれで策が半分成功したのだ。

 

カレンは激昂した、それはもう理性など残り様が無いくらいに。

 

あと一押し、おちょくってやれば良いのだ。

 

それで全て上手く行くのだ

 

更に翌日。

 

遂にタジムニウスの軍勢はトゥックの砦に到達した。

 

さて散々馬鹿にされた反乱軍は砦とその塹壕に防備を固めた上で待ち構え、タジムニウス達が見えたや否や鬨の声を上げた。

 

だが次の瞬間、彼らは驚くべき光景を目にしたのだ。

 

何と敵軍は自分たちを無視して進軍を始めたのだ。

 

全く見向きもしなかった。

 

挙句総大将のカレンが見たのは、鎧では無く軍服姿のまま指揮を取るタジムニウスだった。

 

タジムニウスもカレンの存在に気がついたが、一瞥するだけですぐにそっぽを向いていた。

 

互いに全く砲火を交わすことなく、ブレトニア軍はそのまま通過して行った。

______________________

同日昼頃…

 

カレンはワナワナと身を震わせていた。

 

カレン

『侮りやがって…どこまでアタシをコケにすれば気が済むんだ!』

 

カレンは立ち上がった。

 

カレン

『野郎ども、出るよ‼︎

 

今みんなで出れば夕刻には追いつく、敵は野営しなきゃ行けない以上この先の平地で止まるはず、相手が油断しきっているうちに叩けば勝機はある‼︎』

 

カレンも、そして首謀者にして兄のジョンも、軍事の知識なんて持ち合わせてはいないが言っていることは的を射ていた。

 

雇われの傭兵隊長達も同意し、砦の兵力二万は慣れない追撃を始めた。

 

が…………。

 

夕刻になり、やっと追いついた彼らの眼前に広がっていたのは完全に陣を整え、待ち構えていた敵の姿だった。

 

そして最前列の銃口と銃剣を並べた歩兵の横隊の丁度中心に軍服姿のまま馬を立てた王がいた。

 

タジムニウス

『小娘にやられる程、我らブレトニアの軍法は甘くはない。

 

我らこそ帝国の力そのもの、刃向かった愚かさを身を以て知るが良い‼︎‼︎』

 

タジムニウスが三角帽を脱ぎ、そのままカレン達に向けると同時に長銃と野砲が一斉に火を吹いた。

 

圧倒的な実力と装備の質の前に二万の追撃軍は為す術無く撃破され、この戦いはどの歴史書にも共通してムートの虐殺として書かれる一方的な戦いとなった。

 

カレンは僅かな仲間を連れ、敗走。

 

それ以外はほぼ討ち取られたという。

 

後に恐るべしと謳われるタジムニウス・レオンクール王とその軍師ディーター・バルツァーの統率力と心理を読む冷静さと知略はこの後も大いに振るわれるが最も有名な話の一つとしてこの戦いは記録されることだろう。

 

タジムニウス

『バルツァー卿、卿は戦士で有る以上に軍師で有るな、見事だ。

 

私が彼女でも勝てなかったろう。』

 

ディーター

『陛下、此度の策はやはり常道を逸した物、これを為すためには知略と同時に兵を統率する力が必要なのです。

 

陛下はかの惨劇によって確かに将兵の信望を失ったやも知れません、されどこの策をするに当たり、兵達が混乱し、その上もし敵が我らが行軍する間に襲い掛かって来たら全て破綻しておりました。

 

だが、そうならなかったのは陛下が仁の心を持って兵達に接したからです。砦の前を行軍する時、陛下は兵達よりも砦側に馬を立てておりました、そして開戦の折は兵達と共に最前列におられ、戦が終わるその時まで、馬から降りず、最前列で自ら小銃を撃ち、身を晒しました。』

 

そうディーターが話すと同時に尊奉の眼差しを向ける将兵達が集まってきていた。

 

ディーター

『だからこそ、兵達は皆貴方についてくるのです。

 

我らが従うべきは高貴なる魂を持つ王道たる者。

 

タジムニウス王万歳‼︎‼︎』

 

ディーターは剣を引き抜いて天に掲げ叫んだ。

 

するとその後から将兵達も剣や槍、そして銃を持った手を空に突き上げ次々と万歳を叫んだ。

 

ブレトニア軍将兵

『タジムニウス王陛下万歳‼︎レオンクール王朝万歳‼︎‼︎』

 

ライクランド軍将兵

『女帝陛下万歳‼︎レオンクール元帥万歳‼︎‼︎』

 

同じ国の、しかも雑多な武器しか持たない哀れな暴徒を討ち倒しただけなのにまるで異国の軍を退けたか、国そのものを征服したかの様な熱狂だった。

 

タジムニウスは三角帽を脱ぎ、脱帽の姿勢を兵達に示し、手を振り、握手を交わした。

 

だがこれでもタジムニウスは足らぬと思っていた。

 

まだ多くの兵たちを手に掛けた償いはしなければならない。

 

そしてまだ戦いは終わってないのだ。

 

それと同時に、今こうして自身を支えてくれたディーターの存在、そして今は兵や民の治療の為離れている愛すべきキアラの存在、主君、家臣、領民、そして自分を案じて異国の地まで飛んできた暁の盟友達。

 

彼らの存在がどれだけありがたい事なのかを今1人で噛み締めていた。

 

タジムニウス

(俺は、俺は必ず皆に胸を張れる王になる…!

 

女帝陛下を支え、皆の模範たる騎士になってこの国を、そして世界に安寧をもたらし、麒麟を…多くの戦士達が夢見た平和の象徴、麒麟を呼び寄せてみせる‼︎)

 

そう思った刹那、腰元が暖かいと感じたタジムニウスは腰に刺したまま抜かずにいたクーロンヌの剣を抜くと、赤く禍々しく魔力を纏っていた筈のものが、オレンジ色の魔力を纏って居たのだ。

 

それは暖かく、光を感じる物だった。

 

その光は正にタジムニウスの二面性を現すものになっていた。

 

だが、凶兆ではない。

 

夕暮れの如く暖かな光が剣に宿る。

 

これが悪意や怨念で有るはずがないのだから。

 

______________________

トゥック砦陥落の報は直ぐに帝国各地に伝わった。

 

ムートの反乱軍が壊滅しつつある事を帝国各地や他国に知り渡れば同様の事を起こそうとする輩は一旦は思い止まり、諸侯達は女帝派は決戦の為の準備を整えつつある事を理解し、そして他国とその為大勢の武装勢力、臨時政府はブレトニア・女帝派軍がアルトドルフ帝国南側の領土の支配を完全に固めつつあるのだと間者やの地に彼らが遣わしてくるであろう使者によって知る事になるだろう。

 

タジムニウスはほぼもぬけの殻となったトゥック砦に入城した。

 

僅かに残った残兵は降伏して、縄に囚われたが程なくして解放されたという。

 

翌日、再度進撃開始と決めたところで伝令が息を切らした馬で砦に転がり込んできた。

 

伝令は、カラク=エイト=ピークで、アイアンロック、オリオンが戦死した事、そしてカラク=エイト=ピークが再びドワーフの手に戻った事を伝えてきた。

 

凶事と吉事が同時に訪れた。

 

だが、あまりにも凶事が大き過ぎた。

 

タジムニウス

『全兵に…全兵にこの事を伝えよ。

 

2人がもたらしてくれた勝利を無駄にするなと。』

 

ディーター

『畏まりました陛下。』

 

ディーターはそう答え、タジムニウスの自室を出た。

 

タジムニウス

(父上の事を知る者達がまた居なくなってしまった…。

 

我らは1人で立つにはあまりにも未熟、失敗を師として我等を導いてくれる先達が居らねばならぬというのに…。)

 

タジムニウスは従卒を呼ぶと白ワインを持って来させた。

 

タジムニウスは白ワインを注ぐと自室の窓に向けてかけ流した。

 

それはまさに2人への弔いであった。 

______________________

 

その日の夜、ムートに闇夜に紛れ入場する者達が居た。

 

カレン達は何とかムートに逃げ帰ってきたのだ。

 

ムートの民や民兵達は恐れ慄くしか無かった。

 

二万もいた同胞が帰って来たのはわずか十数名、それ以外は悉く討死か捕縛など信じられる訳がなかった。

 

カレンは兄ジョンに敗戦を伝えるべく領主の館に向かった。

 

ジョンは苛ついた態度を必死に隠そうとしたが顔に現れ、これからの事を思案するがもはや頭に血が昇ってそれどころでは無かった。

 

ジョンはカレンを退室させると外を眺めた。

 

ジョンの見る先には敵が居る。

 

自分よりも遥かに強大な。

 

そしてその敵は決して自分達の存在を許しはしない、必ず皆殺しにされる。

 

そんな相手にどうやって立ち向かえというのか…。

 

城内の士気はまだ高い。

 

だが敵はこれら叛逆の徒を容赦無く焼き殺す事が出来る。

 

定石通り城壁で攻城戦をしようものなら城壁ごと吹き飛ばされるのがオチだ。

 

市内戦に持ち込めばまだ戦えるかも知れないが、手こずると分かれば敵は都市を攻撃するだろう。

 

彼らの敵は怒り狂った獅子、それは城を雨音だけがホールに木霊する廃墟にするまで止まらぬとされるレオンクールの王。

 

一人の野盗に化けて見せた王は神出鬼没、勝つ為なら汚泥すら啜る。

 

そんな人物が一番危険なのだ…。

 

ジョンはタジムニウスという人間を相手に戦う事を後悔し始めていたが同時にそんな怪物をもし明日討ち取れたらという一種の興奮も覚えていた。

 

______________________

翌朝、タジムニウスはパンに極太ソーセージを挟んだ一種のホットドッグの様な物を齧りながら馬を立てていた。

 

その一歩隣にヴァイオリンの弦を手直ししながら馬に跨るディーター、更に似た様に朝食を取ったり武器や私物を手入れする幕僚が続き、更に後ろから欠伸や目をこすりながら続く兵達が行進していた。

 

タジムニウス

『従卒君や、おかわり。』

 

従卒

『凄いですね、もう三個目ですよ?

 

カムイ卿からはよく食べるお方とは聞いていましたが。』

 

タジムニウス

『君も騎士になるのだろう?

 

ならコレぐらいは直ぐに食べれるよ私が保証する(モグモグ)。』

 

ディーター

『陛下、行軍中暇を持て余しましょう、畏れながら一曲奏でさせて下さい。』

 

タジムニウス

『おっ、そりゃあ良い。

 

皆、軍師殿が一曲我らに聞かせてくれるそうだぞ!』

 

将兵

『おお‼︎』

 

将兵

『軍師様ー!』

 

ディーターはゆっくりヴァイオリンを奏でる。

 

その曲は若き少年兵が父母兄弟姉妹に見送られながら村を出て、戦で武功を立て、故郷に戻ったが、家族は皆敵に焼かれた後だった、一人残された少年兵は戦功によって騎士に叙勲されたが在りし日の思い出と故郷を懐かしんだという曲である。

 

兵士

『故郷か…帰りてぇな。』

 

兵達は口々に帰りたいと溢し始めた。

 

そこにディーターは口を開く。

 

ディーター

『私もだ、隠れ里を出てまだ一月も経っていないがとても恋しい。

 

ふふ、コレでは皆簡単には死ねぬな。

 

我らは、いや俺達は何が何でも勝って、勝って故郷に帰るぞ‼︎‼︎』

 

将兵

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

鬨の声を上げた軍勢はまさに空気を震わせ、大地を揺り動かした。

 

タジムニウス

『見事だ、見事だよ。

 

故郷を懐かしむ彼らの心を掴んでその上火をつけるとは。』

 

ディーター

『この戦いも些か長うございます、兵達も家が恋しかろうと思いましてな。』

 

タジムニウス

『故郷か…。』

 

何処か遠くへ想いを馳せたタジムニウスの元に偵察兵が現れる。

 

ハーフランド首都ムートまでもう僅かであり、城壁には敵兵が配置されているのだと言う。

 

タジムニウス

『さて、敵が待ち構えているそうだが、問題は住人悉く我らに手向かうつもりかどうかだな。』

 

ディーター

『その通りです陛下。』

 

タジムニウス

『ディーター、もう一曲頼む。

 

曲は…。』

 

タジムニウスは曲を伝えた。

 

それはレオンクール家の恐ろしさを象徴する歌だった。

 

かつてリヨネース公爵領にある港町ムジヨンを領有するムジヨン伯は王国に叛旗を翻した。

 

周辺諸侯を味方につけたムジヨン伯は主人リヨネース公はおろか周辺の公爵すら易々と手が出せぬ程であった。

 

時の王は軍略、権謀術数に長けた人物であった。

 

王はムジヨン伯の軍を引き寄せ、敗走したように見せかけ、ムジヨンを攻囲、ムジヨン伯の目の前で領民を皆殺しにし、ムジヨンを完全に破壊し、そして城が崩れ、最も高い塔から妻と幼い子供達が身投げする様を見せつけた。

 

完全に意気消沈したムジヨン伯は碌に抵抗出来ず逆撃に出たブレトニア軍に一方的に殲滅され、生きながら焼かれたという。

 

残されたのは無数の屍が横たわる廃墟、ムジヨンの城のホールはただ雨粒のみが木霊していたという…。

 

そしてその様を王は歌にして諸外国に伝え、彼の治世が終わるその時まで誰一人として仇なすことは無かったという。

 

まさに呪われた歌をディーターは奏でた。

 

そして将兵達は理解した。

 

タジムニウス王はハーフランドの者達に容赦する気が無いのだと。

 

彼らが生き残るには自分達に勝つか、かれが許せばの話だが、降伏するかの二択である。

 

一度戦えばもはや死滅するまで手を緩めることはないだろうと。

 

タジムニウス

『全軍、これよりは行軍ではなく行進である!

 

軍歌を奏でよ、足並みを揃え、歌え‼︎

 

彼奴等は王国の、帝国の、皇帝の陛下の朝敵である‼︎‼︎』

 

朝靄の中からドラムの仰々しい音とラッパが吹き鳴らし二万の軍が姿を現す。

 

白色の鎧に黒いフード付きコートマントを羽織った王とその隣に武装した軍師、さらにその後ろをフルプレートアーマーかコート・オブ・プレートの鎧、或いは紺の上着と白いズボン、腰にサッシュを巻き、二角帽とマントを身につけた将軍達、そしてその後ろから地平線を埋め尽くさんと現れる兵士達、戦闘は青と赤或いは赤と白の軍服を着て、シャコー帽を被った銃兵達、その後ろから槍兵、剣兵、そして弓兵、そして黒光りした無数の砲であった。

 

その横を鎧に身を包みランスを抱える重騎兵と、胸甲のみ身につけた軍服姿の軽騎兵が守るといった編成である。

 

二万の軍は三方向より攻め掛からんとする構えだった。

 

タジムニウスは剣を天向けて掲げ、そして振り下ろした。

 

そして同時に全ての砲が一斉に火を噴いたのだ。

 

城方も撃ち返す。

 

だが物は良くても使う人間は付け焼き刃、有効弾を与える事が中々出来ない。

 

だがタジムニウス側もこのまま撃たれ続けるのは不味い。

 

そもそも城攻めをするには兵が足らぬのだ。

 

それを補うべく大量の火砲を持ち込んだが制圧するにはやはり不足であった。

 

だが何故タジムニウスは戦闘に踏み切ったのか…?

 

その頃、ディーターは伝令より手紙を受け取っていた。

 

そしてタジムニウスに見せた。

 

タジムニウスは頷くと手紙を従卒に渡した。

 

圧倒的な火力を前に遂にムートの城壁は幾つかの大穴を作り、崩れた。

 

城壁で戦うことはもはや不可能。

 

ジョンは城内に兵を退避させ城塞都市で市街戦に持ち込もうとした。

 

だがタジムニウスは兵を進ませなかった。

 

そして更に砲撃を取り止めさせたのだ。

 

反乱軍の面々は怪訝そうな顔で敵を見つめた。

 

ディーター

『王の命である。

 

各部隊所定の位置まで前進、その場で待機せよ。』

 

行進曲を奏でながら兵達が前進する。

 

都市で白兵戦になるか、いや彼らは都市と最初に彼らがいた位置との丁度境目まで前進して止まったのだ。

 

そして彼らの背後から土煙が上がっているのを気がついた。

 

そこには巨大な人型の影が潜んでいた。

 

タジムニウスはドラッケンホフ城からAK隊を徴収していたのだ。

 

通常の武装、マシンガンや専用の剣以外に火炎放射器や専用の砲撃装備に換装した物まで現れた。

 

これでタジムニウスの軍勢は火力、機動力は跳ね上がり、とりわけ火炎放射器を装備したAKはまさに地獄の使者である。

 

兵達の間に沿ってAKが小隊規模で整列し、次の命令を待った。

 

だが結局その日に命令が下ることは無く、全軍その場にて野営を命じられた。

 

本来こんな位置で野営しようものなら城壁砲や弓矢、銃撃の格好の餌食だが、既に城壁は役目を担わず、銃撃しようにも距離を詰めただけで全ての砲を一斉にまた火を吹かせてやると言わんばかりに発射体制のまま待機されていた。

 

これは無言で明日皆殺しにしてやるというサインでもあった。

 

その日の夜、両軍とも静かに夜が明けるのを待っていた。

 

領主の館では反乱軍の首謀者達が話し合っていた。

 

このまま戦って玉砕するか、降伏するか。

 

まさに二分であった。

 

思想のために死すべしと言う者、その思想の為にここの住人を巻き込めないので降伏すべしと言う者、綺麗に二者に別れたこの現状をジョンは静かに見守っていた。

 

彼自身はこのまま戦っても勝ちはない、だが降伏する訳にもいかないと考えていた。

 

彼が出した結論は、全ての住人を退避させた上で残存戦力悉く討死する決断であった。

 

双方の言い分が立つこの第三の案が出たところで首謀者たちの投票で決める事になった。

 

僅かな人間のみで閉鎖された空間で政治を決める時点で民主的とは言い難くなってしまったが、この際はどうでも良い事だ。

 

投票により、この第三の案が決定され、早速使者を建てようと思ったその時、喧騒が館を包んだ。

 

残った兵と民衆達が館を囲んで徹底抗戦を訴えてきたのだ。

 

この者らは歌った。

 

暴虐の雲(王)が光(彼らの理想)を覆い、

 

敵が嵐の如く荒れ狂いながら迫る、

 

ならば我ら今こそ怯まず進み、敵の鉄鎖を打ち砕かん。

 

大勢の人間が徹底抗戦すべしと訴えたのだ。

 

民主主義に則れば多数決、彼らの意思、この城の者達全員で戦うという意思を汲み取らない訳には行かない。

 

ジョンは内心複雑だったが、使者を送るのを取り止めた。

 

だが彼らの歌声はまさに地獄の鬼を呼び出してしまった。

 

彼らの歌声は敵にも聞こえていた。

 

そもそもタジムニウスの頭の中には徹底攻撃をする事は決定時効だったがその時はいつかは決めていなかった。

 

だが決めたのだ、今その時だと。

 

タジムニウスが手をムートに差し出す。

 

それを見たディーターが将校達に合図する。

 

その瞬間、将校は笛を吹き鳴らす。

 

それに合わせ、至る所で笛が吹き鳴らし、その音は反乱軍にも聞こえ、彼らは何事かと後ろを振り向いた。

 

そして敵の声は皆同じ事を叫んでいた。

 

『『着剣‼︎‼︎‼︎‼︎』』

 

銃兵達が銃剣をライフルに付け、他の兵達も抜刀した。

 

そしてそれが終わるや否や火砲と砲撃仕様のAKが一斉に火を噴いた。

 

城壁に更に穴をあけ、ロケット弾は市街地に降り注いだ。

 

民衆達の悲鳴と断末魔が街を包む。

 

焼かれる女、瓦礫で潰れる子供の悲鳴、四肢を切り裂かれる生娘、上半身が消滅した男、逃げ惑う群衆に踏み潰される老人…地獄絵図だ。

 

そしてその地獄に雄叫びをあげ得物を掲げ突撃する兵士達と銃撃しながら騎兵と並走する人の形を模した鉄の棺桶。

 

その中に混じる赤い肩をした鉄の棺桶が数騎、それは帝都を巡って戦ったアルトドルフ会戦に参加した最初期AKパイロットの生き残りの一部を示す専用カラーとして両肩を赤で塗装されたAKであった。

 

彼らの姿を見た兵達の士気と狂気は最高潮に達した。

 

そんな彼らが城内に至ると更に地獄は酷くなった。

 

逃げ惑う群衆は蜂の巣にされ、それらを守ろうとした兵らは切り伏せられ、まさに血を求めて戦う怪物に襲われているかのようだった。

 

鉄の棺桶は火を放ち、家に逃げ込んだ家族を容赦無く炙り殺す。

 

どうやら女子供だけの家だったようだ。

 

女と子供の悲鳴が飛び出た。

 

それを面白がる様に更に火を放つ。

 

何処もかしこも同じ様な有様になった。

 

彼らは選んだのだ、思想に殉じる事を、決して惨たらしく殺される結末ではない。

 

だが現実は非情だ。

 

彼らは何であろうと帝国の敵、朝敵となってしまったのだ。

 

燃え盛るムートを見つめながらタジムニウスはディーターに問うた。

 

タジムニウス

『私は、この先何を成そうと、暴虐の王として記録されるのだろうな。』

 

ディーターは少し間を置いたが、率直に応えた。

 

ディーター

『御意。』

 

タジムニウス

『なら、この言葉も記録させよ。

 

天下を私が裏切ろうとも、天下が私を裏切る事はない。』

 

何をしても天下は自分に転がり込んでくるといった傲慢な考え故か、それとも何をしてでも天下を掴むという決意の表れか、タジムニウスはただ燃え盛る城を見ていた。

 

そこに将校が声を掛ける。

 

将校

『陛下、二時間が立ちました。

 

全部隊に後退を命令します。』

 

タジムニウス

『うん、よしなに。』

 

将校

『全部隊に告ぐ、直ちに後退せよ、時間だ。

 

繰り返す、直ちに戦闘行動を中止、後退せよ。』

 

リンクパール通信が全軍に伝わり、兵達は後退した。

 

後退する兵をAKが銃撃と火炎放射器で掩護した。

 

そもそも追撃出来る者など居なかったが。

 

まさに悪夢の夜だった。

 

この二時間でムートの中に居た人間の半分が死傷した。

 

その内八割は死者だ。

 

彼らは徹底抗戦を叫んだところを一変、降伏を口にし出した。

 

無理も無い、アレだけの力を見せつけられたのだ。

 

だが徹底抗戦を口にした直後だ、赦しを得られる筈がない。

 

人々はある言葉を口にした。

 

『レオンクールは借りを返す』

 

これの意味はレオンクール家が恩義を決して忘れず、必ずそれに報いるという意味だが、裏の意味が存在する、むしろそちらの方が真であろう。

 

自らに逆らった者達を決して許さず。

 

その言葉を体現したのは正にムジヨンの反乱だろう。

 

彼の地の様に皆殺しにされ、街を更地に帰すつもりだと皆が思った。

 

さて生き残った反乱軍の首謀者達は正に進退極まっていた。

 

このまま降伏など…通る筈がない。

 

少なくとも首謀者のジョンの首は要求するだろう…。

 

だがそれを良しとしないなら残存兵纏めて決死の突撃を掛けるしかない。

 

だが巻き込んでしまった群衆は完全に絶望に叩き潰され、残った兵も僅か、およそ士気など保てる訳もない。

 

ジョンは自らを生贄にする事を決意したその時、物見の兵が血相を変えて、部屋に入ってきた。

 

なんと敵が使者を立ててきたのだ。

 

使者は30名のウィッチハンターと10機のAKに護られていた。

 

そして使者は何と軍師ディーター・バルツァーその人ではないか。

 

最高幹部に当たる人間を使者に立てるのは余程の事だ。

 

もはや復讐など思い起こせる程の余裕など兵や民衆には無いだろうが念の為、手出し無用を徹底させるとジョンは一行を屋敷に招いた。

 

ディーターは屋敷に入ってきた。

 

反乱軍の面々は御伽噺程度しかその知識は無いが、吸血鬼及び異教徒、妖異を狩る専門家である彼らが比類なき一級品の戦士達である事は皆が知っていた。

 

だからこそ、昨晩の意趣返しをしようと思っても、恐らくこの場で血祭りにあげられるのは逆に自分たちである事を理解していた。

 

カレンはディーターの顔を見るや憎悪を剥き出しにしたがディーターはどこ吹く風だ、寧ろ何処かでお会いしましたか?と言いたげな涼しい顔をしていた。

 

ジョンはディーターより手渡された手紙を読んだ。

 

読み終わるとジョンは手紙をカレンに手渡した。

 

カレン

『…兄貴とブレトニア王が決闘だと⁉︎』

 

首謀者達は驚愕した。

 

ウィッチハンター達も驚愕した。

 

ディーターだけは溜め息を吐いた。

 

話は二度遡る。

 

最初はドラッケンホフ城より出る前の事だった。

 

タジムニウスはセレーネに謁見していた。

 

セレーネ

『話とは何です?』

 

タジムニウス

『陛下、今も反乱軍の者達に寛大な処置を下させる意思は変わり有りませんか?』

 

セレーネ

『変わらぬ…とは言えますが、仮に寛大な処置を貴方に約束させるとして貴方はどの程度寛大になれます?』

 

タジムニウス

『陛下のお赦しを頂けるのであれば…領地を些か失う事になりますが…。ハーフランド一帯を自治区として与えたく存じます。

 

然し選帝諸侯の爵位は剥奪、バットランドを東西に再分割し、新たに一方を選帝諸侯に叙されてはと愚考いたします。』

 

流石にセレーネは領地を与えるとなると表情を険しくした。

 

幾ら彼女が聖人であっても無原則に慈悲を与える程お人好しではない。

 

タジムニウスは続けた。

 

タジムニウス

『勿論、無闇に与えて欲しいと申している訳ではありませぬし、私もその気はございません、実力もなく大魚を得られると思われても癪ですので。

 

先ずは彼奴等を徹底的に叩きます、反抗能力を完全に消滅させた上で彼奴等も納得させる条件を持って自治権こそ約束させますが事実上の属国として彼奴等の理想郷を造らしてやるだけです。

 

直接統治は出来ませぬが、帝国の領土が減る訳でもなければ彼の地は他の選帝諸侯に囲まれますので叛意を起こせば即刻潰されるのは愚か者にも理解出来ましょう。

 

それに我らは後を控えておりますので下手に人員や労力を割くのは得策では有りませぬ、更に各地に潜む民主主義者達の捌け口にもなります。

 

捌け口がある内は易々と軽挙には出ますまい、もし仮に出たとしても先程も申した通り、即刻軍を派遣出来ますし、それこそ一網打尽を狙えまする。』

 

セレーネは少し考えたが、同じシグマーの民が殺し合う事態を減らせるのであればとタジムニウスの意見を採用し、命令書を与え、お墨付きをしたのだ。

 

そして些か時が進み、夜襲後、翌朝になってタジムニウスは幕僚を全員集めるとその旨を伝えたのだ。

 

女帝が認めたのであれば口を挟む余地は無い、そして何より帝国の長い歴史を振り返ると正に民主主義者の反乱はイタチごっこの連続だった。

 

それに一つの区切りを打てるならと皆納得した。

 

だが問題は奴らを如何に納得させるかだった。

 

奴らを納得させる条件とは何なのか、アレだけ好き放題やったのだ、こちらがいくら甘言を言おうとも彼らは罠だと耳を貸さないだろうから、どうするのかと皆が疑問に思い、総大将に問いただした。

 

タジムニウス

『奴らの首領、ジョン・モーガンと私が決闘を行う。

 

私が勝てば、即座に反乱軍残存兵全員の武装解除と主要人物全員の自首を要求する。

 

だが向こうが私に勝てばハーフランド全域の自治権を与え、我らは兵を引き、外交的に何が起きようと敵対しない限り、一切手出ししない事を約束するという条件を出す。』

 

幕僚達は驚愕し、必死に止めた。

 

だがタジムニウスは続ける。

 

タジムニウス

『これは決して悪い話では無い、彼らが負けても自らの首を差し出せば、少なくとも将兵とハーフランドの住人達は死ななくて済む、勝てば、私に対して恨みも晴らせる、ハーフランドは手に入る、この国の民主主義者長年の夢も叶うなど一石三鳥だ。

 

彼らはこの賭けで一発逆転を狙うしか勝機はない。

 

必ず乗る。』

 

無駄に兵を損耗させる事は愚かなことだと彼らも分かっていた。

 

そして首謀者同士の決闘とあらば双方出された条件を遵守しなければ名誉が立たない。

 

戦争の早期決着の為、総大将が身を切ろうとしているのだ止めるのは野暮だ。

 

皆、タジムニウスの武運を祈った。

 

そして時は今に戻る。

 

カレン

『兄貴ダメだ‼︎

 

こんなの罠に決まってる‼︎

 

もし仮に勝てたとしても、帝国の属国としての自由だ、奴隷と変わらないじゃないか‼︎‼︎』

 

カレンは反対するが

 

ジョン

『仮にそうだったとしても、ここに住む連中はもう苦しまずに済む。

 

なら俺はこれを受けよう。』

 

カレン

『兄貴‼︎‼︎』

 

ジョン

『武器は指定してこなかったな、俺達が指定しても良いのか?』

 

ジョンはカレンの言葉に耳を貸さなかった。

 

ディーター

『陛下は好きにせよと、それくらいの自由は認めてやると仰せだ。』

 

ジョン

『なら、こう伝えろ、一文字一句間違えずにな。

 

『抜け、どっちが速いか勝負しろ』てな。』

 

ディーター

『得物は銃で良いのだな?』

 

ジョン

『それも拳銃だ、一丁だけ。

 

俺も片方は置いていく。』

 

ディーター

『結構、必ず伝えよう。』

 

ディーターは退出し、護衛と共に館を出ていった。

 

その頃ジョンを止めようとカレンが説得していた。

 

カレン

『兄貴、さっきも言ったがこれは罠だ!

 

連中は間違いなく兄貴を呼び寄せて殺す気だ‼︎』

 

ジョン

『俺はそうは思わねぇ、なんでかって?

 

連中には決闘を申し込む必要が無いからだ。

 

仮に罠だったとしてもやはりこんな手間をする必要が無い。

 

俺が殺されたとあれば、皆間違い無く遮二無二抵抗するだろう、普通に攻め落とすのと何も変わらない。

 

だが敢えて決闘を申し込んだ、間違いなく奴には裏が合って、そうしなければならない理由がある。

 

それに俺が勝てば良い話だ。

 

奴等の美徳、正義、名誉、騎士道に則れば決闘の結果を守る筈だ。

 

反故にすることは国王の名誉に泥を塗るのと同じだからな。』

 

カレン達は顔を見合わせたが、ジョンが行くと聞かなかったのでそのまま決闘に向かう流れとなった。

______________________

ムート郊外

 

ムートの平地に二人の男が立ち、二人の斜め後ろに幕僚達が控えた。

 

立会人は二人だ。

 

一人はディーター、もう一人はカレンだ。

 

双方が相手側の拳銃を調べる、不正が無いか、無いしはこの場で細工できないようにである。

 

双方のリボルバーは一切の細工がない、正々堂々の勝負に臨むに最適な物になっていた。

 

ディーター

『双方の武器に一切の不正なし、これより決闘を行う。

 

両者互いに十歩の距離で立て、互いが向き合ったのを確認したら立会人がカウントダウンする。』

 

カレン

『零をカウントした瞬間、双方銃を引き抜き、対戦者を撃ちな、どっちが早いかこの場で決めるんだ。』

 

ジョンはカウボーイそのままの格好だったが、タジムニウスは鎧を脱ぎ、軍服のコートを脱いで、シャツと蒼いベスト、そして白い長ズボンに黒い長靴だけになっていた。

 

ディーター

『では、カウントダウンを始める。

 

十…九…八…七…六…』

 

カレン

『五…四…三…二…一…』

 

決闘者双方の目つきが険しくなる…。

 

最後の一秒がとても長く感じた…。

 

カレン

『零‼︎』

 

双方同時に銃を抜く、どちらが速いか??

 

銃声は二つ、それは一つのように重なっていた。

 

銃声が空間に溶けて消えていく…。

 

双方構えたまま動かない。

 

先に動いたのはタジムニウスだ。

 

銃を地面に落とし、肩から流れる血を抑え、膝を屈する。

 

反乱軍は歓喜し、帝国軍の幕僚達は響めく、だがディーターは表情変えず、カレンは逆に恐怖と同様の表情を浮かべていた。

 

すると今度はジョンが倒れる。

 

腹部より出血し、瞼を閉じ、顔から血の気は引き始めていた。

 

カレン

『兄貴!』

 

勝負はタジムニウスの勝ち…とは言い難い。

 

意識を失って倒れたジョンも勝ったわけでは無いが手傷を負わせた。

 

タジムニウス

『相打ちになったか、いや、させて貰ったという方が正しいか。』

 

将軍

『陛下、直ぐに手当を。』

 

タジムニウス

『それより、奴を手当しろ。

 

死なせたら承知しないぞ。』

 

将軍

『敵将をですか??』

 

タジムニウス

『あいつが死んだらムートには死体と焼け跡しか残らなくなる。』

 

将軍

『はっ、衛生兵!』

 

衛生兵達がジョンに縋るカレンを退かそうとする。

 

カレン

『離せ‼︎

 

お前達に兄貴を渡すものか‼︎‼︎』

 

衛生兵

『死なせたくなかったら離れろ‼︎

 

治療の邪魔だ‼︎‼︎』

 

タジムニウスは搬送されるジョンと身柄を拘束されたカレンら反乱軍の首謀者達を見つめていた。

 

ディーター

『どうして貴方方お二人とも生きている…と不思議に思う輩もおるでしょうな。』

 

ディーターが声を掛ける。

 

タジムニウスはフンと鼻で笑うとこう答えた。

 

タジムニウス

『お互いが生きていなければ決闘の約束が不履行になると思ったからさ。

 

俺としては奴に生きて貰わないと残された反乱軍が自滅覚悟で抵抗するかも知れない。

 

死ぬと分かった彼らは悉く手榴弾を抱えて突っ込んでくるかもしれない。

 

民衆も同様にな、そんな真似を起こさせたく無いし、合いたくない。

 

奴としても同じだが、俺が殺された事でこの軍が復讐に駆られ皆殺しに走られれば防ぐことは出来ない。

 

互いどちらかの死はもう一方の死を意味していたのさ。

 

だから俺も、奴も致命傷は避けた。

 

そう思うしか無い。』

 

タジムニウスは肩に出来た貫通銃創を見てそう言った。

 

タジムニウス

(決闘の勝敗だけを見れば間違いなく俺の負けだ。

 

奴はその気になれば俺の心臓を射抜けた。

 

だが僅かに、そうほんの僅かに銃口を逸らしたんだ。

 

俺は脇腹を狙って致命傷を避けるつもりだったが明らかに奴の方が早く余裕があった。)

 

タジムニウスは無事な右手で銃を掴むとホルスターに戻し、ジョンの銃も拾い、それはディーターに渡した。

 

タジムニウス

『返してやれ。』

 

ディーター

『畏まりました、それより陛下、我らは勝者です。

 

入城致しませんと。』

 

タジムニウス

『ああ…。

 

竜騎兵隊とAK隊に制圧させろ、抵抗するなら射殺しても構わん。』

 

______________________

制圧されたムートは静まり返った。

 

もはや抵抗する気力無く、彼らは熱気より覚まされたのだ。

 

捕まり、晒された首謀者達が乗せられた車を民衆は哀れみと悲壮の目で見た。

 

他の残った兵達は街の幾つかある広場に集められ、全員が縄についた。

 

領主の館を占領したタジムニウスは直ちに残った反乱軍全将兵の罪を不問にする触れを出した。

 

これはセレーネから出された条件でもあった。

 

与えるのなら全て与えよ。

 

女帝の意思を完璧に遂行したのだ。

 

だが兵士たちは即釈放したが、首謀者達は一旦留め置かれた。

 

これからハーフランドは民主主義者達の拠り所として自治区となるが、それに合わせてルーンファングの返還、アルトドルフ帝国の属国として忠誠を誓う、この二つは必ず遵守して貰わねばならない。

 

彼らに第一に忠誠を誓うのは民主主義の思想では無くセレーネ・フォン・アルトドルフという一個人である事を宣誓させねばならないからだ。

 

民主主義からしてみれば一個人への忠誠など言語道断だが、拒否すれば自治区はない。

 

そしてそれを尤も守らねばならないジョンは今意識無く、病床にある。

 

首謀者達は一つの大部屋の牢に入れられ、話し合った。

 

牢にいられたとはいえ枷の類はされておらず、あくまで逃げ出さないようにというだけであった。

 

さて首謀者達は二つに分かれた。

 

属国という仮初の自由よりも思想に殉じて死のうと云う者と、細やかとはいえこれ以上の犠牲が出るよりはと帝国主導の自治区に賛成する者の二手である。

 

カレンはその中でただ一人黙っていた、もはや彼女にとって大事なのは兄の無事なのだ。

 

その頃タジムニウスは白魔道士の治療を受けていた。

 

傷口は塞がり、肩も腕も問題無く動かせるようになっていた。

 

そこにウィッチハンターの一人が入ってきて、中にいたディーターに耳打ちした。

 

ディーターは礼を言うと持ち場に戻るように指示を出した。

 

ディーター

『陛下…。

 

ムート中の武器庫に旧式とはいえ、銃火器や火砲。

 

古い槍や剣が大量に入っていたそうです。

 

合計すると明らかに人数分以上の数だそうです。

 

しかも幾つかの武器庫や民家に地下道や地下室があり、そこにも多数の火薬や武器が。』

 

タジムニウス

『ここに初めてきた時、不思議でしょうがなかった。

 

オンボロとはいえ大量の武器を一体どこで仕入れたんだと思ってね。

 

ムートの武器庫だけでは足りるまい、必ず何かあるはずだと。』

 

ディーター

『館の記録を見ましたが、ハーフランド公がそれだけの武器を購入した記録は有りませんでした。』

 

タジムニウス

『そもそも、ハーフランド公が武器を集めていたなら、新式の武器を揃えたはず。

 

奴らの装備を見たが、多国籍も良い具合の東西の武器が混じっていた。

 

とても統制が取れていたとは思えない、それこそ自前の武器はその類で無いにしても。』

 

ディーター

『兎も角、武器は全て処分、火薬も分散して我が軍の拠点か、廃棄を進めます。』

 

タジムニウス

『頼む。』

 

するとタジムニウスを治療していた白魔道士とは別の白魔道士が現れた。

 

白魔道士

『陛下、敵の首領が意識を取り戻しました。

 

お会いになりますか?』

 

タジムニウス

『会おう、聞きたい事がある。

 

それと奴の妹も呼んでやれ。』

 

白魔道士

『ハッ。』

 

______________________

病室

 

カレン

『兄貴!』

 

カレンはジョンに抱きついた。

 

ジョンは軽く笑みを浮かべ、妹を撫でてやった。

 

ジョン

『命拾いしたぜ…。』

 

タジムニウス

『感動の再会のところ悪いが、少し話をさせてくれ。』

 

声の方を向くと部屋の扉に寄りかかるタジムニウスが居た。

 

鎧姿にクーロンヌの剣を佩ていた。

 

と言うのも用心の為に武装してくれと彼の亡叔父(トロワヴィル)の騎士達が嘆願混じりで言うものだから彼は渋々身につけたのだが…。

 

カレンは兄を庇う様に立つ。

 

タジムニウス

『取って食いやしないし、夜這いしに来たわけじゃない。

 

軽く話をさせてくれ。』

 

ジョン

『カレン、退いてくれ。

 

大丈夫だ。』

 

カレンは退くと、タジムニウスはベットの直ぐそばにあった椅子に腰掛ける。

 

タジムニウス

『幾つか質問がある。

 

先ず一つ、何故弾を外した?

 

お前はその気になれば俺の脳天か心臓に風穴を開けられた筈だ。』

 

ジョン

『あんたが考えた通りだと思うぜ、いやあんたが俺を殺さなかったのと同じさ。』

 

タジムニウス

『フッ、お互い約束は必ず守る為なら何でもするタチの様だな。』

 

タジムニウスとジョンは軽く笑い合うとタジムニウスはまた一つ質問をした。

 

タジムニウス

『ジョン、お前達が使っていたのもそうだが、この街中にあるあのオンボロ骨董品(古武器)は何処から手に入れたんだ。

 

いくらガラクタ紛いといったって数が多過ぎる。

 

一体誰が用意したんだ。

 

勿論立場もある、黙秘権は用意しているつもりだ。

 

だがあれ程の事ができる奴はそうは居ない。

 

面倒の芽は摘みたいんだ。』

 

カレン

『兄貴どうする?』

 

ジョンは少し考えた後口を開く。

 

ジョン

『俺たちもなんて言っていいか分からない。

 

俺たちもここに来た時は僅かな手勢でしかなかった。

 

大勢の仲間やここの住人達は同調したが、肝心の武器は全く足らなかった。

 

蜂起なんて夢のまた夢だった。

 

ところが、ある日一人の男が現れた。

 

アルトドルフの戦が終わったばかりでこの先どうなるか分からないぐらいゴタゴタしてる最中だったってのにそいつはハーフランド公は二度と戻らず、命を落とすと予言してみせた。

 

その真偽はともかく、そいつは俺達に武器を提供すると言ってきた。

 

提供する条件はハーフランドで革命を起こす事。

 

元よりこっちはそのつもりだが、どうやって武器を運ぶのだと聞いたら奴は俺達を武器庫に誘った。

 

俺達は先に武器庫を見て知っていたが、碌な武器は殆ど入ってない何処もかしこも空だった。

 

空だった筈なんだ!

 

だが奴に連れられた時には古くても大量の武器が入っていたんだ。

 

俺たち全員が武装しても余り、火薬に至っては一年中ぶっ放しても使い切らんぐらいあった。

 

どうやって運び込んだのかを聞こうと来たらそいつはもういなくなっていた。』

 

タジムニウス

『何処からか武器を転移させたのか…。』

 

ジョン

『信用しきれなかったが武器が手に入ったのは有り難かったから俺たちは必要な武器だけ取り出し、後は可能な限り隠した。

 

すると今度は俺たちに最初に接触して来た男の仲間が現れた。

 

そいつは資金援助を申し出て来た。

 

多額の金だった、そいつはこの後ここを訪ねてくる奴らに渡せと行って来た。

 

するとどうだ、傭兵達が集まって来た。

 

みんな変な男にここに来れば仕事が貰えると聞いて来たと言う。

 

気味が悪い話だが、やはり渡りに船。

 

傭兵達に民兵の教練を依頼し、その分の報酬を支払った。

 

それでもまだ渡された金はたんまりあった。

 

それどころか他国に合わせたギル硬貨や、お前らブレトニアで使われてるエキュ(1エキュ100万ギル)の札束が二つ、三つくらい入ってて、他国の特殊貨幣なんかも併せて入ってやがった。』

 

タジムニウス

『支援者は正体が分からんな、只者ではないだろうが。

 

ところで武器を隠したと言ったな?

 

武器庫にしまうだけではダメだったのか?

 

俺達はアレを奪る理由は無いし、お前達にもそんなことする必要のある連中は居ないだろう。』

 

ジョンは少し俯き口を閉ざした。

 

するとカレンが代わりに喋り出した。

 

カレン

『私らは、一枚岩じゃ無いんだよ。

 

兎に角人を集めようとしたからこの国に居る民主主義革命勢力を片っ端から集めたんだ。

 

中には手荒い連中もいて、そいつらは…』

 

と言いかけた所に伝令が走り込んできた。

 

伝令

『申し上げます‼︎

 

ムート東地区の一部民衆が暴動を起こしました‼︎数は二千程、一路武器庫に向かって猛進中です‼︎』

 

カレン

『東地区⁉︎

 

あそこの武器庫は中に入ってる武器が一番多い‼︎』

 

タジムニウス

『武器庫を死守‼︎

 

東地区を完全に封鎖、念の為残った三地区の民衆と捕虜の退避急がせろ‼︎』

 

ディーター

『陛下、この上は致し方ありません。

 

暴徒を制圧いたします。』

 

タジムニウスは兄妹を見る。

 

モーガン兄妹は致し方ないと覚悟を決めていた。

 

和平の道を断つ訳には行かないのだ。

 

タジムニウス

『如何程あれば良いか?』

 

ディーター

『二千ほどの暴徒ですから一個連隊あればどうにかなります。

 

ただ、AK隊の出動をお認め下さい。

 

さすれば私が鎮圧して見せます。』

 

タジムニウス

『街を壊す気か‼︎』

 

ディーター

『そもそも連中は街なんかお構いなしです。

 

でなければこんな軽挙に出るわけが無い。

 

ご安心を、重武装タイプは残していきますが、武装は機関銃のみ、然しレッドショルダーを連れて行きます。』

 

タジムニウス

『卿と卿らは、帝国の恐怖の象徴になるつもりか。』

 

ディーター

『全ては陛下貴方のためにございます。

 

それでは。』

 

ディーターは出て行った。

 

タジムニウスは廊下に出てディーターの背を見守った。

 

タジムニウス

(すまぬ…。)

 

ディーター

(ここの民草に国王陛下、ひいては女帝陛下を恨む様な真似は決してさせん。

 

昨夜の虐殺も全て私が仕向けさせた様にしなければならない。

 

そのために私はレッドショルダーと共に在らねばならん。

 

彼らを巻き込むことになるのは心苦しいが…。)

 

ディーターはレッドショルダー達の前に立つ。

 

パイロット達は騎士甲冑を纏い、愛機と同じ様に肩は紅く塗ってあった。

 

ディーター

『諸君らがこれより行うのは暴徒鎮圧とは程のいい虐殺行為だ。

 

だが全ては国王陛下、帝国の為。

 

私と共に悪鬼の汚名を被ってくれ。』

 

レッドショルダー騎士

『軍師殿、我らは王の為に鉄騎を駆るだけにござる。

 

我らは陛下への忠節さえあればその他は全て些事にございます。』

 

ディーター

『すまない、では遠慮なく。

 

…下劣な者共が賤しくも国王陛下に刃を向けた、かの不定な者どもを蹂躙せよ‼︎‼︎』

 

レッドショルダー騎士達

『『御意‼︎‼︎』』

______________________

暴徒達は一つの情報を得る。

 

王達は幹部らを連れ、城を出て、東区と北区の境目にある民家に本部を移したと。

 

そしてそこは路地からしか入れず自ら袋の鼠になったと。

 

暴徒達は真偽など構わず向かう。

 

怒り散らし、邪魔者を跳ね除け、民家を燃やしながら。

 

そして路地にはディーターに率いられた戦列歩兵部隊とAK数騎が待ち構えていた。

 

ディーター

『完全に挟み込むまでAKは出るな。

 

タイミングは上手く合わせるのだ。』

 

レッドショルダー騎士

『皆、聴いたな行くぞ。』

 

AKの機械音と共に彼等は町中に消えていく。

 

路地の先から松明が一本見えた。

 

斥候が敵来たると伝えて来たのだ。

 

程なくして、マスケット銃やら槍やらで武装した暴徒が押し寄せてきた。

 

ディーター

『全隊構え。

 

狙え。

 

撃て‼︎』

 

歩兵の一斉射を受けて暴徒は怯むかと思ったら怒号をあげてさらに突っ込もうと走り出してきた。

 

だがディーターは圧倒的な力で粉砕する気で事に臨んでいる。

 

ディーターが口笛を吹くと兵達は左右に分かれる。

 

そこに用意されていたのは三門の野砲。

 

暴徒達は悲鳴じみた声で大砲だと叫ぶ。

 

そしてその瞬間野砲は火を噴く。

 

撃ち出される弾は散弾だ。

 

暴徒が挽肉になった。

 

暴徒達は堪らず逃げ出す。

 

だが路地の出口を塞ぐ様に鉄騎が数機躍り出る。

 

しかも悪い事に全機紅く肩を塗装されたあの悪魔の様な連中だ。

 

無慈悲に重機関銃が放たれ暴徒は皆殺しになった。

 

まさに血の池が出来上がっていた。

 

暴徒は鎮圧された。

 

ディーターはそのまま各地の武器庫の武器の緊急廃棄と扇動者の有無を調べる様下知を飛ばした。

 

タジムニウスは館の中で暴徒鎮圧の報を受けた。

 

タジムニウス

『終わったな。

 

だがこのままでは終わらせられん。

 

明朝、すぐに触れを出す。

 

準備せよ!』

 

将軍

『はっ‼︎』

 

カレン

『触れ?』

 

タジムニウス

『俺はこの地に自治権を作る、だがその自治権を束ねる人間としてジョン、あんたにお願いしたい。』

 

ジョン

『俺だと?

 

同志も、民衆も死に至らしめた俺がこの地を纏めろと言うのか??』

 

タジムニウス

『だからこそ、その責任を果たすんだ。

 

事の発端は遥か過去の人間であったとしても最後の舞台で踊った人間が締め括り、幕を引かなければならない。

 

未だ多くの人間はお前を信じている。

 

これ以上犠牲を出させる訳には行かない。』

 

ジョンは少しの間考えた。

 

だが答える時には決意に満ちた顔で了承した。

 

暫くするとディーターが被害状況と真相を伝えに来た。

 

ディーター

『東地区の損害は未だ軽傷と云ったところでしょうが、巻き込まれた人間の死傷甚だしく、しかも東地区に収容していた民主主義派の重要人物の一部が死亡、これら全員我が軍の講和に賛成した者達でした。

 

次に扇動者…は未だ詳しいことが分からず調査中ですが、実行犯は強硬派の民主主義者達です。』

 

タジムニウス

『カレン達の言っていたタカ派の連中か。

 

仮にも同志だった筈だ…それを。』

 

ディーター

『騒ぎを見ていた民衆の話だと、何者かが扇動しているのを見たが、突然現れ、しかもこの街では見た事が無い人間だったと。』

 

タジムニウス

『…一体誰がこんな事を…』

 

と言いかけた瞬間、一人のウィッチハンターが血相を変えて入って来た。

 

部屋の中にいた四人は驚いたがすぐに訳を問いただした。

 

そのウィッチハンターは小袋を持ち、その中には数枚の硬貨と2エキュ(1エキュ100万ギル)が入っていた。

 

ウィッチハンター

『この袋に入っている金と、今私が取り出す金をよく見て下さい!

 

一大事にございます‼︎』

 

ディーター

『何だ一体!?

 

ギルも、エキュも何ら変わらんぞ?

 

まさか反乱軍がこんな良銭を持ってるのがおかしいって言うんじゃないんだろうな?

 

謎の人物から資金提供を受けてたって報告したろ??』

 

ウィッチハンター

『違うんだ、よく見てくれディーター‼︎』

 

タジムニウス

『‼︎⁉︎』

 

タジムニウスは気がついた。

 

その顔は青くなっていた。

 

ディーター

『陛下??』

 

タジムニウス

『貸せ‼︎』

 

タジムニウスは1エキュを火に晒し、モノクルをつけるとジッと凝視する。

 

タジムニウス

『ヤ・シュトラがいたら尻尾が天を指すな。

 

ディーター、アラゴン金って聴いた事ないか?』

 

ディーター

『アラゴン金??

 

確か本物以上と謳われた古アラグ貨幣から端を発したと云う伝説の贋金ですな。

 

諸説はあれど、公式記録上最期に製造場所が判明して駆逐されたのは確か…ハッ⁉︎』

 

ディーターの顔まで青くなった。

 

ジョン

『何だよ、お前ら二人揃って何だよ?』

 

タジムニウス

『復活しちまったのさ、世界最悪の贋金がな。

 

お前達も元は盗賊なら聴いたことはあるだろう。

 

本物以上の出来で、製造している場所も人物も全て謎、分かっているのはその精巧な出来と古代から存在する事、そして歴史の闇に度々触れ、謎に迫った者は皆死んだという呪われた贋金アラゴン金。』

 

アラゴン金のルーツはアラグ帝国の時代に遡る。

 

もはや名も忘れられ、知る術も無いが、とある冶金と彫金技術に秀でた部族(種族も不明)が自身の身の安全の為、何とか手に入れたアラグ貨幣の贋作を作り、アラグの将軍や貴族に賄賂として献上したのだ。

 

時期こそ定かでは無いものの、この時始皇帝ザンデは世になく、帝国は腐敗の温床であったとされている。

 

こうして彼等は庇護者を手に入れ、それらは時の移ろいと共に変わるも、彼等は自身の庇護者の為にアラグの贋金を作る。

 

やがてこの贋金は作り手である彼等の発音規則に則り、少し訛りアラゴン金と呼ぶ様になり、今日に至ってこの部族もまたアラゴン族という名になった。

 

庇護者達は自身の私服を肥やす為にアラゴン族に造幣局と同じ設備、しかも極めて精度の高い物を渡し、贋金製造の後押しをした。

 

元々の天賦の才も相まってもはや本物以上の出来で提供する事すら造作も無くなっていた。

 

アラゴン族の作る贋金は時と共に価値が上がっていた。

 

帝国の衰退や凄まじい勢いで領土を拡大するが故に悪銭が横行したのだ。

 

それ故にアラゴン金に携われた者はまさに栄光を手に入れたと同義となった。

 

だが転機が訪れた。

 

アラグ帝国が滅亡したのだ。

 

世界は一気に混沌を極めた。

 

しかもあろう事かバラバラに分断された帝国の諸侯や劣等人種として押さえ込まれた者達は生活の糧の為に金銭に群がり、取り分け精巧な金は本来の価値を上回ったのだ。

 

その精巧な金こそアラゴン金だったのだ。

 

だがアラゴン族ももはや容易に贋金を作れる状況では無く、帝国の滅亡と同時に彼等は消えていった…。

 

だがアラゴン族の生き残りは幾多もの世代を経つつ、贋金製造の技術を継承していた。

 

そして彼等はまさに水を経た魚の如く再び歴史の表舞台に出る事態が起こる。

 

世界通貨ギルの誕生である。

 

アラグ貨幣がモデルとなったこの貨幣はあっという間に広がった。

 

世界様々な国の事情に合わせギルは作られた。

 

硬貨であるという条件さえ満たせばギルは様々な形や原料で作られようと価値は同じであった。

 

この時こそアラゴン金は大躍進の時であった。

 

この時にアラゴン金を作ったのは何処ぞの国の貴族だったという。

 

詳しい事は忘却の彼方だが分かっている事はその貴族がアラゴン族の末裔だった事である。

 

その貴族は自身が禄を賜る国の家令であり、財政を取り仕切っていた。

 

その貴族は職務に邁進する裏、自身の私腹を肥やすべくアラゴン金を製造したのだ。

 

先も言ったが、ギル硬貨としての水準と条件を満たせば認められる様な状況、つまり作れば作るほど儲けられたのだ。

 

だがこれが同時にアラゴン金の終わりを呼び寄せた。

 

アラゴン金は時代の移ろいあれど一度の発行料は決して多くは無かった、それは品質の確保の為であった。

 

だがギルになってから凄まじい勢いで生産した結果初めこそ良かったもののやがて品質の悪化が見受けられたのだ。

 

それでも素人目には贋金とは決して分からない。

 

だがその筋、造幣局出身者や、歴史上存在した怪盗達が見れば一目瞭然…とは行かずとも細かく見られればバレてしまう品物であった。

 

そして更にアラゴン金は長年秘密に迫る者達を排除して来たにも関わらず、遂に公の場に出る事態が発生した。

 

恐慌である。

 

世界中がギルを使い出したことによって世界中で発行したギルの数が不透明になってきつつある中その国が発行した量とは明らかに違うレベルで流れる無数の出所不明のギル通貨。

 

世界中でギルの価値が紙屑や石ころ程度にまで暴落し、霊災とすら言われる被害を齎した。

 

そこで各国は当時のありとあらゆる事情を一旦は蚊帳の外に置き、もはや歴史の遺物(古代に作られたアラゴン金は一種の歴史的価値が出始めていた)程度にしか思っていなかったアラゴン金の存在を本気で考え、各国で駆逐しようと躍起になった。

 

世界中で作られ始めていたアラゴン金の駆逐は大変な作業であったが、もはや悪銭と同等の水準にまで落ち込んでいたアラゴン金の製造場所を特定するのは難しい事ではなかった。

 

各国の血の滲む努力と世界中の国家がある程度は同水準のギルを製造できる程に文明が発達した事も有り、アラゴン金は駆逐、最期の時はアルトドルフ帝国選帝諸侯の一翼バットランド(ズィルバニア)のとある農村で怪しげな連中がいると通報を受けたウィッチハンターと憲兵隊が見つけた小規模な造幣施設が検挙された事でアラゴン金は終止符を打たれた。

 

タジムニウス

『…の筈がどう言うわけかここにある。

 

質はやはり往時とは行かないがそれでもかなりの物がな。』

 

とタジムニウスが話し終わったところで皆を見ると皆少しくたびれた様な表情をしていたのでここで自分が長々とこの話をしていることに気がついたのだ。

 

タジムニウス

『俺、ひょっとしてめっちゃくちゃ話してた?』

 

ディーター

『ああ、はい。

 

かれこれ10分ほど。』

 

タジムニウス

『…あ〜。

 

ゲフン、兎も角この贋金は極少量なら兎も角、世界中に出回ると大変な事になりかねないんだ。

 

因みにお前らこの渡された金で何か取引したか?』

 

ジョン

『ここにいた傭兵達に払った。

 

奴らいつの間にか傭兵の手配までしててもう気がついた時には遅かった。』

 

ディーター

『生き残った者達や戦死した者達が贋金を外に出したかすぐに調べ上げます。』

 

幸いアラゴン金は広範囲に出回ってはおらずハーフランドに留まっていた事が分かると皆が胸を撫で下ろした。

 

この傭兵達にはちゃんと王国が発行したギルを支払い、契約は正しく履行された。

 

問題の製造場所も直ぐに判明した。

 

翌日にカラク=エイト=ピークから魔法で隠された秘密工房を発見し、それら全て国の認可を受けていない造幣設備だったのだ。

 

タジムニウス

(ドワーフの古王国は吸血鬼教の悪事の総本山だった訳だ。

 

彼等の技術力なら確かにそれも可能だ。

 

だが精巧に作れなかったのは報告にあった酷い労働環境故だろうな。)

 

ハーフランドの一件はコレで方がついた。

ジョンはハーフランド自治区初代執政官に就任し、生き残った反乱軍首脳部がそれを補佐した。

 

生き残った民衆としては複雑な気分であったが、解放者ともなったタジムニウスの評価は少なくとも僅かながら上がり、さらにその様にせよと下知した女帝への評価も上がっていった。

 

少なくとも当面はこの連中が騒ぐ事は無い、暫くは楽が出来るとディーターはほくそ笑んだが、彼らはこの後直ぐにまた忙しくなるのだ。

______________________

話を数日遡り、オスターマーク公爵領

 

この時女帝セレーネはオスターマーク公爵領の降伏を受け入れていた。

 

やはり選帝諸侯達は誰一人領地に帰っていないのだ。

 

守るべき軍は居らず残された民衆と行政官達が為す術などある訳なく、彼らが降ったのは必然であったと言える。

 

そして何よりレマーが持ち込んだオスターマークのルーンファングが大きく影響した。

 

吸血鬼になったなど言ったところで彼らが信じる訳がないが兎も角当主の死が確認されたとあらば彼らは抵抗する必要は無いのだ。

 

オスターマークの公子は生き残っているだろうがミドンランドに居る今どうする事も出来ない。

 

手続き上ではあるがオスターマーク選定公爵は剥奪され称号はセレーネの手に渡った。

 

オスターマークの事はレマーに任せて置けるのでセレーネ達はキスレフに向かう準備を始めた。

 

キスレブは北州イサルバード大陸の北側、永久凍土の入り口に当たるオブブラスト地方に存在する王国である。

 

もはや国土のほぼ大半が凍土に近い土地柄秋の中頃でもう雪が積もっている。

 

暑すぎる夏の後は寒すぎる冬が来るこの国はライクランド、ブレトニアと並びヒューラン族の国だが、彼らのルーツは東方オザード小大陸であり、ヒューランの種族的にはハイランダーに当たる。

 

かつてアジムステップに遊牧民族として生活していたらしく、アウラ族の諸氏族に追い出されここに定住したという。

 

その為か、キスレフの主要種族はハイランダーの他にアウラ族がいる。

 

移民を指揮したミスカという氷の属性を使いこなした古代の魔女がこの国の女王となって以降、この国は独自の氷魔法を使いこなす様になる。

 

やがてミスカは神格化され、ミスカに導きを与えた熊の神、ウルスンを信仰する様になったこの国は南方の国と争い、北方の国と争い、質実剛健の国へと成長した。

 

二十五年前の大敗北の際にキスレブ大公国(アルトドルフ帝国に従属した際に王国号では無く大公号に変更した。)は独自にガレマール帝国に降伏、他の帝国諸国と同様の末路を辿っていたが、タジムニウスが帰還する少し前、帝国の崩壊に合わせていち早く動き、その際に赴任していた帝国の総督とその一族、そして護衛の軍勢を悉く血祭りにあげ独立した。

 

そうしてキスレフの玉座に座ったのは、降伏後傀儡として育てられていた筈のツァーリナ(女王)カタリン・ボバである。

 

ミスカの生まれ変わりとすら謳われる程の歴代最高の氷の魔女の治る国に足を踏み入れる。

 

生きた心地などするわけもなかった。

 

コーデリア

『ウゥ…なんて寒いの…。』

 

ナイトハルト

『極寒の地とは聞いてましたが、まだ秋の終わりですよ?

 

見て下さい、一面銀世界、踝まで埋まろうかと言わんばかりに積もる雪‼︎』

 

戦闘時はそんな事微塵も感じさせないが、この二人、実は大変な怖がりである。

 

ただでさえ過酷の地、そこに住まう民は熊を殴って従わせ、ウォッカとクワス片手に暴れ回る大男と大女しか居ないと聞いた二人は半分ベソをかいてセレーネが止めたが…。

 

セレーネに一喝され、半ば詰め込まれる形で馬車に乗せられている。

 

もはやこの二人の気分は売りに出される子牛の気分であった。

 

すると馬車が停まったのでセレーネは行者に何事かと問うと、迎えがお越しになりましたと行車は返した。

 

三人は馬車を出ると羽飾りをつけた金色の鎧を身につけた騎士の一団と、なんと熊に轢かれた箱つきのソリが待っていた。

 

熊を使役するキスレブではそんなに珍しく無いのだと言う。

 

ソリには一人の人物が待っていた。

 

白色の装束を身に付け、この国特有の化粧を施した女性だった。

 

女性

『ようこそおいで下さいました南方の女帝よ。』

 

セレーネ

『貴女は?』

 

女性

『女王カタリン付きの魔女、エヴゲニア・ロマノフスカヤ公爵夫人と申します。』

 

セレーネ

『貴女が名家ロマノフスカヤ家の御当主、帝国を代表して今回の会談を申し入れてくれた事、心より感謝を申し上げます。』

 

エヴゲニア

『それは王都キスレヴに着いたらツァーリナにお聞かせ下さい。

 

私達はツァーリナの命に従ったのみでございます。』

 

ナイトハルト

(名家ロマノフスカヤ?

 

あの女性の御家はそんなすごい所なのですか?)

 

コーデリア

(ロマノフスカヤはボバ家の親戚です。

 

彼女の家系は代々ツァーリとツァーリナを支えてきた家系なのですよ。)

 

エヴゲニア

『こちらのソリにお乗り下さい。

 

ソリで南オブブラスト地方を抜けて王都キスレヴに向かいます。

 

まぁ、夕餉には着きましょう。』

 

一行はソリに乗り込んだ。

 

ソリの中は身分の高い者が乗る馬車と何ら変わらない豪華な作りになっていたが、一つ違うのはソリの中はとても暖かかった事である。

 

夏のうちに捕まえておいたファイアスプライトをソリの中に入れ、暖房代わりにしているのだという。

 

一行が乗り終えると行者が手綱を鳴らすと、熊は軽く鳴いてソリを引き始めた。

 

ソリの中でエヴゲニアは南オブブラストの街を通り、王都キスレフに向かうと説明した。

 

ツァーリナは女帝達にキスレフという国を見て、どう思ったかという答えを欲しているとも言った。

 

ソリは暫く走り続けると、とある所で停止した。

 

業者がエヴゲニアにキスレフ語で何かを話すとエヴゲニアも同じように返した。

 

エヴゲニア

『お掴まり下さい。

 

ソリが少々浮きます。』

 

業者

『レビデト!(浮遊魔法)』

 

するとソリは浮かび上がった。

 

ソリの下駄は折り畳まれ、代わりに出てきたのは車輪だ。

 

この鉄製のソリは想像以上に進んだ技術で作られているのだ。

 

ソリから馬車…いや、くま…そう熊車(きゅうしゃ)に変形した乗り物に乗って一行は南オブブラストの街に入った。

 

街はそこそこの規模であるが、ライクランド帝国の様に城塞都市というわけでは無かったが、厳しい気候の地で生きているという割には…というよりそれが嘘のようにこの地に住む民は陽気だった。

 

活力があった。

 

皆が忙しなく畑を耕し、商売をし、布を織り、鉄を打ち、馬や熊が荷を運び、ヒューランとアウラ族の住人が主流のようだが、ルガディン族やララフェル族も居た。

 

そしてちらほら子熊を模した魔導人形が主人の後ろをついて回ったり、ボムという自爆する事で知られる魔物の近縁種に当たるアイスボムが野菜を凍らせ、凍らせて欲しい品を持った民が列をなし、魔物の隣に使役しているビーストテイマーが代金を受け取っていた。

 

セレーネ

『貴女方は、私達よりも早くガレマール帝国から独立し、決して安楽な道を歩んだとは言えない日々を送ったと聞いていましたが…実に豊かな生活を送っているのですね。』

 

エヴゲニア

『確かに独立当時は帝国との戦闘で王国全土は疲弊いたしました。

 

然し、我らキスレフの民は如何なる災禍にも屈しませぬ。

 

そしてその屈強さは熊神ウルスンと女神ミスカより賜りし物。

 

我らは祖国の為に生き、祖国の為に死ぬ。

 

これは子供の頃より誓いし、我らキスレフの民の熊神ウルスンに対する恩返しなのです。』

 

南オブブラストの街を出るとなんとか雪から顔を出している舗装道を走り一行は王都キスレフに辿り着いた。

 

王都キスレフはブレトニア王都クーロンヌやライクランド帝都アルトドルフに負けず劣らずの巨大な城塞都市だった。

 

城壁の至る所に熊神ウルスンの彫刻が建てられ、城壁には屈強な体をしたキスレフ人の兵士(ストレリツィ)達が戦斧銃(後装式長銃の銃床に斧を付けたもの…というより銃の機関部から後が斧になっている)を手に持ち警備に当たっている。

 

城門が開き、熊車は城壁の中に入ると停止した。

 

外から扉を叩かれ、エヴゲニアはどうぞと返した。

 

すると明らかに僧侶の様な格好をしたヒューラン(キスレフの主要人口はヒューランとアウラであり、この地のヒューランはハイランダー族である)の髭面の男がメイスと熊神ウルスンの顔を模ったランプを持って中を覗き込んだ。

 

導師

『失礼、中を改めてさせてもらう。』

 

エヴゲニア

『これは導師様。

 

お勤めに勤しんでおられますのね。

 

こちらの方々はツァーリナのお客様です、武器の携帯もツァーリナがお認めになられています。』

 

導師

『これはこれはロマノフスカヤ公爵夫人。

 

失礼致しました、ツァーリナの側近中の側近のお方とあれば疑う余地など有りますまい。

 

熊神ウルスンの御加護があらん事を。

 

中にお入れしろ!』

 

エヴゲニア

『ありがとう導師様、女神ミスカのお導きがあらん事を。』

 

導師が熊車から降りるとランプを振って合図を送ると、城門は開いた。

 

熊車は都市の中を走った。

 

街は白い壁に赤い屋根、青い小窓といった色合いの建物が所狭しと建てられ、一地方の街であれ程活気があったのなら王都は遥かに活気に満ち溢れていた。

 

外は大雪、しかも大地は凍土と化しているのにここは人の笑い声と陽気さ、建物から漏れる光と美味しそうな食事の匂いと熱気で暖かった。

 

街の中に幾つもあるホールでは老若男女のキスレフ人達が弓や槍を持って戦闘訓練に勤しんでいる。

 

ブレトニアも、ライクランドも数多の種族の老若男女が軍に所属しているがキスレフは職業軍人、農民町民の区切りが無いのだ。

 

決してそこまで大きく無い国土ゆえに正規軍を興せる数には限りがある為民衆の徴募兵が召集されるのはよくある事だが、キスレフは国民皆が新旧問わず鎧と武器があり、定期的にそれらは官給品のお下がりやそこに住んでいる土地の領主や地主に経済力があれば同じ物を取り揃えられた。

 

エヴゲニアが言った様に彼らキスレヴ人は全員が熊神ウルスンと女神ミスカを守る戦士なのだ。

 

ナイトハルト

『キスレフに住まう者達は皆統べからく軍役に就くとは聞いておりましたが、僧侶や、農民達まで率先して軍役に参加しているのですね。』

 

エヴゲニア

『先も申したとおり、我らは神々に対しての御恩があり、授かった土地を守る役目が有ります。

 

我々は建国してから一度も国土犯された事はありますが、手放したことはありません。』

 

一行は栄えた城下町を抜けて遂にボバ宮殿に辿り着いた。

 

この地方ではクーロンヌやライクランドに並ぶ古城であるがこの城、いや宮殿は異質であった。

 

それは魔法の氷で幾つもの施設や城の内壁や塔が増設され、もはやかつての石造の巨大な城の面影を感じさせない遥かに大きな氷で出来た城になっていたのだ。

 

エヴゲニア

『ボバ宮殿はガレマール帝国から独立直後にツァーリナと私達氷の魔女が増設工事を行いましたの。

 

美しいでしょう…この氷で建てられた城は。』

 

三人は息を呑むほど美しい宮殿に言葉を失っていた。

 

すると宮殿からスケイルアーマー(鱗鎧)で重装した兵士達が走ってきて手に持つ槍や剣を抜き三人を囲んだ。

 

三人は咄嗟のことで驚いたが武器を抜く、エヴゲニアは頭を抱えて溜息を吐いた。

 

コーデリア

『ロマノフスカヤ夫人これはどういう事です!』

 

エヴゲニア

『申し訳ありません、おそらく、いえ十中八九ツァーリナの悪ふざけですわ。

 

あの娘は…ほんとにもぉ。』

 

エヴゲニアは威厳に溢れた声で一喝する。

 

エヴゲニア

『下がれコサール(キスレブの軍の主力を担う騎馬民族出身の兵士達の総称)達!

 

武器をしまいなさいツァーリガード‼︎

 

何の故あってツァーリナの客人に武器を向けるか‼︎』

 

???

『これもツァーリナの命なのです。』

 

すると今度はスケイルアーマーを身につけている事は変わらないが、明らかに高位の貴族か軍人の若い男を、氷の刃と冷気を放つ弓を装備したアイスガードと呼ばれる氷の魔女達の見習い達が警護しながら現れた。

 

エヴゲニア

『ユーリ・バグラチオン将軍。

 

ツァーリナがその様にせよと?』

 

ユーリ

『はい、公爵夫人。

 

お客人らの身柄を確保し、お連れせよと。

 

公爵夫人もどうかこのままツァーリナの元へ。』

 

エヴゲニア

『…分かりましたわ。

 

皆様、大変申し訳ありませんがどうか暫くお付き合いを。』

 

セレーネ

『二人とも行きましょう。

 

少なくとも今この瞬間に私達を亡き者にしないと言うことは彼女は私の話を聞く気があると言う事。』

 

セレーネは堂々と歩いて宮殿に入って行ってしまったので二人もついて行くしかなかった。

 

武器は取り上げられる事も無くそのまま宮殿を歩き続けた。

 

そこは謁見の間のようだった。

 

自分たちの斜め上方向の左右と背後に取り付けられた階段式のベンチから多くのキスレフの貴族や有力者が見下ろしてきた。

 

そして真正面に氷で出来た見事な玉座に鎮座する若い女が居る。

 

歳の頃は二十六位か、紫色のドレスに氷で出来たティアラを乗せ、氷で出来た王笏を持っていた。

 

キスレフの女王(ツァーリナ)カタリン・ボバその人だ。

 

カタリン

『良くぞ来られた南方の女王よ、異教の女神の代理人よ。』

 

ナイトハルト

『貴様何故跪かぬ‼︎

 

セレーネ陛下は我らの皇帝なるぞ、貴様も臣下なら玉座より降りて跪け‼︎』

 

カタリン

『童は黙っていろ、妾が、キスレフが、シグマーの帝国(ライクランド、つまりアルトドルフ帝国の事)の封臣だったの二十五年前のこと、もはや違う。』

 

セレーネ

『彼女の言は尤もです、控えなさいナイトハルト。

 

タジムニウスの…ブレトニアの助けなくば自らの足で立てない我々の言う事ではありません。』

 

カタリン

『さて、呼び寄せた理由は現在我が国の国境付近、と言うより側も側迄に東方連合の軍、総勢二十万近くの軍が居るからだが。』

 

三人は驚愕した。

 

もう東方連合の軍がそんな所にまで来ているとは思わなかったのだ。

 

ザ・バーンを超えるのは至難の技、なら残されているのはイルサバードの凍土の平原を掠めて通るガレマールが整備した街道を通ってきたと言うことになるがそれにしても早過ぎる。

 

カタリン

『ふふふ、驚いているな。

 

奴らは帝国が残した魔列車をほぼ全部投入して高速行軍を実現したのだ、対する我々は鉄道は全て内戦の混乱で破壊されているからな。

 

奴等は何が何でも其方の退位を成し遂げる為に悪魔に魂を売り渡すのも良しとするが如くだ。

 

怨まれたものだな。』

 

セレーネ

『私の身を差し出して、彼らが火に投げ入れるなり、串刺しにするなり、私の純潔を奪い、嬲り、弄ぶ事で済むなら喜んで身を差し出しましょう、されど民草に手を挙げるなら彼奴等悉く首にして彼奴等の国に返してあげます。』

 

カタリン

『その覚悟は立派だな、私は彼等を通す決断をしようと思うが、それでも同じ事が言えるか?

 

お前達はもう籠の鳥なのだぞ?』

 

そう言った瞬間、ツァーリ・ガード達とアイス・ガード達が剣を抜き、氷の刃と弓を番えた。

 

ナイトハルトとコーデリアも剣と戦鎚を構える。

 

だがセレーネだけはどこか余裕そうな表情を浮かべて立っている。

 

セレーネ

『フフフフフ、籠の鳥なら私たちに武器を持たせてここに入れない。

 

仮にも私は女帝で、そして女神の代理人。

 

歴史を知るなら私の力はある程度はご存知の筈、そして彼等二人は次期選帝侯と次期シグマー教の大司教候補、武勇なら我ら三人でもここに居る人間全員を倒す事ぐらいは出来る。

 

ましてやここはキスレフの心臓部、ここの人間が全滅すればキスレフは何も出来ない、そんなリスクを貴女が冒す訳がない。』

 

カタリンは満足気に笑みを浮かべると指を鳴らした。

 

すると護衛達は皆武器を収めた。

 

カタリン

『軟弱な南方の民と思ったが肝が座ってるな、なのに何故其方は今の玉座を仮とする、もう皇族の男子など生きてはおるまい、もはや其方以外に皇帝の座に座る事が出来るものは居らぬだろう。』

 

カタリンがそう話してる中、彼女の足元から氷が伸びていた、そしてそれはセレーネの足元から凍らせていたのだ。

 

カタリン

『その玉座要らぬなら、妾に寄越せ。

 

強き我らキスレフの民が持つに相応しい。』

 

セレーネは完全に氷漬けにされた…が、光の線が氷から無数に飛び出し氷を砕きセレーネは解放された。

 

セレーネ

『この玉座は真に座るべき者の為に守る様に私を遣わした女神に誓って明け渡すわけには行きません。

 

それに貴女は間違いを冒している。

 

シグマーの血脈は絶えていない、その証拠に敵の手に渡ってしまったが神戦鎚ガール・マラッツは現在、あれはシグマーの血が絶えた時に粉々になって砕け落ちる様に古代の魔法が掛けられている。

 

持つに値しない者が持っている故に今は薄汚い青銅の様にくすんで居るが、必ずその者が現れ元の金色の戦鎚へと戻る。』

 

セレーネは物腰の柔らかい態度から一気に威厳のある立ち振る舞いを見せた。

 

セレーネ

『其方に玉座は開け渡せぬ、そして東方から来る怨念に囚われた不埒者共にも、例え勝てずとも最後の一人になるまで抗ってみせる!』

 

カタリン

『フフフ、冗談だ。

 

南方の女王よ、私には私の民が、其方には其方の民が居ろう。

 

一先ず其方達が必死に国を護ろうとしていると言う姿勢が見たかったのだ。

 

わが国を見たであろう、皆強く豊かに暮らしている…だが正直に話すと我が国はもう限界に近いのだ。』

 

セレーネ

『……?』

 

カタリン

『二十五年前の敗戦以来、キスレフの冬は長くなっていった。

 

熊神ウルスンの化身とされるキスレフの熊達が一斉に空に向かって吠え出す時冬が終わるとされている、実際二十五年前は熊達は空に向かって吠えた。

 

だが敗戦以降熊達は空に吠えるのを辞めた、辞めたところで夏は来たが、実りの季節の筈が作物は痩せ、家畜達も飢えた。

 

冬は年々になって伸びていきここ数年はもはや永遠の冬と言ってもいい。』

 

カタリンは玉座の裏から出てきた白熊を愛おしそうに撫でてやると話を続けた。

 

カタリン

『私は氷の魔女だ、だから分かる。

 

これは人為的な物だと、この厚く薄暗い空は魔法で作られた物だ。

 

私は瞑想の末、その出所を掴んだ…北西のミドンランド公爵領。』

 

セレーネ

『ボリス・ドートブリンガー…。』

 

カタリン

『先日、私は手紙を受け取った。

 

ボリス・ドートブリンガーはこの永遠の冬を引き起こしたのは自分だと語った。

 

冬を終わらせて欲しくば、東方の軍勢を通し、自分達の味方をしろと、さすれば来年は豊かな夏が迎えられるだろうと。』

 

セレーネ

『お受けになったのですね。』

 

カタリン

『そうしようと思う、と言ったところまでだ。

 

私を導いてくれる父も父親代わりのウルスン正教会大司教も皆この世に居ない、私は大勢のアタマン(族長)と話し合った。

 

受け入れるべきという意見が多数派だったが、そこに居る私は姉の様に慕っているエヴゲニアや一部のアタマン、将軍達は反対してな、そこで其方らを呼んだと言うわけだ。』

 

セレーネ

『私達は対等な対価は出せないでしょう、だけど私は貴女に問うことはできるでしょう。

 

それで良いのかと、この状況は謂わばウルスンはボリス・ドートブリンガーに囚われていると言っても過言では無いはず。

 

キスレフと共にあるべき神が異国に囚われ、意のままに操られ、家畜の如く扱われる。

 

貴女達は家畜の家畜で良いのかと。』

 

カタリン

『言いたい事を言う人だな、アタマン達よ。 

 

其方らは私に言ったな、今は屈辱に耐え、国の安全を得るべきだと。

 

だが我らミスカの民が何故この地で安住出来たか、それはウルスンの導き有っての事だ。

 

ウルスンの為に何をすべきか、もう一度考える時間を私にくれ。

 

諸君らが国を想っている事は妾は片時も忘れた事はない。』

 

アタマン達は頭を垂れ広間を出ていった。

 

セレーネ達はエヴゲニアに連れられ客間に入った。

 

セレーネ

『ツァーリナは戦いたいのでしょう。』

 

ナイトハルト

『戦いたい?』

 

セレーネはナイトハルトに紅茶を淹れてやりながらこう呟いた。

 

セレーネ

『二十五年の月日、ガレマールに私達よりも遥かに直接的な支配を受けた彼女達が国家民族への帰属心を失わなかったのはその国民性が故ですがその根幹は彼等の崇める神ウルスンに有る。

 

ウルスンが冬を終わらせると考えている彼らにとって永遠に続く冬はウルスンに一大事が起きた事と同義。

 

そして現にドートブリンガーは何かしらの方法でキスレフに呪いを掛けた。

 

キスレフとしては当然ドートブリンガーを討ちたい、でも戦えば国は保たなくなってしまうかもしれない。

 

そのジレンマの中に彼女は居るのでしょう。』

 

コーデリア

『然し、こんな事は本来不可能でしょう。

 

もし出来るとすれば、本当にウルスンを顕現させたとしか…つまり蛮神として。』

 

ナイトハルト

『ならウルスンは討ち取らねば…いや討ち取って良いのか…?

 

蛮神として顕現したウルスンを倒して神域に御帰しすると言う事で良いのか…これは暁の皆様の御協力が無いと分かりませんね。』

 

セレーネ

『兎も角答えはミドンランドに有るでしょう。

 

まさか神域から攫い出したなんて事はないでしょう。』

 

するとドアがノックされコーデリアが開けるとアイス・ガードの一人が立っていた。

 

アイスガード

『お話中失礼致しますわ。

 

ツァーリナがセレーネ陛下と共に湯浴みをしたいと仰せです。』

 

コーデリア

『湯浴み…いかが致します?』

 

セレーネ

『行きましょう、コーデリアも一緒に。

 

あっ、ナイトハルトも一緒に湯浴みしますか?』

 

ナイトハルトは真っ赤に顔を染め、遠慮させて頂くと手を振り回した。

 

セレーネとコーデリアは揶揄う様にクスクス笑うと部屋を出ていき、アイスガードが後程使用人が男性用の浴場に案内するとナイトハルトに伝えると二人を誘導した。

 

浴場に繋がる更衣室にアイスガード数名が待機していた。

 

アイスガード

『こちらでお召し物を、僭越ながら我らもお手伝いを。』

 

コーデリア

『いえ、それには』

 

コーデリアが言い掛けたがセレーネが手伝って貰いましょうと首を振ったのでコーデリアは少し心配そうにこの氷の魔女の見習い達とセレーネの装束を脱がした。

 

露わになる白色の肌、豊満な乳房、それに反比例する細く締まった肢体。

 

サテンの肌掛けだけ纏い金色の長い髪を頭の上に纏め、湯に浸かった。

 

セレーネ

『〜〜〜〜ッ!』

 

冷え切った体に暖かな湯は沁みた。

 

雪解けの水とウルスンの尿から出来たとされる王都キスレフの側を流れるウルスコイ川の上流から引いた湯は格別だ。

 

だが湯を楽しむ為に来たのではない。

 

カタリンがセレーネを呼んだのは恐らく…

 

カタリン

『もう少し腹を割って話し合いたいと思ってな。』

 

湯煙から出てきたのはセレーネよりも遥かに白い雪の様な肌にセレーネ程では無いにしても膨らんだ乳房、そして首程の黒髪を下げたカタリンだ。

 

そしてカタリンは後ろからセレーネの乳房を揉みしだいた。

 

セレーネ

『キャア!

 

な、何を…アッ…。』

 

カタリン

『ホウゥ…揉まれ慣れてないな…さっき純潔を散らす覚悟と言っていたが其方処女だったか。

 

その歳で処女は…想い人でもいるのか?』

 

一頻り胸を揉まれたセレーネは突然の事で力が抜け、カタリンは満足と言わんばかりにカラカラ笑っていた。

 

カタリン

『安心したぞ、女神ハイデリンの代理人、泉の聖女は謂わば現人神だ。

 

人間離れしていたらと思ったがちゃんと一人の女でホッとしたぞ。』

 

セレーネ

『一体何がしたいんですか貴女は!』

 

セレーネは顔が真っ赤だがカタリンは余計おかしいのか笑いが止まらない。

 

カタリン

『何…、少し気を抜いて貰いたかっただけだ…、ハハ…どう、こうしようと思ったらこんなところに連れて行かぬし、私も裸を晒す事などせぬよ。』

 

セレーネは胸を抱いて不満そうだが、カタリンが呼吸を整えてきたので、耳を貸す姿勢は作った。

 

カタリン

『先ず先に謝る事があるが、其方らを通した部屋だがな、アソコには秘密警察(アクシナ)の施した仕掛けで話が筒抜けになっている、だから話は全て聞かせてもらったよ。

 

ご名答、私は確かに戦さを望んでいる、だが戦さをすればキスレフがどうなるか…そして事と次第によってはウルスンがどうなるか…私は正に人質を取られたも同然なのだ。』

 

セレーネ

『………。』

 

カタリン

『セレーネ・フォン・アルトドルフよ…。

 

私はキスレフを愛している…故に私は間違える訳にはいかない。

 

もし私が其方らと共に戦う道を選んだとして其方らはキスレフの為に戦ってくれるか?

 

もし本当にウルスンが蛮神として呼び出されたのだとしたら呼んだのは間違いなくキスレフの民だ。

 

私はキスレフの民と戦をしなければならなくなる。

 

私は…私の民草達に殺し合えなど…言えぬ。

 

惰弱なのは妾なのだ…其方らは正義の為に同胞と戦う決意をしたのに…妾はそれが出来ぬ。

 

それでも共に戦ってくれるのか?』

 

セレーネ

『ツァーリナ、正義や理念ではなく、私達は唯、国をまた一つにしたい、ただそれだけなのです。

 

友邦が、同胞が助けを求めるなら我らはそれに応える、そしてそれが同胞の血を以て行われる戦であろうと…。

 

その罪を共に背負いましょう。』

 

カタリン

『そうか…共に…背負ってくれるか…!

 

辱い…ありがとう…!』

 

カタリンは肩を震わせていた…無理もない24,5そこらの女が国を束ね、事と次第によっては同族を手に掛けねばならない決断など先ず出来るはずも無かった…いや決断しなければならないからこそ全てを背負うとしたが、それは至難の業だったのだ…。

 

カタリンの態度は強がりだったのだ…若き女王の気丈たらんとした故の…。

セレーネはそっとカタリナを抱いてやった。

 

肩や腕が冷たい…氷の魔女故か…いやきっとどうすれば良いかずっと半身だけ出して考えていたのだろう…湯に浸かって気が緩むのを防いだのだろう…。

 

セレーネ

『さぁ…もう少し湯に浸かりましょう、体が冷えては大変です。』

______________________

翌日…

 

アタマン達とセレーネ達がまた大広間に集められた。

 

カタリンが登壇し、玉座に座った。

 

アタマン達は頭を垂れ、セレーネ達も外交上の儀礼をする。

 

カタリン

『私は考えた…。

 

どちらに着くべきか、答えは出た。

 

我らキスレフは女帝セレーネ…いやセレーネ陛下と共に歩む!』

 

アタマン達はどよめいた。

 

カタリン

『静まれ‼︎

 

キスレフは元よりアルトドルフ帝国の臣としての立場は有って無い様な物、そしてセレーネ陛下はそれを冒さぬと約束してくれた。

 

それは良い、問題はこの国に冬が来ない事、そしてドートブリンガーがこの冬の原因なら奴は何か得体の知れない方法でウルスンを影響下に置いた可能性が高い。

 

もし蛮神として召喚したのならキスレフの民が奴に加担している事になる、テンパードになったとしても自らの安寧の為に良しとしたのだ。

 

笑わせるな…ウルスンが真に愛するキスレフの民は克己の民だ、如何なる苦難に対しても立ち向かう強き民だそうであろう‼︎』

 

アタマン達は声を挙げる、そうだ‼︎そうだ‼︎と。

 

カタリン

『私達は終わりなき冬に怯える事が今すべき事ではない、どの様な形になったとしてもウルスンを解放する事こそ我らキスレフの民の使命だと思わないか?

 

その為に邪魔をするなら誰であろうと許さぬ‼︎』

 

アタマン達は立ち上がる‼︎

 

カタリン

『ウルスンとミスカの子らよ‼︎

 

いざ誓いをせよ、ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎』

 

アタマン達

『『『ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎』』』

 

カタリン

『我らは進軍する北西へ向かって、だがその前に招かれざる客を追い払わねばならぬ。

 

ユーリ・バグラチオン‼︎』

 

ユーリ

『ハッ。』

 

カタリン

『其方はグリフォン軍団(キスレフ最精鋭の有翼騎兵軍団、グリフォンの由来は甲冑に着ける羽根飾りをグリフォンの羽根にしているから。)を率いて東オブラストの砦まで先に行くのだ。

 

そしてそこに配置した兵と東オブラストに住まうキスレフの民に伝えよ‼︎

 

陣触れだウルスンの爪光ると‼︎』

 

ユーリ

『畏まった!

 

それでは。』

 

カタリンは三人の方に向くと、

 

カタリン

『どうか御三方も私と共に国境へ、キスレフの戦存分にご堪能頂きたい。』

 

セレーネ

『参りましょう、必要とあらば我らも戦いましょう。』

 

カタリン

『心強い、それでは参ろう。』

 

キスレフ東の領域は一斉に慌ただしくなった。

 

陣触れが出たと若い男達は鎧を着込み、ピストルと斧や大錐や槍を持ち、徒党を組み、国境に向かう、若い女達も弓や槍を持ち、夫や恋人、兄妹と共に戦場に向かい、幼い子供を老いた父母に預けた。

 

ユーリ・バグラチオンは東の民に叫んだ‼︎

 

ユーリ

『我らの敵は東方の侵略者‼︎

 

彼奴等は南方の同胞に意趣返しの為に軍を起こした、ツァーリナは南方の友邦のために戦う事を決断された‼︎

 

彼奴等は邪魔をする我らを決して許さぬ、奴らから見れば我らも南方の同胞と変わりがないからだ、その怨念は我らの子らと母なる祖国にも向けられている‼︎

 

キスレフの子らよ、今こそ見せてやれ、キスレフの怒りを‼︎‼︎』

 

キスレフ軍の士気は高く元々強靭な体の持ち主であるキスレフ人達の戦列はとても厚く見えた。

 

そして彼らは国境の街道を塞ぐ砦の後ろに布陣した。

 

最前列を重武装の鎧で身を包んだコサール兵達が固め、中列に槍兵と軽歩兵、後列に弓兵と熊の橇に轢かれた大型砲リトル・グロームが並べられた。

 

そして城壁には斧銃兵(ストレリツィ)が整列していた。

 

そしてセレーネ達も砦に着いた。

 

カタリンは王都とその他各地の砦や兵舎から兵を引き連れて後詰めとして来る為、先に三人を行かせたのだ。

 

セレーネ

『バグラチオン将軍。』

 

ユーリ

『セレーネ殿。』

 

セレーネ

『敵は?』

 

ユーリ

『もう間も無く現れるかと、敵は二十万、対する我らは現在の兵力で七万程ですな。』

 

ナイトハルト

『な、七万で二十万を相手にするのですか?』

 

ユーリ

『十分ですぞ、若きマリエンブルクの後継者よ。

 

ツァーリナが後詰が連れてきてくれる、そして戦の中でキスレフが少なくとも王都に敵の侵入を許した事が無いのは、我ら母なる祖国そのものが味方だからです。』

 

ナイトハルトとコーデリアが首を傾げると今に分かるとユーリが外を向いた。

 

そして本当に東方連合の軍勢が見えたのだ。

 

キスレフ兵

『ユーリ公子、敵将が我が砦の通過許可を求めております。』

 

ユーリ

『我らの態度を見せてやろう、熊を引け、熊騎兵ついて来い。』

 

そう言うとユーリは金で加工された鎧を身につけた白熊に跨ると栗毛や白毛の熊に跨った騎士数名と砦を出た。

 

ナイトハルト

『アレがキスレフの熊騎兵…本当に熊に跨ってる。』

 

ユーリと数名の熊騎兵と、東方連合の将校とその護衛が相対する。

 

向こうは馬とチョコボの混成部隊だ。

 

東方連合将校

『総大将閣下の名代として参上した。

 

キスレフの返答は如何に、ツァーリナは何故現れぬ?』

 

ユーリ

『ツァーリナはお会いにならぬ、返答はこの私が賜ってきた。』

 

東方連合将校

『して答えは?』

 

ユーリ

『答えは…』

 

と言った瞬間、ユーリは拳銃を引き抜き、将校の耳をギリギリ掠めないところに放った。

 

ユーリ

『我らキスレフは友邦を決して見捨てぬ!

 

貴様ら侵略者が尚も我が祖国を脅かす様なら生きて帰る事など不可能と思え、それがツァーリナの答えだ。』

 

東方連合将校

『それが貴様の答えなのだな、後悔する事だな‼︎

 

我らは今回アジムステップの遊牧民族達も連れている‼︎

 

しかも血気盛んな奴らをな、貴様の女は皆孕まされ、端女にされる事だろう当然貴様らのツァーリナもな‼︎』

 

ユーリ

『甘いな、キスレフの恐ろしさを知らな過ぎるな、もう一度言うぞ死にたく無くばとっとと帰れ。

 

これよりは言葉では無く、刃と砲弾を交わさん。』

 

双方の使者は帰ってきた。

 

東方連合は怒号を挙げて砦に迫る。

 

キスレフ軍は静かに待っている。

 

ユーリ

『愚かな、今帰れば見逃してくださったというのに…。

 

ストレリツィ、弾込めせよ。』

 

ストレリツィ達は銃の装填口にクリップを押し込み構える。

 

そしてその後方ではリトル・グロームの巨大な砲身が上を向き、砲弾を放つ準備をしていた。

 

東方連合はアジムステップの遊牧民族を先頭に突撃して来た。

 

竜騎兵や弓騎兵、更に怪鳥ヨルに乗った戦士達までいる。

 

ユーリは斧を振り上げ、そして振り下ろした。

 

リトル・グロームは次々と砲火を放ち、巨大な鉄球を撃ち出した。

 

巨大な鉄球に押し潰される騎馬民族、更にその鉄球が爆発四散し、鉄片と火薬の炎で老若男女と馬の悲鳴と断末魔が響く。

 

だが彼らは前進を辞めない。

 

やがて射程距離に入った彼らは矢や銃弾を地上と空から放ちストレリツィ達も倒れていく、だがキスレフも怯まず撃ち返し、砦の裏にいる弓兵達も遮二無二矢を放つ。

 

だがこうしているうちに東方連合の歩兵軍団が砦に取り憑いた。

 

彼らは梯子を掛け、次々と登ってきた。

 

ストレリツィ達は下の敵に銃弾を、登ってきた敵には銃床も兼ねる斧で屠ったが数が多い、ユーリは双片手斧で戦いながらストレリツィを下げ、彼らの後ろに城壁に配置していたコサール達に迎え撃たせた。

 

白兵戦を得意とする重装歩兵がこれら先陣を切る軽歩兵達を屠る。

 

堪らず東方連合は城壁から逃げ出した。

 

逃げ出した兵達をコサールとストレリツィ達が銃撃する。

 

だがその仕返しと言わんばかりに東方連合の野戦砲が砦に砲火を開く。

 

猛攻撃だった。

 

忽ち城壁の上に居た者達は吹き飛ばされ、焼かれ、崩れた城壁に押し潰された。

 

ユーリ

『流石にこれ以上ここには居られぬな。

 

皆引け、第二線の堡塁まで引くのだ。』

 

キスレフ軍は砦をあっという間に諦め、後退した。

 

東方連合軍はもはや使い物にならなくなるまで砲弾を叩き込んだがもうそこにはキスレフ人達は居なかった。

 

東方連合軍は砦を越えると堡塁に身を伏せ、待ち構えるキスレフ軍の反撃に遭った。

 

ここを抜かれるとキスレフの守りは東オブブラスト地方の三つの小規模の城塞都市と更にその後ろに有るキスレフ三大城砦都市の一翼エレングラードしか無く、キスレフも必死だ。

 

堡塁があるとは言え、平地戦になった事で有利になった東方連合軍は容赦なく攻撃を仕掛けた。

 

特に魔法攻撃の効果が出やすくなった事で彼らはひたすら火や雷を落っことしたのだ。

 

だがキスレフも負けては居ない。

 

氷の魔女達が魔法の氷で作り上げた壁を作り上げ、氷の吹雪や飛礫を作り出し、彼らに浴びせたのだ。

 

だが敵の勢いは衰えなかった。

 

ユーリ

『よし、頃合いだ。

 

合図を送れ‼︎』 

 

堡塁の各所で角笛が鳴らされた。

 

すると戦場になった森の至る所から有翼騎兵(通称フサー)や弓騎兵が躍り出て、敵に襲い掛かり、後列に配置していた熊騎兵達も一斉に襲い掛かったのだ。

 

これらブレトニアかキスレフかと云われた優秀な軍馬の突撃もそうだがこの熊達が手に負えなかった。

 

乗り手の騎士達もそうだが、跨る熊達も完全に凶暴化しているのだ、目につく敵を悉く爪で屠り、貪り食った。

 

だがそれでもまだ敵には致命症を与えられない。

 

ユーリ

『よし、騎兵の後退を援護するぞ、ギリギリまで踏み止まって撃ちまくれ!』

 

ストレリツィと弓兵達の猛反撃を受け、敵の歩兵と騎兵が下がった瞬間疲弊した自軍の騎兵を回収する事に成功したユーリはその隙に後退した。

 

向かう先は東オブブラストの都市の一つソイシェンク。

 

城壁を持つ小都市であり、そのすぐ背後は北方の守りを司るエレングラードである。

 

ユーリ

『敵は?』

 

有翼騎兵

『全軍、我々を追っています。』

 

ユーリ

『よーし、作戦通り。

 

第三線に布陣するぞ、此処からは引くな‼︎

 

勝ったら女達とウォッカとクワスで乾杯だ‼︎』

 

全軍

『バブーシュカ‼︎バブーシュカ‼︎』

 

コーデリア

『二度も後退して尚、この士気の高さ。

 

彼らの勇猛さは桁外れですね。』

 

ナイトハルト

『然も、ただ後退するだけで無く、敵に損害を与え、尚且つタイミングもピッタリです。

 

これをやられたら敵将はイライラしてしょうがないでしょうね。

 

とは言えキスレフの損害も小さく有りません。

 

此処で跳ね返せると良いのですが。』

 

東方連合軍が追いついた時にはキスレフ軍は何もない凍土に布陣していた、さっきとは打って変わって堡塁もないのだ。

 

第三線とは名ばかりであった。

 

東方連合軍将校

『ハンッ‼︎

 

愚かな、都市に篭れば良いものを…。

 

徹底的に踏み倒せ‼︎』

 

東方連合軍は雄叫びを上げながら突っ込んでいく。

 

対するキスレフ軍は受け止める構えを取る。

 

だが次の瞬間東方連合軍の足元から氷のパイクが現れ、敵を串刺しにしてしまった。

 

そして地面が隆起したと思ったら、それは巨大な熊の土人形となり、数頭の巨大な熊が暴れ出したのだ。

 

然もそれだけではなかった。

 

背後の二方向から迫る軍勢が居たのだ。

 

東オブブラストには三つの都市がある事は述べたが、ソイシェンクは内側、残り二都市は国境側にある、敵は都市と都市の間に引き寄せられてしまったのだ。

 

そして残りの二都市から出陣したのはキスレフの援軍だ。

 

二軍共に同じような編成だが一方はこの国住まう雪豹、スノーレオパルドを伴い、エヴゲニアが指揮をする軍団、そしてもう一方は皇帝親衛隊ツァーリガードとアイスガードを伴い、同じ様に大地で作られた大熊数頭を伴うカタリンの軍勢だった。

 

ユーリ

『よし、掛かったな。

 

御三方、これが我がキスレフ必殺戦法『熊狩り』に御座います。』

 

セレーネ

『これが…。』

 

ナイトハルト

『軍を三つに分け、一方が敵を引き付けながら誘い込み、残り二つの軍が蓋をする。

 

理屈は簡単ですが、これを完璧に実行するには優れた指揮と結束力が必要です。

 

こんな簡単に出来ることでは。』

 

ユーリ

『だが我らなら出来ます。

 

我らは皆等しくウルスンの子、皆が兄弟で有り、姉妹。

 

我らの思いはただ一つ祖国を守ること。

 

そしてその思いが大地に届けば…氷の魔女達が彼らを、エレメンタルベア(地面から現れた巨大な熊の土人形。凍土から作られるため氷属性を力を持つゴーレムの近縁種のような存在。ウルスンの化身とも云われキスレフ人達に崇められており、彼らを呼び起こす、ないしは作り上げるには相当な修行を積んだ氷の魔女でなければ不可能)やスノーレオパルド達を呼び起こせるのです。』

 

カタリンは一箇所に固まり右往左往し出した敵を冷ややかな目で見つめていた。

 

カタリン

『策とはいえ敵をこの国に入れるのは屈辱的だな。

 

奴らを生かして返すな。』

 

カタリンの乗る熊が前脚を上げ吠える。

 

それに合わせてカタリンは氷の剣を敵に向けて振り下ろした。

 

カタリン

『ウルスンの為に‼︎キスレフの為に‼︎

 

ypaaaaaaaaaaaaa(ウラー)‼︎‼︎‼︎』

 

キスレフ軍

『『『『ypaaaaaaaaaaaaa‼︎‼︎‼︎‼︎』』』』

 

エヴゲニア

『我らも行くぞ‼︎

 

ypaaaaaaaaaaaaa‼︎』

 

キスレフ軍

『『『『ypaaaaaaaaaaaaa‼︎‼︎‼︎‼︎』』』』

 

ユーリ

『反撃の時だ‼

 

︎行くぞグリフォン軍団以下騎兵軍団は俺に続け‼︎もう作戦も何も無い‼︎

 

ただ手柄を挙げる事を考えろ‼︎

 

ypaaaaaaaaaaaaa‼︎‼︎』

 

キスレフ軍

『『『『ypaaaaaaaaaaaaa‼︎‼︎‼︎‼︎』』』』

 

雪崩でも起きかねない程のキスレフ人達のypaaaaaaaaaaaaaの大合唱は東方連合軍にとってそれは地獄の釜が開く音だった。

 

そこからは虐殺に等しかった。

 

氷の刃が飛び、クマに貪られ、馬に跳ね飛ばされ、槍で串刺しにされた。

 

逃げ場など無い…。

 

その日の夜にはなんとか逃げ延びた者は散り散りになって逃げていたが、逃げ遅れた者は屠られるか、血気盛んなキスレフの男達(或いは女達)に女だろうと男だろうと、ヒューランだろうとアウラだろうと、老いていようと子供だろうと犯され(寧ろこっちの方が多い)、戦場後にちらほら悲鳴と嗚咽と嬌声が聞こえていた。

 

そしてカタリンの前には敵将全員が縛られて跪かされていた。

 

カタリンは首を横にクイっと振るとアイスガード達が敵将全員の首を掻き切った。

 

そしてアイスガード達は更に首を体から切り離すとその首を氷に閉じ込めツァーリナのテーブルの前に並べた。

 

カタリン

『この首は全て友人である女帝セレーネ陛下、貴女に捧げましょう。』

 

セレーネ

『見事な戦いでした。

 

カタリン、この上は今この場にいる敵兵達に救いを与えて下さらないかしら。』

 

セレーネは至る所で行われている強姦の宴に嫌気がさしていた。

 

カタリン

『命懸けで戦った兵達から楽しみを奪うのは感心しませんな。』

 

セレーネ

『我が帝国の兵、そして貴女方キスレフ軍は強盗でも無ければ強姦魔でもない、誇り高い戦士の筈、欲に溺れた獣では無いはず。』

 

地面が揺れ、エーテルが揺れ、セレーネの怒りが少しずつ自身に向けられている事をカタリンは察し、首を垂れると兵達に辞めさせろと伝令を回した。

 

セレーネもこう言うことは必ず起こるし多少なりは許さねばならぬ事は分かっているが、どうしても彼女は許容できなかった。

 

カタリンには悪いが彼女の怒りは自分にも向けられるべき物だが全てカタリンには向けてしまったのだ。

 

カタリンもそれが分かってからか答えた

 

カタリン

『下知に従いましょう陛下。

 

然し捕虜の扱いは我らに任せて頂きたい、勿論助命は致します。

 

逃げ延びた者達は魔列車に向かったようですがそちらは封鎖済み、程なくして全員捕まりましょう。』

 

セレーネは頷くとアタマン達数名にカタリンは指図を飛ばした。

 

翌日キスレフから魔列車が出発し、東方連合最北端の地にて捕虜達は解放されたがその列は異常そのものだった。

 

数十台の木で作られた台車が設けられ、そこには数本の杭が打たれ、杭には戦場で犯されたままの(そして移動中も犯されたであろう)状態で男女問わず捕虜達が生きたまま磔にされ、身体中から血と白濁色の体液に塗れ、異臭を放ち、夜でも東方の民に見えるように、そして暖房がわりに篝火が杭のそばに焚かれていた。

 

そして台車の中央に将達の首が置かれていた。

 

そしてその台車を戦場からは逃げ延びたがその後捕まった兵達が手で押していた。

 

東方の民は悲嘆と恐怖と怒りに包まれ東方連合全体がそうなったが、前者二つの感情の方が強く、非戦派を主導していたドマ国主ヒエンも難色を示したが、今しかないと判断し、東方連合に於いて再戦せず一旦和平を結ぶべきと働き掛けたのであった。

 

主戦派中心を担った国の代表は尚も抗戦を訴えるが、二十万がだった一日で悉く壊滅という事態とあの捕虜達の列を見て戦おうという気など起きるわけが無かった。

 

ヒエンは賠償金は払わずあくまで白紙和平に持ち込もうと東方連合の代表達に訴えた。

 

もし此処で賠償金まで払えば国民感情は全て自分達に向き、連合全体で反乱騒ぎが起きかねない。

 

だが引き分けの白紙和平ならキスレフもそうしなければならない程の痛手を受けたのだと民衆は一旦は納得するだろう。

 

もしキスレフが飲まなければその時は全軍で出撃しようと。

 

代表達は了承した。

 

程なくしてキスレフに白紙和平の手紙が届く。

 

好戦的なアタマン達はカタリンに呑むなと口々に叫んだが、キスレフが疲弊する事、更にその後に控えている大きな戦いと更に大きくなるであろう戦い(終末の厄災)に備えるべきだとカタリンがアタマン達を黙らせ、白紙和平に応じた。

 

だがそこはキスレフ人を束ねる女王だ。

 

カタリンは書状にこう付け加えた。

 

『捕虜達に対しての仕打ちに対してキスレフは一切の謝罪は行われず、全て我が祖国に攻め入った者が等しく辿る末路である事をここに明記する物である。』

 

補足すると、勿論キスレフの法等に捕虜を惨たらしく犯し、殺すべしと書いてない。

 

これはカタリンが東方の侵略者など人として扱わぬという感情を前面に出したメッセージだったのだ。

 

後にこの問題で外交的問題が多発し、多くの、事の次第を後になって知ったキスレフ外交官僚やその他アルトドルフ帝国構成国の官僚達は都度都度足を引っ張られるのである。

 

兎も角相も変わらず一触即発だが東方の脅威は無くなった。

 

キスレフを味方につけた女帝派は此処ぞとばかりに多数の外交官を東方、西方に飛ばしまくった。

 

この勝利を背景に支援や、外交的有利を勝ち取ろうとしたのだ。(尚、結果はそれ程上手くいかなかったが理由は先の通りである。)

 

兎も角アルトドルフ帝国の情勢はまた進んだ。

 

これには流石の選帝諸侯派も騒ついた、だが盟主ボリス・ドートブリンガーは全く興味を示さず、選帝諸侯達も姿を出さない。

 

そして遂に離反者が出るのである。

 

オスターマーク公爵の公子ドミニク・フォン・オスターマークは守備を任された選帝諸侯領域を放棄、自領オスターマークに向かって軍を進めてしまったのだ。

 

重大な命令違反であった。

 

ボリスは、ホーホランド選帝侯公子ミスランデル・フォン・ホーホランドに追撃の命令を下す。

 

ミスランデルは二万の軍で追った。

 

対するドミニクは一万五千程だった。

 

そしてこの動きはオストランドに駐屯していたレマーにも伝わった。

 

レマー

『敵軍三万五千がこっちに向かってる?ディッターズ・ランドを越えようとしているのか?』

 

伝令

『いえ、正確には前衛の一万五千程はもう既にディッターズ・ランドは超えました。が、付近の街や村には目も暮れずキスレフ・ディッターズランド・ホーホランドを国境線に沿ってこちらに向かっている模様。

 

後詰二万は敵軍通過の報を聞いた我が軍が兵を差し向けたので川を越えずに待機しております。』

 

レマー

『つまり敵軍一万五千程が孤立した訳か…。』

 

伝令

『将軍…実は物見が興味深い話をしておりました。』

 

レマー

『ほう?』

 

伝令

『どうやら敵軍は争い合っていたとの事、此方に渡るまで渡河戦闘をした形跡が。

 

前者は半ば無茶な渡河をしたようで運河にオスターマーク兵の死体が。』

 

レマー

『……。

 

至急周辺部隊を集めろ、二万もいれば何とかなる筈だ急げ!』

 

伝令

『ハッ‼︎』

 

レマーは何とか二万の軍を集めるとオスターマーク軍を迎え撃つべくオスターマーク公爵領を出た。

 

レマー

『まさか戦闘にはならんだろうが…愛郷心が爆発して襲い掛かって来ないとも限らんからな。』

 

オスターマーク領の端で両軍は相対した。

 

レマーの心配は杞憂で終わった。

 

ドミニク・フォン・オスターマークはレマーに保護を求めてきたのだ。

 

白旗を掲げた騎士数名がレマーの元に馬で走ってきた。

 

レマー

『使者が来たか、通せ。』

 

騎士

『レマー将軍とお見受けする。』

 

レマー

『今はディッターズ・ランド公レマーである。

 

諸君らの君主は何と?』

 

騎士

『若君は、女帝セレーネ陛下に対して降伏と忠誠を申し入れるとの事、その対価として自領オスターマークへの帰還を許していただきたく参上した。』

 

レマー

『現在、オスターマークは我が軍が警備しており、此処で発生した問題は私の裁量で判断するよう女帝陛下と元帥レオンクール王陛下より命を受けている。

 

諸君らの帰還を許そう、民草は皆諸君らを心配していた、皆喜ぶだろう。

 

だがその前に是非とも若君に合わせてもらいたい。』

 

すると一人の騎士が進み出た。

 

フルフェイスのヘルムを被ったライクランド式のフルプレート騎士、言うなれば何処にでもいる騎士だ。

 

すると使者と随行の騎士が皆一斉にその騎士に恭しく頭を下げた。

 

そして騎士はヘルムを脱いだ。

 

少女か…少年か…いや青年か乙女か…。

 

その中性的な素顔は男か女か見分けが付かない。 

 

その騎士は名乗った。

 

両性の騎士

『お初にお目に掛かります。

 

私がオスターマーク公爵家公子ドミニク・フォン・オスターマークです。』

 

声も高めだ、これでは女性か男性か見分けがつかない。

 

レマー

『初めまして…えーと…公子という事は男で良いのかな?』

 

ドミニクは微笑すると質問に答えた。

 

ドミニク

『オスターマーク家に男の跡取りが産まれなかったので公子として育てられました、立場は男ですが、身体と魂は立派な乙女ですわ。

 

偏屈な父でして、女がオスターマークを継ぐ事に我慢ならないそうです、遂にはミドンランド城から姿を現さなくなるぐらい偏屈を極めたみたいで。』

 

というドミニクの答えに家臣もそしてレマーも複雑な表情で聞いていたが、とある一言に引っ掛かった。

 

レマー

『どちらでも構わないのなら公姫と呼ばせて貰いますが、御父君がミドンランド城から姿を現さないとは本当ですか?』

 

ドミニク

『ええ、私達は何度も何度も領地奪還のため軍の出撃を具申しましたが盟主は取り合わず、父は会議だお休み中だ何だと私達を避けていました、だから此度我らは父を身限り、軍勢丸ごと出奔したのです。』

 

レマーは敵の内部事情が少し読めた気がした。

 

吸血鬼、正確には吸血鬼に限りなく似た紛い物に選帝候になった事は殆ど明らかにされていないのだ。

 

これは好機だ、我々はオスターマーク公を捕らえている。

 

変わり果てた父をこの娘に見せるのは心苦しいが、父を変えたボリス・ドートブリンガーへの怨みはオスターマーク軍を奮い立たせ、他の選帝侯の公子や公姫がドミニクの様に反旗を翻すかも知れない。

 

だが自分の判断だけでは決められない。先ずは女帝に手紙なり繋がるならリンクパール通信を送らねばならない。

 

その後に元帥、元帥の軍師にして吸血鬼の専門家の協力を要請し、後方を固め、吸血鬼の身柄を押さえてるソルランド公にも一声掛けねばならない。

 

兎も角、レマーはドミニクにオスターマーク軍の身柄の安全を女帝への忠誠と帰陣を引き換えにする事を確認し、ドミニクもそれに了承するや否や行動に移した。

 

少しずつ、だがもう直ぐそばまで、決戦の時が近付いていた。

 

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