ファイナルファンタジー14 異譚 獅子の子タジムニウス    作:オラニエ公ジャン・バルジャン

7 / 15
七話 ライクランド平原の戦い(前編)

ライクランド公爵領郊外

 

タジムニウスは夜明け前の平地に立っていた。

 

転移した事は分かったが、何故なのかは見当が付かなかった。

 

テレポをしようにも、デジョンをしようにも、転移するためにはエーテライトと呼ばれる巨大なクリスタル媒体が必要であるが、此処にはそんなものは何処にも存在しなかった。

 

考えられるのはエンシェント・テレポだが、これは詠唱した人間がエーテルの濁流に飲み込まれ得体の知れない場所に飛ばされるのならまだしも、その中を永遠に彷徨い続けてしまい、そこから抜け出せたとしても何かしらの代償が伴う危険な術である。

 

現にそれでヤ・シュトラ嬢は視力を失い、エーテルで世界を見ている。

 

兎も角もタジムニウスは五体満足で危機から抜け出した。

 

自分の背後に帝都アルトドルフが見えた事で場所に得心したタジムニウスは一路マリエンブルクを目指し歩き始めた。

 

そして直ぐに飛空艇が不時着しているのを見つけた。

 

アルフィノ達が鹵獲した舟だった。

 

アルフィノがタジムニウスの姿を見つけると手を振った。

 

アルフィノ

『タジム、ここだ。』

 

タジム

『みんな無事か⁉︎

 

飛空艇は何かしらで墜落してしまったようだな。』

 

ヤ・シュトラ

『燃料が殆ど入って無かったの。

 

でも、グ・ラハ・ティアの操縦と私とアルフィノ様で浮力になる熱を作り出してどうにかここまで飛んできたのよ。』

 

タジム

『姫殿下は?

 

それにアリゼー、グ・ラハの姿が見えないが?』

 

アルフィノ

『二人は馬を繋いである場所まで行ってここに連れて来てくれる為に出かけた。

 

姫殿下は…。』

 

セレーネは飛空艇の陰で寝かされていた。

 

どうやら気を失っている様だ。

 

ヤ・シュトラ

『ずっと貴方の無事を祈っていたのよ。

 

墜落した後も、そうしているうちに彼女から凄まじいエーテルが湧き出して、気を失ったの。

 

そして彼女を寝かして少しした後に貴方が現れたの。』

 

ヤ・シュトラはセレーネの顔に掛かった前髪を払いながら優しい表情を浮かべながら彼女の額を撫でていた。

 

だが次には真剣な表情を浮かべて告げた。

 

ヤ・シュトラ

『この娘が何をしたのかは分からない。

 

でもね、この魔法には覚えがある。

 

これはエンシェント・テレポよ、そしてどう言うわけか術者では無い貴方をここに転送し、彼女は一切の代償なく成功させた。

 

もはや完全な成功はあり得ない術を成功させただけじゃなくそのエーテルも彼女に…光の巫女になったミンフィリアにそっくりなのよ。

 

泉の聖女…ハイデリンの巫女というのは本当だったのね。』

 

タジム

『だからこそ、我々ブレトニア人が命を賭して御守りする価値があるのだ。

 

そして恐らく力を使ったのは今回が初めてだろう。』

 

そう述べた直後にアリゼー達が馬を引いて戻ってきた。

 

一行は気絶したセレーネを馬に乗せそれぞれの馬に跨り、ライクランド公爵領とマリエンブルク公爵領の境にある街ユーベルストライクを目指し馬を走らせた。

 

計画ではカタリナが派遣した夫ボーアンの軍が奇襲し支配下に収めておくので、タジムニウス達は脱出したら一目散にここを目指し、待機していたブレトニア、マリエンブルク両軍はこの地を起点にライクランド公爵領を制圧するのだ。

 

だが一行が馬を走らせていると後ろから追手が追い縋ってきた。

 

どうやら鎧の類はつけていない軽騎兵の様であった。

 

だが全員がサーベルとピストルそしてカービン銃で武装してるらしく一行を認めた瞬間発砲してきたのだ。

 

そしてラッパを吹き鳴らした。

 

アリゼー

『何考えてんのよ‼︎

 

お姫様に当たっても良いの⁉︎』

 

グ・ラハ

『もう奴らにとっては用無しって事だろう‼︎』

 

タジム

『アリゼー、受け取れ!』

 

タジムは叫ぶとアリゼーにピストルを投げ渡す。

 

リボルバー銃だった。

 

タジム

『ウルダハ工廠の限定モデルだ!

 

凄い高いんだ、絶対返せよ。』

 

アリゼーは三発撃ち、一人撃ち殺しながら呆れながら返した。

 

アリゼー

『全くケチな王様ね。』

 

軽騎兵達がラッパを吹き鳴らす所為で追手は増えて、二十騎近くに膨れ上がり、タジム達に迫ってきた。

 

前以外を完全に抑えられながらも一行は馬を走らせた。

 

だが遂に前からも騎兵の一団が現れ、ここまでかと思ったその時だった。

 

フーセネガー

『陛下、お迎えに上がりましたぞ‼︎』

 

タジム

『ボーアンか⁉︎』

 

ボーアン・フーセネガー将軍率いる竜騎兵隊50騎が援軍に現れ追撃に来た軽騎兵達は敵わぬと見て一目散に逃走した。

 

一行はフーセネガー将軍に守られながらユーベルストライクに入城した。

 

ここは初代皇帝とその仲間達つまり初代選帝侯達の所縁の地であり、帝位を簒奪したボリス派でなく未だ帝室に忠誠を誓う皇帝派を名乗る弱小貴族達のリーダーを務めるユーベルストライク伯とその住民と駐在していた兵と騎士達のおかげで戦闘する事なく入城できたとフーセネガーは語った。

 

そしてそこにはカムイ、カルカソンヌ公、マリエンブルク公カタリナも先に到着していた。

 

未だ気を失っているセレーネを錬金術師と医師達に任せ、タジム達は直ぐにユーベルストライク伯が用意してくれた一室に地図を広げ諸将の報告を聞く事にした。

 

タジム

『兎も角、我が軍を集結させないとな、行軍の具合はどうか?』

 

カムイ

『マリエンブルク領の通過が可能になった為水路も使い輸送中です。

 

後数時間で全軍が到着するかと。』

 

タジム

『急がせろ、可能な限り兵達には休息を取らせたい。』

 

カルカソンヌ公

『物見の報告によると敵軍も帝都に集結した模様です。

 

ボリス・ドートブリンガーを大将に出陣すべく準備を始めています。』

 

タジム

『対爆撃用魔法障壁発生器(アルトドルフ帝国版魔導フィールドを張るための機械)の準備は進んでいるか?

 

あれが無いと平地の野戦なんて挑むなんて出来っこないぞ、あっという間に火だるまだ。』

 

カタリナ

『突貫工事でどうにか、オルカル山地が手中にあるおかげですね。

 

ドワーフ技師達が寝ずに用意してくれたと。

 

後、兵糧等の物資も我がマリエンブルクの財力とガレマール帝国に徴収された幾つかを裏取引で奪還しておきましたので其方に関しても心配は無用かと。』

 

タジム

『ありがたい、それに関してはタナトス卿の弟であるシリュウという者が管理しているから合流したら伝えてやってくれ。』

 

カタリナ

『畏まりました。』

 

タジムは三人の報告を聞き、彼らが退出すると広げてある地図の上にチェスの駒を置き、配置や動きを考えだした。

 

タジム

(やはり敵の数が多過ぎる。

 

戦は数だけでは決まらぬが、されど数の差は大きく響く、やはり他の三公爵を寝返らせないときついな。

 

だが問題はどうやってだ。

 

ドートブリンガーもそれを警戒する筈だ。

 

書状を送ろうにも流石に警備厳重だろうし、戦の中で内応を促すのは困難だ。

 

先ずは敵軍の配置を見てからだ。

 

となると先ずは様子見も兼ねるなら我が軍は横陣で配置した方が良さそうだ。

 

今回敵は守勢だから向こうから攻めてくる事はない、此方から動かないといかん。

 

その為の対爆撃用魔法障壁だが、流石にずっとは耐えられない、恐らくあまり時間を掛けずに破られるだろう。

 

白兵戦に持ち込んで敵の誤射を誘発しやすい環境を作るしか無いな。)

 

すると扉を叩く音が聞こえたのでタジムが返事をすると、アリゼーが入ってきた。

 

アリゼー

『タジム、みんな集まってるわよ。

 

直ぐに降りてきて欲しいって。』

 

アリゼーはそう告げるとタジムは頷くと直ぐ行くと返事をするとアリゼーも頷き部屋から去っていった。

 

広間には指揮官級の騎士や貴族、そしてそれらに従う領民の実力者達が武装し待機していた。

 

タジムニウスが大広間に入ってきた。

 

王宮内で着ていたあの軍服に胸甲をつけた出立であった。

 

もはやかつて冒険者であった事も、傭兵であった事も、国を捨てた哀れな赤子であった過去は嘘の様な王者の気風を纏っていた。

 

諸将は頭を垂れ、頭を上げると剣を引き抜き

『我らが陛下‼︎』と叫ぶと跪いた。

 

タジムは諸将を見渡すと口を開く

 

タジム

『友よ…父よ…母よ…兄妹たちよ…よく聞いて欲しい、この一戦は事実上の決戦だ。

 

この戦で勝った者がこの内乱の勝者になると言っても過言では無い。

 

故に勝たねばならん。』

 

諸将は黙って頷き王の言葉に耳を傾ける。

 

タジム

『我らが戦うのは忠誠を果たす為だ、帝室は滅びてしまったかもしれない、されど帝国は未だ残っている、ジギスムント陛下最期の財産である帝国国民の自由と名誉の為に今宵は剣を取ろう。』

 

タジムはそう言ってクーロンヌの剣を引き抜くと叫んだ。

 

タジム

『かつて大神シグマーはこの地で民のために戦うと決意し、宝具ガール・マラッツを賜り、悪しき者どもを打ち砕いた。

 

ならば我らもそれに倣い、民草の為に剣を取ろう‼︎

 

そして忘れるな‼︎

 

我らには大神シグマーと泉の聖女セレーネ様の御加護有りけり‼︎

 

必ず勝利し、再びお目覚めになられたセレーネ様の前に我らが見えた時、この国に麒麟が到来し、鷲獅子が再び帝冠を戴くだろう‼︎‼︎』

 

諸将

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎(鬨の声)』

 

鬨の声を上げながら皆は城を後にしそれぞれの愛馬に跨るとタジムは軍旗を受け取ると高々と掲げ叫ぶ。

 

タジム

『出陣ー‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

全軍

『いざぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎』

 

青と赤の地に金の獅子(レオンクール家)、黄地に赤の獅子(リヨネース家)、橙色に白の獅子(アルトワ家)、黄地に赤の龍(バストンヌ家)、青地に三叉の矛(ボルドロー家(ラ・サール家))、黒地に金の天馬(パラヴォン家)、水色と赤の地に一振りの剣(カルカソンヌ家)、白地に水色の麒麟(タナトス家)、緑の地に白の雄鹿(アセル・ローレンの森氏族)、白地に天秤を持つ人魚(マリエンブルク家)…。

 

それぞれの諸侯の紋章旗をはためかせ、ブレトニア王国・マリエンブルク公爵以下皇帝派貴族連合軍が出陣した。

 

その数三十三万弱、その内パラヴォン公とオリオン公の軍五万がそこより離れ灰色山脈のライクランド、ブレトニアを繋ぐ要衝オヴェリア要塞を陥落させるべく、オルカル山地にて戦力を再編しているアイアンロック達と合流すべく別れていった。

 

パラヴォン公

『それでは陛下。』

 

オリオン公

『必ず勝利の報をお持ち致します。』

 

タジム

『うむ、あの要塞の戦略価値は無いにしてもあれが正しく死者によって武名を轟かせた事実は変わらぬ、武運を祈る。』

 

翌日ライクランド郊外にはブレトニア軍、選帝諸侯軍双方が布陣を完了させ、佇んでいた。

 

最前列に立った槍兵や銃兵達は微動だに出来ぬほど緊張していた。

 

いつ前進か敵襲の方が飛ぶか分からなかったからだ。

 

だがその頃本陣は慎ましいながらも騒騒しい朝食を取っていた。

 

タジム

『ああすまんスープをくれないか?』

 

バストンヌ公

『あまり時間が無いとはいえ、芋粥、塩で味付けした野菜のスープ、塩漬け肉、煮豆のみとは寂しいですのー。』

 

タジム

『贅沢を抜かすな‼︎』

 

アルトワ公

『せめてエールが有ればねぇ?』

 

バストンヌ公

『給仕兵殿〜おかわりまだですかな〜?』

 

アレクサンドル・ラ・フェール公

(ボルドロー公に叙せられた)

『少し芋粥をおかわりをば。』

 

アリゼー

『ちょっとラハ‼︎

 

一人三切れって言ったでしょ数えたんだからね‼︎』

 

グ・ラハ

『ああごめん。』

 

カタリナ

『はいはい、皆さまおかわり持ってきましたわよ〜。』

 

アルフィノ

『マリエンブルク公自ら炊事場に立たれていたのですか⁉︎』

 

カタリナ

『ええ、夫と初陣の息子の為に弁当をと思ってそのまま手伝っていましたのよ。』

 

カムイ

『御子息殿が初陣ですか?』

 

タジム

『それはめでたい、直ぐにこちらへお連れして頂けますかカタリナ?

 

是非とも会いたい。』

 

カタリナ

『まぁ、なんと勿体ない。

 

早速連れて参りますでは失礼。』

 

レパン

『ってみんなで同じ皿に手を突っ込まないで下さい‼︎

 

お行儀が悪いですよ‼︎』

 

ヤ・シュトラ

『ああもう‼︎

 

喧しい‼︎

 

食事は静かに食べなさい‼︎』

 

タジム

『やっぱこういう事言うからお母さんなんじゃないかシュトラ。』

 

アルフィノ

『あんまり長々と食べてる時間は無いと思うぞ、敵も布陣してから暫く経つ。

 

向こうに先手を許すのは得策ではない。』

 

タジム

『その通りだ。

 

皆食べ終わったら軍議を開くぞ。』

 

ヤ・シュトラ

(タジムは後で絶対折檻ね…)

 

こうして軍議を始めたタジム達は以下の事を決めた。

 

初動は騎兵突撃に見せ掛けて弓騎兵と竜騎兵のよる撹乱攻撃を敢行したのち、重装兵で前線を崩し、軽装の剣兵や斧兵、短槍で武装した歩兵で中まで挿し込む。

 

その間、銃兵隊、弓兵隊、各種大型兵器はその支援にあたる。

 

ブレトニア側は魔法障壁が崩される前に敵に白兵戦に挑む、崩されたとしても砲撃による損失を最小限に留めた上で白兵戦に持ち込まねばならないのだ。

 

然もこのサイズ(最大でも一個中隊を保護できるフィールドを張る事が可能)の機械で張る障壁は砲弾や投石といった大型物理攻撃及び魔法、エネルギー攻撃には耐える力を持っているがあくまで一時的であり、矢やボルト、銃弾に対してはすり抜けてしまうので全く防御力が無いのである(対空爆、砲撃用の為。)。

 

銃兵部隊といった投射戦力の豊富な選帝諸侯軍の攻撃を受け続ければ壊滅するのは自明の理である。

 

だが乱戦に持ち込めれば同士討ちを恐れて猛射してくる事は無いだろうし、彼らの主力は銃兵と弩兵で有り、曲射には向かない。

 

そこで射線を確保するために側面移動をした所を温存した騎兵や、白兵戦散兵隊で襲い掛かり、反対に数こそ少ない物の練度では負けぬブレトニア銃兵隊や音にも聞こえし、ブレトニア農民弓兵軍団や王立散兵歩兵軍団が鉛と矢とボルトの雨を降らせる事ができるのだ。

 

正にタジムニウスの狙いはそこであった。

 

ブレトニア軍は白兵戦攻撃力こそあれど投射攻撃力は低く、それに対しての防御力は無いといった有様であり攻撃力と防御力ともに高い選帝諸侯軍とまともにやり合っても勝ち目は無い。

 

だが投射戦力さえ居なければ白兵戦は拮抗、更に騎兵も加わり、投射戦力も加われば崩せると言うのである。

 

タジム

『敵の銃兵隊が減ればその分騎士や騎兵が働きやすくなる。

 

奴等より唯一優れているのは騎馬戦だけだからな。

 

余計な邪魔はされたく無い。』

 

タジムニウスが立つと、諸将も立ち上がった。

 

タジム

『諸君、我らは賢く戦うぞ。

 

今宵は血気に流行って勝てる相手では無い、耐え忍び、機を探すのだ。』

 

諸将

『ハッ‼︎』

 

カタリナ

『陛下。』

 

振り返るとカタリナが自身の息子を連れて来た。

 

帝国伝統のフルプレートで武装した少年が緊張した面持ちで立っていた。

 

タジム

『この子が?』

 

カタリナ

『我が息子、ナイトハルトです。』

 

ナイトハルト

『ナ、ナイトハルト・フォン・マリエンブルクでありますタジムニウス王陛下。』

 

タジム

『ナイトハルト殿、卿は幾つになる。』

 

タジムニウスは穏やかな表情で語り掛けた。

 

まるで弟に話す様な話し方であった。

 

ナイトハルト

『ハッ‼︎

 

15でございます陛下。』

 

タジム

『15か…タナトス卿、まだ私が卿を父と呼んでいる時に初陣を迎えた筈だが確か私もその時15であったな?』

 

カムイ

『左様です陛下。』

 

ナイトハルト

『陛下も同じ歳に初陣だったのですか?』

 

タジム

『ウム、その時は卿の様に本陣つきの騎士でも無ければ、一軍の大将でもない。

 

一人の傭兵として剣を振り回していた。

 

このタナトス卿の指図を聞いてな。

 

やれ突撃だの、陣形を組めだの、こんな砲撃と矢の雨の中出来るかとすら思った。

 

そして私は今日死ぬのだとね。

 

だが生き残った。

 

戦の前、養父は、功を決して焦るなと私に教えた。

 

するとどうだ、私は大過無く戦を終えおまけに戦功を稼いだ。

 

私が卿に言いたいのは自分が何をすべきか、それを忘れずに行動すれば必ず幸運が舞い込んでくると言う事だ。

 

変に緊張するなマリエンブルクの騎士ナイトハルト『卿』、生き残れば重畳だ。

 

実を言うと私もこれ程の大軍を率いての戦は初めてでね。

 

初陣同士賢くやろうじゃ無いか。』

 

ナイトハルト

『は、はい陛下‼︎』

 

ナイトハルトは敬礼すると一人父の待つ自軍の陣へと帰っていった。

 

タジムニウスはクスリと笑うと、アルフィノとアリゼーの方を見ながら口を開いた。

 

タジム

『まるで会ったばかりの君達を見ている様だが、君ら兄妹より性格が良いぞ彼は。』

 

アルフィノ・アリゼー

『ちょっと、辞めてくれるかい!(ないかしら!)』

 

本陣は束の間だが、笑い声で包まれた。

 

タジムニウスは剣を引き抜くと全軍に響く様な大声で命令した。

 

タジム

『全軍、前進せよぉ‼︎‼︎』

 

その声は風に乗って最前列にいる兵まで自分の少し後ろから聞こえたと思ったくらい大きくなって聞こえたという。

 

ブレトニア騎士

『魔法障壁展開。』

 

ブレトニア兵

『魔法障壁展開します。』

 

ブレトニア軍の至る所に配備された魔法障壁は起動し、少しずつ大きなドームを形成していった。

 

そして遂にそれが完成すると最前列にいる部隊指揮官から次々と前進の号令が聞こえてきた。

 

それに合わせて軍楽隊がドラムを鳴らし、ファイフ(横笛)を吹き鳴らした。

 

そしてそう立たないうちに選帝諸侯軍の砲撃が彼らを襲った。

 

だがそれらは魔法障壁に防がれ、彼らを傷つけることは無かった。

 

ブレトニア側も大砲とトレビュシェットで反撃するがこちらも魔法障壁で弾かれた。

 

前進するブレトニア軍に前列に並んだ選帝諸侯軍の銃兵と弩兵が猛射を開始した。

 

ブレトニア軍も曲射の効く弓兵隊が弾幕を張る、それに合わせて騎士団と騎兵隊が突撃を開始した。

 

騎士達はラッパを吹き鳴らし槍を構え、馬を走らせる。

 

蹄の音が大地を震わせた。

 

当然馬の足は歩兵よりも早い。

 

彼らは味方よりも真っ先に砲火に焼かれる事になる。

 

騎士

『障壁を抜けるぞ各々方覚悟を決めろ‼︎』

 

騎兵

『聖女様のために‼︎』

 

鬨の声を上げながら騎馬軍団は突撃する。

 

彼らに立ち塞がったのは砲弾の光だった。

 

砲撃と爆音が鳴るたびに騎士と馬の断末魔が上がった。

 

だが世界最強の騎兵国家を名乗るブレトニア騎士達が怯むことは無い。

 

馬上にてランスを突き立てる事叶わずとも馬上での死は彼らにとって、と言うよりも戦場においての死は誉であった。

 

遂に騎士軍団は敵の銃兵の射程距離に入り阻止射撃に襲われる。

 

彼らの鎧は対弾加工が施されているとはいえ、当然装甲全面を厚くするのは無理な話だ。

 

脆い関節部や鎖帷子のみの部分や馬が撃たれてしまえばそれまでだった。

 

銃声とボルトの飛翔音が鳴る度に命が消えていった。

 

だが騎士団は新兵器ガンランスを装備していた。

 

彼らも負けじと40mm無反動砲を撃ち返し、自身に向かって射撃してきた兵士や魔導アーマーに風穴を開けていった。

 

一通り射撃したかと思いきや、槍を構えていた騎士団は一斉に左右に反転した。

 

選帝諸侯軍は騎兵突撃を諦めたのかと思った。

 

だが彼らの背後にはほぼ無傷の竜騎兵軍団と弓騎兵軍団が控えていた。

 

騎士達が盾になっている間に、彼らは得意な距離まで近づいたのだ。

 

馬上射撃とは本来難度の高い物、それを武器にして戦う者達の射撃の腕がどうして下手である筈があろうか。

 

彼らの射撃は正確に射手達を射抜き、指揮崩壊を起こした。

 

選帝諸侯軍将校

『軽騎兵の奇襲だと⁉︎

 

ええい銃兵を下げさせろ‼︎

 

各パイク兵連隊前に出ろ‼︎』

 

銃兵隊が怪我人や死者を引き摺りながら下がると長槍を装備したパイク兵達が槍衾を作る。

 

これで追撃してきた軽騎兵達を串刺しにしようとしたのだ。

 

だが軽騎兵達は砲火に焼かれながらもとっとと引き返してしまった。

 

そして馬の蹄によって出来た土煙から徒歩騎士団と重装歩兵軍団が鬨の声を上げ、得物を振り回しながら突っ込んできた。

 

その先頭を走るのはリヨネースの剣を煌めかせたレパンであった。

 

レパン

『リヨネースの男達よ、獅子の如く敵に喰らいつきなさい‼

 

ブレトニアの為に‼︎‼︎︎』

 

最前列中央はリヨネースの誇る徒歩騎士団と古参徴集兵部隊だった。

 

そこに大将レパンが自ら先頭に立ち、白刃を奮って斬り込む。

 

重装歩兵の様な真っ向からがっぷり四つの白兵戦が得意な部隊には弱いパイク兵からしてみれば酷い冗談でしか無い。

 

更に後退したように見せ掛けた軽騎兵達が戻ってきて動きの鈍い彼らに更に鉛玉と矢の雨を降らせて来たのでこのままファランクスを組むのは難しくなってきた。

 

哀れ、そうこうしている内に彼らはまるで手で払われた埃カスの如く跳ね飛ばされていった。

 

とりわけリヨネースの剣を振り回すレパンは尋常ではなかった。

 

彼女が魔力を溜めると黄金の光が輝き自身の周囲が爆発し、居合わせた敵兵が吹き飛ばされ、しかも何かしらの加護が有るのか味方の兵は無傷なのである。

 

だが彼らの進撃はここでピッタリと止まってしまう。

 

パイク兵の戦列を蹴散らしたブレトニア軍は第二線を張る重装歩兵軍団と衝突する。

 

この勢いが有れば如何に精強と謳われたライクランド歩兵軍団の主力を担う彼らと言えど無事では済まない…筈だった。

 

だがブレトニア軍は騎士ですらも彼らに跳ね返されてしまう。

 

勿論それはリヨネース騎士団も例外では無い。

 

突破口を開く為にレパンも大剣を振るうが…

 

レパン

『小癪な、死にたくなければ退きなさい‼︎』

 

大きく横に斬り払うが、敵は盾をしっかり構えその場で踏み留まらず、敢えて吹っ飛ばされる事によって勢いを殺してしまったのだ。

 

レパン

『虚脱ッ⁉︎

 

そんな物まで使うというの。』

 

レパンはもう一度斬り払うが結果は同じであった。

 

その様子を見ていたカムイが自身の部隊から250人程の兵を向かわせレパンの援護に向かうが、その援護部隊は側面から攻撃を受けレパンの元に辿り着けずその場で立ち往生し、似たような事が至る所で起き始めた。

 

伝令

『急報ー‼︎

 

レパン・リヨネース卿、敵中に孤立する危機に有る模様‼︎』

 

タジム

『今そっちにリヨネースの予備部隊とタナトス卿が行った。

 

そっちは平気だ。

 

タナトス卿の前線右側の敵兵の側面移動を阻止する為に送ったバストンヌの部隊はどうした?』

 

伝令

『はっ、側面移動の阻止には成功したようですが、敵の援軍が現れ、二方向から挟まれております。

 

バストンヌ卿が自ら銃士隊を率いて救援に向かうとの事なので陛下には敵の魔法障壁も消滅しているので砲撃の手を休める事なく自分達の援護をお願いしたいとの事。』

 

タジムニウスは望遠鏡を取り出すと敵の戦列を観察し、有効打を与えられる箇所を見つけ出した。

 

砲兵将校の見解も一致した所でタジムニウスの檄が飛ぶ。

 

タジム

『敵戦列、右翼中央側と左翼の外側の前方に放火を集中しろ‼︎

 

レパンから虫を引き離せ‼︎』

 

伝令は一礼すると念の為リンクシェルを試すが、やはり戦の影響で繋がらないと分かると馬を借りて走り去っていった。

 

その様子を見ていた賢人達は遂に腰を上げ自身も前線で戦うと申し出た。

 

アリゼー

『私達も出るわタジム。』

 

グ・ラハ

『ここで貴方達が血を流すのを見ているだけなんて出来ない、行かせてくれ。』

 

タジムニウスは少し悩んだ。

 

先のガレマール帝国兵達との戦もまぁまぁな戦ではあったが今回は訳が違う。

 

大兵力のぶつかる大戦だ。

 

賢人達は確かに皆が卓越した戦士だ。

 

だが言ってしまえばこの場合1人の武勇が戦局に与える影響など皆無に等しい。

 

それを分かっていながら彼らに一兵もつけず前線に放り出して良いものか?

 

だが余剰兵力は無い。

 

タジムニウスは決断した。

 

タジム

『分かった。

 

お願いしよう、アルフィノ、アリゼーはレパン卿の元へ、グ・ラハ、ヤ・シュトラはタナトス卿の元へ。

 

バストンヌ卿は敏い、恐らく後退の準備に取り掛かる為に退がるだろうからそっちは良い。

 

諸君らにはこの2人を助けてやってくれ。』

 

アルフィノ

『了解した。』

 

賢人達は馬を借りるとそれぞれの持ち場に走り去っていった。

 

タジムニウスは振り返ると通信兵に問いただした。

 

タジム

『ガーランド殿はまだ着かぬか?』

 

通信兵

『調整に手間取っていた様で、先程、マリエンブルクを出たとの事。』

 

タジム

『彼らの持ってくる新兵器が活路を見出すかも知れないのだ。

 

出来るだけ早く来る様に伝えてくれ。』

 

通信兵

『ハッ。』

 

______________________

 

リヨネース騎士団の戦っている辺りに着いたルヴェユール兄妹は血塗れになりながらも剣振るうレパンを見つけた。

 

返り血の様だが、明らかに疲労の色が出ていた。

 

アリゼー

『アルフィノ行くよ‼︎』

 

アルフィノ

『ああ‼︎』

 

2人は馬で乱戦の中を入っていった。

 

2人を見つけたリヨネース家の兵が声を掛けた。

 

兵士

『賢人の兄妹さん、領主様は最前列で戦いっぱなしだべ。

 

どうか力を貸してくんろ‼︎』

 

アルフィノ

『そのつもりで来た‼︎

 

そこを通してくれ‼︎』

 

兵士たちが馬が通るぞと声を掛け合い、2人のために道を作ってくれたから2人は下馬し、レパンの元に走り寄った。

 

レパン

『これはお二人方、本陣にいたのでは無いのですか?』

 

アルフィノ

『王陛下が、レパン卿の後退を援護せよと我らを遣わしたのです。』

 

レパン

『後退?

 

陛下は後退すると申したのですか?』

 

アルフィノ

『陛下はこのまま戦っても意味が無いと、一度乱戦を解くので全軍後退せよと。』

 

レパンは思いっきり地面を蹴り悔しがった。

 

レパン

『チッ‼︎

 

情けない、先陣を任されておきながら、食い破る事すら儘ならず、最後には足を引っ張るとは‼︎』

 

アリゼー

『命あっての物種よ。

 

皆、後退するわよ、毅然とね‼︎』

 

ブレトニア騎士

『退けー‼︎

 

後退だ、第二線まで後退せよ‼︎』

 

その頃、カムイの陣でも同じ事が起きていた。

 

カムイ

『畏まった。

 

全軍後退だ、重装歩兵隊後退を掩護せよ。』

 

ブレトニア兵

『野郎ども構えろ‼︎

 

シールドウォールだ‼︎』

 

ブレトニア兵

『おう‼︎』

 

重装歩兵隊はシールドを構え、その間から槍を出し、迫る敵兵を押し返した。

 

選帝諸侯兵

『クソッ‼︎

 

農民風情が‼︎‼︎』

 

ブレトニア兵

『農民じゃない、戦う農民だ‼︎』

 

更にハルバードで武装した徒歩従士隊や正規兵部隊も加勢や銃士隊が正確な援護射撃が開始した事により、選帝諸侯軍は追撃出来ず、ブレトニア軍は後退に成功した。

 

結果その日はそのまま戦は流れ、両軍共に塹壕を形成して中に立て籠ることになった。

 

本陣にはタジムニウスを始めとした諸将が集まっていたが、最前列で戦っていたレパンだけは未だ来ていなかった。

 

ブレトニア兵

『レパン卿がお着きになりました。』

 

本陣に入ってきたレパンは最前線で戦った姿のままだった。

 

そしてタジムニウスの前に立つと跪き、首を差し出した。

 

タジム

『何の真似か…リヨネース卿。』

 

レパン

『先鋒を任されて置きながら思う様に戦果を上げられず、悪戯に兵を死なせました。

 

この上は死してお詫び申し上げたく存じます。』

 

タジムニウスはレパンは掴み立たせるとその頬に思い切り平手打ちをかました。

 

乾いた頬を叩く音が本陣に響いた。

 

タジム

『自惚れるのも大概にせよ‼︎

 

レパン・ド・リヨネース‼︎‼︎

 

貴様1人の命で解決する程戦は甘くは無い‼︎

 

戦は百戦して百勝できるものでは無い‼︎

 

一々陳謝は無用である‼︎

 

第一に貴様には帰りを待つ領民達が居ろう、それらよりも自身の面子を取るとは何が領主か‼︎』

 

レパンは眼から涙を流し、嗚咽を押し殺した。

 

タジム

『それでも尚、自身を咎める事が辞められねば明日の戦で今日よりも戦功を稼いで来い良いな‼︎』

 

レパン

『ハッ‼︎』

 

タジム

『座れ、リヨネース卿。』

 

レパンは一礼すると本陣の自身の椅子に腰掛けた。

 

落ち着きを取り戻したところでカルカソンヌ公が切り出した。

 

カルカソンヌ公

『然し、敵の第二線は妙な戦い方をしておりましたな。

 

こちらが動けば、それに合わせて確実に相殺して来る、封殺自体は当たり前の事、問題はそのスピードが尋常ならざる早さという事です。』

 

バストンヌ公

『陛下、敵の第二線の主力を担うのはボリス・ドートブリンガーのミドンランド軍の様です。』

 

タジム

『奴の肝煎りの軍か、歴戦の軍と聞く。

 

……彼らのかつての主敵は確か、ガレマール軍の…。』

 

タジムニウスは一人でぶつくさと呟き出したので諸将はお互いの顔を見合わせたが、賢人達は彼の冒険者自体の癖なので落ち着いて見守っていた。

 

アリゼー

『始まったわね、タジムの考え事が。』

 

アルフィノ

『あの自問自答に使われる知識と経験がどこから動員されているのか、時折考えたくなるよ。』

 

暫くしてタジムニウスは己の指を鳴らした。

 

どうやら閃いたようであった。

 

タジム

『よし、決めた。

 

各自配置はそのまま、それぞれの軍で待機』

 

と言い掛けた所でラッパが鳴った。

 

敵襲か?

 

いやこれは味方が到着した時のラッパであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。