無惨との最終決戦にうっかり紛れ込んでしまったヘタレモブ隊士の話   作:Amisuru

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無惨との最終決戦にうっかり紛れ込んでしまったヘタレモブ隊士の話

 

 

 戦う意思を欠片も持っていなかった訳じゃない。

 俺は鬼殺隊士だ。鬼によって身内を殺され、その恨みを晴らすために刀を取った者だ。

 身体を鍛え、呼吸を覚え、最終選別にだってきっちりと通った。

 階級は下から数えた方が早くとも、鬼の首だってそれなりに落とした経験がある。

 だから今、俺はこの場所に立っている。

 その筈、だったんだ。

 

 

 鬼舞辻無惨。鬼を統べる者。我らが恩讐の向かう先。

 そいつが今まさに、我ら鬼殺隊の手によって討たれようとしている。

 お館様の屋敷が襲撃されたと鴉に伝え聞かされた時は、流石に耳を疑った。

 緊急招集を受け屋敷へと駆けつけてみれば、跡地は既に火の手の中。

 屋敷に代わってその地に在るは、血鬼術で創られたと思しき、地下へと続く謎の建物。

 聞けば、柱を始めとする一部の隊士たちは、既にこの建物へと飛び込み、鬼たちと交戦を始めているという。

 お館様は我が身を犠牲に無惨をこの建物へと追いつめ、今は幼き跡継ぎ殿が、お館様に代わって指揮を執っているとも。

 俺は他の(ひら)隊士たちと共に、先に突入した第一陣に続く、第二陣としての参戦となった。

 招集を受けた他の隊士たちが集まり、陣としての数が揃うまでの間にも、鴉の口から立て続けに最前線の模様が伝わってくる。蟲柱/胡蝶しのぶ死亡。上弦の参と弐を撃破。霞柱/時透無一郎、並びに階級・丁/不死川玄弥、死亡。上弦の壱を撃破――

 柱と月が互いに欠けていく。絶望が殴りつけてきたかと思えば希望の光が差し込んでくる、その繰り返し。それでも確かに、鬼殺隊(こちら)の方が前に進んでいると思った。

 そして、俺たち第二陣も建物の中へと突入し、奥へ奥へと進んでいく最中――ついにその一報が舞い込んできたのだ。

 

 

「カアアアァ――ッ!! 発見! 第一陣、鬼舞辻無惨ヲ発見! 無惨ハ繭ノヨウナ物ニ包マレテ動ケズ!!」

 

 

 見つけた。無惨を見つけた。身動きの取れない無惨を。鬼殺隊が!

 共に道往く隊士たちが、一斉に歓喜の声を上げる。当然、俺だって叫んだ。

 届いた。鬼を滅ぼさんとする我らの刃が、ついに無惨の喉元へと届いたのだと、そう思った。

 ようやく世界の夜が明ける。宵闇に潜む悪鬼どもに怯えることなく、皆が安心して眠れる夜がやってくる――早くも幸福な未来予想図を描き始めていた俺の視界に、ひらひらと舞い落ちる何かが映った。

 

 

「……紙?」

 

 

 伝令の鴉が身に付けていたものだろうか? 飛び回っている最中に落としていったらしい。目のような模様が刻まれていて、何らかの(まじな)いが籠められているようにも感じられる。

 他の隊士たちが脇目も振らずに駆けていく中、俺は反射的に立ち止まり、その紙を拾い上げてしまった。特に深い理由はない。強いて言えば、俺は昔から()()()()()()()()人間だった。『育手』の男にもよく叱られたものだ。判断が遅い、と。

 やるべきことをやるべきときにやれない人間というのは、いつだって肝心なときに乗り遅れる。今回もそうだった。

 

 

 ここで立ち止まらずに進んでいれば、何も為せずとも、鬼殺隊士の一人として死ねただろうに。

 

 

「復活ッ! 無惨復活ッ!! 柱ノ到着ヲ待テ! 回復ノ為ノ食料ニサレル! 聞コエテイル者! 皆一旦退キナサイ!!」

「え……」

 

 

 復活――繭から出てきたというのか? 無惨が? 第一陣はどうなった? いや、それよりもまずは指示のとおりに――そう考えて、踵を返しかけた瞬間。

 道の先から相次いで、隊士たちの悲鳴が響いてきた。

 

 

「ギャアァァァアアアァ!!」

「無惨だ! 逃げっ」

「ヒイィィイィィィィ!! ひっ――」

 

 

 それは狩人の声ではなかった。狩られる側の、食われんと藻掻く餌たちの断末魔であった。

 先に進んでいった筈の隊士たちが、這う這うの体で逃げ帰ってくる。その背後から、嵐のように腕を振り回して、屍の山を築き上げながら迫ってくる、そいつこそが――

 

 

「もういい」

 

 

 ――鬼舞辻、無惨。

 美しい男だった。怨敵に抱くような第一印象ではなかったが、顔だけは紛れもなく美しかった。引き締まった身体に白い長髪、この世の全てを見下したように酷く醒め切ったその眼光は、王たる者に相応しい威圧感を備えていた。

 

 

「誰も彼も役には立たなかった。鬼狩りは今夜潰す。私がこれから皆殺しにする」

 

 

 両親の仇。同胞の仇。命に代えても討つべき、我ら鬼殺隊全ての仇。

 それが目の前にいるというのに、俺は身動き一つ取れなかった。息をすることすら忘れていた。我ら鬼殺隊士にとって、呼吸とは戦意そのものだ。それを忘れてしまっては、戦うことなど出来やしない。

 この瞬間に、俺は鬼殺隊士である資格を失ってしまったのだ。

 無惨は俺の脇をすり抜けて、その場を歩き去っていく。俺に興味がない――違う。存在自体が、認識されていないらしい。理由はまったく理解らないが、俺はひたすらに、鴉の落とした紙を握り締めながら祈っていた。どうかこのまま立ち去ってくれ。最後まで俺に気付かないでくれ――

 祈りは届いた。届いてしまった。無惨の気配が消え去ったのを感じた瞬間に、止めていた息をどっと吐き出し、尻餅をついた。その呼吸は乱れに乱れ、全集中のそれとはあまりにもかけ離れていた。鬼殺隊士の呼吸ではなかった。

 どうする。これからどうするんだ。第一陣はおそらく全滅、そして第二陣も。俺一人だけが生き残って、これから一体何を為せるというんだ。

 いや――そもそも俺は、再び無惨と対峙したとき、奴に刃を向けることが出来るのだろうか?

 

 

 (ごみ)のように食い散らかされた、同胞たちの亡骸が目に入る。

 憤らなければならなかった。仲間の仇を討つのだと、奮い立たなければならなかった。

 にも拘らず、立ち上がれない。それどころか、俺は――

 

 

 安堵していた。

 ()()()()()()()()()()()と、心の底から、ほっとしていたのだ。

 

 

 

 死ぬのが怖いというのは、人として当然の感覚だと思っている。

 けれど、その死に怯える人々を守り抜くために、命を賭して戦う者こそが鬼殺隊士の筈だった。

 我らに怯え、立ち止まることは許されない。お館様も、戦いの中で散っていった数多の隊士たちも、誰もが我が身を投げ打ってきた。全ては鬼を、鬼舞辻無惨を討ち果たすために。なればこそ、俺も彼らに続かなければならなかったというのに――

 生き延びた。

 ただただ、生き延びて、しまった。

 これを生き恥と呼ばずして、果たして何と呼べばいいのか――

 

 

 

 

 

 べん。

 

 

 べべん。

 

 

 

べん

べん

べん

べん

 

 

 

べべん。

 

 

 

 

 

 琵琶の音が鳴り響き、瞬く間に景色が入れ替わる。何が起きているのか、まるで理解できない。

 ただ、気付いたときには広間の一角にいた。狭い通路のど真ん中でへたり込んでいた筈なのに。

 

 

「炭治郎。落ち着け。――落ち着け」

 

 

 広間の中央から、男の声がする。冨岡義勇――水柱だ。隣にいるのは確か、竈門炭治郎。隊士になったのは俺よりも後の筈だが、既に俺よりも階級は高く、そして強い。今も殺意に満ちた目つきで、相対する鬼舞辻無惨を睨み付けている。

 信じられない。そう思った。あの化け物を前にして、何故そのような目が出来るのか。

 恐ろしくないのか? 奴の前に敵として立つことが、どういう意味だか理解っているのか?

 お前のその意志の強さは、一体どこから生み出されているものなんだ?

 

 

「しつこい」

 

 

 鬼舞辻無惨は吐き捨てる。己を見据える竈門炭治郎の殺意を、何の価値もないと言わんばかりに切って捨てる。

 

 

「お前たちは本当にしつこい、飽き飽きする。心底うんざりした。口を開けば親の仇、子の仇、兄弟の仇と馬鹿の一つ覚え――」

 

 

 ――そこから先の無惨と炭治郎のやり取りを、俺は決して聞くべきではなかった。

 俺が決定的に鬼殺隊士でいられなくなってしまったのは、きっとこの時に違いなかったからだ。

 

 

 

「――お前たちは生き残ったのだから、それで充分だろう」

 

 

 

 そうだ。

 その通りだ。

 

 

 

 心の底から同調して、その後すぐに、吐き気がした。

 ……今、俺は、何を思った? 無惨の主張に賛同したのか? 鬼殺隊士の、この俺が?

 あり得ない。そんなことは、あってはならない。

 父を殺された恨みを思い出せ。母の亡骸に寄り縋り、泣き叫んだ日のことを思い出せ。

 俺の全ては、あの日から始まったのだ。あの時確かに、俺の腹の底には途方もない悲しみと怒りがあった筈なのだ。その感情を息吹に乗せて、()()()()()()()()の鬼殺隊士だ。その原点に、立ち返らなければならない。

 だと、いうのに。

 

 

「身内が殺されたから何だと言うのか。自分は幸運だったと思い、元の生活を続ければ済むこと」

 

 

 その言葉に。

 救われようとしている自分がいた。

 惨めに生き残ってしまった自分を赦してくれるような、そんな錯覚に、囚われてしまったのだ。

 

 

 

「お前何を言ってるんだ?」

 

 

 

 そのせいだろうか。

 目を見開き、信じ難い者を見るように、冷たい声で言い放つ竈門炭治郎が。

 そのときの俺には、酷く恐ろしいものに見えてしまった。

 本当なら俺も、彼と同じ目で、彼と同じ側に立たなければいけない身の筈だったのに。

 彼の言葉が刃となって、そのまま俺の胸にも突き刺さってくるような――そんな感じがした。

 

 

「私に殺されることは、大災に遭ったのと同じだと思え。何も難しく考える必要はない」

 

 

 ――ああ。

 それに比べて、この男の語る言葉の、なんと心地が良いことか。

 

 

「雨が風が、山の噴火が、大地の揺れがどれだけ人を殺そうとも、天変地異に復讐しようという者はいない。死んだ人間が生き返ることはないのだ。いつまでもそんなことに拘っていないで、日銭を稼いで静かに暮らせば良いだろう。殆どの人間がそうしている。何故お前たちはそうしない?」

 

 

 その言葉は紛れもなく、俺の原点を否定するもの。

 この言葉を受け入れてしまったとき、俺という存在は終わってしまう。

 無惨の言葉はただの詭弁だ。たとえお前が災害に等しき力を持っていようとも、その力を持って悪事を為すのは、お前自身の意志によるものだろう。俺たちが赦せないのは、滅ぼさんとしているものの正体は()()なのだ。そいつをこの世から消し去らない限り、いつまで経っても悲しみの連鎖は終わらない。

 他者の尊厳を踏み躙り、悪びれず、意に介さない者。

 それこそが鬼だ。我らが刃を以て、滅ぼさなければならない者たちの名だ。力の有る無しは関係ないのだ。そのどす黒い邪悪こそを、俺たちは斬らなければならないのだ。

 

 

「理由はひとつ」

 

 

 わかっている。

 わかっていると、いうのに。

 

 

 

「鬼狩りは異常者の集まりだからだ」

 

 

 

 その言葉に。

 否定を返せない、自分がいた。

 

 

 無惨の主張に、一から十まで同調するわけではない。

 この男を赦せないと思う。この男は死んで然るべきだと、心の底から思っている。

 ただ、その意志を刃に変えて、立ち向かおうとする闘志だけが、どうしても湧いてこないのだ。

 無惨の言っている()()とは、そういうことだ。鬼殺隊の教義が異常だと言っているのではない。その教義に殉じて、刀を振るい続けられる者たちのことこそを異常だと言っているのだ。

 両親の命を奪った鬼は、その元凶となった無惨は、確かに赦せない。

 赦せないが――それ以上に、自分自身の命が惜しい。

 正常な反応の筈だ。人間として、当然の考え方の筈だ。誰だって自分自身が最も大切なものだ。

 だが、鬼殺隊士というものは、そう(正常)ではない。

 そういう意味では、間違いなく、鬼殺隊とは異常者の集団に他ならなかった。

 

 

「異常者の相手は疲れた。いい加減終わりにしたいのは私の方だ」

「……無惨。お前は」

 

 

 心の芯が傾いていく。鬼舞辻無惨に、自分自身を重ねてしまう。

 竈門炭治郎がその言葉を放ったのは、計らずも、その最中のことであった。

 

 

 

「存在してはいけない生き物だ」

 

 

 

 その瞬間に。

 俺の中で、何かが折れる音がした。

 

 

 

 

 

 気が付いた時には、三日月の下にいた。

 夜空――月が見える。地上だ。地上に出たのだ。いつの間に? 何があった? 一体俺はどれだけの間、呆然としていたのか――

 酷い吐き気がする。体内のあらゆる器官が揺さぶられて、平衡感覚を保てない。仰向けに倒れたまま月を眺めていたところに、今日一日ですっかり聞き慣れてしまった、鴉の声が響き渡る。

 

 

「カアアアッ! 一時間半! 夜明ケマデ一時間半!!」

 

 

 朝になっていないことを伝える――即ち、朝を待たなければならない理由があるということだ。

 まだ何も終わっていない。無惨は生きている。戦いは続いている。ならば、往かなくては。

 往って――無惨の下へと赴いて、何を為せるというのだろう? 戦う意志を無くしたこの俺が、死ぬべき時に死ねなかった俺が、今更。

 

 

「――やれるものなら、やってみろ!!」

 

 

 答えを出せぬまま、ふらふらと声のする方へと歩いていく。

 空気が震え、地が揺れている。遠くに見える十字路のど真ん中で、無惨と柱たちが戦っている。荒れ狂う無惨の無数の腕を掻い潜り、柱の技が無惨の身体を斬りつけていく。

 にも、拘らず。

 

 

「えっ!? えっ!? あれっ? 斬ったのに斬れてない!?」

 

 

 通じない。意味を成さない。柱でさえも、まるで無力。

 終わりだ。技を出し切ったことによる硬直と、手傷を与えられなかったことへの動揺。無惨を前にして、それは余りにも致命的な隙だった。水柱、蛇柱、恋柱。次の瞬間にも、三つの柱が纏めて折れる。無惨が軽く腕を振るうだけで、彼らの胴はいとも容易く千切れ飛ぶのだ。

 

 

 俺は()()()()を、ただただ遠巻きに眺めていた。阿呆のように。白痴のように。

 そう。

 俺はまたしても、為すべきことを為せなかったのだ。

 

 

 

「行け――!! 進め――!! 前に出ろ!!」

 

 

 

 結論から言うと、柱は折れなかった。

 彼らの前に飛び出した、無数の平隊士たちが盾となり、無惨の攻撃を防いだのだ。

 俺と同じ、柱に比べればその他大勢(モブ)に過ぎない者たちが、己が命を微塵も顧みることなく。

 

 

「柱を守る肉の壁になれ! 少しでも無惨と渡り合える剣士を守れ!!」

「――ひっ」

 

 

 戦う者の喉からは決して出る筈のない、か細い呻き声だった。

 俺の声だった。

 

 

「今までどれだけ柱に救われた! 柱がいなけりゃとっくの昔に死んでたんだ!! 臆するな戦え――っ!!」

 

 

 

 

 

 やめろ。

 やめろ。

 やめてくれ。

 

 

 

 誰も彼もが死んでいく。我が身を投げ打ち、無惨という絶対的暴威に立ち向かって散っていく。

 ()()()()()()()()()()()()()と、この光景が、隊士たちの絶叫が、突きつけてくる。

 わかっている。

 わかっているんだ。

 声を上げた隊士は、俺たちに死ねと言っていたわけじゃない。最善を尽くせと、そう訴えただけなのだ。その声に追いつめられているのは、俺に覚悟がないからだ。折れてしまっているからだ。

 隊士の主張は正しい。どこまでも、正しい。俺が命を惜しんだばかりに、柱たちの命が失われることなど、あってはならない。断じてあってはならない。

 その正しさに今、俺の心が、圧し潰されそうになっている。

 

 

 

『存在してはいけない生き物だ』

 

 

 

「あ……ああ、ああああぁ……」

 

 

 そうだ。

 俺のような者が、鬼殺隊に属していてはいけない。

 ()()()()()()だなどと、謳っては、いけない。

 俺という存在のせいで、俺がここにいるだけで、彼らの戦いが、()()()()()が、汚れてしまう。

 

 

 

 心を燃やせぬ者に、鬼殺隊士を名乗る資格はない。

 

 

 

 『滅』と刻まれた隊服を脱ぎ捨て、半裸になった格好のまま、ふらふらとその場を歩き去る。

 獣のように。鬼のように。人ならざる、者のように。

 或いは、鬼殺隊の刃は、無惨の命をも断ち切るのかもしれない。彼らの心の炎は、邪悪をも焼き尽くしてしまえるのかも、しれない。

 それでも――嗚呼、それでも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――ほら、今まさに一匹、野に放たれようとしているだろう?

 生き汚く、見るに堪えない、惨めな小鬼が、ふらふらと。

 

 

この話に後日譚を用意するとしたら

  • ヘタレ救済エンド
  • ヘタレ闇落ちエンド
  • 後日譚とかいらなくない?
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