無惨との最終決戦にうっかり紛れ込んでしまったヘタレモブ隊士の話 作:Amisuru
あけましておめでとうございます。
並びに評価、感想、お気に入り、そしてアンケートへのご協力ありがとうございました。
今回のお話は前回の投稿から2~3日くらい経って書き始めたものです。
ええ、その頃は救済エンドが最多票だったのです。かなり僅差だったのですが。
アンケートは閉め切らせていただいたのですが、最終結果については御覧の通りです。
というわけで、闇落ち派&続き不要派の皆様、申し訳ございません。
続いてしまいました。てへぺろ。
俺は。
俺が一番、自分のこと好きじゃない。
ちゃんとやらなきゃっていつも思うのに、怯えるし、逃げるし、泣きますし。
変わりたい。
ちゃんとした、人間になりたい。
――周囲に満ちた暗闇が、建物の中ではないことを伝えていた。城を地上へと引き上げることに成功したのだ。
愈史郎は地に伏せた身体を起こそうとして、それからすぐに、立ち上がれないことを悟った。腰から下が瓦礫に埋もれてしまっている。いっそのこと潰れていてくれれば上半身だけで這い出せたものを――などと思いつつ、周囲を見渡す。
自分が操っていた、琵琶を弾く鬼の姿はない。無惨に細胞を完全に破壊されたようだ。
2丈(約6m)ほど先に、一人の男が倒れている。無惨と綱引きをしている最中に声を掛けてきた鬼殺隊士だ。
「……おい、起きろ。『俺を食え!』などと威勢の良いことを言っておいて寝るんじゃない」
返事はない。地上に出た時の衝撃で気を失ったのか、或いは最悪、死んでいるのか。顔が向こうに向いているので判別が付かない。軽く舌打ちをして、城のあちこちにバラ撒いた『眼』へと意識を向ける。
愈史郎の血鬼術によって生み出された『眼』と呼ばれる紙には、身に付けていると他者の視界に映らなくなるという効果の他、他の『眼』と視界を共有できる効果も備わっている。城のあちこちにバラ撒いた『眼』の保有者を見つけ出し、そいつに瓦礫から身体を引き摺り出させるのだ。
高速で上空を素早く飛び回っている視界――駄目だ。こいつは鴉だ。役に立たない。
暗転したまま動かない視界――持ち主不在で裏返しになってどこかに落ちている。次。
傷だらけの女と金髪の男が映っている視界――我妻だ。ということは持ち主は村田か? それにしては随分と視界の動き方が忙しない――とにかく、どうもこの三人は市街地からやや離れた場所に出てきてしまったらしい。こちらへと辿り着くには時間が掛かりそうだ。
ならばこいつはどうだ。やけにゆったりとした歩みだが、周囲に映る建物が愈史郎の視界に映るそれと殆ど変わりない。今通り過ぎようとしている建物など、そこの角に建っているのと全く同じでは――愈史郎がそのことに気付いた直後、角から『眼』の持ち主がふらりと姿を現した。
半裸の男であった。刀を下げているので鬼殺隊士の一人であることは間違いないのだが、何故か隊服を着ていなかった。それに眼差しもどこか虚ろで、生気をまるで感じられない。そんな顔つきでゆらゆらと千鳥足になってうろつく様は、さながら幽鬼の如し。顔立ちも特筆すべき点はなく、愈史郎の美的感覚に照らし合わせてみれば、
たとえこいつが
「おい! そこのお前! 俺をここから引っ張り出せ!」
声を掛けると、醜男は緩慢に視線をこちらへと向けた。その遅々とした動作に苛立ちを覚える。
こいつは一体、戦いもせずに何をやっているんだ。既に無惨と隊士たちの戦いは始まっている。一刻も早く自分もそこへと駆けつけて、隊士たちの助けにならなければならないというのに。
そう――珠世様の命を奪った、鬼舞辻無惨を何としてでも滅ぼすために。
視界が滲みそうになる。食い縛った歯がぎりりと音を立てている。ありったけの悲しみと怒りが綯交ぜになって、頭がどうにかなりそうだった。
珠世様が死んだ。珠世様が死んだ。奴が殺した。鬼舞辻無惨。奴が。奴が!!
赦せない。赦せるわけがない。珠世様の存在しない世界で、奴がのうのうと生き続けることなどあってはならない。殺してやる。絶対に、殺してやる。
借り物の隊服が今になって、初めて自身のものになったような気がした。俺は鬼だが、だったら何だ。今の俺は間違いなく、この隊服を着ている誰よりも、鬼舞辻無惨を殺したいと思っている。ならば俺は鬼殺隊士だ。そんな肩書きに価値があるとも思わないが、奴を殺すために死力を尽くす者の一人だ。
お前はどうなんだ、醜男。何故未だにぼうっと突っ立っているんだ醜男。お前の顔は何故そんなにも醜いんだ醜男。ああクソ、眺めれば眺めるほどに醜く見えてくる。醜い上に愚図で鈍間とは、救いようのない生き物だ。こんな奴が未だに生き永らえているというのに、珠世様が既にこの世のものではないという事実が信じられない。腸が煮えくり返るような思いがする。
「……駄目だ」
「何が駄目だ。試しもしないうちから諦めるな馬鹿が。何ならそこに寝ている奴を叩き起こしてもいいんだぞ」
「そうじゃない……俺はもう……駄目なんだよ」
ただでさえ形の悪い醜男の顔が、更にくしゃりと歪む。もはや正視に堪えない。更に言うなら、口にしている言葉の意味も理解できない。鬼との戦いで深手を負っているのならまだしも、こいつの身体に傷らしい傷など欠片も付いていないというのに、一体何が駄目だと言うのか。
「鬼殺隊士になんて、なるべきじゃなかった。俺には資格がなかったんだ。無惨に対する恨みも、命を投げ出す覚悟も、まるで足りなかった……仮に無惨を滅ぼすことが出来たとしても、その時に皆と喜びを分かち合う資格が、俺にはもうないんだ……」
そう言って愈史郎から視線を切り、ふらふらと歩き去ろうとする醜男。
待て。
まさか、こいつは。
――逃げ出そうとしているのか? 誰もが命を懸けているこの戦場から、たった一人で?
馬鹿な。あり得ない。信じられない。無惨がすぐそこにいるんだぞ。珠世様を殺したあの男を、この世から葬り去れるかどうかの瀬戸際なんだぞ。
赦せないとは思わないのか、鬼舞辻無惨を。そして何より――
大切な人の仇から逃げ出す自分自身を、赦せないとは思わないのか。
「ふざけるな!!」
怒鳴り付けられた醜男がびくりと身体を震わせ、怯えたような視線をこちらに向けてくる。その弱者を気取った態度にもまた腹が立ってくる。こういう態度を取っていれば、叱りつけている相手を悪者に出来るとでも思っているのだろうか? お前を憐れんでやるとでも思うのか? そんな筈がないだろう。甘ったれるのも大概にしろ。
「逃げるな! 務めを果たせ! それでも鬼殺隊士かお前は!!」
「……だから言ったじゃないか、資格がないって。俺はもう、鬼殺隊士じゃない。俺は、
鬼だ。
こいつの吐き出す言葉の全てに殺意が湧く。こんな感覚を味わうのは、生まれて初めてだ。自己弁護と言い訳の塊が肉を纏って蠢いている。何故こいつの顔がこうも醜く見えるのか、その理由がよく
赦せない。無惨以上にとは言わないが、この男もまた赦せない。地に手を突いて、腕の力だけでどうにか這い出そうとしながら、愈史郎は去り行く醜男の背中に呪詛の言葉を投げかけた。
「お前――このまま逃げ出して、幸福な生涯を歩めるとでも思っているのか」
口にしながら、愈史郎の中に思い浮かぶ、二人の男の顔があった。
金と黒。雷の刃。同じ呼吸の技を身に着けながら、袂を分かつことになった剣士たちの顔だ。
「城の中で俺は、元鬼殺隊の男が鬼になっているのを見た。そいつは上弦の座を与えられ、力に酔いしれて奢っていた。だが結局は首を斬られて呆気なく死んだ。平時であればお前よりも臆病者にしか見えない、弱音と泣き言だらけの隊士がそいつを討ったんだ」
「……お前、一体何の話を……」
「わからないか?
醜男が足を止めて、ゆっくりと振り返る。そして、あろうことか――こちらを睨み付けてきた。
おぞましい。仲間の命を奪われても憤ることすら出来なかった癖に、自分のこととなると一丁前に怒りを露にするだなんて、恥知らずにも程がある。いよいよもって見るに堪えなくなってきた。
「……そんなことはない。生きてさえいれば、幸せになれる機会は必ず訪れる筈だ。そう、生きてさえいれば――」
「本当にそう思うか? 仮にお前がささやかな幸福を手にすることが出来たとしても、絶対に頭を過る筈だ。何故お前だけが生き残るんだ、何故自分たちは失ったのにお前だけが――という、命を落とした者たちの憎しみの声がな」
「そんな奴はいない! 鬼殺隊にそんな奴は一人もいないんだ、仮にいるとしたら――」
「そうだ。
真正面から見据えてそう言うと、たちまち醜男の目から覇気が失われて、怯える者のそれへと早変わりする。
一度折れた意志というのは、容易く元には戻らないものだ。
「お前自身の弱い心が、有りもしない恨みの声を生み出し、お前を責め立て続けるんだ。為すべきことを為さない限り、その声からはいつまで経っても逃れられないぞ。聞こえない振りを続けるのはお前の勝手だが、そうすればいよいよ、お前の歩む道は畜生道だ。人間らしい末路を迎えられるとは思うなよ」
「う……うう……」
醜男が呻き声を上げる。人に留まるか、鬼に堕ちるかの瀬戸際でもがき苦しんでいる。
醜男の懊悩を愈史郎は理解できない。愛する者を失った世界で生き永らえることに、何の意味があるのかと愈史郎は思っている。己の命と引き換えに無惨を討ち果たすことが叶うのなら、喜んでそうする。鬼殺隊士というものも、そういう連中の集まりだと思っていた。
だがこの醜男は違うのだという。自分自身の命が何よりも大事なのだという。そんな輝きのない
不意に。
そんな言葉を、思い出した。
何も最初から、あの方に生涯を捧げるつもりで鬼になった訳ではなかった。珠世様への愛に目覚めたのは、あの方のためなら死んでもいいと思うようになったのは、共に生き、あの方の優しさに触れ続けてからのことだ。
初めはただ、ひたすらに、願望だけがあった。
死にたくない。
その一心に縋り付いて、愈史郎は人であることをやめた。
誰もが最初から、信念を――折れない心を持っているという訳ではない。
そもそも、
こいつもきっと、
「――さっきの話の続きをしてやる」
再び脳裏に、二人の剣士の顔が過る。
我妻善逸と上弦の陸。臆病ながらも人のままで在り続けた者と、他者を顧みず鬼へと堕ちた者。
「上弦の陸の首を落とした奴の話だ。奴は戦っているときこそ勇ましかったが、治療を終えてからはそれはもう見苦しかった。口を開けば痛い辛い死ぬもう駄目無理の繰り返しで、とても上弦の首を斬った剣士とは思えない無様さだった。鼻水と涙を撒き散らし、みっともなく、見るに堪えない――まるでお前の顔のようだった」
「――な」
「だが、
――そう、珠世様を人間として扱ってくれた、竈門禰豆子を醜女だと思えなくなったように。
愈史郎の目は、自身が鬼だと感じた者を醜く映すように出来ている。血鬼術の性質によるものなのか、或いはこの眼が血鬼術を生み出したのかまでは理解らない。だが、とにかく。
竈門禰豆子の肉体は鬼だ。だが心は、魂までは、そうではなかった。
我妻善逸も、ひたすらに、人間だった。亡き師のために刀を振るう、自分ではない誰かのために命を懸けられる者だった。
「散々喚き散らしながらも、奴は今尚この地に留まって戦っている。他の隊士たちもそうだ。奴を――鬼舞辻無惨を赦せないという一心で、怯える心に喝を入れながら踏み止まっている。――
お前が本当になりたいものは、どっちなんだ。
畜生。
畜生。畜生。畜生。
この無駄に顔の良い隊士は一体何なんだ。どうして俺の姿が見えるんだ。無惨にさえも気付かれなかったというのに。どうして俺はこんなところで、こんな男に捕まって、説教染みたことを聞かされる羽目になっているのか――
「……転げ落ちたく、なんかない」
わかってる。
理由なんて、わかりきっているんだ。
「それでも、俺は、死にたくない……死にたくないんだよ……」
俺が、鬼だからだ。
どうしようもなく、甘ったれた、餓鬼だからだ。
わかっているんだ。一度逃げ出すことを覚えたら、きっと俺はこの先も、弱い方へ、弱い方へと流れていく人間になってしまうんだって。そうしてやがては、真の意味での鬼に成り果ててしまうんだろう。この隊士の話に出てきた、上弦の陸の男のように。
どうして俺はこうなんだ。そうするべきだと思ったことから、平気で逃げ出してしまえるような弱い人間になってしまったんだ。身寄りを無くして他に選択肢がなかったからとはいえ、己の意思で鬼殺隊士になることを選んだんじゃないか。だったら務めを全うしろよ。他の誰もが出来ていることを、どうしてお前は満足にこなせないんだ。
両親の――育ての恩に報いるべく、我が身に代えても鬼舞辻無惨を討ち果たす。
両親に愛されていなかった訳じゃない。ただ、何かが足りなかったのだと思う。言葉か時間か、或いはその両方か。とにかく、
齢九にして両親を失い、育手に三年修行を付けられ、隊士になったのが十二の時。才覚は無く、階級も碌に上がらないまま、気付けば四年もの月日が過ぎていた。特別仲の良い隊士がいる訳でもないし、女も知らない。ただ我武者羅に、刀を振るうだけの毎日。
その果てに待っているのが、無惨に薙ぎ払われるだけの
俺の命を糧にして、柱が無惨を滅ぼしてくれるのならそれで満足だ――なんて気持ちには、到底なれない。
屑だ。
屑以外の何物でもない、俺の本心だ。
畜生。
だから俺は、鬼殺隊士なんかになるべきじゃなかったんだ。
彼らの傍にいると、俺みたいな人間は、存在していること自体が罪のように思えてくる。彼らが鬼へと向ける言葉が、そのまま自分自身へと突き刺さってくるような錯覚に囚われてしまう。
ともすれば、俺の本来いるべき場所は、鬼殺隊ではなかったのかもしれない。それこそ上弦の陸のように、身も心も鬼へと成り果ててしまえば、こんな苦しみを味わうこともなかったのかもしれない。
けれど。
ああ、けれど。
それでも俺は、人間のままで在りたいんだ。
鬼になんか、外道になんか、堕ちたくはないんだ。
「死にたくない……だからって、人であることも止めたくない……畜生、俺はどうすればいいんだ、なあ、どうすればいいんだよ……?」
「……とりあえず、今のお前が何よりも先にやるべきことを言ってやろうか」
そう言って、顔の良い隊士は
「俺を、ここから、引っ張り出せ」
瓦礫に半身埋まったままの格好で、ふてぶてしく、命じてくるのだった。
話の都合で竹内くんには眠ってもらいました。ごめんね竹内。死なせた訳ではないぞ竹内。
ピクシブ百科事典じゃ「行け――!! 進め――!! 前に出ろ!!」の子と同一人物扱いされてたけど、多分別人だよね竹内。そうだと言ってくれ。
多分次で終わると思いたいのですが、モブ君と絡ませたい人物が愈史郎以外にもいるので果たして終わるかどうか……とりあえず無惨戦はキンクリして次回は終戦後から。