無惨との最終決戦にうっかり紛れ込んでしまったヘタレモブ隊士の話   作:Amisuru

3 / 6


小さい頃に横浜で見かけたリアルセミ人間さんは今も元気で生きているのかとふと思い出した回

本当に木にしがみ付いてみ~んみ~んと鳴いていました。成人男性でした。どうか善逸のようにしぶとく逞しく生きていてほしいものだと思います。




蝉人間~しがみつく者たち~

 

 

 結局、俺一人では隊士――愈史郎を瓦礫から引っ張り出せなかったので、近くで気を失っていたもう一人の隊士を起こして、手伝ってもらって。

 無惨との戦いで重傷を負った(正直見つけた時には手遅れだとしか思えなかったが)竈門炭治郎を、新たに合流した隊士――村田と共に救助して。

 その後、何やかんやあって――本当に何やかんやあった末に、無惨は滅び、戦いは終わった。

 俺はただ、金魚の糞のように愈史郎の後ろをついて回るばかりで、殆ど何も出来なかった。

 愈史郎の指示に従って、怪我を負った隊員の手当てに走り回ったりはしたけれど、最後まで刀を振るうことはなくて。

 誰もが傷付いた戦場の中、隠を除けば、俺一人だけが血を流していなかった。

 竈門炭治郎が鬼へと変えられ、隊士たちに牙を剥いたときも、俺は身動き一つ取れなかった。

 

 

 とうとう最後の最後まで、俺は『戦う者』には、戻れなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――で、そんな俺が今いったい何をやっているのかというと。

 

 

ギャアァァァアアアァァ!! 痛い痛い腕も足も胸も背中も痛くないところがないと思えるくらいに痛ぁぁぁぁぁぁい!! 何なの!? 戦ってる最中は無視出来たのに一日寝て起きてよーし身体動かすぞって思ったら即あちこちから悲鳴上がるの何なの!? 俺の身体に猿でも住み着いてるんじゃない!? ウッキィィィ今年は申年ィィィィィ!!

「ああもう、うるっせえなこいつ……! おい、頼むからじっとしててくれ! 包帯が巻けない!」

 

 

 蝶屋敷。今は亡き蟲柱・胡蝶しのぶの持ち家にて、ぎゃあぎゃあ喚き散らすズタボロの金髪隊士こと我妻善逸を相手に、四苦八苦しながら包帯の巻き直しを行っている最中で――ああもう暴れんなよ! 暴れんな! 手元が狂うだろうが!

 

 

「嫌だあああ何が悲しくて野郎に包帯巻き巻きされなきゃなんないの!? アオイちゃんどこ!? なほちゃんきよちゃんすみちゃんは!? 俺の可愛い蝶屋敷の女の子たちはどこ行ったのよ!?」

「他の部屋にも重傷の隊士たちがわんさか詰めてんだよこの屋敷には! あの子たちは今そっちの相手で手一杯なん――うわ、急に起き上がるんじゃない!」

「うおおお離せぇぇぇ!! 俺もそっちで女の子たちに優しく看病してもらうんだぁぁぁぁぁ!! ていうかね!? さっきから思ってたんだけどアンタ一体誰なのよ!? 蝶屋敷に()以外の生き物が住んでたらそれもう蝶屋敷じゃないでしょうが! 蝶屋敷は――……」

 

 

 と、そこまで捲し立てておきながら急に萎んで大人しくなる我妻。

 何だこいつ……まあいい、今のうちにさっさと済ませてしまおう。

 

 

「……死んじゃったんだよな、しのぶさん」

 

 

 ――済ませてしまおうと、思ったのだけれど。

 その呟きに釣られて、動かす手が止まってしまった。

 

 

「甘露寺さん……岩のオッサン……柱稽古が滅茶苦茶しんどかった蛇のヤツ……風のオッサンから助けてやったのに俺のこと殴りやがった同期のアイツ……甘露寺さん……霞柱の子まで……みんな俺より強かったのに、なんで俺なんかが生き残って柱の皆が死んじゃったんだろ……いや俺のこと殴ったやつは強かったのかわかんないけど」

 

 

 どさくさに紛れて恋柱だけ二回呼んでやがるこいつ。しかも名前で。

 胸の包帯を取り換える。白が剥がれて、ぐちゃぐちゃの赤が露になる。痛い痛いと泣き喚くのも無理はない。こいつもまた、鬼と戦い傷付いた者の一人なのだ。鬼殺隊士の務めを果たし、決して逃げ出すことのなかった者。

 

 

「……俺なんかとか、言うなよ」

「へ」

 

 

 だから。

 頼むから、そんなことは、言わないでほしい。

 

 

「愈史郎から聞いたよ。おまえ、上弦の鬼を斬ったんだろ。しかもそのまま、無惨とも戦って――立派で勇敢な鬼殺隊士だ。だから、俺なんかなんて言わないでくれ。おまえみたいなすごい奴に、そんなことを言われると――」

 

 

 ――自分が惨めで、堪らなくなる。

 そうだ。

 どうして自分が生き残ったのかだなんて、それこそ俺が口にするべき言葉なんだ。為すべきことを為さず、命を懸けるべきときに懸けられなかった者、それが俺だ。

 そんな俺がのうのうと生き残って、死力を尽くした柱の面々がこの世の者ではない。そのことについて考える度、吐き気と自己嫌悪で死にたくなる。

 

 

 死にたくなる()()、だけれども。

 

 

「……なんか知らないけど、じめっとしてるね。()()()()()

 

 

 無言で包帯を巻き直していると、不意に我妻がそんなことを言った。傷口から視線を上げ、正面から向き合う。訳の分からない台詞に反して、こいつの表情は笑っていなかった。

 

 

「……音?」

「そう。生き物の中からはさ、それはもう色んな音がするわけよ。それを注意深く聞いてみると、目の前の奴が何考えてるのかとかなんとなくわかんの。……今のアンタからは、どんよりとした音がする。何かを引き摺ってて、吹っ切れてない――そんな感じ。鬼は皆いなくなったってのにさ、なんだってそんなに暗いわけ? いや、野郎の悩みとか正直どうだっていいんだけど」

 

 

 だったら聞くなよ、と言い返すことは出来なかった。

 あまりにもみっともない打算だが――こいつであれば、俺の抱えている後悔に、多少なりとも理解を示してくれるような気がしたからだ。

 我妻善逸。向こうは俺のことを知らなかったようだが、俺はこいつのことを知っている。というより、こいつは鬼殺隊の中ではそれなりに有名人だった。何と言っても金髪だ。隊服も黒、髪の色も黒が殆どの鬼殺隊にあって、こいつの外見は集団の中にあっても一際目立つ色合いをしていた。髪色の話をするなら、最も人目を惹いていたのは恋柱の桃色の髪であったが――それももう過去の話だ。

 で、その目立つ見た目でこいつはやたらと騒ぐ。喚く。泣きじゃくる。柱稽古では音柱のところで一緒になったのだが、宇随天元の竹刀で背中をはたかれる度に悲鳴を上げては彼の妻たちに泣きついていたのを覚えている。……まあ、何やかんや言いながらも、次の稽古に移る許可を得たのは俺よりも遥かに早かったのだけれど。

 そう――駄目だ無理だと口にしながら、こいつは決して立ち止まらない。根性無し(ヘタレ)のようで芯がある。()()()()()()()()()()。俺と似ているようで、そこの部分が決定的に異なっている。

 その違いは、何処から生まれたのか。俺はそれを知りたいと思った。今更の話かもしれないが、その正体を掴まない限り、俺はこのまま何者にもなれないような気がした。

 人間にも鬼にもなれない、中途半端な何かのままでは、いたくなかったのだ。

 

 

「……俺、逃げようとしたんだ。無惨との決戦の最中に」

 

 

 故に俺は、口を開いた。

 話した。全てを話した。敵の本拠地で無惨に仲間たちが殺される中、ただ一人生き残ってしまったこと。その後、とある隊士と無惨の会話を盗み聞きしたこと。地上に出て、柱たちを庇うために飛び出すべき場面で飛び出せなかったこと。戦場を離れようとしたところで愈史郎に見つかって、なし崩し的に踏み止まる結果になったこと――

 

 

「――それで今は、愈史郎(アイツ)の助手みたいな立ち位置に納まったってわけ?」

「助手なんて聞こえの良いもんじゃない。小間使いみたいなもんだよ。あいつの指示に従って、あっちこっちの部屋を行き来して怪我人の面倒を見てる。……あいつ、日中はあんまり自由に動けないからな。この部屋もそこの窓から日が差してるし」

「そう、それだよそれ! ユシローってアレでしょ、獪岳とやり合って死ぬとこだった俺を助けてくれたあの無表情ヤローのことでしょ!? 実は鬼だったとか初耳なんだけど!!」

「俺も聞いたときは驚いたよ。あいつとその飼い猫って、無惨以外の奴に鬼にされたって話でさ。無惨が死んだ今でも唯一生き残ってる、世界に一人と一匹だけの鬼だ」

「マジで? 滅んでないじゃん鬼。鬼殺隊まだ仕事残ってんじゃん」

「……おまえ、愈史郎に助けてもらったんじゃなかったのか? 命の恩人を滅ぼそうとするなよ」

「だってアイツめちゃくちゃ顔整ってるじゃんよぉぉぉぉぉ!! アレでしょ!? どうせアイツも嫁とか三人こさえてるような奴なんでしょ!? あの顔だったら選びたい放題だもんなあよりどりみどりだもんなあ!? ねえ!? アンタもこの気持ちわかりますよねえ!? 同じ冴えない見た目に生まれた者同士さァ!!」

 

 

 傷口に指突っ込んで掻き回してやろうかなこいつ……。

 

 

「……俺の顔の話はともかく、愈史郎に対するおまえの妄想は的外れだと思うよ」

「いーや当たってるね! あんだけ顔の良いヤローが女と無縁の人生送るなんてあり得ないね! 男色家(ホモ)だっていうならわかるけど、そんな感じでもなかったし――」

「――その()はもう、切れたんだよ。我妻」

「……は?」

「無惨を滅ぼすために、鬼殺隊に協力してくれた鬼――珠世って名前だったそうだが、その女性(ひと)が愈史郎の想い人だった……らしい。だけど、その人もあの戦いで命を落としてしまった。あいつは――愈史郎はもう、独りなんだ」

 

 

 戦いの後――俺が愈史郎の使いっ走りを務めることになった過程で、ふとした流れから打ち明けられたことだ。

 無惨は死に、愛する人もいなくなった。最早この世に未練もないが、医者の真似事程度は務めてから去ってやる――というのが、愈史郎の言い分であった。胡蝶しのぶが命を落とした今、蝶屋敷を半ば乗っ取るような形で、あいつは傷を負った隊士たちの治療に尽力している。

 あいつはこの先、どうするのだろうか。このまま役目を終えたら、黙ってふらっとこの屋敷からいなくなるつもりなんだろうか? ()()()()()()()()()()()()()と、あいつは口にしたけれど――このまま放っておいたら、あいつ自身がそんな末路を迎えてしまいそうで、心配になってしまう。

 愈史郎の手伝いを名乗り出たのは、多分、それも動機の一つだった。鬼殺隊士として役に立てなかったことの罪滅ぼしだとか、そんな立派な理由じゃない。第一、こんなことで逃げ出そうとした罪を償えるとも思っていない。ただ――

 

 

 

『逃げるな! 務めを果たせ!』

 

 

 

 その言葉が今も、耳にこびり付いて離れないから。

 俺は未だに、一度脱いだ筈の隊服に袖を通して、鬼殺隊に身を置き続けている。

 利己的で弱く薄汚い、悪鬼(じぶん)の滅ぼし方を、知るために。

 

 

「……そっか」

 

 

 我妻はぽつりと、それだけを言った。やはりこいつも鬼殺隊士である以上、大切な人を失ったという話には共感するところがあるのだろう。

 包帯の巻き替えはもう済んでいる。鍛えているだけあって傷の治りが早い。この調子でいけば、二、三ヶ月もすれば普通に動けるようになるだろう。素人見立てだが。

 

 

「……なあ、聞いてもいいか」

「うん? 何?」

「おまえ――無惨や上弦の鬼と戦うとき、怖くなかったのか? 死にたくないとか、逃げ出したいとか、そういうことは思わなかったのか? どうして最後の最後まで、おまえは戦い続けることが出来たんだ?」

 

 

 意を決してそう訊ねると、我妻はどこか遠い目をして黙り込んでしまった。珠世さんの話をした時から、どことなくこいつの纏う雰囲気に変化が生じたような気がする。或いは、死んだ柱たちの話をしていた時の空気に戻ってしまったというか――故人を偲ぶ者特有の重苦しさというか、そういったものを感じる。

 

 

「……無惨と戦ってるときは、怖かったよ。悲鳴も上げたし、半べそも掻いてたような気がする。だけど――獪岳と戦うときは、平気だった」

「……獪岳? 上弦の陸か?」

「そうだよ。元鬼殺隊士で――俺の兄弟子だった」

 

 

 ――ああ。

 そういえばこの二人は、そういう関係だったような気がする。

 獪岳。あまり絡んだことはないが、如何なる時でも不機嫌そうな雰囲気を纏った奴だった。睨み付ける以外の視線の向け方を知らないような眼光と、吐き捨てるようにぶっきらぼうなその口調が他者を遠ざけていた。鬼殺隊士の誰にも心を開いていないような、そんな印象のある男だった。

 けれど、そうか。弟子がいたのか。いや違う、弟弟子か。どうでもいいけど、弟弟子って弟と弟が二つくっついてて何だか変な言い回しだよな。いや、本当にどうでもいいんだけど。

 

 

「……ってことは、同門対決だったのか。やり辛かっただろ」

「いいや――逆だったよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()って、ずっとそう思いながら戦ってた。……今まで生きてきた中で、一番集中して戦えた相手だったと思ってる」

「それは……なんていうか、責任感からか? 同門の剣士が鬼になってしまったことに、けじめをつけるっていうか……」

「……それも勿論あったけど、責任感とか、その前に――許せなかったんだ。獪岳(アイツ)のことも、()()()()()()

 

 

 許せない。その強い言葉に反して、我妻の語りに怒りの感情は乗っていなかった。或いは、その感情は既に燃やし尽くしてしまったのか――今はただ、やり切れない無念だけを抱えているように俺の目には映った。

 そして我妻は、ぼそりとその事実を口にした。

 

 

「――獪岳が鬼になった責任を取って、じいちゃん――俺たちの師匠は、腹を切って死んだ」

 

 

 

 それは。

 我妻もまた、大切な人を失った者の一人なのだという、告白であった。

 

 

「……おまえらの師匠って、確か、元鳴柱の――」

「そう。桑島慈悟郎じいちゃん。本人も獪岳もじいちゃんなんて呼ぶな、師範とか先生って呼べって言ってたけど、俺にとってはじいちゃんだったんだ。いっつも厳しくて、頭叩かれてばっかりだったけど――俺はじいちゃんが好きだった。でも……死んじゃったんだ。死んじゃったんだよ」

 

 

 ずびり、と鼻を啜る音がする。

 我妻が自分のことではなく、他人のことで泣きそうになっている姿を、俺は初めて見たような気がした。

 

 

「――その、悪い。辛いことを思い出させてしまったな」

「……いや、いいよ。アンタに聞かれなくったって、これから何度も、ふとした拍子に俺はきっと考えるんだ。どうやったら、じいちゃんは死なずに済んだんだろう。どうやったら、獪岳を鬼にしないで済んだんだろう――ってさ」

「……気持ちはわかるけど、我妻が背負う責任じゃないと思うよ、それは」

 

 

 獪岳のことはよく知らない。奴が鬼になった理由もわからない。けれど、弱い人間の考えることなら、よく知っている。

 苦しい希望の道と甘美な絶望の道が目の前に示された時、一も二もなく後者の道へと進んでいくのが弱い人間だ。そんな人間に、他者の差し伸べる手は届かない。俺が愈史郎の言葉に従って踏み止まることが出来たのも、()()()()()()()()()()()()()()と突きつけられたからだ。そうして何処へも行けなくなったまま、鬼殺隊士(にんげん)のフリをして生にしがみ付いているのが今の俺だ。

 命を賭して戦うべき相手(おに)は、もういなくなってしまったというのに。

 

 

「諦めるな、頑張れってどれだけ言われてもさ、どうにもならない時ってあるんだよ。そんな自分を惨めに思って、悔やんで、どうしようもない奴だって思うんだけど――結局、()()()()()でさ」

「……俺が……いる……?」

「いねえよ。見るな。そんなまじまじと俺を見るな。あと鼻水拭け」

「いやでもね? わかる。アンタの言ってることメチャクチャわかるよ俺。ホントね? 頑張れって言われて頑張れるんだったら人間苦労しないですよねえ!? というか俺もう頑張ってるよ! 頑張ってるつもりなんだけどさあ、周りはそう見てくれないっていうか、もっとやれるだろって俺のこと絞ってきてさあ、もうカラッカラだよ何も出ないよって思っててもまだ締め上げられるの! それがホントにしんどくってさあ、辛い辞めたい逃げたいって何遍も何遍も思ったよマジで!!」

「……それ、桑島さんにしごかれてた頃の話か?」

「そうなんだよじいちゃんってば酷かったんだよホントに! 俺がいつまで経っても一の型しか出来ないからってごんごん頭ぶっ叩くし、木にしがみ付いてみんみん泣いてた俺の首に縄引っ掛けて引き摺り下ろすし! 鬼なんかよりもじいちゃんの方がよっぽど鬼だったね! 怖かったね!」

 

 

 蝉か、おまえは。

 何なんだろうなコイツは。実の師のことをボロクソ言って、鬼だ何だと言いたい放題で、そんな人のために命を懸けて、兄と戦い、討ち果たして。

 頑張れたり、頑張れなかったりで。

 

 

「……そんなおっかないお師匠様でも、好きだったんだよな。おまえ」

 

 

 そう言うと、我妻はまたも躁から鬱へと急転換するように、それまでの勢いを一気に失って。

 

 

「……うん」

 

 

 短く、されどはっきりと、頷いてみせた。

 

 

「――アンタさ、逃げようとしたって言ってたよね」

「……ああ」

「俺もそうだったよ。じいちゃんのしごきに耐えらんなくて、キツくて、もう無理だって思って――その度に木の上によじ登ってぎゃーぎゃー言ってたんだけど、じいちゃんは絶対に、俺のことを諦めたりしなかった。()()()()()()()()()のは、俺の方じゃない。じいちゃんの方だったんだ」

「……そりゃ、しごいてる方に折れるも何もないだろ」

「そうかな? いつだったか、俺は獪岳にこう言われたよ。先生がお前に稽古をつけてる時間は完全に無駄だ。なぜお前はここにいるんだ、なぜお前はここにしがみつく――ってさ。……同じ気持ちを、じいちゃんが俺に抱いても不思議じゃなかったって、そうは思わない?」

 

 

 その罵倒は。

 今の俺にも、酷く突き刺さる、言葉だった。

 無駄なのかもしれない。今更他人に答えを求めたところで、手遅れなのかもしれない。一度鬼へと堕ちかけた俺が、真っ当な人間の道へと舞い戻る手段など、存在しないのかもしれない。

 自分自身を諦めてしまったら、何もかもが終わってしまうのに。

 やめろという言葉は、続けろという言葉以上に、受け入れてはならないものなのに。

 どうして人はいとも簡単に、続けることを止めてしまえるのだろうか。

 

 

「……俺、思うんだけどさ。アンタと俺と獪岳に、アンタが考えてるほどの差なんてないんだよ、きっと」

 

 

 不意に我妻が、そんなことを言った。やけに真剣な表情で、こちらを見据えながら、続ける。

 

 

「俺にはじいちゃんのしつけ方が合ってた。獪岳には合ってなかった。俺は運良く人のままでいられた。獪岳は運悪く、人のままではいられない何かに遭ってしまった――アイツのことを斬った時には、そんなことまで考えられなかったけど……()()()()()()()()()()()アンタのことを見てたらさ、なんか、そんな風に思った」

「……そうかな。獪岳はともかく、俺は多分、おまえのようにはなれないよ」

 

 

 そうだ。

 俺はきっと、我妻のように感謝の念は抱けない。弱い自分を棚に上げ、厳しく当たる桑島慈悟郎を逆恨みして、けれども逃げ出すことも育ち切ることも出来ないまま、彼の下で無為の時間を送り続ける――そんなどうしようもない自分の姿が、いとも容易く頭に浮かんでしまうのだ。

 

 

「おまえ、自分で言ってただろ。鬼になった獪岳と、それを止められなかった自分が許せなかったって。自分が鬼になったら、師の桑島さんが腹を切る羽目になるっていうのがわかってて、それでも鬼になった獪岳のことが許せなかったんだろ。だからやっぱり、おまえは自力で踏ん張れる奴なんだと思う。獪岳と同じ立場になっても、鬼にならない道を選べる――それがおまえだ、我妻」

「……アンタ、やけに俺のこと持ち上げるよね? アンタの目に俺ってどんな風に映ってんの?」

「さっきも言ったろ。すごい奴だって、そう思ってる。冗談だと思うなら、自慢の耳で感じ取ってみろ」

「いや、信じるけど――でも、何ていうかさ。何でもかんでも自分一人で出来るようになる必要なんて、ないのかもしれないって思って」

「……? どういうことだ?」

「アンタさ、愈史郎のおかげで逃げるの止めて、今こうやって俺のこと手当してるわけじゃない? それと同じでさ、獪岳が鬼になるってとき、俺がアイツの近くにいたら――ぶん殴ってでも止めたのになって、そう思ったんだよ」

 

 

 それは。

 今となっては叶いようもない、子供の夢のような話だった。

 

 

「……ぶん殴って、それから、どうするんだ?」

「それはわかんないよ。結局、アイツが鬼になったはっきりとした理由も聞けなかったんだ。鬼になった獪岳は、じいちゃんのことボロクソに言ってたけど――人間だった頃は、先生なんて呼んで俺以上にじいちゃんのことを尊敬してたんだ。『正しく俺を評価する者につく』だとか、『爺が苦しんで死んだなら清々する』だとか――そんなこと、アイツが言う筈がないんだ。アイツが……」

 

 

 『わからない』と我妻は口にした。けれど、その後に続く言葉が、雄弁にこいつの本心を物語っていた。

 こいつはきっと、獪岳のことを、斬りたくなんかなかったんだろう。許せるものならば、許してやりたかったんだろう。けれど獪岳は、決して踏み越えてはならない一歩を踏み越えてしまった。鬼へと成り果てることで、実の師を死に追いやってしまった。

 どうなんだろうか。仮に我妻がその場にいたら、鬼へと堕ちる獪岳のことを、止められたんだろうか。

 わからない。

 今となってはもう、誰にも、答えの出せないことだ。

 

 

「――だからさ。アンタもあんまり、自分のことを責めないでよ」

「……え」

 

 

 唐突に。

 獪岳の話から、俺の話へと議題がすり替わった。

 

 

「確かに、アンタの心は弱かったのかもしれない。一度は折れたのかもしれない。でも、何だかんだでアンタは今もここにいるじゃんか。自分一人の意思じゃなくっても、誰かに無理矢理引っ張られた結果でも、弱い自分を何とかしたいって、そう思えてるじゃんか。だから――上手く言えないんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。きっと」

「……そうなのかな。きっと俺は、次に同じようなことがあっても一人じゃ決断できないぞ」

「うん。だからさ――俺たちみたいなのは、誰かに無理矢理ぶっ叩いてもらって、それでようやく一人前になれるんだと思う」

 

 

 それは、人によってはあまりに惰弱だと、斬り捨てられてしまいそうな言葉だったけれど。

 俺が俺で在り続けるための、答えになり得る、言葉だった。

 

 

「獪岳のときと違って、無惨とやり合うのは本当に怖かったよ。元を辿ればこいつが全部悪いっていうのは、わかってたんだけど――やっぱりそれは、ただの理屈なんだよ。だから、アンタが無惨にビビッて動けなかったっていうのは、わかるよ。ホントによくわかる」

「……でも、おまえは最後まで戦えた。なんでだ?」

「だからさ。()()()()()()()()()()()()()、じいちゃんに」

 

 

 ――自分一人で、戦う意志を保てないというのなら。

 誰かに無理矢理、背中を蹴り飛ばしてもらえばいい。

 

 

「……蹴っ飛ばされても、動けない奴は、どうなるんだ?」

「そりゃもう、動けるようになるまで蹴っ飛ばしてもらうしかないんじゃない?」

「……蹴りの痛みに耐えられなくて死ぬかも」

「うん。それは本当に俺もそう思った」

「……キッツいな」

「キッツいよ。一人で踏ん張れない奴の人生っていうのはきっと、どんな時だってしんどいんだ。だけど――それ以外の道なんて、どこにもないからさ」

 

 

 頑張れない人間にとって、頑張れという言葉は、辛い。

 辛いのだけれど。苦しいのだけれど。しんどいのだけれど。

 それでも――結局は、頑張るしか、ない。

 散々回り道をした末に、至極当然の結論に辿り着いてしまった。都合の良い答えを夢見ていた訳ではないけれど、もう少しこう何というか、手心をというか――それも所詮は、どうしようもない泣き言だ。口にしたところでどうにもならない、何の意味も持たない弱音だ。

 俺はこの弱さを、切り捨てられるようになるんだろうか。一度折れた心から、決して折れない心を打ち直すことなんて、出来るのだろうか?

 

 

 我妻善逸。俺の主張に理解を示し、共感し、重なる部分があると頷いてくれた男。彼自身の師と同じように、()()()()()()()()()()と、励ましてくれた男。

 こいつのことを尊敬する。こいつのようになりたいと思う。こいつのように()()()()と、心の中で俺は夢想する。

 

 

 

 夢想するけれども――()()()()()()()という諦めの言葉だけは、我妻と別れて部屋を出た後になっても、頭から離れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 次の部屋主は難敵だ。何と言っても、鬼殺隊屈指の何考えてるのかわからない男だ。何度か言葉を交わしたことはあるのだが、どうにも噛み合わないというか、ズレた答えが返ってくるというか――とにかく、個人的には苦手な男なのだが、彼もまた無惨との戦いで重傷を負った者だ。手当をしないという訳にはいかない。

 

 

「失礼します」

「――ああ。入ってくれ」

 

 

 許可が下りたので、扉を開けて部屋へと踏み込む。寝台の上に、半身を持ち上げ窓の外を眺めている一人の男の姿があった。男には右腕がない。無惨との戦いによって失われたものだ。

 ああ――俺が彼らの身代わりになって死ぬ覚悟を持っていたなら、この右腕が失われることも、なかったのだろうか?

 

 

「傷の具合の確認と、包帯の巻き替えに参りました。水柱殿」

 

 

 そう言って俺が頭を下げると、その男――冨岡義勇は、何故だか妙に改まった様子で。

 

 

 

「そうだ。俺は水柱だ」

 

 

 

 鬼殺隊の誰もが知っている事実を、確かめ直すように、断言した。

 

 






畳もうとした風呂敷の中身がどんどん膨らんでいくこの感覚
長編化だけはあり得ない筈なんですが…あと2話、いや人数的に3話くらいかかりそうな…おかしい…企画用の一発ネタだった筈…

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。