無惨との最終決戦にうっかり紛れ込んでしまったヘタレモブ隊士の話   作:Amisuru

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俺の知っている冨岡義勇と違う案件かもしれない




断髪式

 

 

 冨岡義勇は、生き残った隊士の中で最も傷の深い者であった。

 裂傷のみならず、全身に多数の打撃痕も残っている。徒手空拳で戦うという、上弦の参との戦いで負った傷だろう。『凪』と呼ばれる水の呼吸・拾壱の型――あらゆる攻撃を無に帰す冨岡の絶技をもってしても、これほどの深手を負わされるほどの激戦。俺如きでは到底、想像もつかない領域の争いだ。

 尤も愈史郎曰く、これらの傷も数ヶ月ほどすれば概ね癒える見通しなのだという。尋常ならざる回復力と言わざるを得ないのだが、その理由と代償についても聞かされているので手放しに喜ぶ気にはなれない。何より――

 『痣』の力を借りたところで、失われた右腕は二度と、戻っては来ない。

 

 

「…………」

 

 

 ()()に巻かれた包帯を剥がしながら、考える。

 この腕の代わりに千切れたものが、自分の胴であったなら。

 冨岡義勇の右腕と、俺の命。その価値は、どちらが上か。

 心在る者は、後者であると言ってくれるだろう。けれど今の俺には、とてもじゃないが――

 

 

「考え事か」

 

 

 その声でふっと我に返る。相変わらずの感情が読めない目で、冨岡が俺の顔を見据えていた。

 いかん。手が止まってしまっていた。しっかりしろ、怪我人に気遣われていてどうするんだ。

 

 

「……申し訳ありません」

「責めている訳じゃない。ただの確認だ」

「その――昨日の戦いのことを、思い返しておりまして」

 

 

 無傷で生き残った自分。取り返しのつかない傷を負った冨岡。

 その対比について考える度、あの名も知らぬ隊士の絶叫が、頭の中に蘇ってくる。

 

 

 

『柱を守る肉の壁になれ! 少しでも無惨と渡り合える剣士を守れ!!』

『今までどれだけ柱に救われた! 柱がいなけりゃとっくの昔に死んでたんだ!! 臆するな戦え――っ!!』

 

 

 

 臆した。

 俺は、臆してしまった。

 柱に救われた恩を返すことが出来ないまま、のうのうと生き残って、しまった。

 

 

「申し訳ありません」

「それはもう聞いたぞ」

「いえ、そうではなく――自分は、務めを果たすことが、出来ませんでした」

 

 

 気付いた時には、詫びの言葉が口を衝いて出ていた。無心で看病の真似事に興じることは、もう出来なかった。

 

 

「柱の面々が鬼舞辻無惨と相まみえていたとき、自分もその場に居合わせておりました。ですが、自分は柱の盾となることも叶わず、あまつさえその場を逃げ出そうとさえして――竈門炭治郎が鬼と成ったときも、水柱殿の呼びかけに応じることが出来ぬまま、ただただ立ち尽くすばかりで……鬼殺隊士の面汚しです。命を落とした者達に、合わせる顔がありません……」

 

 

 首を垂れて、固く瞼を閉じる。

 そう、柱の身代わりになれなかっただけではない。無惨が灰と化した後、汚名を注ぐ最後の機会でさえも、俺は身動き一つ取れなかったのだ。陽光が差し、鬼の脅威が取り払われた筈の世界で、冨岡の放った叫びが思い起こされる。

 

 

 

『動ける者――っ!! 武器を取って集まれ――っ!!』

『炭治郎が鬼にされた! 太陽の下に固定して焼き殺す!』

『人を殺す前に炭治郎を殺せ!!』

 

 

 

 冨岡の判断は迅速であった。結果的に竈門炭治郎は人の身へと戻ったとはいえ、取るべき対処としては間違いなく冨岡の行動が最適解であった。そして俺は、あの場にいた隊士の誰よりも、()()()()()()()()()()()の筈だった。にも拘らず、進行していく事態を怯えて眺めていることしか出来なかったのが俺だ。『穴があったら入りたい』という言い回しは、きっとこういう時に使うものなんだろう。己の不甲斐なさを痛感し、深く恥じ入る気持ちになった時の――

 

 

 

()()()()

 

 

 

 ――え。

 瞼を開き頭を上げると、相変わらずの無表情を浮かべた冨岡の顔がそこにはあった。機嫌が良いのか悪いのか、微塵も読み取れない氷の(まなこ)。けれど今確かに、冨岡は共感の意を俺に示した。わかるよ、と。

 信じられない。このような惰弱な意思表示は、容赦なく切って捨てる男だと思っていた。戸惑いを隠せない俺をよそに、冨岡は言葉を紡いでいく。

 

 

「鬼殺隊に俺の居場所はない――そう思っていた時期が俺にもあった」

「何を、馬鹿なことを……」

「正確に言えば、つい先日までそう思い続けていた」

 

 

 何を馬鹿なことを。脳内で思わず繰り返してしまった。というか、冨岡も冨岡で律儀に言い直すこともなかろうに。

 冨岡義勇の居場所が鬼殺隊にない。そんな馬鹿な話があるものか。いや、確かにこの男は周囲の人間と噛み合わないところがあるというか、一匹狼的な印象がなくはなかったが、腕前については誰もが認めるところであった。平隊士の誰もが憧れる、柱の一角に相応しい実力の持ち主だった。そんな男が、己の存在意義について思い悩むなどと――

 

 

「俺は最終選別を突破していない」

「え……」

 

 

 思いがけない告白に、顔をまじまじと眺めてしまう。しかし冨岡の表情は変わらない。冗談を口にするような男でもない。ただひたすらに淡々と、現実のみを突きつけてくるのが冨岡義勇という男だ。

 そうして冨岡は、自身の過去を露にする。最終選別の時、錆兎という名の少年に救われたこと。一匹の鬼も殺すことなく、ただ生き残っただけの人間だということ。そのこともあって、自分が柱を名乗ることに躊躇の念を抱き続けていたこと――どれもこれも、冨岡義勇という人間を傍目から眺めていただけの俺には想像もつかない新事実であった。

 

 

「――今回もそうだ。俺はまたしても、守られてしまった。おまえは自分が柱の盾になれなかったことを悔やんでいるようだが……悔いがあるのは俺も同じだ」

「……」

「柱とはその名の通り、鬼殺隊の()()となるべく襲名するもの――にも拘らず、あの時の俺たちは隊士たちに()()()()()()になってしまった。俺たちの未熟と油断ゆえにだ」

 

 

 そうだ。

 いかなる時も、柱は鬼殺隊の支えとなる存在であった。だからこそ、あの時の隊士たちも思ったのだ。()()()()()()()()()()()()()と。柱が鬼殺隊を支え続けてきたから、隊士たちも柱を支えなければならないと思った。想い想われての顛末だ。誰が責められるべき事態でもない、そう思う。

 誰のことも想えなかった、一匹の(おれ)を除いては。

 

 

「……水柱殿、それは」

「わかっている。彼らの代わりに、俺が死んでいれば良かったなどと口にするつもりはない。命を賭して俺を庇ってくれた、彼らの遺志を冒涜することになる――今はそのことに気付けている」

 

 

 冨岡の表情は変わらない。その感情を窺い知ることは出来ない。その上で、思った。

 ()()()()()()()()()。以前に比べて、自分自身を肯定する意志が強くなったように感じられる。『俺は水柱だ』という発言にしてもそうだが、かつてはそんなことを言葉にする男ではなかった。誰かに剣の腕前を持ち上げられても『俺は凄くない』『柱の名が与えられたのは何かの間違いだ』『失礼する』などと述べて、一方的に話を切り上げてしまうような男だった。

 それが今はどうだ。俺のような平隊士を気にかけ、理解を示し、自身の考えを淀みなく口にしている。良い悪いでいえば、間違いなく良い方向に変わったのだろうが――いったい何が、この男に変化を齎したのだろう。出来事か? 或いは人か? 人であるならば、それは果たして何者なのか?

 

 

 ――その何者かと言葉を交わせば、俺も()()()()に変わることが、出来るのだろうか?

 

 

 

「――だからおまえも、自分は死ぬべき人間だなどと考えるのはよせ」

 

 

 

 そう語る冨岡の姿が、我妻善逸と重なって見える。『自分のことを責めないでよ』と口にした、あの勇敢なる臆病者と同じことを、彼とは似ても似つかないこの男が述べている。

 何故だろうか。

 そんな二人の背に、()()()()()が重なって見えるのは。

 

 

「時を巻いて戻す術はない。為すべきことを為せなかったという後悔は、おまえに一生ついて回るものになるだろう。それでも――折れるな。自分の命に価値を見出せ。死ぬべきだったと考えるのではなく、生き残ったことに意味があるのだと考えろ。……おまえが本当に、自分のことを不甲斐ないと思っているのならな」

 

 

 命の価値。

 俺という人間が生き残った、意味。

 そんなものは、本当に、あるんだろうか。

 自分のことを信じてみたい。他人に誇れる自分になりたい。俺はいつでもそう思っている。()()()()()()()()()()()()()。そこで行動に移せる者と、移せない者。その違いは一体、何処から来るのか。その答えだけが、未だに見えてこない。

 鬼狩りは異常者の集まりであると、鬼舞辻無惨は語っていた。その言葉を否定し切れない自分がいたのも確かだ。けれど同時に、俺はこうも思っていたのだ。

 

 

 

 誰かのために命を懸けられることが異常であるなら、俺はむしろ、()()()()()()()()()()

 

 

 

 命の価値を軽んじている訳じゃない。死を美化しているつもりもない。ただ、彼らの誰もが立派だった。己の務めを全うしていた。為すべきことを為した者達だった。そんな彼らと自身を比べる度に、どうしても思ってしまうのだ。彼らのようになりたかった。()()()()()()()()()()()()に、なりたかった――と。

 憧れが膨らめば膨らむほどに、理解することから遠ざかっていくのを感じる。なりたいと願えば願うほどに、なれないことを痛感する。思考に行動が伴わない。口先ばかりで、何も成し遂げられない。一体何なのだろうか、この生き物(おれ)は。

 本当に、()()()()()()()()()()()()()()? 鬼舞辻無惨。俺が正常で鬼殺隊士の方が異常だと、本当にそう思うか? 俺のような生き物で世の中が溢れ返っていたら、この世はきっと、どんどん()()()()()()になってしまう。我が身可愛さに他人を救えない者。己の務めを果たせない者。心を燃やせない者。そんな人間の闊歩する世界に、一体何の未来が在るというのか。

 

 

 変わりたい。

 本当に、変わりたいと思っているんだ。

 

 

 その願望はどうやったら、願望ではないものに、変わってくれるのだろう。

 

 

 

「……俺の言葉では、届かないか」

 

 

 

 え。

 えらく悲壮感の漂うぼやきが聞こえてきたのではっとして視線を向けると、相変わらずの無表情を湛えた冨岡の顔が――

 ……いや、待て。本当にこれは無表情だろうか? 心なしか目に光がないというか、頭の上に『ずーん……』という擬音(オノマトペ)が浮かんで見えるというか……沈んでいる? 落ち込んでいるのか? あの冨岡義勇が?

 そんな繊細な生き物だったのか、この男。確かに変わったと言いはしたが、こういう方向に変容しているとは……いや、今まで俺が気付かなかっただけで、割と前から傷付きやすい性格だったのかもしれない。

 今更になって思う。俺はもっと、鬼殺隊士の面々と触れ合っておくべきだった。()()()()()()の群れと、もっと深く関わっていればよかった。覚悟もなく、矜持もなく、鬼殺隊という組織に属しているだけで、彼らと志を共に出来ていると勘違いをして――実際のところ、てんで理解が足りていなかったことに、全てが終わった後で気付かされる。

 

 

 

『時を巻いて戻す術はない』

 

 

 

 先に放たれた冨岡の言葉が、重く、ひたすらに重く、胸に圧し掛かってくる。

 ()()()()()()という願望は、どれだけ抱いても叶うことはない。鬼殺隊士としての務めを果たす機会は、最早俺には訪れない。その上で冨岡は折れるなと言う。自分の命に価値を見出せと言う。生き残った意味を考えろと言う。

 堂々巡りだ。さっきから俺は、一歩も前に進めていない。冨岡が沈むのも無理は――

 

 

「……あっ」

 

 

 ――いかん。そういえば冨岡に返事をしていなかった。ただでさえ自身の励ましが通じなかったことに傷付いている(多分)というのに、無視したとあってはいよいよどん底まで沈みかねない。

 違うんだ、冨岡義勇。あなたを嫌っているわけではないんだ冨岡義勇。もっと自分を強く保ってくれ冨岡義勇。言え。言うんだ。『俺は嫌われていない』と言える冨岡義勇であってくれ。

 

 

「も……申し訳ありません。大丈夫です水柱殿、あなたの言葉は、しっかりと耳に届いて――」

茂生(もぶ)

 

 

 唐突に固有名詞で呼ばれた。そう――実に今更の話になるが、俺の姓は茂生という。名についてはどうでもいいだろう。どうせ誰も興味があるまい。姓についても、正直覚えておく価値はない。

 

 

「は、はい。如何なさいましたか」

「俺は人に頼みごとをするのが得意ではない」

「はあ……」

 

 

 自分で言ってしまうのか、それを。

 ……いや、その事実を自ら口にすることも、冨岡に生じた変化の一つなのかもしれないが。

 

 

「だが――俺の利き腕は既にない。左手一本で行うには、困難な作業であると判断した。だから、おまえに頼む」

「……?」

 

 

 そうして冨岡は、肘から先の失われた右腕を持ち上げかけ――軽く首を振ってから、左手で自身の頭を指差して、言った。

 

 

 

「髪を切ってくれないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当は自身の師に頼もうと思っていたと、首から肩にかけて布で覆った際に冨岡は語った。

 冨岡の師――元・水柱こと鱗滝左近次。顔立ちが余りにも柔和だったがために鬼に侮られたことから、如何なる時も天狗の面を外さないようになったと噂される男。彼は自身の髪を切る時、面を被ったままにしているのか、それとも流石に外して行うのか――そんな、下らないことを考えた。

 もっとこういう下らない話を、隊の皆々と交わしておけば良かった――などというのは、余計に下らない考えだっただろうか。

 

 

「…………」

 

 

 ……なんともまあ、奇妙な話だ。

 長年同じ隊に所属していながら、今日の今日までそれらしい交流のなかった冨岡義勇の髪に鋏を入れている。鬼も満足に斬れなかった身で、仲間の髪を切っている。理髪の刃だ。何を考えているんだ俺は。

 

 

「生殺与奪の権を他人に握られている……」

 

 

 そしてこの人はこの人で一体何を言っているんだろうか。

 

 

「……俺が鋏で首を斬るとでも思っているんですか、あなたは」

「そうじゃない。ただ、今更ながらに実感しただけだ」

「と言いますと」

「俺の右腕はもうないのだ、ということを」

 

 

 しゃきり、と。

 切り落とされた黒髪が、床に落ちて、散らばる。

 髪は切ってもまた生えてくる。しかし腕は、そうはいかない。

 冨岡義勇は、人間であるが故に。決して鬼ではあり得ない、定命の者であるが故に。

 

 

「傲慢な物言いに聞こえるかもしれないが――他人に頼らなければ出来ないこともあるのだということを、改めて思い知らされた」

「……そりゃあ、人は一人では生きられないですからね」

「そうだ。故に人間は、()()()()

 

 

 水柱として鬼殺隊を支え続けてきた男が、平の隊士に頭を預けたまま、そんなことを口にする。

 『誰も彼も役には立たなかった』と、鬼舞辻無惨は口にしていた。あの言葉がきっと、鬼という生き物の本質なのだろう。他人を当てにしない。敬わない。感謝をしない。自分だけが良ければ、それでいい。そんな自意識(エゴ)をただひたすらに煮詰めて出来上がったのが、あの生き汚さの塊だ。

 それを強さだと錯覚しかけた時もあった。けれど奴の最期は、赤子の姿に形を変え、陽光の中で泣き叫びながら塵となった無惨の散り様は、そんな錯覚を打ち砕くには充分過ぎた。

 少なくとも俺は、あんな風には、死にたくない。

 あの時、愈史郎に止められなければ――そう遠くない将来、似たような末路を迎えていただろうとも思うけれど。

 

 

「――この部屋に入ってきた時からずっと、おまえは()()()()()()()()()()()()()、俺の目には映っていた」

 

 

 冨岡がどんな表情で語っているのか、今の俺には窺い知ることが出来ない。彼の後頭部に視点を合わせたまま、無言で鋏を進めていく。

 そうだ。俺はずっと探していた。折れた心を立ち直らせる術を。冨岡の言を借りれば、俺という人間の価値を。生き残った意味を、俺は探し続けていた。

 

 

「だが――本当はもう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――え」

「おまえが今、自分で口にしたことだ」

 

 

 

『アンタが自分で思ってるよりも、アンタは大丈夫なんだよ、きっと』

 

 

 

 再び。

 水の柱を取り巻くように迸る、金色の輝きが、見えたような気がした。

 

 

 

人は一人では生きられない――そのことを忘れない限り、おまえが道を踏み外すことはないと。――少なくとも、俺はそう思っている」

 

 

 我妻善逸が、師に背中を蹴り飛ばしてもらうことで奮い立てたように。

 冨岡義勇が、自分一人では切れない髪を俺の手に委ねたように。

 人間という生き物は、誰かに支えてもらうことで、生き永らえている。

 漠然と日々を過ごしているだけでは、ふとした拍子に忘れてしまいそうになる、当然のこと。

 そのことを、如何なる時であっても、頭に留めておく。

 

 

 ……なるほど。

 確かにそれが、答えなのかもしれない。

 わかっていた。

 俺は何度も何度も、()()()()()()という言葉を、頭の中で唱え続けてきた人間だから。

 目的地を知りながら道に迷い続けているということは、辿り着くための道のりを知らないということだ。

 即ち――俺はどうやったら、その簡単な答えを忘れることなく、生きていくことが出来るのか。

 他人を敬い、感謝し、誠意を尽くす。たったそれだけのことを忘れないために、俺は何をすればいいのか。

 本当に知りたいのは答えではなく、その過程なのかもしれない。そんなことを、思った。

 

 

「……終わりましたよ」

 

 

 細かい毛をさっと払って、そう告げる。もちろん床は後で掃除する。

 素人目には悪くない仕上がりだと思う。しかし何分、他人の髪に鋏を入れるなど初めての経験だ。自分の評価と他人の評価というのは、得てして釣り合わないもの。緊張しながら、そっと手鏡を差し出す。

 

 

「ああ――悪くない」

 

 

 釣り合った。ほっと一息を吐く。

 こんな行いが、務めを果たさずに逃げ出そうとしたことの償いになるとは思っていないけれど。

 それでも、柱の要望に応えることが出来たのであれば、幸い――

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 その時。

 重たくなった髪を切り落とし、どこか涼やかな印象になった冨岡義勇が。

 こちらを振り向いて、ごく自然に――本当に自然な笑顔を浮かべて、そう言った。

 

 

「……あれ」

 

 

 何故だろうか。

 その言葉を耳にした途端、急に視界がぼやけて、俺は――

 

 

 

 

 

 ――誰かのために命を投げ出す覚悟はあるかと問われても、即座に頷ける気は、未だにしないのだけれど。

 

 

 今。本当に今、この瞬間だけは。

 

 

 誰かに尽くし、感謝されることの大切さに、気付けたような――

 

 

 

 

 

 そんな気が、した。

 

 






アオイちゃんとか派手柱なんかとも絡ませてみたかったなあとか思いつつ多分あと1、2回で終わると思います


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