どうも、負けヒロインです 作:麦チョコ
まるでこの世界はゲームみたいだ──改めてそう思ったのは七回目の終わり頃だった。
「アリトくん!」
「ミヤっ!」
七回目の終わりごろとは、つまり今現在のことである。
アリトという黒髪の少年。
ミヤという茶髪の少女。
あの二人は今ここに至るまで様々な試練に阻まれ、そのたびに乗り越えて絆を深めていった『主人公』と『ヒロイン』だ。
「……あっ、あれはスフィさん……なの?」
「あぁそうだ。彼女は世界を救うために──あの、コフィンの中に入って……くれたんだっ」
驚愕の表情でこちらを見る少女ミヤ。
目を伏せて悔やむように地面を叩く少年アリト。
あのアリトという少年がミヤを
まるでSF作品の研究所のようにハイテクな機械で覆いつくされたこの部屋で、俺こと『スフィ』という少女はこれから死ぬことになる。
──あぁ、そうだ忘れていた。
死ぬ前にお決まりのセリフを吐いてやらなきゃな。
「私のことは気に病まないで。きっとこういう運命だったの」
「……スフィっ!」
「だいじょうぶだよ、これできっと世界は救われるから。──幸せになってね、アリト」
儚げな笑顔を向ければアリトは立ってミヤの手を握り、彼と手を繋いだミヤは目尻に水滴を浮かばせながら必死にこちらへ笑いかけてくれる。
やめろやめろ、そういうのもういいんだって。
「あ、あたしっ、絶対にスフィさんのこと忘れないから!」
「ミヤと二人必ず幸せに未来を生きてみせる! 約束だっ!」
ご勝手に。どうぞ幸せになってくださいな。
「うん。……二人に会えて本当によかった」
心の内はさらけ出さずそう呟き、俺は疲れたようにコフィンの壁へ背中を預け崩れ落ちるように座り込んだ。
この基地は間もなく崩壊するからアリトとミヤはそろそろ逃げ出す。
そんでもって俺の中に眠る秘められた力だか何だかがエネルギーに変換されて、世界中に散布されて『
死ぬのもこれで初めてじゃないしどうやったら苦しまずに死ねるのかってことはもう覚えてるから問題ない。
「……はい、さようなら世界」
そう言って俺は懐から取り出した注射器を首に刺し、強力な麻酔薬を流し込んでそのまま眠りに落ちていった。
──あと数時間もすれば世界は救われていることだろう。
◆
十五歳の頃、宇宙人がやってきた。
最初は双方とも友好的で歩み寄る努力を怠らなかったが、俺が成人を迎えるころには何かのいざこざで戦いに火がついてしまい、地球全土を巻き込んだ戦争が始まった。
兄は徴兵されてすぐに帰らぬ人となりその次に俺の順番が回ってくるのは必然だった。
だが俺は宇宙人勢力の中でも特に変態な奴らに捕縛されてしまい、実験体にされたかと思えば気が付いた時には長い水色髪をたたえた美少女になっていた。
そんなこんなで半年が経過したころ、研究所に一騎のロボットが突っ込んできた。
搭乗パイロットの名はアリト・マユズミ。
話を聞くに彼は地球人側のエースパイロットにも匹敵する実力をもつ少年で、父親から受け継いだ彼しか操れないロボットに乗って無双していたらしい。
そしてどこから嗅ぎつけてきたのか『人体実験のモルモットにされている隊員がいる』という情報をもとに俺を助けに来てくれたのだ。
……で、基地に戻ったらいろいろあってアリトの所属小隊に籍を置くになって。
その小隊にはアリト以外の男性パイロットは在籍していなかったのだった。
いやどんな状況だよ、と。
何がどうなったら主人公みたいなビジュアルの男が中心の美少女ハーレム小隊に配属されんだよと思った。
全員個性的な髪色をしてらっしゃったし、なにより俺の水色髪が混ざることによって全体的な配色のバランスが良くなることにムカついた。
エロゲかよ。
そう思う程度にはそういった方向の知識が豊富だった。
十五歳の頃に宇宙人がやってきたとはいえ、成人を迎えるまでは争いとは無縁な普通の生活を送ることができていた恩恵だろう。
さて、肝心な話はここからだ。
いつの間にかSFロボット系美少女ADVな物語に参戦することになった俺だったが、その役割を一言で言うなら『負けヒロイン』──これに尽きる結果であった。
まずアリトの所属する小隊のメンバーは俺を含めて五人。
主人公の彼はもちろんの事、つい前回アリトと添い遂げたミヤ。
柔和な雰囲気のミヤとは違い素直になれないツンデレのアカリ。
その三人をまとめる生真面目なリーダーのノーナに俺が加わって五人だ。
しかしヒロインは彼女らだけではない。
メカニック担当で整備チームに所属する元気っ娘な少女や、別部隊の隊長を務めるクールビューティー、それからアリトの妹と仲良くなった宇宙人の少女など様々だ。
そしてこの中で唯一アリトの機体に搭乗していないヒロイン──それがこの俺こと『スフィ』なのだ。
この世界は何故かアリトが
そして記憶を持ち越せているのは俺だけで、他のみんなは一切覚えていないようで。
そんな世界の中で途中途中に発生するアリトとのイベントで、彼と一緒にロボットに乗った少女だけがルート分岐のフラグが立つ……らしい。
あくまで俺が見てきた中で建てた仮説にすぎないが。
どうすればこのループが終わるのか必死に考えて、ルートのヒロインになれたら何かがわかるかもしれないと思って自分なりにアリトにアピールしたりとかもしたが、ここまで一度も俺は彼のロボットに乗せてもらえないまま世界救済の礎となってきた。
時には最終決戦に参加する前に殺されたりとかもあって──まぁとにかく
再戦はこれで八回目。
前回のミヤ攻略はなんと二回目で、ほかのヒロイン攻略はすべて完了している。
だというのに俺のルートが立たないのは自分の努力不足なのか、はたまた精神が男ということもあってアリトの攻略対象の範囲外なのか。
俺は自分が助かるためというか生きたままこのコンテニュー現象が終わるなら男に股を開くのもやぶさかではないのだが……そういう問題でもないのだろうか。
本気でアリトに惹かれているほかのヒロインと違ってどこか俯瞰して見ているのがよくないのかもしれない。
「……どーしたらいんだろな」
真っ白な部屋。
まるで動物園のアニマルさんたちのように強化ガラスで仕切られた部屋にぶち込まれている俺は、汚れ切ったベッドの上でゴロゴロしながら考えていた。
アリトが救出に来るのはあと三十分後でそれまで特にやることもない。
極悪非道の悪の組織みたいな研究所の連中はアリトの火器による施設大爆発で全員死ぬし、俺は動かなくてもアリトがコンテナに放り込んで連れて行ってくれる。
今回も同じように付いていったとして──待っているのは一度見たヒロインの攻略だけかもしれない。
いい加減精神がぶっ壊れそうだ。
いつからこの世界は終わりのない回廊になったのだろう。
「……もしかして」
俺ってヒロインじゃなかったのかな。
あのハーレム小隊にぶち込まれたからてっきりヒロイン候補で、しかも毎回フラグは立たないけどほかの女の子に譲ったり損な立ち回りばっかしてたから、いつも誤差で負けてしまうだけで一応可能性はあると思い込んでいた。
でも違うかもしれない。
決して報われず橋渡し役にされてしまうのならそれはヒロインではなく負けヒロインだ。
勝利や未来が存在しない、主役たちにとって都合の良い人柱に名をつけるなら”負けヒロイン”以外に何があるというのか。
「うおぉー負けヒロイン万歳っ」
ばんざーいとピョンピョン飛んで時間をつぶす。
徴兵された兄は殺されて実家はどうなってるか分かんなくて俺自身は愛しの相棒をもぎ取られて強制的に女にされ、あまつさえ同じ物語を繰り返して現実の時間で換算すれば四、五年も負けヒロインロードを歩かされている。
俺の人生って何だったんだろうか。
こんなことなら早めに心を壊して医療施設にでも入院しときゃよかった。昔から無駄に打たれ強いんだよな俺。無駄に。
「……まぁでも女になったとはいえ、目の保養になる程度の美少女になれたのは不幸中の幸いか」
自分の姿が反射するガラスを見つめながらぼんやりと呟く。
うん、かわいい。
青空のように明るい水色の長い髪がなびく、ちょっとジト目気味で少々幼いけど確かに美少女な姿にため息が出る。
これで異形の化け物なんかに改造されてたら割とマジで心がどっか行っちゃってたと思う。
ほんとうに不幸中の幸いだ。
……自分が攻略対象のヒロインだと勘違いする要因になったのもこの容姿のせいだけども。
「そろそろかな? ……おっ──」
派手な爆発音が遠くから聞こえてきたので、これは確実にアリトがロボットに乗ってカチコミかけてきた合図に違いない。
研究員たちは慌てふためきワチャワチャし始めて部屋の鍵も偶然開いた。
別にこの場から動かなくてもアリトが助けに来てくれる──が。
「……うん」
たまには自分から動いてみるか。
◆
そう考えて部屋を脱出して研究所内をうろついていたところで、
はて、こんな子いままで見たことあったっけ。
「……! ん~っ!」
両手首には手錠がかけられており口は特殊なマスクで覆われているせいか満足に喋ることもできない様子だ。
壁に寄りかかって無理に歩いている様子から見ておそらく足も怪我をしている。
「だ、だいじょうぶ?」
「んむっ!」
「こ、このマスク外せって……?」
ロリっ子にねだられてマスクを見てみる。
どうやら力任せにやれば壊して外せるタイプのようだが、今はこれに時間をかけている場合ではない。
早くここから出ないとアリトが──
「んむーっ」
「……」
──あぁ。
「そう……か」
あぁ、ああ。
そうかそうか。
なるほど。
そりゃ顔も見たことないわけだ。
「……ごめんね」
「っ?」
そっと彼女の頭を抱いた。
どうしてそうしたのかは分からないが、罪悪感は何倍にも膨れ上がっている。
アリトがロボットでこの研究所を爆発させるのだから、当然実験体として囚われているこの子も巻き添えで死ぬ。
彼は俺の情報を聞いて怒りで頭に血が上ってるから他の実験体の事なんか考えてもいないし、そもそも知る由もない。
第一この
世界を救うストーリーに沿って考えればこの研究所の実験体は死すらも明確に描写されないモブの中のモブ、俺以外の人物はキャラクターですらない名無しの犠牲者。
俺は今までそれを──何度も見過ごしてきた。
「そりゃあ、ヒロインになんかなれないワケだ」
「む~っ!」
「あぁごめんごめん。とりあえず逃げよっか」
黒髪ちゃんの手を引き足に負担がかからない程度に急ぎ足でその場を離れていく。
早くしないと研究所の崩壊に巻き込まれて死んでしまう。
せっかく選べた別の道なんだからこの子も助けたい。
アリトにもヒロインたちにも恨みはないが、これ以上ダシにもされたくない。
もう、ただただ主役たちの当て馬にされるのだけはごめんだ。
「──っ! 待ってくれ!」
道中、かっこいいロボットに声をかけられたけれど。
「資料にあった写真と同じ……きみがスフィだな!? もう大丈夫だ! 一緒に逃げようッ!」
そいつに付いていくと予定調和の未来しか来ないことを俺は知っていたので、運よく余っていた無人の作業用ロボットに黒髪の少女ごと搭乗して。
「……負けヒロインなんか放っておけよな、少年」
何を言われたのか理解できずに固まる彼を無視し俺はロボットを走らせて、ようやく救えた名も知らぬ少女を連れてまったく未知のルートへと進んでいくのだった。
それじゃあさよなら──主人公。