どうも、負けヒロインです 作:麦チョコ
『……負けヒロインなんか放っておけよな、少年』
あの言葉が、ずっと頭の中で響いている。
オレが基地へ帰還してもう一週間が経過しており、その間も彼女の足取りは掴めていない。
スフィ。
イオ・ラスフィリア。
一から五まであるチームの三番隊に所属しており、その中でも特にムードメーカーの役割を担っていたらしい。
気難しい連中が多い三番隊をうまくまとめ上げ、尚且つ卓越した操縦技術からなる見事なサポートで、多くの戦場を勝利に導いてきた人物だ。
エースだのなんだのと必要以上に持ち上げられて、軍のマスコットの様に使われているオレたち特殊小隊とは違う、まさしく縁の下の力持ちなんて言葉がよく似合う男だった──と。
軍に所属する多くの人間たちから”スフィ”という愛称で呼ばれていたそんな彼が、数ヵ月前エイリアン陣営に捕縛された。
実験体にされた彼の扱いは凄惨の一言であり、その情報を知ったオレは頭に血が上ってしまい──現在に至る。
「負けヒロイン、って……」
自室の椅子にもたれ掛かり、天井を見つめながら小さくぼやく。
助けに向かったら、負けヒロインだから放っておけ、と言われそのまま逃げられてしまった。何でだろうか。どういう意味だろうか。本当に何も理解できなくて、オレはその場で硬直してしまった。
意味が分からない。
確かに彼とは立場上の関係で面識は無かったから、邪険に扱われること自体は多少想定出来ていた事だ。頭の中ですぐに名前が出てこなくて、初対面にもかかわらずついスフィと愛称で呼んでしまったのだから、警戒されて当然だった。
しかし……その、負けヒロインとは?
「マジで意味わからん……なんかの暗喩なのか……?」
頭を抱える。
量産機ではなく特別な機体を使い、世間からも持て囃されている自分に対して、他の隊員が面白くない感情を抱くならまだ分かる。実際、嫌味や皮肉をぶつけられた回数なら数えきれないくらいだ。
だからこそ、愁いを帯びた表情で『負けヒロインなんか放っておけよな、少年』などと告げられるのは、本当におかしな話なのだ。
どういう関係性ならそんな言葉が出てくるの。
あのとき間違いなく初対面だったよな……?
負けヒロインという言葉の意味自体は理解している。エイリアンが襲来する前の、小学生時代はそこそこ娯楽に触れていたから。
しかしイオ・ラスフィリアは少女の姿に改造されただけで、そもそもが男性だ。
それ以前にヒロインだ何だといった扱いをしていいような、近い間柄ではなかった。こっちが一方的に彼を知っていただけなのだから、ヒロインもクソもあったものではないだろう。
無理やりヒロインだと解釈するなら、状況的に彼女はマリオにおけるピーチ姫的なアレだとも思えるのだが、助けられる直前で『自分は負けヒロインなので』と言って逃げてしまうヒロインなど聞いたことがない。
そもそもあの言い方だと、まるでオレが主人公という役割にあるような──
「アーリト君♡」
「ッ!?」
考え事をしている最中に、突然耳元で囁かれたオレは、思わず肩が跳ねてしまった。
バッと左側を確認するとそこには、栗色の髪を肩まで伸ばした、明るい表情の少女が立っていた。
「み、ミヤ……」
「もうお昼だよ。なにしてたの?」
「いや、ちょっと考え事をな……」
現れたのはオレと同じ特殊小隊に所属する隊員の少女ことミヤであった。
いつも通り柔和な笑みを浮かべていて、異性であるにもかかわらずオレとの距離が近い。この女の距離感ホントにどうなってるのだろうか。
チラと机の上の時計を確認すると、短針が真上を指していた。時間帯を意識してようやく、自分が空腹だという事実に気がついた。どうやら相当考え込んでいたらしい。
「……あれ」
そこでもう一つ気がついた事があった。
(この部屋、カギ掛けてなかったけ……?)
誰も入ってこないように、と思って扉のカギを閉めていたと思うのだが、忘れていたのだろうか。
「ていうかミヤ。勝手に入ってくるなよ、ビックリするだろ」
「ご、ごめんね? アリト君、今朝からずっと浮かない顔をしていたから、心配になっちゃって……」
仲間に心配されるほど露骨に落ち込んでいたのかオレは。表情には出さないよう気をつけないと。
「そうだ、実は新薬の調整中なんだよね。よかったらアリト君も手伝ってくれない?」
「いいけど……どんな薬なんだ?」
「三秒で満腹になる薬。お昼だし丁度いいでしょ、栄養もたっぷりだよ」
「……危なそうだな、それ」
ミヤはパイロットであると同時に科学者でもある。自室とは別に専用の研究室も所有しており、トレードマークである白衣も相変わらず身に付けたままだ。
通常科学者とロボットパイロットの二つを兼任する事は許可されないが、彼女の場合は特殊なロボットを操るパイロットだからこそ許されている特別待遇だ。
ミヤに限らず、特殊小隊の人間はそれぞれ一般隊員にはない資格や権利を与えられている。
イオ・ラスフィリア隊員の緊急の救出という、軍に所属する人間であれば許されないような、完全なる独断行動でもギリ不問に処される程度には、オレたちは特別なのだ。
その一、二回程度までしか許容されない機会を潰してまで助けに向かったのに──負けヒロインて。
何がナニやら……。
「はいコレっ!」
数分ほど施設内を歩くと、彼女の研究室へ到着した。
導かれるまま後に付いていき、机の上に置いてある箱から薬を取り出したミヤに、直接それを手渡された。
よくわからない番号が印字された白い錠剤だ。新薬という割には見た目は何の変哲もない、市販薬にも見える。
「副作用は?」
「めっちゃ汗が出るよ」
「微妙にイヤだな」
まぁ熱が出たりだとか、任務に支障が出るようなモノでないなら安心だ。汗が多めに出るくらいなら、体を冷やしたり、タオルなどで対応できる。
てか、今日の昼飯は錠剤一個か。
この薬自体にはかなり金もかかっているだろうし、質素なのか贅沢なのかわからん食事だな。
「はい、お水」
水の入ったコップも受け取り準備万端だ。
この薬を実用化へ漕ぎつけることが出来たら、戦闘区域での栄養補給の時間が超大幅に短縮可能となる。
あまり美味しくない携帯食料を口にするよりは幾分かマシになる事だろう。その実験体になるなら喜んで受けるところだ。
「──待ちなさい、アリト」
錠剤を口に運ぼうとしたその瞬間、背中に声を掛けられた。
何だと思って振り向くと、そこにいたのは見慣れた顔の少女であった。
「アカリ……?」
「その薬を渡して」
豪奢な金髪のツーサイドアップが特徴的な、つり目気味の彼女の名はアカリ。
ミヤと同じく特殊小隊に所属するパイロットで、ミヤを含めるとたった二人しかいない貴重な同期の一人だ。
彼女はズケズケと研究室内に入ってくると、奪うかのような勢いでオレの手から錠剤を取り上げた。
「ちょっとちょっとアカリちゃん。何なの急に入ってきて、アリト君から薬まで奪っちゃってさ。非常識じゃない?」
「……YD‐8100。これ、錯乱した兵士に服用させる強力な睡眠薬よね」
そんなものが出回っていたなんて初耳だ。
というか緊急用の薬の薬品ナンバーなどいちいち覚えていない。
「こんな代物をアリトに飲ませようとするなんて、何考えてるのかしら? ミヤ」
問い詰めるように彼女を睨みつけるアカリ。
しかしミヤは、一瞬無表情になったのみで、すぐにいつもの明るい笑みを浮かべた。
「…………わっ。ご、ごめんねアリト君! 同じケースに入れてて、見た目もほとんど一緒だったから取り違えちゃった……!」
「あ、あぁ、オレは大丈夫だよ。飲まなかったわけだし」
てへへ、と申し訳なさそうながら、苦笑するミヤ。
表情を見るに、どうやら本当に薬を間違えてしまっただけのようだ。
「まったくミヤったら、相変わらずおっちょこちょいなんだから」
「えへへ……気づいてくれてありがとうね、アカリちゃん。やっぱあたし、アカリちゃんがいないとダメダメだなぁ」
「アンタの怪しい薬の実験体は、アタシ一人でも手一杯なんだから、これ以上被害を増やさないで頂戴」
「は、はーい。ごめんなさい……」
しょぼん、とミヤは分かりやすく肩を落としてしまった。
アカリからこっぴどく叱られるのは珍しいものでもないのだが、今回はオレを巻き込んでしまったこともあってか、いささかいつもより堪えたらしい。
「そうだミヤ、隊長がアンタのこと呼んでたわよ」
「あたし?」
「えぇ、会議室で少し手伝って欲しいことがあるとか」
「分かった! すぐ済ませて戻ってくるから、二人ともまだお昼食べないでね! すぐだからっ!」
「はいはい……」
「大丈夫だよミヤ。食堂の席とって待ってるから」
「ありがとアリト君~ッ!」
といった感じで、ミヤは目にも止まらぬ速さで退室していき、研究室にはオレとアカリだけが遺されたのであった。
まったく忙しないチームメイトだ。
ロボットに搭乗してる時の戦闘中のミヤは、なかなかクールでかっこいいヤツなのに、どうして基地に戻るとあんなポンコツになってしまうのか。薬を取り違えるのって冷静に考えて科学者としてヤバイだろ。ドジっ子すぎる。
「とりあえず食堂に行くか。込み合う前に席を取らないと」
「……アリト」
「ん?」
研究室の扉へ手をかけようとしたその瞬間、後ろからアカリにジャケットの裾を掴まれた。
振り返る。
そして、少しだけ驚いた。
思わず息を呑んだ程だ。
アカリは先ほどまでの仕方なさそうな呆れた表情ではなく、かと言って明るい顔をしていたわけでもなかった。
「ねぇ。アタシ、前にも言ったわよね」
淡々とした口調で語る彼女は無機質な、まるで人形の様な無表情のまま佇んでいたのだ。
「ミヤには近づかない方がいい──いえ、近づくなって。どうして研究室などという閉鎖空間で二人きりになったの?」
「……い、いや、近づかないなんて無理だろう。オレたちは小隊の仲間同士なんだしさ」
オレは何もおかしな事などしていない。
していない……はずだが、アカリが静かに怒りを露わにしている事は、火を見るよりも明らかだ。
チームメイトの研究の協力を買って出ただけなのに、何が彼女の癪に触ったのだろうか。
「いまさっきのがいい例でしょうに。あんた、アタシが止めなかったら、今頃あの変な睡眠薬を飲まされてたのよ。危機感とかないわけ?」
「あれはミヤが間違えただけだろ。……ていうか万が一飲んで眠ったとしても、ここはミヤの所有する研究室だ。仮眠用のベッドもあるし、何の問題もないじゃないか」
ごく普通の反論をしてみた。
が、変わらずアカリからの反応は良くないままだ。眉一つ動きやしない。
彼女がオレの心配をしてくれているのは当然わかっている。
しかし以前からも考えていたことだが、アカリは少々ミヤに対して過保護な面があると思う。
確かミヤとアカリの二人は、エイリアンに故郷を占領されてしまったという共通点があるんだったか。入隊する前から顔見知りだったという話だし、彼女に対する保護本能が強いのも、そういった面を考えれば納得だ。
近づくな、というのは……チームメイトに告げるには少々強い言葉だとは思うが。
「そうじゃなくて。もし鍵でも閉められてたら、アンタはここから逃げられなくなるって話」
「はぁ……?」
どうして俺が閉じ込められるなんて話になるんだ。
「だいたい今日なんてミヤが勝手にアンタの部屋へ入ってきたじゃない。鍵だけじゃなくてもっと──」
「待て待て。なんでそれをアカリが知ってるんだ?」
「……見てたのよ。じゃなきゃ薬を止めに来ないでしょ」
それは確かにそうかもしれないが、だとするといつから見ていたのだろうか。
ミヤが心配なあまりずっと彼女を見張っていたのだとしたら、それは少々やり過ぎな気がする。
……指摘するのは野暮なのかな。二人の関係性について深く踏み込んだことがないもんで、取るべき選択肢がパッと思いつかない。
「アリト」
どんっ、と壁にオレを追い詰めて迫るアカリ。壁ドンだなんて茶化せるような雰囲気ではなく、どういうわけか彼女の眼差しは真剣そのものだった。
アカリの気迫に圧されてしまい、自分の喉から声が出てこない。
急に何なんだ。突然どうしたというのだ。
気でも触れてしまったのかと、こちらがそう早とちりしてしまうくらい、彼女の態度が急変している。
「誰にも警戒心を持たないで、されるがまま押さえつけられて、本当に無防備すぎ。こうやって襲われたらどうするつもり? ほら、もう力んだって振り解けなくなってるじゃない」
襲う、などと物騒な物言いをしながら、アカリはいつの間にかオレの手首を強く掴んで拘束していた。
だが怒りを孕んだ様な声音の割に、彼女の表情は幾分か明るく──怪しく微笑んでいた。
「おい、アカリ……」
「アンタが悪いのよ。アタシの忠告を無視して、あんな女と」
「まっ、痛っ……ちょ、待てアカリ、悪ふざけも大概に……ッ!」
何が彼女の逆鱗に触れてしまったのかは見当もつかないが、この行為は聊か理不尽が過ぎる。
オレはミヤの研究に協力しようとしただけで、こんな風に手首を握り潰される勢いで詰め寄られる謂れはないはずだ。
チームメイトに手を上げるわけにもいかないし、どうすれば──
「──ねぇ。ちょっとアリト君と近すぎるよ、アカリちゃん」
狼狽したまま立ち竦んだ自分を助けに来てくれたのか、いつの間にかミヤが研究室に戻っていた。
いつもの明るい笑顔を浮かべ、彼女は凄まじい速さでオレからアカリを引き剥がし、そのまま反対側の壁へ叩きつけてしまう。
ダンッ! と大きな音が室内に鳴り響いた。
心臓が跳ねるような、とても不快な音だった。
二人はその態勢を維持したまま、声を荒げず静かに口論を始めている。
オレの声すら聞こえていないのか、ミヤとアカリは表情こそ平静を保っているが、どう見ても一触即発の雰囲気であることは明らかだ。
なぜこんな状況になってしまったのか──知ったところでオレにこの場を収めることは出来ないと分かりきっていたせいか、逆に頭は冷えて落ち着きを取り戻している。
【通達:五番地区中央タワー付近の廃ビルにて、イオ・ラスフィリア隊員の痕跡を発見】
軍用デバイスのスマートフォンに来た通知のメッセージを確認し、オレは逃げるように研究室を去っていった。
仲が良いのか悪いのか、まるで絆の形が見えてこないあの二人の事を、今は後回しにしたかった。
突然鬼のように豹変し、頑なにミヤをオレに近づけさせようとしないアカリ。
彼女に詰め寄られていたオレを助ける為とはいえ、殺気を放ってまでアカリを咎めるミヤ。
そんな二人の間に流れる空気は誇張抜きに最悪の地獄であり、とてもとても同じ空気を吸える環境ではなかった。
何で急にケンカするほど落ち着きを無くしたんだろう、あの二人。
「……スフィさん、なら」
もし、問題児ばかりの三番隊を結束させたという逸話のある、生粋のムードメーカーと呼ばれた彼女──いや、彼が特殊小隊の一員になってくれていたら、緩和剤となってチームの雰囲気も和らげてくれていただろうか。
ミヤとアカリの二人が殺気をぶつけ合うことの無かった未来も、あり得たのだろうか。
淡い期待だが、それに縋るように……それと『負けヒロイン』という言葉の真意も知るために、オレはそそくさと専用機へ乗り込み、基地を飛び出していったのであった。