光は地響きとなり、人の耳では聞き取れないその低音によって、自分の内臓が沸騰したように震えているのを感じる。
「早いじゃないか!」
ディラン=ハイムが叫び終わる前に、2つ目の光が放たれた。ビームの粒子と大気が音速で擦れた摩擦の音は、あまりにも大きいと言うことを除けば、水が滴る音にも聞こえる。
あまりの轟音にロランは耳元で大砲が爆発したと思い体をかがめた。
次の瞬間車のサイドガラスが弾け飛び、同時に道路脇の建物が崩れてくるのが目に入った。3階建て程度の鉄筋コンクリートのビルは、コンクリートをところどころマグマのように燃やしながら車の上に降り掛かってきた。車の天井が凹み、コンクリートが突き抜けるのが見える。
突然の静寂が訪れた。死んだのかとも思ったが、ロランは足元の薄汚れた靴を見て、まだ自分が生きていると分かった。ロランは鼓膜が破れたのだと解釈した。「おい」という声が左側から聞こえた。声の方を向くとディラン=ハイムが瓦礫に腹を貫かれて動かなくなっているのが目に入った。血はコンクリートに滲んでいる。腰が抜けたロランはドアを開け外に倒れ込んだ。目をつぶっても死の光景は鮮明に瞼の裏に記憶されていた。
「おい。大丈夫か。」
ロランに声を掛けていたのは助手席の男だったようだ。男は外に出てロランの肩をさすった。
「…大丈夫ですけど…鼓膜が破れて…それにハイム市長が…」
「聞こえてるじゃないか。あと少しだ。行くぞ。」
男はロランの腕を掴み歩き始めた。目を開けると信じられない光景が広がっていた。車は半分潰れた状態で道の中央で瓦礫の下敷きになっていた。道沿いの建物がほぼ一直線に倒壊していて、そのコンクリートの灰色に赤を含んだ有彩色の点が混じっている。左からは爆発音や空気の擦れる音、もしくは航空機のエンジン音のようなものが聞こえる。
ロランは半ば男に引きずられながら、ヴィシニティ鉱山の入り口に向かった。
上へと登るエレベーターにはすぐに到着した。エレベーターと言っても工事用の簡易的構造のものだが、無いよりは良い。左耳からだけ聞こえる騒音の中、ロランは状況にぐちゃぐちゃにされた脳を整理しようと試みた。今現在、モビルスーツによる戦闘が行われてるということは紛れもない事実だ。混乱によって幻想を見ているわけではなく、ロランの目にははっきりとモビルスーツが見える。殺す者と殺される者。決して互いのことを知ることはく、死んでゆく。戦争だから、という理由で。
「月の連中だ。」
男は唐突に呟いた。上昇するエレベーターからはヴィシニティの全貌が徐々に見え始めていた。
男の目は潤んでいる。
「ディラン=ハイムが死んだのは彼自身の責任だ。行き過ぎた楽観と危機管理のがさつさ。自業自得だ。君にはとにかくターンAに乗って欲しい。ノックス近辺にまで行けば敵は引き上げるだろう。奴らの目的はターンAだ。」
「…ターンA…」
「ヴィシニティで発掘されたモビルスーツ。」
モビルスーツが発掘?
「…」
「噂によれば前の人類が作ったものらしい。私達も必要以上のことは知らされていない。」
男はロランに詰め寄り、がしりと肩を掴んだ。
「そんなことはどうでもいい。後で聞けば良い。お前は早くこの疫病神をノックスに届けろ。それが…」
エレベーターは危うい音を立てて停止した。
「…それが唯一君にできることだ。」
ロランは男の腹が赤黒いことに気がついた。
「…血が…」
男はゲートを開け、ロランを岩山の中にぽつりと見える青い金属のドアまで連れて行った。
「入ってくれ。」
男に言われたまま手を青いドアに当てると、電気的な機械音を上げてドアが上に開いた。ロランはすぐにこのドアがモビルスーツのハッチだとわかった。
自分はこれをノックスに届ければいい。そのことだけをロランは頭の中で何回も繰り返した。
コクピットに座り、操縦桿を握る。馴染みのない歪な形。下部のペダルに足を下ろす。不意に全天周囲モニターが点灯した。それと同時にリニアシートらしき椅子が驚くほど背中にフィットした。ロランの意思を汲み取ったかのように、ターンAと言うらしいモビルスーツはハッチを閉じメインジェネレーターを起動させた。ただ自分の知っている操縦方法がこの異質なモビルスーツにも通用するかはわからない。
ロランは大きく息を吸った。男の姿は見えないが、スラスターに巻き添えにならないところまで逃げたのだろうか。怪我は大丈夫なのだろうか。まだハッチを除いて地面に埋まっているターンAは発進できるのだろうか。膨れ上がる疑問を払拭すべく、ロランは大きく息を吐いた。
ターンAにとって埋まっていた事など関係なかった。軽くスラスターをふかすと、あたりの岩盤などはものもともせず、ターンAは空高く舞い上がった。モニター上に映る機体は純白に輝いている。ロランはノックスに向おうと上空からあたりを見渡した。最初ロランはそれがヴィシニティの街だとは思わなかった。嫌っていたビル街は半分ほどしか残っておらず、残りは瓦礫と化して倒壊していた。ビームで破壊された建物でできた幅10m程はありそうな長い2本の直線が見えた。一つはヴィシニティ鉱山の麓に向って伸び、コンクリートの残骸を巻散らかしている。今日来た道沿いに発射されたビームの跡だ。もう一つはちょうど街の中心に沿って伸びている。ほとんどこの直線によってビル街は壊されていた。そしてその線は昨日の酒場のあたりを通り、そのまま自分の家の方面の地平線に向かっていた。その瓦礫の上で、アメリアと月のモビルスーツが白兵戦を繰り広げている。一つの爆発によって、一人分の生命が失われている。近くにいた市民も巻き込まれているのだろう。その炎は街のあちこちで燃えていた。晴れであるはずが、灰色の煙によってヴィシニティの街は薄暗かった。
ロランは自分が戦場の殺意と憎悪の渦に吸い込まれていることに気が付かなかった。彼はヴィシニティの血の色の瓦礫の中に溶け出していった。