ロランは腕の点滴を看護師に外してもらった。動くのが3日ぶりらしい体中の関節は、古い機械のようにぎしぎしと鳴りながらぎこちない動きをしている。
カーテンが不定期に大きくたなびいていた。窓から気持ちよさそうな涼しい風が吹き込んでいるので、その風に当たろうとロランは窓際に向かった。
しかし窓の外には清々しさなど微塵も存在していなかった。瓦礫と煙。外の景色はほとんどのこの2つで埋め尽くされている。
すべてが鮮明に思い出された。今まで忘れていたことが不思議だった。キースは無事だろうか。怪我をしていた諜報部の人はスラスターの火からうまく逃げただろうか。…自分の家は?心配事で頭が弾けそうだ。ロランは急いで言われた部屋に向かった。
「うそよ!そんなはずないわ!」
ノックしようとした直前、中から叫び声が聞こえてきた。
さっきのソシエさんが泣いているのがわかる。
入ることができずにドアの前で突っ立っていると、ガチャというドアの音が鳴るやいなや目を赤く腫らしたソシエ=ハイムと鉢合わせてしまった。彼女の横では中年の女性も声を上げて泣いている。名前は忘れてしまったが彼女はディラン=ハイムの妻だ。
「…盗み聞きしてたのね。」
ソシエ=ハイムは赤く腫れた目でロランを睨み、彼をどけて後ろへと去っていった。
少し間が空いてから若い男の声がした。
「こんな会話が聞こえたら入りにくいだろうね。来たまえ…セアックくん。」
部屋の奥のデスクにはグエン=ラインフォード卿が座っていた。
大統領を排出したことことのある家系に生まれ、敏腕のビジネスマンでもある。若くして政治界と経済界両方に強力なコネを持つ人物。メディアにも度々登場し、この国で彼を知らない人はいない。次世代の大統領候補とも言われている人物だ。
「大丈夫ですか?」
ラインフォードの横に立っているキエル=ハイムがロランに声をかけた。ラインフォードはロランの動揺を見透かしたかのように微笑んでいる。
「…あ、いえ。」
ロランは言われたとおりにデスクの向かいのソファに座った。
「話は聞こえたか?」
「いや…ソシエさんの叫び声だけしか…」
「…そうか…ディラン=ハイムの遺体が見つかったんだ。それで夫人とソシエ君は取り乱していた。」
ラインフォードは淡々と話した。
「ロランさんは父と最後まで一緒だったとジョゼフから聞いたのですが。」
「…ディラン=ハイムがお父さまなんですか?」
ロランはキエル=ハイムとディラン=ハイムがそこまで近い関係だとは思ってもいなかった。
「ええ。」
「僕の知る限りでは…苦しんでる様子はありませんでした。」
正直ディラン=ハイムの最後がどうだったかよくわからないが、できる限りの返事をした。
「…良かった。」
キエルは息を漏らしたが、父親を無くした娘というほど悲しんでいるようには見えないし、そこまで動揺してもいない。何よりも父の死を良かったと言う言葉で形容したのが信じられなかった。
「…では、本題に移ろう。セアック君には感謝しかない。ターンAをしっかりノックスまで届けてくれた。君は良くやったよ。」
ロランは自分にその記憶がないのが不思議だった。
「おまけに敵機を2機撃墜したらしいじゃないか。」
「僕が?撃墜?」
ロランはラインフォードがなんのことを言っているのか全く理解できなかった。
「ああ、覚えてないのかい?」
「…」
「…無理もない。君は生き残るのに必死だったんだ。時として人は辛い思い出を忘れたくなるものさ。」
ロランは手の震えが止まらなかった。自分は二人の命を奪ったのだ。自覚も無く、大義も無いのに。
「君は立派のことをしたんだ。自分を攻める必要はない。セアック君。これは戦争だ。それに私達は被害者だ。生き残るためには仕方がない。」
彼の言っていることは合理的だ。だがどこか他人事のような冷たさがある。
「とりあえずウィル=ゲイムが出航するまでは自由にしていい。ただ絶対に3日後の朝までには戻ってきてくれ。」
「まだ僕は何かしなければいけなんですか…」
「…ああ。残念ながら君にはその責任があるんだ。ただあともう暫くだ。それまでは頼むよ。」
「…何なんですか。その責任って。僕が何をしたって言うんですか。」
ラインフォードは少し思案したあと、ゆっくりと話し始めた。
「…そうだな。私達にも君に説明する責任があるようだ。君は両親を覚えているか?」
「…実の両親は覚えていませんが…養親なら…」
「セアック夫妻は科学者だった。そしてDOCベース経由でターンAに搭乗者のロックをかけたんだ。」
突飛な話だ。
「父と母が科学者?」
「ああ。」
「そんなはずはありませんよ。第一両親は大のテクノロジー嫌いでしたし…」
「それは事実だ。確かにセアック夫妻は科学者でありながら科学技術を嫌っていた。ただなぜ君に機械工学を専攻させたと思う?モビルスーツ、つまりターンAに乗せるためだ。」
「…なんでそんなことまで…」
ロランはラインフォードの言うことを信じたくなかったが、彼が自分とセアック夫妻について知っている情報があまりに具体的なのが気持ち悪かった。
「ターンAは特別なマシーンだ。それを愛する君に託したかったのかもしれない。」
「…」
「ただそれは私情にすぎない。許されることではないのはわかるな?」
「…親の罪を背負えと言うことですか…」
「間違いではない。」
彼の口調はやはり他人事のように冷たかった。