「なんだ。これは。」
艦長席に座るミハエル=ゲルン大佐が眉をひそめた。巡洋艦ウィル=ゲイムのブリッジにいた全員が突然鳴り響いた騒音に驚いている。定期的に音量は上下し、不定期で鳴る高音が耳に刺さる。動物的な恐怖心が呼び起こされるような音だ。暗礁宙域周縁のパトロール中は食事中であれシャワー中であれ、油断することはできない。
「古い連絡回線からです。ただ、発信者は不明であります。」
クルーがノイズの周波数を特定したようだ。この回線は今では使われていない。近い周波数の通信が混信しているか、もしくは何者かが周波数を合わせて、このノイズを送信しているかのどちらかだ。
「ノイズに周波数を合わせてくれ。なにか重要な連絡かもしれん。」
ゲルン大佐が眉をひそめた。軍人らしい大きな体躯の彼が眉間に皺を寄せると結構な迫力である。担当のクルーが少しずつダイヤルを回していくと、次第に信号が鮮明になっていった。恣意的にプログラミングされた音程がある。
「…ピアノ?」
周波数を合わせきると、場にそぐわぬ脳天気で明るい音色がブリッジに響いた。クラシックの曲ように聞こえる。いたずらか。と、全員が呆れたような、安心したような顔をした。
「待て。」
クルーが回線を切ろうとしたとき、若くして副艦長席に座るグエン=ラインフォードがそれを遮った。
「曲にしては変だ。」
ラインフォードの言葉に反応して、数人のクルーが曲に耳を傾けた。
「メロディーに不自然な規則性が…ある気がします。」
「そのようだ。この曲にはパターンがある。解析できないか。」
ラインフォードに指示され、前方のモニターにオシロスコープが映し出された。ランダムに見えた曲の波形が、解析するにつれて、パターン化されていく。ゲルンは興味津々で前のめりになっている。アラベスクのような複雑な幾何学模様が映し出されると、その隣のモニターには文字が表示され始めた。意味のないランダムな文字列にしか見えなかったが、次第に、それが繋がり合い、虫食いではあるが、文と呼べるような状態にまで復元されていった。
(…級2隻…に…けて発進…たし……ちに…標…2…されたし……級2隻…に…けて発進…たし……ちに…標…2…されたし…)
「もっと鮮明に復元できないか。」
ラインフォードは口もとに笑みを浮かべた。
刺すような日差しの下、こびりつくような湿った冷気が頬をかすめた。遠くの山麓の木々がしなるように揺れている。あたりの牧草も風になびいて、波紋のような模様を描いている。晴れていても、この風が吹くときは決まって雨が降るのである。嵐が近い、とロラン=セアックは感じた。春の嵐がようやくやってくる。
荒涼と佇む山々は風でその雪化粧を振払おうとしているようだ。外の羊たちを畜舎の中に帰さなければいけない。
雨漏りは大丈夫だろうか。色々と思考をめぐらせながら、18歳の彼は仕事に取り掛かった。
ヴィシニティのはずれに位置するこの場所で、ロランが今の暮らしを始めたのは10年以上前のことだ。畜産業を営むセアック家の夫妻が幼き日のロランを街の孤児院から引き取った。もちろんその時のことなどは一切覚えてはいない。
ロランの緑色の目と褐色の肌、そしてシルバーの頭髪は、エキゾチックな雰囲気さえある。しかしセアック夫妻は、彼を実の子であるかのように育てた。血のつながりなどは関係が無かった。ロランも本当の両親のように彼らを慕っていた。
小学校に通い始めた頃から、羊の世話の仕方を教わった。時期尚早な気もするが、このあたりでは普通らしい。おかげで、二人が亡くなり自分一人となってしまったいまでも、彼はこうやって生計を立てることができているのだ。