ロランは慌てて後ろを振り返り、男の姿を探した。日が落ち始め、きつい西日が徐々に収まり始めたが、街頭が点くにはまだ早く、ビルの狭間は薄暗い。
ロランには俄に信じづらいことだった。あの男が盗みを働くようには思えなかったからだ。端正な容姿からは想像できないことだ。信頼に足るような人物に見えた。ロランは走っていた。買い物に来て財布をすられるという間抜けな自分への焦りが強まっている。背の高い、全体的に身なりが整った鉱夫。周囲の人を一人ずつ目で確認し、次へ次へと視線を移した。
ロランは周囲の自分への視線に既視感を覚えた。酒男に向けられていた視線。侮蔑と哀れみが混じり合った視線。周囲と行動を異にするがゆえに向けられる視線。周囲の色が青白く感じられた。沈もうとしている太陽のせいだろうか。違う。秩序を乱すものを排除しようとしているのだ。集団心理。社会を築き保つために生まれた協力と合一の集積がこの都市と重ね合わさり、一つの生き物のように自分にのしかかっているような感覚に陥った。ロランは思わず立ち止まり呆然としてしまった。これだから都会は嫌いなのだ。そう思っていると、車道沿いの街頭が一斉に光を灯した。偶然にも視線の先の街頭の下に例の男が立っているのが見えた。男は大通りをそれて角を曲がった。ロランは財布という眼の前に差し迫った問題を解決するため、また走り出した。通行人の視線は依然として刺すように感じた。
男が曲がった交差点をからは、それまでの街並みの都会ぶりとはうってかわって、寂れた低い建物の並ぶ一本道が見えた。日が落ちた後で、街灯もなく、暗闇の中に突き進んでいるこの路地は永遠に続いているように見える。ただ、少し先に一つ橙色の点が滲んで光っていた。ロランはその光に向かってゆっくりと足を踏み出した。
炎にさえ見えたその輝きは、実際は何かの店の白熱灯の光が漏れているだけだっだ。男はここにいるのだろう。普段は決して通ることのない路地。不思議な、怪しいような雰囲気がある。その建物に近づいていくと、人の声が聞こえてきた。男、複数人の声が聞こえる。飲み屋というほどの騒がしさはない。かといってバーのような静寂さもない。眼の前にまで来たが店には看板もなく店名も分からない。この店の異質さは近づけば近づくほど強くなっていく。恐る恐るロランは入り口と思わしきドアを開けた。中は案外広く、5、6人ほどの男たちがそれぞれ丸いテーブルにつき酒を飲んでいる。笑いながら会話をしている者もいれば、一人で頭を抱えている者もいる。ただ、全員鉱夫の身なりをしていた。店の奥から一人の中年女性がやってきて、ロランを席まで案内した。それから何も言わずその女はロランのもとを去り、店の奥へ帰っていった。ロランは店の男達を横目でひとりひとり確認していった。次へ、次へと視線を移した。奇妙なことに誰とも目が合わない。最後の男は顔を伏せていてよく見えないが、耳が明らかに赤く、ひどく酔った様子だ。ロランは視線を顔から足先へと移していき、確信した。店の独特な空気に押し潰されかけて憚られたが、ロランは席を立ちその男のテーブルの前まで歩み寄った。