「財布。返してください。」
ロランは言った。反応はない。腹の底に抑えていた怒りが少しずつ湧き出てきた。
「財布盗みましたよね。返してください!」
ロランは声を大にして言った。それでも反応がないのでロランは男の肩を揺すって机に突っ伏している彼を起そうとした。それでも彼に反応はない。もう一度彼の肩を揺すろうとした時、ロランは背中に冷たい視線が向けられているのを感じた。それは大通りを走った時に自分に向けられていた視線、酒男に向けられていた視線と同じだった。しかし、それは盗みをされた人ではなく、盗みを働いた人に向けられるべきなのではないのだろうか。ロランは物音の一切しなくなった緊張感を感じながら、後ろに視線を回した。全員、横目で自分を見ている。ロランは睨まれていた。この部屋ては異質なのは自分なのだと分かった。すると突然体が前に倒れて、男の机に頭をぶつけた。唐突な出来事に自分の体が乗っ取られたように感じたが、胸元を男の手が掴んでるのを見て、何が起こったのかを理解した。男は道で絡んできた酒男と同じ匂いを漂わせながら、ロランの顔に泥酔した顔を引き寄せた。
「酒は弱いんだ。すぐ酔っちまう。」
男が舌を絡ませながら囁いた。
「お前は何も知らない。明日を生きることがどれだけ厳しいか。お前もじきに分かるだろうけどな。少年。」
酔っていても、男の目は鋭い。ロランは動揺する自分に怯むなと言い聞かせた。
「貴方もただの飲んだくれじゃないですか!早く財布返してください!」
「黙れぇ!!」
男はとてつもない剣幕でロランに掴みかかってきた。
「酒がないとやってけねぇんだよ!お前は何を買うんだ。その金で。家族が全員自分から離れていくことがお前に想像できるか。仕事を失うっていうのはそういうことだ。なんでクビんなったかも知らされねぇ。お前に何がわかる!!」
「それでも泥棒はだめですよ!」
「お前は財布が無くたって死ぬことはねぇ!だけど俺たちゃ明日の食い物と酒とを買うので精一杯なんだよ!お前にゃわからないだろうなあ!!」
男は怒鳴った勢いのままロランの上にのしかかり、顔を殴ってきた。恐怖や怯みよりも怒りが勝っていたロランは、抵抗しようともがいた。男は酔っていたので簡単に二人の姿勢は入れ代わりロランは反撃をしようと拳を振りかざした。しかしその手はほかの男に掴まれた。
「やめろ。」
腕を掴んできた男が言った。
「酒代は俺が払う。だから…お前、こいつに財布を返してやれ。」
そう言うも泥棒男は酔いが回って動きが取れないので、その男は無理矢理彼の懐から財布を取ってロランに渡した。
「ありがとう…ございます…」
「帰れ。」
その男は首根っこを掴んでロランを店の外に放り投げた。ドアが閉まる音が聞こえる。空にはオリオン座だけがくっきりと輝いていた。