Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
1.はじまり
はじまりはただの好奇心だった
自ら始めた旅が、いつからか回り始めていた運命の歯車に巻き込まれ、
その身を削り取られていく感覚
ここまで振り返らずに走り続けてきたが、
自分は正しいことを出来てきたのだろうか
どこかで選択を間違ってしまっていたのではないか
この旅の終わりに輝ける未来は待っているのか
心の拠り所としていた大切なものを失ってまで進み続ける意義はあるのか
今となってはもう…
ただ確かなのは、目の前に突き付けられた非情なる現実だけ
この試練を乗り越え、正しいと思える道を進むことが出来るのか
教えてくれ…トゥーラ
私はまだお前がいなくなってしまった世界を受け入れられていない
薄暗い一室でロングコートを着た女性は無造作に積まれている鉄のガラクタの山の中に、ボロボロになって突き出ている一本の金属の腕を見つける。
女性は震えながら膝をつき、その腕をそっと両手でやさしく包みこむ。
そこに鎧をまとった兵士らしき人物がかけつけ後ろから声をかける。
「報告します!多数の敵部隊が東の方角に現れました!・・・その腕はまさか・・・」
うつむいている女性の垂れた前髪の間から一滴の雫が頬をつたう。
しかしその女性は報告を聞くとゆっくり立ち上がり、背中に装備している年季の入ったデザートサーベルにそっと手をかけた。
砂嵐で一寸先も見えない荒廃した台地で、ガスマスクをかぶった小柄な者が岩から岩へと飛び移る。
一歩踏み外せば谷底に真っ逆さまだが、その者は器用に岩場を渡り歩いている。
そしてはるか下の地上にいる赤い生き物の群れを発見する。
「お、いたいた。おいしそー…」
そう呟くと崖を躊躇なく一気にかけ下る。
赤い群れは上空から何者かの襲撃が来たことを悟り鋭く尖った両腕を掲げ臨戦態勢に入る。
小柄な者がそれに臆することなくグングンと間をつめていくとやがて群れている赤い生き物の形状がはっきり見えてきた。
群れの正体は人間大とも言える巨大なカニの1群であった。
「うん、手だけでいいから助かるよー!」
かけ降りていく小柄な襲撃者は自分より大きいカニの群れに鋭い腕を向けられても動じずに素早くそれをかわして地面に着地する。
そして腰につけていた分厚い刃のハンティングサーベルを取り出しそのまま一匹のカニの腕を切断する。
切断された腕がくるくると宙を舞うがカニはキョトンとしている。
「またはえてくるよ、ごめんな!」
小柄な襲撃者は切断された腕を華麗にキャッチすると一目散にその場を離れた。
そしてたどり着いた先は一件のみすぼらしい小屋であった。
「ただいまー。カニとれたよー」
ドアを開けながらガスマスクをはずすとシルバー色のショートカットの可愛らしい女の子が顔をのぞかせる。
「あれ、ニール?サッドニール!いないの?」
女の子が奥の方に声をかけると奥から無感情の声が帰ってくる。
「ここにいる。私は食事をとらないからカニには興味がない」
ウィーン。ガシャン
奇妙な音と共に奥から現れたのはゴツゴツのさびれた金属が人間の形をしただけの無機質なロボットだった。
作られた目的は最早誰にも分らないがこの世界では古代文明の遺産として、
自ら考え目的を持ち自立して動くロボットがスケルトンという名称で、
何百年間もの間、違和感なく人間社会に溶け込み一緒に生活しているのだ。
そのスケルトンは衣服とは言えないが、申し訳なさ程度にぼろ切れの布を巻いてもいる。
「ほんとこれ食べないなんて人生もったいないよねぇ。ああ~フォルムもいい形してるわ。」
女の子は大きなカニの手をぶらんぶらんさせながら眺めている。
それを見てサッドニールと呼ばれたロボットは女の子に語りかける。
「君の母親もカニが大好きだったが食べたりはしなかったよ」
「俺に母親はいない。親はあんただろ!」
親の話になると女の子は急にムキになって答える。
「私は君の育ての親だが血のつながった親ではない。過去の文明が残した機械人形スケルトンだしな。それと女の子は「俺」という一人称はほとんど使わないそうだぞ。ルイよ」
対してルイと呼ばれる女の子はさらに怒り口調になる。
「どうでもいいよ!そもそもスケルトンだって人間と同じように喋ったり考えたり出来るじゃん。食べることはできないけど…」
「どうだろうな。目の前で何人もの知人や友人が死んでいくのを見ても悲しいと感じて涙を流せない」
「悲しさは分かるんでしょ?と言うかそのくだり何回目よ?もう飽きたわ。カニしかいないこの生活も飽きた」
さっきまで宝物のように持っていたカニの腕をどかっと放り投げるとルイはゴロリと床に寝そべる。
「食料にありつけることだけでもいまの世の中を考えると幸せなのだがな。カニから学べることもあるし」
「ないでしょ!クラブレイダーみたいなこと言わないでよ」
「このカニの生息地域を守るクラブレイダーがいるから君の安全と食事も守られているんだ。私はスケルトンだからレイダーに攻撃されるが」
それを聞いたルイは何かを閃いたように飛び起きサッドニールに詰め寄る。
「ふーん。じゃあさ、いっそ一緒に旅に出てみようよ。こそこそレイダーから隠れ回らなくて済むし未知の美味しい生物が他にもいるかもしれないじゃん!」
「…放浪は言われるほど良くないと思う。お勧めしないな。危険が伴う。私は戦闘向きには作られていないし、以前いた組織でも主に交易を担当していただけだ。それに君の母親はカニに囲まれた幸せな生活が送れるよう君に望んでいた」
「その話はもういいって!それより長年生きてたらその以前いた組織とかコネが出来たでしょ?入らせてもらおうよ。どこにいんの?」
「…今はもう組織はない。だが、生き残っている知人の強者はまだどこかにいるだろうな」
「おお!目星ついているの?近くにいるとか?」
ルイはサッドニールの肩を揺らすが、一瞬の間の後に返ってくる答えは先ほどと変わらなかった。
「あてはあるし遠方でもないがやはり外にはでない方がいい。危険は嫌いだ」
「なんで!この場所を離れたほうがニールも幸せになるよ!」
キラキラ目を輝かせながらさらに迫り来るルイにサッドニールはたじろぐとため息をつきながら答える。
「…はぁ。一緒に行くよ。でもそれは私が君のプレッシャーに負けたからではなく君の人生を見届ける使命を持つ私の人生に生き甲斐を持っているからだ」
「何言ってるか分からんけどOKってことね!よっしゃーそうと決まれば早速仕度するよ!」
ルイにはサッドニールが話に乗ってくれる確信があった。
サッドニールはネガティブで保守的な性格ではあるが、それが故にあまり対立意見となる自己主張はせず流されやすい。
そのため、めげずに主張し続ければいつか折れて同調してくれるのだ。
舌を出しチョロいもんだと言わんばかりにバックパックに荷物を詰め始めるルイに対して、スケルトンのサッドニールの表情は当然何も変わらないが、心なしかいつもより動きが良い。
「では私は地図を使って目的地へ行くルートを検索する」
旅に出ることが決まってしまえば意外と乗り気なのかもしれない。
「一直線の最短距離でいこうぜ!」
長いこと2人で小屋に籠る生活を続けていた反動は大きかったのだろう。
気が付けば2人ともあっという間に出発の準備が整ってしまったいた。
「あんまり持っていくもんないな。ニール何なのその長い棒は?」
知らぬ間にサッドニールは背丈を越える長い鉄の棒を背中に背負っていたのだ。
「杖だ。移動にも戦いにも役に立つ代物だ」
「ふーん。ってかバックパックもでかくない?そんなに荷物が必要なの?」
「これは荷物というより君を入れて移動する時に使うのだよ」
スケルトンは時に人間にとって予期せぬ反応をする時がある。
そんな時もいつも通り抑揚もなく至って単調に言葉を発するため、長く付き合っていても本気なのか冗談なのか見極めるのが難しい。
しかし、ルイはさすがに10何年もサッドニールと一緒に暮らしており、
このスケルトンが意味のない冗談をここで使わないことを知っていた。
「え?俺がなんでバックパックに入らなきゃいけないんだよ」
怪訝な顔でルイは問うが、サッドニールは坦々と答えを返す。
「隣の地域はスケルトンが通るのは容易いが人間が通るのが難しいからだ」
問われたことだけ回答し、多くは語らないスケルトンとの会話は普通はイライラしてしまうものだが、
ルイの喋り相手は小さい頃からサッドニールしかいなかったため、特に違和感を感じることなく問答が進む。
そしてルイはその回答にピンときたのか自信満々に応えた。
「ああ!前に言ってた肌が溶けるほどの酸性雨が降る地域ってやつか!確かに耐性ある服は持ってないなー」
悩んでいる横でサッドニールはなおも坦々と喋り続けた。
「いや、そんな簡単な話ではない。詳しくは移動しながら説明するから、今は取り敢えず夜になるまで寝ておきなさい。基本的には夜に移動することになるから」
「ええー、なんで?夜に移動って危なくない?」
「これから少しずつ世界の周り方について実戦で学んでいくさ」
「ふーん…」
質問をはぐらかされたルイであったが、いつも細かいところはサッドニールに任せていたため、特に気にすることなくその日は言われるがままに床についた。
こうして、これから起こりゆく出来事と待ち受ける宿命を知らずに2人の旅はゆっくりと開幕するのであった。