Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


96.ジュードの葛藤

ー師範。今でも俺はあなたが始めた戦争の意義を理解出来ないでいます。多くの人たちが傷つき倒れていった後に一体何が残ったというのだろうか。ただその土地の支配者が代わった事に意味があったのか。あなたが命をかけてまで成した事は何をもたらしたのかー

 

 

 

 

 

 

 ストートの都市に入って数日経つと続々と侍の部隊が入場してきて、否が応でも戦争の気配を感じられるようになってきた。街中の子供たちは侍を羨望の眼差しで見つめて手を振っている。市民は開戦をお祭りのように歓迎しているようだ。

 そしてその様子をジュードは渋い表情で眺めていた。忘れていた遠い記憶がフラッシュバックのように断片的に蘇ってきたのだ。

 

自分も幼い頃、侍に憧れていた。好きになった理由は覚えていない。しかし、嫌な記憶はまるで心に刻まれているかのように脳裏に焼きついて離れないでいた。

 

 

 

 自分はいわゆる戦争孤児だった。5、6歳の頃、住んでいた村が侵略にあい、避難する人々の列に混ざってわけも分からずに歩き続けていた。傷を負い動けなくなった母親から最後に貰った一握りのおむすびはとっくに食べきってしまい、空腹でもはや人々の歩くスピードについていくことが出来なくなっていた。

 

目に止まった岩に腰掛けると、後から避難してくる人々とすれ違いざまに目があう。皆、疲れきって虚ろな表情をしており、こちらに構っている暇もなさそうであった。次第に目の前を横切る人もいなくなり、自分は避難民の最後尾になったようであった。あとは追ってくる侵略者に殺されるのを待つだけであった。

 

そんな中、自分はチャド師範に出会った。

 

「そこの子供。お主だ。立てるか?」

 

師範は最初ぶっきら棒に声をかけてきた。黒い素肌に獲物を見るような眼力でこちらを見ているものだから、てっきり侵略者が来たのかと思っていた。

 

「た……立てないです。すみません、殺さないで……」

 

いざ殺されるとなると子供なりにも恐怖心が出てきて命乞いをしていた。そんな様子を見ていたチャド師範は急に悲しそうな目をすると、またもやぶっきら棒に喋りだす。

 

「……これを食べるがいい。食べたら出発だ」

 

そっと目の前に差し出されたのは乾いた肉であった。

自分は持てる力を振り絞り無我夢中に硬い肉を噛み切った。

 

しかし、まだ足に力は入らない。

 

チャドは立ち上がりジッとこちらを見据えている。まるで立てなければ置いていくと言わんばかりであった。

 

「くっ……!」

 

産まれたての子鹿のように足をプルプルと震わせながら自分は立ち上がろうとするが空しくも両手を地面についてしまう。それに見かねたチャドが自分を片手で担ぎ上げるとそのまま見たことのない速さで走り出したのだ。

 

 

 

 そして自分はそのままチャドの家に居候することになり現在に至る。あの時、師範が助けてくれなかったら自分は死んでいた。ここまで父親のように育ててくれた師範には感謝の気持ちしかない。出来ることならば師範のためにこの命を使いたいとさえ思っている。ただ、戦争のために働くのだけは今でも気が乗らないでいた。昔、ジュードはチャドに対して『なぜ自分を助けてくれたのか。師範はあそこで何をしていたのか』聞いたことがあった。

 チャドは『戦争とは何なのか知るためにあの場にいて、そして偶然お前を見つけた』と答えた。だからチャド師範は戦争の悲惨さをその目で見ている。人間同士の殺し合いなどさせたくないに決まっているのだ。

 

ボーっとして考え事をしているジュードに対してガルベスが喋りかけてくる。

 

「重要な会議だからって俺たちが席を外さないといけないとはな。俺は待たされるのが嫌いなんだが……」

 

気にしないようにしていた事をガルベスはえぐるように言い放った。チャドは重要な会議を行う間、2人に外を見張っているよう頼んでいたのだ。しかしジュードは事ある度に会議から外されることが嫌だった。信用されておらず頼られてもいない。一応、チャド総心流拳法の免許を形ながらも皆伝したのに、なぜ師範は自分に会議の内容を共有してくれないのかと心がモヤモヤしていた。

 

「あ……終わったみたいですね」

 

「マジか。ちょっと便所いくから先いっててくれ」

 

ガルベスがトイレに向かっている間に会議室のドアが開き、侍鎧に身を包んだ男が中から出てくる。その男はただならぬ気配を醸し出しており猛者であることがわかる。というよりこの気配はどこかで知っている感じだ。

 

「おー。柔道着君じゃないか。元気だったか?お前チャド将軍の金魚のフンだったんだなぁ」

 

侍鎧の男はジュードを見るなり馴れ馴れしく話しかけてきたが、その声でジュードは相手が誰か把握する。

 

(こいつ……!レディー・ミズイを護衛していたスケサーンか!まさか師範はこいつらにルイ捜索の依頼を?)

 

「…………」

 

「禁忌の島の事はちゃんと胸に閉まっているだろうな。下手に貴族様のやることを詮索しているとすぐ排除することになるぜ」

 

「分かってる……」

 

「本当にわかっているか?ちなみにお前達が慕っていたリドリィを倒したカクノーシンも特憲の1人だ。その気になれば俺たちは蚊を払うが如くお前達を葬れるんだ。抗えない強大な力には素直に屈しておくことだぜ」

 

「あんたらの強さは充分身にしみてる……。もう用が済んだなら早くどっかいってくれないか」

 

「ふっ。脅しすぎたか?まぁ単細胞のルイがいないなら大丈夫だろうがな。じゃあまたな」

 

ルイが行方不明だということを知っているということはやはりチャド師範が捜索依頼をだした可能性が高い。ジュードは勢いよく会議が終わった部屋の中に入っていった。

 

「師範!いま出ていった奴は特憲ですよね?あんな奴らを信用しているんですか!」

 

「ジュード。声が大きいぞ。それにドアを閉めてから話せ」

 

「あ……す、すみません……」

 

ジュードがドアを閉めると同時にチャドが喋りだす。

 

「察しているだろうがルイ捜索の依頼を出した。信用は出来ないが、奴らは使える」

 

この言葉にジュードは人知れず拳を握り締めるがチャドは構わず続ける。

 

「ルイがいたであろうホーリーネーションの軍事施設には既に別の特憲が入りこんでいるらしく結果はすぐに出せるそうだ」

 

さすがは大国都市連合の諜報機関といったところだろう。至るところに忍び込んでいるようだ。味方でいるうちは頼もしいが、どれくらいの規模と戦力を有しているのかさえ謎に包まれている。リドリィの件でいずれはぶつかる可能性がある相手だと思うとジュードは気が重くなった。そんな気配に気づいたのか、チャドが問いかけてくる。

 

「どうした?具合が悪いのか?」

 

スケサーンに念を押された通り、リドリィの件で特憲といざこざがあったことはチャドには言っていない。いま話してしまうと将軍となったチャドに迷惑がかかるからだ。

 

「い、いえ……大丈夫です。あ、それよりロンゲン卿から師範に使者が来ていて、待ってもらっていました」

 

「ほう。では会おうか。お前も来なさい」

 

「あ、ガルベスはどうしましょう。トイレに行ってます」

 

「話の内容は察しがつく。彼はいなくても大丈夫だ」

 

二人は早速、使者が待つ部屋に入る。中には口もとまでかぶるほどのターバンを巻いた貿易商のような格好をしたグリーンランド人が待っていた。

 

「チャド将軍。打ち合わせは終わりました?」

 

「うむ。して、ロンゲン卿が私に何のようですかな」

 

男はターバンも取らずに話し始める。

 

「いえ、大したお話ではないのです。ロンゲン様がこれをチャド将軍に差し上げろとのことで……」

 

そう言うとターバンを巻いた男は高貴な布に包まれた箱の紐を解いていく。そして中からは光り輝く金塊が顔を覗かせる。

 

「これは……」

 

「20万catあります。支給される軍資金だけでは心もとないと思いまして、ロンゲン様が是非あなたに使って頂きたいと仰られております」

 

「これはありがたい。今はいくらあっても足りない状況でした」

 

「でしょうねぇ。今後も何か困り事があったらロンゲン様に相談なさると良いですよ」

 

「助かります。何かお礼できる物があれば良いのですが、今は着任したてで来たものですから取り揃えておらず……」

 

「いえいえ、いいのですよ。将軍に見返りなんて求めませんよ」

 

「落ち着いたらお礼に伺わせて頂きますのでロンゲン卿によろしくお伝えください」

 

ロンゲンの使者は挨拶を済ませるとにこやかな表情で去っていくと、チャドはため息をつきながら愚痴を漏らす。

 

「こういう外交は専ら他人に任せていたが、いざ自分でやるとストレスだな」

 

「しかし……すごい大金ですね……。たしかロンゲンってトレーダーズギルドのトップでしたっけ。お金持ちなんですね」

 

「ああ。貿易商は世界の物流を担っているからな。下手したら都市連合の帝国やホーリーネーション等の国家よりも資金力はあるかもしれん」

 

「ええ、そうなんですか!でもなんでこんな大金をタダでくれるのでしょう?」

 

「ふっ……、無料ではない。これはいわゆる私の買収だ」

 

「え?師範を買い取る?」

 

「聞いた話によると都市連合は一枚岩ではなく大きく3派閥あるらしい。それぞれが自分の勢力を大きくしようと裏で暗躍しているようだ」

 

「なるほど、お金を渡してチャド師範を自分の派閥に取り込みたいということですか……」

 

「そういうことだ。これは大いに利用させてもらうか。しかし大国なんて案外こういうところを突かれると脆く崩れていくのだろうな」

 

チャドはそう言うと先ほどロンゲンから貰った大金を手に持ち出掛ける支度を始めた。

 

「あれ?師範、どこへ行かれるのですか?」

 

「軍がここに集まるのにもう少し時間がかかる。それまでにやれることをやっておく。ガルベスも呼んでくれ」

 

 

 

 

ジュードはわけも分からずチャドについていくことにした。3人が向かった先は都市ストートから南西に大分離れた砂漠の真ん中で、周りは砂嵐で何も見えなかった。

 

「師範、ここはどこですか?何もないように見えますが……」

 

「黙って周りを警戒していろ。スキマーの待ち伏せも気をつけろよ。恐らくもうすぐ着く」

 

「は、はい。……あ!」

 

「どうした?」

 

「いま向こうに人影が見えたような気が……。でも気のせいかもしれません」

 

「……いや。正しいようだ」

 

気がつくと3人は数名の忍者刀を持った者に囲まれていたのだ。服装からしてスナニンジャの一派のようだ。しかしチャドは臆することなく呼びかける。

 

「お前たちの頭領ワイアットに会いたい。案内してくれ」

 

この言葉に囲んでいた者たちは少し狼狽した。そしてそれはジュードも同じことだった。

 

(ワイアット……!?ポートサウスでトゥーラの檻をピッキングで解錠してくれた人か……!スナニンジャの頭領だったのか……。しかし彼に何の用が……?)

 

スナニンジャもそのまま言われた通りにする様子はなく、臨戦態勢に入る。

 

「少し暴れないと出てこないかな。ジュード、ガルベス、殺すなよ」

 

チャドはサラリと言いのけるとスナニンジャのほうに自ら向かっていく。そして斬りかかる忍者の攻撃を華麗に避けながら手刀を首筋に入れ倒していくのだ。

当然スナニンジャはジュード達にも襲いかかる。

 

ガルベスはやりにくそうにしながらも殺さないように板剣ではたくようにスナニンジャをのしていくが、ジュードは自分が死なないように避け続けるだけで精一杯であった。

 

チャドが大方のスナニンジャを倒しきり、向かってくる者も減ってきた頃、ついに目当ての者が姿を現す。

スナニンジャ頭領の証である深編笠をかぶっており、ポートサウスで見かけた時と同じ格好だ。

 

「ルイの部下がまさか有名な拳聖だったとはな。どうりで強いわけだ。都市連合として俺を捕らえに来たのか?」

 

確かに将軍という立場が世に知れ渡った以上、野盗であるスナニンジャが敵対的になるのも無理はない。ルイの知り合い繋がりだけでは互いの信用はゼロに等しかった。

 

「ポートサウスで助けてくれた恩人を捕えるはずないだろう」

 

「ふん、どうだろうな。トゥーラとルイは元気か?」

 

「今日はその件で依頼したいことがあって来た」

 

「ああ?」

 

「簡潔に言おう。ここに持ってきた20万catで行方が分からなくなっているルイの居場所を突き止めて欲しい」

 

このチャドの言葉に周りにいた者全員が驚いた。ワイアットすら深編笠の下で動揺している様子が分かる。

 

「なんだと……。ルイは行方不明なのか。トゥーラは何をしている?」

 

「彼女は別のやり方でルイを探すだろう。私は邪道な選択肢を進みルイを探すことにしたのだ」

 

「ふーん、邪道ってのは都市連合の将軍になったことかい?だがなぜ俺に頼む?特憲を使えばいいじゃないか」

 

「特憲は使うが信用はしていない。お前はお抱えのテックハンターからスナニンジャ頭領になったぐらいだ。何らかの理由で都市連合とは決別したのだろ。だから逆に信用出来ると思った」

 

深編笠が小刻みに揺れた。

 

「……俺を調べたのか。いけすかねぇ野郎だが、今回は金のために引き受けてやる。アンタは都市連合のパシリでもないようだしなぁ」

 

「そうか。引き受けてくれると思ったよ。では詳細な情報と連絡方法について意識合わせさせてくれ」

 

その後、スナニンジャ頭領ワイアットとの契約はこじれることなくすんなりと進み、その日中にジュード達はストートに戻ってくる事ができた。

 あらゆる組織や派閥を利用して着実に進めるチャドの一面を見るのはジュードにとって初めての事であり、感嘆と共にどこか遠くへ行ってしまうのではないかという不安を同時に覚えていた。

 

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