Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
チャド、ガルベス、ジュード
地獄という世界が本当にあるのだとしたら、私が彼をそこへ導くことになるのだろう。
この戦争が多くの命を奪うことは紛れもない事実なのだから。
ただ、私は地獄など信じていないし、無関係の人間がたくさん死ぬことに何も感じることはない。
結局、命はその時その場所で偶然生まれたモノでしかなく、人間は他の生物より少しだけ高度で複雑な思考回路を持っているだけに過ぎないのだ。それは太古に人為的に作り出されたスケルトンと同様で出来上がったその日から花火のように燃え続けやがて寿命という時間が来たら停止する。その長さは個体によって大小あるものの長い星の歴史から見ると沸いて出てきたちっぽけなチリみたいなものだ。そんな命が大量に消えようが気にすることなど何もないのだ。
当然自分の命も同様に死んだらそれまでだ。後に待っているのは永遠の無であり残る物など何もない。
ならば……与えられた人生の中で好きなように生き、やりたいことをやり、謳歌することが一般的な生物の考え方ではないかと私は思う。
「陛下、チャド将軍を呼びつけたと伺いました」
赤いダストコートを着た女が長い髪を掻き分けながら豪盛な椅子に腰かけた皇帝テングJrに話しかけた。
「ミズイちゃんか……来ていたんだね。チャド将軍が一向にホーリーネーションに対して戦争を仕掛ける様子がないって言うんでね。ロード・オオタが詰問しろとうるさいんだよ」
「なるほど……」
「それよりここにいていいのかい?もうすぐチャド将軍が来るよ」
テングJrはサングラスの隙間から上目遣いにレディー・ミズイを覗き込んだ。
「ええ、大丈夫です。彼は多くを語らないでしょうし、今日ここに来る方々も私の素性はご存知でしょう」
「まぁそうだな。じゃあなんだ。
「そんなところです」
テングJrはジッとレディー・ミズイを見つめながら小声で言葉を続ける。
「ところでさ……例の計画……いつまで待たせるの?」
「お待たせしており申し訳ありません。古代技術を知るには様々な仕組みをパズルのように解いていかなければなりません。そのためには世界各地に眠っている古代遺跡を掘り起こしパズルのピース自体を探さねばならないのです」
テングJrはこの言葉を黙って聞き終わると静かに切り出した。
「僕はさ……。毎日毎日命がけで演技し続けていないと生きていけない弱い立場だ。オオタにでかい顔されてもヘラヘラして従ってきた。だから忍耐強さは誰よりも持っている」
「……」
「でもね……そんな僕でも我慢の限界っていうのもあるんだよ。使えないと分かったらすぐに捨ててしまうぐらいにはね」
2人の間にしばしの沈黙が流れる。
「……承知しました。出来る限り急ぎます」
「頼むよ……。君たちがしていたことには最初から興味があったから雇ったんだ。僕に失望させないでくれ」
「…………」
ミズイはそれ以降は黙ってテングJr皇帝の玉座の横についた。そこにタイミングよくロード・オオタが入ってくる。
「陛下、ご機嫌いかがですか?ん、これはレディー・ミズイ。あなたも来ていたのですか」
テングJrが手で挨拶する横でレディー・ミズイはにこやかな表情でオオタに返答する。
「ご機嫌よう。ロード・オオタ。私もチャド将軍にご挨拶しておきたくて」
「……なるほど。ただ今日の用件は開戦についてなのでほどほどにお願いしますよ」
ロード・オオタも玉座の横につく。
今日、テングJr皇帝の元にロード・オオタが来たのは他でもないチャド将軍への詰問に自ら参加するためであった。チャドが将軍に就任して数日間が経過したが、バスト地方のホーリーネーションに攻め入る気配を見せていなかった。既に5将も配備され侵攻する準備は万端なのになぜ攻め込もうとしないのかチャドに問いただすつもりなのだ。
「チャド将軍が参られました」
衛兵が大きな声で伝えると、将軍服が板についてきたチャドが登場した。
「お呼びと伺い馳せ参じました」
チャドは不慣れな言葉を述べると玉座を前にして膝まづいた。そして、「面をあげよ」というテングJrの言葉で顔を上げ固まる。
チャドの視線はテングJrの横に立っているミズイに向かっているのは誰の目から見ても明らかであった。その様子を見ていたロード・オオタがわざとらしく声をかける。
「どうしました?美しいからと言ってレディーを凝視するものではありませんよ」
チャドにはその言葉が耳に入らなかったようでレディー・ミズイに対して絞り出すように声が出てくる。
「なぜ……お前がここにいる?」
百戦錬磨のチャドが動揺している。その様子をノーブルサークルの構成員は面白がっているようで会話を続けようとするチャドを遮ってロード・オオタが割って入りニヤけながらチャチャを入れる。
「皇帝陛下の前です。私語は控えてください」
当然、ロード・オオタは本心で言っていない。テングJr皇帝が次の言葉を発するのを折り込み済みのようだ。
「僕は構わない。続けていいよ」
テングJrは手のひらを向けてミズイを見やった。それに応えるようにレディー・ミズイはチャドのほうに向き語りだす。
「お久しぶりです、チャド。ノーファクションのメンバーだった頃以来ですね。ここにいる理由は……まぁ……今はノーブルサークルの一員だから、でしょうね」
この言葉にチャドの髪が総毛立つ。
「そうか。レディー・ミズイとはお前のことだったのか……イズミ」
「ええ、私よ。名前を逆にしただけだけど。ああ、私が元ノーファクションメンバーであることは陛下もご存知なので気を使わなくてもいいわ」
レディー・ミズイはイズミという名前でかつてノーファクションに在籍していた。
チャドは当然口には出していないが、ノーファクションにとって都市連合は本来、組織を壊滅させた元凶であり仇だと考えている。ルイを探し出す目的のため一時的に都市連合に入ったが内心は『なぜノーファクションを襲撃したのか』問い詰めたいぐらいであった。そんな中、ノーファクション元メンバーがノーブルサークルの会員となって眼前に現れたのだ。不快感と疑念をあらわすのも当然とも言えた。
「よもやお前がノーファクションを売ったのではあるまいな?」
チャドに殺気が漲る。返答次第では修羅場となり得る異常事態だ。周りにいる護衛もそれに気がつき刀の柄に手をかける。しかし、レディー・ミズイは落ち着いていた。
「まさか。私もあの場にいたのよ。そんなわけあるはずないでしょう」
「……そうか。分かった。そこは人として信じよう。だがお前はかつての仲間たちをこき使って、悠々と第2の人生を楽しんでいたというわけか」
チャドはルイ一派を駒のように扱っている事を言っていた。
「そうね。ノーファクションにいた頃よりも研究設備も資金も揃っているしね。お金も入ってくるし、快適な暮らしをさせて頂いているわ。ノーファクションメンバーは元々優秀な剣士が多いから使い勝手が良いわよ」
「……お前は自分がやりたいことをやれていれば仲間のことなど気にかけないタイプだったということか」
チャドの中で沸々と煮えたぎる感情が込み上げて来ているようだが、次のミズイの言葉でふと我に返る。
「あなたはどうなの?あなたも当時自分の戦いしか興味が無かったと思っていたけれど。将軍を引き受けたのも戦闘に身を置けるからじゃなかったのかしら?」
「…………」
チャドは何も言い返せなかった。現に冒険や決闘を好んで外出していたためノーファクション壊滅時にも立ち合えなかったのだ。言い返す資格はなかった。チャドが口をつぐんでいると、ロード・オオタがチャンスとばかりに問い質す。
「ではお好きな本題にうつりましょうか。軍備は整ったのですからそろそろバストへ攻め込まれては如何かと思うのですが何か考えがおありですかな?」
チャドにとってバスト地方への侵攻は全く興味のない事案であった。ルイを探すために時間稼ぎもしていた。ただ、それを悟られるわけにもいかないため言葉を選ぶように喋る。
「……慎重に進めたいと思っています。今は密偵に念入りに状況や地形を調べさせています」
ロード・オオタはチャドのことをジッと見ている。チャドは心境を見透かされたのではないかと内心焦っていたが、外面は平静を保っていた。するとオオタは話を合わせるように話題に切り替える。
「では情報の1つとして大事なことを教えて差し上げましょう。これを聞けば少し気が乗るかもしれませんからね」
ロード・オオタは勿体ぶるように少し間をあけた後、静かに語りだした。
「あなたは都市連合とノーファクションの間に遺恨があると思っていませんか?」
「……!」
想定外の内容であった。まさか現在事実上のノーブルサークルのトップからノーファクションと都市連合の関係について言及されるとは思ってもいなかったのだ。
さすがのチャドもこれには回答に困り言葉が詰まった。
「そう思っているなら全くの見当外れです。我々がノーファクションの元メンバーを雇い入れているのは遺恨が癒えたからではありません。元々遺恨などなかったからです!」
抑揚をつけたオオタの力説はチャドの心を大いに揺さぶった。長年人の上に立ち権力を振りかざしてきたオオタのスピーチが上手いことは最初から把握していた。しかし、敢えて互いに触れないことが暗黙の了解のようになっていた矢先に都市連合側から触れてくることは全くの想定外だったのだ。
そこにオオタは続ける。
「当時のノーファクション壊滅の際、我々は同じ敵を抱えることになりました」
「……どういうことです?」
「都市連合の元将軍にしてS級賞金首アイゴアです。ノーファクションが壊滅したのは、アイゴアが都市連合を裏切りホーリーネーション側に寝返ったからなのです!」
俄かには信じられない話であった。都市連合の将軍としての地位にいたアイゴアが裏切る動機が不明だったからだ。
それに
「証拠はあるのですか?」
ロード・オオタがチャドをのせるために嘘をついている可能性も否定出来なかった。しかし、オオタは神妙な顔つきになり喋りだす。
「ここからの内容は極秘事項なのでこの場だけの話として留めて貰いたいのですが……、アイゴアは数日後に前皇帝のテング様を殺めて姿をくらましました。我々は足取りを必死に追っていますが未だ都市連合領内では見つけられておりません」
「ホーリーネーションに逃げ込んでいる可能性があるというわけですか」
「その通りです。だからホーリーネーションが劣勢になった場合、奴らは仇であるアイゴアというカードを切ってくる可能性があるのです!」
オオタの言葉を最後にその場にいる全員が口をつぐんだ。テングJr皇帝も父親に関連した話だからだろうか、サングラスの先にある表情は神妙な面持ちであった。
話を終え、首都ヘフトを出たチャドは何かを悟ったように遠くを見据えていた。
ミズイはひねりのない名前でしたね