Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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◆都市連合
 チャド、ガルベス、ジュード


105.蝿の王

いくつもの刃が交わり、微かな火花が荒野の夜に光輝やいている。

都市連合軍の輸送部隊に反乱農民の部隊が襲撃したのだ。

 

その中で都市連合の5将カナエはホーリーネーションの暗殺者ベルゼブブと対峙していた。

 

どの国においても悪霊と言われるほど恐れられ、『ベルゼブブ』という異名を持ったこの男はまさに神出鬼没で実態を掴めないでいた。それが戦争が始まってから連続して戦場に姿を現しているのだ。ホーリーネーション側もなりふり構っていられないのだろう。

 

(ジト先輩、仇を取ります!)

 

カナエは長巻を振りかざし斬りかかった。それをベルゼブブも難なく後ろにかわして避ける。ベルゼブブの得物は短剣一本のため、さすがに長巻を受けることは出来ないようだ。

長巻の間合いを測るように器用にかわしていく。斬撃速度や軌道を見ているのだ。隙が出来た瞬間にスピードを活かして懐に入るつもりなのだろう。

 

ならばとばかりにカナエは袈裟斬りのみモーションを一段遅く繰り出した。その遅れにベルゼブブが食いつくように。カナエは袈裟斬りから反転して逆袈裟を瞬時に繰り出す剣技『燕返し』で仕留めようと考えたのだ。

 

より慎重により自然にカナエは長巻を振るう。

目の端には反乱農民に襲撃されている輸送部隊の様子が見える。農民側は貧相な装備ではあるが数人アウトローの剣士も混じっている。また都市連合側もそんなに数が多いわけではないためグズグズしてもいられなかった。

 

(もう少し踏み込んでもいける)

 

カナエは微調整の範囲で少し深く斬り込んだ。

 

そしてその瞬間

 

ベルゼブブが猛然と前に出てくる。

 

(かかった!)

 

女の身で侍となったカナエは力技ともに素人であり、それゆえ始めの頃はろくに刀を振るうことも出来なかった。女性が戦闘員となることは現在においてもさほど珍しくはなかったが、筋力において男に劣る者が、力が全ての世界で生きていくには過酷であった。当然、親のコネで軍に入れたのだと陰口を叩かれることもあった。

 しかしカナエは滅気なかった。

雨の日も風の日も刀を何千何万回と振った。そして今日、部隊長として認められるほどの実力を身に着けたのだ。

 刀剣を振るう際に要求される力はほぼ筋力ではあるが、カナエはそれを体のしなやかさと柔らかさで補った。チャドの発勁と近い原理で体の「伸筋の力」「張る力」「重心移動の力」を利用して気を溜めて斬撃時に吐き出すのだ。

 

『燕返し』は逆方向への切り返しのため、気の流れを使いにくいと思われがちだが、初撃の袈裟斬りの真横には平行して2本の逆向きの流れが生じる。カナエは度重なる振り込みによりそれを無意識に見極めることが出来た。二撃目の逆袈裟はその流れを捉えるのだ。

 カナエは間合いに入ったベルゼブブに対して神速の二撃目を切り出した。

 

はずであった。

 

「……!!」

 

二撃目が出ない。腕にベルゼブブの右足が届き、押さえられていたのだ。ベルゼブブはスライディングをするように一杯に足を伸ばし、切り返しを止めたのだ。そしてさらにフワッと浮くと左足でカナエの顔を蹴り飛ばしにかかる。カナエも咄嗟に柔らかい体を活かし、身を屈めてその蹴りを掻い潜る。

 

(こいつ……!図体の割に早い!)

 

ベルゼブブは屈強な体格だ。あのまま顔面を蹴り飛ばされていたらただでは済まなかっただろう。暗殺だけが専門かと思いきや格闘面も慣れているようだ。

 

カナエは後退しながら長巻を振り、ベルゼブブの追撃を抑えた。

 

仕切り直す形で互いに構え直す。

ベルゼブブは首の骨を鳴らしてストレッチしながらニヤついている。

 

「勿体ねぇなぁ」

 

「は?」

 

「ナルコは黙って性処理だけしてりゃあいいのによ」

 

ナルコとはオクラン教の中で女性を意味する。男尊女卑の考え方が蔓延るホーリーネーションの中で女を道具としてしか考えていない発言に、カナエの嫌悪感が増す。しかしベルゼブブはさらに怒りを誘うように続ける。

 

「あーでも体使って部将になれたのか?」

 

平静を装っているカナエの心情は既に腸が煮えくり返るぐらい怒りに満ちていた。それも当然であろう。目の前には想いを寄せた者を殺した男がいるのだ。そして偶然にもベルゼブブは次の言葉でそのカナエの弱点に触れてしまう。

 

「都市連合の部将っつっても大したことねぇってことだな。強ぇって言われてたジトも目の前の相手だけで一杯一杯だったしなぁ」

 

カナエの中で何かがキレた。

猛者として、好いた相手として慕っていた先輩を侮辱されたのだ。早めに決着をつけたい焦りも無意識に重なり、長巻を振りかざして前に出てしまう。

 

しかしベルゼブブはそれを見計らっていた。

今まで見せたことのない潔い踏み込みでカウンターを繰り出し、カナエの鎧に掌底をぶつけたのだ。

 

「ぐっ……!」

 

衝撃によりカナエは思わず声を上げた。そして長巻を離してしまう。それを見てベルゼブブはそのままカナエの体を片腕で地面に叩きつける。

 

「がっ……は!」

 

受け身を取れなかったカナエは全身を殴打してしまう。

 

「ちょっとだけ味見しちゃおうかねぇ!」

 

ベルゼブブは片腕でカナエの細い両腕を握ると、あいた片腕で鎧を力任せにもぎ取る。服がはち切れそうなほど豊満なカナエの胸がその拍子にゆっさりと揺れた。

 

「わ〜お。こりゃあ都市連合のお偉いさん達もイチコロですわ」

 

「……貴様!」

 

軽い脳震盪を起こしていたカナエはぼんやりと意識が戻ってくると、覆いかぶさっているベルゼブブを認識して蹴りを入れようとする。

 

「おおーっと!暴れんなよ。ナルコの喜びを教えてやるっての」

 

ベルゼブブはカナエの足を難なく制すると、体重を使って強引に組み伏せた。身動きの取れないカナエは全力で抜け出そうとするが、微動だにしない。

 

「力がないねぇ。じゃあ皆に部隊長さんのおっぱい晒しちゃおうか」

 

ビリビリと力任せにカナエの服は破かれ、汗と星明かりで妖美に煌めく胸が弾むようにこぼれ落ちる。

 

「あらら〜出ちゃったよ?早くしまわないと部下に見られちゃうよ?」

 

力で強引に押さえつけられ何も出来ないでいるカナエは、まるでこれまでの鍛錬すべてを否定されているかのような状況に悔しさと怒りで自然と涙が出てきてしまう。

 

「あれれ、泣いちゃうの?もっと睨みつけてくれよ。げはははは!」

 

ベルゼブブは無慈悲にも煽り続ける。しかしそこにジュードが駆けつける。

 

「カナエさん!!」

 

ジュードはそのまま全力蹴りをベルゼブブに食らわせようとする。しかし

 

「楽しみを〜……邪魔するな!!」

 

「……っ!」

 

ベルゼブブはジュードに目を向けることなく、片腕でジュードの蹴りを払い除けたのだ。

 

圧倒的な力で為すすべがない。これがホーリーネーションの悪霊ベルゼブブなのか。と他の侍たちも戦意喪失して手を出せないでいた。ベルゼブブは周りを気にすることなくカナエの鎧を剥いでいった。

 

 

 

しかし、そこに呑気な声が響き渡る。

 

「おおー、いるいる。たぶんアイツだ。戦場でも女を襲ってるぜ」

 

侍鎧を全身に着込んでいて都市連合の侍だとは分かるが素性が見えない。しかし、ジュードには聞き覚えのある声だった。

 

「スケサーン……?」

 

「おう、柔道着くん。君も戦ってたのか。全く役立っていなさそうだが」

 

相変わらずの嫌味を言いながらスケサーンはベルゼブブの方へ向かっていく。

ベルゼブブも相手が手練だと感じ取ったのか、カナエの長巻を奪って構える。

 

「A級懸賞首ベルゼブブか?」

 

「そうだけど、どちらさん?」

 

「特憲だ。あんたホリネの軍事基地にいたアマネって女を知ってるか?」

 

「ん?ああーあの子もしかして特憲だったの。犯しながら首絞めたら死んじゃったわ」

 

平然と言いのけるベルゼブブに対してスケサーンも全く動揺していない。

 

「はぁ。隊長が言ってたこと当たっちまったか。ここにお前が来るだろうことも予測してるしやっぱ隊長は只者じゃねーなぁ」

 

スケサーンは愛刀しなり野太刀を背中から抜く。どうやらやる気のようだ。

 

「おおっと!動くとこの女の命が……」

 

ベルゼブブはユラリと近づいてくるスケサーンを牽制するため、カナエに長巻を向けた。しかし、刃の先には肝心なカナエはいない。

 

「あ?どこいった?」

 

カナエはベルゼブブが目を離した隙に自ら離脱していたのだ。そのままスケサーンは高速で野太刀を振るいにかかった。これにベルゼブブも長巻を使って応戦し、突如としてベルゼブブとの第2ラウンドが始まる。

 

ジュードはこれを見て圧倒された。スケサーンはしなり野太刀を利用してフェンシングのように高速の攻撃を繰り出すが、ベルゼブブは不慣れであろう長巻を使って全て凌ぎきっているのだ。そして数合の刃を交えた後、ベルゼブブは余裕の表情を見せ始める。

 

「特憲も大したことねぇな。もう大体分かったよ」

 

「何が分かったって?」

 

「程度がだよ。俺は不慣れな長巻を使ってるんだぜ?」

 

「ふん、全力じゃなかったらどうする?」

 

「強がるなって。頑張ってもせいぜいもうちょっと動ける程度だろ」

 

特憲のスケサーンであってもベルゼブブの本気に到達していない様子ではあるが、スケサーンは全く動揺していなかった。

 

「やれやれ……ここにも怪物がいたか」

 

「げははは!落ち込むことはねーぜ。身の程を知って大人しくしていれば目立たず長生きできんだから」

 

「そうだな。じゃあ俺は引っ込むかな」

 

スケサーンが喋っている合間

 

2つの分厚い刃。板剣とフォーリングサンがベルゼブブの後方から迫りくる。それをベルゼブブは体をそり返し、見ずに避けきる。

 

「……あっぶねーな!まだいんのかよ!!」

 

会話に気を逸らせながらの死角をついた完璧な攻撃をかわしたベルゼブブにスケサーンはほぼあきれている。

 

「それも避けんのかよ。やはり3人で押しきるしかないか」

 

長々と喋っていたスケサーンも野太刀を握りなおすとベルゼブブに再度斬り掛かっていく。

 

ベルゼブブを後ろから襲撃したのは、ガルベスとリドリィであった。

 それを見たジュードは色々な思いが錯綜し思考が停止していた。

 

「え?ガルベスさんに……リドリィさん!?」

 

ジュードが驚いている横でガルベス、スケサーン、リドリィによる猛攻がベルゼブブに向かう。この3人の実力はもはや言うまでもなく、凄まじい勢いでベルゼブブを圧倒していく。組んで戦う経緯こそ不明ではあるが、部隊長であるカナエを蹂躙され絶望的な状況にいた都市連合の侍たちにとってはまさに救世主の登場と言えた。歓声が上がり、侍たちもその本来の強さで反乱農民兵を押し返し始めたのだ。

 

 対してベルゼブブは押されているにも関わらず嬉々としていた。

 

「うおお!さすがにきちーな!ちょっと手を抜いてくれよ!!」

 

「耳を貸すな。こいつは確実にここで殺るぞ」

 

スケサーンの号令の元、3人は攻撃の手を緩めなかった。しかし驚異的なのはベルゼブブだ。紙一重ではあるがこれまでの3人の攻撃を細い長巻で全て流すか受けきっている。

 

「なんちゅー動体視力なんだ、こいつは!本当にA級なんかよ!」

 

ガルベスが板剣を振るいながら叫んだ。

 

「文字通り蝿の目をしてんのさ!フリッカー融合頻度が恐ろしく早いって話だ!」

 

フリッカー融合頻度とは脳の画像処理速度を言う。その速度が早いと目が外界の画像を認識するコマの数が増える。つまり周りがスローモーションに見えるのだ。蝿などの小さな虫ほどこの数値が高いが、ベルゼブブも同様に並の人間より動体視力がずば抜けて高かったのだ。ベルゼブブはこの能力を駆使しつつ剣術を極めており、一度ホーリーネーション最強の称号である『炎の守護者』の推薦を受けたことがあるが辞退している。

 

 

 

ー持って生まれた才能があるのに、ホーリーネーション指導者フェニックスの後ろに護衛として突っ立ったまま人生を終わらせるのはあり得ない。

 どうせなら自分が王になり愚民を導いてやってもいい。そう思った時期もあった。しかし俺はすぐに飽きた。と言うより人間に幻滅した。殺し合いを続け、他種族を排他し、くだらない思想を啓蒙する。それに抗おうとする者もいない。人間とはなんて意味のない生物なのか。

 ならば……自分は自分の性にあったことをやり続けるだけ。気が向いたら誰かを暴力で蹂躙し、好きな時に女を犯す。力こそ正義。傍若無人に生きてこそ人間の証なのだー

 

 

 

 

しかし

 

「気を抜かず畳み掛けろ!!」

 

今回の相手はそんなベルゼブブの力量を把握した上での取り組みであった。元奴隷商ガルベス、元テックハンターリドリィ、そしてスケサーンという特殊な組み合わせにも関わらず、不思議なことに3人の連携は練習したかのように息が合っているのだ。

 

「お前ら。まさか俺のことを……」

 

「気に食わねーが確実に仕留めろと上からのオーダーでね。調べた上で3人でシミュレートした」

 

「なるほどね……」

 

そう言うとベルゼブブは急に振り返り走り出そうとする。

 

「おおっと!逃がさねーよ!」

 

そこに退路を断つようにスケサーンが周り込む。

3人はベルゼブブを囲むような陣形をとっていた。対するベルゼブブは腹をくくったようであった。一点突破を計るべくガルベスに対して猛攻を加え始めたのである。

 

「うおお!?」

 

ガルベスは板剣でなんとか防ごうとするが、ベルゼブブのしなやかな剣術にその身を削られていく。

だが、それも長くは続かない。動きを想定していたスケサーンやリドリィがフォローするように攻撃を加えたため、ベルゼブブは突破を断念せざるを得なかった。

 

 

 

 3対1のこのやり取りはおよそ5分ほど続いたが、気がつけばベルゼブブは血だらけになっていた。片腕は取れ、腸が腹からこぼれ出ている。残る腕の指も欠損し最早武器は持てない。

 

反撃はないと悟ったリドリィはフォーリング・サンを降ろし問いかける。

 

「最後に言い残すことはあるか?」

 

この問いにベルゼブブは無表情を崩さず聞き返す。

 

「……俺たちは何のために存在するんだ?」

 

「!?」

 

「同種で殺し合いをするのは人間だけだ。どうせなら潔く絶滅しちまえばいいんだよ」

 

そう言うとベルゼブブはそのまま動かなくなった。悪霊として世間に恐れられた男にしては死に際も実に呆気なく、坦々とした最後であった。

それを見届けた後、スケサーンとガルベスが呟く。

 

「ふ〜死んだか。任務完了だ。お疲れさん」

 

「最後まで意味分からん奴だったな」

 

「ふん、一貫性がないんだよ。やりたい放題やっておいて悟った気になってんじゃねーって話だ。まぁ特憲にかかれば悪霊伝説もこんなもんよ」

 

「これでバストは勝ち確かもしれねーな」

 

「俺たちのおかげでな。あ、ガルベス、特憲試験はこれで合格だ」

 

「んん?これ就任試験だったのかー」

 

さらりと述べたスケサーンに対してガルベスはまるで興味ないかのような振る舞いであったが、これを端で聞いていたジュードは思わず叫ぶ。

 

「ガルベスさん!あなたもしかして特憲に入ったのですか!?そ、それにリドリィさんも……」

 

リドリィを倒して連れ去ったのは特憲だった。何かと敵対的に接してくるスケサーンも特憲であり、ジュードにとってこの組織は今後も相容れない間柄であることは明白だった。そこにいまガルベス、そしてリドリィが一緒にいる事実に半ば言葉を失っていたのだ。

 

「あー、お前には言ってなかったっけか。自由に動けるし羽振りがいいんでな」

 

「…………!リドリィさんは……!トゥーラがあれからずっと探してたのですよ?会いに行ってあげましたか!?」

 

「…………」

 

何も応えないリドリィに対して狼狽しているジュードにスケサーンがいつものように恫喝する。

 

「柔道着くんさぁ。特憲になったら何だよ?結果も出せてねーのに人の選択にガタガタ騒いで入ってくんじゃねーよ。つーかトゥーラはもうリドリィに……」

 

スケサーンは言いかけた言葉を止めた。

そしてこの状況を未だに飲み込めていないジュードを他所に帰り支度をし始める。

 

「ここはもう侍たちに任せて平気っしょ。報告に戻るぜ」

 

そう言ってスケサーンはガルベスとリドリィを連れ、またどこかへと消えていってしまった。

 その後、ベルゼブブを失った反乱農民はカナエの部隊に蹴散らされ敗退することになったが、思わぬ形で必殺のカードを失ったホーリーネーションは今後、苦境に陥っていくのである。

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