Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
チャド、ジュード
チャドを先鋒にした都市連合軍は勢いを取り戻し兵数の差を活かしてホーリーネーションの第2防衛線に再度猛攻を仕掛けていた。
そして今、都市連合側に多数の死傷者を出しながらも防衛線は破れようとしていた。そこを守る審問官ルビクはこの状況を覆す方法を懸命に考えていた。
「もう一度カスケード審問官に援軍の要請をしろ。それとこのままだとここは半日も持たないことも伝えろ」
ルビクは伝令に命じた。
第2防衛線にも多少の砦や防御柵があるものの天険を利用した第1よりも強度は弱い。多数の兵で攻められた場合、防ぎきることは難しかったのだ。そしてここを破られると後にはカスケードのいる本陣に到達するが、その後ろはない。
ルビクを最も苦しめていたのはやはりチャド自身の出陣だった。恐らくチャドの実力は高齢ながらも現在、世界で5本の指に入る。拳聖と称えられ知名度もある人物が先頭に立って攻め込んで来ている現状、例えパラディン達が勇敢に守っていても、彼が来ただけで及び腰になってしまう。
ルビクは打開策を考える中でカスケードと2人で会話していた時の事を思い出していた。
「チャドとのタイマンは絶対に避けてください」
カスケードは敢えて念を押してきた。
腕に自信があるルビクにとってこの発言は実に不快であった。
「貴様、何を言っている」
上官であると同時に同期の関係でもあったルビクは意見をぶつける際は対等であることを意思表示するためにタメ語で反応した。
しかしこの反発を想定していたかのようにカスケードはスラスラと反論する。
「あなたを過小評価して言ったわけではないです。現に今のあなたは審問官の中で一番の使い手です。ただそれでもタイマンを行うリスクを取る必要がないと言っています」
サラリとルビクの実力を認めるようなカスケードの発言はルビクの毒気を抜いた。しかし同時にいつもの上手いやり方で手玉に取られているような感覚も芽生え、ルビクは何かしら言い返したくなった。
「相手はトップが出てきているんだ。リスクは向こうの方が高いだろ」
「ええ、ですが少し言い方を変えるとこちらはリスクすらおかす必要がないのです」
ここまで話すとカスケードに何か考えがあるのだろうと、ルビクも理解して冷静になる。いつもこの男は先を見据えた判断をしており、それが外れることはなかったのだ。しかしルビク自信も納得がいくまで意見をぶつけるタイプであるため、それで引くことはない。
「どういうことだ。チャドを打ち取るより他にこの劣勢を覆す手はないだろう?ベルゼブブもやられたようだし。まぁあんな汚点は死んでせいせいしているが」
カスケードは暫く間を置くと意を決したように口を開いた。
「上層部は情勢を覆さなくて良いと思っているかもしれません」
カスケードの口からまさかこの言葉が出てくるとは思っておらずルビクは唖然とした。
「なんだと……まさかお前は噂を信じているのか?」
「信じる信じないの話ではありません。私は既に何日も前に援軍要請をしていますが、一向にこちらに到着する気配がありません。今回都市連合は全体で攻めてきています。バストが重要だと思っているならば近くにいるヴァルテナ上級審問官からもパラディンを派遣すべきなのにそれもありません。だから噂と言うより根拠が揃ってきた形です」
言われてみて納得がいく。都市連合は総出で攻めてきているのに、いまだバストの守兵だけで対処させようとすること自体ナンセンスなのだ。
「……しかしバストを棄てると永久に東への道を閉ざすことになるぞ」
「ええ。ハブの時と同じことをする計画なのかもしれませんね。だからあなたがここで命をかける必要がないのです」
ホーリーネーションは3大大国とされる大陸の南西シェク王国とも争いを続けていたが、国境を隣接するハブという都市を放棄し緩衝地帯にすることでシェク王国との直接的な紛争を回避していた。
「消極的すぎる……。石像にリソースなんか費やしていないで本気でバストを固めれば良かったんだ」
ルビクは思わず独り言のように悪態をついた。
「……ルビク審問官、上層部への批判はお止めなさい」
「じゃあお前はどう思うんだよ?過去に仲間がバスト攻略するのにどれだけ死んでいったのか知っているよな。30人いた同期がいまや2人だけなんだぜ!?」
「……上層部も何か考えがあってのことでしょう。兎に角、今はなるべく都市連合の侵攻を時間稼ぎすることだけ考えましょう」
この会話はルビクが腑に落ちないまま終了した。国教を世界に広めるという高い志しを持っていた同期のパラディン達はその目標に向かってバスト戦線で命をかけて戦ってきた。ここで退いたらその者達の死は無駄になってしまうのだ。生き残った者の使命として東への道は自ら閉ざしてはならないのだ。
(やはりチャドは俺が仕留める必要がある)
ルビク自身、自分が最強だと思うほど慢心していない
が、審問官レベルの者でないとこの苦戦している現状を打開できないと認識していた。そして逆にチャドを仕留めることが出来れば流れを引き戻せる。
(既にいくつか拠点を潰された。防衛線を破る要所をピンポイントで潰されている今、次に来るのはちょうどここだろう)
そして予想通り、戦闘が続いている中で、ルビクが守る砦を竜巻のようにパラディンをなぎ倒しながら駆け上ってくる男を視認する。チャドだ。鬼神の如く暴れ狂うその姿はまさに向かうところ敵なしだ。
「ちっ……化け物め!」
ただ、勝負は時の運。勝率100%などあり得ないのだ。チャドの得物は自らの拳。飛び込んでくるタイミングにパラディンクロスを合わせさえ出来れば勝利を掴むことは出来る。
ルビクは覚悟を決めた表情でチャドに立ち向かっていった。
ーパラディンだった俺は同期のカスケードが嫌いだった。性格の不一致もあったのだが、一番の理由は何でも難なくこなしてしまうお前の才能に嫉妬していたからだろう。パラディンから高位パラディン。そして審問官。同期の誰よりも早く出世していく様子を俺は下から見ているだけでしかなかった。お前は処世術にも優れていた。腐った性根を持つ者はお前を貶めるためにくだらない罠をはったが、通用することもなく逆にお前の凄さを際立たせるだけの踏み台になっていった。
1つでもお前に勝ちたい、お前に並びたいと思い、俺は必死になって剣術に励むことにした。俺は都市から近い稽古場を探すため視界が悪い岩場を抜け剣を振るには程よい場所を探した。そして1人黙々と汗を垂らし泥まみれになって剣の素振りをするお前を見つけたのだ。練習している姿など普段絶対に見せないのにお前は人知れず努力してその実力を維持していたのだ。
努力して自分を高める奴は嫌いじゃなかった。俺のお前を見る目はその日から尊敬にかわった。
常に先の先を見据えて考え、動いている。そしてそれは自分のためだけではなく、ホーリーネーションという国のためになることを行っているのだ。その証拠にお前は難航しているバストに敢えて戻ってきた。俺は内心、すごく嬉しかったのだ。自分の立身出世だけを考えている場合、こんな旨味のないとこに舞い戻ってくるわけがないのだ。
だからこそ俺は確信した。次代のホーリーネーションを引っ張っていくのはお前だ。お前は今後、上級審問官となって兄弟達を導いていくのだー
(だから……お前の障害となる者を少しでも取り除いてやりたかったんだがな……)
どんよりとした雲模様が視界に広がっている。
戦いの歓声が微かに耳に入ってくる中で、ルビクは血だらけになり地に伏していた。最早、手足は全く動かず、見上げる先には拳聖チャドが無表情で見下ろしている。
「あんた……やっぱ強かったぜ。せめて相討ちを狙っていたんだが全くのお手上げだ……」
反撃はもう来ないと判断したのかチャドは拳を降ろし、ルビクの言葉に応える。
「私はここで倒れるわけにはいかなかった。だから全力で挑まさせてもらった」
相対した相手に向かって最大限の敬意を持って応えてくれた拳聖の言葉にルビクは思わず目頭を熱くする。
「ふっ……。最後に剣士としてあんたと闘れて良かった……」
そのまま動かなくなったルビクの虚ろな目をチャドは静かに閉じたのであった。
将を失ったホーリーネーションの第2防衛線はそのまま都市連合に突き崩され、ついに残るバストの守りはカスケードのいる本陣だけとなった。
そしてその日の夜
カスケードの元にルビク審問官の戦死の報が届くことになる。
「そうですか……ルビク審問官はチャドに……」
カスケードの手には血管が浮き出るほどの力が入っている。
「私の未来構想にお前は必要でした……。怒りと悲しみを感じるのはフラーケの時で最後かと思っていましたが……」
カスケードは天を仰いでから目を見開くとこれまでとは違って怒気あまる声で独り言を続ける。
「チャド……。あなたと私の関係は引き返せない所まで来てしまいました。そちらがその気ならばいいでしょう。大いに殺し合おうじゃありませんか……!!」
カスケードは伝令を呼びつける。
「誰か……」
「は……はい……!」
「救援はまだ近くに来ていないと思っていいですね?」
「は……セタ上級審問官が炎の守護者を連れてこちらには向かっているようですが、バストには見えておりません」
「ヴァルテナ上級審問官は?」
「それが……オクランの盾を襲撃されたら取り返しがつかないとのことで同じく動いておりません」
「何となく理解できて来ましたよ。老害どもめ……。仕方がありません。私が直接赴きます」
「し、しかし本陣はどうされるのです?」
「ここは餌にします。最後に私の戦い方を彼らに見せてやりましょう」
カスケードの目は血走り、噛み締めた唇は薄っすらと出血していた。今までの澄ました表情は見る影もなく般若のような風貌に周りを囲むパラディン達でさえも恐怖でおののいていた。