Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
チャド、ジュード
「皆の者!都市連合軍は真っ直ぐにこの本陣に向かってくる。先頭はこれまで同様にあの拳聖チャドで来るだろう」
カスケードのこの言葉に聞いているパラディン達は悲壮感を漂わせた。しかし、カスケードは構わず続ける。
「
どよめきが起こった。最早ホーリーネーションのバスト防衛軍は都市連合軍に対して僅かであり、攻め込むための兵士がいないはずなのだ。
「本陣の守りはどうするのですか?ここを取られたら事実上バストは陥落です」
「我々にとってここの重要性はもうない。こちらが先に相手の本陣と食糧を奪い混乱した都市連合を順に叩くのだ」
どよめきは歓声に変わっていく。
「さぁ栄光なるホーリーネーション軍の勇姿を見せつけるぞ!」
やはり都市連合軍はチャドを先頭にして本陣めがけてかけてくる。この本隊とまともにぶつかっても最早勝ち目はない。だからその横から来る他の部隊を破って都市連合の本陣に進むのだ。
チャドの横を固めていたのはタニガゼとヘイハチであった。どちらもカスケードの計算上突破可能な将だ。強いて言えば経験値の観点でヘイハチのほうが強いと分析報告を受けていたが、カスケードは直前に聞いていた情報を重視した。タニガゼの対応の速さを警戒したのである。
結果、カスケードが選択したのは右翼を守るヘイハチ部隊への突撃であった。
「お主は審問官カスケードか!?」
当然、いるはずがないホーリーネーションの長官が目の前に現れ、右翼の将ヘイハチは一瞬驚き固まる。軍隊において本陣は言わずもがな重要な拠点であり、ここを死守するものだと思っていたからだ。
しかし、ヘイハチもさすがのベテランである。すぐに頭を切り替え自部隊に戦闘命令を出す。彼にとって審問官が目の前に来ていることはむしろこの戦争に終止符を打つ好機であった。
「アイゼン家侍大将、ヘイハチ!参る!」
今となっては遠い昔、バスト地方を治めていた旧領主の名の下にヘイハチは大声で名乗りを上げた。
対するカスケードもすぐに察する。
「ほう。あの名家の生き残りですか。ならば昔の仲間たちにお会い出来るようすぐに冥土に送ってあげましょう!」
両者はそれそれの得物を手に対峙する。
そしてここにほんの少しの間が出来たことで会話をする余地が生まれる。喋りかけたのはヘイハチであった。
「審問官。お主に聞きたいことがある!」
「何でしょうか?私は時間がないのでお早めに」
「アイゼン家のご子息は無事であろうな!?」
「……?何のことか分かりません」
「とぼけるな!バストの人々はみな奴隷としてリバース鉱山に送られたと聞いている!審問官ならば把握しているだろう!」
「……ああ、30年も前の話ではないですか。私が知り得るはずがない」
「ぬぅぅ!ならばもはや言葉は不要!積年の恨みを晴らす!」
そう言ってヘイハチはカスケードに斬り掛かっていった。
戦いにおいて勝敗を決するポイントは当人達の技量、膂力、経験が上げられる。経験とは即ち駆け引きも含まれる。冷静さを失うと視野が狭まり、この駆け引きに影響がでてくる。憎きホーリーネーションの審問官を前にしてヘイハチは自身のアドバンテージである経験値を自ら下げてしまったのだ。
そこをカスケードは突いた。
バスト戦歴における叩き上げの戦士であるカスケードは当然、周知のごとく実力は申し分がない。これに冷静な判断力をも兼ね備えた盤石な審問官に対してヘイハチでは力不足であった。
フェイントもないヘイハチの大振りをギリギリでかわすと、パラディンクロスを叩き込む。
「…………!」
審問官級の一撃は戦い抜かれたヘイハチの鋼の肉体を容易く両断した。悶絶する間もなくヘイハチの上半身が宙を舞う中でカスケードはサラリと言いのける。
「次にいきます」
将を失ったヘイハチ部隊はカスケード隊の地力に圧倒され気力を失った。カスケードはそこを容赦なく叩いていく。
このカスケード本隊がヘイハチ部隊を突破した動きは都市連合のどの部隊からも遠くから見えていた。しかしホーリーネーション本陣を攻めていたチャド隊は攻撃を中断する気配はなかった。これにカスケードは舌打ちをする。
(ふん。将は捨ててあくまで本陣狙いですか。ならば我々もあなた達の本陣を崩すまで)
カスケード隊はそのまま都市連合本陣を守るシンジロウ部隊に向かう。カスケードを固めるパラディン達は歴戦の中で選びぬかれた精鋭である。同時にホーリーネーションのためならば死をも厭わぬ正真正銘熱烈な信者でもあった。反して都市連合本陣に置く侍たちは
経験が浅い上に自らの命をかけるほど意気込んではいなかった。それは戦果に如実に影響し、カスケード本体は難なく都市連合本陣の防衛線を突破しつつあった。まさにカスケードの捨て身の作戦がハマりつつあったのである。
恐らくホーリーネーションの本陣が先に落ちる。しかし、それを兵士達が事前に覚悟した上での行動であるならば大した影響はない。反面、都市連合側の本陣が落ちた場合、意気込みが足りない侍から動揺が走る。それは想定外の波となって末端の兵士達の間に伝播するのだ。そこに追い打ちをかけるように本陣にある食糧庫に火をつければバストという不毛の地で侍たちに食糧が行き渡らなくなり飢えとの戦いが始まるのだ。都市連合の人間は常に食糧問題に直面してきた歴史があり、燃え盛る食糧の黒煙を見ればトラウマが蘇り、我先に逃げ出す者も出てくるだろう。そうすれば後詰めのロジャー・バートが動かない限り、チャド軍の敗退が現実味を帯びてくる。
カスケードにはそういった兵士の心理まで計算できる強さがあった。
そして
(そうなってもロジャー・バートは動かないはず)
これはカスケードの直感だった。このままチャドが勝利した場合、ロジャー・バートには全く戦果がないままバストが都市連合の物となる。それをみすみす許すような者がノーブルサークルの一員をやっているはずがないのだ。チャド部隊が苦戦した後にロジャー・バートの手助けによってバストを取る流れにしたいだろう。
そしてホーリーネーションとしてはチャドを倒し勝機が出てきた場合、セタやヴァルテナも本腰を上げて援軍を回す可能性が出てくる。ヘイハチを倒した時点でこの実現性は決して低いわけではなくなっていた。それほど本陣の守りは手薄だったのである。
ここまで来ると都市連合側にもカスケードの目的を理解出来ていないまでも、直感的に危機を感じ取る者も出てくる。若くして5将に抜擢されたシンジロウもその1人だ。ある程度、剣術はかじっているモノの武闘派ではなかったが、ここでカスケードを止めずに食糧を燃やされた場合、この後の兵站維持が困難になると数字上計算していたのだ。
シンジロウはカスケードの前に立ちはだかった。
「僕はワールドエンドに行きたいのでご飯がなくなるのは勘弁してほしいです」
打刀を鞘に納刀して腰を落とす。右手は柄に触れるか触れないかの位置で止まる。
「居合ですか」
カスケードはこの構えを知っていた。太刀よりも反りを浅く刀身が短い打刀を使用し、瞬間的な抜刀で相手を一刀で仕留める侍の技だ。納刀しているのも鞘から出す瞬間に鞘で弾くことでさらに斬撃を加速させるため。戦場にも関わらず軽装なのもスピードに全振りしている証拠。
初見では知らずに間合いに入り致命傷を負わされかねない。
だからカスケードが取った行動はシンプルであった。
「あの若い侍に一斉にかかりなさい」
パラディン達による同時攻撃であった。居合は初撃こそ優位であったが、多数を相手にした連戦には向いていなかったのである。
「ちょっ!!普通タイマンでしょーー!」
シンジロウは逃げた。彼にとってはあくまで自分がワールドエンドに行けるかが優先事項であり、自分の命は勝敗よりも重要だったのだ。
「今だ。このまま本陣を叩け」
勢いに乗るカスケード隊は都市連合の本陣を落としにかかる。両本陣が落ちるという起死回生な状況が現実味を帯びてくる中、カスケードは後方から尋常ならざる気配を首筋で感じ進撃を止める。それは以前にも感じたことがある感覚であった。
「やはりあなたは戻って来ていましたか……」
振り返った先にはチャドがいた。
共も連れずに単身で戻ってきていたのだ。
「お主を倒せばここの戦いは終わるのでな」
思えば毛皮商の通り道で出会って依頼、最終的にぶつかるのは宿命だったのかもしれない。カスケードとチャドの2人は導かれるようにこの地に辿り着き、そして両者引かれあうように向かい合った。
怒号が飛び交う戦場の真ん中でいま因縁の戦いが始まろうとしていた。
「あなたが約束を破ったためルイは殺しましたよ」
「…………」
動揺を誘うため最初にカスケードが口を開くが、チャドの反応はない。
「……驚かないのですね。それとも内にしまっているだけか……」
「お主に恨みはないが死んでもらう」
「ふっ……私のほうは久しぶりに憎悪で心が満ちてますよ。必ずあなたは殺します」
そう言ってカスケードは両手でパラディンクロスを垂直に掲げると目を閉じる。
(フラーケ……ルビク……あなた達の仇。いま私が取りましょう)
しかし、いざ戦闘態勢のチャドと対峙してみて分かる。目には見えないが闘志が満ち溢れ、周辺の空気は熱しられて僅かな上昇気流を作り出し、粉塵が微かに巻き上がっているのだ。
『これが拳聖』
自分は触れてはいけないものに触れてしまったのだと実感する。そして走馬燈のようにこれまでの人生の風景が蘇ってくる。
ー貧しい家に生まれついた私の最初の動機は両親を助けることだった。やがてオクラン教を全土に広めることこそ世界平和に繋がる道と悟り、その大義のためならば非道にも手を染めてきた。しかし意味のないことはしなかった。自分の癇癖で誰かを傷つけることはしなかった。モールにしたことも酷だったかもしれないが、それほど彼女が脅威であったからだ。
だから懺悔もしない。私は私の信念のもと行動したに過ぎないのだー
走馬燈は自らの生命に関わる危機的状況にて、本能的にこれまでの人生の記憶を脳から引き出し、回避する手段がないか探し出そうとする現象とされている。
チャドとの対峙はそれほど死を実感するものだったのか。
否
カスケードの死はゆっくりと後方から訪れていた。
音もなく突如現れたスケルトンは死角から長柄武器フラグメントサークルによる横薙ぎを繰り出し、気配に気づいた時にはカスケードの胴体はキレイに半分に両断されていたのだ。
チャドもその光景を目を見開いて見ている。
崩れゆくカスケードの後ろには漆黒のマントを纏ったスケルトンが蒸気を上げて佇んでいた。
P4ユニット
サッドニールらと同じ型式だ。
カスケードの意識がチャドに向かっていたとはいえ、スケルトンが後ろから気づかれることもなく一刀両断できる腕前は尋常ではないことをチャドは理解していた。
そしてそんなことが出来る腕前を持ったスケルトンは知っている範囲では一体しかいない。
「お主……バーンか……!」
チャドの口から出た名前に周りの者は只々驚愕していた。