Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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◆都市連合
 チャド、ジュード


108.束の間

「久しぶりだな。チャド。大分老いたようだが」

 

【挿絵表示】

 

バーンと呼ばれたスケルトンはチャドと初対面ではない様子であり、戦闘態勢を解いて振り切った長柄武器をそのまま地面に立てる。ガシャンと重厚感溢れる音が響き渡り、突き刺した固い大地はその重さでめり込むように盛り上がっている。スチール状の棒の先に円形の刃がついた一見扱いにくそうな特徴ある武器だが、音からして相当な重量であることが分かる。振ることさえ出来れば人間の体を容易く両断出来るのも頷けた。

 

「なるほど……お主がホーリーネーション軍を後ろから叩いた浮浪忍者の尖兵だったのか」

 

チャドの問いかけに対してスケルトンは勿体ぶることなく応える。

 

「いかにも。今は彼女たちに力を貸している」

 

「……そうか。ならば……無事であろうな?」

 

一時の静寂がその場を支配する。周りで聞いている侍たちにはそれがどういう問いかけなのかは全く理解できていない。しかしバーンに向けられるチャドの眼光は鋭く、まるで望ましい回答が返って来なかった場合、何かが起こるぞと言わんばかりであった。

 対するバーンは意図を汲み取ったのか平然と回答する。

 

「問題ない。私が責任を持っている」

 

『責任』という言葉を使うスケルトンは数少ない。意味を理解していても内容を理解していないスケルトンが多いからだ。ましてや自分自身に課する個体などよほど人間関係を理解していない限り存在しない。しかしこのバーンというスケルトンは坦々と言い放ったのだ。

 

何に対する責任なのかは明言していないにも関わらず、纏わりついていた重たい空気が消えたようにチャドの表情は清々しくなった。そしてそれと同時に決意の表情をあらわす。

 

「……ならば私は最後の務めを果たせばいいだけとなったな」

 

いつの間にか周りにはカナエやタニガゼなど他の部将が集まっていた。もともとチャドからカスケードを討ち取ることを優先するよう言われており、察して駆けつけていたのだ。バーンは辺りを見渡すと武器を背負い直しマントを被った。

 

「人が集まってきた。ここで多くは語れないのは残念だが、あまり気を張らないことだ。今宵ぐらいは仲間とバスト攻略を祝うと良い」

 

「…………」

 

およそスケルトンらしくない励ましを受けたチャドは何も答えなかった。バーンはそれを気にすることなく続ける。

 

「お互い生きていればまた会おう。友よ。さらばだ」

 

一言述べるとバーンと数人の浮浪忍者達はまたどこかへ消えていった。そしてちょうど入れ替わるようにカナエがチャドの元に駆け寄ってくる。

 

「チャド将軍、カスケードが死んだことでホーリーネーション部隊は散り散りに離散しています!本陣も奪い我々の勝利です!」

 

走り去るバーン達に目をやりながらチャドは我に返ったようにカナエに応える。

 

「ついにバストを取れたわけだな。君には酷な任務もあったがここまで良くやってくれた」

 

「いえ、敗北は未熟な自分の責任です。侍として今後も精進するだけです」

 

強敵ベルゼブブとの戦いの最中に受けた辱めの事も特に引きずっている様子ではないようだ。

 

「……そうか。君は強いのだな」

 

「それよりも、先ほどのスケルトンはもしかしてテックハンター2位のバーンでしょうか?」

 

「ああ、そうだ。浮浪忍者として我々に助太刀してくれていたようだ」

 

「第1防衛線を奇襲したのも彼ということですね。後ろからとはいえあのカスケードをいとも簡単に討ち取れるとはかなりの手練れです。あのような者が浮浪忍者に属しているとは……」

 

「うむ。そうだな。彼は私より強いからな」

 

「ええ!?さすがにそれはないでしょう」

 

平然と応えるチャドに対してカナエは真っ向から否定した。

 

「ふっ、どうだろうな。さぁ戻ろう。今夜は戦勝祝いだ」

 

「はい!」

 

都市連合軍の奇襲により始まったバスト地方における2大国間の戦争はカスケードが浮浪忍者に討ち取られることによって呆気なく終結した。周辺に残存していたホーリーネーションの部隊にもカスケード戦死の報が伝わり、抵抗することなく密やかに撤収していた。     

 

 エリート審問官カスケードと拳聖チャドの戦いは一進一退の激戦が予想されていたが、蓋を開けてみればチャド率いる都市連合軍の圧勝で幕を閉じたのである。

 

 チャド部隊はそのままバスト地方に陣取り拠点を築き始めた。そして夜になると後続に詰めていたロジャー・バートの各部隊もバストに続々と入ってきた。

 一方、ジュードら輸送部隊は夜の祝勝会の前までに戦場に転がっている死体を処理する役割を与えられていた。そのまま放置しておくと蝿がたかりウジが湧き伝染病が発生してしまうからだ。輸送兵などは戦闘がメインではない分、こういったところで仕事をしなければならなかった。

 

 

 

ジュードは血反吐で汚れた手袋に触れないように腕で額を拭うと、広大に拡がるバスト地方の地平線に目をやる。そして戦いを終えた後に残ったどこまでも続く死体にジュードは目眩を起こした。パラディンや侍など両国の亡骸がところかしこに転がっているのだ。

 

目を見開いて苦悶の表情を浮かべながら絶命したであろう死体を見て思う。

 

ー昔と同じだ。

戦場跡はどこもこんな感じだ。

この人たちは今日ここで死ぬなんて全く思ってなかっただろう。帰りを待っている人もいたのだろう。

いったい人は皆、何のためにこんなことを続けているのか。

……そしてチャド師範はなぜ戦争を始めてしまったのかー

 

戦いに勝ったにも関わらずジュードは1人浮かない表情で死体の処理をしていた。

 

 

 

 

 

 

そして夜になり宴が始まる。

 

 

 

ジュードは戦争においては単なる輸送部隊の一員でしかなかったため末席に座ることになった。当然、チャドや5将、ロジャー・バート等は遠くの上座で連なって座っている。

 久しぶりにチャドの顔を見れたが、ずっと偉い人同士で談笑しており、話しかけられそうなタイミングはなさそうであった。

 

下っ端の侍たちはと言うと皆、仲間の死を忘れたかのように振る舞われたお酒を飲み漁り、久しぶりのご馳走を楽しんでいる。

 

自分の感覚がおかしいだけなのか。

カナエに言われた通り兵士としての適正がないのか。

 

(……そうだ。カナエさんは今どう思っているのだろう?)

 

ジュードはさり気なくカナエのほうに視線を向けた。彼女は相変わらずの飲みっぷりでお酒を飲んでいるようだ。時折、隣りにいるシンジロウに喋りかけて笑っておりいつも通りな感じだ。

やはり身近な者の死には慣れているのだろうか。

 

しばらく様子を見ていてしまったせいか、ふとこちらに向いたカナエと目が合ってしまう。

 

カナエはグラスを片手に持ちながらこちらに向かってくる。

 

「やぁ、元気?」

 

「え?いや、はい」

 

「嬉しそうではないわね」

 

「いやいや、勝ちましたしそりゃあ嬉しいですよ」

 

「……ふーん、そっか。隣りいい?」

 

侍の間では美人で有名なカナエが一兵卒のテーブル卓に座ったせいで周りはざわつき始める。

 

「カ……カナエさん。俺がそっち行きますよ」

 

「いやー、あそこの席はロジャー・バート達がいて堅苦しいんだわ」

 

「で、でも」「まぁ飲みなさい」

 

ジュードが飲めないことを知りつつもカナエは酒をグラスの注いで差し出してきた。

 

「お酒を飲めば一時でも悲しいことは忘れられるわよ」

 

その表情は微笑をかかげながらもどこか悲しげであり、酒でほのかに染まった頬と相まってジュードの胸を打った。

 

「カナエさん、失礼な事を言ってしまったらお詫びしますが……無理してたりしますか?」

 

カナエのお酒を飲む手が一瞬ピタリと止まった気がした。

 

「……ふーん、上官に向かって言うじゃない」

 

「す、すみません!やっぱり俺の勘違いです」

 

カナエは差し出していたグラスを自分で一気に飲み干した。

 

「無理してないわけないじゃない」

 

「……え?」

 

「正直、想像していたイメージと違うわ。勝者って感覚が全然ないもの」

 

「そう……ですか……」

 

「まさかさー、あのジト先輩が死ぬなんて想像もつかなかったわー……戦争を舐めてたのね」

 

こみ上げる何かがあったのか語尾が震えてカナエはそれ以上喋るのをやめた。

 

「俺は下戸ですけど……今日はとことん飲みますか」

 

「あら?いいの?どんどんいっちゃうわよ。というかあなた……」

 

カナエは覗き込むようにジュードの顔を見上げた。

 

「な、何ですか……」

 

「よく見ると可愛い顔してるのね」

 

「ええ!?」

 

カナエは既に程よく酔っ払っている様子ではあったが、胸元がゆるんだシャツから鎖骨の先の膨らみをのぞかせたため、ベルゼブブ戦の際にさらけ出された豊満な胸を思い出しジュードは思わずのけぞった。

 

そんなタイミングで遠くから大きな声が聞こえてくる。

 

「皆の者!静粛に!将軍よりお言葉がある。耳を傾けたまえ!」

 

声のするほうにはチャドとロジャー・バートが立っている。この2人から今回の戦いについてとこれからの終わり方について話があるのだろう。

 

思えばチャド師範が将軍を担当したからこそ、難航することなくバスト攻略が成ったのだ。犠牲者も本来ならもっと多かったはずだ。何だかんだではあるが、師範は自分が責任を持って犠牲者の少ない道を選んだのではないか。

 

英雄となったチャドが今から謙虚にも皆に労いの言葉をかけ、そして賞賛されるのだ。そう思ったらこれまでの選択は間違っておらず報われるのではないか、とジュードは思えてきた。

 

しかし、最初に喋り始めたのはロジャー・バートであった。

 

「諸君、この度の働きぶり、見事であった!バスト方面の総責任者として心より礼を言おう!」

 

今回の都市連合軍は2将軍体制であり、攻めのチャド部隊と守りのロジャー・バート部隊で役割は対等に分かれている。よって総責任者という立場は正式には存在しない。また、今回はチャド部隊の猛攻により守りの部隊を使うことなくバストを攻略している。にも関わらずロジャー・バートは姑息にも全体を統率していたと言わんばかりに印象付けたのだ。

 

「あんたの部隊は何もやってないじゃない」

 

隣で聞いていたカナエは酒を飲みながら独り言のようにツッコミを入れていた。

 

「ホーリーネーションのバスト駐留部隊は瓦解し、バストは事実上、我々都市連合の支配下に戻ったのだ。長きに渡る因縁の戦いに我々は勝利したのだ!」

 

呼応するように侍たちは手に持っているグラスを高らかと掲げ、怒号とも分からぬ歓声を響き渡らせた。

その中でカナエはグラスを手に静かに呟く。

 

「ジト先輩とヘイハチに」

 

焚き火が輝く夜空の中で改めて都市連合の侍たちは悲願であるバスト奪還を実感したのであった。

 

 

そして続いてチャドが将軍として前に出てくる。

 

ジュードにとっては正直このタイミングしか興味がない。チャドがこの戦争に対して何を考え、これからをどう思っているのか。一般兵士向けの建前の声明だけかもしれないが、しばらく声すら聞けていなかったこともあり、前のめりで聞き込む態勢をとった。

 

「チャドだ。皆、よく戦い抜いてくれた。志し半ばで倒れていった者たちとその遺族には最大限の敬意を払いたいと思う」

 

チャドらしい坦々とした物言いであったが、やはり戦死者にも気を使うあたり、犠牲者への後ろめたさがあるのだろう。もはやジュードはチャドを責める気は失せていた。

 後はもう停戦の交渉の際にルイを奪還するなど強気の外交を行えばいい。ホーリーネーションの上級審問官セタやヴァルテナであればカスケードがやろうとしていたことなどさほど知らないはずだし劣勢であれば応じる可能性は高いはずだ。

 

久しぶりの声を聞けて若干冷静さを取り戻しつつあったジュードであったが、次のチャドの言葉に背筋が凍るほどの衝撃を受けることになるのであった。

 

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