Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
チャド、ジュード
バストにおける戦いから3日後のこと。
南西に10kmの地点。
ここにはホーリーネーションの本国から駆けつけた救援部隊が駐留していた。
部隊には上級審問官セタと『炎の守護者』が同行していた。炎の守護者とは高位パラディンの中で一番腕が立つ者に与えられる名称であり、選ばれた者はその時点で本来の名前を捨てる。そしてホーリーネーションの主導者であるホーリーロード・フェニックスの側に近侍し、外敵から主導者を護衛する役割を与えられた。時には今回のように敵対する猛者を屠るため遠征部隊に従軍し乗り出してくることもあった。
ホーリーネーションは事実上、最高戦力を投入して来たのである。
「この状況は想定通りの結果なのか?」
パラディンクロスを背負ったグリーンランド人が丸太のように太い腕を組みながら横にいる上級審問官セタに話しかけた。上級審問官はホーリーネーションにおいてトップに次ぐ役職であるが、その者と対等に並び、タメ語でお構い無しに喋りかけるこの男こそ国家最強の男、炎の守護者だ。
セタも若輩者の無礼を指摘することもなく会話を続ける。
「ああ、そうだ」
「……あんたの右腕だったカスケード審問官も殉職し、ベルゼブブも失っているが、それでも想定通りと言うのか」
この問いに上位審問官セタは少し考えた後に応える。
「カスケードがとっていた拡張主義は現在のホーリーネーションの指針に沿っていなかったのだよ」
短く簡潔な回答であったが、隣にいる男は全てを理解したようであった。
「敢えて見捨てたのか?……カスケードも哀れな男よ。言っておくが、あんたが俺と敵対する場合は上級審問官であれ躊躇なく殺す。覚えておくことだな」
男の低くて静かであるが凄味ある恫喝に対して、セタは動じることなく坦々としている。
「貴様は炎の守護者として選ばれた人間だ。私が手を出すわけがないだろう。そんなことよりもチャドは殺れるのであろうな?」
「愚問だな。格闘だけを極めた武闘家如きに負けるわけがない」
「ならば良い。今回、貴様が都市連合軍の攻め手を退けた後、バストを緩衝地帯にして一時停戦させる手筈となっている」
「やはりその計画は事実であったか」
「ああ。バストは北からカニバルも出没するし南東の都市連合を相手にしながら保持するほどの土地ではなかった。今は都市連合と消耗しあうよりも西の豊かな地のみで国力回復に専念することが重要なのだ」
「銅像作りにかまけていないで早いとこバストに壁を作れば良かっただろう。まぁ今回はあんたらの立場を脅かす若手たちを消せて一石二鳥だったわけか。俺には全く理解できんがな」
ホーリーネーションは先代の時期から国家総出で資材を投じてリバース鉱山という地に巨大な銅像を建造していた。国家の象徴として権威を誇るためだけに長い歳月を費やされ存在しているこの像は完成後の維持費も軽視できるものではなく、国家運営の負担となっていた。
「リバースは生まれ変わりの地。兄弟達が拠り所とするための神聖な地なのだ。蔑ろには出来ん。それに勘違いするな。物事を完遂するため、時には非情になり意志を統一する作業が必要なのだ」
これに炎の守護者は深入りする様子はなかった。
「国家戦略は俺の知るところではない。勝手にするといい」
「ああ、貴様には分からん分野だ。貴様はただその自慢の腕力で敵を屠っておれば良い」
「で、具体的にどのような戦いになる?人数は向こうのほうが多いのだろ」
「都市連合のチャド大隊と正面からぶつかる。人数比で序盤は苦戦するだろうが、後からオクランの拳にいる兵が相手の後ろを挟撃し、一気に殲滅する」
「ほう、総力戦だな。俺はその戦いの中でチャドを討ち取れば良いのか。だが、都市連合の後詰めはどうするつもりだ?ロジャー・バートが救援に駆けつければ人数も負けているし、逆にこちらが挟み打ちにあう」
「それについては手を打ってある」
セタはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「勝てる算段は出来ているわけか。片腕を失っても2大上級審問官はまだまだ健在というわけだな。あんたも義手をつければまだまだ戦えるんじゃないか?」
この質問に対して今度はセタの形相が変わる。
「貴様……。まさか私に悪魔の手をつけることを勧めているのか?」
義手はスケルトン工学の技術を使用している。よってホーリーネーションにおいては禁断の手であった。実際に義手をつけた者をこれまで国に入れたことはなく、排除対象となっていた。
「ふっ、冗談だ。さぁ神聖な領域に侵入してきたネズミ狩りといこうか。ホーリーロードフェニックスの憂いは早々に排除しなければならない」
炎の守護者は闘気を放出するが如く、気合を入れて立ち上がった。
こうしてホーリーネーションの救援部隊はそのままバスト地方に向けて動き出したのであった。
◆◆◆
一方、チャド率いる大隊はまさにセタ擁するホーリーネーションの救援部隊と対峙しようとしていた。
そして同行するタニガゼとカナエの2人と最終調整を行っていた。
「……以上がこの地形の特徴となります。チャド将軍?よろしかったでしょうか?」
カナエがチャドを覗き込むように問いただした。
「ん?ああ。説明ありがとう」
対するチャドはどこか上の空だ。その様子を気にしつつもカナエとタニガゼが会話を続ける。
「ホーリーネーションの救援部隊は上級審問官セタが指揮しており炎の守護者が同行しておりますが、数においては我々大隊が上回っておりますので押し切れるかと思います」
「オクランの拳にいるホリネ部隊はどうやろ?山から降りてきて俺たちを挟撃しに来るかもしれんのぉ」
「その場合は後詰のロジャー・バート大隊が迎撃する手筈よ」
「そか。じゃあ安心やな。やはり問題は炎の守護者やねぇ。なんでも歴代最強クラスとの噂ですわ」
『炎の守護者』はホーリーネーションにおいて代々襲名されていた。建国から指導者はすでに62代となっており、その間、炎の守護者も引き継がれ続けている。当然、功績を多く残した者は記録にも記憶にも残り続けているが、当代の実力はまさに直近の炎の守護者と比較しても別格であったのだ。
チャドも当然それは把握していた。
「そいつとは私が相手をする。お前達は絶対に手を出すな」
急に口を挟むように反応したチャドにカナエは少し驚く。
「本件ですが、3人で畳み掛けたほうがいいのでは?」
「カナエっちさぁ、俺らがチャド将軍と炎の守護者のレベルについていけると思うてんの?足引っ張るだけやで。将軍が戦こうてる隙に俺ら2人で戦況を有利にしたほうが得策ってもんよ」
「しかし、将軍に万が一のことがあると……」
「カナエ。タニガゼの言う通りだ。私もタイマンのほうがやりやすい。それに私は負けない」
いつもよりも決意に満ちた表情であり、逆に死をも覚悟しているかのように力強く喋るチャドの言葉にカナエは気負わされた。
確かにホーリーネーションにおける最強のパラディンをここで除くことが出来れば首都へ行ける可能性が格段と上がるのは明白であった。
そうなるといよいよホーリーネーションも国の存亡に関わってくるため、出し惜しみをしている場合ではなくなる。もう一人の上級審問官ヴァルテナであったり、または他国が知り得ないとっておきのカードを投入してくる可能性もある。
チャドがどこまで考えているのか、最早誰も真意を知らず、また後に彼の口から聞けることもなかった。
そして両軍が衝突する日を迎える
決戦の地となった場所は珍しく快晴となり一面を見渡せる状況であった。人口が減っている現代において両軍合わせて数百人規模となるこの戦いは稀に見ない大戦であり、この行く末は近年変わらなかったパワーバランスが崩れる可能性を踏まえていることもあったため、両国だけでなく近隣の中小諸勢力も密かに注目していた。
カナエもこの戦争が人類史上における歴史的転換点になり得る事を自覚しており、その場に立ち会っている緊張で身震いしていた。
横を見るとチャドが平然として対峙するホーリーネーション部隊を見ている。最初は全盛期も過ぎたやる気がない爺さんにしか見えなかったが、ホーリーネーションに対して初めて攻勢に転じ、バスト奪還の達成までしてくれた。多くの犠牲があったが決着をつけるこの場に導いてくれたチャドに対してカナエの心は尊敬と感謝の念で溢れていた。
(チャド将軍、ありがとうございます。そして父さん……ジト先輩……。見守っていてください。皆の死を無駄にしないため、この戦いは必ず勝ってみせます)
背負っている長巻を抜き、合図を待つ。
そしてチャドが大きく手を振り下ろした。都市連合軍の突撃の合図だ。
大勢の侍たちが横一列に並び雄叫びを上げながら突撃していく。バストを取った勢いもあって士気は最高潮まで上がっているようだ。
対するホーリーネーション軍も横に展開し掛け声と共に前進を開始する。
そしてそれぞれが水の流れのようにぶつかって混ざりだす。罵声と怒号が飛び交い、血しぶきが地を染める。その地は一瞬にして修羅場と化していった。
都市連合軍は作戦通り人数比を利用して、ホーリーネーション軍の左右をカナエとタニガゼ部隊が覆い始める。反面、中央はホーリーネーションが押し始める。
ここまでの流れは都市連合側にとって想定通りと思われていたが、戦慄が走る。
ホーリーネーション中央で先陣をきる巨躯の男。パラディンクロスを棒切れのように振り回し都市連合の侍たちを枝木のように斬り裂いていく者がいるのだ。
この異様な光景を作り出している男が『炎の守護者』である事はすぐに察知することが出来た。それと同時に疑念が生じる。それは『チャドがこの怪物に勝てるのかどうか』であった。
拳聖としてその名を世界に轟かせ、冒険家として残した実績も申し分ないチャドであったが、それさえも消し飛ばすほどの圧倒的な膂力で侍たちをなぎ倒す修羅を見せる炎の守護者にカナエの胸中は悲壮感が支配し始める。
それはジト、カスケード、そしてベルゼブブの実力を見てきた上で経験者としての直感であった。
(今まで見てきた者の中で一番強い……!)
代々続くホーリーネーションの歴史上において歴代最強クラスと讃えられる現代炎の守護者の実力は伊達ではなかったのである。
あっという間に都市連合軍の中央は炎の守護者によって押し込まれる形となり、このままでは覆い潰すための包囲網自体が崩れてしまう恐れがあった。
そんな中、都市連合軍中央に丸い空白部分が出来始める。その中央には一人の男が目を閉じて立っている。
チャドだ。
深い深呼吸を二度三度繰り返してからカッと目を見開くと、衝撃波が発生したかのように暖かい風が四散した。
これを見たカナエは思い違いをしていた自分を恥じ、少しだけ安堵感を持った。
炎の守護者に対峙するチャドもやはり同様に化け物だったのだ。今まで本気を出す機会がなかっただけであり、今回が正真正銘の全力だと分かる。
今まさに最高峰の実力者同士による死闘が始まろうとしていた。
残り3話ぐらいとなりました