Kenshi -20years later-   作:さわやふみ

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◆都市連合
 チャド、ジュード


112.許されざる者

(左肩を痛めたか。鍛えていたつもりが……歳は取りたくないものだな)

 

チャドは鈍い痛みが走る左肩の負傷を相手に悟られぬよう平静を装った。

削られた頬の傷は戦闘に差し支えないが、左手はうまく動かない感覚がある。

 

ただ、炎の守護者も武術家の全力蹴りを手のみで受けて無傷でいられるはずがない。手応えはあったので何かしら右手を痛めているはずだ。守護者が両手でパラディンクロスを後ろに引き下段の脇構えをしているのは右手への負担を減らしつつ、初撃がチャドのスピードに間に合うよう広範囲に薙ぎ払いを繰り出せるようにするためだろう。

 

恐らく負傷により斬撃速度は落ちている。だから初撃を避けさえすれば、切り返しの間に致命傷をいれられるはずだ。

 

チャドは勝負を決めた後のことを考え始めていた。

 

守護者を倒した後そのまますぐにホーリーネーション部隊の後方にいるセタを討ち取れば救援部隊は壊滅させられる。そうすれば寡兵で降りてきているオクランの拳の兵士も後から撃退出来るだろう。

 この戦いに勝った後はもう貴族どもの好きにすればいいのだ。どうせロジャー・バート(というよりロンゲン派)の工作により都市連合の足並みは乱れ、ホーリーネーションの本土まで攻め込む余裕はないだろう。くだらぬ利害関係を保ったままいつまでも殺し合いを続けていればいいのだ。

 

ここまでが私の責務。私の役目は炎の守護者を倒すまでと決めている。これが終われば引退してどこかのどかな土地で余生を過ごしたい。お前(・・)にはむしの良い話かもしれないが、もしも……お前がまだ私を許してくれるなら……また2人で一緒に……

 

チャドの力が抜けて闘気が瞬間的に途絶えた。

そして炎の守護者はこれを見逃さなかった。

 

ここぞとばかりに全身全霊の横薙ぎを繰り出したのだ。右手に傷を負ったとはいえ凄まじい速さの斬撃はチャドの胸部へ向かう。それはこの状況からの回避は不可能と言えるほどの速度であった。

 

しかし

 

ここからチャドの取った行動は誰もが想像し得ない動きであった。

 

炎の守護者の横薙ぎを身をかがめ始めかわしにかかるが、剣の刃は首元まで来ている。チャドはここに左手を入れ込み防御にかかった。当然フルスピードによる分厚いパラディンクロスの刃を止められるわけがなく左手は切断され宙を舞う。

 

だがチャドの首は飛ばなかった。

 

左手が斬られたことで斬撃スピードと軌道が僅かに変わり、チャドはスライディングする形で斬撃を掻い潜ることができたのだ。

 

先に見せていた気の緩みによる隙も彼の布石であった。

 

チャド総心流 秘奥義 陥穽構(かんせいこう)

ー落とし穴にはめるが如く相手を誘い込み罠にはめるー

 

蝋燭の火が空気の流れで一瞬だけ揺らぐようなほんの一瞬の気の緩み、それこそ炎の守護者ぐらいの一級の手練れにしか気づかないほどの機微。それを敢えて自分の闘気で演出し、相手を誘い込んでいたのだ。

 

また、それだけでは守護者の斬撃を避けきれないと理解していたチャドは自分の左手も捨てる覚悟をしていた。

 

まさに肉を切らせて骨を断つ、一度しか使えない反間苦肉の究極奥義であった。

 

 

炎の守護者ほどの者に『殺れる』と判断させることに成功したこの技は究極のカウンターとなる一撃を打ち込む間をチャドに与えた。

 間合いに入り込んだチャドの貫手が態勢を立て直そうとする炎の守護者の腹部を容赦なく貫いたのだ。

 

「ぐ……!!ごふ……!」

 

炎の守護者は血を吐いた。

バイタルゾーンを破壊したチャドの一撃は致命傷となり、大量の血がチャドの腕をつたって滴り落ちていた。周りでそれを目撃していたパラディン達には悲壮感が蔓延し、逆に侍は歓声の雄叫びを上げる。

 

しかし、炎の守護者も最後の力を振り絞る。

 

「!?」

 

貫いた右手が抜けないのだ。筋肉を使って止められているのが分かる。そして炎の守護者はパラディンクロスを捨て、両手でチャドの頭部を掴む。

 

「ふっ……相討ちを狙う手もあるが……興が冷めるか。……見事だったぞ……拳聖…………」

 

そのまま炎の守護者は動きを止めた。

この光景に一時の間、周りの者達は只々静まり返っていた。

 

「か……勝った……」

 

カナエも信じられないと言った表情で動きを止めてその死闘を見入っていた。既に都市連合の部隊は挟撃により大分削られていた状況であり、敗北の二文字が見えていた。その中でのこの勝利は逆転という希望を侍たちに見せてくれたのだ。

 

「チャド将軍……あなたは真の英雄や……」

 

気がつくとチャドの側にタニガゼが来ていた。

 

「タニガゼか……。この状況を……立て直せるか?」

 

チャドは炎の守護者から手を抜くと、側に転がっている大きな岩にゆっくりと背をもたれ、無くなった左手の止血をし始めた。

 

「そうやね。たぶん大丈夫だと思いますで。左手の影響はどないですか?」

 

チャドは息も荒く、額には汗が溜まっていた。

 

「強がりたいところだが大分フラフラだ……。戦闘は少し待ってくれ。それより……なぜお主がここに来ている?カナエと連携して両側からやる手筈だろう」

 

「それがそうもいかんのです。まさか守護者やってまうとは思いもせんでしたから、こっち来ておいて正解でした」

 

これを聞いてチャドは目を見開き数秒間、考え込んだ後、何かを悟った。

 

「……お主……ロンゲン派の者か……?」

 

「ええ。あんた強すぎたんや。ちょっとは負けんと。ノーブルサークルの許容範囲超えてるんや」

 

「……」

 

「ただ恨みはないんやで。むしろ長いこと一緒にいて殺る(・・)のが心苦しいぐらいですもん」

 

「……そこまでして紛争状態を作り利益を得たいのか」

 

「わての主人はどん欲なんやろな。ほな死んでもらいまっせ」

 

タニガゼはそう言って、力なく岩にもたれかかっているチャドに槍を躊躇なく突き刺した。傷つき無防備になっているチャドは抵抗することも出来ずに倒れ込む。

 

「ぐっ…………」

 

もはや立つ力がないのか這いつくばりながらその場を動こうとするチャドに対してタニガゼは無情にも何度も槍を突き刺した。

 

「確実に死んでもらわんと困るんです」

 

「……ジュ……ド……」

 

チャドは最後の言葉を残すと目に涙を浮かべながらそにまま静かに動かなくなった。

 

「ありゃー、血も涙もある人だったんかーい」

 

タニガゼは槍の血を拭いながら軽くツッコミを入れた。

 

 

 

遠くで見ているカナエはこの状況を飲み込めないでいた。ただ、時間が経過し、もはや逆転の見込みがなくなってきているのは把握出来た。

 

すぐさま駆け寄り地に伏して動かなくなっているチャドを見やる。

 

「……チャド将軍?」

 

返事はなく既に息絶えているのはカナエにも理解出来た。

 

「お前……将軍に何をした?」

 

カナエは振り返ってタニガゼに対して静かに詰問した。対するタニガゼは実に飄々としている。

 

「トドメをさした」

 

「な……んで」

 

「ここで勝つとたぶんホリネがのうなってしまうやん」

 

部将が動けていない都市連合軍はこの間にもホーリーネーションの挟撃で総崩れとなっていく。

 

「お前は……スパイだったのか……!」

 

「うーん、ちょっと違うね。まぁカナエ姉さんにはもう関係ないことですわ」

 

「おのれ、許さん!!」

 

カナエは怒りの剣幕でタニガゼに斬り掛かった。しかし、タニガゼは難なく槍でカナエの長巻を叩き落とす。化けの皮が剥がれたタニガゼの槍術はこれまで見せていたレベルを遥かに上回っていたのだ。

 

「油断やね。あんたは降伏してホリネで元気に子供を量産してればええねん。人気でると思うでー」

 

「…………っ」

 

カナエの部下たちもほとんど蹴散らされ離散していたが、一部の忠誠心ある侍たちはカナエの元に駆けつけようとする。しかし、勢いづいたホーリーネーションの歩哨によって次々と討ち取られていった。

 

そしてやがて辺りに立っている侍はいなくなった。

 

「わてが取りなしてあげますさかい、変に暴れんといてな」

 

戦闘は収束し、その場にいる都市連合の人間はタニガゼと無気力に立ち尽くすカナエだけとなっていた。

 

 

 

 

 

「貴様はタニガゼだな」

 

ホーリーネーションの歩哨が道を開けた先から片腕がない者が歩み寄ってきた。

 

「おーう、上級審問官セタさんの登場やー。片腕なくても貫禄あるのぉ。御無沙汰しておりますー」

 

セタはタニガゼを一瞥すると、まるでゴミを見るかのような目つきで言葉を返す。

 

「口の聞き方に気をつけろ。貴様をついでに始末してもいいのだぞ」

 

「折角上手くまとめてあげるっちゅーに、わてが報告に戻らんと和議が成立せんで?守護者ものうなってしもうてあんた方どないするん」

 

「貴様如きいなくても全て予定通りいく。が、まぁいだろう。早々にここから消えるといい」

 

「相変わらずマウント取っていないと気がすまないんやね。ちなみにそこにいる姉さんは5将の一人や。殺さんといてあげてな」

 

「リバース鉱山で使ってやろう。あるいわ……その容姿であれば違う選択肢を選ばせてやってもよい」

 

セタは気持ち悪い目つきでカナエを下から上へとなめるように見回した。

しかしカナエの反応は覚悟を決めたものであった。

 

「お前たち……元から繋がっていたのか。クズどもめ。私は降伏なんぞしない」

 

「言うねぇ。もっと酷いことされちゃうかもよ」

 

タニガゼの言葉を無視し、カナエはチャドの遺体に対して悲しげな視線を送る。

 

「チャド将軍……ここまで連れてきてくれてありがとうございました。ジト先輩、私もそちらに行きます」

 

そう言ってカナエは懐から短剣を取り出すと自分の首を掻っ切ったのだ。そして鮮血を飛び散らしながら壮絶に息絶えていった。

 

「あーべっぴんさんだったのに勿体ないのぉ」

 

「このような罪深きナルコは死んで生まれ変わる他なかったのだ。天命だろう」

 

気がつくと数々の屍が横たわる戦場を夕日が照らし始めていた。都市連合の兵士はチャドの勝利を信じギリギリまで粘って戦い続けたこともあり、ほとんどの者がこの場で討たれていた。ほぼ全滅と言ってもいい惨状を平然とした表情で見ながらタニガゼは大きなノビをした。

 

「さて、そろそろ戻るかな。うちら全滅したしバストに戻るのも怪しまれるから、毛皮商の通り道からグルっと回って帰りたいねんけどよろしい?」

 

「分かった。通行証を渡してやる」

 

「いえーい。じゃあついでにホリネの服も頂きまっせ」

 

「好きにしろ。手筈通りにな」

 

タニガゼは歩哨から服を貰うとそのまま姿を消した。

 

 

 

「行かせてよろしかったのですか?和議内容のままですとバストは都市連合の領地となってしまいます」

 

手下が怪訝そうにセタに問いかけた。

 

「良い。ロンゲン派の貴族は利用価値がある。それにバストは北方から食人のカニバルが度々襲来する場所だ。壁も築けていないうちは復興どころではないだろう。少し手を出せばすぐに都市連合は撤退することになり結局のところ緩衝地帯は完成する。我々はその間に国力を復活させるのだ」

 

炎の守護者を討たれたことでセタには再びバストを荒らすまでの戦力は残されてはいなかった。そのため都市連合の攻め手を討ち果たした後、そのまま深追いすることなく本国へ帰還していった。

 

 

 

 

 

◆◆◆ 

 

 そして後日、大戦の結果は旅人の噂からワールドエンドに滞在しているジュードやシンジロウにも知るところとなる。

 悲報を全く想定していなかったジュード達は血が抜けたように顔面蒼白になり愕然としていた。

 

「そんな……チャド師範が負けた……?」

 

「く、詳しいことは分からないですが上級審問官セタ部隊と戦闘を行い全滅したようです……。チャド将軍、カナエさん、タニガゼさんの消息は全員不明です」

 

情報が錯綜しているのかシンジロウも何が何やら分からない様子で狼狽えていた。

 

「嘘だ……。師範はそんな負け方をする戦いはしない……何か……何か想定外のことが起きたのでは!?」

 

ジュードに問い正されたシンジロウはうつむいてしまう。

 

「生きて戻って来た人がいないので今は確かめようがありません……」

 

「じゃあ俺が行って見てきます!」

 

「いえ、既にワールドエンドの麓はホーリーネーションが抑えています。もう少しここで情報を待ったほうがいいです……!」

 

「…………!」

 

シンジロウの言うことは正しかった。今から戦場跡に駆けつけられたとしても、手がかりが残っているわけでもなく、下手するとホーリーネーションに捕えられてしまう可能性があった。

 

 

 

ーまたいつも通り会えると信じていたのに……あの会話が最後になってしまうのか?……いや、チャド師範ならば傷ついたとしてもどこか安全な場所で癒えるのを待ち、救援を待っているに違いない。

 

ジュードはトゥーラの境遇を思い出す。

 

(トゥーラ……。大切な人を探し出したいという当時の君の心境をいま理解できたよ)

 

食いしばられたジュードの口からは血が滲み出ていた。都市連合がバストに侵攻してちょうど3ヶ月後の出来事であった。

 




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