Kenshi -20years later- 作:さわやふみ
都市連合の首都ヘフト
ホーリーネーション領に攻め込んだチャド部隊の全滅と、バスト地方までを都市連合領とした和議がロジャー・バートによってなされた事がテングJr皇帝を始めとするノーブルサークルの貴族達に速報として入っていた。
そしてロード・オオタが緊急で御前会議を開き、近隣にいる貴族を招いて今後の方針をまとめていた。
会議にはテングJr皇帝およびロード・オオタ、ロンゲン、レディー・ミズイ、そして今回は中流階級の貴族も数人参加していた。
テングJrもこの戦争の成り行きへの興味を隠すことが出来ず進んで状況を聞き始める。
「チャド将軍はどうやら討たれたのかな?もしかしてアイゴアがでてきたの?」
情報はいち早く逃げ帰ってきた者からロジャー・バートを通してヘフトに伝わっていた。今回の戦争はロード・オオタが首都から総指揮を取っていることもあり、状況を整理するように応える。
「セタ率いる救援部隊と戦闘を行った際にチャド将軍は炎の守護者とタイマンをしたようです。壊滅したとなると恐らく将軍は守護者に敗れたのではないかと。アイゴアが出没したとの情報はありませんでした」
「ふーん……。敗れたとこまで見ていた侍はいないんだ。僕が聞いた話によるとホリネに挟撃されたとも聞いたよ。ロジャー・バートはどうしてたの?」
「駆けつける頃には決着がついてしまっていたようです。そのため彼が機転を利かせてバストを取ったところに境界線をひいた形で和議したようです。チャド部隊が消失した現状、恐らく膠着状態になり得たので良い判断だったかと思います」
ロード・オオタが公言していた戦争の目的はバスト奪還であったため、チャド部隊の全滅は気にするところではないらしく、結果に不満はなかったようであった。
「へぇーそうなの。だってさ、ミズイちゃん。予想が少しハズレちゃったね。バスト取れちゃったよ」
テングJr皇帝は嫌味ったらしくミズイを見たが、対するミズイは動じることなく応える。
「ええ、そうですね。そのことですが、ロード・オオタと相談して私がバスト領主に着任することになりました」
ミズイの口から坦々と切り出された内容はその場にいる全員を驚愕させ、一瞬にして会議室はざわめき立つ。
『バストの領主を誰にするか』は暗黙に全貴族にとって最も注目された人事であった。これによって派閥バランスが変わるし、あわよくば領主の座を狙う者や派閥構成によっては身の振り方を考えなければならない者が多くいたからだ。
だが、いち早く声を上げたのは、テングJr皇帝であった。
「なんだって!?聞いていないぞ!」
興奮しているのか黒い素肌が熱気を帯びているのが分かった。握られたこぶしは少し震えている。
「ですから今、申し上げました。陛下と離れ発明品を献上できる機会が減るのは心苦しくはありますが……」
ロード・オオタも認識済みのようでニコニコしながら黙っている。
「……ふーん、なるほど。君の予定通りってわけね。僕はもう用済みになったわけか……」
「何を仰るのです。バストは地政学上、今後重要な場所になり得ます。陛下のために復興と強化に尽力するつもりです」
「……尻軽な女狐め」
テングJr皇帝は最後にボソッと独り言を呟いた。
その声が聞こえていたであろうロード・オオタは軽々しくミズイの肩に手を置きながらまとめ始める。
「被害は出ましたが、皆さんのご協力のもと念願のバスト奪還は成就しました!今後は各都市が協力してレディー・ミズイのバスト復興を手助けしていこうじゃありませんか!」
オオタとミズイ。2人の間で何か情事があったのではないかと疑うほど親密に連携が取れていた。実際、オオタは無類の女好きで有名であった。どちらから近づいたのか不明にしても容姿端麗なミズイと何かがあっても不思議ではなかった。
ここで、レディー・ミズイがテング派からロード・オオタ派に鞍替えした。
その場にいる誰にもそのように見て取れた。
ロンゲンは顎の髭を手で触っているだけでこの件に介入するつもりはないようであった。そして会議はどよめきが収まらないまま終了したが、テングJr皇帝も怪訝な表情を最後まで変えることはなかった。
ミズイは皇帝のいる居城の一室に研究室と住まいを構えていたため、引っ越しの準備でここに戻っていた。
その帰路で後ろから声をかけられる。
「皇帝陛下と袂を分かつのは賢明な判断でした」
振り返るとそこには奇妙な仮面をつけた男が立っている。
「……どなたかしら?」
ミズイは怪訝そうにに見上げた。
「初めまして。私、特別憲兵隊隊長を任されている者です」
「あら。特別憲兵隊の方でしたか。先ほどのご発言はどういう意味かしら」
ミズイは仮面を被っているという不可解な格好には敢えて触れなかった。特憲の情報は秘密事項であることを理解していたからだ。
「いえ、あまり陛下に過度な希望を持たせてしまうのも可哀想でしたので」
「大人向けの発明品のこと?」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
2人の間に沈黙が流れた。
「それで……私に何か御用なの?」
「ええ、研究成果を引き継ぎに来ました。ここで調べたことは全てこちらにお渡しください」
ミズイはテングJr皇帝の許可を得て、都市連合の資金を使って科学技術の研究を続けていた。表向きは暮らしに役立つ技術を追求していていたが、軍事的なものまで手掛けていたことを少なくともノーブルサークルの貴族誰もが知っていた。その成果をテングJr皇帝自身が差し押さえにかかったのか、このタイミングで他の貴族が横取りに来たのか、誰かが特憲を遣わせて来たのだ。だがミズイは動じることはなかった。
「ああ……。私の部屋にあるから好きに使ってくださる?」
「いいでしょう。皇帝も前皇帝と同じく夢を見がちでしたがこれで覚めてくれるでしょう」
言い回しを聞く限り、この特憲隊長は皇帝から遣わされたのではないように見える。同時に特憲がミズイと皇帝の繋がりを警戒していること。そして皇帝がただの操り人形ではないことも把握しているように聞き取れた。
「……私は遠く離れたバストで悠々自適な暮らしをさせて頂くわ」
皇帝を抱え込み、中央の利権取りに利用する貴族は多い。逆に地方への異動はこれらに興味がないことを暗に示すことにもなる。誰の差し金かも分からない特憲に対してこのアピールをしておくことは無駄に政争に巻き込まれないためのミズイの知恵であったのかもしれない。
「復興は大変ですが頑張ってください。しかし……」
「何?」
「今回、あなたの行動は他の貴族の反感を貰っています。特憲を護衛につけましょうか?」
「あら、そうなの。でも大丈夫よ。リドリィを門前に待機させているわ」
「ああ、あなたが推薦した者ですね。それについて1つだけ教えてください」
「何かしら?」
「あなたはリドリィに催眠の実験をされておりましたよね?自我が強いテックハンターを特憲として働かせることが出来る研究は素晴らしいものです。今後の兵士育成に是非取り入れていきたい。その研究状況も継続して共有してくださいませんか」
「……ああ。いいわよ。今のところ順調にいっているから、随時共有するわね」
「助かります。また何か用が出来た際はご相談させて頂きます」
「ええ。ところで……私あなたと何処かでお会いしたことあったかしら?」
特憲隊長の動きがピタリと止まった気がした。
「……いえ?気のせいでしょう。それではバストでの生活をお楽しみください」
ミズイはそのまま立ち去る仮面の男を見送った後、軽装で建物を出た。研究室が早くも差し押さえられ以上、持っていく荷物はほとんどなかったのだ。
首都ヘフトを出る門にはリドリィとオオタから遣わされた侍数名が待機していた。
腕組みして壁に寄りかかっているリドリィにミズイのほうから喋りかける。
「私の私兵は随分と規模が小さいわね。これでバストでやっていけるかしら。市民としてチャド部隊の遺族でも呼ぼうか?」
冗談とも本気とも取れるこの発言に対してリドリィは横に並んで歩調を合わせながら応える。
「それはやめておけ。今回の戦争で多くの侍が帰らぬ人となった。もちろんホーリーネーション側もだが。とにかく、遺族は戦争を起こした貴族に恨みを抱いているだけだから、連れて行っても好意と受け取ってくれないだろう」
「……そう。じゃあせめてバストに花を手向けないといけないわね」
「あんたはそういう柄でもないだろう」
ミズイは不敵に笑う。
「ふふ、分かっているじゃない。ああ、そうだ。チャドに私の言葉を伝えてくれてありがとう。やはり私は話せる機会はなかったよ」
「……ああ。大分悩んでいたが意を決して攻めてくれたな」
「ええ、彼はロジャー・バートが裏切ることに気づいていながらも炎の守護者を葬ることに尽力してくれたわ」
前を歩くミズイに対してリドリィは神妙な顔つきになる。
「侍が減った事で都市連合の内部は実質弱体化した。ホーリーネーションも当分攻めて来れないだろう。全てあんたの思惑通りか?」
「ええ。大枠はね」
「……1つ聞いておくが、私は自分の意志でお前に従っていると思っていいのだな?」
第三者が聞いたら全く意味の分からない問いかけだったがミズイには通じたようだ。
「もしかして自分がどこかで洗脳されていないか気にしているの?安心して。あなたに施していないわ。というかその技術は大分前に失敗してそれっきりよ」
「そうか」
2人の歩調は変わらず一定の距離を保ったままであり、ミズイは振り返ることもなく会話を続ける。
「ただ……過去に一度だけ
「催眠だと?洗脳ではなく?」
「ええ。でも……、そろそろ解けてしまう頃かも……あれも未完成だったから」
「…………」
ミズイはリドリィの反応を気にすることなく、悲しげな表情を浮かべると、どこか遠くを見据えながら独り言を続ける。
「ローグ……随分待たせてしまったね。始めるよ……」
この声はリドリィ達には聞きとれないくらい小さかったため、吹き付ける風の音と共に掻き消されていった。
こうしてバスト地方を巡る両大国の戦いは互いに大きな犠牲を出しつつ都市連合が奪還する形で幕を閉じた。
ロジャー・バートがチャドを見捨てて部隊を引いた件は、チャド部隊壊滅により訴える者が現れなかったため、世間に知られることなく忘れ去られていった。都市連合のロード・オオタも目的であったバストを取れたことに満足し、ロジャー・バートの不可解な動きを進んで追求することはなかったのである。
今回の大戦において、都市連合は各都市から侍を捻出して西征軍を組織していた。その部隊が全滅したこともあり、戦後各都市の戦力や治安は著しく低下することになった。また、ホーリーネーションも中堅の主要幹部が多く戦死したことで統制管理機能が麻痺し、上級審問官セタ達はその対処に長く追われる事を余儀なくされる。
その隙を狙ったかどうか理由は定かではないが、この後、ノーブルサークルにとって大きな爪痕が残る事件が発生し、都市連合の情勢は新たな局面を迎えていくことになるのであった。
カスケード審問官
審問官の中でも群を抜く才能と実力の持ち主であり、次世代の上級審問官として期待されていたが、自ら辺境のバスト地方へ赴き都市連合軍を迎え撃った。援軍が見込めない孤立無援の状況で奮闘するが最後はバーンに後ろから討たれた。およそ見殺しに近い形であったため、事情を知る者の間では彼の才能を妬んだ者が排除したのだという噂が出回った。
ルビク審問官
カスケードと審問官学校の同期。審問官としての誇りを持ち、長い期間バスト地方を守り続けていたが、大戦にてチャドに討たれた。カスケードも唯一対等な存在として認めていた。
ベルゼブブ
ホーリーネーションにて暗殺や諜報など裏の仕事を請負っており、カスケードの招集に応じて大戦で暗躍したが、特憲に襲来を予測され返り討ちにあった。昔は志し高き青年であったことは一部の者にしか知られていない。
炎の守護者
パラディンの中から選出された歴代最強クラスのホーリーネーション守護者として君臨する。権力には興味がなくひたすら武を追及していた。チャドに敗北した際は相打ちするのが可能だったにも関わらずそのまま死亡した。彼の敗北はホーリーネーションによって隠されたため、記録上では都市連合軍を撃退した英雄として称えられた
ジト
都市連合御前試合に優勝するほどの腕前を持ち、5部将の筆頭としてチャド直下に配属される。ルビク審問官との一騎打ち中に乱入したベルゼブブに討ち取られた。都市連合市民にとって彼の死は深い悲しみを与え、遺族には弔慰金が渡された。
カナエ
チャド直下5部将の紅一点。容姿端麗ながら侍だった父親譲りの豪胆さがあり、酒にも強かった。最終決戦にて自死するが記録上は戦死とされた。
シンジロウ
チャド直下5部将の最年少メンバー。南の都市から派遣される。スケルトン工学の研究のため途中離脱しワールドエンドに向かったことで、5部将の中で唯一生き残ることになった。その後は都市連合に戻っていない。
ヘイハチ
チャド直下5部将の最年長メンバー。元バスト地方の侍であり実直な性格から、ホーリーネーションに対して長く遺恨を抱えていた。捨て身で攻め寄せてきたカスケードに討たれた。
タニガゼ
チャド直下5部将の一人。最終決戦後に行方不明となり戦死扱いされた。
チャド
都市連合の将軍としてバスト地方奪還に成功する。その後、ホーリーネーション救援部隊と最終決戦を行ったが、挟撃された際に後詰が間に合わず全滅の憂き目にあう。炎の守護者との一騎打ちに敗れたとされているが、その後に守護者の所在も不明になっていることから、後の歴史家はチャドが勝利していたと分析する。
毛皮商の通り道
ホーリーネーションの歩哨の格好をしたタニガゼが1人歩いていた。そこに1人の大柄の男が立ちはだかる。タニガゼは怪訝そうにその男を見やったが、何かに気づき喋り始める。
「……ん?あんたもしかして……カクノーシンか?久しぶりやなぁ!そんな格好で何してん?というかなんでここにおるん?」
大柄の歩哨の格好をした男はカクノーシンであった。タニガゼはカクノーシンの素顔を知っているようであった。
「ここの司祭に許可を貰い、お前を待っていた……」
「あんたがわてにいったい何用でしょ」
カクノーシンはただならぬ気配を醸し出しているが、タニガゼはとぼけたままだ。
「……では聞こう。なぜお前がここにいる?チャド大隊の部将の役割はどうした?」
「ああ!チャド部隊は全滅やで!命からがら逃げてきたんやー」
「バスト方面でなくこちらにお前1人で逃げて来ている理由はなんだ……?」
もはやカクノーシンの気配には殺気が含まれている事をタニガゼも察しているため2人の間の空気が冷たくなる。
「…………見逃したってーや。大体理由分かるやろ?わて達の目的は都市連合に脅威のある勢力の排除や。チャドは殺っておいたほうがええやろ。ホーリーネーションも老いぼれだけになったし万々歳やあらへんか」
「……そうか。ではもう一つお主に聞きたいことがある」
「なんでしょ?なんでしょ?」
「前皇帝が暗殺された日……。お主は皇帝の護衛当番だった。どこにいたのだ?」
「ええー!?そんな昔の話、覚えているわけらへんやんか」
「答えろ……」
カクノーシンの重圧はとぼけてその場を乗り切れるほど甘いものではなかった。それを察したのかタニガゼも渋々と回答する。
「…………トイレに行っとった」
「それが通ると思うのか?
カクノーシンを取り巻く殺気は熱気となり微かな上昇気流を生み出す。ちりが巻き上げられ辺りは異様な空間となっていく。
「今の名前はタニガゼやで。ってかあんた誰の推薦やっけ?」
「……お主にはもう意味のないことになるが、私は現皇帝陛下推薦の特別憲兵である」
そう言ってカクノーシンは背中から大太刀を抜いた。
「武力のみの寡黙な衛兵だったあんたが大した出世やね。つーか特憲同士の争いはご法度やん。どう説明する気なんですの?派閥もちゃうしノーブルサークルに影響するんちゃいます」
「セタと組んで都市連合部隊の殲滅……そして前皇帝の暗殺幇助……。都市連合への反逆罪には充分な理由とは思わんか。誰から指示された?お主の推薦者か?または独断か?」
「だから知らんてー。堪忍したってやー。そんなん憶測でしょ。内輪揉めはやめましょうよー」
「こたえないか。ならばもうよい」
カクノーシンの殺意は尋常を超えた迫力で漲っており、タニガゼが抵抗を瞬時に諦めさせるほどの圧倒的な威圧感を備えていた。
「…………はぁ、どうやらわてもここで終わりみたいやなぁ。素直にバスト方面から帰るのが正解だったかー」
これがタニガゼの最後の言葉となった。
後に彼の惨殺死体はボーンドッグによって喰われたのか、原型が留めていないほど見るも無惨な姿となって発見された。
今年も読んで頂きありがとうございました。
また、充電期間に入りたいと思います。
良いお年を~